挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫

本文

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

28/132

紛争 四



 トリクリスの冒険者ギルドでゴンザレスと別れて以後、ダークエルフと共に再び馬車へと乗せられた。丸一日を車上に過ごして向かった先は、何処とも知れない山間の村だ。世帯数数十の本当にこじんまりとした、間違っても町とは呼べない村。

 そこで唯一の宿屋に収まり、我々はブリーフィングタイムの最中だ。

 ちなみに窓の外、覗く風景は日も落ちて既に夜中の態である。

「であるからして、諸君らに与えられた任務は、中央からいらっしゃった近衛騎士様の救出となる。誉れ高くも職務を全うすべく、開戦ののろしと共に前線へ向かわれた騎士様を、なんとしてでもお助けするのだ」

 同席はダークエルフの他、例の引率を務める役人を含めた三名である。

 仕事の内容は今に語られた通り、勇敢で猪突猛進な騎士様の救出だ。なんでも敵兵から強襲を受けて戦場に孤立したらしく、自らの率いる部隊と連絡が取れなくなってしまったのだそうだ。

 同部隊には幾名か生き逃れた隊員がおり、これがトリクリスまで伝え帰った地点こそ、我々が向かう先である。今に居する村より徒歩で半日程度らしい。そう考えると、この村も結構、危ない場所だろう。

 ちなみに近隣が山岳部の森林地帯であることも手伝い、与えられた場所の指定は酷くアバウトなものだ。役人曰わく、村の北方向。以降は現場の状況如何によりアドリブで頑張ってくれとのこと。

 なんともまあ適当な指示だろう。

 これでは渦中の騎士様もどのような身の上にあるのか知れたものでない。

 或いは俺とダークエルフを向かわせるのも、救出の策は練った云々、後々の面倒に備えて名目を立てる為だけの派遣である可能性がひしひしと。そう考えると、まるで人材管理の在庫処分市みたいな前線である。

 本当に大丈夫かよペニー帝国。

 もしかしたら、現在やり取りする役人にしても、他から見たら似たような立ち位置にあるのかも知れない。なんて考えると、少しばかり親近感が湧くと共に、優しい気持ちとなれるから人とは不思議なもんだ。

「分かりました。そのように致します」

「うむ、ではここより先は諸君らの足により向かうと良い。私は他に火急の用件が数多押しているのでな。急ぎでトリクリスの街まで戻る必要がある。悪いがここまでの付き合いとさせてもらおう」

「……分かりました」

 ただまぁ、いずれにせよ相変わらずなお役所仕事だ。

 そりゃ怖いものは怖いのだろう。俺だって戦場は怖い。回復魔法を持っていても怖いのだから、持ってないヤツはもっと怖いだろう。

 しかし、もう少しケアして欲しいとか思っちゃうわ。

 言うが早いか、役人は宿屋の部屋から出て行った。

 パタン、ドアの閉じられるに応じて、足音が廊下に遠ざかってゆく。首都カリスや地方都市トリクリスに眺めた建物とは異なり、ここの宿屋は完全木造だ。音や振動の良く響く造りを受けて、都合、階段を下り建物の外へ出て行くまで気配を追えるほど。

 やがて、遠く馬もどきの鳴く音が響いたかと思えば、馬車の発つ気配が窓越しに伝わる。既に日も暮れて久しいというに、どうやら今からトリクリスへ向かうようだ。それだけこの村が危険な圏域にあるのか、もしくは本当に忙しいのか。

 まあまあ、全ては考えても仕方の無いこと。

 意味のない憶測を巡らせて、無駄にストレスを溜めるのは止めよう。

 むしろ、考えるべくは自らの置かれた状況だ。

「……なんだ。何か文句でもあるのか?」

 チラリ、ダークエルフに視線を飛ばしたところ、先手を打たれた。

 ベッドの上、シーツに腰掛けた彼女から、挑むような眼差しを向けられる。

「い、いえ、別にそのようなことは……」

「言いたいことがあるのであれば、ハッキリと言え」

「いいえ、特にそういったことはありません」

「だったらいちいちこっちを見るな。気色悪い」

「すみません……」

 見るなと言われてもみてしまうのが童貞野郎の基本性質だ。本日はまさかのダークエルフさんと二人一部屋、朝までベットが隣同士だねコース。心臓が痛いほどにバクバクと脈打ってる。胸のドキドキが止まらないの。

 今晩はこの部屋へ泊まるようにとの、役人の指示が全ての原因である。

「あの、もし良ければ、なにか飲み物でも探してきますが……」

「不要だ」

「……そうですか」

 おかげで間が持たない。

 いや、そう感じているのは、きっとこちらだけ。あちらは俺の存在などアウトレンジに構えて思える。ベッドの縁に腰掛けたまま、ジッと窓の外を眺めている。なんて絵になる光景だ。大仰に組まれた太股のムチムチしたところが堪らない。ペロペロしたい。

 季節によっては二つと言わず、三つ四つと浮かぶらしい月もどき。その輝きに照らされてキラキラと輝く長い銀髪の麗しさ。凜々しい顔つきや、色黒な肌と相まり、神々しさすら感じさせる。あぁ、やっぱりペロペロしたい。

 今の彼女は出会った時と同様、手首から足首までを覆うアンダーウェアを着用の上、胸や股間、腕周りといった要所を固める金属製の軽鎧を装備している。ベッド脇には本当にアンタ振れるのかよと疑問に思うほどの大剣がドシリ。

 まさかその恰好のまま寝る訳じゃないよな。

 ちなみに二つあるベッドのうち窓際がダークエルフ、横並びに廊下側が俺という配置だ。これまで部屋の中央に立った役人と話していた為、互いにフットボードの側へと身体を向けている。都合、その姿を拝むには首を傾げて横からとなる。

 良いアングルだ。

 ムチムチの太股はこの角度が最高に映える。

 筋肉の程良い盛り上がりが月明かりに影を落とす様相はマッスル属性の醍醐味。

「もしよければ、お湯とか湧かしますが……」

「不要だ」

「……そうですか」

 っていうか、どうしよう。めっちゃ緊張してきた。

 二人部屋、夜、異性と一緒。生まれて初めて。奴隷。ダークエルフ。ムチムチ。重要なキーワードが頭の中を凄い勢いでグルグルしている。恐らくチョイスが大切だ。どのキーワードを選択するかでルートが分岐する。

 あぁ、そうだよ。

 思えば生まれて初めてだよ。

 異性と二人で同じ部屋にお泊まりするの。

 ヤベぇよ。お泊まりヤベぇよ。

 キーワード二つ揃っただけで人生初めてのイベントを確認だ。

「…………」

 しかしながら、果たして彼女に膜は付いているのか。

 やはり初めては、夜景が綺麗なお部屋のベッドで処女と。

 相思相愛。

 それだけは譲れないぜバーニングナイト。

 であれば、どうだろう? エルフは長生きだと聞く。エディタ先生もああ見えてそれなりのものだ。となると目の前のムチムチボインなダークエルフはどれほどのものか。とてもじゃないが、そこにオアシスを見つけることは叶わないように思える。

 更に彼女の場合は奴隷ときたもんだ。乃至は強姦の末に出産経験の一つや二つはありそうだ。であれば、望むべくは当人でなく、その先に存在する。望まれず愛されず生まれ落ちた幸薄いハーフエルフちゃんを中出しセンドバックして頂くのが正しいプラン。

「…………」

 冷静な思考と判断が、心を落ち着かせてくれる。

 明日も早いし今日のところは大人しく寝るのが良い気がしてきた。

 最前線は地獄だぜ。

「あの、それじゃあ自分はそろそろ寝ようと思いますの……」

 今一度、ダークエルフを振り返る。

 口上はおやすみなさいの挨拶。

 するとどうしたことか。

「ぶ……」

「……人の裸を見て吹き出すとは、失礼な男だな」

 昔々あるところにオッパイがございました。

 二つございました。

 二つで一つにございます。

「す、すみませんっ……」

 どうやら就寝に差し当り、同室のダークエルフが、お着替えに及んだよう。

 咄嗟に顔を逸らしてしまったのは童貞が所以の反応。

 ちくしょう、こうなったら経験の無さは知識でカバーだ。

「あまりにも素敵な身体をお持ちでしたので」

「……ふざけたことを抜かすと、股ぐらの玉を引っこ抜くぞ?」

「ふざけてなどいませんよ。しかしながら、魅力的な女性を魅力的だと褒めることが罪であるのなら、私は今まさに大罪を犯しているのかも知れません。申し訳ありませんが、罪人は先に眠らせて頂きますね」

 知識、まったく関係無いな。

 適当を語ってベッドに横となる。

 掛け布団を被って身体を横たえるよ。

 あー、気持ちいい。

 久しぶりのベッド。

 明日は膜持ち美少女と出会えることを祈って今日を終わりにしよう。

 潔し股ぐらにおやすみなさい。

 ただ、そんな童貞野郎にダークエルフは言葉を続ける。

「おい、人間」

「……なんでしょうか」

 仕方なく、身を横たえたまま顔だけを彼女へ向けて応じる。

「…………」

「…………」

 視線と視線がかち合って、これが見つめ合うという状況か。

 なんだよこのやろう。

 布団に首から下を包まれた状態で異性に見つめられると三割増しで恥ずかしいぞ。

「あの、なんでしょうか?」

「……それだけか?」

「はい?」

「それだけなのか、と尋ねたんだ」

「それだけかと尋ねられましても、こちらとしてはそれだけ、としか……」

 何が言いたいんだ、この色黒エルフは。

 訳が分からん。

「……そうか」

「そうです」

「であれば……別に、構わない」

「そうですか。では、繰り返しになりますが、おやすみなさい」

「……あぁ」

 多少ばかりのやり取りの末、今日という日を終るべく瞼を閉じた。



◇◆◇



 翌日、我々はまだ見ぬ騎士様の捜索に向けて出発と相成った。

 相成ったのだが。

「おい、もう少し早く歩けないのか?」

「す、すみません。どうにも運動不足でして……」

 慣れない山歩きに早々、お荷物となったのが今の自身の立ち位置。近隣一帯は山々に囲まれた密林であって、多少を歩むに際しても、覆い多い茂る木々が行く手を阻んでくれる。ただ、それ自体は問題ない。

 ハイオークを筆頭として、過去に打倒した数々のモンスターより頂戴した経験値が、レベルという名の益となり耐久力増強に努めてくれている。今ならチョモランマだって一晩で登頂できてしまいそう。

 しかしながら、問題は他にある。

 運動不足なんて言い訳さ。

 木々が茂るということは、そこに住まう生き物が存在するということだ。

「うぉっ、ま、また出たっ!」

 昆虫が苦手なんだよ。

 特に熱帯雨林属性持ってるタイプのやつとか。

 カラフルで足とか沢山付いてたらマジでヤバいって。

 咄嗟に後ろ飛び余裕。

 その場で更に新たな虫とエンカウントして今度は横にぴょん。

「……生娘か、オマエは」

「す、すみません……」

 童貞なんであながち間違いじゃないけどぅぉおおおおおおおおおお。

「で、ひっ……」

 でたっ! なんかゴキっぽいの出たっ! 飛び掛かってきた。

 全身が硬直する。

 これは大変だ。

 デカいぞ。

 十センチくらいある。

 咄嗟、ファイアーボールを打ち出すべく腕を前に。

「なにを慌てているんだ。羽虫の一匹を相手に」

 溜息交じり、こちらを振り返ったダークエルフが大剣を一閃する。

 応じて飛来する甲虫の一匹が真っ二つに叩き切られた。

 どうやら助けてくれたらしい。

「あ、ありがとう、ござます……」

「虫の類いが苦手か?」

「えぇ、まぁ……お恥ずかしい限りですが……」

 伊達に都内で社畜していなかった。アスファルトに舗装されていない道なんて、年に数度を踏むのが精々だ。子供の頃は蜘蛛やミミズを平気で掴んでいたのだけれど、連中と袂を分かって早二十数年。再び分かり合うことは不可能だ。

 先の戦場は良かった。草原だったから。

 どうしても虫だけは駄目なんだよ。自室にゴキが出現したら、打倒するまでは眠れないタイプの現代人って結構多いだろ。その類いだよ。こればかりはどれだけレベルが上がったところで如何ともし難い。

 そして今に歩むは森林の只中だ。

 ギーチョギーチョ、ゲココココ、妙な音とか聞こえてくる界隈だ。

 手の平サイズを超える多足生物がうようよしている。腰の辺りに違和感があるな、なんて思ってふと視線を下げたら、ヤシガニみたいな生き物が張り付いていたりするから、もう勘弁して欲しいだろ。

 リアルファンタジーとかお呼びじゃない。

 外骨格が心に響く。コイツらは異物だと精神を掻き乱す。相容れない。魂が。

「男とは思えんな……」

「も、申し訳ない限りです」

 むしろ女の癖に昆虫を相手取りキャーの一言も上げないダークエルフはどうなのか。いきなり飛び掛かってきた甲虫とか、最高に怖いだろ。この嫌悪感はレベル最大な回復魔法であっても防ぐことはできない。毒の有無とか、そういうのじゃない。

 この世界にも外骨格が存在した事実に落胆だ。

 絶滅すれば良いのに。

 内骨格こそ優れた生き物の証だろ。

 カニは別だけどな。連中は美味しいから許容する。

「ですが、し、仕事は仕事ですので……」

「その態でか?」

「え、えぇ、まぁ……お恥ずかしい限りですが」

 ダークエルフのムチムチボンバーへ視線を向ける余裕もねぇよ。

 ああもう。

「使えるんだか使えないんだか、判断のつかない男だな」

「申し訳ありません。努力しますので勘弁を願えたらと」

 本当にこのあたりに騎士様とやらはいらっしゃるのか。

 もしも居なかったら泣くぞ。本当に。

 寮に帰ってソフィアちゃんが用意してくれた暖かいスープを啜りたい。

「ふん、まあいい」

 こちらへ視線を向けていたのも束の間、再び前に向き直り、道なき道を前へ前へ、ズンドコ進んでゆくダークエルフ。その背中を必死の形相に追い掛ける。

 虫とのバトルはそれから半刻ばかり続いた。

 ややあって、先行する彼女の歩みが止まった。

 どうやら何か見つけた様子だ。

「あの、なにか……」

「静かにしろ」

「……はい」

 大人しくダークエルフの振る舞いに習う。木の幹に姿を隠すよう共に並び立ち、その陰から森のある一点を臨む。

 すると、向かう先でガサゴソと葉の擦れる音が響いた。

 かと思えば、同時に飛び出してきた何者か。

「ちぃっ! ゴブリンかっ」

 彼女の語った通り、多い茂る草木の向こう側から、勢い良くゴブリンが飛び出してきた。どうやら相手は先んじてこちらの存在に気づいていたよう。手には剣を握っており、これを勢い良く振り下ろす。

 対して、迎え撃つのはムチムチボンバーだ。木の幹から身を踊り出すと同時、彼女もまた剣を構える。縦に迫った相手の切っ先を、横にした獲物で受ける形だ。

 両者が接するに応じて、キィンと甲高い音が辺りに響いた。

「ぐっ……ゴブリンにしては一撃が重いっ」

 先の戦場では敵兵を千切っては投げ、千切っては投げ、活躍していたダークエルフだ。そんな彼女が重いというのだから、相応に勢いの乗った攻撃だったのだろう。

 世間一般、ゴブリンが人間に対してどの程度の位置づけであるかは、過去に冒険者ギルドから、その討伐をランクFの仕事として委託された点から理解できる。

 だとすれば、目の前のゴブリンはちょっとした変わり種というやつだろう。

 なんて少しばかり考えたところで、ふと思い至るところが一つ。

「……あ、もしかして」

「オマエ……ミオボエ、アルゾ……」

 コイツ、あの時の薬草ゴブリンじゃないか? 他にゴブリンを見たことがないので、個体差から見分けることは不可能だ。しかしながら、持っている剣には見覚えがある。

 っていうか、向こうもこっちに気づいたっぽい。

 やっぱりじゃん。

 よく目を凝らしてみれば、ヤツの後ろの草むらの中に、もう一匹、ちょっと小ぶりなゴブリンが、木の幹の後ろに隠れているのを発見。恐らくは妹さんだろう。

 どうやら彼女もまた無事であったよう。

 怪我をしている様子も見られないし、良かった良かった。

「ちょ、ちょっと待って下さい。止まってっ! エルフさん止まって下さいっ!」

「あぁ!? 何故だっ!」

 いざ攻めに転じるべく一歩を踏み出したダークエルフ。

 その肩を後ろから両手に掴んで、大慌てに止めた。

「そのゴブリン、私の知り合いです。切っちゃ駄目ですよっ!」

「……なんだと?」

 ただでさえ釣り上がった眦を殊更につり上げて怒り顔のムチムチボンバー。

「ここは私に任せて下さい」

「人間とゴブリンが知り合いだなどと、聞いたことがないわっ」

「じゃあ今この瞬間、私が貴方に初めてをプレゼントしますから」

「っ……き、気色の悪いことを言うなっ!」

 このダークエルフには意外とセクハラ攻撃が効くっぽい。

 どうやら一撃で戦意を削ぐことに成功したらしい。無事に剣を下ろして貰えた。或いは相手がゴブリンという、本人からすれば格下だろう存在であったことも、これに一役買ったのかも知れない。

 彼女が剣を引いたことで、ゴブリンもまた獲物を下げる。

 それでもムチムチボンバーは警戒の色を維持している。一方でゴブリンはこちらの存在に気づいた為か、幾分か身体の強ばりを解いて思えた。ダークエルフから俺に向き直り、続くところを口とする。

「ニンゲン、マタアッタ……」

「ええ、また会いました。別れてから一ヶ月と経っていないと思うけど、随分と久しぶりのような気がします。こんなところでどうしたの?」

「オマエノ、イウトオリ、イモウトトニゲテキタ」

「あぁ、なるほど」

 どうやら以前の助言に従い、首都近郊から逃れてきたよう。

「というと、今はこのあたりに?」

「ソウダ」

「……な、なるほど」

 となると、自分はまた彼ら兄妹に酷なことを伝えなければならない。

 この辺りは既にペニー帝国とプッシー共和国が凌ぎを削り合う前線地帯である。いついかなる場所で両国の軍勢が争いを始めるか分かったものでない。ゴブリンが日々を穏やかに暮らすことは難しいだろう。

「となると、実はこの辺りも危険なんだ」

「……ソウナノカ?」

「今、人間の国が戦争をしてて、この辺りがちょうど戦場になってる」

「ソウ……ダッタノカ……」

「やって来て間もない君らにこういうことを言うのは忍びないけれど、可能であれば他へ移った方が良いと思う。少なくともこの近くには既に人の兵が入り込んでいるらしい」

「……オマエノ、イウコトナラ、シンジル」

「ありがとう。そう言って貰えると嬉しいわ」

「イモウトト、イッショニニゲル」

「ああ、それが良いね。兄妹の仲が良いのは素敵なことだ」

「……ニンゲンモ、ソウナノカ?」

「少なくとも自分はそう思うね」

「ソウカ……ナカガ、ヨイノハ、ヨイコトカ……」

「うん、良いことだ」

 或いはゴブリン社会では違ったりするのだろうか。

 分からない。

 ただまあ、このゴブリンに関して言えば、妹想いの良い兄って感じだ。

 俺も妹欲しい。

 いつか若返った暁には、可愛い娘のいる家の養子にして貰うんだ。

「……ワカッタ、コノモリカラ、ニゲル」

「いつもいつも人間の都合ばっかりですまないね」

「キニスルナ……」

 マジか。

 ゴブリンに気にするなとか言われちゃった。

 コイツ良いヤツだな。

 ああ、そうだ、薬草のお礼をしないと。

「デハ、イク……」

「あ、ちょっと待ったっ」

 今まさに踵を返した彼を呼び止める。

 振り返る薬草ゴブリン。

「……ナンダ?」

「これを持っていくと良いよ」

 財布から金貨を一枚取り出し、放り投げる。

 彼はこれを器用に、剣を持つのとは別の手でキャッチした。

「ナンダコレハ」

「人間にとって価値のあるものだ。もしも君が行く先で、コイツは信用できると思う人間に出会ったのなら、それを渡すと良い。きっと助けになってくれるだろうさ」

「ニンゲンニ、ワタスノカ?」

「お、おいっ! 貴様っ、それはペニー金貨ではっ!?」

 なにやらダークエルフが吠え始めたが気にしない。

「そう、人間に渡すんだ。ただ、本当の本当に信用できる相手だけだよ。そうでない場合、逆に面倒を背負い込む羽目になるかも知れない。この点には注意して欲しい」

「……ワカッタ」

 粛々と頷いて見せるゴブリン。

 硬貨が珍しいのか、しばらくをしげしげと眺めてみせる。

 ただ、ふと何かに気づいた様子で、彼は言葉を続けた。

「オレ、オマエニ、ワタセルモノガナイ」

「いや、それはこの前の薬草のお礼だから、気にしなくていいよ」

「……イイノカ? ナニモナインダゾ」

「こっちは他に幾らか余ってるんだ。素直に貰ってくれ」

「…………」

「妹さんが待ってるんだろ? 早く安心させてあげた方がいいじゃん」

「……ワカッタ。カンシャスル。ニンゲン」

「どうしたしまして」

 小さくお辞儀をするゴブリン。

 顔はキモいけど、なんかちょっと可愛い。

 これがキモカワというやつか。

「それじゃあ、元気で暮らしてください」

「……バイバイ」

 小さく手を振るゴブリン。

 そのまま今し方に飛び出してきた草むらの先へと戻っていった。

 これを無言に見送ることしばらく。妹さん共々、彼の姿はすぐに木々の合間に消え失せる。遠退いてゆく。足音や樹木の葉が擦れ合う気配もまた、数分と経たず早々に感じられなくなった。

 後に残されたのは自分とダークエルフの二名。

「……貴様、正気か?」

「貴方も大概、遠慮の無いエルフですね」

「それはそうだろう。ゴブリンに金貨をくれてやるヤツがどこにいる」

「ここにおりますが」

「……ふんっ、キチガイめっ」

「あのゴブリンには命を救われた恩がありますので」

「なんだそれは」

「詳しいところは又の機会にということで」

「別に聞きたいとは思わんっ! それよりも先を急ぐぞっ」

「了解です」

 彼が去って行ったのとは別の方角へ向かい歩き出すダークエルフ。

「…………」

 ゴブリンとのトークのおかげだろう。度重なる戦場経験や、森の昆虫連中とのバトルにより荒みに荒んだ心が、少しばかり癒えたのを感じる。

 幾分か気分を良くして、俺は彼女の背中を追い掛けた。



◇◆◇



 コブリンと別れてから更に半刻ばかり、延々と森の中を歩んだ。頭上、木々の葉の合間に眺める日も、高いところへ昇ろうとしている。そろそろ休憩とか挟んでも良いんじゃなかろうか。そんな頃合の出来事だった。

 先を行くダークエルフが、再び歩みを止めた。

「止まれっ」

「……どうしましたか?」

「分からん。だが、なにか居る」

 足を止めて耳を澄ます。

 すると、どうしたことか、聞こえてくる音があった。

 ダークエルフ共々、気配の感じられる側に目を凝らしてみる。すると、覆い茂る葉っぱの合間から、僅かに緑とは異なる色が窺えた。木の葉の繁りを越えて届く日の光を反射して、時折、キラキラと輝く様が確認できる。

「や、やめっ……そんなっ、わ、私は……」

「ふふふ、どうした? ここか? ここが良いのか?」

「くぅっ…や、やめてっ、そんな、あぁんっ……」

「まさか敵国の兵に掛ける情けなど、あると思ったか?」

「あひぃっ……」

 全容はしれない。なんか植物の向こう側でモソモソ動いているな、くらいしか。しかしながら、届けられる艶のある声は間違いない。金属鎧のガチャガチャと擦れる音も聞こえてくる。そして現場は戦時下にある森の中。

 ファックの予感。

「……こ、これは」

「甲冑の刻印は帝国のものだ。乗り込むぞ」

「え? あ、ちょっ……」

 ダークエルフの判断力ヤバい。

 っていうか、よくまあ甲冑の刻印なんて確認できたな。見えねぇよ。

 身を潜めたのも束の間、彼女は剣を握り直すと共に足を走らせた。身を飛ばす勢いで樹木の影から躍り出る。同時に対象との間に茂っていた植物を一薙ぎに散らす。むわっと青臭い香りが立ち上ると共に、潜んでいた虫たちが一斉にこんにちは。

 何匹か飛んで来た。うち一匹、ムカデっぽいのが頬に張り付いた。

「ぎゃぁああああああっ」

 堪らず声を上げたのは俺。

 それでも必死に後ろへ付いて背を追う健気を褒めろこの糞エルフ。

 焼かれた鉄板の上を素足に踊るよう、十数メートルばかりを一息に駆け抜ける。すると、少しばかり開けた場所に出た。樹木の払われた十畳ばかりのスペースだ。切り口の真新しい切り株を鑑みるに、人の手により作為的に作られた空間なのだろう。

 そして、問題の音源は期待に違わず、同所に見つけられた。

「……ぁ」

 ただ、こいつは想定外だ。

「なっ、き、貴様はっ……」

 ペニー帝国のロゴ入り甲冑を装備した騎士が、敵国兵と思しきローブ姿の少女を今まさに陵辱の真っ最中。哮りに哮る前者は既に下半身の甲冑をパージ。その只中へ少女の顔面を押しつけるべく右手でグイグイと。

 襲われている側は、胴体を植物の蔓でグルグル巻きにされて自由を封じられた上、刃物で衣服を裂かれている。恐らくは存分に身体測定された後だろう。心なしかハァハァと息が荒い。

 見た目はかなり可愛い。十代中頃だろうか。金髪のオカッパヘアーが印象的。身体は控えめだえれど、顔立ちの良さを鑑みればスレンダー系美少女として一級品である。よくまあ戦地に見つけてきたものだ。男なら誰しも一度はレイプしたくなること必至。

 問題は攻めの騎士が見知った相手であったという事実。

「メルセデスさん、な、なにをやっているんですか……」

「いや、こ、これはっ、これはだなっ……」

 途端、大仰にも焦り始めるガチレズ女騎士。

 装備しているのはペニー帝国の銘が入った甲冑で間違いない。

 傍らでは大剣を構えた姿勢のまま、静止するダークエルフの姿。

 流石の色黒も乗り込んだ現場が美少女百合劇場であるとは思わなかったよう。

「……人間、貴様の知り合いか?」

「え、えぇ、まぁ……」

 まさか救出対象の近衛騎士様って、メルセデスちゃんじゃないよな?

 そう言えば肩書きこそ聞いていたけれど、名前を確認していなかった。

 しかし、そんなまさか。

 でも、これを否定するだけの材料は、一つとして見つけられない。

 最近姿を見ないと思ったら、こんなところに居たとは。

「これはあれだっ! と、捉えた敵の尋問を行っていたのだっ! 尋問をっ!」

「……なるほど」

「ほらっ! 早く吐けっ! 本隊の所在を吐くのだっ!」

「あひぃっ!」

 説得力なんてゼロだ。

 スパーンと景気良く彼女が尻を叩けば、応じて少女の口からは甘い声。

 飛び散る汗。森林ラブジュース。

 最高にイカしてる。

 俺は気づいたよ、メルセデスちゃん。

 酒の席に一晩を語らい合った仲だからこそ、君が何を求めて同所を訪れたのか、容易に理解してしまったわ。とは言え、まさか自身が求めるところを、先んじて君に実現されているとは思わなかったがな。

 流石だ。

 あっぱれだ。

 なんという行動力。

 俺も見習うべくだろう。

 君にこそ戦地陵辱最強伝説の称号を贈ろう。

「お楽しみのところ申し訳ありませんが、一つ良いですか?」

「な、なんだ?」

「メルセデスさんって、近衛ですか?」

「……だったらどうした?」

「近衛騎士メルセデスさん。上からの命令で貴方をお迎えに上がりました」

「っ……」

 なんて悔しそうな顔をする娘だろう。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ