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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫
49/131

領地開拓 七


 予期せぬ来客に見舞われること多々、そうした最中も時間は過ぎてゆく。

 着実に過ぎてゆく。

 期限に向けて。

 今に居するは北区に設けた町長の自宅としての一棟である。つまりクリスティーナのペペ山に次ぐ新しい巣だ。本当なら自らの持ち家となる筈だった都合、少なからず手間の掛かった建物だが、約束は約束であるからして、なんと持ち家の遠いことか。

 エディタ先生のアトリエに続き、自治領の建物も失われて、いよいよ本格的に生涯賃貸生活が見えてきた身の上である。それでもいつか、いつか必ずや持ち家を手に入れてやるとは誓いを立てるところ。持ち家こそ日本男子の心意気。

 ただ、今は奴隷落ち回避を優先しよう。

「良かった、これは思ったより好調ですね」

「は、はいっ! これならギリギリですが百五十は行けそうですっ!」

 十畳ほどの執務室で、ソフィアちゃんとトークの最中にある。

 愛しい人と二人きりで金勘定。

 ちなみに家主であるクリスティーナはと言えば、今も尚、街を留守としている。魔導貴族を首都カリスに送って行ったきり、未だ戻ってこないのだ。なんてお使い達成率の低いドラゴンだろう。まさか迷子になっているのではあるまいな。

 もしくは道中、或いは首都に到着以後、オッサンが上手いことやったのかもしれない。まあ、それならそれで当初の約束を達したことになる。無事に実った恋を祝福するとしよう。あれで甲斐性の固まりのような男だ、きっとロリゴンを幸福にするだろう。

 問題ない。

 そう、なんら問題ないのだ。

「やはり、マンソン商会さんと組んだのが大きいですかね」

「は、はいっ、私もそう思いますっ」

「おかげでゴンザレスさんも街のほうに集中できるようになりました。これまで公開できていなかった西地区と東地区も、近日中にオープンできそうです。渡りに船とはまさにこのことですね」

 ちなみに今現在、集客を担当しているのは南地区と北地区だ。南地区は平民向け、北地区は貴族階級向け。各々明確に区切っており、サービスは入場料に反映する形で十分な差別化を図っている。当然、南のほうが客の入りは良い。

 北地区はエステルちゃんの絡みや、あとは自分の立ち位置も手伝って、魔導貴族が呼び込んだ一団の去って以後、碌に稼働していないのが実情だ。実質、エステルちゃんや縦ロールといった身内の利用を除けば、片手に数えるほどだろうか。

「馬車の数を数えても、桁が一つ違いましたし」

「は、はいっ! わたし、びっくりしました。凄く沢山並んでましたっ」

 素直に語って見せるソフィちゃん可愛い。

「それと収支の方なのですが、先日分を確認させて貰っても良いですか?」

「あ、はいっ! こっ、こちらになりますっ!」

 こちらからの問い掛けを受けて、手元から紙の束を渡してくれる。

 ところで、この極めて臆病なメイドさん。

 実は意外と数字に強いことが発覚した。

 本人曰く、実家の定食屋で売上を帳簿につけていた程度、とは素直に伝えられたところ。故に失礼ながら、四則演算が行える程度だろうと考えていた。しかし、彼女は彼女で家業を盛り上げるべく、自らに任された範囲で日頃より精進に努めていたよう。

 その成果として数字をこねくり回すことに関しては、想像以上のポテンシャルを秘めていた。提出された紙面には平均から始まって、分散、標準偏差、更には教科書には載っていないようなソフィアちゃんオリジナルの謎指標までが並ぶ。

 なんでも定期的に上下する店の売上に関して、その傾向を知りたかったのだとか。

「ありがとうございます」

「か、確認をお願い致しますっ」

 魔導貴族に確認した限り、こちらの世界の科学技術的な発展具合はアラビア数学を輸入する前の中世初期な西洋と大差ない。理由はひとえに魔法の便利さだ。念仏を唱えれば明かりが灯るし、水が出るし、涼しい風が吹くしと、その進歩余地を完全に奪っていた。

 エリート層の大半はロバの橋を満足に渡れないのではなかろうか。

「この調子でいけば、なんとかなりそうですね」

 オープン初日から月末までの推定推移が描かれたグラフを眺めて呟く。

 ご丁寧に一日刻みでプロットされていた。

 諸々の臨時収入を含めれば、目標の百五十枚を捉えて思える。

「は、はいっ。でも、あの、そ、それは推測なので、確実にとは……」

「ソフィアさんに責任を求めることはないので安心してください」

「あっ……は、はい」

 確実に免責の軽減を求めてくるソフィアちゃん小物感迸る。

 緊張から脇の下で塩分を精製するばかりであったメイドさんが、思わぬところで活躍を見せたことが非常に喜ばしい。数学に強い女の子って凄く魅力的だよな。論理的な思考のできる女の子って最高に格好いい。

 思いがけず論破されたところを泣きっ面に逆レイプして欲しい。

 ソフィアちゃんから百五十時間、愛の逆レイプされたら死んでいい。

「一昨日から頂戴している、マンソン商会の方々の賃料が非常に大きいです。昨日にご報告を頂戴したところから、街への入場料と同じくらい上がってきてます。代わりに物販が少し落ちてますが、あまり競合している感じはみえないです」

「もともとその辺りはテナントを集うつもりでしたから問題ありません。領内で意欲的に売っているのはペサリ草で作ったマナポーションくらいですしね。飲食店の類も自前で用意するだけの人員がありませんでした」

「でも、こ、これだけの場所があるのに、ちょっと勿体無い気がします」

 実家が料理屋だからだろうか。

 物欲しそうな表情で窓の外の町並みに視線を向けるソフィアちゃん。

「そこは追々増やしていけば良いですよ」

「は、はい」

 今は街の経営が軌道に乗りつつあることを喜ぼうじゃないか。

 街へ訪れて当初、どうにも所在なさ気であったメイドさんだが、数日ばかりを過ごして元気を取り戻した様子だ。なんのかんので一番に付き合いの長い相手であるから、こうして普通に言葉を交わせることが喜ばしい。

「ところで、中央広場脇に造られたホールなんですが……」

 ただ、そうした幸せな時間も長くは続かない。

 続くところ共有を進めようとしたところで、部屋の外から声が。声が。

「た、タナカの旦那っ! 大変ですぜッ! 大変ですぜっ!」

 耳に覚えのあるマッスルボイスが響く。

 これはあれだ。

 黄昏の団が誇るモヒカン野郎の声だ。

 ここ最近、やたらと顔を見るんだよな。

「……どうしました?」

 まさか応じないわけにはいかない。

 ソフィアちゃんから意識を改めることドアの向こう側。

 返されたところは、確かに大変だった。

「ペニー帝国の王女殿下がいらっしゃいましたぜっ!」

「なんと……」

 ロイヤルマンコ到着のお知らせ。

 たしかにそれは大変だ。



◇◆◇



 町長宅改めクリスティーナ宅に設けた応接室。我々が足を踏み入れるに際しては、既に客の姿があった。モヒカンの言葉通り、学技会の折には学園の講堂、貴賓席でお目見えした麗しのお姫様である。

 パッと見た感じ、十代も中頃の可愛らしい女の子だ。生地も薄い作りながら要所に派手な装飾を施した豪奢なドレス姿である。遠目にも身体のラインが窺える。胸と尻は大きくプリッとしている一方で、腰は程良く括れてナイスバディ。

 相変わらず非常に男好きする肉付きの持ち主だ。

 悠然とソファーに腰掛ける彼女の傍らには、直立不動の壮年男性、セバスチャンの姿も然り。恐らくは専属の執事的な立ち位置にあるのだろう。まるで地面に打ち付けた杭のようにピクリとも動かない。これは表情も同様。相変わらず仏頂面のオッサンだ。

「これはこれは王女殿下、お忙しいところをご足労くださりまして、まこと恐悦至極にございます。この度は辺鄙な男爵領までどのようなご用件となりましたでしょうか? 微力ながら是非ともこの田中、殿下のお力添えと至りたく申し上げます」

 とりあえず部屋に入ったところで速攻、膝をついて頭を下げる。

 セバスチャンのチェック対策だ。

 これくらいやっておけば、いきなり首チョンパはないだろう。

「面を上げて下さって結構ですよ、タナカ男爵」

「ははっ」

 膝を付けたまま頭を上げる。

 自然と視界に収まるロイヤルマンコの姿。

 うむ、相変わらずムチッとしていて良いボディーだ。

 眼福である。

「私と貴方とは、共に学技会を観賞した仲ではありませんか。今更そのような気遣いなど不要ですよ。そちらの席にかけて下さいませんか? あまり畏まれては、私も疲れてしまいますの」

「お心遣い痛み入ります」

 お約束のやり取りを経て、お姫様の正面に腰を下ろす。

 すると、時機を合わせたよう、部屋のドアがノックされた。

 次いで届けられたところはソフィアちゃんの声だ。

「お、お、おっ、お茶をお持ちしましたっ……」

「はい、どうぞ」

 ドアが開いた先、姿を現したのはガクブルモードのメイドさん。

 顔が全力で引きつってる。今にも泣き出しそうだ。

 彼女のお茶煎れ経験においては、現時点で最上位に位置する相手だろう。エステルちゃん、魔導貴族ときて、いよいよお姫様だ。この調子だと王様にお茶を煎れる機会も近いのではなかろうか。

 思い返せば凄い勢いで経験値積んでるメイドさんの成長譚。

 学園のメイドとしてのお給料だけではちょっと申し訳ない気がしてきた。暇を見つけて魔導貴族にでも相談してみよう。もうちょっとこう上級な枠組みで雇用して貰えたら、同じガクブルするでも、より意欲的に震えて貰えるのではなかろうか。

「ありがとうございます。ソフィアさん」

「は、はひっ!」

「貴方のメイドですか?」

 早々、お姫様が反応した。

 ちらりメイドさんの顔を眺めての呟きである。

「そのようなものです」

「とても可愛らしい子ね。私のところにも欲しいくらいです」

「っ!?」

 途端、ソフィアちゃんの表情が驚愕に染まる。

 きっと全力でお断りの言葉を練っているに違いあるまい。このメイドさんは学園寮でグータラ食っちゃ寝しているくらいが調度良いらしいからな。下手に出世しては気苦労で心を病んでしまいかねない。

「すみません、彼女は私にとって特別でありまして……」

「あらあら、王女の頼みでも難しいのでしょうか?」

「彼女は私が雇っているというよりは、自発的に仕えて頂いておりまして」

 ウソも方便だ。

 ここはソフィアちゃんをフォロー。

 一緒に暮らせなくなったら寂しい。

「そうなの? それは残念ですね」

「折角の貴重な申し出をお断りする形となり、大変に申し訳ありあせん。他に良いメイドがおりましたら、是非、私の方からお声掛けさせていただきたく思います」

「うふふ、それは結構よ。私は自分の足と目で探すのが好きなのです」

「なるほど、そうでしたか」

 こちらが適当を語る間にソフィアちゃん、速攻で戦線離脱。

 お盆を抱えて逃げるように部屋から出て行った。

 これを確認したところで話を本題へと向ける。

「さて……」

 このプリンセス、いったい何をしに来たのだろう。

 一国のお嬢様が伊達や酔狂で訪れることはないだろう。更に言えば彼女は王様のお気に入りだ。いつぞや病から癒えた彼女と、その身体を抱きしめる王様の姿を思い起こせば、おいそれと城の外へ出てくるとは思えない。

 見た感じ世間知らずな箱入り娘って感じだし。

「ところで殿下、この度は私にどのような用件あってのことでしょうか?」

「ええ、そうでした。私、貴方のことを噂で耳にしましたの」

「噂ですか?」

「学技会に参加していた貴族の方々が、この地に素晴らしい街があるのだと」

「なるほど」

 魔導貴族が連れてきた貴族連中が、首都カリス界隈でこの街のことを話題に上げてくれたようだ。それが王宮へと伝わり、やがてはお姫様の下にまで伝わったのだろう。更に彼女が実際に足を運んだとなれば、王族ブランド効果が望める。

 今後はお貴族様なお客さんも増えそうだ。

 恐らく収益も改善されるだろう。

 平民と貴族では入場料からして価格設定が大幅に異なる。平たく言えば一桁違う。平民向けのエリアがフリーミアム前提の自社サービスとすれば、貴族向けのエリアはB向けの大型SIみたいなものだ。

 個人的には前者で手堅く稼ぎたいのだけれどな。

「なんでも非常に癒されるお風呂があるのだそうですね」

「はい、こちらの一番の売りになります」

「病み上がりの身の上、お父様を説得して、湯治に参りましたの」

「なるほど、そういった理由でしたか」

 そういうことなら納得だ。

「お父様ったら酷いのですよ? 城にお風呂ごとお湯を取り寄せるから、それで我慢しなさい、などと言うのですもの。こういうのは現地に赴いて風情を味わうのが、なによりも大切だと私は思いますのに」

「陛下は王女殿下のお体が心配なのでしょう」

「まぁ、貴方までそのようなことを仰るの?」

「我々貴族は常に陛下と殿下のご健康を一番に考えております」

「本当かしら?」

「とは言え、こうして訪れて頂きましたところ、湯に浸からず帰る道理はありません。是非ともこの街に数多ある温泉の一つ一つを堪能して頂けたらと、我々一同、王女殿下をご歓迎する心づもりにございます」

「あらあら、うふふ。貴方のそういった姿勢、私はとても好きですよ」

「ははっ、ありがたきお言葉にございます」

「いつぞやは無碍もなく振られてしまいましたから、今回はたっぷりと案内してくださりますわよね? わたくし、道中も非常に期待しておりましたのですから」

「王女殿下の仰られるがままに」

「では早速ですが、お風呂に案内して下さいな」

 ちらり、セバスチャンに視線を向ける。

 その表情は相変わらずの仏頂面だ。返事がないのは良い便りを地でゆく彼の態度から鑑みるに、どうやらお姫様の湯治に関しては事前に納得しての遠征なのだろう。もしも問題があれば、眉あたりがクニっと歪んでいた筈だ。

「それでは向かいましょう。こちらになります」

「ええ、エスコートをお願いしますね」

 ということで、お姫様をお風呂まで案内するとしよう。

 貴族向けの北区にあっても、一番に豪華なお風呂を目指すことと決めた。

 また、他に大勢居るだろう彼女のお付に関しては、部屋を出てしばらく歩いたところでドア枠の設置に励むモヒカンを発見、これにお願いしておいた。

 詳しいところを確認してみれば、なんでも二桁超の馬車軍団が壁の外で待機していたとか。王女様の専属湯女もまた、そちらで待機しているとのこと。

 こっちもこっちでチャリンチャリンの予感が嬉しいわ。



◇◆◇



 お風呂を案内して以後、王女様の相手はエステルちゃんに丸投げした。

 本当なら自らの手でオッパイからオマンコの内側に至るまで綺麗にしてあげたかったのだけれど、セバスチャンの視線も手伝い、まさか近づくことも叶わない。致し方なく同性でそこそこ地位のある、尚且つお友達らしい彼女はまさに適役だった。

 ここ最近、確実に脳内倫理の壊れつつあるロリビッチだが、流石に王女様を目前に控えては、一緒に入りましょう、などとも言い出すことなく、素直に了承してくれた。良かった良かった。二人仲良くキャッキャしながら大人しく脱衣所へと消えていった。

 そんなこんなで残されたのはセバスチャンと自分。

 女湯へ通じる脱衣所の正面、廊下に二人きりで立ち並ぶ形だ。

「あの、男湯もご案内しようと思いますが……」

 この黄昏系仏頂面オヤジにもペサリ湯の良さをお伝えしたい。

 年齢的にもドンピシャだと思うのだけれど。

「タナカ男爵、貴様に一つ伝えたい」

「あ、はい、なんでしょうか?」

 男爵に対してこの物言いということは、恐らくセバスチャンも貴族なのだろう。しかも男爵以上であることは間違いない。王女様と別れたからと言って、気を抜くことはしない方が良さそうだ。覚悟はしていたけれど、本当に疲れるのな、貴族って。

 魔導貴族のフレンドリーさが既に懐かしい。

「あまり王女殿下に近づくな」

「はい、それは当然のことと理解しておりますが」

「違う、そういった意味ではない」

「……というと?」

「これ以上を私の口から伝えることはできない」

 何が言いたいのだこのセバスチャンは。

 そう言えば、勝手に脳内セバスチャン認定しているけれど、実のところ名前すら知らないぞナイスミドル。後でエステルちゃんからでも確認しておこうか。しかし、もう少しフレンドリーにお話できないものかね。顔以上に態度が怖いよ。

「それはどういうことでしょうか?」

「勘違いするな? それが貴様のためだ」

「私のため、ですか?」

「以上だ。以降は私が勤める。貴様はどこへとも行くが良い」

「……はい、分かりました。よろしくお願い致します」

 良くわからないが、行けと言われれば行く限りだ。湯上がりのホクホク系ロイヤルマンコを拝めないのは惜しいが、まさか抗う訳いもいかない。この場は大人しくさようならするとしよう。

 王女様の隣にはエステルちゃんがいる。街一番の問題児であるロリドラゴンも留守だ。黄昏の団にも王女様が来訪中であることは伝えてある。更にセバスチャンが近くで目を光らせていれば、滅多なことは起こらないだろう。

 状況を判断したところで、向う先を他へと定める。

 王女様の対応が終わって以後、次に向うべくは南地区である。

 客入りの具合を自らの目で確認するのも大切だ。

 特に数日前、広場脇に用意したゾフィーちゃんのステージも気になる。ちゃんと集客できているようなら来月以降の契約更新に向けて賃上げ検討が必要だし、逆にできていないのであれば、他にテナントを探す必要が出てくる。

 いずれにせよ確認しなければ。

 意気揚々と北地区を発って、南地区に所在するホールへと向かった



◇◆◇



 訪れた先、ホール前の出入口には人の並びが生まれていた。

「……マジか」

 一目見て繁盛していることが窺える。

 それも生半可な繁盛ではない。

 屋外に立っていても、その内側からは熱狂が伝わってくる。曰く、シアンちゃん可愛い、シアンちゃん最高、シアンちゃん愛してる、云々、最高に愛されガールしているゾフィーちゃんの気配がビンビンだ。

 ここまでとは思わなかった。

 だからこそ、自然と興味も湧いてくるというもの。

「ちょっと中を見てみるか……」

 十数名ばかり連なった列の最後に並ぶ。

 連日この調子で人を集めているのであれば、近い将来、ホールの規模を増強する必要があるだろう。並んで直後、自らの後ろにもまた人が連なり、段々と列の長くなってゆく様子を眺めて、今後の改修計画を脳内に進めた。雨の日とか辛そうだ。

 それから二、三十分ばかりを待つと、公演が一巡して中に入ることができた。

 モギリに銅貨五十五枚をズッシリと渡してホールへ足を踏み入れる。

 すると既に壇上にはゾフィーちゃんの姿があった。

 その舞台衣装はいつだかに同じくカスタム仕様の騎士団制服だ。本来であれば足元まで伸びる裾が、膝上の位置でカットされている。下に着用したミニスカートが幾らばかりか生地を覗かせて、ひらりひらりとはためく様子はいとエロし。

 過酷なアイドル戦に向けてに熟考されたチラリズム極まる品だ。

「今日も皆の為に歌うです!」

 壇上でも相変わらず猛然とブリッてるのな。

 まるでブレてないわ。

 ただ、注目すべきはそこじゃない。

 一番に意識すべきは彼女の立つ舞台が、我々の立つ観客サイドより幾分か高く作られている点だ。作ったのは他の誰でもない自分自身であるが、現在の形として注文を出したのは彼女である。そして、当の彼女はといえば、そこに立ちミニスカートを着用している。

 これを見上げる我々の視界には、高貴なる黒が、レース付き漆黒が映る。

「……これは良いものだ」

 パンモロ最強伝説。

 なるほど、客の入りがハンパない理由を知ったよ。

 市井にも名の通った魔法騎士団副団長の可愛らしい貴族の娘っ子が、平民を相手にパンモロしてくれる舞台なんて、男だったら通いまくるに決まっているだろう。こんなの革命が起きてしまう。パンモロ革命だ。

 自身の知る地下アイドルの最終形態へ、最短距離で挑むゾフィーちゃん最高に生き急いで超特急。正直、舞台の上のアイドルというより、公園で浮浪者と乱交するタイプの女の子と同系統の魅力を感じる。眺める先は舞台というより公園の薄汚れたトイレだ。

 ゾフィーちゃん、凄くイイ。

 相手を選ばず乱交しているビッチな女の子って、とても可愛い。

 愛してる。結婚したい。

 披露宴は橋の下、ブルーシートの上で。

「みたいなー♪ でもー♪ っていうかー♪ ですー♪ ますー♪」

 歌って踊れる魔法騎士団は副団長の歌唱が始まった。彼女の背後には楽器を手にテンポの良い曲を流す楽隊が。本物か否かは知れないが、ゾフィーちゃんと同じように魔法騎士団の制服を着ている。全員イケメン男性だ。姫のこだわりを感じるチョイスだろう。

 楽曲や歌詞はまるで趣味じゃないので割とどうでも良い。流れ行くアップテンポな曲を右から左へ聞き流す。だがしかし、彼女が飛んだりはねたりするに応じて、ピラリピラリとかなり遠慮なくまくれ上がるミニスカートがこの上なく愛おしい。

 ヤバイな。

 ずっと見ていたい気持ちにさせられる。

 これが宗教の力か。

 基本的に観客席は立ち見席となっており、観客はパンツがモロモロするに応じて、やいのやいのと歓声を上げる。それが今し方に通りで店先に耳とした、ゾフィーちゃんへのラブコールとなる。

 思わず一緒にコールしたくなってしまった。

 舞台の真ん中にポールとか立てたら最高に盛り上がると思う。

 脱いでくれたら、もう堪らないのにな。

 知人のエッチな公開ショーとか最高のオカズだろう。

 それから半刻ばかり、ゾフィーちゃんの舞台は続いた。自分はと言えば、相手の視界に入らぬよう隅のほうからパンモロ鑑賞。生地越しにくっきりと浮かび上がったスージーを追いかけていたら、いつの間にかのタイムアップだった。

 ややあって、ゾフィーちゃん本人から案内が流れる。

 なんでも以降の半刻ばかり、舞台はお休みとなるようだ。流石の彼女も一日中、人前で歌い踊り続ける体力はないのだろう。同様に楽隊の方々も、ずっと楽器を鳴らし続けることは不可能であるからして。

 ということで、そのスキマ時間を狙って楽屋裏へ突撃だ。

 舞台裏へ通じる通りを歩んだ先、ドアをノックして尋ねる。

「すみません、ゾフィーさんはいらっしゃいますか?」

 あ、この場合だとシアンさんの方が良かったろうか。

 疑問に思ったところで、内側から反応があった。

「おいこら、ここは関係者以外、立入禁止だっ!」

 怖い声が聞こえてきた。

 かと思えば、顔を出したのは舞台の上で笛を吹いていた楽隊の一人である。

 こうして面と向かってみると、想像した以上のイケメンであることが判明だ。短く刈り込んだ金髪と大きくて鋭い青い色の瞳が最高にイケてる。冒険者ギルドとかに屯しているタイプの戦闘系イケメンだ。

 身体の作りも伊達に騎士団していない。相応に鍛えられているようで、制服の上からでも筋肉の盛り上がりが窺える。かなりおっかない。ロリドラゴン相手に鍛えた腹パン反射が、コイツは手が早そうだと警笛を鳴らす。

「すみません、シアンさんにお会いしたいのですが……」

「シアン様はお休みの最中だっ! さっさと去れっ!」

 かなり露骨な対応をされてしまった。貴族様がアイドルしている都合、不幸な事故を防ぐ為の処置だろう。当然と言えば当然なので、取り立てて腹が立つことはない。しかしながら、ゾフィーちゃんと今後の相談が行えないのは問題だ。

「すみません、タナカが来たとお伝え下さい」

「黙れっ! シアン様の慈愛を舞台以上に求めるなど失礼極まる行いだっ!」

「あ、いえ、そうではなくてですね……」

 困ったな、思ったよりガードが硬い。

 恐らくは勘違いしたファン認定されたのだろう。伊達に日々を舞台でパンモロしていない。あれだけの大盤振る舞いでは、ストーキングに走る平民だって、一人や二人では済まないと思われる。万が一にも接触を許しては断首沙汰だろう。

「これ以上を粘るというのであれば、こちらも容赦はせん」

 ふいに男の腕が伸びて、こちらの襟首を掴みあげた。

 まずい、そう思った瞬間にはゲンコツが飛んできた。

「っ……」

 バキっと頬を殴られた。

 痛い、かなり痛い。

 思えば殴られるのはクリスティーナ戦以来だろうか。

「どうした? もっと殴られたいか? 嫌なら去ると言え」

 更に戦闘系イケメンは襟首をホールドの上、再三に渡る警告を。

 そうした騒動に気づいたのか、ようやっと内側から反応が返った。同時にカツカツとブーツの床を叩く音が聞こえてくる。こちらに向かい誰かが歩み寄ってくる気配。声の響きから、誰かとは考えるまでもない。

「シュケールさん、あまり厳しい言い方は良くないのです」

 そのテンポの良さから状況を理解だ。

 恐らくはこれが地下アイドルとしての人気を保つ為、関係者の間に交わされたコンビネーションなのだろう。男が殴って、ゾフィーちゃんが癒やす。殴られたファンはそんな彼女の優しいところにますます惚れ込む。でも痛いのは嫌だから距離感は一定に。襟首のホールドも劇を最後まで演じるための手段に違いあるまい。

 素晴らしい飴と鞭だな。

「お客さんも、ごめんなさいでした。この者には私から言って聞かせま……」

 開かれたドア越し、ゾフィーちゃんの姿が顕わとなる。

 舞台の上に眺めた制服姿から、襟元のボタンを二つ三つ外して、少なからずオフな雰囲気を出している。鎖骨がエロい。恐らくは特別な私を演出する一環だろう。歌舞伎町の塾で学んでいなければ、コロッと騙されていたところだわ。危ない危ない。

「…………」

 こちらの姿を目の当たりとして、彼女はピタリ、見事なまでに静止した。

 驚きのゾフィーちゃん、滅多に見られない素の反応がカワユイ。

 これは一発良いのを貰った価値あるな。

「あぁ、シアン様、なんとお優しい心遣い! このような輩にもご慈悲をお与えになるとは、このシュケール感動の極みっ! 今後とも末永くお仕えさせて頂きたく、この場に改めて誓いを立てる所存にございます」

 対してシュケールとやらは問答を継続だ。

 っていうか、意外と楽しんでるよな、コイツ。

 適役ってやつだろうか。

「……シアン様? どうなされました?」

 ただ、流石に様子がおかしいと気づいたようだ。

 仕えるべき姫から反応が返らない為、疑問の声が上がる。

 同時、ゾフィーちゃんがボソリと呟いた。

「貴方が殴ったのは、その……この界隈を納めるタナカ男爵なのです」

「……え」

 シューケルの呆け顔が、思ったより可愛くて癒やされた。



◇◆◇



 ゾフィーちゃんの一言を受けて、我が身は楽屋裏へ無事に至る。

 シュケールとやらに貰ったパンチは回復魔法で早々に癒やされた。クリスティーナの腹パンに比べたら可愛いものだ。取り立てて腹を立てることもない。むしろ姫ビッチの素顔を拝見して、良いものが見れたと感謝の思いも一入である。

 しかしながら、そうした一方で目の前では頭を垂れる当人の姿が。

「も、申し訳ありませんでしたっ!」

「結構ですよ。過ぎたことですし、全ては瑣末な行き違いが所以であれば……」

「だ、だ、男爵閣下に手を上げた無礼、平に、平にご容赦をっ!」

 これで手を上げた戦闘系イケメンが貴族であったのなら、話は簡単だった。ちょっと頭を下げて終わりだった。だがしかし、運のないことに彼は平民だった。また彼以外の楽隊も同様、全員が平民の出であるとのこと、ゾフィーちゃんより伺った。

 恐らくは舞台の主だった客が平民である都合、貴族が出張る訳にはいかなかったのだろう。それはそうだ。そのような振る舞いを好んで許容するなど、凡そ封建極まるペニー帝国では、ゾフィーちゃんくらいなものだ。

 そういった意味では、ゾフィーちゃんこそ時代の最先端を突っ走る麒麟児。

「ゾフィーさん、本日は来週以降の契約を鑑みて足を運んだのですが……」

 このままでは拉致があかないので本丸へと問いかける。

「はいです。次週分の契約に関しては、こちらからも相談したかったです」

「今の盛況具合でしたら、来週もまた同様に行って頂けたらと」

「こちらの借賃については?」

「少なくとも今月中は今のままで構いませんよ」

「いいのですか?」

「王女殿下の危篤を巡っては共に戦った仲間ですから、その程度は都合したく」

「……ありがとう、です」

「いえいえ」

 思いのほか素直に頷いたゾフィーちゃん。

 そういうの演技でも可愛いから困る。

 流石は清楚系ビッチ。

「では、私からの用件は以上ですので……」

 しかしながら、それで済まないのが世間の面倒なところ。

「まだシュケールに対する処遇が決まってないです」

 歌ったり、踊ったり、跳ねたり、割と勝手気ままに振る舞って止まない彼女であるが、貴族と平民の線引に関しては厳密なものを持っているよう。そこには真面目な表情でこちらに向き直る地下アイドルの姿があった。

「とは言いましても……」

「早計から貴族に手を上げたのです。相応の報いは周囲への見せしめとしても絶対に必要です。後々はタナカ男爵の沽券にも関わる問題となるです。今この場で正すことが貴族としての権利であり責務なのです」

「っ……」

 ゾフィーちゃんの言葉に震え上がるシュケールさん。

 頬を殴られた手前、お咎め無しではスカッとしない。それは事実だ。とは言え、結果的に彼へ危害が及んだのなら満足かと言えばそんなことはない。こちらは事情を理解していたのだから、他にやりようもあった都合、巻き込んでしまったようなもの。

「それでこの身が貴族から堕ちるというのであれば構いませんよ」

 適当を呟くとゾフィーちゃんの瞳が見開かれた。

「……本当にですか?」

「もとよりエステルさんの一存で成った身の上です」

「平民が貴族に上がるなど、滅多でない行いです」

「私は他に幸せの糸口を見つけていますので」

 ソフィアちゃんとか、エディタ先生とか、ソフィアちゃんとか。

 二人と3Pできたら死んでもいい。

 生中出しできたら二回死んでもいい。

「そ、そうですか……」

「ええ」

 ここまでこれたのは偏に他の面々の協力あってこそだ。確かに自身もまた少なからず努力はしたけれど、一人では今に表の通りへ眺めるほど多くの人を街に集めることは不可能だったろう。ゾフィーちゃんだってその協力者の一人である。

 だからこそ、そうした面々に迷惑を掛けてまで、貴族という建前にしがみつくつもりはない。仮にこの街を取り上げられたとしても、またどこか他の場所で、未開拓の地をロリドラゴンと共にストーンウォールすれば良いのだしな。

 次はもっと上手に作るぞ。

「ということで、今日のところはこれで失礼しますね」

「貴方の仰ることは分かりました。はいです」

「それでは」

 ゾフィーちゃんとイケメンに会釈をして、早々、楽屋裏を後とした。



◇◆◇



 さて、ゾフィーちゃんとバイバイしたところで、散歩も一入だ。

 そろそろ仕事をせねばと、再び町長宅の執務室に戻った。

 王様と交わした約束の期日を間近に控えて、そろそろ街の収支を提出用の帳簿にまとめなければならない。いわゆる月締めというやつだ。

 実際に提出へ向うのは来月中であれば問題ないそうなので、作業自体はそこまで慌てる必要もない。とは言え、早めに行っておくに越したことはないだろう。

「あの、た、タナカさん。こちらなんですが……」

「どうしました?」

 部屋に戻って直後、ソフィアちゃんから声を掛けられた。

 今の今まで延々と作業をしてくれていたようだ。割と怠け者なメイドさんにしては珍しい行いだろう。なにやら恐る恐る、両手に紙の束を差し出してきた。数十枚からなる紙面をクリップのようなもので止めてある。

 なんだろう。

 ラブレターかな。

 超大作だな。

「これまでの収支に関して、まとめられるところをまとめておいたんですが、あの、か、確認していただいても良いでしょうか? こんなに沢山の数字を扱ったのは初めてのことなので、そ、その、あまり自信がなくて……」

 どうやら既に月締めを進めてくれていたらしい。

 なんだよこのメイドさん、想像したよりずっと高機能だぞ。普通の電卓と思って手を伸ばしたら関数電卓だったような。機械的な数字の入れ替えや並び替え、書き写しなどはお願いしていたけれど、仕上げの集計までしてくれているとは思わなかった。

 パソコンとか存在しないファンタジーでは結構な苦労だったろうに。

「ありがとうございます。そういうことでしたら目を通させて貰いますね」

 紙の束を受け取りデスクに向う。

 ペラリ、ペラリ、ページをめくりながら濃いインクの匂い越しに眺める。思ったより丁寧にまとめられている。こちらの世界の簿記に関しては自身も勉強途中なので、逆に勉強となるところも多々あったり。

 少なくとも計算間違いはないと思う。

「良いんじゃないでしょうか? このまま出しちゃいましょうか」

「えっ!?」

「私はこちらの国のやり方をあまりよく知りませんので」

「い、いえっ、あのっ! 流石にそれは止めたほうが良いかとっ!」

 途端、めちゃくちゃ焦り始めるメイドさんラブリー。

 やはりソフィアちゃんは脇の下が湿ってるときが可愛い。

「では一応、エステルさんに確認をお願いしましょう。彼女であれば検算を行う伝手も少なからずあるでしょうから、その上で提出とすれば、間違いもない筈です」

「はいっ! ぜ、是非ともそのようにお願いしますっ!」

 赤べこの首振り人形のように首をカクカクと振るメイドさん。

 ところで、いつぞや風呂場に魔導貴族から聞いたのだが、自分が学園を留守としていた最中、なんでもソフィアちゃんが大活躍であったとか。ナンヌッツィさんのやっちまった事案を解決するに一役買ったと伺った。

 更に今回は秘書業務までこなして頂いて、ちょっと頭が上がらない。

 男爵としては何か褒章的なものを進呈するべきではなかろうか。自分もまたエステルちゃんにあれこれと貰って今の立場がある訳だし、こういうのは脈々と受け継いでゆくのが格好良いではないか。

「ところでソフィアさん、一つ良いでしょうか?」

「は、はひっ!? な、な、なんでしょうかっ!? なにか間違いでもっ……」

 相変わらず思考回路がネガティブ方向まっしぐらだな。

「ここ最近、ソフィアさんにはお世話になりっぱなしなので、よければお礼をしたいと考えているのですけれど、なにか欲しい物とかあったりしますか? もしも今これといって無いのであれば、現金でも良いですけれど」

 偉そうなことを行った手前、財布はゴンザレスに預けて以後ゼロである。

 ただまあ、多少ならエステルちゃんから借り受けることも可能だろう。

「えっ……」

「今すぐにという訳ではありませんので、考えておいて頂けると嬉しいです」

「あ、はっ、はい……」

 ひたすらに焦りまくっていたかと思えば、今度は呆け顔である。

 感情が豊かなのは良いことだと思います。

 女の子らしくて素敵です。

 ただ、クールっ子もいいよね。

 思えばこれだけ美少女な知り合いが出来たのに、その中には一人っもクールっ子がいない。贅沢な悩みだと言えばそれまでだけれど、でも、クールっ子は良いものだ、クールっ子。なんか無性にクールっ子からジト目で見つめられたい気分になってきた。

 ゾフィーちゃんが近いと言えば近いけど、実態は対極に在る姫ビッチだし。

 ああ、どこかに野良のクールな娘っ子はおちてないものか。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 ここ最近、お仕事に充実感を覚えています。

 何故かと言えば、タナカさんが作られた街で、収支に関する計算をお手伝いさせて頂いているからです。これまでであれば、実家の帳簿が精々であったのですが、ここ数日で取り扱うのは街全体の商いとなります。

 実家が営む飲食店も繁盛していると言えば繁盛しているのですが、流石に数多の店舗が連なるこちらの街と比較しては、悩むまでもありません。普段であれば振れることのない桁が沢山並んでおります。

 自然とやる気も湧いてくるというものでしょう。

 学園寮のお部屋で食っちゃ寝しているのも気楽で非常に素晴らしいと思いますが、たまにはこうして張り合いのあるお仕事に触れさせて頂けると、私としては生きている実感というものを得られた気分になります。

 あ、でもあまり大変なのは駄目です。絶対に駄目です。

「…………」

 ふと気づいたのですが、今の状況って理想的な雇用ですよね。

 なによりタナカさんから、ご褒美の提案を受けました。

 ご褒美、嬉しいです。

 凄く凄く嬉しいです。

 最近の自分、頑張ってるな、なんて思っていた矢先のお言葉です。

 だからこそ、なんというか、こう、ちゃんと見て下さっているんだなぁ、という感じが凄く癒やされました。ご褒美の有無よりも、やっぱり、そういったところが下々の者としては喜ばしいところですよね。もちろんお給金も大切ですけれど。

 正直、ドラゴン退治の折に頂戴した金貨は手付かずのまま残っており、また、日々の待遇にも大した不満はありません。ですので、急にご褒美と言われても、どのようにお応えしたものか悩んでしまうのが自然なところでしょう。

 今も自身に与えられた居室、そこに設けられた大きなベッドの縁に腰掛けて、あまりの部屋の広さに呆けているくらいですから。実家の寝台と比べたら雲泥の差です。大きさも倍以上違いますし、すっごくフカフカです。

 それでもお願いするというのであれば、そうですね、貴族様へのお茶出しはお断りしたいところです。とは言え、エステル様はとても素敵な方ですし、ファーレン様にも良くして頂いた手前、これを望むのは個人的に抵抗が大きいです。

 であれば私としては、せめて王族の方に関してはご遠慮させて頂けたらと。先日にお会いした王女様、同じ女の目から見て、凄く怖かったです。何を考えているのか、まるで分からない眼差しがひしひしと。

 以前、首都カリスの裏路地で絡まれた酒精中毒の方と、同じ怖さを感じました。

「……これで決まりですね」

 今後は王族の方へのお茶出しをご遠慮できるよう、お願いしましょう。

 今のお仕事環境で何より求められるのはその一点です。

 ええ、これで決定です。

 それじゃあスッキリしたところで、そろそろお風呂に向かいましょう。

 自室を発って、北区の銭湯に向うこととしました。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 お風呂にやって参りました。

 メイド服を手早く脱ぎまして、畳みまして、いそいそとお湯に浸かり、身も心もゆったりとします。タナカさんが生成したのだという特注の入浴剤も相まって、筆舌に尽くしがたい心地です。一晩でも浸かっていたくなりますね。

 更に夜も遅い時間とあって、私一人、完全な貸し切りです

「きもちいいですねぇー……」

 などと気を緩ませていたのが良くなかったのでしょう。

 ガララ、戸口の開かれる音が響きました。

 自然と意識を向かいます。

 ここのお風呂は貴族様も入浴にいらっしゃいますから、平民風情としては、他に人の浸かっている場合には、自然と身体も隅の方へ寄るよう動いてしまいます。お湯をかき分けるようざぶざぶと。

 そうして歩みを中腰に動かしている最中、視界に相手を確認です。

「っ……」

 驚きました。これは危険です。

「なにを恥ずかしがっているのかしら? 私と貴方の仲でしょう?」

「あの、しかしながらアンジェリカ様、私は既に……」

「良いではないですか、アンネローゼ。ついこの間には上級騎士となったのでしょう? であれば、私とは家族とも等しい間柄と語ったところで、なんの不都合がありましょうか」

「で、ですがっ」

「それとも私と一緒に入浴など、する気にもならないと言うのでしょうか? この卑しい身体と、同じ湯につかるなど騎士としての気質が許さないと」

「滅相もありませんっ!」

 王女様です。

 それにメルセデスさんもご一緒です。

 咄嗟、物陰に隠れてしまいました。お湯をジャブジャブと湧き出す謎の石像の影です。タナカさんがデザインされたモノらしいですが、正直、よく分かりません。獣の口からお湯がジャブジャブと溢れるようになっています。

「であれば、良いでしょう? それとも他に理由があるのですか?」

「……しょ、承知致しました」

 どうやらお二人は私の存在に気づいていないようですね。

 良かったと安堵すると同時、逃げ場を失った自身に気づきます。

 浴場の出入口は一つしかありません。

 まさかお二人の目に触れず出入りすることは不可能でしょう。

「うふふ、嬉しいわ、アン」

 タナカさんはいつもメルセデスさんと読んでいらっしゃいますが、どうやら他にアンネローゼというお名前があるのですね。果たしてどちらが偽名なのでしょう。その手の噂話は好物なので、とても気になります。

 ただ、今はそれ以上にメルセデスさんの挙動が不思議です。

「で、殿下、あまり近づかれては、あ、あの、その……」

「あら、嫌なのですか?」

「殿下は殿下であらせられるのですから、つ、慎みというものを……」

 あのメルセデスさんが、美しい女性を相手に自重しています。

 このような光景、初めてです。なんというか、とても珍しいものを目の当たりとしたようで、ちょっと感動でしょうか。エステル様にさえ遠慮のないメルセデスさんも、流石に王女殿下を相手としては遠慮が働くのでしょうか。

 とか、考えていたのですが。

「うふふ、相変わらず貴方は私に対してばかり冷たいわね」

「い、いえ、そのようなことは決してっ!」

「以前は私のせいで大変な目に遭ったものね」

「いえ……」

「でも、大丈夫よ? 貴方をこうして導いたのは私だもの。ちゃぁんと面倒を見てあげます。ふふ、せっかく湯女として連れてきたのだから、今日は久しぶりに、心ゆくまで貴方の身体を楽しませて貰うのだから」

「お、お待ちくださいっ、殿下っ!」

 なんということでしょう。

 逆に王女様がメルセデスさんに躙り寄ってゆきます。

「私の気まぐれにも負けずこうして帰ってきたのだもの。その甲斐性を思えば、うふ、うふふふふ、今後はずっと、ずうっと、私の下で飼育してあげるわ。だって、初めてよ? 捨てたオモチャが自分から戻ってきたのって」

「っ……」

 これはもしかして、もしかするのでしょうか。

 メルセデスさんの性癖の根幹を目の当たりとしてしまったようです。詳しい事情は知れませんが、一連のやり取りを鑑みるに、間違いなく王女様が手綱を握っておられます。しかも、その、ここはお風呂ですから。

「アン、洗ってくれますよね?」

「…………」

 ざばぁと湯船に立ち上がられた王女様が、未だお湯に浸かったままであるメルセデスさんの正面に立たれます。メルセデスさんは顔を真っ赤にして、それでも視線を逸らすこと叶わず、正面を見つめていらっしゃいます。

 しかし、まさか王女様がメルセデスさんのお師匠さまとは。

 田中さんが知ったらどのような顔をされるでしょう

「うふふ、ここの領主も楽しませてくれそうですよ? 最後はどのような顔を拝ませてくれるのかしら。今から楽しみで楽しみで仕方がないのです。アンネローゼ、貴方には私の一番近くでこれを眺める権利をあげます」

「お、お待ちください殿下。それがタナカのことを指してであればっ……」

「あら? 貴方が男を庇い立てするなんて、ますます気になってしまいますわ」

「殿下っ!?」

「でも今はそんなことを忘れて、さぁ、たっぷりと楽しみましょう?」

 なんかまた、とんでもないものを見てしまった気がします。

 ナンヌッツィ様の時の比ではありません。

 あぁ、どうしましょうか。

 もう本当に、ど、どうしましょうか。


最後の最後まで最後の部分を修正しておりました。遅くなって申し訳ありません。
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