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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫

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学技会 三

【ソフィアちゃん視点】

 昨今、学園では学技会という催しが行われています。

 どのような催しかと言えば、魔法に関する色々な発表会だそうです。主役は生徒さんでなく、同所に教鞭を執る先生方とのことで、学園に教員として勤めていらっしゃる貴族の方々が、ご自身の魔法研究の成果を発表する、年に一度の舞台とのお話でした。

 私の勤めている学園は学び舎という位置付けの他に、魔法技術を研究する施設としての側面も備えているそうです。学技会という催しに関しては、主役が先生方ということもあり、主に後者としての意味合いを伴ったものなのでしょう。

 聞いた話によると、この会において評価が悪かった教員の方は、学園をクビになってしまうのだそうです。なので普段は生徒さんに試験を与える側である皆さんも、この催しへ臨むに際しては誰もが必死になるのだとか。

 学園の先生にとっての試験みたいな感じですね。

「…………」

 唯一、疑問があるとすれば、そのような大層な場であるにも関わらず、何故か一介のメイドに過ぎない町娘風情が、ご一緒させて頂いております。しかも困ったことに、どうしてなのか貴賓席に案内されてしまいました。

 普通の観客席とは別に用意された、数名分ばかり、豪勢な椅子の置かれた高級感の漂うお部屋です。大きく窓のようなもの設けられて、正面に他のお客さんの頭が邪魔することなく、ホールの上の方から舞台がよく見えます。

 壇上では今まさに教員の方が発表の最中でしょうか。

 正直、何を喋っているのか、学のない私にはサッパリです。

「…………」

 怖いです。

 兎にも角にも恐れ多いです。

 ああ。

「…………」

 事の起こりは今朝の早い時間帯でした。学園の寮にファーレン様がいらっしゃいました。お求めはやはりというか、私のご主人様であるタナカさんでした。ですが、タナカさんは昨日より帰られておりませんでした。

 これをお伝えしたところ、ファーレン様は難しそうな表情となり、ややあって、それならば私だけでも一緒に付いてこいとのご命令をされました。これに勇気を振り絞り、理由をお伺いしたところ、貴様が一緒であればヤツも席を外すことはあるまい、云々。

 なんかいつものパターンですね。

 タナカさん、巻き添えを頂戴いたしました。

 私、タナカさんの巻き添えを頂戴してしまいました。

 助けて下さい。

『陰性反応式? ……くだらんな。…そのような反応では私には傷一つ付けられまい。ほう? 発展する? ……ふふんっ、いくら発展させたところで焼け石にみずだろう』

 隣の席にはドラゴンさんも一緒です。あと、以前に寮へいらっしゃったエルフさんも見受けられます。また、ドラゴンさんとは私を隔てて反対側に、何故かペニー帝国の王女様までいらっしゃいます。

 私以外の誰もは壇上の発表に聞き入って思えます。

「…………」

 お腹が痛いです。

 とてもとても、お腹が痛とうございます。

 周りの方々が身動ぎや咳払いする度に、ズキン、ズキン、腹部が内側に胎動しては引き攣るような痛みが与えられます。最終門のすぐ近い場所に、ゴロゴロと水気の集まり来る波動を感じます。

『……ほぅ? 温度差の利用? やはりその程度がニンゲンの限界だな。この私の前では無意味な努力だ。哀れだなっ! 哀れっ! 小さいもの共めっ!』

 お尻も痛いです。

 とてもとても、お尻が痛とうございます。

 既に幾度と無くトイレに駆け込んでおり、お尻の穴がヒリヒリしています。同所に利用させていただく施設は、下を片付ける紙もまた上等なものが用意されておりました。とても柔らかで、ふんわりでした。

 しかし、それでも痛くなるほどに繰り返しております。穴に近いところが擦り切れて、赤いものが付着するほどです。前回の排泄からは、パンツにシミを覚悟で、弱拭いを敢行しております。

『ふん、やはり下らんな。その程度の魔力でなにを起こせるというのだ。これならば一つ前の発表の方が余程のこと弱き者共には似合っているだろうに。馬鹿なヤツだ』

 ドラゴンさん、さっきからずっとブツブツ、独り言です。

 怖いです。少し黙って欲しいです。

「……タナカさん、は、早く戻って来てください」

 心も体も限界です。

 誰に言うでもなく、祈るように呟きました。

 そんな他者に甘えきった態度が良くなかったのでしょう。

 背後から勢いよくドアの開く音が聞こえました。

 何事かと驚いて振り返ると、そこにはファーレン様の姿があります。ファーレン様は貴賓室に足を踏み入れると同時に、声も大きく問い掛けられました。

「メイドっ! ヤツは戻って来たか!?」

 こうして問われるのは半刻ぶりでしょうか。

 発表者が入れ替わる都度、様子を見に戻られるのです。

「い、いいえっ! まだいらっしゃってはおりませんっ」

 大慌てで椅子から立ち上がり、お答えさせて頂きます。もう脇の下はヌチョヌチョです。汗が大変なことになっております。メイド服が白色を基調としたデザインで大変に助かります。もしも紺色などであった日には乙女心が粉砕です。

「……そうか」

 すると、どこか残念そうな表情となるファーレン様。

 タナカさんがお気に入りなのですね。分かります。

 でも私は関係ないので、早急に寮へ帰してやって欲しいのですが。

「たしかに初日はレベルの低い発表が多かった。見限られてなければ良いが」

「…………」

「あぁ、思い出しただけで苛立たしい。やはり使えない者はさっさと切っておくべきであった。今後は躊躇することもあるまい。二度と、二度とこのようなことは……」

「……あ、あの」

 まだ見ぬ貴族様がタナカさんのせいで失職の危機です。

 一昨日には今の私と同様、この場に訪れていたらしいタナカさん。なんでも途中で席を外されたとのことで、これにファーレン様は気を揉ませていらっしゃるのでしょう。会場へ至る馬車の中で、学技会の概要と併せて一連の事情を伺いました。

 この方が他者を相手として、ここまで気遣いをされるのは滅多でありませんね。

「先程も伝えたが、ヤツが来たら直ぐに私へ知らせろ」

「は、はひっ! 分かりましたっ!」

 深く頭を下げてお辞儀です。

 すると、ファーレン様は早々に貴賓席から去って行かれました。

 まるで嵐のような方ですね。頭を上げる頃には、既にドアも閉じられて、廊下の向こう側に足音を鳴らしていらっしゃいます。その気配もすぐに小さくなって、聞こえなくなりました。

 ふぅと小さく息を吐いて、私は元在ったとおり自身に当てられた椅子に着席です。

 すると時機を合わせたように、次の発表が始まりました。

「これより私、リディア・ナンヌッツィが発表させて頂きます」

 どこか覚えのある声とお名前ですね。

 あぁ、あれです。

 以前、サブリナさんにお呼ばれした際、その帰り道で耳にした方ですよ。

「今年の学技会で私が発表させて頂くところは、この国の魔法的戦力を今の幾十倍にも高めるだけの可能性を秘めたものとなります。どうぞ皆さん、最後までお付き合いを頂ければ幸いです」

 これまでも大きな語りをされる方はいらっしゃいました。

 しかしながら、今し方の口上はそれらと比較しても大したものです。

 幾十倍って凄いですよね。

 魔法のマの字も碌に理解しない私ですが、ちょっと気になりました。自然と耳も貴賓席の窓枠から見下ろす先、壇上へと向けられます。舞台の中央に立っていらっしゃるのは、大凡、三十代中頃ほどと思しき女性の方です。

 当然、貴族様ですね。

「結論から申し上げますと、私が皆様に研究成果として提示するモノは新たな魔力溶媒です。それも従来と比較して格段に安く、大量に生成が可能であり、尚且つ、これまでの基準においては中級ほどの効果を伴う代物です」

 貴族様が一言を発するに応じて、観客席から喧噪が上がり始めました。

 どうやら凄い発表みたいです。

「ほぅ……」

 貴賓席からも感嘆の声が響きます。

 ドラゴンさんを挟んで二つ隣、エルフさんです。

 スゥと細められた瞳が舞台の上をジッと捉えていらっしゃいます。口元には僅かばかり笑みが浮かんで、けれど、お世辞にも笑っているようには見えない表情が怖いです。同時に凛とした横顔がどこか恰好良くも映ります。

 外見はエステル様より幼いですね。ただ、如何せんエルフさんですから、恐らく実年齢は私よりも上でしょう。或いは舞台の上の発表者より年上かも知れません。エルフさんはとても長生きだと聞きました。同じ女として、羨ましい限りです。

「こちらの図面をご覧下さい」

 舞台の上に巨大な紙面が用意されました。

 紙面には軸が上下左右に引かれて、その上にカクカクと折れる線が引かれています。これが左から右へ向かうに応じて、段々と下から上に登るよう移って行く形です。

「縦軸が私の開発した媒体の含有上限になります。この媒体は素材に対して特定の処理を施すことにより、媒体の含有上限が飛躍的に伸びるものです。その値は先に提示したとおり、最終的に従来の中級ほどまで至ります」

 語るリディア様の調子は軽快です。

「また、こちらの図面をご覧下さい」

 更に一枚、紙面が壇上に追加されました。

 こちらも先に挙げられた紙面と同様にカクカクな線です。

「こちらは浸透性を現したものです。ご覧の通り、こちらもまた特定の処理を施すことにより、媒体の浸透性が格段に上昇している様子が確認できます。やはりこちらも、魔力の溶媒としては中級ほどの値でしょうか」

 紙面を腕に指し示し語ってみせます。

 良く通る声が会場全体に響き渡ります。

 なんか恰好良いですね。

「さて、この溶媒の材料は果たして、どのようなモノでしょうか?」

 リディア様は挑むような調子で会場へと尋ねました。

 これを耳とした多くの方は、口々に言葉を返されます。

 ただ、その全ては有象無象に埋もれる一つに過ぎません。

 続くところ、正解はリディア様より与えられます。

「恐らくは非常に高価な素材を思い描かれたかと思います。ユニコーンの角や、リロータ草などを連想された方も多いかと思われます。ですが違います。こちらの溶媒の元となった素材は――――」

 多少ばかりを溜めて語られたところは、私も耳の覚えのある単語でした。

「ペサリ草です」

 応じて、舞台からはリディア様の説明を耳として皆様より、それまで以上に大きな響めきが上がりました。喧噪が喧噪を呼んで、瞬く間に会場は賑やかとなりました。人が沸き立つとは、多分、こういうことを言うのでしょう。

「ほぅ……あの草の性質に着目したのか。やるじゃないか、あの女」

 貴賓席でもエルフさんが声を上げられました。

『ふんっ、魔力など勝手に回復するもんだ。しないヤツは死ね』

 ドラゴンさんは相変わらずですね。

 一方で私はと言えばサッパリです。

 詳しいところは知れませんが、どうやら世紀の大発見な模様です。

「静かにせよっ!」

 壇上の隅、議長席に腰掛けていたファーレンさんが一喝されました。

 いつの間に戻られたのでしょう。

 お年の割に足が早いですね。

「ナンヌッツィ準男爵、発表を続けよ」

「はい」

 ファーレン様に促されて、リディア様の発表は継続です。

「私の理論の根底に存在するのはペサリ草の色素となります。この色素を極めて一般的な手法により製錬することで、先程に提示した性能を伴う魔力媒体へと導くことができます。では、これより実際にその過程を皆様に提示させて頂きます」

 その一言を耳とする都度、観客席からは続くところ響めきが。

「下準備としてペサリ草をフラスコに入れて煮立て、十分に加熱します。そうして得られた色素を含む煮汁を蒸留するのですが、その際にファイアボールの炎であぶります。これによりペサリ草の色素が反応を見せて……」

 同様に貴賓席でもエルフさんが感心した様子で声を上げました。

「まさか人の貴族が私と同じ道を辿るとはな……」

「…………」

「確かにペニー帝国一の研究機関と誉れるだけのことはあるじゃないか」

 思い起こせばタナカさんは常々、彼女を素晴らしい錬金術師の先生だと仰っていました。王女様の病気を治した薬も、元々はこちらのエルフさんがレシピを作られたのだと説明を受けた覚えがあります。

 とても優秀な錬金術師様なのでしょう。

 そのような方が感心するほどですから、とても素晴らしい発表に違いありません。もしも、事前に裏話さえ耳としていなければ、自身もまた、素直にこれを受け取れたのではないかと思います。

「とは言え、ファイアボールで炙るという表現を用いるということは、どうやら今一歩、こちらの方が理解に先立っているようだな。うむ、私の知識もまだまだ捨てたモノではないじゃないか。ふふん。ふふふん」

 ちょっと嬉しそうなエルフさんです。

 壇上のリディアさんに共感めいたシンパシーをビンビン感じられています。

「そうして得られた液体を元に加熱を続けて、色素を粉末として抽出します。後にこれをカスの実を触媒として高圧下に晒します。そうして最終的には固形として得られたペサリ草の色素が、こちらとなります」

 おもむろに懐から親指の先程の固まりを取り出されました。

 皆さんの意識が一斉に向かいます。

「ここで一つ、私が提案する溶媒の優れたる要因の一つとして、輸送の容易性が挙げられます。本来であれば液体としての輸送が一般的であるマナポーションですが、こちらは固形物として持ち込んだものを卸先、或いは現地で水に溶かし利用します!」

 手元のフラスコへ、手にした固まりが投入されました。

「加水により最後の反応が起こり、溶媒は完成します」

 応じて内側にブクブクと反応が見られます。

「では、魔力を籠めてみましょう」

 リディア様がフラスコに向けて両手を掲げます。

 宣言の通り魔力を籠めているのでしょう。なにやらブツブツと魔法の詠唱っぽい声が響き始めます。これに応じて液体からは、ぶくぶくと泡が小さく浮かび上がり始めました。まるで火にかけたようです。

 同時に多少ばかり光を放って思えます。

 一連の作業はしばらく続けられました。

 ややあってフラスコに向けられていた彼女の手が降ろされるに際しては、それまで青色であった液体が、いつのまにやらモスグリーンに変化しております。パッと見た感じお茶のようですね。

「さて、こうして出来上がったマナポーションですが……」

 彼女は会場をぐるり見渡し、続くところを述べられました。

「貧民のサラダより生まれた代物を、大衆の面前で口として下さる勇敢な人物は、この場にいらっっしゃいますでしょうか? もしも差し支えなければ、名乗りを上げて頂けるとありがたいのですが」

 そのようなことを言ったら、間違いなく手を挙げる方が同所には若干一名、私が理解する範囲にいらっしゃいます。あぁ、間髪置かずに腕があがりましたよ。即座にスッと、音もなく上がりました。

「こちらへ持ってくると良い」

「これはこれはファーレン様。理事長自らありがとうございます!」

「どれ……」

 フラスコに充ちた緑色の液体が、ファーレン様の喉に流れて行きます。

 これを口として、一瞬、その表情が酷く険しいモノに歪みました。

 ただ、構わず内に満ちた液体を飲み干してゆきます。

 やがて、空となったフラスコを手元において、ファーレン様は仰いました。

「……たしかに貴様の言葉に嘘偽りはないようだ」

 口元に付着した液体を手の甲に拭い、淡々と続けます。

「この度の発見は、この国の魔法的戦力を今の幾十倍にも高めるだけの可能性を秘めたものであると、私もこれに同意する。うむ、実に素晴らしい研究である」

 応じて、会場からは喝采が上がりました。

 うぉおおおお、って感じです。

 凄いです。

 ビリビリと空気が震えて思えます。

「以上で、リディア・ナンヌッツィの発表を終えさせて頂きます」

 リディア様が頭を下げるに応じて、会場からは溢れんばかりの拍手が与えられました。パチパチパチ、程近い場所からも聞こえてきたので、それとなく視線を向けると、そこにはエルフさんの姿が。

「なるほど、カスの実を触媒とした加圧と再加水で含有上限を向上させたのか。まさか、そのような手法が効果を上げるとは思わなかった。単純ながらも極めて効果的だ。素晴らしい。これほど創作意欲が刺激されることはないな」

 ニコニコ笑顔です。

 でもどこか挑むような調子が、あぁ、とても楽しそうですね。

 きっと心の底から錬金術が好きなのでしょう。

 なんとなく、そう思いました。

 一方、壇上ではお二人のやり取りが続いています。

「ただし、味は最悪だ。唯一、この一点に関して早急なる改善が求められる」

「はい。まさにその通りです。自らの舌にこれを確認して下さったファーレン様に対して、どうか皆様、今一度、拍手をお願い申し上げます」

 リディアさん、発表がとてもお上手ですね。

 準男爵としての地位に限っては、他の貴族様に反感を受けそうな強気の言動ですが、最後にファーレン様を担いだことで見事に回避されて思えます。

 語るファーレン様も少なからず嬉しそうですね。

 発表としては大成功なのではないでしょうか。

 その裏にある諸々の事情を知る身としては、些か複雑な気分です。ただ、相手は貴族様でありますから、この身には何を訴えることも叶いません。平民筆頭代表として、素直に拍手で彼女を見送る限りです。

 唯一、素直に感心されているエルフさんが、お気の毒です。

 今もキラキラとした瞳で舞台を見つめていらっしゃいます。まるで新しい玩具を買い与えられた子供のようです。外見年齢相応の小さな子供のようです。きっと根っこの部分が純粋な方なのでしょう。

 私が一番にコンプレックスを刺激されるところでもあります。

 憧れます。

「ナンヌッツィ準男爵、素晴らしい発表であった」

 彼女の発表はファーレンさんの絶賛により、盛況のまま締められました。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

「素晴らしい発表だった。貴様もそうは思わぬか?」

 貴賓席を訪れたファーレン様より発せられた第一声です。

 少なからず興奮して窺える様子は、非常にファーレン様らしくて、なんというか、その事実に落ち着きを覚えます。とは言え、こちらは一介のメイド風情ですから、魔法など門外漢も良い所、反射的に席を立ったところで慌てるばかりです。

 すると、私に代わり答えて下さったのは、二つ隣の席のエルフさんです。いつの間にやら腰を上げて、こちらの側へいらっしゃっておりました。彼女の席は奥まった位置にあるので、出入口の側へやって来た形でしょうか。

「ああ、確かに先程の発表は良いものだった」

 どうやら彼女はタナカさんの他、ファーレン様ともお知り合いのようですね。

 深く頷いての同意です。

「冒頭に語られた魔法的戦力云々も決して誇張ではないようだ。連日の発表でも似たような言動や、拙い理解は多く見受けられたが、これでなかなか、数は少ないが良き探求者もまた籍を置いているではないか」

 続くところ、語る調子は満足気なものでした。講義の最中も頻りに頷いていらっしゃいました。相手が貴族様であるが所以のおべっか、という訳でもないのでしょう。少なからず興奮しているのか、語り調子もタメ口です。

 物事に熱中すると、すぐに周りが見えなくなってしまう方なのかも知れません。聴講の最中も非常に集中しておられました。職人肌というヤツでしょうか。相手はファーレン様なので、多分、大丈夫だと思いますが。

「分かるか? この学園のレベルが」

「こうして席を設けてもらった手前、申し訳ないとは思うが、素直に称して学園都市のそれには劣る。もしくは私の耳とした風評が過去のものであったのかも知れない。こちらの専門は錬金術だが、そうでなくとも否定可能な論述が多数見受けられた」

「あぁ、そのとおりだ。恥ずかしながら年々、教師の質が落ちてきている。そして、教師の質が落ちてくれば、自然とこれに学ぶ生徒もまた同様だろう。挙句には社交場の類と勘違いした者たちまでもが入学してくる始末だ」

 というか、むしろファーレン様のほうが申し訳なさそうです。

 相変わらず魔法一直線なお方です。

 平民を相手に、ここまで対等な口を利く貴族様は稀有ですよ。

「ペニー帝国が所以の衰退、といったところか」

「うむ。この国の背景を思えば、逃れられない宿命なのかも知れん。世間に語られる格式や評価に対して、研究の度合いが見合っていない。研究費こそ十分な額が与えられているが、得られる成果は確実に質を落としてきている。皮肉なものだ」

「一昨日の挨拶で理事だと聞いたが?」

「私の代でこそ、なんとしても盛り返したいとは思う」

「……そうか」

 お二人の間に漂う雰囲気、よろしくありませんね。

 メイドは半歩ばかり後退り、お話の場から距離を取りましょう。

 一方でエルフさんが取り繕うよう、話題を変えに向かいます。

「とは言え、そうした環境にあって、先程の発表は素晴らしいものであった。あの性能が正しく評価されたものならば、すぐにでも実用に移れるのではないか?」

「うむ。その点に関しては私も非常に満足している。味の問題に解決の目処が立てば、早々にでも量産体制に入ろうと考えている。陛下に駄賃を無心するつもりだ」

「たしかにぺぺ草の青臭さはいかんともしがたいものがある。粉末とした過程で多少は軽減されたと考えたのだが、どうだったろう? 実際に口とした者の意見としては」

「やはり相応に残っておる。急場での摂取を鑑みれば対処は必要だろう」

「なるほどな……」

 瞬く間に魔法談義が始まりです。

 おかげで私はファーレン様のお相手をせずに済みそうです。

 ありがとうございます、エルフさん。

「今回は良い場へ招待してもらった。貴殿に感謝したい」

「奴の知り合いとあらばいつでも歓迎しよう」

「そうか。あの男には感謝せねばならないようだな……」

 どこか遠い目となるエルフさんです。

 そんな彼女にファーレン様が続けます。

「ところで、まだ戻ってはおらぬのか?」

 依然として、その意識はタナカさんに向かっているようですね。

 大貴族様からのお誘いを無視して、私のご主人様はどこでなにをやっているのでしょうか。パッと見た感じ出不精な印象を受けるのですが、気づけばどこかに消えているのがタナカさんです。

「それがあの男を指しての話であれば、こちらへは一度も姿を表していないな」

「そうか。まだ戻ってはおらんか」

 エルフさんに確認を終えたところで、ファーレン様が私に向き直りました。

 やっぱりこっちにも来ちゃいました。

 ファーレン様、怖いです。ごめんなさい。

「寮の方にも一昨日の昼から戻ってはおらんのだろう? あぁ、そう言えば一緒に城へ向かったというリチャードの娘はどうした? あの者に尋ねれば、行き先くらい容易に知れるのではないか?」

「も、申し訳ありません。それがエステル様も一昨日から留守でして……」

「一度も戻っていないのか?」

「はい、も、戻られていません」

 お二人が一度も寮に戻られていない点は間違いありません。お部屋をお預かりするメイドの私が、この目で昼夜を問わずご確認させて頂いているのですから。朝から晩までずっとリビングで食っちゃ寝ゴロゴロとても快適でした。

「…………」

 これはいよいよタナカさん、エステル様とラブレボリューションされてしまったのでしょうか。可能性は濃厚です。ここ最近のアプローチは特に激しかったです。私が男であったのなら、一日と持ちませんね。エステル様は非常に素敵な方です。

「まあ良い。戻ったらすぐに私へ連絡を入れろ」

「は、はひぃっ!」

 大きく頷いてお返事です。

 自然と舌がもつれてお返事を噛んでしまうのは平民の性さがでしょうか。

 そうした私とファーレン様の傍ら、エルフさんが呟きました。

「しかし、私以外にもぺぺ草の色素に興味を持つ者がいたとは驚きだ。それが王立学園に籍を置く貴族ともなれば尚のことだろう。仮に至る者が居たとしても、平民から現れるものだとばかり考えていた」

「ほぅ? というと、貴様も同様の研究を?」

「一点、あの発表者に伝えるといい。ぺぺ草の色素を蒸留する際の工程だが、ファイアボールで炙るという表現は適切ではない。色素は決して熱に反応している訳ではない。反応は冷却とともに与えられた、ファイアボールの光を起因として変化を見せるのだ」

「……なるほど」

「しかし、それ以後の結晶化から続く、カスの実を触媒とした加圧と再加水による含有上限の向上へ至る試みは、奇跡のような気付きであった。まさか、あのような手法が効果を上げるとは盲点だった。単純ながらも極めて効果的、とても素晴らしいものだろう」

「熱ではなく光が反応を与えるのか?」

「そうだ。光だ。むしろ熱はその効果を抑制する方向へと働く。熱を与えずして光を与えるという気付きは、これでなかなかのものであると私も自負している。裏付けも取っているので間違いない」

「……植物由来の色素が光か。なるほど。それはなかなかおもしろい」

「興味があるのか?」

「無いわけがなかろう? 貴様が良ければ、あの者との席を設けるとしようか」

「むっ、ぬっ……せ、席、か?」

「不都合があるか?」

「いや、不都合というわけではないが……その、なんだ……」

「明日の晩にでも用立てよう。構わぬか?」

「……わ、分かった」

 グイグイと猛烈な勢いに押して思えるファーレン様。これとは対照的に、席云々の話が話題と上がった途端、どこか緊張した面持ちとなるエルフさん。

 大貴族でいらっしゃるファーレン様とタメ口でお話されながら、一方、格下である貴族様との席を提案されて緊張されるのは、どういった心境なのでしょうか。

 顔見知りですかね。

「…………」

 あと、ファーレン様、先ほどからエルフさんとお話をしながらも、チラチラとドラゴンさんを見ていらっしゃいます。大好きな魔法のお話をされている最中だと言うのに、多少なりとも他へ意識を向けられる姿は、どこか新鮮な感じがします。

 首都カリスに名立たる魔道貴族様でも、やはりドラゴンさんは怖いのでしょう。当のドラゴンさんは何ら気づいた様子がありません。今しがたに貴賓席専属のメイドさんから貰ったジュースをゴクゴクとやっていらっしゃいます。

 そのマイペースな感じ、とても羨ましいですね。憧れます。



◇◆◇



 ラジウス平原とやらにやってきてから数日を過ごして昼。

 訪れて当初は地平の彼方まで延々と草木が続くばかりであった同所であるが、しかし、現在はその只中に現れたる、なんと十数棟から成る構造物の群れ。学生時分に歴史の教科書で眺めた史跡さながら、石製の建造物が立ち並んでいる。

「よっしゃ……」

 自然とガッツポーズを決める。

 だって作ったの俺、俺だよ。

 パッと見た感じ、物凄い勢いでモヘンジョダロ。

 国営放送の歴史系番組で放映される類の、現在のコンピュータグラフィックスで復元したらこうなります的な建物の連なり。これが空に浮かんだ我が身の下、背の高い壁に囲まれて存在している。

 一昨日から不眠不休で延々と続けて、その成果である。

 肉体疲労を回復魔法に誤魔化しながらの突貫工事だった。

「……やばい。めちゃくちゃ達成感あるわ」

 建物壁面に設けられた出入口や窓が、ストーンウォールの壁に穴を開けただけだったり、屋根に傾斜が付いておらず地面と水平だったり、光源を確保する為に中庭付きのロ型の建物が大半を占めていたりと、紀元前感が丸出しではある。

 とは言え、各所には下水管の敷設やら、シャワーこそなくとも上水道の併設やら、相応に手の込んだシロモノだ。全てはストーンウォールを凸したり凹したり、土木魔法の創意工夫による成果である。おかげで全体的に角ばってるけどな。

 例えば管を作るのであれば、細長いストーンウォールを生成して後、内側を窓枠の形成に同じく、端から端まで凹ましての対応となる。そうした地味な作業を繰り返すこと数日、俺の目前には見事な湯船と、そこから通じる排水管がある。

 建造物の屋内にはちゃんと床も作った。もちろん、ストーンウォール製だ。もはやウォールとは呼べない高さ且つ幅広な凸による施工である。唯一、ポンプ周りだけはどうにもならないと考えて、事前にゴンザレスのお買物リストへ記載しておいた。

「…………」

 自らの成果を目の当たりとして、感無量ってやつだ。

 本格的にストーンウォール最強伝説の予感。

 土木魔法の称号は伊達じゃなかった。

 同所を訪れて最初に建てた壁。その内側に設けた十数棟から成る建物は全て銭湯である。半数はロの字を描く建造物の中庭に、大浴場の体で屋外へと湯船を作り、噴出した泉源から湯を引く構造。露天風呂だ。

 一方で残る半数は屋内湯だ。いかんせん窓ガラスを用意できなかった手前、窓枠が小さくなってしまった。当然のように薄暗さは拭えきれず、これがどうにも怪しい雰囲気を醸しておりエロスを誘う。屋内湯が混浴となることは確定的である。

 当然、浄化装置など存在しないから、いずれも源泉掛け流しとなる。

 溢れた温水は下水管を通って近隣の川まで運ぶ仕様である。その流れに任せて、併設した便所から汚物も一緒にどんぶらこっこ。まさかの水洗仕様はいつだかの牢屋ライフを思い起こす。当時の経験が存分に生かされているぞ。

 ちなみに川はプッシー共和国の側を勝手に使わせてもらった。後々に文句を言われる可能性は高いけれど、今は直近一ヶ月を乗り切ることを優先する。最悪、築城中だろう縦ロール城へクリスティーナを遊びに行かせれば一発だろう。

「……段々と貴族とかどうでも良くなってきたな」

 ストーンウォール楽しいわ。

 ファイアボール超えたな。俺の中で。

 最高にクリエイティブな魔法だろ。

 エンジニアでデベロッパーな気分だ。

 やはり、男の仕事はこうでなくちゃいかん。

「もう少し規模を広げるか……」

 最初に作った壁の内側は建物や道路、広場で埋まってしまった。とは言え、せっかく作った壁を壊すのも勿体無い。そうなると、ここは既存の壁と内側の建物一式を囲うよう、更に壁を設けるのが良いと見た。

 背の高い壁が幾つも層になってるとか、城塞都市っぽくて格好良いじゃん。

「……そうなると、やっぱりスラム街は欲しいよな」

 エロRPGの街マップにスラムが存在しなかったときの絶望感は半端ない。面白さ九割減だわ。そんな悲しみを俺はこの街を訪れる者に感じて欲しくない。スラム街で素人美少女が輪姦されている姿を目の当たりとして、日々を生きる糧として欲しい。

「よし、やるか」

 やる気が漲って来た。

 今なら回復魔法併用で三徹、四徹は余裕である。

 飛行魔法で身を飛ばし、壁の外側へと移動する。

 すると、そこで見知った相手と遭遇だ。

「お、おいっ……タナカさん、こりゃぁいったい……」

「これはこれは、ゴンザレスさん。ご足労下さりありがとうございます」

「ここは本当にラジウス平原なんだよな? 以前に見た時はこんな壁は……」

 背の高い壁を見上げて、酷く驚いた表情となるゴンザレス。その傍らでは彼が率いてきただろう黄昏の団の面々が、同様に口を半開きのまま唖然としている。どうやら結構な数を連れてきてくれたようで、二百人近い軍勢が壁を前にあんぐりだ。

 そうした反応が、どうにも気持ちいい。

 見てくれよ。俺の仕事っぷりを。

「よろしければ、内側を案内させてください」

「な、なかにも何かあるのかっ!?」

「はい。皆さんに気に入っていただけると良いのですが」

 人の数と比較して、それでも勝って思える馬車の並びから察するに、ちゃんと注文した品は運んできてくれたよう。ドラゴン退治で得た金貨二百枚。うち黄昏の団への報酬となる百枚を除いた、残り百枚を資材の購入に当てたのだ。

 棚やテーブル、ソファーといった家具を筆頭として、先に挙げたポンプの類、それにタオルや石鹸といった消耗品に至るまで、とにかく大量に必要とされる仕入れと搬入を一括してお願いした次第である。

「どうぞ、こちらです」

「お、おうっ」

 黄昏の団一同を連れ立って、正門から壁の内側へと向かった。



◇◆◇



「とんでもねぇ魔法使いだな。アンタってヤツは」

 一頻り壁の内側を案内したところで、ゴンザレスが呟いた。

「ゴンザレスさんにそう仰って頂けたのであれば、月末までに金貨五十枚という目標も、多少は現実味を帯びてきたと考えても良いでしょうか?」

「……そうだな」

 今に我々が語らい合っている場所はといえば、壁の内側に数多ある屋外浴場の一つ、その中でも取り分け大きな湯船である。ポンプと技術者が届いた都合、湯は擦り切れ一杯まで満ちており、水面からはゆらゆらと湯気が昇る。

 名実共に一番風呂というやつを沸かしてみた。

 至る先は裸の付き合いだ。

 ゴンザレスが運び込んだ資材には、衣料の類も含まれており、おかげで湯船に浸かることが叶った次第だ。お泊りセットゲットだぜ。故に黄昏の団の連中と共に入浴タイムである。数日ぶりに垢を落とすことができた。

 ただ、いかんせん連中は数が多いので、お仲間さんたちは今に我々が浸かるのとは別、他の建物にも散っている。都合、幾つもある湯船の全てが、ガチムチたちにヴァージンを奪われた形である。ちょっと切ない。

「そんでもって色々と見せて貰った訳だが、俺たちは何をすればいい?」

「お願いしたい作業は大きく分けて三つです。一つは私が建造した建物に対して、人が過ごす為に必要な手入れをお願いしたいのです。水回りにポンプを設置して頂いたり、必要なところに木製の枠を嵌めて頂いたり、といった作業ですね」

「建物は完全に石だけで作られてるようだな? しっかりとした造りだ」

 湯気の充満する浴室を眺めて語るゴンザレス。

 嬉しいこと言ってくれるじゃないの。

「もう一つはトリクリスの町から物資の輸送となります。一つ目の作業と同様、人が過ごすのに必要な調度品や消耗品の類をトリクリスで買い込み、ここまで運んでから、各所への設置、分配までをお願いできたらと思います」

 今回の搬入だけでは恐らく足りないだろう。

 まだまだ町は大きくなるのだ。

 資金的には金貨百枚、少なくとも月末までに尽きることはないと思う。

「……本格的に町として運営するつもりか?」

「町というよりは、娯楽施設ですね。長くても数日、短ければ日帰りで楽しめるような場所を想定しています。例えばペニー帝国とプッシー共和国を行き来するに差し当たり、宿場町としての機能でしょうか」

「なるほどな。しかし、平気なのか? プッシーとは諍いがあったばかりだろう? 流石に昨日の今日では悪い噂が立つんじゃねぇのか? 最悪、向こうの連中が嫌がらせをしてくるかも知れねぇ」

「その点に関しては考えがありますので」

「そうか? まあ、アンタが言うなら俺は信じるぜ。タナカさん」

 無条件で信じてくれるとは、本当に有り難い限りだ。

 黄昏の団にとっては、一番に危惧すべき点だろう。

「そう言っていただけると、私としては非常にありがたいですね」

「しかし、随分とざっくりした指示だが、細かいところはこっちの裁量でやっちまっていいのか? 一応、ひと通り見せて貰ったところでイメージは掴めているつもりだが、少なからずそっちが考えているところと違う部分も出てくる筈だ」

「私もこの国に渡ってから日が浅いもので、その当たりは下手に口を出すより、ゴンザレスさんにお任せしたほうが良いかなと思いまして。ああ、もちろん、費用は十分な額を用意しております」

「おう。アンタのそう言うところ、俺は嫌いじゃないぜ?」

「丸投げになってしまって恐縮ですが、お願いできますでしょうか?」

「分かった。仕上げは俺たちに任せてくれ。最高の宿場町に仕上げようじゃねぇか」

「はい。どうぞよろしくお願いします」

「ここまで見せられたら、否応にもやる気だって湧いてくるものさ。連れてきた連中の士気も高い。更に風呂まで付いてくるとあっちゃあ、下手な仕事より余程のことやり甲斐があるだろう。心地良い現場だぜ」

「向こう一ヶ月という短い期間ですが、お互いに楽しんでやりましょう」

「おうよっ」

 パッと見た感じ全力で脳筋なマッチョ野郎だが、これでなかなかデキる男だゴンザレス。伊達にクランとやらを率いていない。きっと既にヤツの頭の中では、図面引きやソロバン勘定が始まっていることだろう。

 どんな世界でも、仕事の出来る男って格好良いよな。

「そして、残る一つですが、こちらは細かい説明が必要であると共に、作業に対して適正のようなものがありますので、明日にでも改めてお伝えさせて下さい。差し当たっては手先の器用な方を十数名ばかり、お声がけしておいて頂けると幸いです」

「手先が器用なヤツか?」

「はい」

「理由は知れないが、分かった。アンタがそう言うなら選りすぐりを集めよう」

「ありがとうございます」

 最後の作業はペサリ草の精錬だ。

 いつだか学園で行われた錬金術の試験。同所に再現したエディタ先生のレシピ、からの独自加工を施した粉末固形タイプ。あいつを量産予定である。風呂の湯に溶かすなら、やはり例の形状がベストだろう。

 水の充ちたフラスコへ放り入れた際、シュワシュワと泡吹いて見せた反応は、今日この日の為の反応であったと信じてる。全力でバブってた。あれほど湯船へ投入するに適した物体はない。水溶後もちゃんと魔力を吸ってたの覚えてる。

 ヤツに回復魔法を連打すれば、超絶癒し系入浴剤の完成、という目論見である。飲湯を推奨する訳ではなし、十分な湯量で薄めることが前提であるから、青臭い風味もそこまで問題にはならないだろう。日本の温泉が硫黄臭いのと同じようなものだ。

「しかし、一日を歩き通したあとの風呂は堪らねぇな」

「今日のところはゆっくりと休んでください」

「ここまでのモノを見せられたら、まさか休んじゃ居られねぇよ」

「私としてはありがたい限りですが、身体を壊さないようにしてくださいね」

「そんな軟な連中を揃えちゃいないぜ? いつだって俺たちは精鋭さ」

「なるほど」

 湯船には自身とゴンザレスの他にマッチョ連中が浸かっている。乗車率ならぬ浸湯率は五割といったところ。それなりに余裕があるけれど、できればこれ以上は窮屈になって欲しくない感じ。

 当初の約束では百名との話であった暫定騎士団であるが、パッと見た限りでも二百名を超えて思える。それが一様に風呂へと枚挙したのだから、当然といえば当然だろう。右を見てもマッチョ、左を見てもマッチョ。マッチョマッチョ。

 正直、むさ苦しい。

 例によって出張ってきたのは男連中ばかりである。

 しかしながら毎月の利益を金貨五十枚として設定するならば、この程度でキャパシティを満たしてしまうのは問題だ。例えば某有名アミューズメント施設の売上原価は大凡六割程度だという。つまり売上高としては約金貨百五十枚が必要となる。

 施設に対する入場料をいつだか首都カリスの門番に請求された額と同様に銅貨十枚とする。すると必要な月間来客者数は、金貨百五十枚が銀貨一万五千枚で、銀貨一万五千枚が銅貨百五十万枚だから、十で割って十五万人か。

 毎月十五万人、営業日を二十日とすれば、一日あたり七千五百人。この時点で既に溢れてる。更にこの手の施設では休日の客足が平時の二、三となる為、仮に二倍とするならば、一日に最大一万五千人の来場へ備える必要がある。

 対して、現在の田中ランドはと言えば、恐らく五百名ほどが入ったところで入場制限だ。筋肉で筋肉を洗うハッテン場と化すだろう。これはよろしくない。癒し系アミューズメントを訪れてホモに目覚めるなど本末転倒である。

 なにより今月の営業日数は、恐らく取れて数日が精々だろう。

 そうなると、更に必要キャパシティは増えて、えぇと、十五万人を五日で割ったとすると、一日あたり三万人となる。現在の同時入浴可能者数を単位時間あたり五百人、これを一日十回で回したとしても五千人。概算でも今の六倍は浴槽面積が必要となる。

「…………」

「どうした?」

「いえ、あまりゆっくりはしていられないな、と」

 もう少し頑張らないとな。

 頂戴した領土のかなりの部分を開発しなければならない。

 お風呂ばかり作る訳にもいかないだろう。

 人が滞在するのに必要な施設は他にも色々とある。

「あ、おい……」

 ざばぁと湯を上がる。

 アレンに勝利した息子を手ぬぐいに隠して、ゴンザレスに会釈を一つ。

「すみません、先に戻っていますね」

「もうあがるのか?」

「壁の外側で開拓をしておりますので、ご用の際にはお声掛けください」

「分かった。俺もあがろう」

「いえいえいえ、今日くらいはゆっくりしていってください」

 ざばぁ、ゴンザレスが湯船に立ち上がったところで、彼を残したまま浴室を後とする。連日に渡り色々と無茶を聞いてもらっている手前、せめて今日くらいは休んで貰いたい。それに俺は湿度の高い脱衣所で野郎と一緒にお着替えしたくない派だしな。

 そそくさと浴場を発った。
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