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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫

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錬金術師エディタ 一


 面倒事の全てを解決して、翌日。

「やはり、持ち家は素晴らしい……」

 俺は持ち家のベッドに朗らかな朝を迎えていた。

 絶対的充実感。圧倒的充足感。究極的満足感。

 これ以上の幸福は無いと奥歯に噛み締めるだけの喜びを全身に感じて、ふと眺めれば窓から差し込む日差しのポカポカと暖かな陽気に肌の明るく照らされる様子は、人の世の穏やかを絵に描いたよう。

 チュンチュンチチチ。やたらとスズメっぽい出所不明な鳥類を思わせる喉の鳴ねが、朝の時間を殊更に柔らかなものとして演出。このまま永遠に呆けていたいと思わせるだけの何かがここには、在る。

 幸せだ。俺は今この瞬間、非常に幸せだ。

 長い冒険の末に魔王を打ち破り、しかしながら、意識不明となった主人公が、今ようやっと病院のベッドに目を覚ましたような、そんな感じ。物語は終焉を迎えて、その先に待つのは穏やかなエンディング。

「俺は勇者だ……」

 持ち家の勇者だ。

 実際にドラゴンも倒したしな。

 今日はじっくりと家を楽しむことにしよう。

 あぁ、持ち家。最高だ、持ち家。

 ベッドに身を横としたまま、ゆっくりとした時間を過ごす。

 小一時間ばかりそうしていただろうか。

 ぐぅと汚い音を立てて腹の虫が鳴いた。

「……昼ごはんにするか」

 今が何時だか知らないが、きっとそれくらいの時間帯だろう。

 のそのそと起き出して身なりを整える。

 すると、これに時機を合わせたよう、玄関ドアのノック音が響いた。コンコンコン。まさか約束など取った覚えはないから、誰が来たのだろう、疑問に思う。

 昨日の憲兵が本当に上司を連れてきたのかも知れない、或いはソフィアちゃんからの呼び出しセカンドシーズン到来か。新しい物語が始まってしまいそうだぜ。

 考えていても埒が明かないので、確認へ向かうこととする。

「はいはい、どちらさまですか」

 階段を下り玄関へ。

 鍵を落としてドアを開く。

 すると、そこには想定外の手合いが立っていた。

「……え?」

 金髪ロリータとイケメン騎士のカップルだ。

 ゾフィーちゃんの姿は見られない。

「な、何か御用ですか?」

 ふと脳裏に浮かんだ用件はと言えば、やっぱり昨日のお金を返して下さい、とかだろうか。であれば、まだ手をつけてはいないので、すぐにでも取りに行くのだけれど。こちらとしても、今後の精神衛生上、下手に借りを作らずに済んでありがたい。

 ただ、どうにも雰囲気がおかしい。

 酷く緊張して思える金髪ロリータ。

 一方で珍しくも表情に焦燥を顕わとするイケメン。

 共に玄関先で横へと並んでいた。

「少し貴方と、は、話したいことがあるんだけど……」

 金髪ロリータが言う。

 普段の彼女と比較して、妙に大人しい態度が気になった。

 まあ、大人しい分には万々歳だ。静かでよろしい。

「……え、えぇ、分かりました。では、上がって下さい」

 我が持ち家、アトリエより先へ上がる初めてのお客様は、よりによってチーム乱交のメンバーと相成った。なんかこう自分だけの聖域がザーメンとマン汁に汚されたようで、どうにも切ない気分になるんだけれどさ。

 いやまあ言い過ぎなんだけど。

 でも童貞っていうのは、そういう生き物なんだよ。

 分かってくれよ。

「お茶を煎れますんで、ちょっと待ってて下さい」

 二階に所在するリビングへお通して、ソファーへと案内の上、いつだか学園の喫茶店に飲んだ物と同じお茶もどきをキッチンに用意だ。手早くプチファイヤーボールで湯を沸かして、これを茶こしっぽい道具に通すことサラサラと。

 数分と掛からず湯気を上げるカップが三つばかり盆に並んだ。

 これを歩み早に運んでは、ソファーテーブルの上へ。

 一頻りを整えたところで、自らもまた腰を落ち着ける。ちなみに三人掛のソファーが二つ向かい合うよう並んだ我が家のリビング。一方に金髪ロリータとイケメンが腰掛けて、その対面に自身が臨む形である。

 絵面的には、お父さん、娘さんを下さいっ! 的な。

「それで、どういったご用件でしょうか?」

 自ら率先して茶に手を付けつつのお伺い。

 美味いんだよ、このお茶もどき。

 すると、これに答えたのは金髪ロリータだ。

「そ、その……」

 普段なら足を組んでふんぞり返りそうなものだが、本日に限っては両足を綺麗に揃えて腰掛けると共に、ギュッと握った両手の拳を膝の上という、まるで借りてきた猫状態である。それこそ大きな負い目でもあるよう。

「言いにくいことですか? 報酬の件でしたら、如何様にでも都合できますが……」

 こちらから続けようとしたところ、意を決した様子で彼女が吠えた。

「わ、わ、わっ、私と結婚して貰えないかしらっ!?」

 大きな声だった。

「え?」

 なんでだよ。

「……貴方とアレンさんの式で、私が仲人でもお受けすれば?」

「ち、違うわよっ! 私と貴方がっ、け、結婚を前提にしたお付き合いをっ!」

 途端、顔が真っ赤になる金髪ロリータ。耳まで赤い。

 続けざまに吠えたところで、顎が下がり俯いてしまう。

 ただ、チラリチラリと、時折、上目遣いに見つめてくる。

 なんだこのラブい生き物は。

「まるで話が見えてこないんですが、アレンさん、これは?」

 仕方が無いので隣のイケメンへ話題を振る。

 そもそも何故に彼氏同伴なのか。

 理解に苦しむ。

「エステルは……その、貴方に惚れているそうで……」

 すると、彼は酷く言い辛そうに語ってくれた。

 こんなイケメンの姿、出会ってから初めて見るわ。

「彼女は貴方のお嫁さんだったと私は記憶しているんですが……」

「……僕は昨晩、きっぱりとフラれました」

 おうふ。

 なんだこの急展開は。

 っていうか、そんな辛い表情するのなら、わざわざ付いてこなければ良いのに。どうして一緒にやって来た。むしろこっちが申し訳なくなるほど、こう、ギリギリ一杯、思い詰めた表情をしている。

「すみません、ちょっと私も理解が追いつかないようで」

「だ、だ、だだ、だ、だからっ! 結婚っ!」

 殊更に顔を赤くして吠える金髪ロリータ。

 興奮と緊張が最高潮と言った具合だ。

「結婚して欲しいのっ! わわわわわ、わ、私とっ、貴方でっ、結婚っ!」

 どんだけ結婚したいんだよ金髪ロリータ。

 さっきは結婚を前提としたお付き合いとか言ってただろ。

 新手の美人局じゃなかろうな。ちょっと城内で目立った異邦人を合法的に亡き者にする為の。大貴族の令嬢に手を出した罰とか、そういう感じのシナリオで。見返りに二人の交際を認めるとか。あぁ、考えれば考えるほど、碌な理由が思い浮かばないな。

 しかし、そうはさせるものか。

 俺は変わったんだよ。一昨日までの情弱とは違うんだ。今の俺は情強なんだ。キャッチの仕組みだって知ってるし、ぼったくりバーの見分け方だって知ってる、なんでも知ってる。悪い奴の考えるこなんて、ちゃんと分かってしまうのだわ。

「すみませんが、婚姻はお受けすることができません」

「や、やっぱり、私なんかじゃダメっ!? なんでもするわっ! 貴方の言うことなら、な、なんでもするからっ! 結婚がダメなら、愛人でも、妾でも、あの、ど、ど、ど、奴隷でもいいからっ!」

 よくねーよ。

 益々怪しいよ。

 どうしてそこまで必死なんだよ。

「私と貴方とでは身分が違います。第一、もっと自身の身体を大切にされた方が良いと思いますよ? まだ若いのですから、一時の気の迷いに身を任せてはいけません。それに何より、隣にいらっしゃるアレンさんは、とても尊敬できる方です」

 こんな良いイケメン、滅多に居ないだろ。

 俺が女だったら惚れてるわ。

 即日で三号ちゃんに立候補してるって。

「アレンのことはどうでも良いのっ! 私は、あ、あ、貴方がいいのっ! 貴方と一つになりたいのっ! 結婚したいの! これまでのことは、その、申し訳ないと感じているし、は、反省もしているわ。然るべき謝罪を行う覚悟があるっ!」

 出会って当初に頂戴した舌打ちと比較しては、随分と謙って思える。

「っ……」

 おかげでアレンが凄い勢いで涙目だ。

 ヒゥと息を飲む音が聞こえてきた。

「だから、あのっ、け、結婚、結婚してっ……」

 っていうか、結婚結婚と連呼するな結婚。

 こっちまで結婚したくなるじゃないか。

 どこまで怪しくなれば気が済むのか。

「何を勘違いしているのか知れませんが、私は貴方のような可愛らしい方に惚れられるほど大した人間じゃありませんよ。見ての通り、外見も酷いものです。年だって一回り以上取ってます」

「に、人間は中身よっ!?」

「中身も酷いもんですよ」

 オマンコー! セックスー! 幼女レイプー!

 どうだ参ったか。

「なら中身も関係無いわっ! 貴方が貴方であればそれで良いのっ!」

「…………」

 中も外もなければ何が残るというのか。

 暗に生理的に無理だと言われているようなものだぞう。

「いずれにせよ、結婚などという大事を簡単に決めることはできませんよ。すみませんが、アレンさん、エステルさんをお願いします。こちらは少々、午後の予定が詰まっておりまして、あまり自宅に長居もできないのですよ」

 お腹が減っているのだ。

 ソフィアちゃんの乳と尻と太股を眺めながら日替わりランチを食したい。

 非処女の世迷い言に構っている暇はない。

 膣に膜を張ってから出直せい。

「す、すみません……」

 所在なさげに答えるイケメンは、心底から辛そうだ。

 むしろこっちが申し訳なくなるほど。

「またすぐに仲直りできますよ。頑張って下さい」

「……だと、良いのですが」

 っていうか、これもまた一種の惚気だろ。

 飛行艇の中でも見たぞ、似たようなシチュ。

 そう考えると、なんだかちょっと苛々してきた。

 これ以上を関わってなるものか。

「仲直りなんてしないからっ! だから、あのっ! け、結婚っ! お願い、結婚っ!」

「すみませんが、またの機会に、ということで」

 縋るような眼差しに見つめてくる金髪ロリータ。

 相変わらずの上目遣い。顔真っ赤。

 これを断ち切って俺は二人にお帰り願った。

 彼女は終始、狂ったように結婚、結婚と繰り返していた。



◇◆◇



 惚気カップルを追い返してしばらく。

 カップを片付けたり、なにをしたりと自宅を発つべく支度を終えたところ。リビングのある二階から一階へ下り、アトリエの脇を玄関へ向けて過ぎるべく、歩んでいた際の出来事であった。

「……?」

 何か、物音が聞こえた。

 カタカタ、小物の固い床上に揺れるような。

「なんだ?」

 ネズミ的な小動物が侵入したのだろうか。

 確かにアトリエには囓り甲斐のある物品が所狭しと並んでいる。害獣の一匹や二匹、潜んでいたところでおかしくはない。ただ、その存在を想定することと認めることでは、まるで意義が異なる。

「……殺すしかないな」

 我が家にそんなモノは不要だ。安心と安全の代名詞足る持ち家に害獣など許される筈も無い。その駆除は何事にも優先される。昼飯など食べている場合じゃない。

 音の聞こえてきた側へ向かい、ゆっくりと歩みを向ける。

 すると、アトリエの隅、石で作られた壁の際に小動物を発見。

 パッと見た感じ、尻尾のないネズミのような姿格好。ただ、耳がやけに長くて、胴体の後方まで伸びている。なんかこう、害獣にしては些かラブリーな感じだ。ただ、薄汚れた体毛は、この生き物が愛玩用でないことを示唆して思える。

「妙な病原菌とか持ってたら最悪だしな」

 一発、浄化することとした。

 どうやってかと言えば、もちろんファイヤボールである。

「どやっ」

 意識を向けた先、小動物の傍らにプチファイアーボールが出現。

 ジュゥと音を立てて対象は蒸発した。

 骨の一欠片を残すこともない殺傷能力はまさに浄化と称しても過言ではないだろう。流石はレベル十五。素晴らしい威力だ。茶の湯を湧かして良し、害獣を駆除して良し、ドラゴンを討伐して良し、やはりファイヤボールこそ究極魔法だな。

「よしよし……」

 自らの手を汚すことなく処理を終えた。

 そんな俺の視線の先、ふと気になるものが映った。

「……蓋?」

 壁も床も総石造りのアトリエ。等分割された小綺麗な石畳に作られる足下の一部に、なにやら切れ目のようなものを発見した。ある一画が四角く刳り抜かれたところへ、マンホールでも乗せるよう、周囲の床と同じ作りの石板が置かれている。

 丁寧に作られたそれは完全に床の態を為しており、切れ目を意識して見なければ、蓋であるとは気付くまい。俺もここ数日を暮らして気付かなかった。大きさからして人の出入りが可能なサイズである。

「まさかの地下施設とか、燃えるんですけど」

 飛行魔法を石板に掛けて、ゆっくりと持ち上げてみる。

 すると、続く先には階下へ降りるべく設けられたハシゴ。その先は暗がりが広がっており、何が待っているのか、どれだけ頑張って覗き込んだところで、様子を窺い知ることは叶わない。

「……これはいよいよ昼食どころじゃないだろ」

 冒険タイムの始まりだ。



◇◆◇



 階段を下った先、現れたのは二十平米ほどの石室だった。地下なので窓の類いは存在しない。壁も天井も石に詰まれた一室である。光源は何一つ存在しない為、小さめのファイヤボールを傍らにふよふよと浮かせて室内灯の代わりとして探険だろうか。

 そして、訪れて即座に異物を発見である。

「なんだこれ……」

 オレンジ色の輝きに照らされて先、俺は見つけた。

 何を見つけたかと言えば、すっぽんぽんの幼女を見つけた。

「スゲェ……」

 巨大なガラス管の内側、無色透明の液体に満たされた内側、プカプカと浮かぶ幼女の裸体があった。意識が無いのか瞳は閉じられており、ピクリとも動かず直立不動である。まるでホルマリン漬け。おかげで胸も縦筋も拝みたい放題という素敵仕様。

 今晩のおかずは決定だな。

『だ、誰だっ!?』

 かと思えば、どこからともなく声が聞こえた。

 女の声だ。

 俺のじゃない。

 それも歳幼い子供のそれを思わせる。

「え、あ、す、すみません、田中と申しますが……」

 反射的に名乗ってしまうのは未だ拭えぬ社畜の心意気が所以。

『……タナカ、だと?』

「この家の持ち主ですけれど」

『……っ』

 続けたところ、相手の息を飲む気配が伝わってきた。

 同時にその所在が明らかとなる。

 ファイヤボールな照明に照らされた先、部屋の隅に体育座りする誰かの姿があった。

 パッと見たところ外見は人間。風貌は管の中の幼女にクリソツ。ただし色が薄い。背後の風景が透けている。幽霊というやつだろうか。ふと思い起こされるのは不動産屋と交わした事故物件云々を巡る一連のやり取り。

 身の丈は百四十程度で、年頃はギリ一桁と思われる。腰下まで届く金色の長い髪と、クリクリとした大きくて青い色の瞳が可愛らしい少女だ。特徴的なのはピンと尖った両の耳。エルフというやつだろう。

 ファンタジーゲームに眺める魔法使いよろしく、出で立ちは簡素なローブ姿。ダークグレーの生地に色白い肌が良く映える。手には何やら杖のようなものを握っており、俺の姿を目の当たりとしては、勢い良く立ち上がり、それを咄嗟に突きつけてきた。

 っていうか、コイツ、いつだか我が家を奪いに来た幽霊だ。

「まさか地下に基地を設けてまで我が家を狙っていたのかっ!?」

 ようやっと取り戻した持ち家が、即日で奪取の危機ですか。マジですか。

 大慌て、幽霊に向き直る。

 以前にも用いた魔法を思い起こしては、これを撃退すべく全力だ。

「我建超世願 必至無上道 斯願不満足 誓不成正覚 我於無量劫 不為大施主 普済諸貧苦 誓不成正覚 我至成仏道 名声超十方……」

『ちょ、ちょっと待て、そんなつもりはないっ! っていうか基地ってなんだよ!?』

 すると返されたのは悲痛な叫びだった。

 以前は問答無用で魔法とか飛ばしてきたのに。

 まあいい、交渉の余地有りというヤツだ。

 であればこちらも吝かではない。

「ではどういったつもりで我が家の地下に?」

『っ……』

 少なからず悔しそうな表情で、けれど、彼女は落ち着いて続くところを述べる。

『私は前の、貴様が購入する以前の、この家の持ち主だよ』

「……まさか」

 ふと思い至った。

 理由は彼女の側頭部に生えた耳だ。

 長い。長いぞ。

 通常の二倍から三倍ほど長いんだ。

「え、エディタ先生、ですか?」

『一度は殺されかけた都合、先生などと呼ばれると複雑な気持ちだな」

 どうやら、ご本人の様子。

「まさか本当に? いやしかし、エディタ先生は亡くなった筈じゃ」

『この身体は霊体だ。実体ではない』

「……な、なるほど」

 よく分からないけれど、そういう雰囲気なので頷いておく。

 きっと正しい選択だ。

『その大きな管の中にプカプカと浮いているのが、私の肉体だ』

 エディタ先生が指し示す先には部屋の中央に設けられた例の幼女。ガラスを思わせる透明な素材に作られた巨大な管に浮いているロリボディー。

 上手い具合に飛行魔法を応用すれば、ガラス越しであっても、その姿勢をM字開脚に変更できるのではなかろうか。成功すればオカズは無限大だ。ご飯が足りない。

「もしかして、保存しているんですか?」

『ああ、そうだ』

「なんと……」

 流石はエディタ先生である。

 自らの死に瀕して解脱を致した模様。

 理屈は知れないが、この世界は剣と魔法のファンタジーだ。なんでもありだ。きっと精神と肉体を云々、色々と仕組みがあって、上手いこと組み立てれば、この巨大なホルマリン漬けもどきが出来上がるのだろう。

 現に俺はエディタ先生を名乗る幽霊と会話をしている。

『ふはははっ! しかし、それも残すところ数日といったところか! どうだ!』

 ふははは、とか唐突に威張られてもな。

「なるほど、賞味期限的なものがあるんですね」

『た、食べるなよっ! 私の身体だぞっ!? もう少し気遣えよっ!」

「ああいや、言葉の綾というか」

『貴様の言うとおり、あと数日で保存液が効果を失う。私の肉体は腐り始めるだろう。そうなれば、幾らこうして精神が無事であったとしても、再び元の自分として、肉体を取り戻すことは不可能となる』

「なるほど……」

 語るエディタ先生は酷く寂しそうだった。

「なんとか、ならないんですか?」

 彼女の著作を眺める限り、この天才錬金術師エディタ先生であれば、或いは何か手があるのではないかと思わないでもない。

 しかしながら、返された言葉は甚だ元気がなかった。

『もしも私の霊体が、レッドドラゴンを倒せるほど強力だったら、それも可能だったかも知れないな。薄い望みとは思っていたけれど、いざこうしてその瞬間を間際に控えてみると、無駄な足掻きなどせず、素直に逝っておけば良かったと思うよ』

 ハハハと乾いた笑みを浮かべるエディタ先生。

 先程の、ふははははは、も空元気であったよう。

 いきなりだったんで、ちょっとビビったし。

「レッドドラゴンですか」

『ああ、レッドドラゴンだ』

 そんな具合だから、俺はティンと来たね。

「それって例の薬の材料ですか?」

『……貴様、私の書いた本を読んだのか?』

「えぇまぁ」

『ならば私の置かれた状況も理解している訳か……』

「なんとかなるかも知れませんね」

『はぁ? なんとかなるなる訳がないだろっ!?』

 何気ない俺の一言にエディタ先生がキレた。

「その薬がないから嘆いているんだよっ!? もう、放っておいてくれっ! それともなんだ? じきに肉体を失い、やがては自我を失うだけの霊体に、それでも家を出て行けと追い立てるのかっ!?』

「あ、いえ、別にそういう訳では……」

『この人でなしが! ブサイク! 粗チン! 童貞野郎! どうせ私の裸を見て欲情していたんだろう!? 今もズボンの中で固くなりつつあるモノの位置取りに少なからず意識を割いているんだろうっ!? ちゃんと人の話とか聞けよっ!』

 自暴自棄、やいのやいの激しく言い立てる。

 罵詈雑言が飛んで来る。

 美幼女相手なのでHPがガシガシ削られる。

 が、時々少し回復する絶妙な責め加減。

 大正解だよこの野郎。

 ズボンのポケットに右手を突っ込んでる理由がモロバレだよ。

『地下にくらい、す、少しの間おいてくれたって、いいだろっ!? 私、もうすぐ死んじゃうんだぞっ!? 亡霊になって自我も段々と無くなっていって、最後は自分が誰かも分からなくなって消えちゃうんだぞっ!? スゲェ怖いんだぞっ!?」

 そりゃ自分の身体が目の前で腐ろうとしてるのだから、冷静ではいられないだろう。俺なら発狂するね。むしろ、自らの死を数日後に控えながら、こうして他者と会話の場を持てるだけ、彼女の精神は強靱である。

『うぉおああああああっ! 認めん、私は認めんぞぉおおっ!』

 と、思いたいのだけれど、割とギリギリ一杯な様子。色々と溢れ始めてる。あと数分も話していたら、きっと残念なことになりそうなので、ここいらで助け船を出しておこう。書籍に確認した情報が正しければ、この人、俺より遙かに年上なんだけどな。

「ありますよ? 薬。ついこの間に作ったばかりで新鮮なのが」

「……え?」

 大きく瞼が見開かれた先、エディタ先生の目が点になった。

 例の薬は、まだ結構な在庫があるのだよ。



◇◆◇



 一昨日に作った薬はアトリエの棚に保管してある。これを駆け足で取りに戻り、再び地下へ、エディタ先生のところへと急いだ。

 手にした小瓶を差し出せば、彼女はこれを眺めて疑心暗鬼の表情を浮かべる。ガラス越し、小さく揺れる液体は人間の血液のように真っ赤なもの。

『これ、本当にそうなのか?』

「えぇ、そうですよ。臨床実績も一名ですがあります」

『マジかよ……』

 マジだよ。

 自分で製法を残しておいて、その表情はどうなのか。恐らくはこちらの言葉が信じられないのだろう。語る調子は歯切れが悪い。驚きと疑念の混じり合った眼差しが、ただジッと小瓶へ向けられている。

「これ経口摂取なんですよね? どうやって飲ませましょうか」

『本当にレッドドラゴンの肝を手に入れたのか? どうやったんだよ?』

「魔法で有名な貴族に手伝って頂いて、現地まで赴き採集してきました」

『……そ、そうか』

 貴族という単語を出したところで、多少は納得して頂けただろうか。

 或いは後がない身の上、藁をも縋る思いというやつかも知れない。放っておいたら数日後には失われるというのだから、当然といえば当然だろう。俺だったら飲むね。ゴクゴクと飲むね。

「飲めます? これ」

 瓶を差し出してみる。

『霊体である私が飲んでも意味は無い。というより、飲めない』

「じゃあ、向こうで透明の管の中にプカプカしている方へ、どうにかして飲ませないといけない訳ですね。なんか外へ出した途端に崩れそうで怖いですけど」

『あながち間違いではない。それと保存液が身体の内側を完全に満たしてしまっているから、恐らく経口摂取は不可能だ。代わりに注射針を使って直接体内へ注入する』

「なるほど、そんなものが」

『元より今に至るような、ほんの僅かばかりの可能性に賭けて用意をしたのだ。投薬の手立てくらい用意している。ただ、霊体ではそれを操作することも出来ない』

「物とか持てないんですか?」

『魔法で浮かす程度は可能だが、細かい操作は苦手なんだよ』

「そう言えば、以前も氷柱とか飛ばしてましたね」

『私の指示に従って、さ、作業をして貰えないか? そう難しい操作ではない。薬を作るだけの器用さがあるのであれば、決して失敗するようなものではない筈だ』

「構いませんよ」

『……い、良いのか? 本当に、良いのか? 見ず知らずの私に』

「逆に何か問題でも?」

『その薬の価値を思えば当然の疑問だろうがっ』

「あぁ……」

 ドラゴンの肝的な意味で。

 とは言え、肝はまだまだ沢山ある。むしろ腐る前にどうやって処理するか、それはドラゴン討伐パーティ一同が抱える割と切実な問題だ。魔道貴族など連日、ハツ串にして食べているのだそうな。魔力が上がるとかなんとか。

「在庫は幾らでもありますので」

『そ、そうなのか?』

「という訳で、入れてしまっても構いませんか?」

『…………』

「先生?」

『あ、あぁ……たのむ』

 以後、エディタ先生の指示に従い行動してゆく。

 要は寝たきり患者へ点滴でも打つようなものだ。既に管は体内へと通してあり、その口へと薬を流し込んでやれば良いそうな。作業も透明なチューブ状の筒が繋がる先、容器へ薬を投入する限り。

「それじゃあ入れますね」

『……うむ』

 酷く緊張した面持ちに事の成り行きを見つめるエディタ先生。

 投入口に真っ赤な液体が流し込まれる。

 チューブを伝って、それが透明な管の中、先生の肉体へと到達する。

 同時、変化は起こった。

『っ……』

 ブォンと低い音を立てて、肉体を中心として球面状の魔法陣が浮かび上がった。薬と同じ真っ赤な色に作られており、文字やら図形やら、酷く精緻な作りの代物だ。

 超絶カッコイイ。

「こ、こんななのかっ……」

 王女様、よくまあ我慢できたな。

 自分の身体にこんな反応が出たら、俺ならのたうち回るだろ。

『あっ……』

 先生がちょいと色っぽい声を上げた。

 同時にフヨフヨと浮かぶ半透明の方、霊体と当人の呼ぶところが、管の中へ吸い込まれるように移動してゆく。本人の意志によるものなのか、磁石的な強制力が働いてのことなのか、傍目に眺める限りでは判断が付かない。

 ただ、なんとなく、二つが一つになるんだろうなとは、考えが及んだ。

『あっ、あぁっ!』

 殊更にエロい声が上がった。

 やっぱり今晩のおかずはエディタ先生に決まりだ。

「せ、先生?」

 肉体へ吸い込まれるよう、霊体が消え失せた。

 同時に一際強い発光現象が起こった。

 輝きはほんの僅かな間のこと。

 次の瞬間にはフィラメントの切れた電球のように収まりを見せる。

 これに併せて魔法陣も消えた。

「な、なんかスゲェ……」

 ちょっと感動。

 している俺の正面で、管の中、先生が苦しそうに藻掻き始めた。まるで水に溺れているよう。両手をがむしゃらに振り回して、なんとか管を壊そうとして思える。

 今の今までピクリとも動かなかった肉体が嘘のよう。元気を通り越して、そのまま壊れてしまいそうな勢いだ。全裸の色気が吹っ飛ぶほど。

「マジかっ!?」

 流石に慌てる。

 傍らに置かれていた用途の知れない金属製の箱を両手に持ち、これを管へと叩き付ける。大きさはミカン箱程度だろうか。応じて、ガシャン、景気の良い音が鳴り響き、内側に充ちていた保存液とやらが外へ流れ出し始める。

 早々、液体の支えを失った先生の身体は、グッタリとその内側に落ち込む形だ。

「せ、先生っ!?」

『…………』

 すわ失敗したか。

 問い掛けても言葉は返ってこない。どうやら意識が失われてしまったよう。とりあえず全力で回復魔法を掛けてみるも、既に意識が失われており、どのような結果が得られたのかは知れない。

 これはいけない。直ちに俺の耳と先生の乳首をドッキング。

 どっくんどっくん、鼓動は窺えるので死んではいない筈だ。

 そう信じて二階の客室、ベッドに運ぶこととした。



◇◆◇



 投薬を終えて以後、エディタ先生は一刻ばかり気を失っていた。

 看病という名目、傍らに寝顔を拝むことしばらく、可愛らしいお目々がパチリと開かれた際には、こちとら、ようやっと肩の荷が下りた気分である。

 本当に危なかった。後数分でも目覚めが遅れていたのなら、おもむろにズボンからオチンチンを取り出し、寝顔をオカズに扱き始めていただろう。

「……ここは、私の、部屋か?」

「あ、目が覚めました?」

 ふぅと胸を撫で下ろしては語り掛ける。

「病気の具合はどうですか? 身体とか、動きます?」

「え? あ、あぁ……」

 尋ねてみれば、手の指だとか、股の関節だとか、あちらこちらを掛け布団の下に動かし始めるエディタ先生。隣で眺めている限り、一連の動きにはこれといっておかしなところは見受けられない。至って健常な反応に思える。

「……う、動く。本当に……これは、私の身体、だよな?」

 甚だ感動した様子、妙な事を尋ねてくるエディタ先生。

「流石にそれを私に尋ねられても……」

「凄い! こんなにも動く、動くっ! ものに触れられるっ!」

 つい先日、お城で見たお姫様と同じ反応だ。

「自分の身体が、自分の思うように動くことが、こんなにも素晴らしい。当たり前の筈なのに、当たり前のことが、当たり前にできないことの、なんと辛いことか……」

 グスリ、鼻を啜っては人差し指に目元を擦るエディタ先生。

 少女の泣き顔エロ可愛い。

 なんというか、オカズの固まりのような人だな。

 無理矢理お口にチンチン突っ込みたくなる可愛さだ。

「大丈夫ですか?」

「み、見るなっ! ぅぉおお、み、見るんじゃないっ!」

「あ、はい」

 グスグスとやり始めた先生が落ち着くのを待つ。

 泣くほど嬉しかったようだ。

 そりゃそうか。

 イケメンのアレンなら、見るなと叫ばれるまでもなく、部屋を出て行っただろう。けれど、日々オカズの確保に余念がない童貞野郎は、スーパーの総菜コーナーで値引きシールが張られるのを待つオバタリアンが如く彼女をウォッチング。幼女ウォッチング。

 その一挙一動を事細かに観察だ。

 ややあって、涙と鼻水が引っ込んだところ、何気ないふうを装い語り掛ける。

「何はともあれ無事で良かったです」

 一頻りを泣いたところで先生は落ち着きを取り戻した。目元は少なからず充血して赤くなり、今し方の感動的シーンを思い起こさせる。必至に手の甲や指の先に拭った涙の幾らかが、ローブの袖を濡らしては生地の色を濃くしたり。

「……オマエにも、感謝、しないとな」

 ボソリ、語る幼女。

 くしゃくしゃになったシーツの上、胡座をかいてはこちらを見つめる。

 その表情はどうにも決まりが悪そうなものだ。

 初対面が問答無用の殺傷魔法であったのだから、当然と言えば当然だろう。更に一度は殺され掛かった相手に、今度は救われたとあれば、その心中は推し量るべくもない。

 あまりにもギリギリ一杯な他人の感情。

 その溢れに付き合うのは生まれて初めての経験だった。きっと普通の人は恋愛だとか、結婚生活だとか、そういう類いの出来事を通じて得る経験なのだろう。

 だが俺はエルフのなんちゃって幼女が、生死を賭けた一世一代の策を成就させるという、非常にミッションクリティカルな出来事に経験だ。

 こういうのは二度と勘弁である。ストレスがマッハだ。

「無事であってくれて、私としても嬉しいですよ」

「……オマエの、見返りはなんだ?」

「別にそういうのは構いませんよ。今はゆっくりと身体を休めて、無事に明日へ繋がった命を休めて下さい。疲弊は肉体的なものに限りませんから」

 病は気からって、割と真理だよな。

「おい、こういうときくらい嫌味はやめろ。素直に言えよ」

「嫌味じゃありませんよ? 変に勘ぐらないで欲しいのですが」

「…………」

 多少ばかりを交わしたところ、どうにも難しい表情となるエディタ先生。

「そもそも薬のレシピはエディタさん自身が残したモノです。私はその記載に従い調合を行った限りですよ。更に言えば、そうして作成した薬はと言えば、貴方以外の誰かの為に作ったものです」

 どうやら俺の行いに納得がゆかない様子。

 こう見えて病を患う以前から、世知辛い人生、いいや、エルフ生を送って来ているのかも知れない。或いは肉体を離れて以後、数年間の幽霊生活が、彼女の人格をネガティブに歪めてしまったのか。

 詳しいところはまるで知れない。

 ただ、いずれにせよ今の彼女に必要なのは心の療養だろう。

「貴方は賭けに勝ったのですよ。この成果は他ならない貴方自身のものです。私という存在は数多ある偶然の一つに過ぎません。他の誰でもない私自身がこうして語っているのですから、間違いありませんよ」

「オマエって嫌なヤツだな? ……言いたいことがあるなら言えよ」

「というと?」

「私に何を求めているんだよ? わざわざ遠回しに言うことないだろう」

「いいえ、別に何も求めていませんよ」

「嘘をつけっ! でなければ、ど、どうして私を助けたっ!?」

「単純な好意からです」

「……信じられん。誰がそんな戯れ言を信じるものかっ」

 しかし、心の汚れちまった系ロリータも、これはこれで可愛いな。

 中身は俺より遙かに年喰った婆さんらしいけど。

「好意ってやつは、いつだって一方通行なものですよ」

「レシピを書いたのは私だぞ? そう安い薬でないことは理解している」

「実を言うと、調子に乗って少しばかり作り過ぎてしまいましてね。むしろ、こうして臨床件数を稼ぐことができたのは、錬金業界的にはプラスだと思いますよ。貴方のレシピの価値を支えることにも繋がりますし」

「な、なにをふざけたことをっ……」

 疑心暗鬼のエディタ先生。

 表情が険しくなる。

 さて、どうしたら納得してくれるだろう。

 身体でも要求してみようか。今なら嫌々ながらも股を開いてくれそうな気がしないでもない。ただ、彼女の年齢で処女ということはあるまい。であれば、そのお願いは俺が膜持ちとのピュアラブを終えるまで取っておくべきじゃなかろうか。

 それにエディタ先生は非常に優れた錬金術師だ。今回限りの関係に済ませるのはあまりにも惜しい。もしも可能であれば、今後とも末永く仲良くしてゆきたいところである。主に若返りの秘薬的な意味で。

「そもそもここは、お、オマエが買った家なのだろうっ!?」

「え? あ、あぁ……」

「別に金を払ったのだと、吠え散らかしてくれた姿を覚えているぞっ!」

「……確かに、そうですね」

 不意に先方から伝えられたのは、つい先週の出来事だ。

 どうやら彼女もこちらの訴えを覚えていた様子。

 都合、エディタ氏を助けたことで、また新しい問題が浮上だろうか。

 他のなんでも無い、持ち家の行方だ。

 我が家の行方だ。

 面と向かって出ていけとは、流石に言い難いのだろうか。ただ、当時のやり取りを思い起こせば、まさか容易にこちらの主張が通るとも思えない。

 この僅かな間のやり取りでも、彼女の頑固さは容易に理解できた。

「…………」

「…………」

 病み上がりの身の上、外に宿を取ることも難しい。その上で更に、見知らぬブサイク系中年オヤジと一つ屋根の下、寝起きを共にするなどとは、真っ当な精神の持ち主であれば発狂してもおかしくないと思う。

 自分だって見ず知らずのオヤジと一緒の生活なんて嫌だ。

 相手も実体は随分なババァではあるが、しかし、エルフ特権で外見は超絶ピチピチ幼女だし、すっげぇ可愛いし、なんかもうギュッて抱きしめて布団の中でモチモチしたくて堪らないわ、ちくしょう。

 セックスしたい。目の前の似非幼女とセックスしたい。

 であるからこそ、先んじて俺は折れた。

「オマエが許すならっ、その、す、数日だけ私を……」

 なにやら言いかけたエディタ先生。その口上を遮るよう断言する。

「……分かりました」

 俺は持ち家の勇者だ。

 家主が自らの家に向ける情熱は良く理解出来る。それがアトリエなどという特殊な設備付きとあらば一入だろう。俺だったら敷地内に墓を建てるレベルだね。更に家を買い戻した金も、元はと言えば薬のレシピあってこそ。

 だから、これを一方的に奪うことは、どうにも、できない。

 故にこの上なく辛いが、その選択は持ち家の勇者として、きっと正しいものだ。

「どうやら本当に、ここは貴方の家であったようですね」

「……あぁ?」

「権利書一式はもう一つある部屋のタンスにしまってあります。この国の行政に疎い為、手続きの詳しい方法などは知れませんが、どうぞ、収まりの良いように使って下さい」

「お、おいっ! ちょっと待っ……」

「流石に病み上がりの女性へ負担を強いるような真似はできませんから」

 ちくしょう、折角の持ち家だったのに。

 悔しいぜ。悲しいぜ。

 来週辺りに玄関へチェック柄のカーペットを買って、再来週には大型犬をペットにお迎えして、翌々週にはアトリエスペースでバーベキューとか、ビッグなイベントが目白押しだったのに。

 けれど、どうやら俺にはまだ、持ち家という夢は遠かったよう。世界が俺に持ち家を許さない。当面は賃貸を続けろと訴える。であれば、ちっぽけな人間という存在は、世界の定めるところに流され従う限りである。

「それでは、これで自分は失礼しますね」

「だから、おいっ! 待てよっ!」

 せめて最高に格好付けて去るわ。

 これ以上無いくらい背中で語ってやるわ。

 どうだこら。

 ちくしょうおらおら。

 さよならグッバイ、また会う日まで。

 持ちフィナーレ


◇◆◇



 エディタ氏宅を後としてしばらく、新生ホームレスは街を彷徨っていた。

「さて、またアウトドア生活に出戻りだ」

 求めるところは当面の屋根。再びこの街で持ち家を探すにせよ、より住みやすい街へ移住するにせよ、いずれにしても宿を押さえる必要がある。

 しかしながら、その前に一つ行うべくがあった。

「……あ、いた」

 場所は街の賑やかなところに作られた広場だ。二つの通りが交わり合う、中央には大きな噴水が設けられて、界隈では大勢の人が和気藹々と談笑している。

 多くは女性で、そろそろ日も暮れようかと言う頃合、夕飯の買い出しに来ているのか、手には買い物袋を提げた人の姿が多く見て取れる。

 そんな一画で俺は目当ての幼女を見つけた。

 どんな幼女かと言えば、導きの幼女だ。

「あーっ! また会ったぁー!」

 彼女もまた、こちらの存在に気付いて、トコトコと駆け寄って来た。どんなもんよ? 今までは俺の方から近づいていたのだけれど、今日は相手の方から近づいて来てくれちゃったりするからマジで恋する五秒前。

 ちょっと嬉しい。

 いいえ。

 めちゃくちゃ嬉しい。

 幼女に懐かれるの涙がちょちょぎれるほど嬉しい。

「実は当面の宿を探しているんだけど、良いところはないかな?」

「宿? どーして?」

「色々と事情があって、持ち家を失ってしまったのだよ」

 持ち家、の部分にアクセントを付けて語るダンディズム。ちょっとウザいとか思われそうだけれど、そこは日本男児として譲れない部分だ。だって持ち家だぜ? しかも首都カリスにアドレスだぜ? 日本で言えば千代田アドレス級だろ。

 ただ、そんな元持ち家の勇者に、彼女は首を傾げて答えた。

「あれ?」

「え?」

 続けられたところは、当人にして完全に忘れていた事実だ。

「魔法の学校はどこも寮があるって聞いたよ?」

 なんでそんなこと聞くの? 言わんばかり。

「……そう言えば確かに、そんなことを言われた覚えがある」

「オジサン、学校に入れなかったの?」

「いや、入れた。めっちゃ入れた。裏口からスイスイと入れた」

「じゃあ、お宿は要らないね!」

「……うん」

 ニカっと良い笑顔で語ってくれる幼女可愛い。

 これはお小遣いも弾まざるを得ない。

 というより、むしろそちらこそ彼女を探していた本題だ。

 宿云々はどちらかと言えば話題の一つに過ぎない。

「ありがとうね、ありがとうね」

 財布代わりの革袋から、本来であれば銅貨を取り出すところ、代わりに金貨を数枚ばかり取り出して手渡す。ドラゴン退治に成功したのは、少なからず同幼女のおかげである。これは彼女に対する正統な報酬だ。

「あれ? 今日のはピカピカしてる」

「キラキラで綺麗だろう? お母さんにプレゼントしてあげると良いよ」

「うんっ! わかったー!」

 頷いて、言うが早いか通りを駆けてゆく幼女。

 途中で二度、三度、こちらを振り返っては、ブンブンと腕を大きく振ってくれる。その間も顔には絶え間ない笑顔が浮かべられて、あぁ、幼女の愛くるしい笑顔ほど、人の心を癒やしてくれる存在はないと思うね。

 最高にラブい。

 今のブンブンだけで金貨十枚分くらいの価値があったわ。

 持ち家消失の苦しみも、幾分か軽減された気分だ。

「……よし、行くか学園」

 今に居る広場からは随分な距離がある。

 門限があるか否かはしれないが、急いで歩くとしよう。



◇◆◇



 件の学園寮へ到着する頃には既に真っ暗となっていた。

 施設内のあちらこちらを忙しそうに徘徊するメイドさん。彼女たちにお伺いを立てながらの移動だった。出会って当初は訝しげな表情をされること度々であったけれど、こちらが生徒であることを説明すると、一変して親切に色々と教えてくれた。封建制度ってば最高にイカしてる。

 寮は学校の敷地内に存在していた。ただ、学舎の連なる一帯から多少ばかり距離をおいて、それなりに規模のある中庭を挟んだ先に設けられていた。十階建てから成る立派な石造りの建物であって、傍らにはアメニティ系の共用施設が収まる建物も窺える。

 学園が持つ寮はここ一つではないそうだが、その中でも一等に良い設備を備えているのが、今に眺める寮であるらしい。また、他の寮と異なり、この寮だけは男性と女性の区分けが為されていないそうだ。

 何故かと窺ったところ、個室が玄関ホールから居室に至る廊下までしっかりと作られているからとか、最上流階級であれば性差で待遇を区別する訳にはいかないだとか、同じ設備を二つ作るには膨大な金銭が必要となるからだとか、色々と答えが返ってきた。

 こちらとしては若い女の子と同じマンションとかありがたい限りだろ。

 日々を生き抜く力が沸き起こる。

 そんなこんなでメイドさんに案内された先、建物の内廊下を歩んで、階段を上って、また階段を歩んでと、同所の四階に所在する角部屋、当面の生活の場となる一室へ到着だ。目の前には手彫りのレリーフが刻まれたお高そうな木製の扉が立ちはだかる。

「こちらです」

 懐から鍵を取り出したメイドさんが、ドアを引き開く。

 内側からお目見えしたのは、都心部に眺める億ションのそれ。

 やたらと広く豪華な玄関と続く廊下。幾つか並んだドアはトイレやお風呂だろうか。或いは居室と別に寝室など存在しているかも知れない。更に奥まったところには一際大きなドアが設けられて、開かれた先には続くところリビング。

 どうやらマンスリーマンションよろしく、既に家具の類いは用意されているよう。ソファーやらテーブルやらが確認できた。家財道具の類いを持たないホームレス野郎としては非常に嬉しい配慮であります。

「どうぞ」

「あ、ど、どうも」

 ちょっと圧倒された。

 メイドさんに促されて、おっかなびっくり入室だ。

 玄関を抜けて廊下を歩み、リビングへと到着する。規模は広々の二十平米といったところ。伊達に国の首都で要人の師弟を受け入れていない。調度品の類いも値の張りそうなものばかりだ。棚一つで誰かの人生を変えてしまいそうな風格を漂わせて思える。

「手狭いかも知れませんが、どうか、ご容赦のほどをお願い致します」

「いやいや、滅相もない。非常に快適そうですよ」

 これでも文句を言うヤツが居るってことだろうか。流石はお偉いさん専用の寮だ。エディタ先生の家より余程のこと豪華だし。これだけ広いリビングであれば、一画をアトリエっぽく改装することも可能だろう。

「こちらが部屋の鍵となります」

「あ、どうも」

 メイドさんから金属に作られた鍵を受け取る。

 やたらと厳ついデザインだ。

 持つところがドラゴンっぽくなってる。

 クリスティーナを思い出してちょっと複雑な気持ちになった。

 ドラゴンじゃなくてゴブリンとか良いと思うんだ。

「お部屋をご案内させて頂いたところで、この部屋を担当するメイドを呼んで参りたく思います。お忙しいところ大変に恐縮でありますが、今しばらくをお待ち頂いてもよろしいでしょうか?」

「え?」

「各部屋には担当のメイドが付いております。玄関に一番近い部屋においては、大変に申し訳ございませんが、お付きのメイドにお与え下さい。もしも難しい場合はお手数ですが、事務局へご相談をお願い致します」

「ぉ、おぉう……」

 メイドさんキタコレ。

 しかも専属とかなんという生中出しフラグ。

 妊娠させて腹ボテにしたい。

 一度で良いから責任ってヤツを取ってみたいわ。

「では、しばらくお待ち下さい」

 多少を語ったところで踵を返す名も知れぬメイドさん。

 彼女はリビングから廊下へ向かい、今し方に語ったとおり通路を歩んだ先、玄関脇に設えられたドアの前へ。キィと開かれた先からは、ひぃ、なにやら若い女性の悲鳴染みた声が響く。本当に誰か待機していたよう。

 待つことしばらく、彼女は傍らに同じメイド姿の女性を伴い戻って来た。

「こちらが担当のメイドとなります」

 それは俺もまた見知った相手だった。

「え?」

 一目見て、思わず声が洩れた。

 対して当人は酷く困惑した様子で名も知れぬメイドさんへ訴えを。

「……あの、わ、私はどうして……」

「ソフィアさん!」

 返されたのは叱咤の声だ。何やら促すよう先輩メイドが目配せをする。

 応じてソフィアちゃんは今一度、こちらへ向き直り口を開いた。

「あ、えっ、あの、そ、ソフィアと申します……」

 今にも泣き出しそうな表情で、自らを名乗るソフィアちゃんメイド仕様。

 オッパイが、オッパイが、上乳が露出するよう作られたメイド服に強調された豊満なオッパイが。更に太股が、太股が、これでもかと短く作られたスカートの裾から覗くムチムチの太股が。堪らないよソフィアちゃん。なんてエロいメイドさんなんだ。

 どうしてこんなところでメイドさんしているのか。

 疑問に思うことも忘れそうなエロさ。

 とは言え、尋ねておかないと後で大変なことになりそうなので尋ねよう。

「あの、どうしてソフィアさんここに?」

「ふぁ、ファーレン様から、ここで働くようにと……」

 速攻で犯人が特定だ。あのオッサンが無駄に気を回した模様。

 ドラゴン退治の際、わざわざ自前で給仕を呼び込んだ実績が示すところ、一方的にヤツの勘違いだとも言い切れない。未だ哮るソフィアちゃんへの愛が権化。メイドさん姿も可愛くて美しくてエロくて、今すぐにでも抱きついてしまいたい。

 自重が辛いな。

「なるほど、彼の手引きでしたか……」

 彼女と俺とが知り合いであるとは、部屋を案内してくれたメイドさんもご存じなかったよう。少しばかり驚いた様子でこれを確認だろうか。多分に戸惑っているソフィアちゃんとは異なり、こちらは一貫して学園のメイドというものに慣れて思える。

「お知り合いでありましたか?」

「えぇ、まぁ」

「であれば、私はこれにて失礼させて頂きます。他に詳しいところは彼女へ伝えてありますので、お手数ですがご確認下さい。慌ただしいご案内となってしまい申し訳ありませんでした。どうぞごゆるりと」

 ごゆるりとなにを致せというのか。

 とっても致したいです。ナニーを。

 早々に踵を返しては、場を後とする名も知れぬメイドさん。パタン、玄関のドアが閉じられては、その気配も完全に窺えなくなった。心配りの行き届いた人だ。

 残されたのは俺とソフィアちゃんの二人きり。

 しばらくして、呆然と佇むこちらへ彼女の側から声が掛かった。

「あのぉ……」

「あ、はい。なんでしょうか?」

「これをお渡しするようにと、あ、あの人に言われて」

 なにやら懐からハンドベルのようなものを取り出したソフィアちゃん。

 こちらもまた鍵に同じく、無駄に凝った彫金が為されている。骨董店の棚の上、十万円と値札が付けられていても、決して違和感のない代物だ。自身の知るハンドベルと比較しては小さめで、ちょいと可愛らしい。

「……これは?」

「呼び鈴だそうです」

 それはなんとなく分かるんだけど。

「タナカさんが私を呼ぶのに、使うのだそうです……」

「え……」

「これが鳴ると、この首輪が反応して少しだけ締まるんです。あまり痛くはないですけど、食事をしているときに締まると、ウってなるから、ちょっと、辛いです」

 自らの首筋を指先に撫でては語るソフィアちゃん。

 メイドさんに首輪とかドンピシャです。

「ぉうふ……」

 どうやら嘘や冗談でなく、本当にメイドさん付きの物件であった模様。しかも問題のメイドさんがソフィアちゃんとか、低LUCにあるまじき幸運ではありませぬか。こんな幸福がこの世にあって良いのだろうか。

 今の俺、人生で一番に輝いてる。

「やっぱりタナカさんは、貴族さまだったのですね……」

 様々なものを諦めた表情で呟くソフィアちゃん全力でレイプ目。

 そんな君も大好きだよ。愛してる。

「いやいやいや、違いますよ。私は本当に平民ですから」

「でも、そ、それじゃあ何故に学園へ通っているんですか」

「これはファーレンさんの手引きです。以前にもお伝えしましたが、彼は魔法が関わると人が変わるんですよ。今回もそうした背景があってのことでしょう」

「……そう、ですか」

 完全に目が死んでいるソフィアちゃん可愛い。

 元気なソフィアちゃんも素敵だが、やはり彼女にはレイプ目が似合う。

 どうしてこんなにも不幸が似合うのだろうか。

 あんなにLUK高いくせに。

「とりあえず今日のところは休みましょう。もう夜ですから」

「……はい」

 トボトボと玄関脇のメイド部屋に戻ってゆくソフィアちゃんの背中が儚い。

 そんなこんなで入寮初日は過ぎていった。

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