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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫
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学技会 五

【ソフィアちゃん視点】

 ファーレン様との密談から二日が経ちました。

 私は数日前に同じく、学技会の会場で貴賓席にお邪魔しています。以前は他にタナカさんのお知り合いの方と一緒でした。しかしながら、本日は私一人です。王女様の姿も見えず、本当に私しかおりません。

 メイドの格好をした私ですが、これを同じメイドの格好をした方が数名、甲斐甲斐しくも面倒を見て下さっております。そうした今の状況が、甚だ浮世離れして思えて、一連のゴタゴタも含めて、まるで良くない夢でもみているようでしょう。

「……あ、始まりました」

 幅広な窓枠から眺める先、舞台上にエルフさんのお姿が見えました。

 学技会最終日の本日、ファーレン様の意向により急遽、ゲストとしてお迎えされる運びとなった次第です。王女様の病を治した錬金術士、という触れ込みは、その登場を叶えるのに十分なものでした。当然、観客席の埋まり具合も然りです。

 そんな彼女に指定された相手が、ナンヌッツィ様です。

 エルフさんが舞台袖から姿を現すに応じて、彼女もまた反対側の舞台袖からやってまいりました。互いに中央へ向かって歩み寄り、そこに設けられた椅子へと腰掛ける形でしょうか。談話形式というやつですね。

 そして、舞台の中央には既にファーレン様の姿があります。

 このお三方でお話するのだそうです。

「…………」

 如何に学のない私であっても、これを聞き逃すことは出来ません。

 もしかしたら今日この瞬間、国外逃亡を決定をしなければならなくなる可能性も、決してゼロではないのですから。というか、かなり高いのではと考えております。

「王女殿下の病を治された例の秘薬、そのレシピを書かれた方と、このような素敵な場所でお話をする機会を頂戴できて、このナンヌッツィ、研究者としてこれ以上ない名誉を感じておりますわ」

「い、いや、こ、こ、こちらこそ……」

 あれ、エルフさん。

 声が小さいです。

「リディア・ナンヌッツィと申します。失礼ですが、お名前を伺っても?」

「え、エディタだっ……エディタというっ!」

 もしかして、凄く緊張されていませんか。

 今にも泣き出しそうな顔です。声も震えてしまっています。エステル様とお話されていた際は、とても頼もしく感じたのですが、今は見た目と同じくらいの年の女の子にしか見えません。椅子に腰掛けて尚も、膝がガクガクと震えていらっしゃいますよ。

「なんでも私の研究に甚く興味を示して下さったのだとか。以前は無粋な横槍が入った為、ちゃんとお話できませんでしたからね。こうした場で改めて対談という形を取れること、非常に嬉しく思います」

「あ、あぁ、そそそ、そうだなっ! わたしもだっ!」

 最終日ということも手伝い、会場は満員です。席に座ることが叶わず、立ち見を強いられている方もいらっしゃるほどです。その誰も彼もの視線が向けられているのですから、緊張は当然でしょう。私だって、あそこに立ったら、きっと同じです。

 ただ、だったらどうして提案してしまったのでしょう。

 エルフさん、オッチョコチョイです。

「話題はペサリ草の色素に関する研究とのことですが、あっていますか?」

「あ、あってる!」

 とても可哀想なことになってます。

 もう見ていられません。

「あの研究はひとえに偶然と気付きが故の賜物でしたわ」

「…………」

 エルフさん、目が、目が死んでます。

 なんかギブアップ直前な気配です。

 見兼ねたファーレン様がお言葉を掛けられました。

「エディタ女史、気分が優れないようなら場を改めるが?」

「だ、だ、大丈夫だっ! 大丈夫っ!」

「……それならば良いが」

「…………」

 もしかしたら、私より上がり症かも知れません。

 申し訳ないことをしてしまった感が胸の内から溢れてまいります。観客はほぼ全員が貴族様ですから、万が一があっては、どのような罰を受けるか。このまま進むと被害者を私の他に増やすばかりのような気がしてなりません。

 どうか、どうか、エルフさんを助けて上げてください神様。

「すーはー、すーはー」

 深呼吸を何度か繰り返して、意識を改めたエルフさんがお口を開きます。

「まず一つ目に、じょ、蒸留したペサリ草の色素を粉末化するという気付きが、非常に素晴らしい。以前にも伝えたが、その際に光を与えることで、色素は変質する」

「お褒めいただき恐縮ですわ。そうですね、ファイアボールで炙る、という表現を用いた点は私の勘違いでした。その点に関しては改めてご報告いたしますわ」

 ナンヌッツィ様も相応に備えていらっしゃることでしょう。このタイミングでファーレン様からお話がいったのですから、貴族の方がこれを勘ぐらない筈がありません。

「更に続くところ、か、カスの実の利用だ。これはどういった意図で?」

「先ほどにお伝えしたとおりですわ。実験の最中、偶然にもカスの実が混入してしまいましたの。その事実に気づかず処理を進めてしまったところ、予期せず顕著な反応が得られたのですわ」

「……そうか」

「とは言え、その事実に気づけたことは偏に、研究者として過ごしてきた私自身の経験が大きいのではと考えています」

「ペサリ草の色素を粉末化した限りでは、あれほどの魔力容量を得ることはなかったろう。カスの実がこれに作用していることは明白な訳だが、原理の詳しいところを窺うことは可能だろうか?」

「そ、その点に関しては、今後の研究対象となっております」

「ふむっ……」

 エルフさんの眼差しが、少しばかり力を帯びました。

 同時、その可愛らしいお口から言葉が続けられました。

「では私の方から先んじて、それを説明させて貰うとしりょうかっ!」

「っ……」

 でも思いっきりセリフを噛んでます。

 噛み噛みです。

 今のかなり格好の良い良いシーンだった筈なのに、とても勿体無いです。

「カスの実の用途に関しては、錬金術を嗜む者であれば、すぐに片手の指ほど挙げることができるだろう。今回の発表に見られた反応も、そ、そうした数多の反応の一つを応用した成果であると私は考えるっ」

 それでも頑張るエルフさん、とても健気ですね。

 幼い容姿と相まって、なんかこう、もうゴールさせてあげたいです。

「つい先日に私の研究を耳とした限りで、既にその原理に思い至ったというのですか? な、なんと素晴らしい知見の持ち主なのかしら。是非ともお伺いしたいですわ。けれど、このような場所でよろしいのですか?」

「構わない。その事実に気づいている者は私の他にも既に居るからな」

「っ……」

 エディタ先生が勢いを得る一方、ナンヌッツィ様の表情が少しづつ険しさを増してゆきます。特に今の発言を耳としては、膝の上に置かれた手が、ぎゅっと固く握られる様子が確認できました。

「しかも、その者にとっては、これから私が語ろうとする反応など、そう大した価値のあるものではないらしい。そう、例えば見ず知らずの相手の手前、なんら隠し立てすることなく披露してしまうほどにな」

「……えぇと、それはどういったことかしら?」

「ああ、すまないな。それで具体的な反応の流れであるが……」

 そんなこんなでエルフさんの口から、難しい説明が流れ始めました。

 私にはチンプンカンプンです。一生懸命、理解しようとは努力してみましたが、如何せん基礎的なところが足りていない為、碌に単語を追うことさえ出来ません。ただ、それでも今は諦めずに耳を傾けることとします。

 私の為に動いて下さっているのですから。

「……という形で加水と共に……色素が……となり……複合的な反応を」

「…………」

 エルフさんの説明を前としては、ナンヌッツィ様も口を閉じました。

「これにカスの実の……それが……連鎖的に反応して……となり……」

 会場に集った皆様も一様に耳を傾けていらっしゃいます。

 私と同じように理解の及ばない方も居るのではないでしょうか。難しい表情をしていらっしゃる方も多いです。ただ、凄い発表をされているという点は間違いないようで、誰一人の例外もなく、皆さん集中してエルフさんのお話を聞いています。

「……これにより、そう、ペサリ草の色素は先に語られた変化を得るのだ」

 ややあって、エルフさんが一頻りを述べ終わりました。

「なるほど、そのような反応が起こり得るのかっ!」

 早々に反応したのは、やはりというか、ファーレン様でした。

 昨晩にお話させて頂いたところを忘れられていないか、ちょっと不安です。

「た、ただし、実用には解決すべき問題が多いのも事実だっ。なにより味が悪い。ペサリ草由来の成分から、体内へ直接注入するような真似も危険だ。ある程度の量を経口摂取できるよう調整するのが、い、一番の課題だろう」

「うむ、やはり課題はそこだな」

 頷き合うエルフさんとファーレン様。

 しかしながら、ナンヌッツィ様はすまし顔です。

「…………」

 だからでしょうか、これにエルフさんが畳み掛けました。

「私自身もカスの実を利用した一連の工程は非常に勉強となった。一見して単純な技術の組み合わせで、ここまで複雑な処理を大した器具も用いずに行えるのだ。如何に偶然であったとしても、素晴らしい発見だろう」

「え、えぇ、私もそう思いますわ」

「研究発表のついでに、どういった過程で発現したのか、窺っても良いだろうか? 或いは私も日々の研究で見落としている点があるやも知れぬ。そして、それはこの場に集った誰にも言えることだろう」

 ここへ来てエルフさんが本格的に攻勢を仕掛けられました。普通にお尋ねするのではなく、観客の貴族様方も巻き込んでの口上です。圧倒的多数の観衆に晒されて尚、このような言葉回しを行えるのですから、やはり、非常に優れた錬金術士の先生なのでしょう。

 ただ、膝は相変わらずガクガクと震えていらっしゃいます。

 遠目にも哀れなほどに窺えるのです。

 かろうじてキリッと取り繕われた首から上が、かえって無残を誘います。

「別にこれといって大したことではありませんわ」

 ナンヌッツィ様が平然としている為、むしろ彼女の方が悪いことをしたようです。

「自らにとっては日常の何気ない行いが、他の者にとっては掛け替えのない気付きとなることもあるだろう。特に一度は粉末とした色素をカスの実に固めたところ、更に何を考えたのか再び水溶するなど、私としては滅多でない行いだ」

「だからこその偶然、ということではなくって?」

「故にその偶然へ至ったストーリーもまた、この場に集まる皆の好奇心を集めるのではないかと考えたのだ。過去、こうした偶然から生まれる研究成果の類は、その生い立ちもまた研究者の間では良い話のネタとなっているではないか」

「このような場で話すほど面白いものではないですわ。それでも気になるというのであれば、後で時間を取ってゆっくりとお話しましょう。目の前で実験の再現をして差し上げてもよろしいですわ。いかがかしら?」

「それはフィッツクラレンス子爵の前であっても行って貰えるのだろうか?」

「……貴方は何が言いたいのかしら?」

 流石のナンヌッツィ様も、これを受けてはお言葉を返されました。

 壇上、お二人の間に不穏な空気が流れ始めました。椅子に腰掛けたまま、ナンヌッツィ様は相手を睨みつけるよう、一方でエルフさんはこれに冷ややかな視線を送るよう、互いにジッと見つめ合っています。

 観客の方々もこれに気づいては、客席の前の方から発して、段々と喧騒が後方に向かい広がってゆきます。ざわざわとした落ち着きのない感じが、徐々にですが大きくなり、会場を満たしてゆきます。

 おかげでエルフさんの膝のガクガク具合はヒートアップ。靴底が床を叩いて音を鳴らすほどです。本人は自信満々を装っているつもりでしょうが、頬のあたりなどヒクヒクと震えていたりして、今すぐにでも泣きだしてしまいそうです。

 両者ともに各々の理由から一杯一杯の様子です。

 お二人がそんな具合ですから、最後に仕切りを取るのは、あの方です。

「致し方ない。最後に私から質問をさせて貰うとしよう」

 それまで傍観していたファーレン様が、ようやっと口を開かれました。

 目前に言葉を交わすお二人に加えて、会場の皆さんの意識もまた一様に集まります。数百、いいえ、千人以上の人から一斉に注目される形でしょうか。しかし、ファーレン様は何ら緊張した様子もなく言葉を続けられました。

「ナンヌッツィ」

「は、はいっ」

「貴様のこの度の研究、セカンドオーサーがいるのではないか?」

「いいえ、おりません」

「仮に存在したとしても、それは問題でないと私は考える。学園での研究にはつきものだ。だがしかし、それが本校の生徒であり、あまつさえ当人の発見を偽りの上に否定し、更にこれを自らのモノとしたのであれば、それは決して許されないだろう」

「ですから、おりませんと述べております」

「私は魔導の徒だ。下らない政に関わるつもりはない。だがしかし、だからこそ、魔導の道を否定する者が在るならば、これを絶対に許すつもりはない。その生命を伴い、必ずや断罪を与えるだろう」

「はい。私もファーレン様のお言葉には賛同いたします」

 平素と変わらず魔法への愛を語ってみせるファーレン様です。

 対して、ナンヌッツィ様も自らの潔白を淡々と訴えられます。

「では説明せよ、ナンヌッツィ」

「そのような事実は決してありません。この度の発見は私の単独の行いです」

「……そうか」

「はい」

「…………」

 流石のファーレン様もこの場でメイド風情の証言を立てることはできないでしょう。会場に詰めかけた観客の方々は誰も彼もが貴族様です。まさか平民の言葉など、それも使用人の言葉など、なんの意味も持ちません。

 そして、それはファーレン様も同様です。

 ファーレン様の価値観は魔法の一言に尽きます。

 教師であるナンヌッツィさんと一介のメイド、差異は一目瞭然です。それでも共同著者に対する追求をして下さったのは、恐らくタナカさんの存在を鑑みてのことでしょう。そうです。タナカさんなのです。

 それならエステル様にお言葉を頂戴したら、とは卑しくも考えてしまうのですが、なんでも今のエステル様は宮中において、タナカさんを巡り非常に危うい状況に立っているとのお話でした。こちらもタナカさんですね。

 このような場で登壇の上、彼を養護するような真似をすれば、逆に相手からつけ込まれる隙となってしまうのだそうです。特に観衆の目も多い同会場においては、絶対に避けるべきだとファーレン様も仰っておりました。

 故に両者は平行線です。

 ナンヌッツィ様に弱点は無いのです。

 だからでしょう、続くところファーレン様が述べようとした瞬間でした。

「まどろっこしいわね!」

 第三者の声が響きました。

 殊更、会場にざわめきが波打ちます。

 何事かと身構えた皆々の目前、舞台袖から姿を現した方がいらっしゃいました。つかつかとブーツの底を鳴らして、女性にありながら男性の貴族然とした姿格好をされて、それでいて非常に映えて窺える姿は同性であっても瞬きを忘れるほど。

 ええ、他の誰でもありません。

 エステル様です。

「ふぃ、フィッツクラレンス子爵……」

 ナンヌッツィ様も驚愕から身を強ばらせていらっしゃいます。

 これにエステル様は少なからず興奮した調子で仰りました。

「嘘を口にすると身の為にならないわよ?」

「っ……」

 ここへ来てナンヌッツィ様の表情が揺らぎました。

 ジッと真正面から相手を見つめて告げるエステル様のお言葉は、とても威力があります。私もタナカさんの想い人を巡っては少なからず下着を濡らしてしまったほどです。きっと、ナンヌッツィ様も下の方を暖かくしていることでしょう。

 最初は気持ち良いのです。暖かいから。

 しかし、やがて冷めては気持ち悪くなる感じを存分に味わってくださいませ。

 私は連日に渡り味わっておりますゆえ。

「ど、どういったことでしょうか? フィッツクラレンス子爵」

「私はファーレン卿ほど穏やかではないわ」

「……お話が見えないのですが」

 とは言え、ナンヌッツィ様も負けていません。

 早々に冷静を取り戻して平素からの受け答えです。

 女という生き物は、年を経ることに狡猾さを増してゆくのです。他ならぬ女である私が判断するのですから間違いありません。三歳の私より七歳の私、七歳の私より十歳の私、そして、十歳の私より今の私。

 間違いなく賢さ上がってます。急上昇中です。

 だからこそ、三十路を越えた女の強さは十分に理解できます。

 自己保身の為に覚悟を決めた中年女性は、極めて強いのです。強固なのです。

「私は見たわっ! この女が自身の生徒の実験の結果を奪う、その瞬間を! それは成果を奪われた彼の親である貴族としても、同じ学園に通う学友としても、そして、魔導の道を志す一学徒としても、決して許されることではないとここに宣言するっ!」

 言ってしまいました。

 やたらと良く通る凛とした声が会場中に響き渡ります。

 これまでエルフさんがなけなしの勇気を振り絞り、ガクガクと足を震わせてまで、チクチクと確実に埋めてきた溝を、そんなもの知ったことかと一足飛びで本丸に特攻です。全てが台無しというか、もう、後は野となれ山となれって感じです。

 エステル様のタナカさんに対する愛が、ここに炸裂してしまいました。

 前にも似たような光景を見た覚えありますよ。

「お、おいっ」

 慌てるエルフさんに構わず、エステル様はおっしゃいます。

「罪人には罰を与えなければならないわっ!」

 当然、ナンヌッツィ様はこれに抗います。

「お待ちください、フィッツクラレンス子爵」

「なに?」

「今に仰られたところ、私の子とはどういうことでしょうか?」

 キラリ、その瞳が輝きます。

 述べられたところに活路を見出して、反撃の兆しを見せるナンヌッツィ様です。他に多く貴族様方の目がある場所で、タナカさんを話題に挙げることは、愚策以外の何ものでもないそうです。

 ただでさえ今現在のエステル様は、他の貴族様の顰蹙を買っているのだそうです。これは私の勝手な推測ですが、恐らく同じ派閥の方々であっても、一連の独断専行は面白くない出来事であったに違いありません。

「私の子は私の子よっ!」

「それはつい先日、フィッツクラレンス子爵の元で男爵位を得られた平民の……」

「そうね! ファーレン卿さえ足元に及ばぬ、一騎当千の大魔法使いよっ!」

「ふぁ、ファーレン様の名を挙げるのは、些か度が過ぎるのではありませんか?」

「そんなことはないわね」

「何故にそのようなことが言えるのでしょうか?」

「だって事実として、彼のほうが遥かに優れた魔法使いだもの」

「っ……」

「けれど、その優れたるところは、決して魔法に限らないの。うふふ」

 自信満々に言ってのけるエステル様です。

 これまでも滅多でない喧騒が断続的に続いていた会場ですが、一連の訴えが壇上より発せられては、殊更に大きなものとなりました。タナカさんが男爵の位を王様より頂戴したことは、貴族様の間では既に広がっているのでしょう。

 しかし、エステル様、それは流石にハードルを上げ過ぎのような。

 タナカさんが耳としたら泣いて喜びそうですね。

「い、如何にフィッツクラレンス子爵とは言え、学園の教員の研究を否定した上、これを観衆の目前に侮蔑するというのであれば、決して許されるものではないと思います」

「だったらなに?」

「私は自身の研究が自らのものであることを、だ、断固として主張いたします!」

 流石のナンヌッツィ様もフィッツクラレンスの名は怖いのでしょう。エルフさんに対していた際と比較して、幾分か勢いが失われて思います。

 議論としては遥かに質を落として思える問答ですが、やはり、貴族様にとっては討論の内容より、語る相手の身分の方が大切なのでしょう。

 一平民としての感想ですが、このような環境に身を置いて、果たして満足に魔法の研究を行うことができるのでしょうか。甚だ疑問です。

 もしもファーレン様にお伺いしたのなら、どういったお言葉を頂戴できるでしょうか。少しお尋ねしてみたくも思います。怖いからしませんけれど。

「皆さんも、そうは思いませんか?」

 一人では心もとなかったのでしょう。

 ナンヌッツィ様が会場に集まった貴族様方に投げ掛けました。すると、間髪置かずに反応は返されます。それは同調の声でした。

「たしかに研究者の研究成果を何の根拠もなく否定するのはおかしい!」「たしかに、それは言えてるわね」「如何にフィッツクラレンス子爵とはいえども、ここ最近の行いは目につくものがある」「例の男爵にしても、実は子爵の愛人だとか」「なんと、フィッツクラレンス家の令嬢ともあろうお方がそのようなっ!」

 恐らくフィッツクラレンス家と対立する派閥でしょう。

 この学園には各派閥の師弟が一様に集められます。故にこうした罵詈雑言は必然と言えました。ただ、どれもこれもは酷く的確に的を射ておりますから、決して否定できるものではなく、むしろ、その通りというかなんというか。

 ナンヌッツィ様にとっては、そうした方々こそ、唯一、味方として利用できる勢力なのだと思います。彼女の壇上に立つ貴族然とした身なりは、けれど、決して上級とは言えず、中級としても控えめで、恐らくは下級貴族と思われます。

 故に自らの家の力に他の貴族様を従えることは難しくあり、エステル様に対する反感を煽ることで、反フィッツクラレンス派閥を利用するべく動いているように思えます。或いは既に同派閥の方々と通じている可能性もありそうですよね。

 とか、そういう小説っぽいの好きです。

 以前に読んでいた本でも、似たような展開が山場でありました。

 ただ、それでも周囲からの訴えをを無視して、真正面から凄むのがエステル様です。エステル様のような登場人物は、過去に読んだどのような本にも、一度として登場した試しがありません。なんかもう、あの、なんでしょうね。

「文句のある者は名を名乗り私の下にいらっしゃいっ!」

 声高らかに訴えた途端、その全ては消沈しました。

 最高に格好良いです。

 憧れます。

 おかげで収集がつきません。

 故にこれを納めたのは、他の誰でもない、ファーレン様です。

「ナンヌッツィよ。一つ私から提案がある」

「なんでしょう?」

「ある錬金術士と会って欲しい。私が尊敬する、数少ない手合だ」

「……は、はい?」

「嫌か?」

「めめめ、滅相もございませんっ! ファーレン様が尊敬されるとは、そのような素晴らしい方とお会いする機会を設けていただけるなど、魔導を極めるべく志すものとして、他にない喜びでございます」

「そうか。であれば良い」

「ですが、あの、ファーレン様が尊敬される錬金術師とは……」

 当事者同士、直接顔を合わせて話し合えということでしょう。

 確かにそれが一番のような気がします。

 タナカさんであれば、決して悪いようにはならないような気がします。

 だって、その、自分でも理由はハッキリしませんが、タナカさんですから。

「ひとまず、この場はこれにて平定としよう。学技会とは向上心のある者が、己が魔導技術を極めるべく、時には競い合い、時には認め合い、互いに切磋琢磨する場所である。そのような場所に下らない政を持ち込むことは許さん」

 続けられたところは間違いなく、ファーレン様の本心でしょう。

 思えば私やエステル様も、当のタナカさんの意志は、一度として確認した覚えがありませんでした。というより、私が騒動を起こして以後、タナカさんは一度として学園に戻られておりません。

 それを少し離れたところから、ファーレン様は冷静に見ていらっしゃいました。語る調子には威厳がひしひしと感じられます。こんな時でも、やはりファーレン様は魔法一筋です。どこまでも公平です。誰の味方でもありません。信条は揺らぎません。

「は、はい……」

「では、これにて両者の談義を終えるものと……」

 ファーレン様が平定のお言葉を口とすべく致しました。

 すると、これに予期せず反応の声があがりました。

 それは他に数多、会場へ集まった生徒や教師の方々です。

「ファーレン様、そのようなお方がいらっしゃるのであれば、是非、是非とも我々にも面会の場をっ!」「私も魔導の道を極めるべく日々を精進する徒として、ファーレン様が尊敬されるのだという方にお会いしたく思います」「わ、わたしもっ! わたしもお願い致しますっ!」「であれば、わたしも是非ご一緒をっ!」

 パッと見て分かりました。

 恐らくはファーレン様のファンでしょう。

 数十名という規模です。

 男性が二割、女性が八割といった具合です。

 こういうシーンで強気に出れるのは、何かに一生懸命となっている男性か、或いは下心満載の女性と相場が決まっております。ファーレン様が独身であることは屋敷のメイドさんからも窺っておりますので、その関係を踏まえた上での反応でしょう。

 ナンヌッツィ様に対抗心を燃やされたのでしょうね。

 また、これに便乗する形で反フィッツクラレンス派閥の方の勢いも加わり、ともすれば関係のない方々も多勢に無勢、好奇心から意識を向けられて、誰もが枚挙するよう参加を求めるべく声を上げ始めました。

 途端に騒々しくなる会場です。

「ぬっ……」

 背後に様々な事情もあって、少しばかり躊躇するファーレン様です。

 ただ、これに首を横と振ることはありませんでした。

「……分かった。良いだろう。誰であろうと、決して来る者は拒まずとする」

 どれだけタナカさんを信頼しているのでしょう。

 そんなやり取りを経て、同日、学技会は閉式と相成りました。

 たった一度の盗み聞きが、エステル様やファーレン様、エルフさんばかりでなく、いつの間にか大勢の貴族様方をも巻き込んで、大変なことになっております。過去にない勢いで脇の下がグチュグチュです。

 最近、ちょっと香りが立ち始めております。



◇◆◇



 この平原に流されて幾日が経ったろう。二十日は過ぎていないと思う。十日を少し過ぎた程度だろうか。などと自らが同所に過ごした時間すら忘れるほど、その意識は領土開拓に首ったけであった。

『おいっ! こっちみろ、私はこんなの作ったぞっ!』

「ちょ、な、うぉおお、なにそれ凄いじゃないですかっ!」

『だろう! 凄いだろうっ!? もっと褒めても良いんだぞっ!』

「これは負けていられないですわっ!」

『ふふんっ、ならば私はもっと凄いのを作ってしまうだろうなっ!』

「なんのなんのっ!」

 原因の一つにはクリスティーナの存在がある。

 このロリドラゴン、過去に見せた大味な魔法と比較して、意外と細かな装飾が得意であるから憎らしい。草原に合流してから数日、我が土木魔法の技術はヤツに遠く及ばないのが最高に悔しい。

 とは言え、競う相手が居るというのは良いものだ。

 おかげで分かりやすい目標を身近に構えて切磋琢磨できる。

「おい、タナカさん。こっちの内装は終わったぞっ」

「あ、どうも、ありがとうございます」

 更に自らが建てた建物にはゴンザレス率いいる黄昏の団が手入れをしてくれる。ベッドが設えられたり、ドア枠が整えられたりと、自分以外の誰かと協力して、一緒に何かを成さんとする行いは、とてもやりがいのあるものだ。

 今、こちらの世界へ訪れて以後、最高に充実する自らを発見だわ。

「次はどうすりゃいい?」

「そちらでクリスティーナさんが建造を終えた塔があります。規模が大きめの建物ですので、西側の地区で作業をしている方々と合流して、内装をお願いします」

「おうよっ!」

「あと、入浴剤の生成も引き続きお願いできますか?」

「そっちは既にトリクリスの方で対応してるぜ」

「トリクリスで、ですか?」

「あっちなら女子供の手も使えるしな。原材料がどこにでも生えていてくれるおかげで、かなりの量を引っ張ってこれそうだ。期待してくれていい。ついでに地方や隣国へも発注を掛けて、値上がりしない内に専売の契約を進めてる」

「なるほど、それは助かりますね。ありがとうございます」

「まあ、入浴剤としての仕上げはアンタ以外の魔法使いじゃ無理そうだけどな。マナポーションとしてであれば、うちの魔法使い連中でも十分に対応できるんだが、そっちは大した数は必要じゃないんだろう?」

 ああそうだ、入浴剤も一部は水に溶かしマナポーションとして、純魔力とやらを込めても良いかもしれない。正直、味が悪くて実用には絶えない代物であるが、お土産の類としては使える気がする。まずい、もう一杯、的な意味で。

「…………」

 自然と思い起こされたのはナンヌッツィさんの嘔吐物だ。

 ゴンザレス曰く、ペサリ草の色素の錠剤から作成した水溶液は、マナポーションとしての機能を十分に伴っているとのこと。都合、恐らくは学園の試験に関しては、味が引っかかり不合格であったに違いない。

 当然と言えば当然だ。どれだけ低コストで高機能な食品を開発しても、味がダメだったらリリース判定会議でお偉方のゴーサインは貰えない。マナポーションの利用シーンを思えば死活問題である。死ぬか不味いか。嫌な二択だ。

 だからこそのネタ土産である。初見さん相手なら笑いくらいは取れる筈だ。その結果として、我々の施設に興味を持って貰えたのなら幸いである。こんな不味いマナポーションを作っているのは、どこの誰だと。

「どうした?」

「ああいえ、なんでもありません」

「それじゃあ、俺は行くぜ?」

「はい。よろしくお願いします」

 一連のなんちゃって街づくりだが、どうやら存外のこと、ゴンザレスを筆頭として黄昏の団もまた楽しんでくれているよう。普段と比較しても殊更に良い笑顔を浮かべて、意気揚々と現場に向かってゆく。その大きな背中が非常に頼もしい。

 良いね。

 ああ、良いね。

 小学校の頃の図工の時間を思い出すわ。

 電熱線で発泡スチロールをカットするヤツとか大好きだった。

『おいちょっと、この壁とか見てみろよっ! 貴様にこの壁が破れるか?』

「それは私のファイアボールに喧嘩を売っているのですか?」

『さぁなぁ? 破れるものならば、おらっ、破ってみるといい』

「その喧嘩、ええ、良いでしょう。買いましたよ」

『あっ、だ、だけどっ、一発だけだからなっ? それ以上は撃つなよっ!?』

「分かりました。一発ですね」

 言われるがまま、ロリドラゴンの脇に立ったモノリスへとファイアボールを打ち込む。予備動作ゼロで生成した、自身と同じくらいのサイズの火の玉だ。

 照準は中央。

 見事命中。

 ロリドラゴンは正面から挑んで負かした時の悔しそうな顔がカワユイのだ。

「なっ……」

 なんて考えていたのだが、どうしたことか、壊れてない壁が白煙の向こう側からお目見えである。割と本気で打った。壊すつもりで撃った。ちゃんとヒビも入っている。なにせ久しぶりに悔しがるロリドラゴンを拝みたかったから

 でも、崩壊には至っていない。

『どうだっ!? 見たかっ!? この素晴らしい壁をっ!』

 今の今まで緊張の面持ちであったロリドラゴンが破顔一笑。

 嬉々として問いかけてくるウザさったらないわ。

「……随分と硬い壁ですね」

『これが私の力だっ! これが私の魔力だっ! どうだっ! 凄いだろうっ!?』

「ええ、確かに。同じ一発の魔法という意味では、私の負けです」

 やばい、ドヤ顔のロリドラゴン本格的にムカつく。

 でも可愛い。

 ウザい。

 かわいい。

 ウザい。

 かわいい。

 ちくしょう。ちくしょう。

 あまりのウザ可愛さに勃起してしまっただろうが。

 おへその凹みをザー汁で満たしてから絆創膏で蓋したい。

『この程度のストーンウォール一枚を破ることさえ出来ない、か弱い貴様の街だからな。ちゃんと周りは強固な壁に覆ってやる必要があるだろう。あぁ、この私の強靭な壁で覆ってやる必要があるだろう』

「…………」

 こちらが押し黙ったのを良いことに、これでもかと自己主張してくれる。

 どうやら街を自前の壁で囲いたかったようだ。

 くそう。

 こんなことなら周りを気にせず、もっとデカいのを撃つべきだった。

『どうした? ニンゲン、感謝の言葉の一つでも述べてみせたらどうだ?』

「そうですね。壁の設営に関してはご協力を感謝します」

『ふふんっ? 強がって見せても、その心中は手に取るように分かるぞぉ?』

「っ……」

 くそう、悔しい気持ちを見ぬかれてしまった。

「確かに今の私は悔しいと感じています。ですが次は必ず、貴方の作ったストーンウォールを私のファイアボールで打ち破ります。覚えていてくださいね?」

『っ……』

 少し強めの口調で主張しておく。

 すると、ビクリ、肩を震わせて応じるのがロリドラゴン。

『ふっ、ふんっ! せいぜい足掻けばいいっ! むむむ、無駄だろうがなっ』

「無駄にならないよう努力しますので」

 ただまあ、なにはともあれ今はヨイショである。自分が作るより強固な壁を生み出すことができるのだ。協力して貰わない手はない。是非ともお願いしよう。

「それでは苦労をお掛けしますが、領土全体を覆うよう、高めの壁の配置をお願いしても良いですか? 貴方の作る壁は、今の私では不可能な領域にあります」

『よ、良いだろうっ! 貴様がそこまで悔しがって尚も頭を下げるというのであれば、ふふん、なかなか悪くない気分だ。作ってやるとしようじゃないかっ!』

「ありがとうございます。感謝します」

 最高にニマニマモードのクリスティーナ。

 力強いロリータとか大好きだよ。

 愛してしまいたいぜ。

 だがしかし、コイツは魔導貴族の嫁候補だ。

『では行ってくるかなっ!』

 言うが早いか、領土の境界へ向かい飛び立つロリドラゴン。

 なんだかんだで街に愛着が湧き始めている模様。

 しかも、飛行魔法でおパンツ丸見えだ。

 自然と気遣いの声も漏れようというもの。

「お願いします。ですが、あまり無理はしないで下さいね」

『っ……』

 一瞬ロリドラゴンが、カクン、急な角度で大きく高度を落とした。

 これを見送り、自らもまた、他に数多残す作業へと移る。

 クリスティーナの乱入に応じて、領地の開拓は当初考えた以上に進んでいる。ゴンザレスも約束したより多めに人を出してくれている。この調子であれば、向こう数日で十分な施設を用意することが可能だろう。

 訪れて当初に生み出した壁は既に街の中心となり、その外側を他に多くの建物が囲んでいる。故にこれらを囲むよう、より広い範囲を包むべく二層目の壁が存在しているのだが、その内側も既に施設を設けるスペースは失われている。

 二馬力となり破竹の建造スピードを得た我々であるから、二つ目の壁の外にも結構な数の建物が建ち始めている。という訳で今し方、ロリドラゴンが更なる外壁を設けに向かっていった。恐らくはヤツの作る壁が最外郭となるだろう。

 都合、田中ランドは巨大な壁により多層構造を取る。

 一連の試行錯誤が、予期せず城塞都市としての体を成し得ていた。そして、これら外壁を横断して領土全体を東西南北に区切るよう、十字の形で幅広な大通りが設けられており、そこから更に小さな通りが枝を生やしている。

 大通りを境目として、街全体は四つのブロックに分けられる。

 基本的に全てが全て娯楽エリアな訳であるが、やはり、エンターテイメント性を高める為にも、特色というやつは必要だろうと考えた次第だ。どこぞのテーマパークがランドだのシーだのやっているのと同じようなもの。

 北は身分が高い系の人向けだとか、南は大衆向けだとか、西は施設内での衣服の着用が禁止だとか、東は全ての施設が混浴だとか、そういう感じで素敵なルールを設けてゆけたら良いなと考えている。

 当然、スラム街も完備である。

 各ブロックに必ず一つある。

 更にもう一つ、最外殻となる壁の外にも作る予定だ。

 スラム街最高。

 わざわざ作ったばかりの道路をファイアボールで炙ってヒビを入れたり、トリクリスから壊れた家具や廃材の類を取り寄せたり、そこいらの森でネズミっぽい生き物を捕獲してきて放流したりと、相当に力入れた。マジ頑張った。最高のスラム街だと思う。

 弊社の提供するスラム街であれば、意識の高いレイプマンや、シーンにこだわる痴女であっても、十分に満足して貰える筈だ。毎日の輪姦をより魅力的に演出できること請け合いである。リリースが楽しみでならない。

「……建物はクリスティーナに任せて、インフラ周りをもう少し整えるか」

 追加で井戸とか掘っておこう。
なろうコン大賞にて応援期間というものが始まるそうです。

よろしければ応援して頂けると、と言うと、下らない宣伝ばかりで申し訳ない限り。なので作品に関わらず、お酒に酔った勢いにでも、適当に送信して頂ければ幸いです。

http://www.wtrpg9.com/novel/
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