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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫

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23/132

寮生活 三

 錬金術の試験は実技だった。

 なんでもマナポーションを作れとのこと。口にして魔力の回復が認められれば、程度の是非は求められないらしい。

「……マナポーションか」

 ヤバいな。

 そんなの作れねぇよ。

 だってエディタ先生のレシピに載ってなかったんだもの。

 ドラゴン退治の折、魔道貴族がヤクルトよろしく美味しそうに飲んでたヤツである。青い色の少しとろみがある液体であったことは覚えている。こんなことならば、一口でも頂いておけば良かった。どんな味かすら皆目見当がつかない。

 そもそも経口摂取で魔力が回復するってどういう感覚よ。

 今回ばかりは魔力の自動回復スキルが仇となりそうだ。

 味見すらままならないだろ。

「それでは初めてください」

 担当教官の声に従い、生徒たちが一斉に作業へ取りかかる。

 今に居る場所は学園に数多あるフロアの一つで、家庭科室的な作りの教室だ。試験自体、その過程は調理実習みたいなものだろう。ただ、一言に家庭科室とは言っても、例によって白く清潔的な近代空間というよりは、中世でファンタジーな格調高い云々。

 全体としては高級ホテルのラウンジを思わせる。そこにやたらと光沢を放つ木目も麗しいワークトップ付きのキャビネットであったり、周囲の光景を映すほどに磨かれた銀製のシンクであったりが二、三十ばかり整列して設えられている。

「…………」

 それとなく周囲を見渡せば、他の生徒たちは試験開始の号令と共に、早々のこと手を動かし始めていた。皆、勤勉で大変によろしいこと。おかげで手を動かさずにいる自分だけが非常によく目立つこと目立つこと。

「タナカさん? いかがされました?」

 ほらみろ、速攻で講師に目を付けられたぞ。

 いつぞや初日にも見た覚えのある、やたらと喋るのが早い人だ。確か名前をリディア・ナンヌッツィと言ったか。三十代中頃と思しき女性である。熟年のマダム然とした雰囲気の持ち主だ。穏やかな目元が特徴的である。

 ゆったりとしたローブを着用の上、やはり教師もまた貴族なのだろう。金の刺繍が入ったグレーのマントを羽織っている。落ち着いた茶色の長髪を肩の辺りで一括りにしてサイドに流しており、その毛先が豊満な胸の谷間へ垂れている点が目を引く。

 人妻だろうか? 人妻なんだろう。人妻に決まってる。

 人妻攻略はヤリチンにジョブチェンジしてからだ。

 ゲームクリア後のオマケというヤツであるからして。

「あ、いえ、なんでもありません。少々、考えごとをしておりまして」

「そうですか? 体調が優れないようであれば言って下さいね」

「すみません、お気遣いありがとうございます」

「タナカさんのことはファーレン様からもお言葉を頂戴しております。なんでも稀代の魔道士であるのだとか。私のほうも期待させて貰っております。どうぞ他の生徒に手本を示して頂けたらと」

「い、いえ、それは持ち上げ過ぎですよ」

「ファーレン様がこうまでも他の方をお褒めになること、私は初めて目の当たりとしましたの。これは決して持ち上げ過ぎなどではないですよ。むしろ足りないほどです。いつか落ち着いて魔法に関するお話を窺えましたらと」

「……そ、そうですね。どうぞよろしくお願い致します」

「はい。それでは私は試験の監督を続けますので」

「はい……」

 なんてこった。

 また無駄に魔道貴族が気を利かせた様子だ。

 どうするよ。

 ここでコケたらヤツも巻き込んで色々と大変なことになるだろう。

「試験、頑張りましょうね」

 しかも隣の席には何故かエステルちゃんが陣取ってるし。

 無駄に良い笑顔だし。

 アンタ、錬金術は単位取ってないって言ってたじゃん。

「そ、そうですね……」

 おかげで否応にも向けられる周囲からの注目が辛い。

 これではカンニングを行うことさえ難しいではないか。

「…………」

 いやまて、ピンチだからといって慌てるのは良くない。冷静になろう。落ち着こう。確かにマナポーションとやらのレシピは知らない。しかしながら、俺の脳味噌にはエディタ先生の著作を読むことで得た、実に様々な錬金生成物のレシピが記憶されている。

 であれば、それらレシピに登場する各手順を分解、個別に評価、新たに組み合わせることで、マナポーションの生成こそ叶わずとも、魔力を回復させる何某かのアイテムを作り出すことが可能なのではないか。

 雀の涙ほどでも効果が得られれば、そこから先は魔道貴族のお墨付きを用いた力技で切り抜けられる可能性が高い。現在開発中の次世代型マナポーションだとでも罷り通して、効果の程は有耶無耶のまま突っ走る限り。

「……あぁ、それしかないだろう」

 ボソリ、一人呟いては覚悟を決める。

 それとなくエステルちゃんへ視線をやれば、流石に試験中ということもあり、彼女も彼女で真面目に試験へ取り組み初めて思える。眉をハの字に潜めては、むーむー唸り声を上げている。これなら横からちょっかいを入れられる可能性も低いだろう。

 よし、やるぞ。

 やってやるぞ。

 思えば初めて錬金術っぽいことに頭を使おうとしているな。

「えぇと……」

 キャビネットの上、ワークトップには試験の為に用意された素材や機材が並ぶ。機材に関しては、ほぼ及びが付く。エディタ先生のアトリエにも似たようなのがあった。一方で素材に関しては、半分ほどが正体不明の物体エックス状態。

「…………」

 あぁ、物体エックスはこの際、無視するとしよう。

 知識の及ばないものを混入して成功させられるほど、俺はLUKが高くない。

 確実にゆこう。堅実にゆこう。

「……メインディッシュはコイツだな」

 不要な材料を卓上、隅の方へ寄せると共に、今回の主戦力となり得るだろう草を手に取る。ニラを紫に染めたような外見の植物であって、ペニー帝国に限らず、そこいらじゅうに自生しているという薬草未満、雑草以上、貧民のサラダと呼ばれる代物だ。

 便宜上、ニラ紫とでも呼ぼう。

 市井にも広く知られた事実として、このニラ紫には、碌な栄養が含まれていないという。しかしながら、エディタ先生の著作「私と貧乏」によれば、コイツは特別な手順を用いることにより、その色素をごく微量のマナに還元できるのだという。

「微量ってどんなもんだろうな」

 とりあえずやってみるか。

 フラスコにニラ紫を突っ込み、水とファイアボールで煮込むことしばし。ペットボトル一本分ほどの色素を抽出する。まだ幼い時分にアサガオの花から色水を作り、夏休みの自由研究とした記憶が蘇った。懐かしい。

 で、抽出したニラ汁を今度は蒸留する。

 ポイントは冷却器を通す際の処理にあるとエディタ先生は記していた。なんでも冷やしながら強い光を当てることで、色素の一部成分が変質するそうだ。これにより内部に蓄えられていたマナが液中に排出されるとのこと。

 ということで、光源として再びファイアボール登場。照らしあげる。

 バレーボール大の火球が現れては至近距離にメラメラと。

 何事かと周囲の生徒一同、酷く戦いているが華麗にスルーだ。

 このニラ野郎、元来ごく微量の魔力を地中から吸い上げて蓄積する性質があるそう。先生はその色素が魔力に由来するものだと仮定を行い、見事に特定したのだとか。一連の抽出は検証の過程で同定された手法らしい。流石は先生だ。セックスしたい。

「……よし」

 出来た。

 ヤクルト三本分くらい、紫色の液体が取れた。

「…………」

 しかし、微量の魔力というのは、どの程度なのだろう。

 気になる。

 ちょいとフラスコへ人差し指を指チャプして舐めてみる。

「……スゲェまずいな」

 青汁にザーメン混ぜたような風味だ。

 魔力の回復量が云々の前に、このままでは飲めたもんじゃない。経口摂取のアイテムとしては致命的だろ。ペペ山へ向かう道中、魔道貴族やエステルちゃんがマナポーションをがぶ飲みする姿を見たことがある。

 まさかこの味で、ああもゴクゴクとはいかないだろう。

 味の改善が切に求められる。

「……たしか、あったな。そんなコラムが」

 お口によろしくない生成物を成分据え置きで飲みやすくする手法が、エディタ先生の著作「私とグルメ」に記載されていたことを思い起こす。

 手法的には対象によりけり様々なプランが掲載されていた。

 簡単なものだと粉末化した上で調味料と混ぜ合わせるという原始的な方法から、ファンタジーな世界観をリスペクトするのなら魔力を用いてあれこれ、みたいな変わり種まで。

 今回は無難に粉末化して錠剤に固めるとしよう。

 胃に落ちてしまいさえすれば、味などどうとでもなる。

「でも、それなら少し頑張ってカプセルっぽくしたいよな……」

 周りを脂質っぽいので固めてみよう。上手い具合にお誂え向きな素材が卓上には乗せられている。胡桃のような果実であって名前をカスの実という。固い殻を割ると中にチーズのような常温で固形の油っぽいエキスが収まっている。

 成分としては食用にも堪えうるもので、錬金術の素材的には水に溶かしてアレコレの触媒に利用されることが多いそうな。今回はそれをチーズフォンデュさながら、錠剤のコーティングに用いることとしよう。

 焼き菓子をチョコレートで包むような形だ。そうすれば青臭い風味は完全にシャットアウト。お口の中を心地良く保つことができる。お子さんにも優しい。ちょっと甘くしたりして女性受けをプラスだ。

 よしよし、良い感じじゃないか。

 段々と先が見えてきたぞ。



◇◆◇



 試験開始からしばらく、誰もが最終工程を迎える頃合のこと。

 それまで教室を右へ左へ練り歩いては、生徒たちの様子を見て回っていたリディア女史に変化が見られた。部屋の掛け時計に時刻を確認した彼女は、少しばかり歩みを早くして、教室の前に設けられた教卓へと戻った。

 そして、我々生徒一同を見渡すと共に指示を飛ばす。

「そろそろ時間です。作成したポーションに魔力を込めて下さい」

「え?」

 ちょっと待った、それ聞いてない。

 込めるってなんだろう。

 どういうことだよ。

「どうかしましたか? タナカさん」

「い、いえ、なんでもありません……」

 思わず声を上げてしまったよ。

 だってそんなの知らない。

 突然の指示に戸惑っていたところ、彼女の口からは続くところがツラツラと。

「講義中にも繰り返し説明したように、マナポーションとはマナの自然回復を補うものです。マナポーションという媒体に込められた魔力は、効率的に短時間で体内へ取り入れることが可能であり、これこそがマナポーションによる魔力の回復という行為です」

 マジっすか。

 初耳です。

 マナポーションとか使う機会が無かったからな。

「優れた魔法使いは強力な自然回復能力を持ちますが、これを更に圧倒するのが、マナポーションによる魔力の回復です。故にマナポーションの質とは、肉体に対する浸透性、魔力の含有上限により決定されます」

 それとなく周りの席を見渡してみる。

 すると、誰も彼も卓上に並べたるはフラスコに入った液体。

 青い色の液体。

 これに両手をかざして、なにやらブツブツと念仏を唱えてるマジキチ。

「マナポーションに魔力を込めるという行いは、レベルの低い術者であっても時間を掛ければ可能ですからね。我々のようなポーションを作る側、錬金術師にとって重要なのは、人体に対する浸透性と、一度により多くを溜める為の含有上限、この二点を如何に引き上げるかとなります」

 なるほど。

 要はあれか、献血的な。PBSCT的な。元気な内に溜めておいて、いざという時に消費するタイプのアイテムな訳だ。感覚としては薬というより、薬を運用する為の溶媒と考えるべきでだったのだろう。

 壮大に思い違いをしていた。てっきり自然物抽出のビタミン剤的に、一方的な消費だけがあると考えていた。まさか回復分の魔力がセルフサービスとは思わない。エディタ先生の著作にも記載はなかった。

 恐らく錬金術においては、かなり初等な知識なのだろう。

 どうやって大量生産しているのか気になる。魔法使いを沢山雇って工場のライン的な施設に突っ込んでいたりするんだろうか。それとも小売店で従業員が自前に補填しているのだろうか。分からない。

「…………」

 色々と疑問は尽きない。

 ただ、理解の及ぶところも少なからずあった。

 突き詰めるところ、自身の立場がヤバい。

 どうしよう。

 大切なのは浸透性ですか。なるほど。それと含有上限も大切なのですね。とても勉強になります。ありがとうございます。目から鱗が落ちました。それはもうボロボロと。だからこそポーション、水薬という形を取っているのだろう。

 今、とても大切なことに気づいた。

 手元の作業台に意識を向けてみれば、俺が作ったの思いっ切り固形物だ。課題はポーション作りなのに、ポーションじゃないものが出来上がってる。なんか不出来なラムネ菓子みたいなことになっているぞ。

 魔力を回復させるという機能にばかり注目して、他がまるで見えてなかったわ。素人にありがちな失敗だろう。先生がこうしろって説明しているのに、話をちゃんと聞いていなくて、見当違いなことをして失敗するヤツ、よく居るよな。そうだよ。今の俺だよ。

 もう一回、水に溶かそうか。

「…………」

 しかし、ここで固形を解いては青汁風味が復活してしまう。

 ヤツの破壊力は甚大だ。

 とは言え、このままでは評価に臨むことすらままならない。

 残り時間も迫るこの状況でどうすれば良いのか。

「それでは前の生徒から順番に確認を行います」

 うぉおお、リディアさんが動き出したぞ。

 生徒は生徒で順調に自作ポーションへ魔法的な祈りを捧げ始めているし。

 きっと魔力とやらを込めているのだろう。

「…………」

 考えたところで良い案など浮かばない。

 そして、悩んでいる間にも時間は過ぎてゆく。一人、また一人とポーションの出来が判断されてゆく。合否はその場で与えられるようで、講師が一口を飲み、その効能を判断している様子だ。合格、その言葉が告げられるに応じて、緊張に強ばっていた少年少女たちの顔が笑みへと変わってゆく。

 しかも困ったことに、誰一人として不合格となる気配がない。一人くらい落ちてくれたら、いいや、落ちなくとも講師が顔を顰める程度に不出来であってくれたのなら、このラムネ菓子もどきの失態も、多少は色褪せてくれたろう。どいつもこいつも優秀で素晴らしいじゃないか。最高だな、我がクラスメイトたちは。惚れ惚れする。

「…………」

 そして、いよいよ隣の席、エステルちゃんの番まで進む。

「フィッツクラレンスさん、本当によろしかったのですか? この試験は錬金術の講義に対するものです。仮に合格となったところで、他の講義に対する補填などには一切利用できない決まりですが」

「ええ、構わないわ。それで良いから採点をして貰えないかしら」

「わ、分かりました。多くを学ぶのは良いことです」

 思惑の知れない金髪ロリとの問答を受けては、少なからず戸惑って思えるリディアさんである。ただでさえ目立つ大貴族の娘。更にここ最近はドラゴン退治やら暗殺事件やらで話題の尽きない時の人でもある。扱いが慎重となるのは自然な成り行きだ。

「こちらが私の作ったマナポーションです」

 作業台の上、青い液体の満ちるフラスコを指し示して、エステルちゃんが言った。

「分かりました、そ、それでは拝見しますね……」

 他の生徒とのやり取りと比較しても、幾分か緊張した面持ちで、リディアさんはマナポーションを口とする。フラスコの傾くに応じて、内に納められた液体が流れては、唇の上を滑り、喉へと落ちてゆく。

 ゴクリ、小さく喉の鳴る音が響いた。

 見守る生徒一同も少なからず緊張して思える。

 ややあって。

「……些か粗造りですが、効果はあります。合格です」

「ありがとうございます」

 まさかの合格判定だ。

 途端、様子を窺っていた他の生徒たちから声があがった。そのどれもこれもは彼女の行いを称えるもの。一度として授業に顔を出すこと無く、しかし、見事に試験をパスして見せた彼女の力量に感嘆するものだった。

 俺だって驚いた。

 やるじゃないか、エステルちゃん。

 試験だけ出席して単位取る系って最高にカッコイイよな。

「凄い、フィッツクラレンス様……」「ドラゴン退治の噂、やっぱり本当だったんじゃないかっ!?」「そうに決まってるだろっ!? 今更なに言ってるんだよっ!」「今まで一度も授業に出てらっしゃらなかったわよね?」「た、たしか、フィッツクラレンス様は属性魔法の専攻でいらっしゃった筈ですわ」

 ああだこうだ、囃し立てられる金髪ロリータの顔は満更でもなさげ。

 余裕たっぷりの振る舞いで、椅子へと腰を落ち着けた。貴族様お得意のすまし顔というやつだ。もしかしたら、講義こそ取っていなくとも、自室では勉学に励んでいたのかも知れない。でなければ、この成果は不可能ではなかろうか。

「…………」

 機会があったのなら、専属メイドのレベッカさんに確認してみよう。

 思ったより努力家じゃないかツンデレさんめ。

 そして、エステルちゃんが終ったとなれば、次は自分の番となる。

「…………」

 こうなると、なんかもう、あれだ。ほら、あれ。

 いいやもう。

 溶かしてしまえ。

「それでは次はタナカさん、確認をさせて下さい」

 リディアさんの意識がこちらへ向かうに応じて、俺は水の充ちたフラスコへとラムネ菓子もどきを投入した。ぽちゃん、小気味良い音が耳に届く。

 もう後戻りはできない。

 同時、まるで発泡性の入浴剤でも風呂桶に投入したよう、透明な器の内側に泡が立ち始めた。ブクブクと泡を立ち始める。フラスコを立たせる木製の支えを揺らすほど。

 ちょいとなにそれ。

 やめて。

 やめてあげて。

 そんな反応は要らないから。

「こ、これは……」

 リディアさんが驚いた様子でフラスコを見つめている。

 他に生徒たちも同様だ。

 あぁ、どうしよう。

 どうして泡立つの。

 周囲からの視線が痛い。

 痛いぞ。

 この感覚には覚えがある。学生の時分、授業中の静かな教室、放屁サウンドを誤魔化す為にクシャミを試みたところ、上手く同期が取れずに、ハックション、ブー、とやってしまったときの空気とクリソツだわ。おかげで渾名がツーコンボになったしな。

 とは言え、この期に及んで悩んでも仕方がない。

 どうにでもなれだ。

「少々お待ち下さい、これより魔力を込めますので」

 呟いて、それっぽいポーズを構える。

 ろくろまわしの構えだ。

 クリスティーナ戦で鍛えられたハッタリ力が遺憾なく発揮されている。

「ぬぅん……」

 適当な呻き声と共に、両手の平を向けた先、フラスコに対して魔力っぽいなにかを送信するイメージ。こちら田中、応答せよ青汁、応答せよ青汁。回復魔法を使うときのそれと同じテンポでゆんゆんと。

 すると多少ばかり魔力の抜かれる感覚。

 それが青汁へ向かったか否かは知れない。確認する術は無い。

 ただ、反応はフラスコの内側、ブクブクと泡を吹く青い液体に生まれた。

「な、なにがっ……」

 リディアさんが再び声を上げる。

 同時にフラスコ内部から眩い輝きが発せられた。

 今度はなんだよもう。

 いいよ。

 好きにしてくれよ。

 室内に設えられた照明が与えるところを超えて、光は視界を白一色に覆う。あまりの眩しさから皆々、堪らず目元を覆う。一部の女子生徒から、ヒィと悲鳴が上がるほどの光量だった。当然、俺も目を瞑る。

 ややあって、瞼の裏に感じる白が元の黒へと移ろう。

 発光現象は数秒ばかりの後に落ち着いた。

 輝きが完全に収まるのを待って、恐る恐る目を開く。正面の作業台を確認。どうやらフラスコは無事のようだ。泡のブクブクも収まって、今やモスグリーンの澄んだ液体となっている。パッと見た感じお茶みたいだ。青色はどこへ消えた。

 正直、自分で飲めと言われたら全力でノーサンキュー。

「これで完成です。お手数ですがご確認をお願いします」

 しかし、今日この場で口にするのはリディアさんだ。

 なんら問題ない。

 大丈夫だ。

 回復魔法の準備は出来ている。

 この先、何が起こっても助けてみせるわ、人妻リディアさん。

 旦那の下へ五体満足で送り出す所存。

 これくらいの年頃の女性なら、青臭い液体も飲み慣れていることだろう。

「……は、はい」

 おっかなびっくり、その手がフラスコへと伸びる。

 彼女の形の良い唇へ容器の口が触れる。

 その傾くに応じて液体は流れて、口内へと侵入していく。

 なんかエロい。

 熟女の飲食する風景エロい。

 とか思った瞬間、リディアさんの顔がくしゃっと顰められた。

 同時、ゴホゴホと激しく咽せ始める。

 吐き出された幾らばかりかの液体が、足下、床をべしゃりと汚した。

「っ……ゲホっ、ゴホッ……こ、この……味は……」

 やはりか。

 味見しなくて正解だったぜ。

「すみません、どうやら試作に失敗したようですね」

 致し方なし、ここは大人しく開き直ろう。

 同時に先制攻撃。

「こ、これ、は……まさかペサリ草の……」

「はい。より身近な材料での生成を試みたのですが、失敗のようですね」

 一口飲んで咽せるほどでは、まさか現場での飲用に耐え得る筈がない。詳しいところは知れないが、魔力の回復も怪しいところだ。教官の反応からしても、失敗したと考えて間違いないだろう。

 であれば、この場は押して押して押し通す。

 なんて覚悟を決めたところで、

「ぉ、おぇぇぇえええええ!?」

 リディアさんが突然、ゲロゲロとやり始めた。

 そんなに不味かったろうか。

「ちょ、ちょっと、貴方、大丈夫っ!?」

 エステルちゃんも心配そうに声を掛ける。

 対して、膝を床に付いたリディアさんは答える。

「き、汚らしいっ、ペサリ草など、そ、そんなものっ、口にっ……」

 なるほど、どうやら貴族的にアウトな代物だったよう。

 伊達に貧民のサラダしていない。

 肉体よりも先に精神が拒絶反応を示した様子だ。

「あ、あなた……ポーションに、ペサリ草を入れたの?」

「なにか問題でもありましたか?」

 入れたというよりは主成分だ。

「あれは、そ、そのっ……試薬に使うことはあっても、決して人が口にするようなものではないわ。平民であっても滅多なことでは食べないもの。家畜の餌にさえならない。それこそ飢えに飢えたスラムの乞食が食べるようなものよ」

「そのようなものがどうしてここに?」

「野草の類いでは魔力耐性が高いから、安価な試薬として使われるのよ。というか、その、このあたりは割と一般的な知識だと、私も学園の教科書で読んだのだけれど、も、も、もしかして違っていたかしら?」

「私が参考とした書籍とは、些か記述が異なっていたようですね」

 エディタ先生、当時の貴方はどれだけお金に困っていたのですか。

 伊達に一冊、本を書き上げていませんね。

 清く貧しく厭らしく。

 飢えから便所草へ手を伸ばすエディタ先生を強く強く抱きしめたい。

「リディアさん、この度は誠に申し訳ないことをしてしまいました。すみません。どうか謝罪をさせて下さい。必要であれば、仰られるだけの補償を行わせて頂きます」

「い、いいえ、け……け、けっこう、です……」

 青白い顔でよろよろと立ち上がるリディアさん。

 それまでの穏やかな眼差しが嘘のように辛辣な表情だ。

「しかしながら、こ、これでは、流石に合格を与えることは、できません」

「はい。奇抜を狙いすぎました。申し訳ありません」

「この試験を落とした生徒は落第となります。よろしいですか?」

「異論はありません。規律のとおりなさって下さい」

「……分かりました」

 よっしゃ、奇しくも学園への残留権を一年分ゲットだぜ。

 当初想定したより一年長く、ソフィアちゃんとの共同生活を送れると考えれば悪くない。魔道貴族の顔に泥を塗るような真似をしたのは申し訳なく思うが、過ぎたことに拘っても仕方ない。最高に小物感迸る行いだが、元々が小物であるからして致し方なし。

 よしよし。

「それでは、きょ、今日の試験は、これにて終了といたします……」

 席順的に判定待ちの最後尾が自分であった都合、リディアさんの号令により、これにて同日の試験は終えられた。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 上司のサブリナさんにお呼ばれして学園本舎を訪れた際のことでした。美味しいお菓子を御馳走となり、更にお土産まで頂戴いたしまして、自然と頬を緩ませつつも宿舎への帰り道を急いでおりました。

 そんな私の耳に廊下を歩む道すがら、不意に届けられた声がありました。

 それが向かう先より響いて来たと理解して、私は歩みを止めます。

「これはっ、これは凄いわよっ! もしもこれを私の名前で発表したのなら、クビを免れるどころか、次の組織長だって狙えるわ! ふふ、ふふふっ。別れた旦那だって、十分に見返してやれるわ! 見てなさい貧乏男爵、この私の躍進する姿をっ……」

 廊下を歩んだ先、少しばかり空いたドアの奥からです。

 どうやらちゃんと閉め損ねたようですね。

 この辺りの部屋は個室毎に防音の魔法が張られているそうで、戸さえ閉めていれば内側の音は廊下まで聞こえてこない筈です。サブリナさんが言ってました。慣れてしまうと少し怖い設備でしょうか。こういうことになりますし。

 声の主はそこそこ歳のいった女性と思われます。

 私より一廻り以上は年上なのではないでしょうか。

「理事長のお墨付きだかなんだか知らないけれど、所詮は平民。後から何か文句を言ってきたところで、どうにもならないでしょう。それよりも先に私の方で大々的に発表してしまえば、後は家の力でどうとでもなるわ」

 あまり聞きたくない台詞です。

 ちょっと勘弁して欲しいです。

 最近、こういうの多いです。

 万が一にも一介のメイド風情が耳としていたと知れたなら、私刑に断首は免れないでしょう。先日の一件はエステル様のお力により事無きを得ましたが、また次も同様に救済されるとは夢にも思いません。

 あぁ、私はなんて不幸なんでしょう。

「それにしても、恐ろしいまでの含有上限よね。従来の中級ポーション並かしら? まあ、それだけの魔力を一息に補填してみせた腕前は、伊達に理事長から推薦を受けて入学していない、といったところね」

 悪巧みの気配です。

 よろしくない感じがビンビンです。

 私がタナカさんの食事に混ぜ物をする際と同じ気配を感じます。

「ふふ、でも所詮はそこまで。まさか、失敗した筈のポーションが成功しているとは、夢にも思わないでしょうね。あの情けない顔を思い起こすと、笑いが止まらないわ。私の演技もなかなか捨てたものじゃないわね」

 回れ右をしたいところですが、ここを通らないと寮に戻れません。通路の反対側は袋小路なのです。仕方が在りません。しばらくをここに待って過ごすことにしましょう。万が一にも足音を耳とされては生死に関わりますから。

「ペサリ草の色素を処理することで、ここまでの魔力含有上限を得られるなんて、本当、真っ当な人間であれば絶対に気づかないわ。平民が故の気づきなのかしら。ふふ、卑しい者には卑しい者の視点があるということね」

 本当ならこの後、急いでお洗濯ものを取り込む予定でした。しかしながら、この様子ではそれも難しそうです。誰が誰の弱みを握ってニマニマしているのか知れませんが、迷惑な話もあったものですね。

 陽が落ちて冷たくなる前には取り込みたいのですけど。

「とは言え、如何に視点はあっても、そこまで。後は私が引き継いで上げるわ。唯一、問題があるとすれば、このどうしようもない味かしら? 旦那のモノを思い出して不快な気分になるのよね。あの人、いっつも飲ませようとしたし……」

 この調子だと難しそうですね。

 知りたくない他人の家の性生活を知ってしまいました。

 ところで、男性のアレってどんな味がするのでしょうね。

 気にならないと言えば嘘になります。

「まあ良いわ。ここまで顕著な効果が見込めるのであれば、味の一つや二つはどうとでもなるでしょう。それよりも優先すべきは学技会での発表資料かしら。あと数日しかないから急いで作らないと」

 学技会という単語は私も噂に聞いたことがあります。

 なんでも学園の先生方が催す会議の一つだそうです。ここの学校でも取り分け重要視されているイベントとのことで、学園の先生方はその会議でご自身の一年間の研究成果を他の先生方に発表するのだそうです。

 そして、学技会での評価に従って、先生方の人事は為されるのだそうです。研究成果の出来が悪いとクビになってしまうこともあるのだとか。例外は一人もなくて、教員の方は全員、参加が義務づけられているのだそうです。

 生徒も臨めば参加できるそうですが、あまり一般的ではないとのことで。

「ふふ、この試薬は私が有効に使わせて貰うわ」

 また一人、気の毒な平民の方が、お貴族様の糧となったようです。

 学園は怖いところですね。

 これを耳とする私には何も出来ません。

 見ず知らずの誰かの為に、命を張るなんて有り得ません。

 でもまあ、平民代表としては少し悔しいので、お名前くらいは確認しおきましょう。それとなくドアの辺りを確認すれば、幸いにも同室が如何様な場所であるか、お誂え向きにプレートが下げられています。

 リディア・ナンヌッツィ、だそうです。

 このフロアは学園の教員や一部の上級職員の方へ与えられた事務用の個室が連なるエリアです。ですので、恐らく同所に笑い声を上げる方の名前は、今に私が確認したプレートのそれに間違いないでしょう。

 ただまぁ、全く知らないお名前ですね。

 エステル様ならご存じでしょうか。

 でも、わざわざこれだけの為にご確認をお願い申し上げるのも失礼ですよね。

「ふふっ、うふふふふっ。これで私は更に上を目指せるわ」

 お貴族様の独り言は、それから半刻ばかりを延々と続きました。

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