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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫
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紛争 三


 前線基地から延々と歩くこと二日、無事トリクリスに戻って来た。

 そして、翌日である。帰還兵は城へ向かうこととなった。

 どこの城かと言えば、トリクリスの街の中央に所在する領主の城だ。

 帰還後、一晩をギルド斡旋の宿に過ごして翌日、日の出と共に案内役だという国の役人に叩き起こされた。かと思えば、あれよあれよと馬車に詰込まれて、強制連行された次第である。相乗りはゴンザレスと切れ気味ダークエルフの二名だ。

 同乗する役人曰わく、今回の戦果に対して褒美が出るのだとか。

 すわ昨日の今日で再び前線入りかと危惧していた身の上としては、これを聞いてホッと一息だろう。他に乗り合わせた面々も、それは同様のようで、自然と口元のほころぶ姿が窺えた。

 要はあれだ、ほら、生徒一同を代表して卒業証書を受け取る感じの流れだ。

 しばらくを馬車にガタゴト揺られれば、半刻と掛からずに城へと到着する。

 当然、事前に話は通っていた様子で、案内の役人に促されるまま、我々は城内を右へ左へ東へ西へと歩んでは進む。やがて、辿り付いた先は大きな両開きの扉である。

 恐らくはこの先に代表者が待ち構えているのだろう。

「…………」

 やばい、そう言えば領主って、エステルちゃんだ。

 色々とショッキングな出来事が多すぎて、完全に失念していた。まさか現地入りしていないということもあるまい。ふっと湧いて出た不安から緊張に身体を強ばらせる。

 こちらの変化を傍らに感じ取ったのか、隣立つゴンザレスが尋ねて来た。

「どうした?」

「い、いえ、その……」

「そこまで緊張しなくても大丈夫だ」

「それが、あの、なんというか……」

 この状況で顔を合わせるのは如何なものか。

 先の展開がなんとなく見える。

 ただ、状況はこちらの心持ちなど知らず進む。早々に扉が開かれて、向かう先、謁見の間と思しき幅広な空間が顕わとなった。首都カリスに眺めたそれと比較しては当然のこと狭い。とは言え、上階ぶち抜きで作られた同所は天井が高く、広さもかなりある。

 出入り口から赤い絨毯が伸びた先、最奥には多少ばかりの段差が設けられて、その上には金属に縁取られた立派な玉座がドスン。更に脇をマント姿の貴族がツラツラと並んでは、いつぞやの謁見を少しばかり小規模にしたような塩梅だ。

「…………」

 視線を巡らせること数瞬、同所に金髪ロリータの姿は見受けられない。

 どうやら同席して居ない様子だ。

「入れ」

 傍らに案内役の役人が語る。

 促されるがままに歩を進めて、辿り付いた先は立派な椅子の手前数メートル。そこに膝を着いて頭を垂れる形だ。

 一度は首都カリスで経験したイベントであるからして、今回はそこまで緊張していない。相手がエステルちゃんの領地の人という点も大きいだろう。

 遊びに行った友達の家のお母さん的な。

 土日、仕事休みのお父さんとか出てくると少し怖いけどな。

「よくぞ参った。戦士たちよ」

 玉座は空席だった。

 代わりにその傍らへ立ったオッサンが声を上げる。

 きっと王様にとっての宰相的な関係に位置する人物だろう。俺より一廻り年上の男性で、見事にはげ上がったバーコード頭が特徴的だ。髪の色も黒であるからしてドンピシャ。とは言え、瞳の色は薄い緑色、肌の色も白だから、それでもやっぱり欧米系である。

 足下を確認することも覚束ないほどに膨らんだ腹の持ち主で、大きく下がった一重の眦と、垂れるほどに弛んだ頬肉とが、猛烈な悪人面として映る。ギャルゲに登場したら陵辱担当に間違いない。執拗に中出しと妊娠を求めるタイプの手合いだ。

「…………」

 コイツが秘書官的な立ち位置で、エステルちゃんの傍らに四六時中、と考えると、なんだろう、どうにもエロいことばかりが脳裏に浮かんできて、嬉しいのやら、同時に少なからず苛つくのやら、とても複雑な気持ちになってしまう。

 キモデブ野郎に生中出し妊娠調教されるエステルちゃん可愛い。

 嫌よ嫌よも好きのうちで、産んだ子を大切に育てるツンデレ可愛い。

 でも何だか悔しいぞ、おい。

 どうしてくれよう、このやるせない感情を。

 それもこれも童貞が諸悪の根源だ。こじれてる。

「このたびは十倍近いプッシー共和国の軍勢を相手取りながら、よくぞこれに勝利し、戦線の立て直しを実現してみせた。領主であらせられるフィッツクラレンス子爵も大層のことお喜びである」

 良かった。エステルちゃんも無事に到着してた様子。

 喜んでくれているのであればなによりだ。

 今この瞬間、玉座が空なのは気になるが、まあ、他に用事でもあるのだろう。相手は領主である。一兵卒のご褒美タイムにいちいち付き合っているほど暇ではないと判断する。ただでさえ着任から間もない、とても忙しい時期だろうし。

「よって、このたびの戦果を称え、予備役である諸君にはペニー帝国兵として、新たに二等曹の位を与えるとする。また、諸君らの下に付く者たちにおいては、ここに一等士としての位を与える。当然、以後の賞与もこれに見合ったものとなるだろう」

「っ……」

「…………」

 バーコードが語るに応じて、傍らにゴンザレスとダークエルフが息を飲んだ。

 果たしてそれがどういった意味合いであるのか、ファンタジー一年生な門外漢にはサッパリ分からない。ただ、あまり嬉しいニュースでないことは、二人の強ばった頬の張りから、なんとなく理解出来た。

 素直に受け止めれば昇進は嬉しいことだと思うのだけれど。

「未だプッシー共和国はトリクリスへの侵攻を諦める兆しが見られない。諸君らには益々の活躍を期待している。この後、各々には新たな命が与えられるであろう。皆が職務へ忠実であることを我々は期待している」

 ジロリ、膝を床に落とす面々を見つめるバーコード。

 その姿を目の当たりとして、ギリリ、すぐ傍らに歯を食いしばるのがダークエルフ。今日も今日とてキレ気味である。恐らく高いところから一方的に見下されているという状況が業腹なのだろう。難儀な性格の持ち主である。

「以上、これにて謁見を終了とする」

 ドラゴン退治の折に経験したものとは一変、相手が一方的に喋る限り。

 今回の謁見は凄く短いぞ。しかもちょっと適当な感じがする。

 どうにも不安の残るご褒美タイムであった。



◇◆◇



 謁見を終えて以後、一同は再び馬車に乗り込み冒険者ギルドへと戻って来た。

 そこでようやっと、本日朝一から我々を先導していた案内役の役人が傍らを離れた。なんでもギルドの職員と話を付けに行くとのことらしい。しばらく待てと言い残して、カウンターの向こう側に消えていった。

 おかげでこれに付き従っていたゴンザレス、ダークエルフ、それに自分の三名は、やっとこさ内々に情報共有を行う場を得ることができた。適当に四人掛けの席へと腰掛けてのやり取りである。

「連中、どうやら本格的に俺たちを使い潰すつもりだな……」

 いの一番に呟いたのはゴンザレスだ。

「まったく、ふざけた連中だ……」

 これにダークエルフが頷いて応じる。

 共に見解は一致しているよう。

 一方で自分には彼らの至ったところが少しばかり理解出来ない。ちゃんと階級とやらも上げて貰えたので、決して悪いことばかりじゃないような気がしているのだが。

「そうなのですか?」

 とりあえず尋ねてみる。

 すると、途端にゴンザレスが応じては答えた。

「あたりまえだろ? このまま延々、前線を盥回しにする魂胆だろう。幾ら二等曹とは言え、戦場では上にお目付役が、つまり軍の尉官や騎士階級の連中がついて回るんだ。アンタも見たろ? 戦場でアイツらがどういった態度を見せるのかは」

「え、ええまぁ、確かに……」

「御上は今回の戦争で、正規兵を消耗させるつもりは微塵もないんだろう。監督に出張ってきた連中だって、戦闘での動きを見てれば分かる。ありゃ俗に言う落ちこぼれだ。使い物にならない穀潰しの処分を兼ねた人員配置なんだろうよ」

「流石に深読みという可能性もあるのでは? 戦争と言えば国の一大事ですよ」

「であれば尚更だ。お国の一大事に正規の軍が出張ってこないのはおかしいだろ? 末兵はほぼ全てが冒険者に構成されていた。同行した騎士や尉官の大半が失われたというのに、その点に全く触れられなかったのも気になる。如何に戦果が赫赫たるものであってもな」

「……言われてみれば確かに」

「今回の謁見、ヘンリー先生が一緒に呼ばれなかっただろう? それを鑑みれば、異邦人のアンタでも、俺たち冒険者に対する上からの評価が理解できる筈だ。まあ、この点に限って言えば、俺個人としては良かったと思おうがな。先生には長生きして貰いたい」

「なるほど」

 ゴンザレス氏の説明を聞いていると、なんだかそういう気分になってきた。

 親会社出向して残業を強制させられる子会社プロパーの心境だ。

「前線での一件もトリクリスに駐在している正規兵を出せば、あそこまで苦労することはなかったろう。俺たちが負けていたら、近隣の村にだって少なからず損失が出たはずだ。それにプッシーが攻め込んできた理由が不鮮明なのも気になる」

「確かによくよく考えてみると、私も疑問に思えてきました」

 あれこれ普通じゃない感じがひしひしと。

「ついこの間、領主が変わっただのと話に上がったが、今度の領主はどれだけ頭がイカれてやがるんだ? ドラゴンスレイヤーだかなんだか知らないが、政治は碌なもんじゃないだろうさ。このままだと近い将来、トリクリスがどうなるか分かったもんじゃねぇ」

「そ、その点は、まぁ、どうでしょう」

「それこそ自ら望んで失態を犯しに向かっているようなもんだろうよ。先の一件もアンタの加勢で事無きを得たが、もし加勢が無かったらと思うと、背筋がゾッとするぜ。しかもこれがどれだけ続くか知れたもんじゃないと来た」

「……なるほど」

 現場を共にした手合いの意見は流石に響くものがある。

 たしかに自分もそのとおりだと思う。

 エステルちゃん、指揮官適性低いのかな。

 非常に不安となってきた。

 前線で魔法を撃ってる分には度胸もあるし悪くないと思うのだけれど。

 しかし、これは困ったぞ。

 今のままだと一向に首都へ戻れない予感。いつ終るんだよ、この紛争は。

「ギルドの規約に期間的なものは記載されていないのですか?」

「出兵前に規則を一通り確認したんだが、その類いの文句は書いてなかったな。まあ、本来であればお国が四の五の言っていられない状況で用いられるもんだから、書いたところで意味はないんだろうが」

「それは辛いですね……」

「二等曹なんて身分も、他大勢より一つ上ってだけだ。下がなにか不始末でもした際に、その責任おっかぶせる為だろ。特に俺のところは大所帯だしな。どれだけ位を上げたところで、死んじまえば一過的なものだ。戦場をまわっている限り意味なんてねぇさ」

「…………」

 自分が思っていたよりシビアな環境へ連れ出されたよう。

「ギルドという組織は割合、国に近いところにあるのですね」

「まぁな。連中にとっては数多ある天下り先の一つだ」

「なるほど」

 こういったところはファンタジーの世界も似たり寄ったりの様子だ

 とかなんとか、ゴンザレスとのトーク。この手の常識に疎い自分としては、彼から与えられる情報は有り難い限りである。ここぞとばかりに気になっていた点を尋ねて、なるほどを連発してゆく。

 ちなみにダークエルフはと言えば、黙ってそっぽ向いている。

 相変わらず不機嫌そうだ。

 都合、口を開くのは二人だけである。

「すみません。どうにも大陸界隈の仕組みに関して疎いところがありまして、教えて頂きたいのですが、冒険者ギルドというのは、この国に限ったものなのでしょうか? それとも近隣諸国を跨いだ組織であったりするのでしょうか?」

「そうだな……」

 思い切って尋ねると、ゴンザレスは少しばかり悩んでから口を開いた。

「冒険者ギルドと呼ばれるものは、この国に限らず存在している。それは商売やら鍛冶やら、余所のギルドがそうであるのと同じだ。ただ、全てが全て一つの固まりであるかと言えば違う。連携は取っているそうだが、運営は国独自に行われている場合が多い」

「なるほど、それで天下りも」

「ああ。同盟国であればギルドの間も融通して貰えることが多い。一方で敵対国となれば、ほぼ別モノと考えた方が良いだろう。ちなみにペニー帝国とプッシー共和国はあんまり仲が良くないからな、ほぼほぼ別モンだ」

「妙な質問をすみません。とても助かりました」

「なに、アンタが何者であったとしても、俺にとっちゃ命の恩人だ」

「本当にありがとうございます」

「他に何か聞きたいことはあるか? この際だし聞けることはなんでも聞いてくれて構わねぇぜ? こういうのは下手を打つ前にしっかりしておいた方がいい。俺はアンタにも長生きして貰いたいと思っている」

「すみません。あの、それではお言葉に甘えまして……」

 ニカっと良い笑みを浮かべるゴンザレス。その人の良さに甘える形で、幾つかこれまで疑問に思っていたこちらの世界に関する色々を確認した。金融だとか、流通だとか、移動手段だとか、国家規模だとか。凡そこちらの世界に生きる大人であれば常識の範疇にある事柄である。右手にメルセデスちゃんのウンコを付けていた頃からの謎、謎、謎。

 おかげで非常にスッキリした。魔道貴族やソフィアちゃん、アレン、その他これまでに面識を重ねた知り合いに対しては、既に出来上がってしまった人間関係の都合上、どうしても尋ねることの出来なかったあれこれである。王女様の病気を治す薬の製法は知っていても、この大陸に幾つ国があるのかは知らないのだから。

 思いつくがまま、腹の内に溜めていた疑問を放出する。

 するとゴンザレスは、その全てに快く答え応じてくれた。

 顔はウルトラ怖いけど、中身は良いヤツだ。伊達にクランとやらを率いていない。

「……っとまあ、そんな具合だ」

「事細かにありがとうございます。非常によく分かりました」

「そうか? 俺はあんまり口が上手くないからな。ちゃんと伝わってりゃいいが」

「本当に分かりやすかったですよ。とても助かりました」

「なら良かったわ」

 圧倒的に不足していたファンタジー知識を一挙に得たことで、とっても充実感。もしもこれで無事に帰国できるのなら、こうして前線まで足を運んだことにも意味があったのではないかと思うほど。

 例えば今に所在する大陸には、大小十数の国家がひしめき合っており、その中でもペニー帝国は上位に位置する大国であるとか、隣接する同規模のプッシー共和国とはその在り方を巡って前世紀から小競り合いが絶えないものの、元々は一つの国だったとか。

 そんなの初めて知っただろ。この世界に小学校的な初等教育施設が存在しているのなら、恐らく歴史の授業に学ぶだろう内容だ。やはり幼少時分の学習というのは重要なものである。小学生とセックスしたい。

 おかげで質疑応答も相応のもの。

 あまりにも色々と尋ねすぎた為だろう。

 しまいには傍らから、それまで無視を貫いていたダークエルフがボソリ。

「……どれだけ世間知らずなんだ、オマエは」

「い、いえ、色々とありまして。この世の中の仕組みに疎いのですよ」

 呆れ顔に突っ込まれてしまった。

 平素からのキレ顔が鳴りを潜めるほどだから、程度が知れようというもの。

「だとすれば、あの世からでも訪れたと言うのか?」

「そういう訳ではないのですが……」

 流石にこれ以上は控えておこう。

 一頻り疑問を確認したところで、強引に話題を変えに掛かる。

 ゴンザレスにもこれ以上、迷惑を掛けるのは申し訳ない。

「しかし、今回はゴンザレスさんのクランと一緒で、私としても非常に助かりました。あれだけの数の敵を前に怯むこと無く向かってゆく姿を目の当たりとしては、見ていて勇気を与えられました」

 色々と親切に教えて貰った分だけ、ちゃんとヨイショしておきたい。

「別に大したことじゃねぇよ。ただ、少しばかり生き急いでるヤツが多いだけさ。うちのクランは訳ありの連中ばかりが集まっているからな。だからこそ、上から目を付けられているんだが」

「いつかきっと日の目を見る時が来ますよ。そう思います」

「だと良いけどな」

 語るスキンヘッドは、やはり、笑みを浮かべてニコリ。

 その余裕を感じさせる振る舞いが、この男のなによりの魅力だろう。

 それでも顔は怖いけどな。

「クランに所属することは叶いませんが、またゴンザレスさんたちと同じ現場であれば嬉しいとは、切に願うところです。私としても得るところが非常に多いです」

 これで女ッ気があれば言うことなかった。

 あのガチムチ率、少しばかり思うところがないでもないぜ。

「そりゃこっちとしても助かるな。アンタの魔法は大したもんだ」

「であれば、機会があれば是非ともよろしくお願いします」

「ああ、願ったり叶ったりだ」

 などと話していたのが良くなかったのかも知れない。

 その声は他に脇より投げかけられた。

 野太いゴンザレスの調子とは異なり、幾分か高い声色のそれだ。

「貴様らの次に向かう先が決まった」

 例の役人が戻ってきたようだ。

 これを耳としては三名共、その側に向かい顔を険しくする。

 今後の進退を決定する重要な指令だ。

「黄昏の団は先の地へと戻り、前線基地の築営に務めることとなる。また、残る二名には他に火急を要する作戦があり、再び前線へ向かって貰うこととなる。詳細に関しては馬車に移動しながら伝えることとする」

 また前線送りだよちくしょう。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 ドラゴンです。ドラゴンの背中です。ドラゴン運搬です。

 またも運ばれてしまいました。

 ファーレン様と共に寮の部屋を訪れた黒髪の子は、驚いたことにいつぞやタナカさんがやっつけたドラゴンでした。なんでも人の姿に化けていたのだそうです。魔法だそうです。魔法凄いです。なんでもありですね。

 学園寮の庭に本来の姿を取り戻した女の子は、私自身も見覚えのある巨大なドラゴンでした。もう本当にドラゴンです。広々とした敷地一杯を占拠する姿は、山で見たときよりも一際大きく思えました。

 なんでもドラゴンさんはタナカさんにご用があるそうで、ファーレン様に案内をして貰い、学園の寮を訪れたのだそうです。詳しい理由は定かでありません。それ以上、詳細なお話を伺う暇もなく、私は巨大な背に乗せられて、空の人となりました。

 その翼が向かう先は、タナカさんの置き書きにあったトリクリスの街です。

 トリクリスはプッシー共和国と国境を接する、ペニー帝国の地方都市です。そういった街があることは以前より知っていましたが、訪れるのは初めてです。首都を離れた経験など、片手に数えるほどしかありませんから。

『一度ならず二度までも我が背に乗るなどと、ふざけた人間共めが」

 ドラゴンさんが喋るに応じて、お尻の下がゴゴゴと胎動します。

 身体が大きければ声も大きいです。良く響きます。

 結構な時間を乗っているので、流石に疲れてきました。途中でトイレ休憩も何度か取りました。かなり長い時間を飛んでいると思います。とは言え、歩いて数日の距離を半日足らずですから、やっぱりドラゴンさんは凄いですね。

「むっ、見えた。あそこだ」

『ふんっ、待っていろタナカ……』

 ファーレン様が指示すると共に、ドラゴンさん急降下です。

 空から眺める先、大きなお城の袂へ向かいます。今現在は領主であるエステル様のお家ということになるのでしょうか。首都のお城と比較しては小さいですが、平民の私からすれば非常に立派なものに思えます。

「ひっ……」

 急に降り始めたので、がくんと身体が揺れました。

 思わず悲鳴が洩れます。

 ドラゴンさんは城の中庭を目指して一直線です。

 応じて地上では兵隊さんたちが騒ぎ立て始めます。空から大きなドラゴンが降ってきたのですから当然でしょう。私だったら絶対に逃げ出します。事実、大半は蜘蛛の子を散らすように走り出して行きました。

 稀に空へ向けて魔法を撃ってくる勇敢な方もいらっしゃいました。ただ、全てはドラゴンさんの鼻先、目に見えない何かに阻まれて霞み消えます。たしか障壁と言ったでしょうか。飛空艇でエステル様に説明して頂いた覚えがあります。

 ややあって、ドラゴンさん着陸です。

 ズズンと大きな地響きを立てると共に、中庭へ降り立ちました。

「ひひぃっ……」

 揺れに応じて私の口からは再び悲鳴が漏れます。

 ドラゴンさんの背は学園寮の三階フロアに所在するタナカさんのお部屋より、尚のこと高い位置にあります。私は魔法を使えませんから、空を飛ぶことができません。万が一にも振り落とされたら無事には済まないでしょう。

 幾度繰り返しても、怖いものは怖いのです。

 ちなみに上り下りはファーレン様の魔法です。

「ひっぁあっ!?」

 あ、そうこうするうちに、また身体が浮かび始めました。どうやら背中から降ろして下さるようです。反射的に手足をブンブンと振り回してしまいます。ただ、いずれもは何を掴むことも無く空を切るばかり。

 気づけば地面に尻餅をついています。

「ちょ、ちょっとっ! なんの騒ぎっ!?」

 騒動を聞きつけて中庭へと人が集まってきます。

 その中に覚えのある姿を見つけました。

 エステル様です。

 ドラゴンさんの巨大な図体の傍ら、彼女は周囲を大勢の騎士様や魔道士様に囲まれて登場しました。学園に見掛けた制服姿は失われて、代わりに今の彼女は貴族然とした姿恰好をしております。ザッザと足早にお供を連れて歩まれる姿は、非常に格好良いですね。憧れます。ただ、これ、男性用ではないんでしょうか。

 幅広で大きく立った襟と、膝裏まで垂れた丈長な裾が特徴的なジャケットはフロントラインを筆頭として、随所に金糸で刺繍の入れられた豪華絢爛。内には白いシャツを召されて、その首元には同じ色のスカーフ。これにマント羽織り、皮厚いブーツを履いた姿は紛うことなく上流階級の男性貴族を思わせる装いです。

 凛とした出で立ちのエステルさまにはよく似合いますね。艶やかな金髪が非常に良く映えます。理由は知れませんが、彼女の中で何かしら決心のようなものがあったのかも知れません。もしもメルセデス様がいらっしゃったのなら、鼻息を荒くしていたことでしょう。間違いなく触られていますね。

「来たか、リチャードの娘」

 まさかの男装に、しかし、なんら構った様子を見せないファーレン様は流石です。

 昨日の今日で職場の同僚と挨拶でも交わすよう会話を始めました。

「どうしてファーレン卿がここに? というか、あの、こ、このドラゴンは……」

 流石のエステルさまもご自身を殺しかけた相手には頬が引き攣って思えます。

 なにより今は手綱を引いて下さるタナカさんがいらっしゃいません。万が一にもドラゴンさんがご乱心されたのでは、隣国が攻めてくるのを待たずしてトリクリスの街は一巻の終わりです。というか、ペニー帝国が終りそうです。

「あの者はどこだ?」

「あの者? あの者とは誰のことかしら?」

「タナカだ。一緒ではないのか?」

「え? た、たたた、タナカ? そ、それはどういうことっ!?」

「ふむ、どうやら予想が外れたか」

 タナカさんの名を耳として途端に慌て始めるエステルさま。

 正直、私には理解できません。たしかにお強いですし、男女隔てなく気配りも良く、平素から穏やかな物腰は、あれ、そうですね、たしかにこうして言葉で並べてみると、凄く魅力的な人物に映るから不思議です。

 とは言え、私のタイプではないので、こればかりは如何ともし難いですね。もしも一緒になるのならば、断然、アレン様ですね。凄くカッコイイです。エステルさまが不要だと言うのであれば、私に頂戴できませんでしょうか。

 やっぱり男性は顔です。顔なんですよ。

 お金なら私が幾らでも稼ぎますから。養ってみせますとも。

「か、彼が来ているの? どういうことっ!?」

「そこのメイドの話では、ギルドの召集を受けて現地に向かったそうだ」

「ギルドの召集って、まさか徴兵令の?」

「うむ」

「ちょ、ちょっとソフィアっ! どういうことかしらっ!?」

「ひっ……」

 声も大きくエステル様に問われます。

 ちょっと怖いです。

「す、すみません、冒険者ギルドの徴兵に応じてギルドへ向かう旨、タナカさまから置き書きを頂戴しました。ここ数日を留守にされていたので、お、おそらくは、トリクリスに向かわれたのではないかと、ファーレン様にお伝えしました」

「……そう」

「も、も、申し訳ございません」

 如何に面識があるとは言え、エステルさまは大貴族様です。

 やはり怖いです。

 少し気持ちが緩んでいました。引き締めないとなりませんね。

 身分の線引きは大切です。

「大きな声で悪かったわね。教えてくれてありがとう、ソフィア」

「いえ、も、もったいないお言葉です」

 どうやらエステル様もタナカさんの動向はご存じなかったようです。今の彼女は近隣一帯を収める領主様ですから、数に飲まれた冒険者の一人を書面に見つけることなど、とてもではありませんが不可能だったことでしょう。

 実家では帳簿の類いを管理していたので、少しだけど分かります。過去の帳簿から特定のお客さんが飲んだお酒の一杯を探し出すことは、記載こそ残っていても不可能です。それと同じことなんじゃないかと思います。

 しかし、タナカさんがいらっしゃらないのでは、どうしましょう。このドラゴンさんが不機嫌になってしまいます。今もふるしゅしゅしゅー、と鼻息も荒く、私たちのやり取りを耳としているのですから。

 というか鼻息でスカートがハタハタします。凄く湿っていて生暖かいです。

『どうした? タナカはおらんのか?』

 あぁ、催促されております。これはどうすれば良いのでしょうか。

 お答えするのはファーレン様。

「どうやら留守らしい。しばらく待つことになる」

『……なんだと?』

 ぐるる、ドラゴンさんの喉が震えます。

 応じて場を共にされる方々は、ビクリ、誰一人例外なく身を震わせます。

 タナカさんが居ないので、暴れられては止めようもありません。

「わ、分かったわっ!」

「どうするというのだ? リチャードの娘よ」

 ファーレン様からの問い掛けに構わず、エステル様はお供の貴族様に命令を飛ばします。飛ばされる側は、ファーレン様とそう年頃の変わらない壮年男性です。ただ、外見はまるで対照的、非常に太っていて頭もはげ上がっていらっしゃいます。

 やたらと垂れた目元が、正直、見ていて気味が悪いですね。

「デイヴ、ギルドから徴兵した者の派遣先を今すぐに確認なさい!」

 どうやら名前はデイヴというらしいです。

「え? あの、い、今ですか? それは……」

「良いから早くっ! そして、早急に私の下へ伝えなさい」

「ひっ、わ、分かりましたっ」

 エステルさまの叱咤に応じて、彼はヘコヘコと頭を下げます。

 大急ぎで城へ向かい、青い顔で走ってゆきました。

 その背が遠く離れるのを眺めて、今一度、ファーレン様に向き直ります。

「これで良いかしら?」

「うむ」

「ところでファーレン卿、一つ良いかしら?」

「なんだ?」

「そちらの、その……あまり、このままというのは困るのだけれど」

「あぁ、それか」

 チラリ、チラリ、ドラゴンさんに視線を送るエステル様。

 いわんとすることは理解できます。

 今も尚、騒動を聞きつけた城内の人たちが集まり、喧噪を増しつつあるお城の中庭です。あまりにも巨大な姿を思えば、長らくこのままという訳にも行かないでしょう。万が一にも錯乱した兵の方が剣や杖を抜いては、ちょっと考えたくない未来です。

「その点に関しては、彼の存在もヤツの言葉に思うところがあるようだ」

「……どういうことかしら?」

「ドラゴンよ、また例の姿に収まっては貰えないか?」

『またか? あれは窮屈だから嫌だ』

「私の考えが正しければ、タナカという男は例の姿を大層好むだろう」

『……なんだと?』

「姿を変えたのならば、より効果的に交渉へ臨めることだろう」

『…………』

「もう一度だけ言う。ドラゴンよ、また例の姿に収まっては貰えないか?」

『分かった、良いだろう……』

 ファーレン様が語り掛けるに応じて、ドラゴンさんの足下に魔法陣が浮かび上がります。学園の寮くらいなら収まってしまいそうなほど、非常に巨大な魔法陣です。私たちの足下にも光の走りが訪れては、思わず驚いて飛び上がってしまいました。

 かと思えば次の瞬間、ドラゴンさんの肉体が光に包まれます。

 まるで日の光の源が、地上へ落ちて来たようでした。

 皆さん、あまりのまばゆさに目を細めます。

 輝きはしばらく続きました。

 やがて、多少ばかりを過ごし、瞼越しに感じる白が遠退いてゆきます。

 恐る恐る、もう大丈夫かなと瞼を開きます。すると、つい今し方まであった巨大なドラゴンさんの姿は忽然と消えて、代わりに学園の寮で出会った黒髪の女の子が、広々とした中庭の中央に全裸で立っていました。

 何故に全裸かと言えば、ドラゴンの姿に変身すると服が破れてしまうのだそうで、彼女の服は事前に脱いだものが、私の鞄の中に入っています。如何に魔法であろうとも、衣服をポンと出して着ることは難しいそうで。

「お、お召し物ですっ!」

 だから私は大慌てで鞄から服を取り出します。

 これを手に彼女の下へ駆け足するのがお仕事なのです。

『うむ……』

 まさか竜族の方のお世話まで申しつけられるとは思いませんでした。

 学園の中庭、飛び立つ間際に脱がしたのと同じく、両手を挙げて貰い、袖を通したり、なにをしたり。貴族様にそうするよう、公衆の面前でお着替えです。ドラゴンさんには人間の目など、きっと意味がないものなのでしょう。なんら動じた様子はありません。

 そもそも元の姿であれば全裸に等しいですしね。

「ファーレン卿、あの、ほ、本当にあの小さな子が?」

「自らの目で見たものが信じられぬか?」

「い、いえ、ですが……」

 エステル様もまた酷く驚いた様子で、黒髪の彼女を見つめていました。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 ドラゴンさんが小さくなるに応じて、場所は城内に移りました。皆さん、応接室でタナカさんの所在を巡り、今後の予定をお打ち合わせです。参加されているのはファーレン様とエステル様、それにドラゴンさんの三名です。

 私はといえば、一緒に居ても暇だろうからと、エステル様にお心遣いを頂戴して、トリクリスのお城を探険の最中にあります。廊下を歩みすがら、そわそわしていたのを見られていたのでしょう。ありがとうございます。下町娘の性というやつです。

「こっちのお城も豪華ですね……」

 首都カリスのお城と比較して規模こそ劣りますが、造りは比肩して思えます。

 一人、廊下を歩みながら、あっちを見たり、こっちを見たり。

 かなり楽しい気分です。

 こういうの好きなんですよ。お城とか宮殿とか見たりするの。

 他に人もいなかったので、好き勝手に見て回らせて貰ってます。

「うわ、ここの天井の彫刻ってば凄く綺麗ですね」

 お金かかってそうです。

 顎を上げたまま、口を半開きにボヘーっと眺めてしまいます。

 ただ、そうこうしていると、不意にどこからともなく人の声が聞こえてきました。ここは領主様のお城ですから、貴族の方と鉢合わせても不思議ではありません。エステル様にご迷惑をお掛けする訳にもいかないので、慌てて居住まいを正します。

「先発隊として参加した例のクランが帰還したらしい」

「あぁ、俺もその話は聞いた。十倍の軍勢に勝っちまったらしいな」

 声は廊下の曲がり角から先、壁の向こう側から聞こえてきます。

 お二人、男性の方がお話をされているようです。

「次もまた前線送りらしいぞ」

「連中は上にとっても目の上のたんこぶだからな。このチャンスにどうにかするつもりなんだろう。特にゴンザレスの野郎は、あれで没落したとはいえ、アウフシュナイター家の嫡男でもある」

「今更どうこうってことはないだろうが、上としては厄介なんだろうな」

「だろうな。いずれにせよ俺たちみたいな一兵卒には雲の上の話だが」

「俺の知り合いで一人、黄昏に入ったやつがいるぞ」

「本当か?」

「あぁ、なかなか悪くないって言ってたな。あ、これ他のヤツには言うなよ?」

「分かってるって」

 どうやらこの城に務める兵隊さんのようですね。

 声の他に足音の響く気配が感じられないので、警備か何かで立ち仕事の最中でしょう。或いはサボりかも知れませんね。いずれにせよよそ者のメイド風情が正面を通るには、少しばかり躊躇してしまいます。

 一応、エステル様には好きなように見て構わないとお墨付きを頂戴しておりますが、それでも城内の皆様は私のような人間がちょこまかと観光しているとは夢にも思わない訳で、面倒に巻き込まれる可能性もあります。

「本当なら騎士に取り立てられてもおかしくない功績だろうに」

「まったくだ。首都の騎士団に返り咲くことだって可能だろうな」

「首都の騎士団か……一度で良いから入ってみたいもんだ」

「あそこは剣を扱うヤツにとって一番のエリートコースだからな。入っちまえばあとは最低でも地方都市の隊長職までは保証されるって話だ。上手いこと近衛に取り立てられれば、行く末は貴族だって夢じゃないだろう」

「貴族か。憧れるよな」

「ああ、一度で良いから貴族メシ食いたいよな」

「ちがいない」

 ふふふ、兵隊さん憧れの貴族メシ、私は食べております。

 とても美味しゅうございます。

 一介のメイド風情が、しかしながら、ちょっと優越感です。

「ところで、今度の新しい領主様は変わってるよな」

「たしかフィッツクラレンス家のお嬢様だったか?」

「王女殿下の病を治したことで、子爵の位と領土を下賜されたらしい」

「そうだったのか?」

「ああ、首都から来た連中に聞いたから間違いない」

「そりゃまたおとぎ話みたいな出世だな」

「なんでも病気を治すには薬が必要だったらしいんだが、その材料にはレッドドラゴンの肝が必要だそうで、これを取りにファーレン様と一緒にペペ山まで行って来たんだそうだ。首都では今やドラゴンスレイヤーとして時の人らしい」

「レッドドラゴン? 本当かよっ!?」

「ああ、ファーレン様が指揮を執って、フィッツクラレンスのお嬢様と、あと、たしか騎士団のどこかの隊の分隊長と、第三魔法隊の副隊長でパーティーを組んだらしい。あぁ、それと荷物持ちに飯屋の看板娘と丁稚が一緒だった、なんて滑稽な噂も聞いたな」

「おいおい、第三魔法隊の副隊長って、もしかしてシアンちゃん?」

「ああ。シアン副隊長な」

「マジかよ。あの子って最高に可愛いんだよな。俺、スゲェ憧れてるの」

「確かにシアン副隊長は可愛いよなぁ。あの穢れない瞳で見つめられたいわ」

「だよな? 思うよな? マジで清楚な感じが堪らねぇよ。もしも叶うなら結婚したいだろ。あの少し冷たいけど、どこか暖かみの感じられる語り草が最高にキテるんだわ」

「俺もシアン副隊長と結婚できたら、もう他に何も欲しくはないなぁ」

「どうせならフィッツクラレンスのお嬢様じゃなくて、シアン副隊長が領主として来てくれたら良かったのにな? そしたら俺は毎日でも哨戒に立っていいぜ」

「おいおい、滅多なこと言うんじゃねぇよ。どこに耳が生えてるか分からねぇぞ」

「だってよぉ……」

 エステル様、酷い言われようですね。

 ただ、それ以上に市井の噂では、タナカさんの扱いが悲しいことになっています。というか、完全になかったことになってますね。

 私よりも立場が下ではないですか。

 とは言え、あの人の身の上を思えば、致し方ないのかも知れません。同じ人間ではありますが、恐らくこの大陸の出ではないのでしょう。どこからどう見ても異邦人です。

 一国のお姫様の危篤を救ったのが、何処の誰とも知れない手合いと知れては、国としての体裁もよろしくありません。タナカさん自身も仰っていました。

「……損な役回りですね、タナカさん」

 まあ、本人はあまり気にしていないようなので、こちらとしては気が楽ですが。

「さて、他を周りましょう」

 誰に言うでもなく呟いて、私はお城の探険を続行です。

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