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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫
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錬金術師エディタ 二


 入寮二日目の朝。

「タナカさん、朝です……」

 ふと誰かの声が聞こえて目が覚めた。何事かと瞼を上げた先、何にも先んじて視界に収まったのは、ベッド脇に佇むメイド姿のソフィアちゃんだ。マジか。メイド姿の美少女に朝起こされるとかマジか。

 幸せ過ぎる。

 速攻で覚醒したわ。

 ちなみに寝室はリビングとは別に設けられていた。どうやらメイドさんの部屋と合わせて3LDKという間取りのよう。部屋数は普通だけれど、単純に広さだけを比較すれば、エディタ先生宅よりも広々だ。トイレやお風呂も完備である。

「あ、おはようございます」

「食事の用意が出来てます、ので」

「ど、どうも……」

 彼女は相変わらず芳しくない表情をしている。ただ、それでも仕事は仕事なのか、こちらの世話を焼いてくれるようだ。昨日に部屋まで案内してくれたメイドさんと比較してはどこか素っ気ないが、それでもスーパー嬉しいな。

 小さく会釈をして彼女はすぐに寝室を後とした。

 その背を追い掛けるよう、大急ぎに着替えを終えて自身もまたリビングへ。

 するとダイニングテーブルの上には出来たての朝食がズラリ。

 その傍らには食卓を用意するに利用したのだろう。金属製の手押しサービスワゴンがポツリ。小綺麗なデザインの二段作りだ。下段には湯でも入っているのだろうか、ポットの類いが空のカップと共に備えられている。

「お、おぉっ……」

 やばい、胸の奥から熱いモノが込み上がってくる。

 あまりにも嬉しくて、気付けば眦に涙がジンワリ浮かんでるヤバい。

 こういうの朝の団欒っていうんだよな。

 俺の人生には永遠に実装されないものだとばかり思ってたわ。

「……どうかされましたか?」

「え? あ、い、いやっ、なんでもないです。なんでも」

 これを大慌てに手の甲で拭い、椅子へと腰を落ち着ける。

 そこでふと卓上の光景を確認して、疑問が湧いた。

「これらはソフィアさんが作られたのですか?」

「食事の用意は別所で専門の料理人が行ってます。ただ、ここの寮は各部屋にもキッチンがありますので、担当のメイドに作らせる方や、実家から専属の料理人を連れてきている方もいらっしゃるとのことです」

「なるほど」

 学園での寮生活は、想像した以上に金が掛かって思える。庶民には手の出ない莫大な額の入学金も、こうした内情を鑑みては納得だろうか。

 叶うことなら、俺もソフィアちゃんの手料理が食べたいです。いつか時機を見てお願いしてみよう。その為にも彼女とは仲良くしなければ。

「ところで、どうして食事が私の分だけなのでしょうか?」

「はい?」

「ソフィアさんの食事は……」

「私はタナカ様が食べ終えてから自室で別に頂きますので」

「そ、そうですか」

 メイドの流儀というやつですな。

 或いは本心から俺と一緒に食事を摂るのが嫌か。

「…………」

 規則的には前者っぽいけど、本心は後者の気配が濃厚だ。

 メイドさんを背後に控えさせて頂くリッチな食事は男の浪漫である。一度と言わず二度三度と経験したい悲願である。あー、ちみちみ、これおかわり。

 しかしながら、それは対応してくれるメイドさんが、正規の教育を受けたメイドさんであるからこそ、遠慮無く堪能できる贅沢というものだ。

 ソフィアちゃんのような小動物系の即席なんちゃってメイドに、死んだ目で見つめられながら頂く食事というのは、如何せん居心地が悪い。食欲にも増して罪悪感が先立つ。

 故に提案。これも二人の距離を縮める為の策略さ。

「不都合がなければ一緒に食べませんか?」

「それはメイドの仕事に含まれないと伺いましたので……」

「では恐縮ですが、仕事の一環としてお願いします」

「仕事、ですか?」

 ソフィアちゃんの表情に焦りが生まれる。

 一連のやり取りに何か問題でもあっただろうか。

「難しいでしょうか?」

「ですが……」

「同じものを食べるのであれば、一緒に食べてしまった方が片付けも楽でしょう。わざわざ自室に運ぶのも面倒だと思いますし、なにより、こちらも食事を一方的に見られているというのは、あまり気分が良くないので」

「っ……」

 多少を説明したところで、ピシリ、ソフィアちゃんの表情が凍り付いた。何故に凍り付いたのかは定かでない。ただ、傍目に間違いなく頬が引き攣って思える。今の言葉のどこに反応するべき点があったのか。

 いやまあ単純に、食卓 ~正面にブサメンを沿えて~ が嫌なのだろう。

 だが俺は諦めない。ソフィアちゃんと一緒にご飯を食べたいです。

「どうですか? 飛空挺では一緒に食べておりましたし」

「であれば……あの、ご、ご一緒させて貰います。すみません……」

「いや、別に謝る必要はないと思いますが」

 いそいそとサービスワゴンを押しては、キッチンへと歩んで行くソフィアちゃん。自身の分の食事を取りに戻ったのだろう。早々に運ばれてきたのは、今に俺が手をつけんとするものと同じ一式だ。どうやら事前に用意していたよう。

 手早く対面に並べては、彼女またダイニングセットに腰掛ける。そして、チラリチラリ、こちらへ頻りに視線をやりながら食事を始めた。あまり美味しそうに思えないのは、やはり食卓の風景に醤油顔の中年オヤジが映り込んでいる為だろう。

 ちなみにメニューはと言えば、パンっぽい何かと、目玉焼きっぽい何かと、サラダっぽいなにかと、チキンソテーっぽい何かと、スープっぽい何かだ。非常に豪華。各々、何かと称する理由は一重に、それぞれの材料に対いて自身の知識が及ばない点から。

「とても美味しいですね」

「……はい」

「このサラダもドレッシングがなかなか……」

「……はい」

「……す、スープも塩加減が絶妙ですよ」

「……はい」

 取り立てて会話らしい会話もないまま時間は過ぎていった。

 夕食の折には、何かしら話題を提供できるよう、ちょっと努力してみよう。

 いつかソフィアちゃんと共に、きゃっきゃウフフしながらご飯を食べるのだ。



◇◆◇



 食事を終えて以後、向かった先はエディタ先生宅だ。

 学生寮を後として徒歩に一刻ばかりを歩んでのこと。暖かな気候も手伝い、同所へ到着する頃にはうっすらと額に汗が滲んでいた。これを目的地の近場、喫茶店に腰を落ち着けて引っ込めることしばらく。

 訪れたるは勝手知ったる他人の家。

 玄関ドアをノックしたところ、ご在宅であった先生が顔を覗かせた。彼女は昨日の今日で現れた中年野郎を、けれど、無碍にすることもなく、相変わらずな仏頂面に通してくれた。案内されるがまま向かった先は、自身もまた馴染みのあるリビングだ。

 或いは断られるかとも考えていたので良かった良かった。

 そんなこんなで、今、二人は向かい合わせに設けられたソファーに各々が腰掛けては正面から向かい合っている。ソファーテーブルにはカップが二つ。先生の手により入れられたお茶が、ゆらゆらと穏やかに湯気を上げている。

「あぁ? 若返りの秘薬のレシピだと?」

「えぇ、もしよろしければご教示願えませんでしょうか」

 同所を訪れた理由は唯一、彼女に教えを請う為である。

 自身が錬金術などという怪しげな道へ一歩を踏み込むに至った一番の理由。

 若さ。

 若さが欲しいのだよ。

 そうすればきっと、俺だって彼女とか恋人とか、そういう感じのサムシングが。

「先生の著作のなかで唯一、そこだけページに欠けがありました」

「……まさか全てを読んだか?」

「すみません、まさか先生が存命とは思いませんでして」

「ふんっ、語ってくれるじゃないか」

 大仰にも足を組んで金髪ロリータ先生。

 本日も先日に同様、ミニスカローブ着用なのでパンチラ。

 太股に至っては付け根まで丸見え。

 眼福、眼福。

 いつか黒のガーターベルトをプレゼントしたい。

 絶対に似合う。

「とは言え、流し見た限りで忘れている点も多いとは思いますが」

「ふぅん?」

 パンチラ錬金術師はなにやら閃いたよう、意地悪な笑みを浮かべる。

 釣り目がちな彼女は意地悪な表情がとてもよく似合う。可愛い。

「スルペマ液を調合する際に利用する中和剤の材料は?」

 錬金術ナゾナゾだ。

 答えは運良く覚えている内容であった。

 なのでツラツラと。

「ある著作にはザーンメ液との記載がありました。しかしながら、その二年後に書かれた別の著作には、同液にラフェの実より抽出した油をニ対一の割合で混合することにより、効能を向上させることが可能とのコラムが記載されていたと思います」

「…………」

「どうでしょうか?」

「……ふんっ、大した人間だな」

 一変して面白く為さそうな顔をする。

 そんな先生もやっぱり可愛い。

 ロリの癖にやたらとムチムチしている太股が堪らないだろ。

 むぎゅっと頬を挟まれて窒息したい。

「先生ほどではありませんが、多少の教養は持ち合わせておりますので」

 自分が優秀だとは思わないが、馬鹿だとも思わない。

 普通だよ。普通。

「確かに、オマエの言うとおりだ。指摘されたレシピには欠けがある」

「何か理由が?」

「……別に、そう大した理由ではない」

「差し支えなければ詳しいところを教えて頂きたいのですが」

「…………」

 問い掛けると、先生は続くところを失う。

 なにやら悩んで思える様子だった。

 誰にだって秘密にしたいことの一つや二つはある。もしかしたら、あまり強くは突っ込むのは難しいかも知れない。とは言え、若返りの秘薬こそ我が悲願を達する唯一の手立て。ここは何としても首を縦に振って頂きたい。

「すみません。勝手に書籍へ目を通したことに関しては謝罪します。ただ、私はどうしても知りたいのです。他に条件があるのであれば教えて下さい。お願いします」

「謝罪する必要は無い」

「そうですか? しかし、それでは……」

 語るエディタ先生は、どこか落ち着きがなかった。

 やはりページの欠けには何かしら理由があるのだろう。

「ではせめて、必要な材料だけでもお教えて貰えませんか?」

「っ……」

 問うたところで、ビクリ、先生の肩が震えた。

「先生、まだ体調がよろしくないのですか?」

「ち、違うっ! 違うぞっ!?」

「そうですか? であれば良いのですけれど」

 これ以上は聞かない方が良いのだろうか。

 なにやら色々と触れてしまいそうな気配を感じる。

 ただ、そうしたこちらの心配とは裏腹、彼女は続けた。

「あのページについては、私も少し記憶が曖昧なところがある。しばらく頭を整理する猶予が欲しい。そう長く待たせることはしない、それでは駄目か?」

「よろしいのですか?」

「当然だ。昨日、あれだけ私の方から催促したのだ」

「とは言え、無理矢理というのは好きませんので」

「う、うるさい。いいから大人しく待っていろ」

「であれば良いのですが……」

 どこか調子がおかしいエディタ先生。

 昨日と比較して覇気が衰えて思える。口では強がってみても、如何せん病み上がりだし、まだ身体の具合が良くないのかも知れない。或いは俺のフェイスが彼女のテンションを著しく削いでいる可能性も否定できない。

 冷静に考えると後者の気配がビンビンか。

 女性の一人暮らしへ長らく身を置くのはよろしくない。彼女は優秀な錬金術師である。叶うのであれば、生涯、良い間柄でありたいと思う。本格的にキモがられないうちに早めのさようならが推奨される。

「今日のところはこれで失礼しますね」

「……あぁ」

 貴重なロリトークをありがとうございます。

「本日はありがとうございました。エディタ先生」

「いや、構わない。秘薬のレシピについては難しいが、他であれば、なんでも応じてやる。このアトリエが欲しいというのであれば、くれてやっても良い。既に不要かも知れないが、棚にある本も全てな」

「ここは貴方のアトリエです。家を大切に思うからこそ、私は貴方からこのアトリエを奪うことはできません。私は私で、いつか自分に相応しい家を手に入れてみせます。その時はエディタ先生もお招きさせて頂きますね」

 めざせ注文住宅だ。

 中古なんてめじゃないぜ。

「……そうか」

「はい」

「それなら一つ、こっちから注文をいいか?」

「なんですか?」

「こうして尋ねてくるのは構わない。茶の一杯くらい煎れてやる。胸や股にチラチラと視線を向けるのも構わない。貴様はロリコンのようだ。幾らでも見れば良いこの変態め。ただ、私を先生と呼ぶのは止めろ。絶対だ」

「先生は先生ですよ。非常に優れた錬金術師の先生じゃないですか」

 胸と太股を見てたのバレてたし。

 わざわざ言葉責めしてくれる先生はサービス精神旺盛だ。

 伊達に一回拝んでないぜ生スージー。

「それがムカつくんだよ。オマエは私を馬鹿にしてるのか?」

「いえいえ、滅相もない」

「次に呼んだら、仮に秘薬のレシピを思い出しても教えてやらん。いいな?」

「……わ、分かりました。これからはエディタさんと」

「ふんっ」

 ロリを先生と呼ぶことに性的興奮を覚える俺はがっかりだよエディタ先生。

「では失礼しますね。エディタさん」

「あぁ……」

 彼女が頷くのを確認して、俺は同所を後とした。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 本当に私は運がありません。お酒の席に貴族様に絡まれたかと思えば、ドラゴン退治へ同行する羽目となり、命辛々、カリスの実家まで帰ってきた翌日には、何故か学園へメイドとして強制出向する羽目になっています。

 私が何をしたというのでしょう。こんなのあんまりです。

 頂戴した金貨は一枚も使っている暇がありませんでした。

「しかし、今朝は本当に辛かったですね……」

 まさか主人として当てられたタナカさんの目前で、自らの手に同じ食事を用意して、更に同じテーブルで飲食する羽目になるなんて。

 あぁ、思い出しただけで胃が痛くなります。

 これで相手が出会って間もない頃の彼であったのなら、まだ心中も穏やかでした。適当にはぐらかして、如何様にでも対処できたでしょう。

 しかしながら、今のタナカさんは大貴族様のお墨付きです。実体は貴族様となんら変わりません。いいえ、やたらと魔法が得意な分だけ、下手な貴族様より危険ですね。

「絶対に怒ってます。間違いなく怒ってますよ、あれは」

 きっとタナカさんは気付いていたのです。タナカさんが頂くという名目で、私が自身の分まで、ご主人様方向けの食事を用意していたことに。だからこそ、あのような回りくどいことをしたのです。

 でなければ、わざわざメイドを食卓に上げる理由が知れません。

「やたらと物腰穏やかなのが、逆に怖いですよね……」

 本来、メイドは主人と別に食事が賄いとして用意されます。当然と言えば当然でしょう。飯屋の娘である私だって、ちゃんと知っています。使用人が主人と同じ食事を口にするなど普通に考えたら有り得ないことです

 それを自らの手に主人の前で支度させるなんて、鬼畜の所行です。まだ怒鳴りつけられる方がマシです。だと言うにタナカさんは、ニコニコと満面の笑みを浮かべて、皿を並べる私を見つめていました。

 あの笑顔が怖くて堪りません。

「……はぁ」

 とても気が滅入ります。

 仕事をするにも気分が乗りません。とは言え、これを怠ってはどのような処分を受けるか、考えただけで身震いしてしまいます。げに恐ろしきはメイドの身分です。

 なので仕方なく、私は午前のお仕事を片付けるべく働いております。

 ちなみに現在はと言えば、タナカさんの着用済み衣類をカゴに乗せて、寮の廊下を水場へ向かい歩んでおります。一重に洗濯をする為です。

 どうして私が彼の衣類を洗濯しなければならないのでしょうか。

 本来なら今頃は実家で昼食の仕込みをやっている筈でした。

 下着とか微妙に臭ってきます。香ばしい匂いがします。父の下着よりはマシですが。でも、こんなものを洗わなければならないなんて、学園は酷いところです。

 でもやらないと、この身がどうなるか分かりません。学園のメイドは給料が良い一方で、仕事や躾が非常にシビアだと噂に聞いています。休みも碌にないそうです。

 この生活はいつまで続くのでしょう。

「あぁ……」

 溜息も洩れようというものです。

 自然と視線だって下がりがちになります。

 それが良くなかったのでしょう。

 周囲への注意が散漫になっておりました。

「きゃっ……」

「っ……」

 廊下の角を曲がったところで、誰かとぶつかってしまいました。

 相手は同じメイドでした。

 打ち所が悪かったのか、こちらが多少ばかり身を揺らした限りであるのに対して、相手は床に転がってしまいました。どうやら私と同様、洗濯へ向かう最中であったのでしょう。手にしたカゴを床に落としてしまい、辺りには衣類が散らばりました。

 こちらのカゴは私の腕に抱かれてセーフです。良かったです。

「あ、すみません。よそ見をしてまして……」

 それとなく語り掛けます。

 すると、尻餅をついた彼女は、こちらを見つめてきました。

「……ちょっと、ちゃんと前を見て歩いてくれない?」

 私より幾らか年上ですね。二十歳くらいでしょうか。

 出会い頭、見ず知らずな相手だというのに、ギロっと睨まれました。

「は、はい……」

「っていうか、どうしてくれるの? これ、洗い直しなんだけど」

「すみません……」

 曲がり角での出会い頭だったのですから、おあいこです。むしろ壮大に尻餅をついた点を鑑みるに、相手も私と同様かそれ以上、前を確認せずに歩いていたことでしょう。

 だというに謝りもしないで一方的に非難の声を上げるとは酷い人です。

 ただ、それでも一応は謝っておきましょう。ここでは新参ですから、無駄な騒動は避けるべきです。メイドの苛めは陰険で凄惨なものが多いと聞きますので。

「はぁ? なにそれ」

「いえ、あの……すみません」

「声が小さくて聞こえないのだけれど?」

「す、すみませんっ……」

 そこまで睨まなくても良いと思います。

 あと、さっさと起き上がれば良いのに、いつまで床に尻餅をついているつもりでしょう。私への当てつけでしょうか。だとすれば、とても性格の悪い女ですね。

 こんなことを考えている私が言えた義理じゃありませんが。

「すみませんで済むなら、洗い物は増えないのよっ! どうしてくれるのっ!?」

「あの、私、急いでますので……」

「あ、ちょっとっ!」

 こういう人とは関わらないに限ります。

 さっさとタナカさんの服を洗濯しに行きましょう。朝食での一件に加えて、洗濯までも満足に行えなかったとあっては、どんな仕打ちを受けるか分かりません。なにせ相手は大きなドラゴンさえ一人で倒してしまうような方です。

 こんなところで見ず知らずのオバサンに構っている暇はありません。

「ま、待ちなさいっ! 待ちなさいよっ!」

 何か吠えているけれど気にしません。

 すみませんを繰り返しながら場を脱しました。

 さっさと洗濯物を済まして、あの無駄に豪華なリビングで寛ぐとしましょう。

 ええ、それくらいのご褒美がなければ、やっていられません。



◇◆◇



 無事にエディタ先生との面会を果たし、若返りの秘薬のレシピを教えて貰うことを約束した。これは我が野望にとって大きな前進だろう。なんかこう燃えてきた。本格的に錬金術士な気分になってきた。

 ということで、気分良く学園の寮へ帰宅である。

 時刻は丁度昼時。

 運が良ければソフィアちゃんと一緒にランチとか出来ちゃうかも。

 考えただけでウキウキしてしまうよ。

「ただいまー」

 自然と声も弾んで帰宅の挨拶。リビングへ向かう。

 すると、そこでは今まさに食事へ手に付け始めただろう彼女の姿があった。

「あっ……」

「どうも、戻りました」

 ダイニングテーブルを前として、椅子に腰掛けては、卓上に並ぶ料理へとフォークを伸ばしている。上手い具合にドンピシャでの帰宅と相成ったよう。

 急ぎ足で帰ってきて良かった。

 食事は学園が雇った料理人が行っているとの話を聞いている。であれば、俺の分も調理場へ赴けば、早々に調達することが可能だろう。

 ほっと安堵から溜息など吐いては、延々と歩むに疲弊した足を休めるべく、彼女の対面となる席へ腰を落ち着かせる。フカフカのシートに癒やしを得る。

 っていうか、やはり街の移動には自転車が必須だと思う。こうなったら魔道貴族にでも頼んで作って貰おうか。なんでも街中で空を飛んでの移動は御法度だそうな。

「えっ、あ、あのっ、も、もも、申し訳ありませんっ!」

 脳内に自転車の図面を起こし始めたところ、ガタリ、大きな音を立ててソフィアちゃんが席から立ち上がった。かと思えば、大仰にも頭を下げて、こちらへ向かい謝罪の言葉を並べ始めたではないか。どうした金髪ムチムチ美少女さん。

 大きく開けたメイド服の胸元から、巨乳が谷間を覗かせておりますぞ。

 最高にエロいです。エッチです。むしゃぶりつきとうございます。

「も、も、申し訳ありませんっ!」

「あの、どうかなさいましたか?」

「旦那様の留守の間に、か、勝手なことをしてしまいましてっ……」

 自分が留守の間に何かあったのだろうか。真っ青な顔色に頭を垂れる姿は、まさか冗談の類いとは思えない。しかしまあ、今はそれよりも先に昼食を注文だろう。頼んで即座に出てくるとも限らないし。

 ソフィアちゃんと一緒に食べるランチこそ最優先だ。

「何に対する謝罪かは知れませんが、まずは昼食にしましょう」

 街中を歩き回って、もっそいお腹が減っているんだよ。

「す、すぐにご用意いたしますっ!」

「いえ、自分で行きますか……ら……」

 返事をする間もなく、ソフィアちゃんは部屋から飛び出していった。

 ダダダダダと駆け足だった。

 なにを怯えているのか、よく分からない。

 ただまぁ、行ってしまったものは致し方なし。

 自らご飯の用意をしてくれるというのだから、今はその好意に預かるとしよう。ソフィアちゃんが運んできてくれたご飯だ。それだけで美味しさマシマシ。運ぶ際にスープ物へ親指とか浸かってくれていたら夕食抜きでも良いわ。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 昼は帰ってこないだろうと高をくくり、ダイニングで食事を摂っていたところ、狙い澄ましたようにタナカさん帰宅のお知らせです。遭遇です。ドンピシャです。今まさに貴族様の為に用意されたお昼ご飯を美味しく頂こうとしていたところでした。

 当然、名目の上ではタナカさんの分を配膳した、ということになっております。

 それを当の主人に見られてしまいました。

 朝食に加えて昼食までも、不正の現場を押さえられるとは思いませんでした。

 良い言い訳も浮かびません。

 どれだけ言葉を並べたところで、取繕うことなど不可能な状況です。だというに、タナカさんは普段と変わらない、すっとぼけた表情に食事を摂るばかりです。たまにチラチラと視線が胸へ向かうのも然り。

「これ、おいしいね」

「……はい」

 食卓には昨晩と同様、二人分の食事が並んでいます。

 恐らく、私に対する歪曲した苛めなのでしょう。本日もまた主人と同じメニューを同じテーブルで食べるよう強制されました。このスタイルでの苛めを気に入ったのでしょうか? だとすれば、相当に性根のねじ曲がったお人ですね。

「そう言えば、朝食のメニューにあったサラダなんですけれど、街の露天で材料に使われていた菜葉を見掛けましてね。価格を確認したところ驚きました。非常に高価な素材を使っていたのですね。ビックリしましたよ」

「……は、はぃ」

 振ってくる話題も露骨です。

 私を苛めて楽しいのでしょうか?

 楽しいのでしょう。

 タナカさんは間違いなくサディストです。

 どちらかというと、私も苛められるよりは苛めたい派なので、これは本格的に相性がよろしくないですね。男女間における性格の不一致は、顔や体付きの好みよりも深刻な問題だと思います。

「ところで、昼ごはんもやっぱり美味しいですねぇ」

「……はい」

 まあ、既に手をつけてしまっている手前、折角の料理を残すのは勿体ないですし、私としては最後まで処理することに吝かでありません。食べろと命令されたのであれば、素直に従って美味しく頂くとしましょう。

 ただ、いかんせん気味が悪いとは思いますよね。

 胸に向けられるネチっこい視線も、もの凄くエッチです。

 しかしながら、手を出されたことは一度もないのですから。

「ソフィアさんは朝食のサラダと昼食のサラダ、どちらが好みですか?」

「……はい」

「私は今食べている方が、風味が強くて好きなんですが」

「……はい」

 自然と口数も減って、居心地の悪い食事になりました。とは言え、ご飯はご飯です。味は変わりません。実家では絶対に食べられない御馳走なのですから、今はご飯を味わうことに集中しましょう。そうです。それが良いです。

「…………」

「…………」

 この味、この風味、メイド向けの賄いとは段違いですね。美味しいです。



◇◆◇



 食事を終えれば午後の始まり。

 だがしかし、俺にはこれと言って予定がない。持ち家を失い、更に若返りの秘薬作りがエディタ先生からの連絡待ちとなった今、全くと言って良いほどにやることがない。

 また新たなる持ち家を探しに行こうかとも考えた。だが、ふっと湧いて与えられたソフィアちゃんの居る生活は、それはそれで失うには惜しい。もう少し楽しみたい。

 ちなみに彼女はと言えば、昼食の片付けを行うべく部屋を出ていった。

 ということで。

「……学校でも行くか」

 せっかく学生をやっているのだから、たまには授業に出るとしよう。

 若者に混じって、モラトリアムを感じるのも悪くない。

 試験の類いがあるのであれば、その情報を確認する必要もあるだろうし。

「よし、行こう」

 手早く支度を調えたところで、鞄を片手に自宅を後とする。

 パタン、玄関を後としてドアに鍵を掛ける。ソフィアちゃんは合い鍵を持っているので、錠を閉めてしまっても問題はないのだ。

 そうして廊下へ出たところ、不意に耳へ届いた声が一つ。

「あ、ああああぁっ!?」

「っ!?」

 結構、大きな声だった。

 驚いてその側を振り向けば、そこには見知った相手だ。

「な、なっ、なな、なんでっ!? どうして貴方がそこにっ!」

「あれ、エステルさん……」

 自分に同じく、今まさに廊下に面した扉から出てきただろう彼女の姿があった。傍らには同室の主人を送り出すべくだろう、メイドさんが寄り添う。前者はいつか見た学園の制服姿。一方で後者はうちのソフィアちゃんと同じデザインのメイド服である。

 このメイドさんは初めて見る相手だ。

 ロリロリなエステルちゃんに並び立つと、背の高さが際立って思える長身の女性だ。百七十と少しの俺と同じくらいある。年の頃は二十代中頃といったところ。キリッとした顔立ちに加えて、シニヨンでまとめられた、主人と同じ金色の髪が特徴的だった。

「エステルさま?」

 急に大声を上げた主人を目の当たりとして、メイドさんが疑問の声を上げた。

 ただ、彼女からの問い掛けにも構わず、エステルちゃんは吠える。

 当然こちらへ向かってだ。

「その部屋は、一昨日まで、だ、誰も使っていなかったわっ!」

「昨日くらいからお世話になってます」

「なっ……」

「まさかエステルさんがお隣さんだったとは」

 俺も驚いた。

 これもソフィアちゃんと同様に魔道貴族の計らいだろうか。

 いや、一昨日まで空室であったとの話だし、きっと偶然だろう。

「も、もしかして、私からの婚姻を受け入れてっ……」

「いいえ、違いますよ」

「ぐっ……」

 一瞬、パァと喜びに蕾が花開いたよう笑みを浮かべた金髪ロリータ。

 まだ諦めていなかったのか、この婚活女め。

 中古は要らないのだよ。

 二十歳の中古と三十路の新品だったら、俺は後者を選ぶね。

 でも、若ければ若い方が良いです。一桁でも全く構いませんとも。

「こ、これから授業かしら?」

「ええ、その予定です」

「ふぅん? それなら、わわわ、私も一緒しようかしら」

「え? でも、私は錬金術関連の講義しか受けませんよ?」

 アンタとは専攻が違うじゃないか。

「たまには錬金術を学んでみたい気分なのよっ!」

「そうですか」

 相変わらず難儀な性格の持ち主だ。

 っていうか、早くアレンと仲直りしなさいよ。

「エステルさま、今のお話は……」

「貴方は留守番! それじゃあ行ってくるわ!」

「……はい」

 難しい表情となったメイドさん。そんな彼女をギロリ睨み付けては、玄関の向こう側へ押し込む金髪ロリータ。臭い物に蓋でもするよう、無理矢理に自室のドアを閉めた。有無を言わさない強引な立ち振る舞いは、彼女らしいと言えば彼女らしい。

 一方で俺のような中年野郎に求婚してくる点は、やはり不気味以外の何ものでもない。

 相手は大貴族の娘さんだ。下手に関わっては社会生命の存続に関わる。そもそもイケメンに狂ったビッチであるからして、ほら、あれだ、要はキャバ嬢みたいなものだ。その興味は数週と経たずに他へ移ろうことだろう。結果、後に残るのは膨大な負債。

 俺はそれを歌舞伎町の塾で二、三十万ほど掛けて学んだぜ。

 高い勉強代だった。

 万が一にも入れ込んでしまったら、豆腐メンタルが痛恨の一撃を受けてしまう。アレンの傷心も決して他人事でない。明日は我が身。故に情強な俺は今を的確に判断、即座に距離を取るべく決定だ。

 むしろ彼女を利用して、他の異性とお近づきを狙うくらい、強かさを求められるのが中年オヤジって生き物だよな。あまりの醜さに自分を嫌いになりそうだわ。

「ほら、貴方も行くわよっ! 遅刻してしまうわ」

「あ、はい……」

 いざ、数日ぶりの登校である。

 金髪ロリータに促されるまま、その背を追うようにして寮を発った。

 学生寮と学園とは同じ敷地内にある都合、移動は徒歩で数分といったところ。それだけの距離にも関わらず、過去には馬車を用意させる生徒もいたようで、今は生徒による学内での馬車利用は一部の例外を除いて禁止されているのだとか。

 見栄の張り合いも適度に行いなさいってことだろう。

 おかげで学園へは早々に到着した。

 思えば寮からの通学は初めてである。

 正門を抜けた先、多少ばかり敷地を歩めば、庭園を過ぎて屋根付きの外廊下へと至る。教室とは更に歩むことしばらく、内廊下を通じて繋がっている。吹き晒しの外廊下であっても、手入れは十分に為されているようで、ピカピカだ。

 建物全体としては、学校というより城。全力で城。その手のメディアに登場するステレオタイプ。ベルサイユ宮殿の廊下とか、今眺めている光景と比べても、かなり近いところにあると思う。床の市松模様とかお揃いだ。

 当然、教室へ近づくにつれて、目に触れる生徒の数も増えて行く。外廊下を抜けて完全に建物の内側へ入れば、人口密度は一挙に膨れあがった。これに応じて、エステルちゃんの取り巻きもまた、自然と数を増してゆく。

 まるで砂場に磁石でも転がしたよう。

 何故ならば、学園での彼女は人気者だった。

 以前に眺めた際も大勢の取り巻きを連れており、露骨なまでに大貴族の娘さんをしていた。けれど、今はそれ以上の何かを感じる。恐らくはドラゴン退治のあれこれが、噂として伝わった為だろう。

 彼女の姿を目の当たりとした生徒の反応は、大きく二つに分けられる。

 一つは恐れ多いものでも眺めるよう、遠巻きに様子を窺う限り。

 もう一つは率先して歩み寄り、会話の機会を持とうとする。

 割合的には前者が八割、後者が二割といったところ。これで母集団が少なければ、隣を歩む自分も楽だったのだが、学内には至る所に生徒の姿がある。おかげで少なからず圧倒されている。廊下を歩む足を止めることのない我々に対して、イワシの群れが如く生徒が連なるのだ。

「フィッツクラレンス様! ドラゴン退治の偉業、お噂を伺いましたわっ!」「私も伺いました。王女殿下の病をお治しになったとか!」「流石はフィッツクラレンス様ですわっ! 私、そのお話を耳として感動しました!」「私もですっ!」

 大半は女子生徒である。

 特に身分の高そうな子たちばかり、キャッキャと集まってくる。これに遠慮してだろう、男子生徒は多少ばかり距離をおいて、話し掛ける機会を窺って思える。どこの世界でも女の群れとは男にとって扱いがたいもののようだ。

 まあ、おかげで疑似ハーレムっぽくて、隣を歩くオジサンとっても嬉しいよ。

 女の子の良い匂いが溢れて、もう、スーハーしたくなっちゃうよスーハー。

「あの、ところで、フィッツクラレンス様。そちらの方は……」

 生徒の一人が俺の存在を指摘した。

「え? あぁ……」

 エステルちゃんの意識が、取り巻きから俺へと移った。

 応じて囲う面々もまたこちらへ視線を向けてくれる。

「新任の先生でしょうか?」「初めてみるお顔ですわ。フィッツクラレンス様のご推薦を受けた方でしょうか?」「専攻はどちらになりますの?」「もしよろしければ、私もフィッツクラレンス様と同じ講義を受けたく考えているのですが」

 一廻り以上年上の醤油顔を眺めては、速攻で講師認定くらった。

 まあ当然といえば当然の反応か。

 俺だって三十路過ぎが大学の廊下を歩いていたら教員だと思うもの。

「こちら私のフィアンセであるタナカさんよ」

「え……」

 金髪ロリータが俺の社会生命を巻き込んで壮大に事故った予感。

 ちょっとちょっと、アレンの時と違うじゃない。

 どうしてそういうことを公衆の面前に吐き散らかすんだこのビッチ。

 やはりコイツは悪いビッチだ。邪悪なるビッチだ。

「フィ、フィッツクラレンスさまのフィアンセ……ですか?」「え? あの、ですが……」「私、どうにも耳の調子がおかしいようで……」「それはどういったお話でしょうか?」「ほ、他の国の方のようにお見受け致しますが?」「フィッツクラレンス様、そのようなお話は私、今まで一度も……」

 途端に続くところを失う生徒一同。

 しかしながら、イービルビッチは構わず口上を続ける。

「とても素敵な方でしょう? この方の子を成すのが、私の夢なの」

「…………」「…………」「…………」「…………」「…………」「…………」「…………」「…………」「…………」「…………」「…………」「…………」「…………」

 これには全員が全員、続くところを失った。

 マジかよ、言わんばかりの表情で、俺の顔を見つめてくれる。

 分かってるよ。こっち見てくれるなよ。

「フィッツクラレンスさま、ご冗談は程々にしていただかないと、ご学友の皆様が驚いてしまいますよ? 私は他に用事がございますので、一足先に失礼させて頂きますね」

 まだ慌てるような状況じゃない。

 後手には回ったが、ここは勢いでまかり通す。

「あ、ちょ、ちょっとっ! 私は決して冗談なんかじゃっ……」

「ではでは」

 金髪ロリータの周りに集まった人垣を割るよう移動して事故現場を離脱。

 当人はなにやら声を荒げているが、そんなの知らない。俺は知らない。万が一にもヤツのお父様のお耳へ届いてしまった日には、隣国への亡命必至。折角、ソフィアちゃんと一つ屋根の下に暮らす権利を得たというに、それは幾ら何でも悲しい。

 今の生活、絶対に守ってみせる。

「…………」

 固く決心すると共に、早歩きで逃げ出した。



◇◆◇



 結局その日、予定した講義へは向かわなかった。

 万が一にも教室で金髪ロリータと出くわしては面倒だ。当面は距離を置いて、ほとぼりが冷めるのを待つのが良いだろう。ヤツはツンデレだし、心変わりの激しさにも定評がある。二、三日もすれば元に戻るだろうと考えてのこと。

 ただ、それは二、三日と言わず、早ければ早いほうが良い。

「……そ、そうですか。エステルが貴方のところに」

「ええ、早く仲直りをして頂けるとありがたいのですが……」

 ということで、イケメンの下へとやって来た訳だ。

 例によって某幼女に道を尋ねること変質者の如し。その的確な指示に従い、騎士団の詰め所へとやって来たのが、つい今し方のこと。フィッツクラレンスの名前を用いて、アレンの下に案内して貰い、訓練場とやらで剣を振っていたところをゲットした次第だ。

 しかしこのイケメン、汗まで良い匂いしてやがるな。

 どんだけだよ。

 全力でフェロってる。

「こういうことを尋ねるのは気が引けるのですが、もしやまた……」

「ち、違いますっ! 今回は違いますよっ!?」

「そうですか? では、一体どのような理由でエステルさんは?」

「それが、その、今回はどうもいつもと様子が違いまして……」

 いつもって、オマエ、そんな頻繁に浮気と喧嘩と仲直りを繰り返していたのかよ。どれだけエステルちゃんに我慢させてるんだよ。流石にちょっと彼女が気の毒になってきた気がしないでもないぞ。

「心当たりはないんですか?」

「……はい」

 語るアレンは元気がない。

 飛空艇での一件と比較しても、殊更に落ち込んで思える。

「何か彼女の気に障るようなことをしたのではありませんか?」

「あの数日の間に限っては、その余裕も無かったと思います」

「ま、まぁ、確かにそれはそうかも知れませんが……」

 飛空艇の不時着から始まって、首都ベニスへ戻るまでの間で言えば、誰もが生き残るのに必死だった。人を好いたの嫌ったのと語らい合う余裕もなかったように思える。

 ただ、或いはゾフィーちゃんなら、何かしらやらかしても不思議ではないような。腹黒ビッチの彼女なら、寝ているイケメンを襲うなど朝飯前だろう。

「もう一人の彼女との関係に何か思い当たるところはありませんか?」

「あ、ありませんっ! 彼女とはあれ以来、一度もしてませんから」

「そうですか……」

 してません、の部分で心の耐久力をゴッソリ削られた気がする。

 なんかもういいや。

 これ以上の受け答えはナイーブな童貞マインド壊れちゃう。

「であれば、私の方からそれとなく事情を確認してみます。もしも理由が分かりましたらお伝えしますので。そんな感じでよろしいでしょうか?」

「……すみません。お気遣い下さりありがとうございます」

「いえいえ、困った時はお互い様ですよ。それに今回は私も他人事ではありません。彼女は大貴族の令嬢ですからね。こちらも同じ学園に通う学生の身分、あまり親しくしては要らぬ誤解を受けてしまいますし」

「非常に自分勝手な物言いとなってしまい申し訳ないのですが、そういって頂けて、とても助かります。わざわざ足を運んで下さってまで、本当にすみませんでした」

「であれば、今日のところはこれで失礼しますね」

「次は必ず私の方から伺わせて頂きます」

「いつでも尋ねて下さって結構ですよ。寮の三○二号室です。それでは」

「はい、それでは」

 逃げ出すように騎士の練習場を後とした。

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