挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫

本文

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

23/135

寮生活 二


 エステルちゃん襲撃事件から数日が経過した。

 夜中は寝ずの番に立ち、日中帯は日が暮れるまで睡眠という、完全に昼夜の逆転した生活である。その間に他者との接点はと言えば、ソフィアちゃんと共に摂る夕食、或いは就寝前のエステルちゃんと多少の挨拶が精々である。

 何故にこんな頑張っているのだろう、思わないでもない。

 とは言え約束は約束だ。ちゃんと守らねばなるまい。

 ロリコンに二言はないのだ。

 当面、首謀者が捕らわれるまでは続けたいところである。

 目の前でエステルちゃんの首をかっ切られた光景は、自身へ決して小さくない衝撃を与えていたよう。また同じような事件が起こり、彼女が失われては、などと考えたら、なんかこう、凄く心が落ち着かない。彼女は非処女に違いないだろうが、同時に学校を同じくする知人でもあるのだ。パーティーを組んだ仲でもある。心配をするのも致し方なし。

 という訳で、今日も今日とて夕食の席、ソフィアちゃんにご報告だ。

「すみませんが、本日も外に立ちますので」

「あ、はい」

 彼女との二人っきりな食事にもだいぶ慣れた。

 ここ数日は少しずつ会話の質にも向上が見られる。

「あ、あの、ところでタナカさん……」

「はい、なんでしょうか?」

「今日のスープ、お味はいかがですか?」

「っ……」

 しかも本日に至っては、ソフィアちゃんの方から語り掛けてくれた。なんという大盤振る舞いだろう。サービスが良すぎるよこのメイドさん。そんなふうにされたら、もう惚れてしまうではないですか。

「……タナカさん?」

「はい、とても美味しいと思いますよ。私の好みの味ですねっ」

「本当ですか?」

「ええ、本当ですとも」

「…………」

「どうかしましたか?」

「……いえ、あの、少し塩気が濃かったりは……」

「塩気ですか? いいえ、むしろ深みの感じられる味わいだと思いますが」

 どんなもんだ。

 目指せソフィアちゃんルート攻略である。

「本当ですか? それじゃあ、わ、わ、私、お替わりを貰ってきますね」

「え?」

「急いで貰ってきますので、すみませんが、少し待っていて下さい」

「いえ、あの、別にそこまでして貰わなくても……」

 言うが早いか席を立つと、彼女はサービスワゴンを押して部屋を出ていった。甲斐甲斐しさ炸裂のソフィアちゃん最高にメイドチックレボリューション。これは一つ屋根の下、二人きりの生活が凍てついた彼女の心を解きほぐした可能性大。

「本格的に個別ルート入ったかも分からんね」

 決して小さくない充足感を感じる。

 なかなか悪くない寮生活だ。

 まわりには十代の中頃の若くて可愛い女の子が沢山だし、ご飯も毎日美味しいし、家事は全てメイドさんがやってくれるし、冷静に考えて持ち家での一人暮らしより、遙かに生活の質ってヤツが向上して思える。

 肝心の授業は、まだ一度しか出席していないけどな。

「…………」

 この調子で落第に落第を重ねて寮に居座るのも悪くないな。

 流石にそれは体裁が悪いだろうか。

 でも、そうしたいと思うだけの魅力が、ここにはあるのだ。素直に諦めるのは惜しい。もしかして教員への雇用制度とか、あったりするのだろうか。ポスドク的な。ここは一つ魔道貴族に確認してみるべきだろう。

 あれこれと妄想しながら、愛しのメイドさんが戻るのを待つ。

 しかしながら、どうしたことだろう。待てど暮らせど我が愛しのメイドさんはお部屋に戻ってこなかった。一緒に食事をしたいという気持ちが自然と箸の進みを送らせて、いよいよ手元の料理も冷めてゆく有様だ。

 何某か順番待ちでも発生しているのだろうか。

 更にしばらくを待ってみる。

 けれど、それでも彼女は戻ってきてくれなかった。

「……様子を見に行った方が良さそうだな」

 半刻ほども待てば、流石に不安となった。

 エステルちゃんの一件もある。

 もしも相手が標的を他に移したとしたら、厄介なことになる。

 あまり想像したくない未来だろう。



◇◆◇



 部屋を後として寮内を歩むことしばらく。

 調理場は一階に発見した。併せて食堂も併設されており、そちらで食事を摂ることも可能のようだ。ちょうど夕食時とあって、人の出入りも相応といったところ。大半は制服姿の学生たちである。

「…………」

 そっと入り口から中の様子を窺う。

 同じ制服姿でも要所にシャレオツなアクセサリをしていたり、靴がやたらとテカっていたりと、講義棟に眺める有象無象の生徒と比較しては、幾分か身なりの良い生徒が揃っている。上流階級の為の寮云々は決して嘘で無かったよう。

 選ばれし師弟たちが、食事を摂りながら、楽しそうに歓談している。

 当然ながら学生寮なので、客層は皆々十代の若者たちだ。二十代と思しきも多少は見られるが数は圧倒的に少ない。給士に従事するメイドさん一同も、意図在ってのことだろう。取り分け若くて可愛い子が揃っているように思える。

 食事を部屋まで運んでくれるソフィアちゃんの有り難みが身に染みたぜ。

「あ……」

 食堂の一角に人垣が出来ているのを発見した。

 なにやら賑やかにしている。集まっているのは男子生徒が大半だ。数名ばかりが集まり、机の一つを囲っているよう。人の背に阻まれて詳しいところは知れないが、その中央に何かしら面白いものがあるのは間違いなさそうだ。

「…………」

 ちょっと興味をそそられた。

 時折、おおぉ、うぉおお、などと挙がる声が意識を引いて止まない。

「……ちょ、ちょっとだけ」

 言い訳するように呟いて、いざ食堂へ。

 出入り口を過ぎて、一直線に男子生徒たちの集まる場所へ向かった。

 外縁から爪先を伸ばして、生徒たちの肩越しに中の様子を窺う。すると、どうしたことだろう。そこでは俺が見たくて見たくて、かれこれ数週間に渡り我慢していた光景が広がっているではないか。

「……か、かんにん、してください」

 涙目のソフィアちゃんが、テーブルの上に座っていた。

 両手は自らのスカートをたくし上げており、内側が丸見えだ。

 おパンツは白。

 おパンツは白であります。

 ちょっとスジの部分に黄ばみがございます。

 黄ばみでありますぞ殿下。

「ほら、さっさと脱ぎなよ。その汚い下着を」

 テーブルを囲う生徒の一人が、手にした杖の先でソフィアちゃんの胸を突いた。上乳丸出しのメイド服でありますから、その先端は素肌に触れて、ふにゅんと彼女のお乳を凹ませます。このままでは隙間から乳首がお目見えの予感ですよエディタ先生。

 彼の傍らには他にメイドさんが一人立っており、一緒になってテーブルの上の痴態を眺めている。恐らくは彼の下に付いた人なのだろう。ソフィアちゃんより幾分か年を取っており二十代前半と思しき女性だ。

「どうか、か、かんにんしてください……」

「誰のメイドに難癖つけたのか、しっかりと教育してやらないとな」

 涙目で嫌がるソフィアちゃん。

 これにニヤニヤとイヤらしい笑みに眺める男子生徒グッジョブだ。

 当面のオカズは今のシーンに決定である。できることなら、お茶の一杯でも飲みながら最後まで鑑賞したい気分である。純愛から陵辱まで、俺は幅広いフィールドで活躍できるマルチプレイヤーなのさ。

 とは言え、主演女優がソフィアちゃんとあっては、まさか、放り置く訳にもいかない。テーブルの傍らには彼女が部屋から押していったワゴンがちらり。その上には俺が美味しいといったスープのお替わりが乗っていた。

「…………」

 非常にキュンとした。胸キュンしちゃった。

 男ってこういう状況に弱いよね。

 最高に可愛いよソフィアちゃん愛してる。

「ちょっとすみません、そこまでにして貰えませんか?」

 テーブルを囲う男子生徒の間を少しばかり強引に通る。

 俺の現れたるはテーブルの目前。

「た、タナカさんっ!?」

 ソフィアちゃんの乳と、尻と、太股と、パンツのスージーを、ちらりちらり確認して後、俺は彼女に杖を突きつける男子生徒へと向き直る。都合、観衆の中で彼女を傍らに、彼らと対立する形だろうか。

「……誰だ? おまえ」

「彼女のルームメイトですが」

「あぁ? 使用人風情が誰に口を利いている?」

 そう言えば、今の俺は普段着だった。

 いわゆる旅人の服ってやつだ。

 人は外見で判断してはいけませんと熱心に教えてくれた先生が、イケメンの教育実習生とイヤーンな関係になって二週間後に早期退職するようなこの時世、人は人を外見でしか判断できないのだよ。

 ちょっとこれは面倒かも知れない。

 まあ、仮に制服を着ていたところで、俺自身は平民な訳だけれど。

 ドラゴン退治の名声も世間的には魔道貴族やエステルちゃんの下に紐付いていったからな。この見窄らしい中年野郎が何者かと言えば、やっぱり見窄らしい中年野郎以外の何者でもない訳である。

「すみませんが、彼女を解放してください」

 とは言え、始まってしまったものは致し方なし。

「ほら、ソフィアさんも、スカートを下げて」

「でも、あ、あのっ! それではタナカさんが……」

 促しては彼女の手を取る。

 半ば無理矢理にテーブルの上から床へと立たせた。

 スカートの中に、さようなら、黄ばみスージー。

「ちょっと待てよ。なにを勝手にやっている? 私を誰だと思っているんだ?」

「彼女は私のルームメイトですので、これ以上の侮辱はご遠慮下さい」

「私はこの国の税務次官、ジーモン・ハーゲンベックの息子、ウツ・ハーゲンベックであるぞ。まさか知らずに声を掛けたなどとは言わないだろうな?」

 途端に機嫌を悪くする男子生徒A。

 これは彼に限らない。周りを囲う男子生徒BからC、以後Hまで一様に顰め面となり、威嚇するようこちらを睨み付けてきた。オヤジ狩りに遭ったオヤジの気分って、きっとこんな感じなんだろうな。普通に怖いわ。どいつもこいつも白人系だし。

「大変に恐縮ですが、この通り流浪の身の上にありまして……」

 とりあえず醤油顔アピールしておく。

「不愉快な使用人だな。この場で焼き殺してやろうか?」

「どうすればご容赦を願えますか?」

 いつだかの魔道貴族に同様、この場で彼らをこんがりさせることは容易だ。

 しかしながら今後の学生寮生活を思えば、不要に争いの種を撒くのは良くない。ソフィアちゃんだって、当面はこの寮が生活の場となるのだろう。下手に恨みを買っては日々穏やかに過ごすことも叶うまい。

 であればこそ穏便にやり過ごすべく舵を取ろう。

「今すぐに土下座して、そのメイドをこっちへ寄越せ」

「土下座だけで勘弁しては貰えませんか?」

 とりあえず土下座っておく。

 人間、素直が一番だ。

 人としての尊厳など既にクリスティーナ戦で失って久しい。全裸にフルボッコの上、糞まみれの尿まみれ。あれと比較すれば土下座の一つや二つ、なんら問題はない。むしろ上等な部類に入るだろう。

「どうかお願い致します」

「なんだこの使用人は? ふざけたヤツだ」

 ぐにっと後頭部に足を乗せられる感触ゲットだぜ。

 額がゴツンと床にぶつかって痛い。

 グリグリされてる。割と強烈にグリグリきてる。

「どうした? 女の前で恰好付けるんじゃないのか?」

「いえいえ、滅相もない。むしろ私は女に苛められる方が好みでして」

「おいおい、オマエら聞いたか? とんだ変態野郎じゃないかっ!」

 男子生徒Aが囃し立てる。

 応じて男子生徒BからHまでが、ケタケタと賑やかに笑った。どうやらリーダー的存在であるAを中心として集まったグループのよう。いわゆる派閥ってやつだろう。となれば、相応に偉い貴族の息子に違いあるまい。

 やはり下手に事を荒立てては面倒なことになりそうだ。

「はい、私は変態野郎にございます。ですので、この場は私を笑うに過ごして、どうか彼女を解放しては頂けませんか? この通りでございます」

 とりあえず額にそっと回復魔法を掛けておこう。

 よし、痛くなくなった。

「誰が帰すものか。そのメイドは俺のメイドの仕事に横やりを入れてきたんだ」

「彼女が貴方のメイドになにをしたというのでしょうか?」

 土下座スタイルのまま交渉を継続だ。

「なんでも俺の衣服を物干し竿から落として、足で踏みにじったそうだ。貴族相手にメイド風情が大したことをしてくれたものだ。まさか許せる筈もないだろう?」

「それは思い違いではありませんか? ソフィアさんは心優しい美少女です」

「っ……」

 すぐ近くでスカートの擦れる音が聞こえた。

 心優しいとか、ちょっと盛った感ある。けどまあ、今日は俺なんかにも自分から話題を振ってくれたし、きっと根は良い子に違いないと信じているぞ。

「ではなんだ? オマエは私のメイドが嘘をついているとでも言うのか?」

「いいえ、そうではありません。全ては不幸な勘違いから始まったのではないかと。往々にして人の世の悲劇とは、些末なすれ違いから生まれるものです」

「はっ、まるで舞台作家のような言い回しだな? 滑稽な男だ」

「ですから何卒、ご容赦を願えませんでしょうか?」

「無理だ。いいから女を寄越せ。でなければこのまま頭を砕かれて死ね」

「…………」

 どうしよう、流石にお偉いさんの息子は我が強いぞ。

 このままだと乱闘コース一直線だわ。

 折角、ソフィアちゃんとの二人暮らしも良い感じになってきたのに。

 やはり俺には過ぎた幸福だったのだろうか。思わないでもない。

「ええい、目障りだ。殺してくれる」

 もはやこれまでか。

 致し方なし、ファイアボール大感謝祭を決行するべく覚悟を決める。

 そうした頃合の出来事だった。

「貴方たち、なにをしているのかしら?」

 不意に聞き慣れた声が耳に届けられた。

 凛として良く響く声だった。

 土下座は継続の上、それとなく首を捻り、声の聞こえてきた側へ視線を向ける。すると、そこでは男子生徒に混じって一人、制服姿の女子生徒が立っている。腰下まで伸びた長く艶やかな金髪とぺったんこな胸はまさか見間違うべくもない。

 お隣さんちのエステルちゃんだった。

「これはこれはエリザベス様、ご機嫌麗しゅう」

 ふっと頭部から圧迫感が消えた。

 男子生徒Aの側へ意識を向ければ、彼はエステルちゃんに向かい優雅に一礼。両足を揃えてピンと背筋を正し、腰を少しばかり折っては腕を胸の前に。こういうポーズってイケメンがやると最高に映えるから、ブサメンとしては立つ瀬無いよな、マジで。

「このような場所にどういったご用事で?」

「貴方を殺しに来たの」

「……え?」

 物騒な文句だった。

 次の瞬間、エステルちゃんの腕が動く。

「なっ……」

 彼女の指先が男子生徒Aの頭部へ向けられて直後、正面に浮かび上がったのはバレーボール大の火球。それは轟々と激しく火の粉を散らせながら、一直線、彼の顔を目掛けて飛んでいった。

 なんら躊躇のない一撃。

 対するは彼は、まさか攻撃されるとは思っていなかったよう。

 躱すことも叶わず、直撃を受けて首から上を消失させた。

 ドンと低い音を立ててファイアボールが炸裂する。俺は咄嗟、傍らに立つソフィアちゃんを抱いて床へと伏せる。背中にチリチリと火の粉の落ちる熱が感じられた。このロリビッチ、いきなりなにをしてくれるのだ。

 おかげでソフィアちゃんを合法的にギュッとできて嬉しいぞありがとうございます。

「う、うぉああああああああああっ!」

 男子生徒Cくらいが大きく声を上げた。

 皮切りに騒動は食堂全体へと伝わってゆく。

 しかしながら、これを受けても当事者たる金髪ロリータはなんら揺るがない。床に伏した俺とソフィアちゃんへ向かい、見ているこちらが怖くなるほど、やたらと穏やかな笑みにその手を差し出した。

「次は誰を殺せば良いかしら?」

「……いや、す、少し冷静になってください。エステルさん」

「むりね」

「…………」

 ふと思った。

 誰かに愛されるって素晴らしいことだな。

「たしかに私自身は貴方やファーレン卿ほど強くないわ。ドラゴンだって一人じゃ倒せない。けれど、この身の上はフィッツクラレンス家の一人娘であり、一昨日からはフィッツクラレンス子爵よ? この学園で殺せない相手なんていないわ」

「…………」

 俺やソフィアちゃんが同所に暴れ回ったら、まず間違いなく憲兵が飛んでくるだろう。当然、牢屋にインだ。メルセデスちゃんとの出会いの場へ再収容だ。十中八九で満足な裁判も受けられず処刑だろう。残された道は力任せの国外逃亡である。

 しかしながら、エステルちゃんなら話は違ってくる。

「……あの、あ、ありがとうございます。助かりました、エステルさん」

「お礼はベッドの中でして貰えないかしら?」

「ですから、その、そういったことはあまり口外されないほうが……」

 人を一人殺してテンションがあがっているようだ。

 普段より積極的な姿勢を見せてくれるノーブルビッチ。

 なんて男らしい。

 彼女の登場により、騒動はより大きな騒動に飲み込まれて、収束する運びとなった。いや、どちらかと言えば無限域に発散したとも言えるが、まあまあ、いずれにせよ下々たる俺やソフィアちゃんには些末な違いである。




◇◆◇



 翌日の学園は一つの噂で持ちきりだった。

 曰わく、同国で税務次官を務めるジーモン・ハーゲンベックが、フィッツクラレンス家の令嬢、エリザベス・フィッツクラレンスを亡き者にしようとした。

 突拍子もない話である。ただ、出所は当人であるからして、これを否定するだけの材料を持つ者は誰もいない。昨晩、息子ウツの死を耳とした父親ジーモンが、着の身着のまま屋敷より逃亡せんとしたところに由来している。

 なんでもウツの親父さんこそが、一昨日の晩、エステルちゃんに刺客を放った黒幕であったとのこと。息子を当人に殺されたことで、自らの行いに気付かれたと早合点した彼が、勝手に自爆した結果である。

 なんでも慌てに慌てた結果、自身が乗り込んだ馬車を急がせるあまり、余所の貴族の馬車にぶつけてしまったのだそうだ。しかもぶつけた先がフィッツクラレンス派閥の貴族が乗った馬車であるというから、親子揃って運のないことである。

 偶然の事故を勘違いした彼は観念、その場で命乞いを始めたのだという。

 我々としては、なんたるラッキー。

 傍らに存在したソフィアちゃんの存在を崇めずには居られない。伊達に高LUKしていない。今回は俺もエステルちゃんも、そんな彼女の恩恵に与った形だろう。でなければ、偶然に殺しちゃった相手が刺客騒動の黒幕の息子とは滅多でない偶然である。

 エステルちゃんに関する面倒と併せて一石二鳥に面倒が解決だった。

「流石はフィッツクラレンス様ですわっ!」「私は信じておりましたわっ!」「本当、憧れますわ、フィッツクラレンス様っ!」「是非とも次のお茶会では、フィッツクラレンスさまの武勇伝を聞かせて頂きたく申し上げますのっ!」「私もっ、是非、私にもお願い致しますっ!」

 おかげで学園におけるエステルちゃんの株はうなぎ登りだ。

 同伴登校する俺も似非ハーレムの規模増大で嬉しい限りだろう。

「別に大したことではないわ」

「あぁ、そうした謙遜な態度が素敵です、フィッツクラレンスさまっ!」「わ、わたし、実はフィッツクラレンスさまの事がっ!」「ちょ、ちょっと、あなた、流石にそれはフィッツクラレンスさまにっ」「フィッツクラレンスさま、よろしければ私が主催するお茶会にゲストとしていらっしゃって頂けたらとっ」「貴方、それは図々しいにも程がありますわよっ!?」

 とんでもなく賑やかだ。

 しかし、息子のミス一つで親父諸共首が飛ぶとは、学園も恐ろしいところだ。問題の税務次官を務めるハーゲンベック家は、その上司である財務大臣のなんとかという家に見放されたらしく、一族郎党、色々な罪状を押っ被されて粛正されたのだとか。

 既に亡かった息子は元より、他に一人在学していたリリシアという娘もまた、陵辱、拷問の上にギロチンだそうな。公開処刑というやつである。それもこれも相手がエステルちゃんであったから。俺やソフィアちゃん相手では有り得なかった出来事である。

 フィッツクラレンス家ヤバい。

 どんだけ権力持ってるんだ。

 本格的に今後のお付き合いを考えてしまう。

「難しい顔をして、ど、どうかしたのかしらっ?」

「いえ、なんでもありません。エステルさん」

「そう? なにか困ったことがあれば、私に言って欲しいわ!」

「いえいえ、貴方の手を煩わせるようなことは滅多でありません」

「貴方に頼られるのは、とても嬉しいわ! 遠慮なんていらないの」

「いえいえいえ、親しき仲にも礼儀ありというヤツですよ」

 自然と魔道貴族の勝手の良さを再認識だろう。

 こっちのロリ貴族は最終兵器さながら。まるでブレーキが利かないドラッグレーサーだ。下手に頼るべきではないと理解した次第である。伊達に良家のお嬢様やりながら、冒険者など手を出していないということだ。

 今後は距離感を大切にしていこう。

「エ、エステルっ!」

 不意に彼女の名前を呼ぶ声が響いた。

 何者か。

 周囲を囲う女子生徒たちが声の主を当人の元へ届けるよう、自然と歩みを動かしては道を空けてゆく。ならば開けた人垣の先、そこには俺もまた見知った相手の姿があった。騎士恰好のアレンである。

「……アレン? こんなところまで来て、どうしたの?」

「君に、は、話があるんだっ!」

「私はないわよ?」

「お願いだ、少しだけ、僕に時間をくれないか」

「それは構わないけれど、これ以上、私は貴方に愛を囁かれたくないの。私が貴方に与えることのできる時間は、同じ仲間としての時間だけ。それ以外の時間は既に全て、一切合切を彼の下へ向けているわ」

 ちらり、エステルちゃんの視線を感じた。

 随分と愛されてるじゃないかい。

 たまらねーな。

 これにはアレンもまた、少なからず思うところがあった様子だ。

「…………」

 ギュッと固く拳を握ると共に、感極まった様子で言葉を続ける。

「分った。エステル、分ったよ」

「本当に? 私は貴方をまるで分ってあげられないのだけれど」

「僕は騎士団を辞める。アレンという名も捨てる。この国を去ろうと思う。けれど、それは決して君を諦める訳じゃない。必ず戻ってくる。君の元に戻ってくる。君に相応しいだけの男になってね! そして、再び君のハートを射止めてみせるっ!」

 なんだこのイケメン、やたらと暑苦しいこと語り始めたぞ。

 っていうか、騎士団辞めたら駄目だろ。

 せっかく立派なところに就職できたのに。

 同期の間では出世頭って俺も以前に噂で聞いたぞ。

「あの、アレン、騎士団は辞めない方が良いと思うわ」

 流石のエステルちゃんも心配しているぞ。

 大きな家の貴族様だからこそ、その辺りの大切さは理解しているのだろう。

「いいや、僕はもう決めたんだっ!」

 アレンが、アレンが病んでしまった。

 イケメンや女は孤独耐性が低いからな。番いの居ない期間が長引くと鬱ってくるのは仕方がない。年単位でソロ活動が可能なのは、我々のような強靱な孤独耐性を持つエリートブサメンくらいなものだ。

「アレンさん、早まってはいけませんよ」

 ここは是が非でも留めるべきだろう。

 ヤツはイケメンだし、なかなか器用だし、どこへ行っても上手くやって行けるだろう。そこがホモの国でない限り、きっとコイツは大成するだろう。そんな気がする。この手のイケメンは旅で成長して凱旋するって相場が決まっているのだ。更に放浪の最中、各地で築いた国際色豊かなハーレムのおまけ付きでな。ああ、間違いないだろう。

 しかしながら、流石にそれは先の長い話だ。

 むしろ彼が戻るより、エステルちゃんがアレンへの愛を取り戻すのが先だろう。

「今のお二人は冷静でありません。少し時間を設けるべきです」

 となれば、再びアレンを求め始めたエステルちゃんが、その周囲を巻き込んで面倒を引き起こすのは目に見えている。そして、その時、恐らく彼女の近くに立っているだろう俺が巻き添えを喰らうのは、まさにここ最近のテンプレじゃないか。

 それだけは勘弁して頂こう。

 これ以上、ヤリチンとビッチの情事に振り回されるのは御免だ。

「いいえ、私は冷静ですよ、タナカさん」

「では考え直すべきです、アレンさん」

「貴方は素晴らしい人です。とてもではないが、今の僕では貴方と比較される資格すら持ち得ません。隣に並ぶことなんて許されないと、自分で自分が理解出来るのです」

「そんなことはありません、アレンさんほどの人格者を私は他に知りません」

 どうしてエステルちゃんといい、アレンといい、魔道貴族にしたってそうだし、誰も彼も思い立ったが一直線なのか。この国の人間の性さがなのか、行動力や決断力があり過ぎてハラハラドキドキが止まらないわ。

 っていうか、イケメンが騎士恰好で吠えるから、生徒が集まってちゃってる。

 ちょっと勘弁して欲しいだろ。

「タナカさんにそういって頂けることを誉れに思います」

「いや、あの、アレンさん……」

 目が逝ってしまっている。

 なんかこう、決意と使命感を帯びた勇者的眼差しだ。

 ほら、あっちこっちで、女子生徒の幾らかが、ポッてなってる、ポッて。彼女に愛を語りに来て数分、速攻で他の女を惚れさせるって、どういう芸当だよ。

 しかし、肝心なエステルちゃんはさっぱりだ。

 これまであったら、同じようにポッとなっていた筈なのに。

「そう、貴方の決意は理解したわ、アレン」

「はい、エステル」

「好きなようにすれば良いわ。けれど、私の思いは絶対に変わらないわよ」

「絶対に変えて見せます」

 ジッと正面から向かい合い、熱い眼差しを交わす二人。

 美男美女がやれば、まったく、絵になる光景じゃないか。

 舞台が荘厳な作りの学園廊下である点もポイント高い。

 まるで映画みたい。

 隣に映り込んじゃってるブサメンとしては申し訳なくなるほどさ。

「それじゃあね、アレン。健康には気をつけなさいよ」

「もう、僕はアレンではありませんので」

「え、えぇ……そうだったわね。けれど、名前が無いのは不便よ?」

 まったくもう本格的に格好良いな。

 エステルちゃんが引くくらい格好良いわ。

 呆然としていると、アレンの格好良さはこっちにまで飛び火してくれた。

「タナカさん、一つだけお願いがあるのですが」

「え? あ、はい、なんでしょうか?」

「どうしても貴方にお願いしたいのです。僕に、僕に新しい名前を下さい」

「え……」

 今度はなんだよおい。

 展開が早すぎるぞ。

 このまま旅立ちを見送るには危険な病み具合だ。

「他ならぬ僕自身が尊敬する、貴方の与えてくれた名前が欲しいのです。それはいつか貴方の隣に立つ、僕という存在を自身の中に、そして、ライバルである貴方の中も、確かに残してゆきたいのです」

「そ、そうですか」

 いきなり名前をくれとか言われても全然浮かばねぇよ。

 この国の習慣みたいなものだろうか?

 それともイケメン流の恰好付けか?

 いずれにせよ、ちょっと待ったが利くような状況でもない。

 周囲がそれをさせない。

 えぇと、そ、それじゃあ。

「サイトウの名を貴方に与えましょう」

 咄嗟に出てきたところを口にする。

 しまった、名前じゃない。これ苗字だ。

「ありがとうございます。今日から僕はサイトウを名乗ります」

「え、えぇ、気に入って頂けると嬉しいです」

 まあいいや、この国の連中には分かりやしないだろう。

 俺もタナカで通してるしな。

 っていうか、本当にそれで良いのかアレン氏。

「では、他に寄るところがあるので、これで失礼しますっ」

「あ、あぁ、はい……」

「えぇ。さようなら、サイトウ」

 エステルちゃん、既にサイトウ呼ばわりだよ。

 すっげぇ切り替え早いなこの子。

「…………」

「…………」

 俺とエステルちゃん、更に大勢集まった学園生徒に見送られて、アレン改めサイトウは踵を返すと、我々の元から去って行った。なんかこう、背中で語っている感じが、最高にイケメンだったわ。去り際までカッコイイとか、男として憧れるよな。

 しかし、なんだろう。今し方のフレーズ、どこか耳に覚えがあるんだよな。

 ただ、どこで聞いたのかが思い出せない。

「…………」

 まあ良いか。

 思い出せないということは、そう大した問題ではないということだろう。

 それ以上の思考を放棄して、俺は久方ぶりの授業へ向かうこととした。

 なんでも試験があるとのこと。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ