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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫
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紛争 七


 ノイマンさんの泣き上戸が露見してから一晩が経った。

 翌日、我々は二日酔いから青ざめた顔を晒す彼に送り出されてトリクリスを出発した。例によって馬車は白い色の幌である。他に見ず知らずの冒険野郎を数名ばかり乗せて、向かうところ行き先はいつだって最前線。

「……気をつけて行ってこい」

 ぶっきらぼうながらも、少しばかりばかり物腰柔らかくなった彼から与えられたのは、都合、三度目の出立にして初めて耳とする気遣いの言葉。こうしてみると、なかなか人間くさい男だろう。

 そして、これは自身もまた同様であったよう。彼の為にも少しは頑張って仕事をしようかね、とかなんとか。たった一言を投げかけられた限りであっても、少なからずやる気が湧いてくれるから、人の感情というものは不思議である。

 そんなこんなで乗り込んだ馬車に揺られることしばらく。

「ところで、今度はどんなところに連れて行かれるんでしょうね」

 傍らに腰掛けたダークエルフへと語り掛ける。

 なんだかんだで彼女とはまた一緒らしい。

 運命めいたものを感じるが、未だ名前すら知らないんだよな。

「私が知るか」

「森林だけはもう勘弁なんですけど、この辺りって森が多いんですよね……」

「だから私が知るかっ」

 半ギレながらも律儀に答えてくれるダークエルフなかなか悪くない。

 コミュニケーションしてくれる異性はそれだけで貴重だからな。しかも相手が色黒でムチムチボインとなれば、なんかこう往年のガングロギャルみたいで凄いドキドキしてくる。ルーズソックスとか装備させてやりたい。

「エルフさんは虫耐性強いから良いですよね。憧れます」

「貴様が貧弱なだけだろうがっ」

「剣を手に戦う女性って恰好良いですよね。そう思いませんか?」

「それを私に聞くのか?」

 そうこうしていると、余所から声が届けられた。

「なんでも、トリクリスに隣接してるプッシー国領から、大量の出兵が確認されたらしいですよ。だから、この馬車もそうなんですが、界隈に展開している戦力を一挙に集めているんだとか」

 声の主は正面に座った十代前半から中頃と思しき甲冑姿の少年だ。

 どうやら騎士様らしく、要所にはペニー帝国の紋章が窺えた。なんとなくデザインがアレンの装備していたものと似ている。我々の監督を行うべく御上から派遣された管理層の人材である可能性が高い。

「なんと、それは本当ですか?」

「ええ、上から聞いたので間違いないと思います」

「……そうですか」

 開戦が発表されてから十数日ばかりが経過して、いよいよ両陣営共に熱が入り始めたといったところだろうか。若しくは、一昨日の一件で大将を失った意趣返し、なんて可能性も考えられる。

 まあ、いずれにせよ我々は前に出て戦う限りさ。

 一兵卒って辛いよな。

「僕の名前はクラインと言います。貴方は?」

「これはどうもご丁寧に。私は田中と申します」

「タナカさんですか? 変わったお名前ですね」

「えぇ、見ての通りよそ者でして」

「なるほど、やはり異国の方でしたか」

 挨拶の言葉を交わしたところで、ニコリ、良い笑みを浮かべてみせるクライン少年。どこかアレンを彷彿とさせる顔立ちは、当然のことイケメンである。サラサラの金髪はクリクリとした大きな碧眼と相まり、まるでショタの国の王子様。

 まだ年若い為、幾分か男味に欠ける一方で、代わりに中性的な魅力が溢れて思える。格好良いというよりは、可愛らしさが先立つ。上野オークラ特選あたりへ放り込んでみたくなる逸材だろう。

「もしやこちらの馬車についてはクラインさんが?」

「……はい。このような子供が上に立つこととなり申し訳ありませんが」

「いえいえ、騎士様は騎士様ですよ。堂々としていて下さい」

「すみません、そう仰って頂けると恐縮です」

 にしても、随分と教育のなったお子様だ。

 気の立った大人に囲まれて、これだけ喋れるとは大したもの。

「先程のお話、もう少し詳しく窺ってもよろしいですか?」

「あ、はい」

 問い掛けると、存外のこと素直に頷いて、クライン少年は語り始めた。

「とは言っても、僕もそれほど詳しく通じている訳ではないのですが」

 遠慮気味に前置きを述べてからツラツラと。

「今回の戦争、どうやら中央は兵を出すことに渋っているらしく、我々のような一部の騎士を除いて、戦力を冒険者や傭兵を筆頭とした外部より捻出しているそうなんです」

「もしかしてペニー帝国は戦争に否定的なのでしょうか?」

「いえ、そんなことはない、と思います」

「しかし、それではどうして……」

「首都カリスで説明された限りでは、中央近隣にハイオークを筆頭とした高レベルの魔物が出現した為、正規兵はそちらの調査へ向かっており、トリクリスに向けた早急な展開が不可能だとか」

「なるほど」

 そう言えばアレンもそっちで召集されてたよな。

 途中で攫ってしまったが、本来であれば未だ作戦の最中にあった筈だ。

「ただ、騎士や兵全体からすれば些末な動員です。数日前、僕が詰め所に眺めた限りですが、城には多く兵の姿がありました。ですから、その、今回の一件に関しては、きっと、何かしら上も思うところがあるような気が、します」

「確かに戦場では冒険者の方が多く見られましたね。かく言う私も冒険者でして」

「あ、やはりそうだったのですね」

「はい」

 俺とダークエルフとを交互に眺めて、なにやら理解した様子のクライン少年。

「僕も元々は中央騎士団の所属であったのですが、家が派閥争いに巻き込まれてしまいまして……。このようなことをお伝えすると皆さんの士気を削ぐこととなり大変に申し訳ないのですが、トリクリスへ左遷というのでしょうか、そういった形です」

 左遷というより、どっちかっていうと死刑宣告だけどな。

 最前線マジ危ないよ。

 ショタとか初日でガチムチ敵兵に生中トコロテン確実だろ。

「騎士団ですか。私も少し知り合いがいますね」

「え、本当ですか?」

「アレンさんという方なのですが、ご存じですか?」

「ア、アレンさんをご存じなのですか!?」

「ええまぁ、多少ばかりご縁がありまして」

「アレンさんは僕らのような若年層の憧れなんです。あの若さで分隊長をお勤めになられているんです。僕も幾度かお話をさせて頂いていただいた経験があるのですが、とても素晴らしい方でした」

「そうですね。アレンさんは人として非常に尊敬できる方です」

 なんだよアレンのヤツ、ショタにもモテモテかよ。

 流石じゃないか。

 まあ、あれだけ人が良ければ後輩ウケが良いのも当然か。

 めっちゃ世話とか焼いてそうだし。

「僕もいつか、アレンさんみたいになるのが夢なんです」

 君ならなれるよ、間違いない。その顔面偏差値が約束してくれるさ。ただ、どうか決して腰から下は彼に倣うことなく過ごして頂けると、世のブサメン諸兄は日々を心穏やかに過ごせると思うのだ。

「最前線に向かう馬車に在りながら、そのお歳で私のようなどこの馬とも知れない冒険者とも気さくに言葉を交わして下さるのですから、きっとクラインさんもアレンさんのような素晴らしい騎士様になれますよ」

「す、すみません、自分のことばかり語ってしまいまして」

「いえいえ、こういう時ですから、身の上話も良い話題の種でしょう。私としても隣のエルフさんが怒ってばかりなので、こうして穏やかに会話をできる方が一緒の馬車に居て下さって、とてもありがたいです」

「……おい、聞こえているぞ」

 速攻で反応してくれるエルフさんのダーク太股ムチムチ。

 ちょっと嬉しい。

「そ、そちらのエルフの方は……」

 少しばかり緊張した面持ちに尋ねてくる少年はきっと童貞だな。

 俺の同族レーダーが察知したわ。

「なんでも友人に騙されて、冒険者ギルド管理の奴隷になってしまったそうです。まあ、今回の戦争ではかなり活躍されていますから、何かしら恩赦があるのではと、私は考えているのですが」

「な、なるほど」

「貴様は毎度毎度勝手な事を言ってくれるな?」

「違いますか? 私はそうなると良いなと思っているのですが」

「ぐっ……」

 自分だって期待している癖に強がるからそうなるのさ。とりあえずキレておくスタイルが仇となったな。悔しそうにするダークエルフってば超絶可愛い。強気な女の子ほど苛めたくなるのが男の性というものだ。

 キレっ気のあるダークエルフとか、生涯奴隷として仕えさせたい。

 俺が死ぬまでオマエはずっと奴隷のままだぜ? ふ、ふざけるな!

 からの、数年後。

 ぐはっ……。よ、よかったな? これでオマエは自由だ……。しっかりしろっ! 私は永遠に奴隷で構わない! だから死ぬなっ! 死ぬなよぉ、ご主人様ぁっ! 

 こういう感じのコンボが最高にラブい。やはり奴隷っていうのは、そうじゃないといかん。奴隷は身分じゃ無いんだよ。謙虚で献身的なその在り方こそが奴隷なんだ。

 結婚したい。全財産臓器含めて結納したい。

「あ、あの、これは噂に聞いた話なのですが……」

 あぁ、今はショタとトークの最中だった。

 軽口を叩き合う俺とダークエルフとの間で、場を諫めるよう少年が口を開いた。

 どうやら気を遣わせてしまったらしい。

 なんて良いショタだろう。

「今回の一件、どうやら宰相が深く関わっているとか」

「宰相が?」

 宰相というと、あれか。ドラゴン退治の謁見に際して、王様の隣でタイムキーパーやってた爺さんだ。王様が国の顔としてその行方を眺める立場にあれば、彼の爺さんは具体的な管理を最上位で担う実働担当の筈である。

 外交も国政に入るのであれば、関係していない方がおかしい。

「深くというのは、どういったことでしょうか?」

「それが、そ、その……」

 問い返すと、なにやら言いにくそうにモジモジし始めるショタ。

 モジモジはロリッ子の特権なんだぜ。

「どうしましたか? 言いにくいことであればこれ以上は……」

「なんでも、今回の戦争、宰相が意図して呼び込んだ、とか……」

 ほう。

「なるほど、それは確かに気になるお話ですね。ですが、開戦に差し当って、先に手を出したのはプッシー共和国の側だと窺っていたのですが」

 他の誰でもない、同領土を治めるエステルちゃんからの生情報である。

 確度は高いぜ。

「は、はい、ですから、その……敢えて、敵国からの侵略を……」

 これ以上は口にすること憚られるのか、殊更に小さな声で。

 おうおう。

 当人の宣言通り、それはとても興味深いタレコミだった。

「なるほど、確かにそれは深く関わっていそうなお話ですね」

「あの、こ、これは、その、お取り潰しになったハーゲンベックの方が、お屋敷で話されていたのを偶然に耳とした限りなのですが、そうすることで、何か、とても大切なモノを守ることができるのだとか、そのようなお話を……」

 ハーゲンベック。

 どっかで聞いたような名前だな。

 あぁ、あれだ、ソフィアちゃんの生黄ばみスージーを拝ませてくれた貴族の子弟だ。ヤツの家の名前がハーゲンベックだったような気がする。

 学園の噂に従えば、一族郎党皆殺しだとか。

 彼には同じ学園へ通う妹が一人居て、その子も陵辱プレイの後にギロチンされたとのお話だ。生首は今も街のどこかに見せしめとして晒されているらしい。

「もしかして、クラインさんはハーゲンベック家の?」

「はい、直系ではありませんが、分家筋の末端にあたります。おかげで幸か不幸か、こうして今日という日を迎えることになったのですが……」

「なるほど」

 どうりで色々と聞いちゃう機会があった訳だ。恐らく今回のショタ出兵も、その辺りを鑑みての対応だろう。こんな小さな子供であっても容赦しないところが最高に封建している。きめ細かい対応にビックリだ。フィッツクラレンス家のヤバさが際立つわ。

 あと思ったんだけど、この子、けっこう口が軽いよな。

 恐らく、見知らぬ中年野郎とのトークに差し当り、話題を見つけるのに必至なのだろう。なんかそんな感じがする。自身もコミュ障クラスタの人間だから、自然と察せてしまうのが切ないところ。

 いずれにせよあまり重要なことは彼の前で喋らない方が良いかも知れない。

「ハーゲンベックの方は皆亡くなられたそうですね。クラインさんと、こうして今日という日を共に出来たことを、私はとても嬉しく思います」

 エステルちゃんとの関係を思うと、なんとも複雑な立場だな、俺。

「すみません、要らないことまでペラペラと……」

「いえいえ、とても興味深いお話でした。ただ、あまり他の方の前では喋らない方が良いと思います。もしもアレンさんであれば、きっとそうされると思います」

「は、はいっ!」

 ヤツの名前を出すと効果抜群っぽい。

 流石だアレン。

 いや、今はサイトウだっただろうか。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 私はドラゴン。私はドラゴン。

 だから貴族様の身体にしがみついていても良いのです。

 問題ないのです。

「おい、給仕の娘、さっさと降りろ。邪魔だ」

「は、はひぃいいいいいいっ!」

 いつのまにやら、頬を撫でる風が失われておりました。ふと気づけば高度は下がり、今に所在するのは何処とも知れない草原の只中です。ポツリ、ポツリ、木材のぼろ布に立てられたキャンプが窺える限り。酷く殺風景な場所です。

 お二人の話が正しければ、ここはペニー帝国とプッシー共和国が争う戦場です。

「聞いた話ではここにヤツがいるそうだ」

『ほう……』

 私とファーレン様が腰を上げるに応じて、うつ伏せに着陸したドラゴンさんが起き上がります。パンパンと両手に叩いて、服に付着した土埃を落としています。なんかちょっと可愛いです。でも中身はドラゴンなんですよね。見た目に騙されそうになります。

 ひとしきり埃を落としたところで、彼女の興味は他に移りました。私たちの向かう先、草原の只中に並ぶ掘っ立て小屋を見つめます。数棟ばかり連なったそれは、ひどくボロボロで汚らしいものです。できれば入りたくないですね。

「ゆくぞ」

 ズンズンとファーレン様が歩んでゆきます。

 ドラゴンさんも傍らに続きます。

 であれば、私もお二人の背中を追わざるを得ません。

 こんな場所に一人残されては命が幾らあっても足りませんから。

「そこの者っ!」

 テントの傍らに人の姿を見つけて、ファーレン様が声を掛けました。

 相手の方はと言えば、な、なんか凄く顔の怖い人です。

 身体が大きくて、頭がツルツルで、目元に入れ墨とか入れてます。

 絶対に犯罪者です。奴隷戦士ってやつじゃないでしょうか。

「あぁ? テメェは誰だ?」

「タナカという名を知らぬか?」

「タナカだって? おいおい、オッサン、まさかアイツの知り合いか?」

「知っているのか?」

 顔の怖い人、ファーレン様にタメ口です。高そうな服をお召しになったマント姿とあらば、貴族様であることは一目瞭然の筈です。なのに全く構った様子の窺えないタメ口です。顔が怖いと態度も大きくなるみたいです。見てるこっちがハラハラです。

「ああ、アイツには色々と助けられたものでな」

 タナカさんの名前を耳として、奴隷戦士さんの態度が少し柔らかくなりました。

 ただ、怖い顔は遠い目になっても、やっぱり怖い顔ですね。

「どこへ向かった? 教えろ」

「いや、それは俺も分からない。今頃は他に戦場を駆けているのだろうよ」

「城の記録ではここに派遣されたと聞いている」

「三日三晩を戦い、いよいよ終わりかと思われたその時、ヤツはやってきた。そして、僅か半日で戦況を挽回しちまった。本当、天才ってやつはいるもんだな。俺も色々と言われて来たが、アイツは本物だ」

「ああ、そうだろうな」

「お? 分かるか、貴族のオッサンよぉ」

「当然だ。私はヤツを少なからず理解しているつもりだ」

「……アイツの敵か?」

 今し方に緩んだのも束の間、怖い顔の人の顔が、また怖くなりました。

 同時に周囲から人の動く気配が伝わります。

 なんということでしょう。気づけば私たちの周りを冒険者の方々が、幾十名と取り囲んでいました。皆さん、剣とか、杖とか、槍とか、武器を構えてこちらを見つめています。表情は誰も彼も険しいです。しかも顔立ちの厳つい方が多いです。

 恐ろしいですね。怖いですね。なんかもう漏らしちゃいました。プシッと来て、チョロチョロチョロといった具合です。太股が湿ってます。ポタポタです。だって、ずっと我慢していたのです。トレイ休憩、ありませんでしたから。

 タナカさんはこんな怖い方々と一緒にお仕事されていたのでしょうか。

 とても尊敬します。

 私は無理です。帰りたいです。お家に帰りたいです。

「アンタが何者で何故にアイツを探しているのかは知らねぇ。だが、もしもタナカの野郎に対して良くないことを考えているっていうのなら、おうっ! 俺たち黄昏の団が黙っちゃいねぇぞ? そこんところよく考えろや」

 凄んでみせると殊更に怖い顔です。

 でも、決して凄んではいけないと思います。貴族様に喧嘩を売っては絶対にいけないと思います。ファーレン様は凄く強いのです。タナカさんの隣だと些か見劣りしますが、それでもドラゴンを一発で圧倒するほどの魔法使い様なのです。

 胸が痛いです。

 お腹が痛いです。

 息が苦しいです。

 喧嘩は良くないです。

 喧嘩は良くないと思います。

「敵か味方かと問われれば、味方の側だろう」

「本当か?」

「でなければ、女連れでこのような場所まで来ると思うか?」

「…………」

 ファーレン様からの問い掛けに怖い顔の人は口を閉じました。

 なにやら考えるよう、今度は私やドラゴンさんをジロジロと見つめ始めます。恥ずかしいです。オシッコ漏らした姿をジロジロ見られるの凄く恥ずかしいです。でも、声を上げる勇気もありません。

 あぁ、膀胱に残っていた尿が、またチョロチョロと。

 バレてしまったでしょうか? バレていないと嬉しいです。

「……まあ、それもそうか」

 怖い顔の人の顔が今一度、ふっと緩み、苦笑交じりとなりました。

 あぁ、きっとバレていますね。あの顔は間違いありません。

「それなら教えてやる。アイツはダークエルフと行動を共にしていた。異邦人とダークエルフのコンビだ。目に付かない筈がない。トリクリスの冒険者ギルドあたりで尋ねれば、すぐに行き先は分かるだろうさ」

「なるほどな」

「理解したならさっさと行きな。ここはアンタら貴族様のいらっしゃるところじゃねぇ。怪我でもされたら御上がおかんむりだ。どこから来たのか知らないが、さっさと帰った方が身の為だぜ」

「あぁ、そうさせて貰おう」

「じゃあな、貴族様」

「うむ。情報に感謝する」

「っ……」

 どうやら無事にお話が終ったようです。

 良かったです。

 誰の首も飛ばずに済んで本当に良かったです。

 ここ最近、赤いモノばかり目の当たりとしているので、不安なのです。

 凄惨なのは勘弁ですよ。

『どうした? ヤツはいないのか?』

 そうこうする間もなくドラゴンさんがファーレン様に問い掛けます。話が一段落したと見計らってのことでしょう。ペペ山ではあれだけ暴れて見せたのに、今こうして大人しくしている姿は、私からすれば不気味以外のなにものでもありませんね。

「どうやら既にここを発った後らしい」

『ふんっ、あの娘もなかなか使えんな』

 あの娘とはエステル様のことでしょうか。

「そう言ってやるな。戦下における人の動きとは、知らぬ者が考える以上に激しい」

『であれば次だっ! 次へ行くぞッ!』

「う、うむ……」

 あぁ、またドラゴンさんが地べたへうつ伏せになりました。

 数十名という兵隊さんに周りを囲まれたこの状況で、また彼女に腰掛けなければならないのでしょうか。恥ずかしいです。しかも今の私はお漏らしをしてしまった為に、おまたからお尻まで、メイド服のスカートが下着ごとグッショリです。

「……なにをしている? 早く乗れ」

 先んじて跨がったファーレンさんは、少なからず適応したのかてきぱきと。

 例によって急かすよう、私にお言葉を投げかけます。

「で、ですが、あの、わ、わ、わたしは……」

 周囲へ意識を向ければ、他に大勢の兵隊さんがこちらを見つめております。首を傾げております。なかには何やら勘違いしたのか顔を顰めている人も少なからず見受けられます。あまり長くこの場に留まるのは危険な香りです。

「なにを震えている? さっさと乗れっ」

「は、はひっ!」

 お漏らししているのに、本当に座ってしまって良いのでしょうか。

 あぁ、でも座らないと怒られてしまいます。

 ファーレン様やドラゴンさんはお気づきになられていないのでしょうか。

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 じんわりとドラゴンさんのお洋服に私のオシッコが染み込んでゆきます。更に前へ座ったファーレン様のマントにまでオシッコが浸透してゆきます。ゆっくりと、しかしながら確実に、オシッコ染みてゆきます。オシッコが、オシッコが。

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 お腹が痛いです。



◇◆◇



 馬車に揺られること丸一日、我々は目的地へと到着した。

 クライン少年とトークが弾んだおかげで、道中を暇にすることはなかった。互いの身の上話から始まって、昨日は夕食には何を食べただの、最近はまっている趣味はなんだだの、あれこれ盛り上がったように思える。

 しかしながら、楽しいショタのお時間もこれまで。

 馬車が止まった先、そこは見渡す限りの草原の只中。

 地平の彼方まで続く背の低い草。

 ただ、以前に訪れた戦場とは少しばかり様相が異なる。

 停車した馬車の傍ら、木材に借り組みされた小屋が幾つか設けられて、その周囲には更に数を増してテントの類いが並んでいる。ざっと眺めた限りであっても、以前と比較しては数十倍ほどの規模がある。

 本格的に戦争って感じのする光景だ。

「ここは……」

「ラマ草原ですね。十五年前、ペニー帝国とプッシー共和国の間で大規模な戦闘があったと聞きます。今でも所々にその痕跡を見つけることができるのだとか」

「なるほど」

 自らに同じく、馬車から大地へ降りたったクライン少年。

 こちらの傍らに並び立ち、さりげなく教えてくれた。

「今回も、ということですか……」

「両国が相応の兵を出すとなると、ここより他は場所が限られてしまうそうです。もう一カ所、似たような草原があるのですが、そちらは既に我々の国が押さえたようで」

「あぁ、そうだったのですね」

 恐らくゴンザレスやヘンリーさんが頑張ってた地帯だろう。

「他は深い森や渓谷が国境沿いに存在する為、侵攻が難しいそうです」

 そちらはガチレズ女騎士が敵兵狩りに励んでいた界隈に違いあるまい。

 よりによって森林地帯に展開したゲリラ兵をドンピシャ探り当てるとか、あの子も自らの欲するところが懸かると神がかり的に高スペックだよな。本能で生きてる感ある。とてもじゃないが十代の少女とは思えないわ。親近感感じるもの。

「クラインさんは物知りですね。とても勉強になります」

「い、いえっ、そんなことないですよっ!」

 待機を命じられて他にやることなく駄弁る俺とショタ。傍らにはダークエルフも一緒だけれど、彼女は会話に混ざる素振りが見られない。伊達に人間嫌いを豪語していない。ロンリーな私がカッコイイお年頃なのだろう。

 周囲では増援を確認した先発隊の面々が、これを受け入れるべく東奔西走、忙しそうに動き回っている。担当の者が来るまで待てとの指示を行者から受けたのだが、果たしていつまでこうしていれば良いのか。

 修学旅行の最中、空港のロビーで待ち惚けを食らうクラスメイト一同って感じ。

 などと考えていたら、早々に他から声が掛かった。

「このような辺境までよく来てくれたっ! 君たちが僕の隊の増……」

「あ……」

 サイトウだ。サイトウがいるぞ。

「アレン先輩っ!?」

 クライン少年が吠えた。

「タナカさんっ!? それに、き、君はクラインじゃないかっ!」

 まさかこのような場所で会うとは意外や意外。

 相手も瞳を見開き驚いている。

「こんにちは、アレンさん。最後に会ってから、そう日が空いた訳ではないにも関わらず、随分と久しぶりに会ったような気がします。お元気でしたか?」

「はい、おかげさまで。まさかこのような場所で出会えるとは思いませんでした」

 思えば首都を発ってどれくらい経ったろう。十日やそこらじゃなかろうか。二十日は経っていないと思う。延々と戦場を盥回しにされてきたおかげで、日にちの感覚が些か狂って思える。睡眠も不規則だし。

「あの、も、もしかして、アレン先輩が我々の指揮を執られるのですかっ!?」

「どうやら中央からは他にあまり位の高い騎士が出てきていないようでね。君を含めて、この辺りに集まった面々を含む中隊規模の指揮を僕が執ることになったんだ」

「アレン先輩に指揮して頂けるなんて、ぼ、ぼく、感激ですっ!」

「この規模を指揮するのは初めてのことなので、色々と拙いところもあるとは思うけれど、協力して貰えると嬉しいかな。そして、最後は必ず皆で生きてここから帰ろう」

「はいっ!」

 アレンを見つめるクライン少年の目がヤバい。

 最高にキラキラしてる。

 憧れているとは聞いていたけれど、想像した以上に入れ込んで思える。

 一歩間違えばアナルにインしてしまいそうな気配だ。

「アレンせんぱ……」

 そんな輝けるショタを傍ら、アレンがこちらへと向き直った。

 かと思えば、何を考えたのか、不意に深々と頭を下げて述べる。

「タナカさん、もしよろしければご教示の程、お願いできませんでしょうか?」

「え? 私ですか?」

「はい、ペペ山での折には、見事な指揮をされていたこと、覚えています」

「いや、あれはどちらかというと、皆さんが自発的に動いた結果だと思いますが」

 仮に自衛隊で換算するならば、中隊と言ったら二百人くらいだろうか。周りに屯する冒険者連中を眺めると、確かにそれくらいありそうだ。法人換算すれば一事業部といったところ。ちょっとした中小企業ほどの規模がある。

 まさか、これだけの数の人間を下に扱った経験なんてございません。社畜時代にも二、三名の派遣さんや後輩を管理したのが精々である。決裁権者なんて夢のまた夢。生涯を平に終えるものだとばかり過ごしてきた。

 どうしろってんだ。

「見事な指揮でした。いつか僕も、とは切に目指すところで」

「いえいえ、全ては皆様の連携の賜ですから」

 下手にこれ以上をヨイショされて無様を晒すのは良くない。クライン少年の手前もあるし、ここは強引にでも話題を変えるべきだろう。万が一にも代わりに指揮を、などと話が展開されては堪ったものでない。

 周囲を見渡して、なにか話題を振れる先はないものか。

 考えたところ、傍らにダークエルフと目が合った。

 速攻で逸らされた。

 分かってるよ。

 アンタじゃやぶ蛇だよ。

 致し方なし、投げかけたボールを元在ったところに戻すこととする。

「ところで、アレンさんはいつ頃からここへ?」

「僕は昨日の晩に到着したばかりですね」

「なるほど、そうでしたか」

 これまで現地で得た情報を鑑みれば、アレンのようなエリートが上からの命令で出向するとは思えない。恐らくは自発的にやってきたのだろう。となると思い当たる理由は、やはりエステルちゃんだろうか。

「……その、なんというか、僕は本当に愚かな男です」

「これはまたいきなりですね。どうかされましたか?」

 快活とした笑みが売りであるイケメンのイケてるところに陰りが差す。

 しかしながら、憂鬱な表情でさえカッコイイから、もう本格的に世話ないよな。人生フルオートってやつだ。放り置いてもチンコさえ勃てば、周りの女が如何様にでも世話してくれるだろう。

 俺も一度くらい経験してみたいわ。ヒモってやつを。

「自分の事ばかりに一生懸命で、周りがまるで見えていませんでした。他の誰よりも大切だと語ってみせた彼女のことさえも、なんら見えていなかったのです」

「なるほど、それでトリクリスへ」

 ドンピシャだ。

 やっぱりエステルちゃんのことは大切に思っていたんだな。

 でなきゃ命懸けで前線まで出てこないだろ。アレンのステータスだと、下手をせずとも死ぬ可能性大である。これで魔道貴族くらい強ければ、或いは見える世界も変わってくるのだろうが。

「はい、お恥ずかしい限りです。タナカさんは彼女が発って翌日の朝には、既にカリスを出発していたのだと、後日、ソフィアさんからお話を窺いました」

 ……なんだと。

 それは聞き捨てならないぞ。

「こちらはギルドの召集に従った限りですから、あまり意味のある行動ではありませんよ。むしろご自身の意志で動かれたアレンさんこそ勇猛ですね」

「仮にそうであっても、学園の生徒であれば誰もが無視するのではないですか? 騎士団の者たちも大半が出兵を免れたことに喜んでおりました」

「私は貴族ではありませんので、背に腹は替えられずというやつですよ」

 まさかアレンのヤツ、こちらが出兵している間にソフィアちゃんとの交友を育んでいたのか? なんてこった。あの面食いメイドさんのことだから、部屋に上がったが最後、日も暮れないうちから、行くところまで行ってしまうに違いないぞ。

 むしろソフィアちゃんの方から誘う可能性が高い。

 ちくしょう。

 最近はちょっと仲良くなってきた気がしていたのに。

 せこせこ微少与ダメに削った格上モブを廃人の横殴りに攫われた気分だ。

「ソフィアさんは私のことをどのように?」

「あ……えぇ、タナカさんのことをとても心配しておられましたよ」

 コンマ数秒の間ながら、その一瞬を俺は逃さなかったぜ。

 ブサメンの対人スキルってのはな、三十くらいから急激に伸びるんだよ。社会のレールから外れなかった童貞のコミュ力を舐めたらあかん。結婚の予定とか聞かれなくなってからが伸び代らしいぞ。いつだって失うモノがないヤツは強いよな。

「それは嬉しい限りですね」

「はい。早く帰って無事な顔を見せてあげるべきかと思いますよ」

「その為にも今回の紛争、なんとしても勝たねばなりませんね」

「ええ、そうですね」

 猛烈にお酒とか飲みたくなってきた。

 昨晩は食べるのに夢中で碌に飲まなかったしな。

 帰ったら浴びるように飲んでやろう。

 そうだ。少し良いお酒とか、街へ探しに出てみるのも悪くない。

 一人酒の醍醐味ってやつよ。

「あ、あのっ! アレン先輩っ!」

「ん? なんだい、クライン」

 しばらくを黙って我々のやり取りを眺めていたショタが口を開いた。

 なにやら意を決した様子にアレンへと尋ねる。

「ぶしつけな質問となってしまうのですが……」

「いいよ? 聞いてごらん」

「その、あ、あの……こちらのタナカさんとは、どのようなご関係なのですか?」

「あぁ、そう言えば紹介していなかったね。ごめんごめん」

 熱い眼差しに語るショタからの問い掛け。

 これを受けてアレンはといえば、軽い調子に謝罪を口とした。

 続くところは、片腕をこちらに伸ばして。

「こちらはタナカさん。僕が他の誰よりも憧れる人さ」

「えっ……あ、アレン先輩が、あ、憧れる、方……なのですか?」

「うん。あ、それと僕のことはサイトウと呼んでくれないかな?」

「え?」

「サイトウ」

「さ、サイトウ、先輩?」

「うん。ありがとう」

「い、いえ……」

 ニコリ、良い笑みに笑ってみせるアレン改めサイトウ。

 その設定、未だに引き摺ってるのかよ。

 なんか罪悪感で心がズキズキするんだけど。

「さて、あまり長く立ち話をしていてもなんだし、場所を移そうか。作戦の都合上、僕らは第一中隊という呼称の組織となる。こっちに専用のテントが用意されているから、ひとまず移動しよう。装備の用意もそちらにあるから、他の人も案内しないとならないんだ」

「なるほど、そういうことならお手伝いしますよ」

「ありがとうございます、タナカさん。そう言って頂けると非常に助かります。人数が多いことに加えて、正規兵でない方の割合が多い都合、一人ではどうしようかと悩んでいたところでして」

「ぼ、僕も手伝いますっ!」

「そうかい? クラインもありがとう。それじゃあちゃっちゃとやってしまおうか」

 アレンの指示に従い、割り当てのテントへ向かい人員誘導のお仕事が始まった。



◇◆◇



 夕暮れも間近に迫った頃合、小一時間ばかり掛けて人の整理は終えられた。

 装備の配給も無事に済んで、今はテント内、或いはテント近隣で待機の時間となっている。なんでも敵は国境の向こう側で戦力を蓄えつつ、様子を窺っているとのこと。早い話が膠着状態というやつだ。

 ということで、俺は空いた時間を利用してアレンの下へ。

 今の今まで疑問だった点を確認することとした。

「アレンさん、一つ窺いたいことがあるのですが」

「なんですか?」

 テントを出てすぐ、杭の打たれた脇にイケメンとお話。

「この国の階級というものについて確認させて頂けたらと」

 ダークエルフに尋ねし損じていた事柄だった。

 ちなみに同色黒ムチムチはと言えば、いつの間にやらどこへとも消えていた。テントの内側にも見つけられない。恐らくは人混みに嫌気が差したのだろう。ゴンザレスやヘンリーさんとの共闘時にも増して、同所は人に溢れている。

 アレンが率いる他にも、十数ばかり同規模の中隊が存在するのだという。テントの立ち並ぶ様はちょっとした集落といった具合だ。そして、集められたのは荒くれ仕様が前提の冒険者一同。誰も彼も命懸けの荒場を目前に控えて頭に血が上っている。

 そのような場で首に奴隷の輪っかを装備した巨乳美女がどのように扱われるか。

 考えただけでオナニストの血が騒ぐわ。

 ということで、白濁色の未来を回避する為に姿を隠したんだろう。

「確かに余所からいらっしゃった方には難しいかも知れませんね。無駄に歴史を重ねてしまっている分だけ、ペニー帝国の階級制度は余所の国と比較しても、色々と難儀なところが目立ちますし」

「そうなのですか?」

「はい。例えば僕の階級は中央、つまり王立騎士団の分隊長というものなのですが」

「クラインさんが絶賛されてましたよ。自分たちの憧れだと」

「いいえ、単に運が良かっただけですよ。そして、例えばこの分隊長という階級を例にとった場合、中央とは別で地方騎士団にも、同様の名称で階級が存在します。エステルの家の騎士団であれば、フィッツクラレンス公爵領の騎士団、その分隊長といった形です」

「あの、話をいきなり折ってしまい申し訳ありませんが、地方騎士団とは……」

「地方の領主が構えた騎士団のことですね。事実上の私兵なのですが、設立には中央の許可が必要になります。一方で私の所属する騎士団は王立となり、国が、王族が構えた騎士団という位置づけになります」

 なるほど。持ち株とグループ各社といった感じか。

 一時期わっと増えたよな。なんちゃらホールディングスとか、そういうの。

「両者は別モノなのですか?」

「はい。しかも隊長や分隊長といった肩書きは同じものが付与されているのですが、各騎士団にはそれぞれ格付けがあって、同じ分隊長でも所属する騎士団の力関係によって、事実上、これが上下してしまうのです」

「それはまた……」

 なかなかややこしそうだ。

「生い立ちや時代背景、過去の歴史、上に立つ者の地位、諸々の背後関係から、同じ分隊長という立場ながら、そこに上下関係が生まれるのがペニー帝国の面倒なところで、実は我々も一番に苦労している点であったりします」

「なるほど」

 同じ部長でも大企業と中小では釣り合わないぞ、と。

 就職偏差値表みたいなのが、暗黙の了解として出来上がっているのだろう。どこぞの地方の騎士団はどこぞの騎士団より上だとかなんだとか。そして、その頂点に存在するのが、恐らくアレンの所属する中央の王立騎士団とやらに間違いあるまい。

「そして、これは騎士団に限らず、軍であったり、近衛であったり、場合によっては修道院であったり、所属する組織毎の階級が、所属する組織間での力関係に併せて、それぞれ上下します。それがペニー帝国における権力構造の実体です」

「それはまた、なかなか随分と難解な代物ですね……」

 自衛隊の少尉が警察官における警部補に相当するだとか、その手の記事はニュースでたまに見掛ける。それがこちらの世界では、民間の肩書き並に複雑化しているよう。

 尚且つ絶賛封建中である社会制度を鑑みるに、これを日常的に引っ張り出して、挨拶の一つ一つに反映する必要があるのだろう。

 考えただけで面倒臭い。

「ですので昨今では、覚えるより慣れろ、とまで言われています。軍を離れて教会などと共に行動する際は、余所の階級も加味する必要がでてきますからね。そうなると更に言葉の範囲は広がります。司祭とか司教とかですね」

 そう言えば、ヘンリーさんも同じような響きの単語を漏らしてたな。

「異国人には些か敷居が高そうですね」

「確かにそうかも知れません」

 苦笑いを浮かべてみせるアレン。

 今に聞いた感じだと、それだけで本を一冊書けてしまいそうだ。エディタ先生に頼んでみようか。或いは彼女ならば、名著に仕上げて下さるかも知れない。実用新書としても、趣味の一冊としても、共に需要は見込める思うのだけれど、どうだろう。

 数日を共に生活した限りだけれど、ソフィアちゃんとか好みそうな気がする。

 …………。

 いかん、頭がソフィアちゃんを追い掛けて止まないぞ。アレンのせいだ。

「そんなペニー帝国でも、一つ明確な敷居があります」

「というと?」

「貴族か否かです」

「……なるほど」

 出たな、貴族。

 封建カーストの最たるが。

「貴族であるか否かは権力の上下を計るに差し当り大きな指標となります」

「そうなのですね」

「当然、貴族にも色々とありまして、公とならない場所では、例外的な判断を必要とする場合もあります。絶対とは言い切れないのが面倒なところですね。ただ、貴族としての上下は、他の肩書きに優先される場合が多いので、まだ幾分かマシです」

「明確に区分があるのはありがたいですね」

「はい」

 となると、やはり問題は自分も身を置く貴族以下、組織間での上下だろう。

 もしも覚えが必要となったら厄介だ。

 会社四季報の各種ランキングを暗記するようなものである。

「段々と頭が混乱してきました。アレンさんは凄いですね。今に語られたような複雑な世界へ日々、その身を置いていらっしゃるのですから。とてもではありませんが、私には不可能な芸当として思えます」

「僕は両親から厳しい躾を受けましたので」

「なるほど、そうだったのですね」

 きっと良い親御さんなのだろう。

 そんな気がする。

 でなければ、ここまで気持ちの良いイケメンは育たないだろう。

 尚且つ、コイツが謙遜せず、素直にこちらの言葉を認めたと言うことは、それだけ大変だということだ。魔道貴族とエステルちゃん以外、アッパー層と関わるつもりは毛頭ないが、万が一に備えて、多少は学んでおいた方が良いかも知れない。

「貴族層から上に関しては、そうですね、他の国とも大差ないように思います。領土を持たない貴族年金のみが与えられる一代限りの準男爵。以降は地方に領土か、或いは宮中に仕事の与えられた男爵以上の貴族層が並びます」

「なるほど」

「この並びは殿下から頂戴するものなので、少なくとも表立っては絶対です」

「一言で済ませられる分だけ、なかなか業の深そうな世界ですね」

「そうですね。僕もあまり首を突っ込みたいとは思いません。そういった意味では、僕などよりエステルの方が、遙かに強靱だと言えますよ。フィッツクラレンスであるが故に味方は多いですが、だからといって敵が少ない訳でもありませんから」

 語る表情に少しばかり陰りが見える。

 過去に貴族関係で嫌な経験でもあったのかも知れない。

 或いはエステルちゃん襲撃事件が彼の下まで伝わっているのか。

 子細は知れない。

 尋ねることは簡単だけれど、流石にこのタイミングで話題に上げるのはやぶ蛇になりそうなので止めておこう。いずれは元の鞘に収まるヤリチンとビッチだ。その抜き身にわざわざブサメンの血潮を散らすこともない。綺麗なまま収まって欲しいだろ。

「これらを踏まえて、少なからず誤解を覚悟にまとめると……」

 懐から紙面を取り出したイケメンが、なにやら書き物を始めた。

 少しばかり待つと、出来上がったのは一枚の表だ。

「まず軍の階級ですが、このような形になります」


<軍>

大将

将補
一等佐
二等佐
三等佐
一等尉
二等尉
三等尉
准尉
一等曹
二等曹
三等曹
一等士
二等士
三等士


「なるほど」

「三等士は新兵に与えられる階級なので、事実上は二等士から始まります。冒険者ギルドから召集された方々の扱いが、これに相当します。ただ、Bランク以上の方は一等士として扱われるという話を聞いたことがあります」

「割と細かく決められているんですね」

「人事周りは繊細なので、どうしてもそうなってしまうみたいです」

 いつだか取得した読み書きスキルがまた役に立った。

 今の自分、准尉らしいけど、意外と高くないか? 割と真ん中が近い。使い潰せなかったら大変なことになるような気がするんだけど、大丈夫かよ。ちゃんと誰か、管理してくれてるんだよな? 少し不安になる。後で叩かれるのは嫌だぞ。

「そして、こちらが中央騎士団の階級です」

 紙面にペンが走り、他に文字の並びが増えた。


<騎士団>

団長
副団長
隊長
副隊長
分隊長
平騎士


「副隊長から上は貴族が占めています。分隊長も半分くらいは準男爵や男爵といった貴族階級の方、或いは子弟の方が見受けられますね。ここでは平騎士が軍の准尉に相当します。なので軍と行動を共にする場合は、平でも指揮官扱いとなる場合があります」

 なるほど、聞けば聞くほどエリートコースっぽい扱いだ。

「そして、これが地方騎士団となった場合、扱いが総じて二、三階級ほど下ります。例えば平騎士が二等曹相当であったり、三等曹相当であったり、といった感じです。その上で領主同士の力関係が利いてくる形でしょうか」

「一番に難しいところですね」

「ええ、私もそう思います。そして最後に、こちらが近衛の階級となります」

 アレンの手により紙上へ更に文字が加えられる。


<近衛>

特級騎士
上級騎士
中級騎士
下級騎士


「同じ騎士でも、アレンさんのところとは名称が違うんですね」

「名前を決めるにあたっては、色々と歴史的な背景があったみたいです。こちらは特級から下級まで、全ての役職が貴族、或いは貴族の子弟に占められています。平民が入り込む余地はありませんね」

「なんと……」

 お姫様のお世話とか、少なからず憧れてたんだけど、どうやら無理っぽい。

 ロイヤルラッキースケベ、チャレンジしとうございました。

「軍と共に行動する場合、下級騎士が二等尉に相当します。というのも、軍においては二等尉から貴族が多くを占めるようになる為です。ただ、近衛の人事は非常に特例が多いので一概には言えません。人の上下もかなり頻繁にあります」

「そ、そうだったのですね」

 メルセデスちゃん、貴族の家の子だったのかよ。

 いやしかし、それでは何故に出会いが牢屋の中だったのか。訳が分からない。ただまあ、彼女に関してはどういった背景があっても不思議じゃない。真面目に考えるだけ馬鹿を見そうなので、これ以上の詮索は辞めておこう。

「ちなみにアレンさんは貴族だったりするのでしょうか?」

「いいえ、私は貴族ではありません」

「そうなのですか?」

「ただ、タナカさんに隠しごとをしたくないので、素直にお伝え致しますと、少なくとも今は平民です。状況如何によっては、今後とも平民のままだと思います」

「……なるほど」

 近い将来、貴族になる可能性アリっぽい。

 まあ、エステルちゃんとお付き合いする為には避けて通れない道だろう。

 なかなか頑張ってるじゃないかアレン。

 ちょっと感心。

 すると、どうしたことか、当人は少しばかり顔色を悪くして続ける。

「既にタナカさんもご存じかとは思いますが、貴族には派閥のようなものがありまして、エステルのお父さんのような大公爵がトップとなり、その下に志を同じくした他の公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と肩書きが連なります。そして、これは同じ並びにより、それぞれが目下の家の親元という位置づけになります」

「はい」

 なにやら語り出したイケメン。

 大人しく教えの続きを聴講しよう。

「貴族の出世とは大半がこの派閥を利用したもので、上から下への喝采によって成されます。貴族全体としては土地や役職が増えない限り絶対数はほとんど変わりません。ですが、領地経営の失敗や不祥事による取り潰しがあれば、当然、これを補うよう新たに生まれるお家も出てきます」

「なるほど」

「であれば、新たに生まれた空白地帯を如何に自分にとって都合の良い者で埋めるか。派閥の上の方々は、そういったことを良く考えています。そうなると後は時期の問題になりますね。仮に席が空いたところで、誰もが目を剥く成果を挙げることが出来たのなら、平民であっても貴族に取り立てて頂ける可能性があります」

「一応、平民にも道は開けているのですね」

 企業の玉突き人事みたいだな。

「とは言え、非常に狭い門です。取り立てて頂くには貴族の方に見初められる必要がありますし、多くは数年という期間を掛けて信頼と調整を得るものです。話題となる成果も大半は親元、つまり上に付く貴族の方が筋書きを作られる場合が多くて、他より飛び込み、というケースは非常に稀だと窺いました」

 この語り調子からすると、恐らくアレンも前者組なのだろう。

 伊達に中央の騎士団で分隊長などやっていないということだ。

「それでも可能性があるというのは、とても良いことだと思いました」

「……そうですね」

 少しばかり遠い顔をしてみせるアレン。

 一連の道のりは決して楽しいことばかりではなかったよう。

 恐らく頭下げまくりでストレス溜まりまくりなルートだろう。

「……もしやタナカさんも、貴族に?」

「いえ、私は平民で自由にやるのが性に合っておりますので」

「そうですか? タナカさんであれば、いずれは大成するのではないかと」

「そんなことはないですよ。以前にいた組織でも万年底辺でしたし」

「であれば、この度こそタナカさんの出世の機会になるかと……」

 幾らばかりか普段の余裕を失って思えるアレン。ヨイショしてくれる感じも些か強引だ。だからだろう、その語り草を目の当たりとして、なんとなく思い至った。

 もしかしたら、早合点されたかも知れない。

 主にエステルちゃん関係で。

 それでも、わざわざ丁寧に自身の将来設計まで教えてくれたあたりが、非常にアレンらしい。敵に塩を送るような真似が、まったくもって良いヤツじゃないか。

「ありがとうございます、アレンさん。ただ、私は本当に興味がありませんのでお気になさらず。お二人の為にも、私は貴方の出世を応援しておりますよ」

「っ……」

 お二人、の辺りを耳として、ビクリ、イケメンの肩が震えた。

「す、すみません。私は卑しい人間です」

「いえ、むしろ詳しく教えて下さったアレンさんは、とても良い人ですよ」

「いつも、本当に……ありがとうございます」

 自分も決して他人事ではない。くたびれて帰宅した寮でのこと、ソフィアちゃんとアレンのラブ結合など目撃した日には、あぁ、冷静じゃいられない。即日で学園を飛び出し、エディタ先生の家に突撃して、土下座して、セックスさせて下さい。

 いつかの貸しを盾に無理をお願いする自身の姿が容易に想像できる。

 泣いて懇願だ。童貞ロマンチック崩壊だ。

 そもそも、実際のところどうなのだ。やってしまったのか? ソフィアちゃんの膜はブレイクされてしまったのだろうか? リビングのソファーに赤い染みとか生まれていたら、半年は引き籠る自信ある。

 確かめる術が無いのがあまりにも切ない。

 帰ったらそれとなくお話などしてみよう。

「いろいろと詳しいところまでありがとうございます」

「い、いえ、こちらこそお気遣いさせてしまい申し訳ありません。他になにか確認したい点などありますか? 私でよければ、お答えできる範囲で受けさせて頂きますが」

「これ以上は流石に頭がパンクしてしまいそうですね」

「タナカさんがよろしければですが、また首都に戻ったらお教え致しますよ」

「本当ですか? とても助かります」

「いえいえ、これくらいお安いことです」

 講師をにアレン氏を迎え、ペニー帝国カースト制度序論の受講チケットをゲット。他にエディタ先生の著作を自由に読む権利を得た昨今、学園の講義へ出席するよりも、別で勝手に学んでいた方が、余程のこと意義のある時間を過ごせそうだ。

 なんて気前の良いイケメンだろう。

 本当、性格は最高だよ。

 これで下半身も控えめだったら、言うことなかったのにな。

「それと、すみません。そろそろ定例の時間なので……」

「あぁ、申し訳ありません。長々と呼び止めてしまいまして」

「いえいえ、お気になさらずに」

「とても分かりやすい講義をありがとうございました」

「そう仰って頂けると、僕としても非常に嬉しいです。それでは」

「はい」

 歩み出したアレンを見送る。

 その背は幾らばかりかを歩んで、幾つか並ぶ木製のロッジへと消えていった。

 ところでムチムチボンバー、帰ってくる気配が無いな。

 どこまで行ったんだろう。



◇◆◇



 合戦の知らせは夜中に訪れた。

「皆さん、起きて下さいっ! 敵が動きましたっ!」

 兵や冒険者の寝静まるテントの内、アレンの声が大きく響き渡る。少なからず喉元の震えて思える調子は、決して嘘や冗談の類いでは無く、今まさに敵がこちらへ向かい進軍を始めたのだと窺わせた。

 同じテントに身体を横たえていた面々が一斉に起き出す。

 ゴンザレスやヘンリーさんと共に経験した一戦とは異なり、今回の編成は男女入り交じっての構成となる。女性の割合は凡そ二割弱といったところか。寝起きの少女が見せる寝癖のピンと跳ねたところに深い感慨を受ける。良い。

 照明代わりのファイヤーボールをテント中央へと投擲。

 プカプカと浮かす。

「ありがとうございます、タナカさん」

「いえ、それよりも詳細を頂けたらと」

「は、はい」

 今に我々が身体を横とするのは、数十名が収まる大型のテントだ。

 隊総勢としては百名と少しで構成されている都合、皆が皆横になることは叶わない。全体の数割が哨戒に立ち、更に数割が屋外に眠り、残るところがテントの下という分配となった。これを適当な時間に区切り、皆でローテションを組んでいた。

 都合、ちょうど自身がテントの下に眠る頃合、敵に動きが見られた模様。

「どうやら敵は全面攻勢の姿勢です。夜間の闇へ紛れて、更に多数の魔法使いを投入することで、その姿を魔法に誤魔化していたらしく、既に第三大隊と接触、交戦を始めているとのことです」

「なんと……」

「その数ですが、凡そこちらの十倍近いとのことで」

 おいおい、また一桁違うのかよ。

「そ、それはまた感想に困るところですね」

「はい……」

 よく見れば、アレン氏も膝を震わせている。

 初めての中隊指揮で敵勢が十倍とか、罰ゲーム以外の何ものでもないだろ。こちらが四千名弱である点を鑑みれば、相手は四万を超える軍勢ということになる。

 流石にこれを小競り合いという形で済ませるのは難しいような気がするのだけれど、そこんところどうだろう。本格的に戦時下である。

 敵国に隣接する領土がエステルちゃんの持ち分であることを鑑みれば、本格的な開戦は遠慮したいのだけれど。どうしたものか。

「ただ、その……どうやら我々は後方支援に当てられているようで」

「こういった状況では素直に喜べませんが、それは運の良いことですね」

「……はい」

 理由があるとすれば、恐らくはアレンの存在が所以だろう。中央の騎士であり、エリート街道まっしぐらな出世頭がトップを務めている都合、これをむざむざ死にに行かせては、今日この日までイケメンを推してきた誰某かの顔に泥を塗ることとなる。

 なんて背景があるんだろうなぁと勝手に思う。

「なにはともあれ、配置に着くとしましょうか。指揮をお願いします、アレンさん」

「は、はいっ」

 イケメンの指示に従い、第一中隊の面々が移動してゆく。

 俺もまた他に倣ってテントの外へ。

 向かう先、既に展開した味方軍勢の最後尾へと着いた。

 或いは自分が飛行魔法に飛び立ち、爆撃機よろしくファイアボールを連発すれば、大打撃を与えることが可能かも知れない。しかしながら、既に戦火は上がっており、戦場には敵と味方が入り乱れて思える。

 数十メートルの先に上がる魔法の輝きは果たしてどちらのものか。おかげで対象を選り好みできない大規模魔法に限られる手の内では、戦場へ決定打を与えるにも相応の困難を伴うこと請け合い。責任問題ってやつだ。

 まったく、どうしたものか。

「おい、人間」

 気づけば隣にはダークエルフがいた。

 相変わらず不機嫌そうな面でこちらを見つめている。

「よく眠れましたか?」

「この状況で眠れるヤツがいるとすれば、それはオマエくらいなものだ」

「すみません、ここのところ寝不足でして」

 支給の毛布が思いのほか寝心地が良かったのだ。

 というより、単純に疲れていたのだと思う。心が。だって自分が留守の間にアレンがソフィアちゃんとあはぁん、だろう? ヤツの顔見てると、ついつい思い出しちゃう。

 これは本格的に検討すべきだな。金髪ロリ美少女肉便器奴隷シスターズを。

「このような場所で気を緩ませるなどと、阿呆のやることだろう」

「ええまあ、確かに仰る通りですね。すみません」

 相変わらずのキレっぷりだな。

 こんな調子で四六時中過ごして、気疲れしないんだろうか。

「如何に後方担当とは言え、この調子では出番も近そうですし」

「ああ、そういうことだ」

 数十メートルの先、草原に飛び交う魔法を眺めながら言葉を交わす。

 同じ中隊に所属する他の面々もまた、急ぎ早に身支度を調えて、既に整列を済まし臨戦状態である。中隊規模としては前衛後衛の二層に別れた上での鋒矢となり、アレンを大将に据えて、俺やダークエルフはその傍らに立たせて貰っている次第だ。

 また、数十ある中隊全体としては、誰の指示だか知れないが、魚鱗のような陣形に組まれている。その一番後ろに我々第一中隊が所在する形だ。これより後方には、全体の指揮を任された大隊長が控えているそうだ。

 ちなみに控え先は例の木材に組まれた櫓やぐらである。

 つまり後はない。

「あ……今、結構な数が吹き飛ばされましたね……」

 前方で巨大な爆発があった。

 恐らく魔法だろう。

 応じて我が軍の数十名が一斉に吹き飛ばされる。ややあって、十数秒の後にはビチャビチャと汚らしい血肉が後続へ降り注いだ。

 俺の頬にも数滴ばかり、赤い飛沫が飛んでは付着した。

 マジ勘弁。

「くっ……」

 同様に顔を赤く染めて、ギュッと拳を握るアレン改めサイトウ氏。

 我が軍の損害は甚大であります。

「…………」

 選択肢は二つあるように思える。

 アレンとクライン少年を抱えて逃げ出すか、或いは味方の損害を無視した上で、爆撃機よろしく空からファイアボールを降り注ぐか。全体としては後者の方が効果的である。ただ、自身の身の上を思えば、後々で味方から戦犯判定を喰らう可能性が高い。

 この紛争自体、不要騎士の処分市みたいな側面があるっぽいしな。

 一番は味方に下がって貰って、両軍の境界が定まったところでの後者実施である。しかしながら、こちとら身元も知れない異国人であるからして、まさか現場を指揮する上官まで訴えが通るとは思えない。なにより十倍近い軍勢が相手では、後退の姿勢を見せた瞬間、一息に飲まれてしまうこと請け合い。

 まったくもって判断の難しいところ。

 などと、悩んでいた最中のことである。

「おぉぉぉおおおおおおっっほほほほほほおほ!」

 甲高い声が聞こえてきた。

 聞き覚えのあるおほほ感だ。

 応じて、味方の兵たちが左右に割れるよう瓦解して行く。持場を離れて逃げ出す者も決して少なくない。どうやら開戦早々、状況は決してしまった様子だ。まだ三十分と経っていないように思えるのだけれど。

 凸として組まれていた陣形は、容易に中央を突破されて完全に形を失っている。伊達に数で負けていない。百やそこらの規模なら有り得た冒険者としての連携も、四桁を越えては流石に難しいのだろう。

 結果として今、我々の目の前には黄金に輝く縦ロールがお目見えだ。

「……まさか、あの状況で生き存えているとは、流石に思いませんでした」

「わたくしがあの程度の炎に焼かれるとおもいまして?」

 味方の兵は既に士気も落ちて思える。自ずと道を空けるように身を引いて、都合、敵軍が味方軍の只中を悠然と闊歩、こちらに向かい歩み寄ってくるという珍事を戦場で拝む羽目となった。

 そして敵軍の大将はと言えば、この威張りようである。

 ただ、今の彼女の姿恰好を鑑みるに、決して無傷とは言えない。

 本来であれば左右に備わっているべき縦ロールが右にしかないのだ。恐らくは森林地帯での一件でこんがりやったのだろう。焼け焦げた髪はちりちりになって、左側頭部は無残にも地肌を晒している。ヤンキーのツーブロックみたいだ。

 また、彼女の傍らには例によってキモロン毛が立ち並ぶ。こちらは片腕がない。ジャケットの右袖、収めるべくを失った生地が、ひょろひょろと風に靡いている。回復魔法とか使えないのだろうか。甚だ疑問だ。

 或いは先のダメージの影響が大きく、今も尚、弱っているのかも知れない。

「き、君はいったいっ……」

 そんなこんなで唐突にも姿を現わした縦ロールとキモロン毛。

 これを目の当たりとしては、おもむろに問い掛けるのがアレン。相変わらず膝をガクガクと震わせながらである。肝心の視線はと言えば、ロリ巨乳のツーブロックとキモロン毛の角を行ったり来たり。そりゃ、気にもなるだろう。俺だって気になる。

 ただ、当人はと言えばイケメンの言葉をスルー。

 意気揚々とこちらに向かい捲し立てる。

「良いところで会いましたわぁっ! 以前の屈辱、晴らさせて頂きますわぁ!」

 どうやら交渉は難しそうだ。

 敵軍優勢であるからして、当然といえば当然か。

 髪の比重が左右で異なる為か、若干、首が右に傾いてるけどな。

「逆ギレですか? 人の上に立つものとして、それはどうなのでしょう」

 適当に軽口を叩いて場を繋ぐ。

 縦ロールの意識は自分に向いている。であれば申し訳ないが、アレンはさておいて、こちらを交渉の窓口とさせて貰おう。下手に首を突っ込まれてはややこしくなる。文句は後で聞く。多少の無理は押し通す。それが二人の為でもあるだろう。

 今はヤツの担当する中隊を生き存えさせることに全力を傾ける。

 ここで下手に汚点を残しては、コイツの今後の出世に大きく関わること間違いない。全体としては負けても、担当する隊が無傷であれば、その点を親元が周囲へ訴えることは決して難しく無い筈だ。大きな組織の評価はいつだって身内での相対評価となる。

 将来、アレンが出世した暁には、その下で楽をさせて貰えたら嬉しいな作戦。

 ということにしておくわ。このイケメンめ。

「この期に及んで随分な文句ですわね?」

「先の交戦での結果を踏まえて、それで尚も私に対して勝算が?」

「っ……」

「挑むというのであれば、こちらとしては吝かでありませんが」

 精一杯の虚勢と共にドヤ顔で語ってやる。

 すると少なからず動揺したようで、縦ロールの顔に緊張が走る。しかしながら、背後に控えた金髪ロリ巨乳軍の存在は強大だ。

 すぐに口上は続くところを得て、強がりをツラツラと。

「い、いつまでそうして、大きな口を叩いていられるかしらっ!?」

「千年でも、万年でも、いつまでも叩いておりましょう」

「ぐっ……私の後ろに控えた軍勢が、まさか見えないとでも言うのかしらぁ?」

「どれだけ集まったところで所詮は烏合の衆、取るに足りませんね」

「な、なにをっ! そんなっ……」

 いちいち反応してくれる縦ロール地味に可愛い。

 おかげで少しばかり、緊張感が和らぐのを感じる。それじゃ駄目だとは色黒エルフに指摘されたばかりである。だけれども可愛いものは可愛いのだから仕方が無い。更に本日は片側ツーブロックのお笑い仕様で倍ドンだ。

「お嬢様」

「分かっているわ!」

 縦ロールの傍ら、何やらキモロン毛が告げ口を。

 吠える彼女は何を分かっているというのか。

「おぉぉぉぉおおおおおおっっほおほほほほほおっ!」

 甲高いおほほ攻撃に耳が痛む。

「そうして悠然と構えていられるのも今のうちですわぁ」

 縦ロールが哮る理由は理解できる。ペニー軍は壊滅状態だ。大将目前となる同所まで敵軍を通してしまった時点で、本来であれば勝敗など決したも同然だ。

 しかしながら、それでも相手は最後の一歩に躊躇しているように思える。理由は一重に森林での一件を鑑みた結果だろう。

 だからこそ、こちらに付け入る隙があるとすれば、今まさに。

「ようやっと本丸まで攻め入った自軍の、けれど、無残にも散りゆく姿を目の当たりとしたいのであれば、私としては決して止めません。ただ、そこまでして今にペニー帝国を攻める価値が、そちらにはあるのですか?」

「おほほほほほ、それはそちらの上に確認した方が早いのではなくって?」

「……こちらの上、ですか?」

「我々プッシー共和国を甘く見積もったこと、後悔すると良いですわ」

 また意味深な台詞だ。

 これ以上、考えごとを増やして欲しくない。末端兵には何が何やらさっぱりだ。思えばここ数日、他にも似たような文句をあれこれ耳とした気がする。交渉を行うにも色々と必要な情報が足りていない。

 なので致し方なし、真正面から受け止める羽目となる。

 ここまで状況が進んでしまっては、ファイアボールせざるを得ない。

「であれば、我々も無抵抗にやられる訳にはいきませんね」

 ――――筈だった。

「悪いな、人間」

「……え?」

 すぐ近く、ダークエルフの声が響いた。

 同時に視界が大きく揺れ動いた。

 ズンという野太い音が聞こえた気がした。

「……な、ま……これ」

 目に見える光景が急に回り始める。

 咄嗟に意識を向けた先、手足に反応が無い。

 視界の隅には大きく振り抜かれたダークエルフの大剣がある。

 そして、一帯に飛び散る真っ赤な血潮。

 数瞬ばかりの後、頭部を失った誰かの身体が目に入る。

 よくよく見てみれば、なんてこった、俺の身体だよ。

「奴隷の身分から解放してくれるというのだ。乗らない手はなかった」

「な、なる、ほど……」

 どうやら彼女の手により首を刎ねられたらしい。

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