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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫

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紛争 九


【ソフィアちゃん視点】

 私は一日に何度、ドラゴンさんの背中でお漏らしをすれば良いのでしょう。今度はエステルさまのマントに染みが生まれつつあります。ご本人はまだ、お気づきになられていません。私はこれをいつ自己申告すべきなのでありましょうか。

 諦観の念にございます。

「むっ、あれを見ろっ!」

 席順は前からファーレン様、エステル様、私となります。

「な、なによっ、あれはっ……」

 ファーレン様の指し示す先、草原の一角がクレーターだらけになっています。そこだけ草木が失われて、かなりの深さで地面が抉れています。範囲も随分と広大です。小さな村なら一つと言わず二つ三つと収まりますね。

 なんだか非常に良くない気配です。

 仮に戦場であったとするなら、既に争いは終えられた後のように思われます。周囲に人の気配は見受けられません。視界の内で動いているものはと言えば、亡くなられた方の遺体を求めて集まった野獣の類いでしょうか。

『……魔力の痕跡を感じる』

「お、降りて頂戴っ!」

 ドラゴンさんにエステルさんが指示を出します。

『良いだろう』

 応じて彼女の小さな身体が高度を下げます。

 着陸は、やっぱりお腹からですね。

 お尻と地面とで、柔らかな童女の腹部を圧迫する感触に罪悪感を覚えます。

 だって、凄く柔こいのです。ドラゴンさん。

「どうやら大規模な魔法を用いた戦闘があったようだな」

 周囲をぐるり眺めてファーレン様が述べられました。

「どんな魔法を使ったら、こんな大きいクレーターが出来るのよ……」

 エステル様の仰ることは最もです。

 空から見たとき以上に刺激的な光景です。ちょっとした邸宅がスッポリ収まってしまうほどに巨大なクレーターが、延々と続いています。一つや二つではありません。幾十、幾百と隙間無く並んでいるのです。

「或いはヤツならば、不可能ではないだろう」

 ヤツとはタナカさんを指してのことでしょう。

 私も思います。

 タナカさんなら、なにをしても不思議ではありません。

 しかしながら、仮にそうであるなら、当人は何処へ消えてしまったのでしょうか。どこかクレーターの中にでもいらっしゃるのでしょうか。そうなると探すのは大変そうです。如何せん数が多いです。それに深いものだと底が暗むほどです。

『おい、あっちにあるのはなんだ?』

 ドラゴンさんがある一方を指し示して言いました。

 皆さんの意識が移ろう先、そこには幾つかテントの類いが見受けられます。他に木材によって組まれた櫓もあります。あまり戦争には詳しくないので、確かなところは知れませんが、恐らくは前線基地であったのでしょう。

「この辺りであった戦闘の名残だろう」

『ふぅん』

「一応、なかを確認しておくか」

「わ、私も行くわっ!」

 ファーレン様とエステル様が歩み始めました。

 ただ、その歩みが、多少ばかり進んだところに止まります。

 なにやら見つけたようです。歩む先、ある一点でお二人の視線が静止しておりました。向かう先は地面の上、なにか見つけたのでしょうか。自然と足も止まって、ただただ、地面の一点を見つめております。

「あ、あの、エステルさま。いかがされ……」

「あっ、ぁあっ、ぁああああっ……」

 急いで駆け寄ります。

「あぁぁぁああああああああああああああああああああああああ」

 いいえ、駆け寄ろうとして、ストップです。

 エステル様が壊れました。

 急に奇声を上げ始めました。

 怖いです。エステル様が怖いです。

「あ、あのっ……」

 なにを発見されたのでしょうか。

 恐る恐る、歩み寄ります。

 すると、そこには見慣れたお顔が転がっておりました。

「……た、タナカ、さん……」

 ……………。

 一瞬、頭の中が真っ白になりました。

 見間違いかと思いました。

 ただ、この掘りの浅い顔立ちと黄色い肌は、間違いありません。

「如何に戦場であろうと、まさか、ヤツが討たれるなどとは……」

 ファーレン様も酷く驚いた表情で、タナカさんを見つめていらっしゃいました。指の先が小刻みに震えていらっしゃいます。この方が魔法のあれこれ以外で戦く姿を、私は初めて見ました。

「あぁああああああああああああっ!」

『五月蠅い奴らだな、なにをギャアギャアと吠えている』

 エステル様の咆吼を耳として、ドラゴンさんが歩み寄ってきました。

 そして、彼女もまた我々と同じものを見つけます。

『……おい、これはどういうことだ?』

 幾分か語調を低くしての問い掛けです。

 答えたのはファーレン様でした。

「貴様も見ての通りだ。どうやら、ヤツは戦場に討たれたようだ」

『あの男が討たれた? この私に迫るあの男が、人の争いに討たれただと?」

「でなければ……このようなものは、転がっておるまい?」

『…………』

 生首を目の当たりとしては、ドラゴンさんも続くところを失います。決して作り物ではないでしょう。最後の最後まで閉じられることなく過ぎた瞳は、何かを強く求めるよう大きく見開かれたまま、時が止まってしまったように静止しています。

『以前に会った時は、胴体を分断しようが、全身を炎に焼こうが、しぶとく延々と生き存えていたぞ。あれは私の見間違いだったとでも言うのか? 首を飛ばした程度でくたばるたまとは思えん』

「詳しいところは私も知らん。だが、ヤツの専門は回復魔法だ。恐らく貴様に対した際とは状況が異なっていたのだろう。このクレーターを作った手合いが、貴様以上の存在であった、という可能性もある」

『ほぅ……』

「全ては勝手な推測だがな。戦場とは何が起こるか知れたものでない。或いは味方の裏切りによりに命を落とす将というのも、人の世では決して珍しいものではない。考え出せば切りがないだろう」

『随分と呆気ないものだな。人間という生き物は』

「……そういうことだ」

 いかにタナカさんであろうとも、首を切られたら、死んじゃいますよね。

 そうですよね。

 ちょっと現実感が湧かないです。

「ねぇ、ちょっと、良いかしら?」

 エステル様がドラゴンさんに向き直ります。いつの間にやらタナカさんの首を拾い上げていらっしゃいます。とても大切そうに、これを胸に抱いていらっしゃいます。

 エステル様、やっぱり本気だったようですね。

『なんだ?』

「私の頼みを一つ、聞いて貰えないかしら」

『どうして私が人間如きの頼みを聞かなければならない?』

「なんでも、貴方の言うことを聞くわ。ことが終ったら、この身体を食べてくれても構わない。だから、どうか、私のお願いを聞いて欲しいの」

『それで私になんの得がある?』

「彼をこのようにした相手が、どれほどの手合いであるか、知りたくはない?」

『…………』

 エステル様の顔が、怖いです。

 言いようのない不安が、感じられます。

「お願い。貴方しか、頼れる先がないの」

『……たしかに、ヤツを殺した相手というのは、気になるな』

「でしょう? だから、お願い……」

『ならば、そうだなぁ? 我が不浄の鱗に舌を這わせたのなら、考えてやらないこともないぞ? どうだ、人間。貴様にそれができるか? さんざん偉そうな口を叩いてみせた貴様になぁ』

「ええ、なんでもするわ。なんだってするわ」

『…………』

 エステル様、即答です。

 きっと今ならどんなお願いごとでも聞いて下さるに違いありません。

 だからでしょうか。

 そうした意志がドラゴンさんにも伝わったようです。

『……であれば、さっさとしろ』

 不意に上半身を屈めて、腰を突き出すよう姿勢を作りました。何事かと注目する我々の下、彼女はスカートを捲り上げると同時、その内側にあるところを私たちの方へ、ぐいと晒しました。

 鱗です。鱗があります。

 不浄の鱗が丸見えです。

「……この鱗を舐めれば良いのかしら?」

『そうだ』

 ドラゴンと人間、文化的な違いが、今この状況を生んでいるのでしょう。

 真面目で悲壮的な雰囲気が鱗で少し和みました。

「んっ……」

 エステル様の舌が、ドラゴンさんの鱗に触れます。

 ぴちゃぴちゃと水気の伴う音が、私の下まで聞こえてきます。

 膝を地について、両手を相手の腰に据えて、舌を付きだして。

 ペロペロ、なされています。

『んぅっ……この、身体は……感度が良いな……』

「んっ、んぅ、んぅうっ……」

 エステル様、ヤケクソ気味です。

 とてもネチっこく舐めていらっしゃいます。

『っ!?』

 ビクリ、ドラゴンさんの身体が大きく震えました。

「んうぅ……ちゅぅ……ちゅぅ……」

『も、もういいっ、いいぞっ!』

 先に音を上げたのは舐められている側でした。

 どうやら想定とは違ったようです。

「……満足、してくれたかしら?」

『あ、あぁ、十分だ』

 どこか頬が赤いドラゴンさん。

 鱗を舐められて気持ち良くなってしまったドラゴンの顔ですね。

「であれば頼むわ。どうか、私の願いを聞いて」

『……なんだよ。さっさと言えよ』

「この世界の地図から、プッシー共和国を消して欲しいの」

 語るエステル様の目は、甚だ正気で、本気でした。



◇◆◇



 アレンを抱えて空を飛ぶことしばらく、俺はトリクリスまで戻って来た。往路は馬車に丸一日を要した道も、空を飛んでは僅か小一時間ばかりに戻ってこれるのだから、飛行魔法は偉大である。伊達に五十五までレベルを上げていない。

 辿り付いた先は、領主の城を真正面に臨む正門の脇である。

「あ、ありがとうございます、タナカさん」

「いえいえ、こちらこそ窮屈な思いをさせてしまいすみません」

「とても助かりました。本当に凄い魔法です、タナカさん」

「そう言って頂けると助かります」

 お姫様だっこ状態だったイケメンを降ろしたところでホッと一息。

 面するところが人通りの多い道であることも手伝い、通行人たちから注目を受けている。とは言え、こればかりは致し方なし。その視線から逃れるよう、我々は向かう先、トリクリスのお城へと歩みを伸ばす。

 都合、当然のように正門には番兵が立っており、これに止められる。

「城に何用だ?」

「すまない。僕は騎士団の人間だ。この城の方にお話があって参った」

 語るアレンが懐をごそごそとやり始める。

 ちなみに今の彼は、戦場で拝借したどこの誰とも知れない冒険者のズボンを装備。流石にフルチンでの入城は難しいだろうと、遺体から頂戴した次第である。飛行魔法で運搬するに際しても、目の前にフルチンがボロロンとか勘弁だったし。

「……あれ」

「どうかしましたか?」

「い、いえ、あの、騎士団の証が……懐に入れていた筈なのですが」

「なんと……」

 命辛々、戦場から戻って来たところで、まさかの落とし物が発覚か。

 門番さんの視線が厳しさを増すぞ。

「怪しいな……その甲冑、本当に貴様のものか?」

「と、当然だっ!」

「であれば、さっさとその証を出して貰おう」

「っ……」

 どうやらイケメン氏、身分証明書を戦場で紛失した様子。

 これは良くないぞ。

 いつだか街への入場料を払えずに牢屋へぶち込まれた記憶が蘇る。

 またあそこからやり直しっていうのは、流石に勘弁して貰いたい。

「怪しいな……」

 門番な彼の槍を握る手に力が込められる。

「ま、待てっ! 直ぐに出すっ!」

 慌てるアレン。

 本格的にピンチだ。エステルちゃんにお目通りさえ叶えば全ては解決しそうなものだか、そこまでの道のりが非常に厳しい。伊達に領主様していない。フィッツクラレンスの名前も伊達じゃない。

 必至に懐をゴソゴソとやるアレンだが、証は一向に出てきそうに無い。

「アレンさん、ここはひとまず……」

 焦りに焦る我々。

 これを救ったのは、余所から与えられた第三者の声だった。

「……そこに見えるは、まさかタナカか?」

「え?」

 振り向いた先、今まさに我々が向かわんとする門の向こう側に見知った顔が。

 ここ数日、乱世の水先案内人となってくれた役人、ノイマン氏だ。

 彼はこちらの顔に気づいた様子で、歩み早に近づいてきた。

「無事であったか。どうやら貴様、悪運だけは強いようだな」

「ど、どうも、ノイマンさん」

 口は悪いが、その顔には幾らか笑みが浮かんで思える。

 ただ、それもほんの僅かな間のこと。

 途端に彼の顔は顰められて、続くところは厳しい叱咤の声だ。

「とは言え、素直に喜ぶ訳にもいかないな。このような場所でどうした?」

 本来であれば前線に従事しているべき人間であるからして、これがトリクリスに所在しては、職務放棄を疑っての話だろう。それが自らが担当する手合いとあっては、文句の一つも当然のこと飛んでくる。

 トリクリスまでは空を飛んで来た手前、恐らく、同所から伝令を伝える者は我々が最初なのだろう。仮に状況を伝えるべく早馬の類いが出ていたとしても、指示を届けるには至っていないと思われる。

 であれば、今はアレンを担ぐのが吉だろう。

「戦況に変化がありまして、ご報告に参りました。こちら、首都カリスで騎士団の分隊長を務めていらっしゃいますアレン様にございます」

 ノイマンさんも伊達に妻子とローンを抱えていない。

 権力には大いに弱い。特に中央の権力に滅法弱い。

「しゅ、首都の騎士様、だと?」

 効果は抜群だ。

「すみません、王立騎士団所属のアレンと申します」

 こちらの意図を的確に汲み取ってくれたイケメンが軽い会釈と共に挨拶。

 応じて、顕著な反応を示すのがノイマン氏だ。

 先の一件で近衛騎士なメルセデスちゃんと仲良いぞアピールをしておいて良かった。或いは一晩を飲み語らった点が効いているのかも知れない。いずれにせよこちらの存在に説得力を感じた様子で、早々に彼の態度は改まる。

「これはこれは、ちゅ、中央の騎士様が如何なご用ですかな?」

「今に彼が伝えたとおりです。至急の要件により戦場から戻って参りました」

 パッと見て、我々は満身創痍だ。

 怪我などは回復魔法に癒やしたものの、全身は未だ血まみれである。戦場から帰ってきたと称するにはこれほど適した姿恰好もあるまい。アレンに至っては上半身こそ甲冑姿であっても、下はどこの誰が履いていたとも知れない冒険者ズボンである。

 それらも根拠となってだろう。ノイマン氏は真面目な顔に頷いて応じた。

「し、至急の要件ですか」

「私もここの彼も、フィッツクラレンス子爵とは面識があります。大変に恐縮ですが、お目通しを頂戴できませんでしょうか? もしも子爵が我々を知らないと仰られた場合は、その場に切り捨てて頂いても構いません」

 イケメンのイケてる瞳がキラリ輝く。

 普段にも増して勢いが乗って思える。

「であれば、城に務める役人として、是非ともご案内を差し上げたいところなのです。しかしながら、その、これは私も今し方に確認したばかりなのですが、どうやらフィッツクラレンス子爵はファーレン卿と外出されたようで」

 え? あのオッサンまで来てるのかよ。

「ファーレン卿がトリクリスにいらっしゃっているのですか?」

 これはアレンも驚いたようで問い返す。

「え、えぇ、私も話に聞いた程度ですが」

「……なるほど」

 あの魔法キチガイが何の目的もなく動くとは思えない。

 トリクリス界隈で何某かあったに違いない。

 ただ、それを知る術が我々には無いぞ。

 であれば、今に考慮すべきはなにか。

「…………」

 魔道貴族が一緒であれば、滅多なことはないだろう。ヤツは俺が知る限り人類最強である。レッドドラゴンだって一発と少しで倒せるほどだ。レベルアップしている可能性を鑑みれば、一撃だっておかしくない。

 とは言え、敵軍のキモロン毛は人類を超越している。

 万が一にも二人が戦場を目指していたのなら、非常に不味いことになる。

 ヤツとの鉢合わせは危険過ぎるだろう。

「すみません、ノイマンさん。一つよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「お二人は飛空艇で?」

「ああ、それなんだが聞いた話によれば、なにやら年半端な童女の背に乗り、飛行魔法によって飛び立ったと聞いている。正直、理解に苦しむところだが、城に勤める女中たちが皆、口を揃えて言うので信じざるを得ない」

 飛行魔法で童女? なんだよそれ。

 意味が分からないわ。

 意味が分からないなりに羨ましいわ。

「…………」

 子細こそ知れない。

 だが、空路で向かったとあれば、足の早さは確定できる。

「……アレンさん、急用が出来ました」

「た、タナカさん?」

「私は先の戦場へ戻ります」

 可能性としてはこれが一番に高い。

 或いはゴンザレス駐屯の草原地帯も怪しいところだな。

 後者は二番目の候補としよう。

 いずれにせよ、今に優先すべきはエステルちゃんの回収だ。

 あぁ、魔道貴族もついでにな。

「タナカさん!? そ、それなら私もっ!」

「すみません。今はとにかく、急ぎたいのです」

「多少なりともお役に立てるかと思いますっ!」

「エステルさんの命が危険です。すみませんが、ご容赦下さい」

「っ……」

 卑怯だとは思いつつも、そう言わないと諦めそうにないイケメン。

 耳としてその顔は、クシャリ、酷く悔しそうに歪んだ。

 とても辛そうだ。

 泣き出しそうだ。

 もしも自分が彼の立場だったら、きっと泣いていたに違いない。

 これほど悲しいことはないだろう。

 好きな女の子の為に頑張れないって、とても辛いよな。童貞だけど分かるわ。童貞だからこそ分かるわ。いつの日か、好きな人の為に汗水垂らして、お仕事とかしてみたいわ。お給料袋とか届けてみたいわ。お小遣い制とか、夢にまで見ているわ。

「本当にすみません。ただ、エステルさんは、必ず貴方の下に届けます。かすり傷一つ、青あざ一つ、決して負わせることなく、貴方の下へ。私は彼女と貴方にとって、良き友でありたいと、心の底から思っています」

「タナカさん……」

「急なお話で申し訳ありませんが、この場をよろしくお願いします」

「……はい、ありがとう、ございます」

「元気を出して下さい。貴方は私が持っていないものを沢山持っている」

 多少ばかりを語ったところで、飛行魔法に身を浮かび上がらせる。

 アレンとノイマンさん、それに途中から完全に空気だった門番に見送られて、一路、半刻前に立ったばかりの戦場を目指した。

 あの金髪ロリビッチが何処へ向かったかは知れない。

 思い当たるところから、一つ一つ潰して行くしかないだろう。

 飛行魔法ならきっとやってくれる筈だ。

 なんたってレベル五十五だしな。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 み、見えて参りました。お城です。お城が見えてきました。

 エステル様が治められる領土と国境を挟んで接する、プッシー共和国側の領土。そこでペニー帝国におけるトリクリスのお城と同様の意義を為す、いわゆる地方領主様の居城が目前に悠然と聳えます。

 お城の周りには街が広がっています。

 ファーレン様が仰るには、この街の名前をナオーニと呼ぶそうです。プッシー共和国においては、ペニー帝国と国境を接する唯一の都市として、非常に重要な拠点なのだそうです。規模はトリクリスと同じか少し大きい程度とのことでした。

 私もプッシー共和国には渡ったことがありません。生まれて始めて国境を越えました。本来なら凄く沢山の審査と書類が必要であった筈です。そのような場所へ、幾らファーレン様やエステル様が一緒とはいえ、勝手に渡って良いものでしょうか。

 怖いです。特に後が怖いです。

 しかしながら、この街のどこかには、タナカさんを倒した方が……。

「…………」

 とか思うと、たまには冒険も、良いのかも知れません。

 一介のメイド風情がなんの役に立つとも思えませんが。

『ここで良いのか?』

「ええ、お願いするわ。あそこに見える中庭へ降りて貰えないかしら」

『いいだろう』

 エステル様の指示に従い、ドラゴンさんが降下を始めます。

 いつぞやとは異なり、今は小柄な女の子の姿ですから、これに気を止める人はあまり多くありませんでした。多少ばかり生真面目な兵の方が気づいた程度で、碌に騒動となることなく、私たちは目的のお城へと着陸しました。

 ただ、流石にそこから先は注目を集めます。

 中庭には哨戒の最中にあるだろう数名の兵隊さんと、同様に仕事中と思しきメイドの姿がありました。皆さん、急に空より舞い降りた私たちの姿に首を傾げて思えます。そうこうするうちに槍を持った兵士の方々が数名、少しばかり表情も険しく駆けて来ます。

「ふぅん? ここがプッシー共和国の城なのね」

「国境沿いの地方都市ではあるがな」

「いずれにせよ関係無いわ。明日には残っていないのだもの」

 エステル様、キレキレです。

 語る調子の端々から憤怒が溢れていらっしゃいます。

 これにはファーレン様も幾分か気遣って思えるほどです。

 尋常じゃ無いですね。

 私はまだタナカさんが亡くなったことに、実感が湧きません。

 ただ、エステル様の腕の中には、確かに彼の首が抱かれています。例の高価そうな男装が汚れることも、まるで厭った気配がありません。未だ血まみれのそれを、ぎゅっと抱きしめています。

「おいっ! 貴様らここをどこだと思ってっ……」

 駆け寄ってきた兵の方、エステル様の抱いたタナカさんを見て絶句です。

「……な、なんだ、それは」

「この城の主人を出しなさい」

「なんだとっ!?」

 一瞥して普通で無いと判断されたようです。手にした槍がこちらへ向けられます。そうこうするうちに、一人、また一人と兵隊さんが集まってきました。皆さん、一様に険しい顔で武器を構えられています。

 メイドさんの幾らかが悲鳴を上げました。

 騒動は同所に発して、城内へ瞬く間に広がって行きました。あっという間に二桁を超える兵隊さんが詰めかけて、周りを取り囲まれてしまいます。ギラリと光る剣や槍の切っ先が容赦なく向けられています。

 ただ、それでもエステル様は揺るぎません。

 まるでご自身の城に在らせられるよう、どんと構えていらっしゃいます。

 ファーレン様も同様です。

 ドラゴンさんは、多分、いつもどおりでしょうか。

 それを私は、どこかフワフワとした気分で眺めています。

 戦場を発ってから今まで、ずっと夢でも見ているようです。

「ちょっと、これはどういった騒ぎかしらっ!?」

 そうこうしていると、兵隊さんたちの向こう側から声が届けられました。若い女性の声です。恐らくは私より年下の方ではないでしょうか。そのぶっきらぼうな物言いから、相応にご身分のある方だと思われます。

 応じて兵隊さんたちが道を譲るよう場を開き始めました。

 その先から姿を現わしたのは、エステル様と同い年ほどに思える女の子でした。一目見てまず意識が向かったのは、その特徴的な髪型です。立派なブロンドの縦ロールです。こんな見事な縦ロールは初めて見ました。ちょっと触ってみたいです。

 やがて、髪の出来映えを確認したところで、次いで自然と視線が向かうのは胸でしょうか。エステル様より小さな背丈に対して、胸部の膨らみは、どうしたことでしょう、私よりも大きいです。真っ赤なドレスに相まり、殊更に強調されて思えるデカパイです。

「貴方はっ……」

「あら? 誰かと思えばリズじゃない」

「ドリス、貴方がどうしてここに?」

 どうやらエステル様のお知り合いのようです。

 ペニー帝国とプッシー共和国。決して仲が良いとは言えない間柄ですが、完全に交流が断絶している訳ではありません。実家でもプッシー共和国から取り寄せた素材を使うことがたまにありました。

 貴族様の層では交流があっても不思議ではありません。

 ただ、あまり友好的な関係ではなさそうです。

「ここはわたくしの城よ? わたくしが居て当然でしょう?」

「……下賜されたのかしら?」

「ええ、私の働きが議会に認められたようね。もしかして祝いに来てくれたのかしら? それにしては貢ぎ物が見受けられないようだけれど」

 語る縦ロール様は終始笑みです。

 貴族様の余裕というヤツですね。

「…………」

 一方でエステル様の眼差しが鋭さを増します。

 これは良くない感じです。

 凄く良くない感じです。

 いつか、学園寮の食堂で見たときのエステル様と同じです。

「そうね。貴方にプレゼントがあるわ」

「あらうれしい」

「これよ」

 呟いて、エステル様が右腕を正面に突き出します。

 同時に魔法陣が浮かび上がったかと思えば、次の瞬間、炎の玉が飛び出しました。ファイアボールというやつです。タナカさんが好んで使う魔法ですね。

 縦ロール様の顔目掛けて飛んで行きます。

「ゲロスっ!」

「ははっ!」

 対して襲われた側は一吠え。これに応じて、どこからともなく他に人が現れました。彼女の傍ら、炎の玉を自らの半身に遮る形でしょうか。恐らくは今の今まで人垣の影から様子を窺っていたのでしょう。

 現れたのは頭に角が生えた背の高い男性です。

 長い髪に目元が隠れておりますが、私は分かります。イケメンです。どこか影のある出で立ちがミステリアスですね。ただ、今はどうにも素直にキャッキャできないのが、心の内側に抱えた蟠りというやつでしょうか。

 角の生えた彼が腕を一閃しました。

 すると、エステル様のファイアボールは蝋燭に灯った火へ息でも吹きかけたよう、ふっと掻き消えてしまいました。当然、何を焦がすこともありません。縦ロール様は無事で、振るわれた腕も焦げた様子は見られません。

 なんかとても強そうです。

「なっ……」

「リチャードの娘よ、この場は引くべきだ」

「ど、どうしてよっ!?」

「敵は恐らく上位魔族だ。大事を取るならば場を改めるべきだろう」

「っ……」

 ファーレン様のお言葉にエステル様の身が震えます。

 ただ、決して首は縦に振るわれませんでした。

「それなら私も彼と共に、この場で最後まで抗って散るわ。それに彼女が味方してくれるというのだから、叩くならば今こそ絶好の機会だとは思えないかしら? 私、不浄の鱗の舐め損なんて嫌よ」

 エステル様は挑むような眼差しに仰りました。

 その胸には依然として強くタナカさんの生首を抱かれています。未だ固まりきっていない血液の、時折、ポタリ、ポタリと垂れる様子が酷く生々しいです。

 ちなみにエステル様の後ろへ乗っていた都合、私も両袖が真っ赤だったりします。ファーレン様は背中が真っ赤ですね。ドラゴンさんはあっちこっちが真っ赤です。

 こうしてみると、酷く猟期的な恰好をしている私たちでしょうか。

「ファーレン卿には申し訳ないけれど、この場は譲れないの」

「…………」

 いつになく熱いエステル様です。

 流石のファーレン様も続くところに悩んで思えます。

 だからでしょうか、今の今まで黙っていたドラゴンさんが口を開きました。

『おい。どうでも良いが、タナカを殺したのは誰だ?』

 ジロリ、縦ロール様と角イケメンさんを睨んでいらっしゃいます。

 ただでさえ怖い目元が、普段の三割増し怖いです。

『そっちの魔族か? もう一匹はただの人間のようだが……』

「そういう貴方こそ、ただの人間の子供に思えないのだけれどぉ?」

 答えたのは縦ロールさんです。

 その傍ら、彼女を庇うよう角イケメンさんが一歩前に出ました。

「お嬢様、お下がりください。この者は得たいが知れません」

「あら、それは貴方の力を持ってしてもかしら?」

「上手く隠しているようですが、内より洩れる妙な魔力を感じます」

「ふぅん……」

 縦ロールさんが品定めをするような眼差しで、ドラゴンさんを見つめます。

 これが気に入らなかったのでしょうか。

『これらを殺せばいいのか?』

「普通に殺してしまったのでは腹の内が収まらないわ。とりあえず適当に脅かしたいのだけれど、上手いことやって貰えないかしら? この女の口を素直にさせたいわ」

『その点に関しては私も同意だ』

 エステル様が語るに応じて、ドラゴンさんが一歩を踏み出しました。

 何気ない調子に正面へ掲げられたのは右腕です。

 ピンと指の一本一本の立てられた手の平から先、少しばかりの間隔を取って魔法陣が生まれました。実家で私が愛用していたお盆と同じくらいの大きさですね。キラキラと黄金色に輝くそれは、向かうところ縦ロールさんの後方に臨むお城へ向かって思えます。

「なにをするつもりかしらぁ?」

『貴様らの後ろにあるデカいヤツが尺に触る』

 ドラゴンさんの語るに同時、魔法陣が強く脈打つように輝きを増しました。

 その中央から光の玉が数個ばかり、生まれては空に舞い上がります。何事かと、皆さんの注目はどこへとも飛び行く光球の行方です。

 飛び立った光は、今し方にドラゴンさんが仰ったとおり、城の方へ飛んで行きました。やがて、それらは空のある一点に音もなくピタリと静止しました。

 丁度、上空から眺めると城全体を一つ一つの玉が囲い込むような形でしょうか。辺の数が十数ばかり、見ようによっては荒く角の張った円形です。

 なんとなく嫌な予感がしますね。

「……まさか」

 一連の光景を目の当たりとして、ロン毛さんの表情が強ばります。

 一方でドラゴンさんは、ニィと口の端をつり上げて、とても良い笑みです。

『よく見ていろ。これはなかなかに派手だぞ』

 ドラゴンさんが魔法陣を作っていた方の手で、指パッチンしました。

 応じて、球と球を結ぶよう光の帯が生まれます。今度は何だと目を見張る私たちの目前、光の玉は互いに結ばれ合い、巨大な一つの輪となりました。

『どーん』

 そうして作られた光り輝く輪っかの内側での出来事です。

 ドラゴンさんの可愛らしい声に応じて、巨大な光の柱が立ち上りました。

 ズドン、足下が揺れて、身体が震えるほどの衝撃が伝わります。

 お城全体を飲み込むほどの非常に太い輝きが空に向けて伸びって行きます。目が、眩しいです、ちょっと、いいえ、凄く、眩しいです。直接では見ていられません。思わずしゃがみ込みそうになるのを堪えて、瞼を瞑るに留めます。

「なっ……」

「こ、これはっ……」

「すばらしいっ」

 驚愕から上がった呻きは、各々どなたから発せられた声であったのでしょうか。確認すらままならない轟音と眩しさです。ただ、魔法にありがちな爆発音や突風の類いは感じられません。あの輪っかの中で押さえられているようです。

 それから状況が落ち着くには、しばらくを要しました。

 段々と光の勢いが喪われて行くのを瞼越しに感じます。

 十分に時間をおいてから、私は恐る恐る、目を開きました。

 すると、どうしたことでしょう、お城がありません。

「なっ……」

 流石の縦ロールさんも酷く驚いた様子です。

 ロン毛さんも無言にその様子を眺めるばかりです。

「随分と綺麗になったわね。良い仕事をするじゃないの」

 唯一だ、エステル様だけが薄ら笑みを浮かべてらっしゃいます。

 ちょっと気味の悪いタイプの笑顔です。

『舐めた口を叩くなよ? 人間。これは私の意志だ。貴様の命令ではない』

「そんなこと分かっているわ。やることをやってくれたのなら、後は私なんて煮るなり焼くなり好きにしてくれて構わないわ。ただ今だけは、どうか協力して欲しいの」

『ふん、今だけ、な』

「ええ、今だけよ」

 元よりエステル様はドラゴンさんに良い感情を抱いていらっしゃいません。自らを人質に取られた上、目の前でタナカさんをボコボコにされたのですから、当然といえば当然でしょうか。それでも今だけは素直にドラゴンさんへ譲歩して思えます。

 やはり彼女に取ってのタナカさんとは、それだけ大切な方なのでしょう。

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