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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫
30/131

紛争 六


 無事に中央からやって来た近衛騎士様改めガチレズ女騎士を回収した我々は、回復魔法を併用することで、丸一日を歩き通してトリクリスまで戻って来た。ちなみに往路で経由した名も無き村に関しては、復路に立ち寄ることなく過ぎた。

 肉便器を失ったメルセデスちゃんが終始不機嫌だったので急いだのだ。

 隙を見せたら再び捕縛へ向かいかねない状況であった。

 そんなこんなでトリクリスの冒険者ギルドへ依頼達成を報告したのが今まさに。店員の強面マッチョのちょっと待てとの指示に従い、歩みは店内に設けられた四人掛けの席へ。そこでメルセデスちゃんとダークエルフと共にしばし待機である。

 相変わらずキレ気味な後者の傍ら、言葉を交わすのは主に前者である。

「ところで、フィッツクラレンス様はどちらにいらっしゃるのだ?」

「すみません、私もまだこちらに来てからは顔を会わせておりませんので」

「そうなのか」

「城で指揮を執るとの話を聞いたので、城まで行けば会えるとは思いますよ」

「……なるほど」

「なにか用件でも?」

「別にそ、そういう訳ではない。少し気になっただけだっ」

 しかしまあ、随分とストライクゾーンの広いレズッ子だ。今もダークエルフの太股へチラチラと視線を送りながら、同時にエステルちゃんの四肢へ思いを馳せる意識の高さを披露してくれている。

 きっと穴が空いていればなんでも良いのだろう。

 あぁ、完全に野郎の思考だな。

「既に城へは?」

「いいや、寄ってはいない」

「兵の方々と一緒であったと耳にしましたが」

「ギルドに屯していた連中から用立てた。正規兵も二、三名程度ならまだしも、ある程度の数を揃えるとなると面倒な手続きが発生する。私にはそれをしている時間的余裕が皆無であったからな」

「な、なるほど……」

 全て自前で揃えた上に最前線へ直行かよ。

 流石だな。惚れ惚れする行動力だ。

 現代日本に生まれていたら、きっとスタートアップとかしちゃう系だろ。

 とかなんとか、適当にメルセデスちゃんと情報を共有すること数分ばかり。段々と待たされることに苛立ち始めたダークエルフが、いよいよ指先でテーブルをトントンと叩き始めた頃合のことである。例の役人がカウンターの奥から姿を現わした。

 少なからず疲れた表情を浮かべては、こちらに歩み寄ってくる。

 この人もこの人で忙しいのだろう。

「まさか昨日の今日で達成して戻ってくるとはな……」

「ええまぁ、運が良かったのでしょう」

「失礼ですが、そちらの騎士様が?」

「あぁ、私がメルセデスだ」

「これはこれはお忙しいところ、ご足労をありがとうございます」

 俺やダークエルフに対するとは打って変わって、丁寧な物腰となる役人。やはり中央の騎士様というのは、相応に偉い肩書きのようだ。特にこうした地方都市では、その威力を発揮して思える。上京の末に大企業へ就職した奴が、田舎の同窓会でちやほやされるのと同じようなものか。

 これまで魔道貴族やエステルちゃんといった、雲の上の存在ばかりが近くに居たので霞んでいたけれど、メルセデスちゃんも一般人からすれば十分に敬われる立場なのかも知れない。雰囲気的にはキャリア入庁五年目みたいな位置づけだろうか。語る調子も幾分か偉そうだ。

「上に話は通っておりますので、城までご一緒して頂いても構いませんか?」

「あぁ、分かった」

「ありがとうございます。とても助かります」

「次からはもう少し要領良くやるように」

「は、はいっ!」

 しかしまあ、なんだ、過去に土下座シーンばかり眺めてきた都合、偉そうにしているメルセデスちゃんとか凄く新鮮だな。今のやり取りもいつの日か発揮される土下座ジェネレーションへのフラグにしか思えないから不思議である。

「ところで、こちらの冒険者とは随分親しげにしておりましたが……」

「それがどうした?」

「いえ、ちょっとした好奇心なのですが」

「この冒険者とは同好の士だ。以前、共に戦った仲でもある」

「そ、そうだったのですか……」

 ちらりこちらを見つめては語るメルセデスちゃん。

 まさか彼女にヨイショして貰う日が来るとはな。

 感慨深い気分になるよ。

「それで、我々はこれからどうすれば良いのだ?」

「はい。なにはともあれ城まで出向をお願い致します。騎士様におかれましては、些末なものですが歓迎の用意をさせて頂いております。また、今回の働きに関して皆さんに領主様から褒美があるとのことです」

「そうか」

 何に対する褒美なのだろう。

 今回は活躍らしい活躍もなかったように思えるが。

 まあ良い、行けば分かるだろうさ。

「外に馬車を用意しておりますので、どうぞ」

「うむ」

 頷いて腰を上げるガチレズ女騎士。

 彼女に倣い、俺やダークエルフもその後に続いた。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 しばらくお城を探険してから謁見の間に戻ると、どうやらお話し合いは既に終っていたようでした。応接室にテーブルを囲い、お茶を口にするファーレン様、エステル様、ドラゴンさんの姿があります。

 部屋の隅っこにメイドの方が立っているので間違いありません。私が部屋を出る直前にはお三方しかいらっしゃいませんでしたから。人払いを終えたということは、お話も終ったということです。

「お、遅くなってしまい申し訳ませんっ!」

 ご迷惑をお掛けしたかと、大慌てに頭を下げます。

 対してエステル様は穏やかな調子で言いました。

「別に構わないわ。貴方も一杯いかが?」

「いえ、わ、私はどちらかというと煎れる側ですので」

「そう? であれば無理強いはしないけれど、とりあえずお掛けなさい」

「は、はひっ!」

 自らの座る隣を手の平にポンポンと叩かれました。四人掛けの一つ空いていたところ、恐れ多くもエステル様のお隣です。凄く緊張します。着席します。はい。体重を預けた途端、腰全体を包み込むような感触が堪りません。良いソファーですね。

 私が腰掛けると、それまで部屋の隅に立ち微動だにしなかったメイドの方が、いつの間にやらスススと動いて、お茶を煎れて下さいました。同じメイド姿の人に、こうして接待して頂くとフワフワした気分になります。

 咄嗟の断りにも関わらずしれっと煎れて下さるあたりプロですね。カッコイイです。更にこのお茶、あぁ、タナカさんが取り寄せたものと同じお茶ですね。エステル様の趣味でしょうか。相変わらず美味しいです。

「これからのことだけれど、貴方にはファーレン卿と行動を共にして貰うわ」

「……え?」

 エステル様、なにを仰っているのでしょうか。

 一瞬、口に含んだものを吹き出しそうになりました。

「良いわね?」

「いえ、あ、あの、わ、わわ、私如きがファーレン様と共になど恐れ多く……」

「貴様が共にあれば、ヤツもこの者の訴えを無碍にはしまい」

 首都を出発する前にも聞いたような文句です。

 ヤツとはタナカさんで、この者とは、恐らくドラゴンさんでしょう。

 だからといって、これ以上をファーレン様のお隣とか、心が死んでしまいます。もう無理です。できればエステル様のお隣が良いです。というか、お家に返して欲しいです。寮で美味しいご飯を食べたいです。一人で。

「あの、え、エステル様は……」

「私は引き続き、城で人の流れを追ってみるわ」

「あの……」

 私がなにを訴える間もなく、エステル様はドラゴンさんに向き直りました。

 そして、瞬きすら忘れたよう、双眸にジッと相手を見つめて続けます。

「正直、私としては彼を傷つけた存在が自身の領土内を飛び回るなど、不快以外の何モノでもないのだけれど、今の私では殺す事ができないわ。だから、仕方なく貴方が彼を探すことを許可します」

『随分な物言いじゃないか、えぇ? また殺されたいか?』

「貴方が彼にそう求めるよう、私は貴方をいつか圧倒して見せるわ。絶対」

『人間風情が偉そうに語ってくれる。身の程を知るといい』

「ということで、ソフィー、悪いけれど貴方は彼を探してきて頂戴。調べによると、どうやら前線の立て直しに向かったらしいの。場所はハッキリとしているし、草原地帯とのことだから、上空から確認すれば直ぐに見つかると思うわ」

「……は、はぃ」

 ファーレン様と一緒にドラゴンさんの背中で向かうタナカさん捜索旅行。

 涙がちょちょ切れるほど悲しいですね。堪りません。

 そうこうしていると、不意に部屋の戸が叩かれました。

「フィッツクラレンス様、お伝えしたいことがございます」

 野太い男性の声です。

「入っても良いわ」

「はい」

 恭しい一礼と共に入室したのは、つい先刻にも城の中庭で見た男性です。エステル様の指示に従い、冒険者の管理状況を確認しに向かった貴族様です。大きく前に出たお腹と、やたら眦の垂れた細めが非常に気持悪い方です。

 エステル様はよく平然と対応できますよね。尊敬します。

「なにかしら?」

「中央から自主出向した近衛騎士が、一個小隊を率いてサペリの森に展開した中隊規模の敵軍を散らしたとのことです。また、この作戦により前線で孤立していた同近衛騎士に関して、これをギルド派遣の冒険者二名が前線より救助いたしました」

「そう。では双方に然るべき報酬を与えましょう。近衛騎士は上級への昇格、これを救出した冒険者には褒美を取らせなさい。財務的に苦しいようであれば、後者は代わりに位を二つほどあげても良いわ」

「よろしいのですか?」

「何故か中央が兵を出さない以上、冒険者たちには頑張って貰わないとならないじゃない。今は彼らが盛り上がるような話のネタを定期的に上げる必要があるわ」

「し、しかし、近衛の昇格となると……」

「近衛の人事に関しては、後で私からお父様に事情を伝えて対応するから問題ないわ。あそこはフィッツクラレンスの力が及ぶところだから」

「お言葉ですがフィッツクラレンス様、それでは領内の規律がっ……」

「成果を挙げた者には然るべき褒美を与える。当然のことではなくて? それに領主は私よ? 確かに今の私は貴方たちから政務を学んでいる立場であるわね。実務にも触れていないわ。けれど、この領土に対して責任を持つ者は、私をおいて他に誰もいない」

 頑なに語ってみせるエステル様、カッコイイです。

 同性なのに、年下なのに、胸にじわっと来ました。

 もしも男だったら、間違いなく惚れてます。男装が最高に似合ってますよ。

「……わ、わかりました」

「そう? なら下がって良いわよ」

「ですが、すみません、一つよろしいですか?」

「なにかしら? 今、取り込んでいるのだけれど」

「城内の者はフィッツクラレンス様のお顔を楽しみにしておりますが」

「申し訳ないけれど、私は他の何よりも大切な調べ物があるわ」

「分かりました。過ぎたお言葉をすみませんでした」

 恭しく頭を垂れて、垂れ目貴族様は部屋を後とします。

 音もなくドアの閉じた先、駆け足にパタパタと足音が遠退いて行きました。

「とりあえず、そういう訳だから頼んだわよ。ソフィー」

「は、はい……」

 まさかのソフィー呼ばわりです。

 貴族様からソフィーとか、ちょっとドギマギしてしまいます。

 憧れてたんですよ、そういうの。

 寮でやっていた貴族様ごっこ、まさか、伝わってはいませんよね?

「話はまとまったな? であれば、早々にでも出発するとしよう」

 場をまとめるようファーレン様が仰いました。

 皆さん、ソファーから立ち上がって移動です。

 恐らくはドラゴンさんにドラゴンして貰う為でしょう。応接室を後として、歩みは中庭へと向かいます。エステル様に加えて、ファーレン様までもが同行している為でしょう。向かう道では、擦れ違う誰も彼もが酷く緊張した様子に敬礼です。

 ちょっと気分が良いですね。

 私自身はただの平民ですが、なんかこう、へへーってされて気持ち良いです。

 私まで偉くなった気分です。

 ややあって中庭へ到着しました。

 広々とした場所へ移った都合、ファーレン様は訴えます。

「では、ドラゴンよ。その姿を再び本来のものとしてくれ」

『嫌だ』

「……なんだと?」

 大貴族様からのお願いに対して、まさかのお断りドラゴンさん。

 どうしてなのでしょう。

 疑問に思ったところで、続けられたのは彼女の談です。

『この姿の方がヤツにウケが良いのだろう?』

「あ、あぁ、それは間違いない。だがしかし……」

 何を考えたのか、ファーレン様の傍らを離れて、トコトコ、少しばかりを歩んだ彼女は、私たちの正面、芝の上にポテリ倒れるよう、うつ伏せに身体を横としました。事情を理解しない人が目の当たりとしたのなら、或いは石に躓いて転んだように見えたでしょう。

 両腕を両脇に沿ってピンと伸ばし、両足も同様にピンと伸ばして、一本の棒状となり地面に横となっています。ただ、顔だけがこちらを見つめて、相変わらずな自信に充ち満ちた表情でジッと。

「……なんの真似だ?」

『さっさと乗れ。出発するぞ』

 ドヤ顔です。

「…………」

 これにはファーレン様も絶句です。

 乗れと語る彼女は、どこからどう見ても歳幼い童女です。凡そ人が乗っては潰れてしまいそうなほど、か弱い姿をしています。

 中庭には他に警備の方や仕事の最中と思しきメイドの姿がちらほら。そうした只中に行うべくとしては、流石に難易度の高い挑戦だと思います。

 でもドラゴンさんは一向に構った様子もなく催促を。

『どうした? 早くしろ』

「いや、ちょっと待て。どうして元の姿に戻らぬのだ?」

『こちらの姿の方が都合が良いのだろう?』

「それはそうだが……」

『であれば、わざわざ元に戻る必要もない』

「し、しかしだな、流石にその恰好では……」

『早く乗れ。何が変わると言うこともない。このまま行けば良い』

「……………」

 ドラゴンさんには元の姿に戻る意志がまるでありません。

 ここまで頑なであるのは、タナカさんを恐れているからでしょうか。それとも他に理由があるのでしょうか。詳しいところは一介のメイド風情に理解など叶いません。ただ、目の前にある事実として、ファーレン様や私には偉そうです。凄く偉そうです。

『いいからさっさと乗れ』

「だが、し、しかしだな……」

『どうした? 早くしろ。それとも城ごと薙ぎ払われたいのか?』

「……う、うむ」

 ドラゴンさんから、有無を言わせない催促が繰り返されます。

 であれば、流石のファーレン様です。

 多少の躊躇の後、それでも歩みは向かい、倒れるドラゴンさんの背中に腰を落ち着けました。彼女の身体を左右から跨いで、ムギュって感じです。

 少しお腹が潰れました。見ていて痛々しい光景です。

 ファーレン様がドラゴンさんを苛めているみたいです。

「あ、あの、エステルさま……」

「ソフィー、彼のこと、た、頼んだわよ?」

 どこか目が泳いでいるエステル様は完全に他人事の態を決め込んでいます。あのエステル様でさえ、ちょっとどうかと思うほどっぽいです。

 一連の様子を目の当たりとしては、他に警備の兵隊さんやメイドも何事かと歩みを止めて、あれこれ、小声に言葉を交わし合っています。

 恥ずかしいです。これは恥ずかしいですよ。

「きゅ、給仕! 早くしろっ!」

「は、はひっ!」

 同様にやっぱり恥ずかしいらしいファーレン様からの指示に従い、私もまたドラゴンさんの背中に向かいます。流石の魔道貴族様も、うつ伏せとなった女の子の背中へ腰を落ち着けるのは抵抗があるのでしょう。少なからず腰を浮かせているようで、ちょっと足がプルプルしてます。

「し、失礼します……」

 腰を下ろすと、むにゅっと柔らかい感触がお尻に生まれました。

 暖かいです。ドラゴンさん、暖かいです。

『乗ったな? では行くぞ』

 かと思えば、急に浮かび上がり始めたドラゴンさん。

「ひぃいいいっ!?」

 バランスを崩して落ちそうになりました。

 咄嗟、前に座るファーレン様に抱きついてしまいました。

「も、もももももっ、もうしわけぇぉええっ!」

「えぇい、五月蠅い、いちいち耳元で吠えるなっ!」

「はひぃいいいっ! す、すみませんんっ!」

 駄目です、こんなの、死んでしまいます。死んでしまいます。相手は大貴族様です。そのお身体にしがみつくなど大罪です。大変です。極刑です。しかしながら手を離したら落ちてしまいます。ぺちゃんこに潰れて死んでしまいます。もうかなり高いところまで上がってます。上がってしまっておりますとも。

 ドラゴンさんの背に空を飛びながら、私は心を殺しました。

 もうなにも知りません。知りませんよ私は。

 あぁ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。



◇◆◇



 訪れたるはつい数日前にも足を運んだ謁見の間。

 そこで俺はメルセデスちゃんと共にレッドカーペットへ膝を突いていた。向かう先、少しばかり高くなった王座は空席のまま、その傍らには見覚えのあるバーコードデブの姿を確認だ。配置も以前と変わらない。

 エステルちゃん、留守なのだろうか。

「ペニー帝国、近衛騎士団所属、騎士メルセデスよ。この度は中央から単身で出向すること僅か数日、よくぞサペリの森界隈に展開した敵軍を討ち滅ぼした。これを称して貴殿には近衛上級騎士の位を与える」

「ははっ! 有り難き幸せにございますっ!」

「尚、この度は略式であり、首都へ戻り次第、殿下より授与があるだろう」

「お忙しいところ、ご対応のほど感謝の極みにございます」

 どうやら我々の知れぬところで戦果をあげていた模様のガチレズ女騎士。

 敵将自ら出てきたくらいだから、相応に大した成果であったのは間違いあるまい。

 動機はどうあれ、目的もどうあれ、過程もさておいて、スペック的には決して低くない彼女だから、それが下半身に由来する行動力と相まっては、どのような結果を叩き出すか、俺はちゃんと知っているよ。

 っていうか、想定した以上にエリートだったガチレズ女騎士。

 近衛ガールは決して嘘でなかったよう。

 聞いた話ではアレンの所属する王立の騎士団より上等らしい。

 しかも今回のでなんかより一層のこと上に進んだ予感。

 そも近衛の昇進とか、地方貴族の一任で行えるものなのだろうか。人事院的な何かが中央に存在するのではないかと思うのだけれど。今の話からして、もしかしたら遠距離通信を可能とする魔法の類いが存在しているのかも知れないな。

「こちらで足を用意してある。明日には中央へ向けて発つように」

「っ!?」

 メルセデスちゃんの瞳が驚愕に見開かれる。

 あぁ、その眼差しは俺も見覚えがある。

 これは肉便器の捕獲を阻止されたガチレズの瞳だ。

「お、お待ち下さいっ! 私には前線防衛という任務がっ!」

「貴様の任務は首都へ戻り、殿下よりお褒めの言葉を頂戴することだ」

「しかしっ! い、今も尚、界隈ではプッシー共和国の兵による蹂躙が進んでいると窺っております。であれば、私は身分など不要であります。今このとき、この瞬間、敵国の侵攻に苦しむ国の民を守ることこそが騎士として、なによりの務めっ!」

「っ……」

 ガチレズ女騎士の切なる訴え。

 彼女の性癖を知らなければ、或いは聖女をここに見つけたり。

 しかしながら、実体は真逆である。

 ただ、段の上に立った彼は、彼女の訴えを素直に受け取った様子だ。

「う、うむ、貴殿の訴えは尤もだ」

「であれば、再び私の前線派遣をご命じ下さいっ! 如何なる戦場であろうとも、そこに敵兵の姿がある限り、私は最後まで戦い抜いて見せます。山であろうと、森であろうと、草原であろうと、極寒に閉ざされた氷雪の只中であろうと!」

「そなたの訴えるところは私も国を治める側の人間として重々理解できる」

「であれば是非っ! 上級などという位、私には不要でございますっ!」

「しかし、それはできぬ。貴殿に与えられた任務は中央への出頭だ。フィッツクラレンス子爵よりお話を耳としたアンジェリカ姫殿下も、その安否を気遣っておられる。まずはその壮健を自らの仕えるお方へお伝えすることが近衛としての使命である」

「……そんなっ」

 この世の終わりだと言わんばかりの表情を晒すメルセデスちゃん。

 ポタリ垂れた涙が、カーペットに僅かばかり染みを作る。

 マジ泣きだ。

 絶望に打ちひしがれたその姿を目の当たりとしては、謁見の間に詰めかけた他の貴族たちからも感嘆の声が漏れる。年寄りから若いのまで、男も女も関係無く、誰もが眩しいものでも前にしたよう、彼女を見つめている。それは一様に尊敬の眼差し。

 当然だ。

 彼女は本心から嘆いている。

 決して演技などではない。

 心の底から、前線へ向かえないことを嘆いているのだから。

 トリクリスへ戻るまで、散々愚痴を聞かされた俺だから分かる。

「よいな? 近衛上級騎士メルセデスよ」

「……は、はい」

 意気消沈、ガクッと首を落としてうなだれるガチレズ女騎士だった。

 ちょっと悪い事をした気がしないでもない。

 前髪パッツンを回収していれば、彼女もここまで嘆くことはなかったろう。

「では、続いて冒険者よ」

「はい」

「貴様には近衛騎士メルセデスを救出した名誉を称え、准尉の位を与える」

「ははっ! 有り難き幸せにございますっ!」

 また幾らか身分が上がった予感。

 准尉ってなんだよ。

 そんな簡単にぽんぽんと身分を上げちゃって良いのかよ。

 疑問に思わないでも。

 ただ、上げてくれるというのだから、今はとりあえず頷いておこう。詳細は後でメルセデスちゃんに確認すれば良い。

 大きな国だけあって、きっと階級周りも複雑なんだろうな。

「今後ともペニー帝国のために働くと良い」

「ははっ!」

 与えられるがまま、頭を下げておく。

 ともすれば、同所におけるイベントは終了の兆し。

「では、これにて謁見を終えるとする」

 俺に対するあれこれはメルセデスちゃんに対するそれと比較して少ない。流石は封建社会していない。身分の上下が他者に対する評価の多くを占める都合、俺という存在はどこまで行っても平民なのだろう。

 いっそ近衛とやらを目指してみようか。

 そうしたら異性関係も少しは改善されるやも。

「尚、この度の両名に対する決定は、フィッツクラレンス子爵が諸君らの今後の活躍を期待してのことである。ペニー帝国の発展を臨み、益々の活躍を期待するものとする」

「……ありがとう、ございます」

「ははっ」

 ガチレズ女騎士と揃って頭を垂れる俺。

 そんなこんなで今回のご褒美タイムは終えられた。



◇◆◇



 謁見の間を後として控え室でのこと。

「くそっ、なんてことだ……」

 頭を抱えるのがメルセデスちゃん。

 そんな彼女を眺めて、状況を理解しないダークエルフが口を開く。ちなみに彼女が謁見の場に同席しなかったのは、奴隷という身の上を鑑みての判断だろう。これ以上を昇進させては、流石に奴隷として拿捕しておけなくなる的な。

 種族差を思えば、奴隷の身分を脱した時点で戦争参加を拒否。強制したところで逃げ出されるのがオチであるからして、敢えて今の身分に留めて使い潰すのだろうという御上の魂胆が見え見えの控え室待機である。

「どうしたんだ? この女は」

「先の戦闘で意中の女性と今生の別れとなったようで」

「……やはり、そうだったんだな」

 ソファーより立ち上がり、少しばかり距離を取るよう動くダークエルフ。伊達に本人から二の腕オッパイすりすりされていない。多少ばかりのやりとりで、早々にメルセデスちゃんの本性を理解した様子だ。

 よく見てみれば、肩あたりにブツブツと鳥肌の立つ様子が窺える。

「せっかく、ここまで来たのにっ……」

 一方でなんら構った様子を見せないのがメルセデスちゃん。

 心底から悔しそうに歯を食いしばっている。固く握られた手からは、手の平に爪が突き刺さってだろう、皮膚が破けて血液が垂れるほど。

 流石に大袈裟ではなかろうか。

 考えたところで、しかし、もしも自身が同じ状況に置かれたのならと仮定すれば、戦下という奴隷ゲット千載一遇の機会、分からないでもない。

 ということで、ちょいと謝っておこう。

「メルセデスさん……今回は、その、すみませんでした」

「謝罪など必要ないっ」

「ですが……」

「王女殿下のお言葉を無碍にすることはできない。私はカリスへ戻る」

「そ、そうですか」

「だが、私の志は決して潰えない」

「……というと」

「同好の士として、貴様に頼みがあるっ!」

「…………」

 マジか。

 凄く頼まれたくねぇよ。こんな時ばっかり友達みたいな顔するなよ。ゲームソフトとか貸して欲しい時だけ友人面するタイプだろ、メルセデスちゃん。今度から借りパク騎士って呼ぶぞこの野郎。

 っていうか、ふと思った。

 この子、もしかしてお姫様に手を出して、牢屋にぶち込まれたんじゃなかろうな。近衛で王女様に覚えがあるとか、あれでそれな気配がビンビンに感じられる。ゲロ吐くエステルちゃんへのセクハラとか、やけに手慣れていたし。

 いやしかし、まさか、流石のメルセデスちゃんでも王女様はヤバいだろ。

「どうか、どうか、我が悲願を貴様が……この戦場で為してくれっ」

「いえいえ、その悲願は是非ご自身の手で……」

 仮にゲットしたとしても、このレズッ娘にくれてなるものか。

 週五で3Pさせてくれるなら考えないでもないが。

「頼んだ。頼んだぞ? ドラゴンの攻勢すらものともしない貴様であれば、必ずや成し遂げてくれるだろう。私は、信じている。あの夜、共に語らい合ったことを、私は死ぬまで決して忘れない」

「…………」

 ヤバい、今日のメルセデスちゃんマジモードだ。

 目が逝ってるわ。

 小さな女の子に恋する中年オヤジの眼差しだ。

「わ、わかりました」

「ありがとう。感謝する」

 こんなことで感謝されてもぜんぜん嬉しくねぇよ。

 そうこうするうちに役人が戻ってきた。

 幸か不幸か我々の引率を一挙に担ってくれている彼だ。

「メルセデス様、本日は城にお部屋を取らせて頂きました。お手数ですが、ご同行を願えませんでしょうか。明日の出発まで、僅かな間ではございますが、戦いに疲れたお身体を癒やして下さい」

「……分かった」

「こちらです」

 役人に連れられて部屋を後とするメルセデスちゃん。

 その眼差しが、廊下へ抜ける際、チラリ、こちらへと向けられた。

 頼むぞ。

 なんて、訴えられた気がした。

「…………」

「大した騎士もあったものだな。人の世は腐っている」

「え、えぇまぁ。果実は熟した方が美味しいとは良く言った言葉で」

「流石に腹を下すぞ、あれは」

「…………」

 本来であれば自身が担当すべきところを、先んじて最後の最後まで貫いてくれたガチレズ女騎士であった。おかげですっかり毒気を抜かれてしまったよ。

 エステルちゃんや魔道貴族以上に大物の気配を感じる。

 行く末は破滅か大成功か。いずれにせよ二者択一だろ。



◇◆◇



 城での謁見を終えて早々、役人に連れられて向かった先はやっぱりギルド。どんなギルドかと言えば、街の荒くれ共が集まる冒険者の為のギルドである。ここへ連れて来られたということは、恐らく、また直ぐに仕事なのだろう。

 なんて考えていたら、早速と上司役からのお言葉が。

「さて、次の仕事だが……」

 四人掛けの席に腰掛けて俺とダークエルフ。

 傍らに役人な彼は立ち、手元のメモを眺めながら言葉を続ける。

「トリクリスから西に馬車で一日ほど向かったところにチン……」

「あの、すみません、少しよろしいでしょうか?」

「……なんだ?」

「いきなりで恐縮ですが、ここいらで少しお休みを貰えませんか?」

 流石に連日、命がけの前線派遣では辛い。

 一つ交渉を持ち掛けてみる。

 だがしかし、続けられたところは芳しくない。

「私もギルドと国の規約に従い仕事をしているに過ぎないということを前提で聞いて欲しいのだが、国家緊急時における諸君らの身の上はギルドの預かりとなる。そこに休憩を自由に取る自由は存在しない」

「……そうですか」

「そして、次の赴任地であるが……」

 彼を見つめるダークエルフの眼差しは厳しい。もしも首のチョーカーが無ければ、今すぐにでも剣を振りかぶっていることだろう。従業員の不満不平が高まっております。このままではストライキ必至です。少しくらいお休み欲しいです。

 この派遣に次ぐ派遣はいつまで続くのだろうか。

 まさか剣と魔法のファンタジーに日雇い派遣の闇を垣間見るとは思わなかった。

 流石に疲れてきたぜ畜生。

 肩書きとか上がっても、なんの恩恵も感じられない。それよりも今は、ただただ、ソフィアちゃんと一緒に、ソフィアちゃんが用意してくれたご飯を、ソフィアちゃんとの穏やかなトークと共に、頂きたい。

 戦地に荒んだ心がソフィアちゃんを求める。

 エディタ先生のパンチラ付きなら尚良し。

「他にプッシー共和国の強襲を受けている地域がある。貴様らには同所への増員として向かって貰う。ギルドの外に白い幌の馬車が止まっている。これに乗り込んで現地へ向かい、その指揮系統に加わって貰う」

「……分かりました。ただ、一つ良いでしょうか?」

「なんだ?」

「連日に渡りお世話になっている、お役人様の名前を頂戴したいのですが」

「……私の名前だと?」

「はい」

「…………」

 ここはクレームの付け所だろう。だがしかし、直接的というのは良くない。

 ということで、遠回しに不服を訴えておく。ここで名前を聞いておくことにデメリットはない。メルセデスちゃんとの繋がりを示した上でのお名前頂戴は、程良い牽制となるだろう。あまり強く出て相手が逆ギレしても困るしな。

「……ノイマンと言うが、それがなんだ?」

 ここ数日の間柄ながら、今更その容姿を改めて確認する。

 年の頃は二十代後半くらい。こちらより幾らか若くて、ギリギリ青年と称することの可能な年頃の男性である。二メートル近い身の丈に加えて、七三に分けられた黒髪とモスグリーンの瞳が特徴的だ。

 姿恰好はペニー帝国の役人として標準的なものなのだろう。他でも見たような出で立ちだ。下は薄い緑色のズボンに黒皮のブーツ。上は白いシャツに重ねて、ブーツと同じ黒色の燕尾服を羽織っている。

 ヨーロッパ史の教科書で1800年代頃にエンカウントしそうな姿恰好である。

 顔は狙ったように西洋ダンディだ。ちくしょう。

「一時的なものとは言え、事実上、貴方は私の上司にあたる立場の方です。であれば、ノイマンさん、多少なりとも交流を持ちたいと思うのは、部下として当然の思いだと思うのですが、どうでしょうか?」

「こ、交流だと?」

「はい。上司と部下、酒の席を共にして語らい合うは、極めて自然な流れだとは思いませんか? 私と彼女もノイマンさんが与え下さった依頼のおかげで、こうして出世することができました」

「…………」

「であれば、これを記念して一杯やったところで、罰は当たらないと思うのですが」

 オマエは何を言っているのだ、言わんばかりの表情にダークエルフが見つめてくる。

 だがしかし、俺は負けんよ。

 封建極まる縦社会において何より大切なのは、上司との円満な交流である。後継人、とまではいかずとも、僅かばかりの遠慮であったとしても、後ろ盾があるのと無いのとでは雲泥の差である。

「いかがですか?」

「ま、まぁ、貴様の言わんとすることも理解出来るが……」

 勢い付いた物言いが故か、或いはこれまでの戦果が影響してだろうか。少なからずこちらの訴えに飲まれ始めて思える役人さん。であれば、今この瞬間は押して押して押しまくるのが最良の手だろう。

「一晩だけで良いのです。どうか一席、設けさせて貰えませんか? 奢りますから」

「いや、しかしだな……」

「そちらの彼女も一緒させましょう。お酌程度なら応じてくれる筈です」

「お、おいっ! 貴様、なにを勝手にっ!」

 速攻でキレてくれるが、今は無視だ、無視。

 彼女の首輪もソフィアちゃんのそれと同様、特定の合い言葉でキュッと締まるそうだ。その程度はメイドに付けるものと比較して相応に辛いものらしいが、であればこそ、彼女には多少の無理が利く。

 今は目の前の上司攻略を優先しよう。

「もしも役人様が望まれるのであれば、あの近衛騎士も同席させますが」

「っ……」

 メルセデスちゃんを話題に出したところ、効果は抜群。

 途端に勢いを失ったのが役人様である。

「……わ、分かった。貴様らの移動を一日遅らせよう。だから、近衛騎士殿に迷惑を掛けるような真似はするでない。それは行ったところで誰も得のないことだ」

「ありがとうございます」

 非常に話の分かるお方だ。

 無事にベッドで眠る権利をゲットしたぞい。



◇◆◇



 そんなこんなで同日の晩、我々はトリクリスの酒場に杯を交わしていた。

 結果、役人さんのテンションがこちらの想定した以上にマッハである。

「だから、お、おれは、おれは本当なら、娘といっしょに首都で暮らしていたはずなのに、上の連中が、うぅぅぅ……ちょっと出世が早かっただけで、いちいち目の敵にしやがって、くそっ、くそっ、くそぉぉぉおおおっ」

「なるほど、それはまたなんとも……」

 泣き上戸だよこの青年。

 しかも絡み酒。

 もう少し上手に飲んでくれよ。

「あ、ダークエルフさん、そこのソースとって下さい」

「あぁ……」

 なのでこちらは勝手にモリモリと食べるよ。

 ここ最近、非常食ばかりで味気ない食事が続いていた。これを補うよう、俺とダークエルフとは店のメニューを片っ端から注文してゆく。幸いにして懐は温かい。場末の酒場程度であればモノの数には入らない。

「聞いてくれよぉ、やっと、やっと家も買ったのに、それなのに、こんな地方に飛ばされて、うぅっ……出世だって、もうここまでだぁ。おれ、おれ、もう、このまま地方でおわっちまうんだよぉ! くそぉ! 同期の連中さえいなければぁっ!」

「あーはいはい、それはまた大変でしたね」

 なんでも宮仕えとしてエリートコースを歩んでいたらしいノイマン氏。

 順風満帆な出世街道は同期の嫉妬を買い、今に至るらしい。

 この時期にトリクリスへ飛ばされたのなら、恐らく軌道修正は不可能だろう。肉体的な危機は訪れずとも、戦場に散っていった人員整理対象の騎士連中と同様、置いて死ぬまで使い潰される運命に違いあるまい。

「そうなんだよっ! むすめもまだ小さいのに、せっかく出来た子供なのに……。もしもおれの留守中にアイツが他の男に靡いたら、な、な、靡いたらっ……そんなぁっ! たのむ、たのむぅっ! 行かないでくれっ! ニーナっ!」

「きっと大丈夫ですよ。ノイマンさんは男前じゃないですか」

「そ、そう思うかっ!? 本当にそう思ってくれるかっ!?」

「そりゃもう、最高にイケてる上司さまですから」

「そうかっ……お、おれは、イケてるかっ!」

 どうして明日にも前線投入の運命に抱かれた童貞野郎が、嫁、子供、家と三拍子揃った幸せ者を慰めねばならぬのか。顔か? やっぱり顔なのか? まったくこの世は理不尽に出来ているな。

 思わずアレンのイケメンフェイスを思い出しちゃったわ。

「おい、そこの皿を取れ」

「あ、はい、どうぞ」

 ダークエルフからの注文に応えて、テーブルの隅に乗っていた皿を渡す。鶏の唐揚げっぽい見た目の、鶏の唐揚げっぽい味の料理だ。なかなか美味しくて、残すところ一つ、これを彼女に攫われた形である。

「すみません、店員さん。このエルフさんが食べてるのもう一皿っ!」

「あいよっ!」

「待て、二皿だっ!」

 おいおい、良く食うじゃんよ色黒さん。

「あいよっ!」

 テーブルに突っ伏し喚き散らす役人様。

 その傍らに俺とダークエルフは黙々と料理を食べ続けた。

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