挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫
17/131

ドラゴン退治 五


 ヤバい。エンシェントドラゴン、ヤバい。

 クリスティーナとの戦闘が始まってから、かなりの時間が経過していた。どの程度かと言えば、当初昼であった一帯が、夜中へと至る程度には経過している。

 その間を休みなく俺は空を飛びの、ファイヤボールを撃ちの。

 まさか途中にトイレ休憩などある筈もなくて、ズボンの中では大便に小便の混じり合ったものがグッチュグッチュと非常にフレッシュな音を立てている。

 戦闘はファンタジー極まるが、下着の中は極めてリアルだぜ。

「ず、随分としぶといトカゲですねっ……」

 当然、水分補給もままならない。

 流石に疲れた。

 喉が渇いた。

「黙れ、人間風情がぁっ!」

 クリスティーナの正面に魔法陣が浮かび上がる。

 このドラゴン、回復魔法の他にも実に様々な魔法を使ってくれた。自分と同じようにファイヤボールを打ち出してみたり、雷撃を放ってくれたり、或いは巨大な嵐を巻き起こしてみたりと、そのバリエーションは多岐に及ぶ。

 おかげで難を逃れるには一苦労。

 飛行魔法がなかったら間違いなく死んでいたと思う。そのレベル一がどの程度だかは知れないが、現状、五十五あっても頼りなく感じるくらいだ。ファイヤボールに振ってしまった幾らかを追加で回しても良かった。

「死ねぇっ!」

 今度は戦艦大和の主砲ほどもありそうな大きさの氷柱が、十も二十も生み出されて、一斉にこちらへと飛んでくる。近寄っただけで肌が凍り付いてしまいそう。冷気がモワモワしてる。冷え冷えのキンキンだ。

 少し砕いてポカリに入れて飲みたい。喉渇いた。

「この程度、くっ……ど、どうということはありませんねっ!」

 気分は倍速の弾幕ゲー。

 十分に距離を取り、ヒュンヒュンと回避する俺カッコイイ。

 戦闘機のパイロットにでもなったみたい。

 最高にイカしてる。

 ただ、流石に疲労が半端ない。疲れた。喉渇いた。ポカリ飲みたい。

「ぐっ、ちょろちょろと逃げ回りおってっ」

「貴方がとろいのが悪いのですよ」

 お返しとばかり、全てを避けきったところで反撃のファイヤボール。

 ズドンと顎の辺りに命中。

「グァアアアアア」

 どこか安っぽい怪獣的な悲鳴が近隣一帯に響き渡る。

 これで八十一発目だ。

 的中率は凡そ三割と言ったところ。ポカリ飲みたい。

 やはり、空を飛びながら当てるのは難しい。相手も自分と同様、俊敏に飛び回っているので、いかに的が大きかったとしても、狙いが甘いと回避されてしまうのだ。



名前:クリスティーナ
性別:女
種族:エンシェントドラゴン
レベル:2983
ジョブ:バックパッカー
HP:3000200/9950000
MP:850000/8900000
STR:1537500
VIT:677402
DEX:922994
AGI:2204442
INT:778030
LUC:23329




 ただまあ、残すところ十一、二発といったところ。

 随分と頑張った感ある。

 一方で自身はと言えば、こんな具合だ。



名前:タナカ
性別:男
種族:人間
レベル:78
ジョブ:錬金術師
HP:78909/78909
MP:188300000/188300000
STR:7375
VIT:9560
DEX:10800
AGI:7910
INT:12922000
LUC:229



 なんにも減ってないぜ。ドラゴンざまぁ。

 これなら倒せそうだ。

 決して油断はできないが、絶望するような状況でもない。

 ズボンの中に満ちる悪臭と不快感さえ我慢できれば、俺の勝ちだ。

 勝利は目前にあるぞ。

「き、き、貴様ぁっ……」

「どれだけ偉ぶろうと所詮はトカゲ風情、限界も高が知れますね」

 思わず強気になって、あれこれ語ってしまう。

 ちょっと良い気分。

 だからだろうか、おちょくられたクリスティーナがファビョった。

「ぬぅううおおおおっ、ふざけるなっ!」

 唐突にもこちらから意識を外して転進のドラゴン。

 何事かと驚いた先、相手の視線が向かった先には、我々の様子を窺っていた仲間たちの姿がある。その中でもヤツが注目したのは金髪ロリータだ。

 百や二百では利かない、相当の距離を離れていたにも関わらず、これを一瞬にして詰めるドラゴンの推進力は大したもの。ターボでも付いてるんじゃないのかと。

「ちょっ……」

 大慌てに追い掛けるも、先んじて彼女を手中に収めたのは相手だった。

 まさか人間相手の喧嘩に人質を取るなどドラゴン様らしくない。

 迸る小物感。

 図体こそデカいけど、以外と中身はちっちゃいぞクリスティーナ。

「や、やめっ!」

 金髪ロリータの口から悲鳴があがった。

 どうやら逃げ出す猶予はなかったよう。

 さっさと肝を回収して、一足お先に帰路へ着いてくれれば良かったのに、どうして今の今まで延々と現場に残っていたのか。金髪ロリータの後方には魔道貴族を筆頭として他の面々の姿も窺える。

 まさか自分を待ってくれていたのだろうか。

 ちょっと嬉しいけど、今回はそれが敗因になりそうだ。

 っていうか、よくよく見てみれば、いつの間にやら飛空艇から資材を調達して、テントとか張ってくれちゃってる。しかもソフィアちゃんに至っては、普通に晩ご飯の準備してるし。鍋でシチューっぽいのグツグツしてるし。

 あ、良い匂い。

 さんざん怯えてた割には随分と馴染んで思えるソフィア氏。

 しかしながら、せっかく用意された夕食の支度も、ドラゴンによりクラッシュ。その巨漢が急接近、急制動するに応じて、突風が吹き荒れては一切合切を吹き飛ばした。夕食の鍋に限らず、これは人もまた同様である。

 手中に収まる金髪ロリータを除いて、皆々はゴロゴロと地面を転がっていった。

「な、なんのつもりですか? 彼女をどうするのですか?」

 大慌てにその背を追い掛けて、都合、こちらを振り向いたクリスティーナと、顔を向き合わせて対峙する。

 流石に焦る。

 あまりにも巨大なドラゴンの手に掴まれては、エステルちゃんのなんと小さなこと。

 少しばかり指に力が入った限りであっても、プチッと容易に潰れてしまいそうだから、眺めていて血の気が引く光景だ。

「この娘を殺したくなければ、その場より動くな」

「…………」

 我々はラスボスが三下に落ちた瞬間を目撃だ。

 非常に理知的な判断である。

「……所詮はトカゲですね。リザードマン以下でしょう」

「黙れっ! その口を動かすなっ!」

 浅く振るわれたドラゴンの翼が、俺の身体を真横から殴打した。

 金髪ロリータが人質に取られている手前、指示されるがまま動くこと叶わず、これに叩き飛ばされて地面の上を転がる羽目となった。

「ギャッ……」

 視界が一瞬にして移ろい、後に暗転。

 気付いた時には指先をピクリとも動かせないほどに負傷していた。

 凄く痛い。

 なにこれ超絶痛いんですけど。



名前:タナカ
性別:男
種族:人間
レベル:78
ジョブ:錬金術師
HP:3/78909
MP:188300000/188300000
STR:7375
VIT:9560
DEX:10800
AGI:7910
INT:12922000
LUC:229


 っていうか、瀕死の重傷。

 ギリギリセーフ。

「か、かいふく……」

 息も絶え絶え、大慌てに治療魔法を掛ける。

 でなければ、起き上がることさえ難しかった。幼少の折、乗用車に轢かれた時でさえ、これほどアカンとは思わなかった。視界がブラックアウトした。マジもう死んだかと思った。ズボンの尻の部分が破れて糞尿が辺りに飛び散ってるし。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 のっぴきならない緊張から息が上がる。

 まさかこんなに痛いとは。

「どうやら耐久力はそう大したものでない様子だな」

「こ、こっちは普通の人間なんですよ」

「ほざけっ! 人間風情がこの我に抗うことなどありえんわぁっ!」

 睨み合う一人と一匹。

 そうした最中のこと、ドラゴンの手中から金髪ロリータが吠えた。

「……わ、私のことは、べ、べ、べっ、べつにどうでも良いからっ!」

 非常に健気なことを言っている。

 らしからぬ言動だ。

 自分が足を引っ張っているという自覚でもあるのだろうか。

 そう言われてしまうと、こちらとしても動けないじゃないですか。

 絶対に助かって欲しい感じが、ふつふつと溢れてくる。

「どうでも良いということはないですよ。同じパーティーの仲間じゃないですか。まさか犠牲になど出来ませんよ。生きて帰って一杯やるまでが冒険です」

 穏やかに答えてあげる俺紳士。

 すると、相手は瞳を見開いて、感極まった様子に喉を鳴らす。

「そ、そんなっ……私は……わ、私はっ……」

「いつ如何なる存在を敵に回したとしても、私は決して貴方を見捨てませんから」

「っ……」

 とは言え、こっちだって死ぬつもりは微塵もない。

 敵が回復魔法を使うのなら、こちらも回復魔法である。昨今、ファンタジーの世界には持続型の回復魔法があるという。リレイズだとか、リホイミだとか、やたらと頭にリを付けたがるタイプのそれだ。

 つい先刻にもワイバーンのブレスへ耐える為に使用したヤツである。

 このパッシブ的な回復魔法を今回は全力で掛けるのだ。

 MPを温存している余裕はない。

 故に耐久力に大幅な向上が見られること間違いない。って、信じてる。お願い。

 HPが一瞬でゼロまで削られるのでなければ、コンマ数秒でも猶予があるならば、そこに回復魔法が割り込んでくれたのなら、きっと死なない俺の身体愛してる。

 最新プロセッサも真っ青のレートで割り込み拾って超絶回復こそ唯一残された道だ。

 デッカい足でぺしゃんこに潰されたらどうなるのとか、色々と思うところはあるけれど、きっと耐えてくれる。信じてる。マジで頼むから。

 ほんとうお願いします。

「どうした? 怖じ気づいたか」

 内心を見透かされたよう、クリスティーナに煽られた。

 ちっくしょう。

 であれば、今は答えるしかない。

 焦りまくる気持ちを隠した上、表立っては自信も満々に取繕うしかない。

 絶対の余裕というヤツを。

 それが自身の為であり、また金髪ロリータの為でもあるのだ。

「ふっ……」

 最高にダディーな笑みを浮かべてやる。

 同時、俺は右腕をバッと大きく空へ掲げた。

「貴様っ……」

 クリスティーナの表情が強ばる。

 当然、回復魔法なので、彼女の側へ何が飛ぶこともない。代わりに俺の身体がキラキラした輝きに包まれて無敵モード。迸る肉体的充実感が、無職童貞の荒んだ精神的閉塞感と猛烈に乖離して、非常に切ない気持ちになる魔法だぜ。

「この私を倒し切る自信があるのでしたら、どうぞご自由に」

 癖になりそうだ。


名前:タナカ
性別:男
種族:人間
レベル:78
ジョブ:錬金術師
HP:78909/78909
MP:3000/188300000
STR:7375
VIT:9560
DEX:10800
AGI:7910
INT:12922000
LUC:229


 これまで碌すっぽ減ることのなかったMPに変化がみられる時点で、どれだけ根性を入れたかが理解できよう。継続回復の魔法、本気で撃つとすっげぇMP使うんだよ。単発の回復も全力だとそれなりに使うけれど、こっちは些か次元が違う。

 一昨日、チーム乱交の面々に与えられた心のダメージを癒やすべく、フルパワーで撃ったら今と同じになったのだ。自室へ魔道貴族がすっ飛んできた一件である。それでも心は決して癒えなかったけどな。

「なにを驚いているのですか? まさか私が恐ろしいですか?」

「き、きさまぁっ……」

 初っぱな撃って以後も、その持続に対して一定量を常に消費しているようで、身体が光ってる間は自然回復が非常に遅くなる。チマチマとは癒えてきてはいるが、それまでと比較しては目に見えて遅い。

 計った感じだと、全回復するには一晩ほど掛かると思われる。

 故にこれを撃っては最後、物理がモヤシな俺は攻勢の手立てを完全に失う。パーティーを組んで純支援的な立ち位置に就かなければ、おいそれとは使えない全力投球だ。あと、光ってる間はかなり疲れる。

「上等だっ、なぶり殺しにしてくれるっ!」

 キレたクリスティーヌ。

 キレられた俺。

 そこから先は一方的だった。

 翼やら尻尾やら、或いは魔法やらで、色々と酷い扱いを受けた。

 ただ、どれだけのダメージを受けたところでギリギリ耐える我がボディー。

 怪我は即座に癒やされて、ゼロまで行き着くことはなかった。耐久ラリーの参加車両に眺めるタコメータのよう、ゼロとレッドゲージを忙しなく行き来しながらも、振れは決して一点に留まることがなかった。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 大変です、エステル様がドラゴンに捕らわれてしまいました。更に彼女を人質として、タナカさんが一方的に嬲られ始めました。当初、殴られ蹴られしていた彼ですが、今は魔法を雨あられと身に受けています。

 それでも生きているタナカさんは本当に人間なのでしょうか。

「き、貴族さまっ! あのっ……」

 私は堪らず声を上げてしまいました。

 幾らなんでもこれ以上は無理です。早々に逃げるべきだと思います。今し方に連れて行かれたのはエステル様でした。もしかしたら、次に連れて行かれるのは私かも知れません。そう思うと居ても立ってもいられません。

 ただ、そうした私の訴えは、貴族様に届きません。

「素晴らしいっ! な、なんと素晴らしい回復魔法だっ!」

 吠える貴族様はまるで周りが見えていません。

 語り掛けることすら危ぶまれる形相で、ドラゴンとタナカさんの姿を見つめています。大きく見開かれた瞳は、瞬きすら忘れたように、一点を凝視して寸毫も揺るぎません。本当に魔法が大好きな方です。キチガイです。頭のネジは全て抜け落ちて足下です。

「一昨日にヤツが確認していたのは、この魔法だったのかっ!」

 なので私は他に意見する先を求めます。

 早々、視界に入ったのは麗しの騎士様でした。

「あの、あ、アレン様……」

 この場で一番に常識人なアレン様であるならばと。

 しかしながら、こちらにも訴えは通じませんでした。

「エステルっ! そんなっ、ど、どうしてっ!」

 アレン様もアレン様で普通じゃありません。恋人のエステル様を捕らわれて、平静を失って思えます。今にも泣き出しそうな表情でドラゴンの方を見つめています。固く握られた拳には、地面にポタポタと垂れるほど血が滲んでいます。

 とても撤退を指示して頂けるような状況ではありません。

 その傍らにはアレン様の腕に抱きつくようゾフィー様が。彼女もまた仲間を捕らえられて、アレン様と同様に……あ、いえ、なんかアレン様と比較すると断然に落ち着いていますね。冷静にドラゴンとタナカさんの様子を窺っているように思えます。

 ただまあ、ゾフィー様は好きじゃないので、私の意識は他へ移ります。

 向かうところを改めた先には、少し離れてメルセデス様の姿です。

「あの、メ、メルセデス様っ!」

 この人は本格的にレズなので、あまり話し掛けたくないのですが、状況が状況ですから致し方ありません。身分的にはアレンさんより上にあるようなので、彼女であれば、もしかしたら撤収命令を掛けることが出来るかも知れません。

「メルセデス様! も、もう私たちの手に負える状況ではないと……」

 彼女の側へ歩み寄り、その名を呼ぶと共に訴えます。

 すると、どうしたことでしょう。

「不安か? あぁ、恥じることはない。私も不安だ。こっちへ来ると良い」

「え? あ、ちょっ……」

 腕を取られました。

 かと思えば、後ろからギュッと抱きしめられてしまいました。

 なんでもこうなるんですか。

「あの、メルセデス様、これは……」

 足下へ目を向けます。

 すると確かに当人の言葉通り、メルセデス様は膝が震えていました。

 ただ、それでも私を抱く腕は力強く、なんの遠慮もなくセクハラを。

「恥じることはない。誰であろうと怖いものは怖いのだ」

「ひっ……」

 存分に怖がりながら、それでも性欲に正直なメルセデス様は、相当に図太い精神の持ち主です。胸や尻を撫でられて、背筋に鳥肌が立つのを押さえられません。気持悪いです。あ、ちょ、い、いま思いっきり、下のところに指がっ! ひぃっ!

「や、やめっ……メルセデス様っ……」

 自身の死を近いところに理解して、セクハラの度合いがパワーアップしてます。

 ぬ、抜け出せません。もの凄い腕力です。

 この人、キレたら何するか分からないタイプの人間ですよ。間違いないです。

「震えてもいい。私が最後まで強く抱きしめていてやる」

「いえ、あ、あのっ……」

 タナカさん、早く、早くして下さい。

 なんでも良いから、早くして下さい。

 私の貞操がピンチです。ね、粘膜がっ。



◇◆◇



 クリスティーナを相手にフルボッコタイムのまま、終ぞ一晩が過ぎた。

 気付けば、空が白み始めていた。

「……そろそろ、諦めても良いんじゃないですか、ね?」

 提案は殴られる側から。

 きっと死ぬことはないんだろう、漠然とながらも理解したところで、しかし、痛いものは痛いし、辛いものは辛い。ついでに言えば、衣服も完全に失われて、今や他のパーティーメンバーに糞尿血肉まみれの全裸を晒す惨めがある。

 人としての尊厳なんてゼロだな。

「ぐぅ……」

 どちゃり、汁気を伴い一歩を踏み出す俺に、クリスティーナが呻き声で応じた。

 結局、夜が明けても決着は付かなかった。というより、彼女が俺を倒しきることはなかった。こちらは一切の守りを禁じられているにも関わらずだ。

 だからだろうか、いよいよ彼女もまた疲弊して思える。

 いくら自身のステータスが減っていなくとも、一向にくたばる様子のない相手を延々と殴り続けるのは精神的に色々と来るものがあるのだろう。

 工場のライン工が抱えるそれと同様だ。ああ、工場は本当にヤバい。絶望する。

 故に俺は言ってやるのさ。

「一つ、提案があります」

 自らの足に立ち、正面からドラゴンに向かう。

「……なんだ」

 ようやっと冷静に話し合いなど始められる一人と一匹。

 回り道は主に後者のせいでだけどな。

「そもそも我々は当初より、貴方と喧嘩するつもりなどなかったのですが」

「…………」

 そう言われてしまうと、グゥの音もでないクリスティーナ。

 むしろ、はたと何かを思い起こした様子で愕然と。

 彼女の方から一方的に喧嘩を仕掛けてきたのだから当然だろう。

 道ばたに転がる空き缶を、よし、踏みつぶしてやろうと企んだところで、どれだけ足を踏み下ろしても潰れる気配が無く、そのまま一昼夜過ぎてしまったのだから、あぁ、思い返してみれば滑稽なお話だ。

 更に言えば、一度は空き缶に滑って転んで急所を打って、死に損ねている。

「私に貴方を害する意志はありません」

「……今更、その言葉を信じろと?」

 自分から仕掛けておいて酷い言いぐさだ。

 ただ、語る調子には濃い疲弊と諦めの色が見て取れた。

 だからこそ、こちらの存在を認めつつあると知れる。

 これ以上は相手もまた勘弁なのだろう。

 であれば続くところは決して無碍にされない筈だ。

「代わりにお願いがあります。それならどうでしょう? これより貴方と我々とは、互いに求め、求められる関係です。故に我々は貴方に害するつもりは毛頭ないと」

「…………」

 今の我々に足りていないもの。

 それは帰りの足だ。

 壊れた飛空挺の代わりだ。

 レッドドラゴンの死骸という大荷物を運べる運搬力だ。

「それとも私や彼女が干涸らびて動けなくなるまで、これを延々と続けますか? であれば最終的には、先んじて絶命した彼女の存在に悲嘆する私が、貴方を躊躇なく焼き殺すことになると思いますが」

「っ……」

「どうですか?」

 数時間を経て、MPはだいぶ回復してきた。

 呟いて、腰の高さに掲げた右手へ、小さめのファイヤボールを灯す。

 それが場を決する合図となった。

「……願いとは、なんだ?」

 やったぜ。

 こちらの提案に乗ってきたエンシェントドラゴン御中。

「すみませんが、私と私の仲間を貴方の背に乗せて、飛んではくれませんか?」

「……あぁ?」

 次いでクリスティーナより挙がったのは、ただただ、疑問の声だった。



◇◆◇



 そして、我々パーティーは空の人となった。

「これは凄い。流石はドラゴン。飛空挺の比じゃないですね」

 クリスティーナの背に乗っかり、一路、ペニー帝国の首都を目指す。もちろん、自分以外に他のメンバー、魔道貴族を筆頭として、チーム乱交、ガチレズ女騎士、ソフィーちゃんも同乗である。

 乗り心地は正直、あまり良くない。

 鱗がゴツゴツとしていて、座布団の一枚でも欲しいところ。

 ただ、そこは申し分ない速度に補って余りある。

 ちなみにクリスティーナ戦で失われた衣服は、その代わりを墜落した飛空艇の中からソフィアちゃんが探してきてくれた。彼女のLUCの高さが、今、俺という人格の尊厳を確かに守ってくれている。

 公開露出オン・ザ・ドラゴンも悪くなかったが、今回は勘弁してやるぜ。

「この調子なら一晩もあれば首都まで戻ることができるだろう。途中に幾度か休憩を挟んだとしても、本来の予定とそう変わらない進捗となるな」

「なるほど、不幸中の幸いというやつですね」

 傍らにあぐらを掻いて、魔道貴族が語ってみせる。その物腰はドラゴンの背中にあろうとも、随分と落ち着いて思える。指先に鱗を撫でては、その輝きに思慮を巡らせるだけの余裕が見受けられる。

 一方で脇の下を臭い汗に湿らせているのが、豆腐メンタル筆頭代表のソフィアちゃんだ。今にも泣き出しそう。遊園地の絶叫マシンへ強制連行された子供みたいだった。

「あ、あの、本当にこれで街まで帰れるのでしょうか?」

 涙目で尋ねてくれる。

 すっごいストレスフルな感じ。

「今更に嘘を付いたところで、このドラゴンに得はないですよ」

 ちょっと可哀相になるほど。

 だもんで、答えてあげるのが世の情け。

「……本当に、そ、そうでしょうか?」

 彼女の手にはレッドドラゴンの死体から採集した肝が抱かれている。

 大きめの革袋に包まれたそれは、ちょっとした米袋ほどのサイズがある。包みきれなかった分は他に積載、こちらに関しては製薬の都合で絶対に確保したい分量だ。

 っていうか、風呂敷とか、革袋とか、妙に荷物持ちが似合う子だよ。大きな荷物を抱えて涙目でプルプルしているソフィアちゃん最高にラブい。結婚したい。

「そうですよ。だから安心してください」

「で、ですけど……」

 一向に不安の晴れる気配が無いソフィアちゃん。今後とも彼女の勤め先を贔屓にさせて頂こうかと目論んでいる輩一号としては、なんとか解消してあげたいと思わないでもない。であれば、求める先はこのドラゴン自身か。

 確かに一度も言葉を交わしたことのない相手の背中に乗るなど、女性としては甚だ緊張だろう。婚活パーティーの会場、まるで面識のない異性の背中に乗れますかと尋ねたら、乗れるヤツは魔道貴族くらいなものだ。魔道貴族スゲェ。

「ドラゴンさん、ドラゴンさん。乗客が行き先に不安を感じているので、少しコミュニケーションを取って貰えませんか? 貴方が如何に優れた飛行能力を備えているか、一言で構いませんから」

 こうしたマネージメントはパーティーのリーダーたる自信の役目だ。

 コンコンと尻下の鱗など叩きながら頼んでみる。

 すると返事は早々に。

 我々のみならず、背中全体へ届くよう響いた。

 その発声に応じて、内臓の動きが座り混んだ尻から伝わり全身を震わすよう。

『今に問うた男こそ、いつか我が足下へ跪かせてやろうと考えている。しかし、約束は約束だ。甚だ不本意だが、貴様らをその男が伝えるところへ無事に送り届けること、我は自らの存在を見逃された圧倒的屈辱の代償として確約しよう』

 ナイスだ、クリスティーナ。

「とのことですので」

「は、はい……」

 ギュッと肝の詰まった革袋を抱いて、静々と頷く。ストレスに耐えきれず、アイキャンフライしそうだから、少し怖い。このまま大人しくしていてくれることを願おう。

『覚えていろよ、……人間』

 続けざま不服そうに語るクリスティーナ。

 であれば、語られた側はどのように答えるが正解か。

 長い社畜生活に培われた意識は、早々に結論を叩き出した。

「然るべきアポイントメントを取って頂ければと」

『…………』

 金輪際、絶対に会ってやるものか。

 こんな危険な生き物の相手なんて御免だわ。

 一昼夜に渡るフルボッコがどれだけ痛かったか。思い知らしてやりたい気分である。もしも金髪ロリータが人質になっていなかったら、そりゃ全力で反撃してたろう。一生分の痛み辛みを味わった気分だぜ。

 とは言え、それを語ったところで、通じる相手でもない。

 だから今は精々、訴えられるところを訴えておく。

「とは言え、また先と同じような状況に臨むのであれば、私はどれだけ不利な状況であっても、貴方を倒しきりますよ。貴方が成長する以上に私は成長します。今回のような取引を持ち掛けることも、絶対に致しません」

 こっちはレベル二桁だからな。まだまだ次のレベルまでに必要な経験値ってやつは少ない筈だ。対して相手は既に四桁へ到達している。きっとメタル系のあれそれを相応数倒さないとファンファーレは鳴り響かないだろう。

『っ……』

 断固として主張。

 すると、クリスティーナは続くところを失った。

 ちょっと気持ちいい。

 とは言え、今回は有用だった回復魔法が、次はどこまで通じるか知れない。不安で仕方が無いのはこちらの方だ。世の中、絶対なんて存在しない。向上心を失った途端、失墜を余儀なくされるのが社会というやつだ。

 あぁ、嫌だね、社会。

 それがハッタリの一つや二つで見逃されるというのであれば、今は幾らでもデカイ口を叩いてやろう。そうとも。こうなったらあることないこと、適当に吹かして未来の安全を勝ち取る作戦だ。

「もしも今後、再びエステルさんを狙うような事があれば、私は全身全霊を伴い貴方を探し出して、骨の一欠片も残すことなく倒しきります。エンシェントドラゴンだか何だか知りませんが、その一匹や二匹、私に取っては取るに足らぬ相手です」

 言い切ってやったぜ。

『きっ、貴様っ……』

 どんなもんよ。参ったか。

 最高に格好良いわ俺。

「ご理解、頂けましたか?」

『……か、勝手に、言っていろ』

「こちらの進言が受け入れられないと?」

 途端に口調の怪しくなるクリスティーナ。

 制した感がある。このトークフィールドは俺のものだぜ。

 やり手のイケメン営業が顧客を相手に浮かべる自信に満ちた笑み。あれがどういった事由に基づくニンマリなのか、今の今まで知れなかったけれど、ちょっと、こう、なんだか分かった気がするわ。

 彼らは自分自身の存在と、そのお喋りに自信があったわけだ。

『名前を、教えろ』

「というと?」

『貴様の名前だ』

「え?」

 ちょっと待てよ、個人情報流出しちゃうだろ。

 それは嫌なので、ここは偽名を使うが良し。

 うちのパーティー、メンバーの半分は偽名だしな。

「サイトウです」

 サイトウ最強伝説。

 誰だよサイトウ。

 永遠に追い求めるが良い、サイトウの名を。

『……しかと覚えた。幾百年が経とうと決して忘れぬぞ、サイトウ』

「え、えぇ。きっちりハッキリ、ちゃんと覚えていて下さい」

『ふ、ふははははっ、上等だ。このような屈辱、かれこれ何千年ぶりだろうなっ』

 随分と長生きだな。そんなの知るかよ。

 精々、未だ見えぬ斉藤さんを追い掛けて下さい。

 ここで貴方の田中ルートは消滅です。

『近いうちに、必ずや貴様を圧倒してくれる』

「えぇ、どうぞ。好きなようにして下さい。けれど、その際は必ずアポイントメントを取って欲しいですね。こう見えて私は非常に忙しい身の上なのです。上司にでも仲介をお願い頂けたらと」

 二度と会いたくないわ、この糞ドラゴン。

『上等だ、必ずやその舌を我が不浄の鱗へ這わせてくれる』

「どうぞ好きなように」

 不浄の鱗ってなんだよ。

 もはやこのドラゴンに用などない。後はペニー帝国の首都カリスに乗り捨てるだけのレンタカーさながら。何年でも何十年でも、未だ見ぬ斉藤さんを探し続けるが良い。俺はアンタが大嫌いだぜ。

「ということで、安心して貰えたのなら良いのですが」

 相手の口上が途切れたところで、本来の目的、ソフィアちゃんに向き直る。

「はっ、はひぃ……」

 必至にコクコクと首を縦と振るソフィアちゃん。

 無事にミッションコンプリートだ。

 良くやった俺。ホッと一息である。

 これで彼女は問題ないだろう。

 そうした一方で、どうにも様子のおかしいのがチーム乱交。俺とソフィアちゃん、それにクリスティーナのやり取りを目の当たりとして、表情を厳つくする金髪ロリータの姿がある。また、そんな彼女の振る舞いを眺めては、狼狽えるイケメンの姿も然り。

「え、エステル? どうしたんだい?」

「……なにが、どうしたんだい、なの?」

「いや、なんか先程から距離感を感じるのだけれど……」

「ごめんなさい。少し考えごとをしているの」

「そ、そうかい?」

 金髪ロリータが誰かに謝罪するシーン、初めて見たような。

 とても貴重な気がする。

 だからだろうか、アレンの表情も自然と強ばって思える。

「……エステル?」

「しばらく放っておいて貰えないかしら?」

 一連の振る舞いは、どこか素っ気ない。

 彼氏に対するそれとしては、些か情に欠けるのではなかろうか。

「あ、あぁ、分かったよ、エステル。けれど、何か困ったことがあったのなら、すぐに僕を頼ってくれて構わないから。気軽に声を掛けて貰えると嬉しいかな?」

「…………」

 どうもイケメンと金髪ロリータの具合がよろしくない。痴話喧嘩の類いだろうか。もしかしたら、またもやゾフィーちゃんが暗躍したのかも知れない。彼女は寝取り癖があるようだから。

 いやまあ、リア充たちの性事情なんてどうでもいいか。

 これ以上を彼ら彼女らに構う必要もあるまい。どうせエステルちゃんも、ゾフィーちゃんも、共にアレンというイケメンのオチンチンに狂った非処女だ。この心が欲するところとは大きく異なる。

 中年童貞に興味を示す処女が、この世に存在するか否かは知れないがな。

「…………」

 ふふん。若返りの秘薬、絶対に作ってやるぜ。

 俺は負けないぜ。

 絶対だぜ。

 ということで、最終的に意識の流れた先はと言えば、ガチレズ女騎士である。チーム乱交から外れて、一人、静かに身体を休めるメルセデスちゃんだ。彼女には一つ、どうしても確認しておかなければならないことがある。

 ドラゴンの背を多少ばかり歩んで、彼女の正面へ。

「今回はどうもありがとうございました」

 すると相手は少なからず驚いて、ビクリ、座る腰を揺らした。

「な、なんの用件だ?」

「いえ、お礼をと思いまして。貴方に対しては随分と急な話になってしまいました。また、かなり強引な形で依頼を受けて貰った経緯もありますので、取り急ぎ、お礼だけでもしておこうかなと」

 彼女は今でも俺が前科一犯だと疑っている恐れあり。後日、身元が割れたところで通報されては困ったことになる。持ち家の危機だろう。ということで、今のうちに根回しをしておく必要があるのだ。

 出発の間際にもデカイ口を叩いてしまったしな。フォローは大切だ。

 そう言えば、メルセデスちゃん自身も投獄されていたようだけれど、あの一件は片付いたのだろうか? まあ、ちゃんと片付いたからこそ、貴族街を悠々と歩んでいられたのだろうけれど。

「そ、そのことに関しては、既に私も納得している。なによりこうして無事に首都まで帰ることができるのだ。であれば、この期に及んで文句を叩くこともない」

「そうですか? ありがとうござます」

「……ああ」

 よし、この調子なら、大丈夫だろう。

 もしかしたら、出発の前日、互いの性癖に関して夜通し語りあったのが効いているのかも知れない。やはり人と人との円滑なコミュニケーションは、定期的な会話に限るね。

「街に戻ってからも事後処理の関係で、色々とご面倒を掛けるかも知れませんが、どうぞ、よろしくお願いします」

「あ、あぁ……理解している」

「ありがとうございます」

 よし、これでミッションコンプリート。

 あとは金貨千枚を山分けして、自らの取り分に自宅を買い戻せば完璧だ。等分なら七人であるからして問題はないだろう。飛空挺の損害云々を魔道貴族にいちゃもんを付けられたら、レッドドラゴンから産出された魔石やら何やら、素材一式を受け渡せば良い。流石にそれ以上の文句はでないだろう。当人がこれだけの素材があれば、同程度かそれ以上の飛空艇が作れるだろうと語っていたしな。

 おうおう、良い感じに目処が立ってきたぞ。

 頑張った俺。

 素晴らしい俺。

 日本男児は持ち家を守ってこそ、その真価を発揮できる生き物なのだ。

 賃貸じゃ駄目なんだよ。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ