挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫

本文

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

137/138

南部諸国 五

【ソフィアちゃん視点】

 ペニー帝国を発つことしばらく、我々はグラヌス湿地帯に到着いたしました。

 それもこれもエルフさん手製のくじ引きの結果に従った結果にございます。くじを引いたのはこちらのメイドですが、くじを作られたのはエルフさんです。なので私には何の意志も責任もございません。そう自分に言い聞かせて、心の平穏を守っております。

 ちなみにドラゴンシティから同所までは、本来であれば馬車で数週間の距離にございます。これをエルフさんの魔法と、元の大きなドラゴンに戻られたドラゴンさんの背中をお借りすることで、僅か半日と要さずに到着しました。

 ドラゴンさんのお背中が、また例によって少しオシッコ臭くなってしまったのは、私だけの秘密でございます。

 気になる選抜メンバーはと申しますと、エステル様、エルフさん、ドラゴンさん、ゴッゴルさん、縦ロール様、縦ロール様の従者の方、ファーレン様、ジャーナル様、西の勇者様といった錚々たる方々にございます。

 皆様、誰もがタナカさんを心配されてのことでしょう。ちなみにゴッゴルさんはご自身で空を飛ばれておりました。縦ロール様は従者の方に抱かれての移動です。イケメンの胸を借りてのお姫様抱っこ、メイドはとても羨ましゅうございます。

 ちなみにゴンザレスさんも、当初は手を上げられておりました。ですが皆様のお手を上げる様子を目の当たりにして、最終的にはドラゴンシティに残られました。街を守ることもまた、タナカさんの為になるのだと仰っていらっしゃいました。

 それはもう格好良かったです。思わずお嫁に行きたくなりましたとも。

『いないぞ?』

 湿地帯に到着して直後、人の姿に戻ったドラゴンさんが仰られました。

 メイドの手により、お洋服を召されつつのお話でございます。

 真っ白でシミひとつ無い綺麗なドラゴンさんのお肌、とても羨ましいです。時折指先に触れる、つるつるぷにぷにとした感触が堪りません。ぷっくりとしたほっぺのお肉とか、触ったら絶対に気持ちいい筈です。

「そりゃそうだろう。そう簡単には見つかるまいよ」

 そんな彼女とやり取りをされているのは、エルフさんです。

 大聖国での一戦以来、本来の力を取り戻されたのだというエルフさんは、ドラゴンさんとも対等にお話をされています。日常の何気ない言い争いでも、一方的に言い負ける姿は、あまり見られなくなりました。

 ただ、それでもドラゴンさんが大きな声を上げたりすると、ビクッと身体を震わせて、一歩を譲ることがあります。長い隠居生活の影響でしょうか、反応が染み付いて思われます。ですが、それでもきっと対等、対等でございます。

『だったら次はどこへ行けばいいんだ?』

「そうだな……」

 延々と続く湿地帯を眺めて、エルフさんが続く言葉を選ばれます。

 何やら考えていらっしゃる様子ですね。

 そうして彼女が向かうのとは反対側、なにやら樹木がガサガサと揺れました。

 背丈の短い木です。私の肩ほどでしょうか。細かい枝が沢山伸びており、葉は大きめです。おかげで遠目にまるっとした印象を受けます。周囲には同じような木がちらほらと生えているのですが、その一つだけが、不自然に葉や枝を揺らしております。

「……なんかいる」

 少し距離を置いて声が聞こえました。

 ゴッゴルさんでございます。

 彼女もまた、メイドが気を取られたのと同じ辺りを見つめています。ガサガサと揺れる樹木を、右手の人差し指で示されております。

 これを受けて皆様の意識が一斉に、揺れる樹木に向かわれました。

「ゆ、揺れてるわね。何かいるのかしら?」

「もしかしてモンスターかしらぁ?」

「ご主人、私の後ろにお下がりください」

 警戒の姿勢を見せるエステル様とは対照的に、縦ロール様は落ち着いていらっしゃいます。従者の方が傍らに控えている為でしょう。エルフさんから聞いた話では、なんでも位の高い魔族の方とのことです。

 一方で普段と変わらないのがファーレン様とジャーナル様です。

「小動物か小型の魔物じゃろう」

「うむ。この辺りであれば、そう慌てることもあるまい」

 どっしりと落ち着いていらっしゃいます。

 こういうとき、お二人のお言葉は心強いですね。

 更にメイドの傍らでは、西の勇者様が剣を片手に、不測の事態に構えて下さっております。おかげで私も幾分か安心して、ことの成り行きを眺めていられます。ありがたい限りでございます。

『ぐるるるるる……』

 しばらく眺めていると、先方に変化が在りました。

 木々の間より、ヌッと何かが伸びて出てましたよ。

「……ゾンビか?」

 エルフさんが呟かれました。

 聞きなれない単語です。

 ゾンビ、ゾンビだそうですよ。

 最初に腕が突き出されて、そこから更に頭、胴体といった具合に、樹木の茂りの中から人形の何かが這い出して参りました。表皮は腐り落ちており、形こそ人ですが、凡そ生きて動き回れるとは思えない、とても酷い状態です。

 うぅーあぁー、と呻き声のようなものまで聞こえてきます。

 そんな人の形をした何かが、ゆっくりとこちらに向かい這っております。

「このような場所にゾンビとは珍しいのぅ」

「私も聞いたことがないな……」

 ファーレン様とジャーナル様も首を傾げていらっしゃいます。

 こちらのお二人が知らないとなると、なかなか貴重なゾンビ、ということになるのでしょうか。離れていてもそこはかとなく香ってくる腐臭が、早急に同所を立ち去るべきだと、メイドの脳裏に警笛を鳴らしております。

「いいや、そうとも限らない」

「なにか知っているのか? 大魔道ヴァージンよ」

「っ……」

 ファーレン様が口にされた大魔道ヴァージンなる呼び掛けに、エルフさんの身体がピクリと震えました。今の今までキリリとしていたお顔が、どこかむず痒そうな表情となります。もしかして恥ずかしいのでしょうか。

「も、もしも私の推測が正しいとすれば……」

 そんな彼女の探るような視線が、周囲の湿地帯に向かいます。

 何か捜し物でしょうか。

 メイドといたしましては、こちらに近づいてくるゾンビが気になって仕方がありません。地面を這いずってゆっくりと、しかしながら、着実に距離を縮めてきております。這いずった跡が、得体の知れない液体で濡れているの怖いです。

「……いや、そう簡単に見つかるはずもないか」

「なにを探しているんだ?」

 エルフさんとファーレン様、お話をされるのも結構ですが、段々とゾンビが近づいてきておりますよ。放っておいて大丈夫なのでしょうか。匂いも徐々にキツくなってまいりました。ここは一つ、魔法か何かで吹き飛ばしたりとか、オススメでございます。

「いや、過去にこの辺りで……」

『くさい』

 誰にも先んじてメイドの思いに応えて下さったのは、ドラゴンさんです。

 その視線が段々と近づいてくるゾンビに向かいました。

『死ね』

 そうかと思えば、まるで羽虫でも追っ払うように腕を振りました。

 その手から飛び出したのは炎の固まりです。

 ファイアボールという魔法ですね。

 メイドも知っております。

 タナカさんが好んで使われる魔法でございます。同時に最近、彼の周囲で流行の兆しを見せている魔法でもあります。なんでも魔法を学ぶ者にとっては基礎的な技術らしく、大半の魔法使いが使えるものなのだそうです。

 そんなファイアボールが、ゾンビ目掛けて一直線です。

 ひゅんと飛んでいって相手にぶつかり、ズドンと大きな爆発を起こしました。

 ゾンビは一発で吹き飛んでしまいました。

 しかしながら、お話はそればかりで収まりません。我々が眺める先で、なんと着弾地点の地面に、亀裂が入ったではないですか。背の低い植物が焼け飛んで顕となった地面に、ピシリと大きなヒビが入ったのです。

 それは間髪を容れず、ピシリピシリと音を立てて周囲に広がっていきました。

 ゾンビの下から発して、亀裂は瞬く間に、我々の足元まで伸びて参りました。

「ぬぉっ!? な、なにをしたっ!?」

『べ、別に何もしてないぞっ!? 普通だっ! 普通の魔法っ!』

 エルフさんが悲鳴を上げられたのも束の間、今度は地面が大きく崩れ始めました。まるで建物が崩壊するように、我々の立ち並ぶ足元が、下に向かってガラガラと大きく瓦解し始めたのでございます。

 なんと驚いたことに、地面の下には空洞がございました。

「ひ、ひぃぃいいいいいっ」

 当然、メイドは落ちてゆきます。

 他の皆様はバランスを崩されたのも束の間、魔法で空に浮かび上がりました。しかしながら、魔法を使えないメイドは、落ちてゆく他にございません。瞬く間に周囲の光景が下から上に向かい移ろってゆきます。

「ソフィっ!」

 これを助けて下さったのはエステル様でした。

 ふわりと身体の浮かぶ感触が与えられました。

 気付けばこちらに向かい、両腕を伸ばすエステル様のお姿がございます。おそらくは物を浮かせる魔法か何かで、メイドのことを助けて下さったのでしょう。急な出来事にもかかわらず、私のような下々にまで気を掛けて下さるなんて感激です。

 やっぱりエステル様はとても良い方です。

 是が非でもお仕えしたくなってしまいます。

「大丈夫?」

「は、はいっ! ありがとうございますっ!」

 エステル様は空を飛ぶ魔法で身体を浮かしたまま、私の手を取り、ぐいと一息に地上まで引き上げて下さいました。その腕に抱きかかえられるようにして、私は青空のもとまで無事に戻ることができました。

 自らの足で地面を踏みしめると、自ずと崩壊の現場が目に入りました。

 地面にはひび割れによって生まれた大きな穴が空いております。どうやら地下に構造物が存在していたようです。その作りはいつぞや監禁された大聖国の地下牢を彷彿とさせる石造りでございます。

 地上との境界となる天井が崩れたことで、その内部構造が一部、白昼のもとに曝されております。しかも崩れたのは一部のようで、全容は定かでありません。かなりの規模と思われます。小さな村であれば、まるっと収まってしまうのではないでしょうか。

 それが地下に向かい階層を重ねるよう続いております。

「このようなところに地下遺跡があるとは知らなんだのぅ」

「うむ、私も聞いたことがない。これほどの規模であれば、発見とともに幾らでも情報が巡りそうなものだ。いかにペニー帝国とは距離があるとはいえ、それがないということは、おそらく未開の史跡となるのだろう」

「それはまた胸が躍る話じゃのぅ」

 居合わせた皆様は、大穴の縁に並び立ち、地下に広がった史跡とも遺跡ともつかないそれを眺めております。ああだこうだと語らっていらっしゃいます。ファーレン様やジャーナル教授でさえご存知ないとは、珍しいこともあるものです。

「君たち、そこを見たまえっ!」

 そうこうしていると、西の勇者様が声を上げられました。

 掲げられた指先の示す方向に、皆さんの意識が向かいます。メイドも注目でございます。すると同所では、眼下に伸びた地下通路の一角から、幾十というゾンビが蠢き、我々の側に迫ってくる様子がみられます。ゾンビ、またゾンビでございます。

 崩れた地面の急勾配を、数多のゾンビが這い登る様子は恐ろしいものです。

「……やはりか」

 その様子を目の当たりにして、エルフさんが渋い顔で呟かれました。

 なにやら気づいた様子でございます。

『……なんだよ?』

「恐らくだが、ここは不死王の巣だろう」

『っ……』

 エルフさんの何気ない呟きを受けて、ドラゴンさんの顔が強張りました。心なしかゴッゴルさんの表情もまた、少しばかりキリリとされたような気がします。ドラゴンさんはさておいて、ゴッゴルさんがこうした変化を見せるのは珍しいですね。

「貴様は会ったことがあるのか?」

『な、ないっ! ぜんぜんないぞ? そんなヤツは知らないなっ!』

「…………」

 このドラゴンさんは、後ろめたいことを必死に隠しているドラゴンさんですね。きっとお会いしたことがあるのでしょう。尻尾はくるくると巻かれて不安げに震えておりますし、語る姿は落ち着きをなくしていらっしゃいます。

 そして、こちらのドラゴンさんが慌てるほどのお相手というのは、我々もまた心中穏やかでございません。しかも単語の響きからして、お偉い気配がヒシヒシと感じられます。なんたって王です、王様とのことです。

 自ずと思い起こされたのは魔王様でしょうか。

「不死王というのは何者だい?」

 西の勇者様から疑問の声が上がりました。

 答えたのはジャーナル教授です。

「アンデッドたちを統べる者と言われておる。儂も過去に文献で読んだ限りじゃが、読んで字の如く、どれだけ強大な魔法を受けても決して死ぬことのない肉体と、他を圧倒する膨大な魔力の持ち主だという話じゃ」

「うむ、私もそのような記載を過去の文献で読んだ覚えがある。一説によると、心の弱い者は姿を見ただけで命う恐れがあるとの記載があった。流石に誇張表現だとは思うが、それくらい強力な存在ということだろう」

「ぬ、ファーレン卿よ。その文献の題目は覚えておるかのぉ?」

「何故だ? ジャーナル教授」

「儂が読んだ本と記載が似ていおるのじゃ」

「たしか『私とアンデッド』という、少し変わった名であったな」

「おぉ、それじゃそれ。儂が読んだのもその妙な題目の写本じゃ」

「なるほど、そうであったか」

「作者名が掠れておって読めなんだ。もしやご存知のぅ?」

「いいや、私が読んだ写本には記載そのものがなかった」

「それは残念なことじゃ」

 まだ見ぬ不死王様の存在を巡って、ファーレン様とジャーナル様が賑やかに語らい合い始めました。こちらのおふた方は、きっと放っておけば二晩でも三晩でも、不死王様に関して議論を重ねられることでしょう。とても楽しそうです。

「…………」

 一方で何故なのか、エルフさんがプルプルし始めました。

 もしかして彼女もまた、同じ本を読んだ覚えがあるのでしょうか。ただ、それにしては少しばかり不自然な反応であります。ところで、私とアンデッドという題目ですが、こちらのメイドもまた、どこかで似たような響きを耳にしたことがあるような、ないような。

『お、おい、貴様らっ! あの男を探すなら早く……』

 会話の弾むお二人に向けて、ドラゴンさんが口を開きました。どこか怯えて見える様子は、強気な彼女らしからぬものです。思い起こせば魔王様について耳にした当初も、このような感じであったような、なかったような。

 そうこうしている最中の出来事でございました。

「我の眠りを妨げる者は誰だ」

 不意にどこからともなく、耳に覚えのない声が聞こえてまいりました。

 それは聞く者の腹の中まで響くような、どこまでも低い、唸り声のような呟きでありました。おかげでメイドは、それはもう驚きました。思わず身体をビクリと振るわせて、あたりを見回してしまいます。

 しかしながら、それらしい人影は見受けられません。

『っ……』

「ぐっ、捕捉されたか……」

 顕著な反応を見せたのはドラゴンさんとエルフさんです。

 あ、ちょっと待って下さい。縦ロール様と従者の方がいらっしゃいませんよ。いつの間にやら姿が見受けられません。咄嗟に遠くへ意識を向けてみますと、空の一点、地上に開いた穴から遠退くよう、空を飛ぶお二人の姿がございます。

 どうやら逃げ出したようですね。

 流石は縦ロール様です。

 メイドも一緒に連れて行って欲しかったです。

「なんじゃ? この声は」

「どこから聞こえてきているのだ」

 ファーレン様とジャーナル教授も談義を中止して、緊張した面持ちです。声の出処を探るように注意深く、周りの様子を窺っていらっしゃいます。このお二人が真面目なお顔になられると、メイドも思わず緊張してしまいます。

「我の眠りを妨げるのは、その者たちか?」

 声は淡々と続けられます。

 もしかして、相手からはこちらが見えているのでしょうか。

 そんなふうに疑問に思った直後でございます。

 つい今し方に崩れた大穴の中程、その奥まった場所から、なにやら人の形をしたものが、ゆっくりと浮かび上がってまいりました。やけに白いなぁと思いながら眺めておりましたところ、よくよく見てみると、それは骨でした。

 いわゆるスケルトンと呼ばれる類いのモンスターでしょうか。ゾンビと並んで、お墓によく似合いそうなモンスターですね。先程のゾンビもそうですが、目の当たりとするのは初めてのことです。

 骨の周りには何やら青白い光が立ち上って、とてもおっかない感じがします。

「っ……」

 すぐ傍らで西の勇者様の息を呑む音が聞こえてきました。

 チラリと様子を伺わせて頂くと、足が震えていらっしゃいます。ファーレン様やジャーナル様もまた、顔色を青くして身体を振るわせております。誰一人として例外なく、緊張に身を強張らせていらっしゃいます。

 ゾンビと比較して、身体が小柄で匂いも控えめな感じが、メイドとしては取っ付き易いように思うのですが、実は凄く強かったりするのでしょうか。そう考えると一変して、ガタガタと震え始めるのがメイドの膝でございます。

「いいや、わ、我々ではない」

 皆さんを代表するよう、エルフさんが言いました。

 答える声も普段より幾分か高いですね。

「ならば誰だ?」

「この惨状を指してのことであれば、貴様の生み出したアンデットたちによって、地下構造が耐えきれなくなったのだろう。アンデッドが地上にまで溢れ出ていたぞ。それに見たところ、かなり古い作りではないか」

「……本当か?」

「本当だ。我々は偶然、その場に居合わせたにすぎない」

 嘘も方便というやつですね。

 エルフさん、素敵です。

「…………」

「…………」

 最終的に骨の方は、我々と同じ高さまで浮かび上がってきました。

 大穴の真ん中、こちらと目線を同じくして空中におります。

 肉の一欠片もこびり付いていない綺麗な頭蓋骨には、眼孔に薄ぼんやりと青白い光が灯っておりますね。眼球の代わりに、そちらで我々の姿を見ているのでしょうか。なんとも不思議なモンスターです。

 注意深く見てみると、指輪など嵌めていたりして、ちょっとオシャレさんです。

「……そうか」

「あ、ああ、そうなんだ」

『…………』

 こういうとき、普段なら我先にと口を挟むドラゴンさんが、やけに静かです。エルフさんの影に隠れて、知らない顔をされていらっしゃいます。ドラゴンさんが他の方の影で小さくなっている姿なんて、メイドは初めて目撃しました。

「ついこの間も、この辺りで人間どもが騒がしくしていた」

「眠りを邪魔された貴様が、人間の軍隊を相手にゾンビをけしかけた一件を指してのことであれば、それは既に百年以上昔の話だ。それをついこの間と話題に上げられるのは、流石にこちらも困ってしまうな」

「……百年だと? 貴様、我に嘘を吐くか?」

「嘘じゃない。気になるならば、自分の目と耳で確認しに行けばいい」

「…………」

「ど、どうした?」

「……そうか」

 なんだか会話のテンポが掴みづらい方ですね。

 おかげでヒヤヒヤとしてしまいます。

 それもこれも表情の変化から感情を窺えない為だと思います。お顔が骨しかないというのは、これでなかなか不便なものでしょう。口数が控えめである点と相まって、どうしても良くない方向に捉えてしまいます。

「あぁ、ところで一つ、貴殿に訪ねたいことがある」

「……なんだ?」

「この辺りで肌が黄色いくて、のっぺりした顔付きの人間を見なかったか?」

「…………」

 このような状況でも、確実に目標に向かっていくエルフさん、とても格好良いです。隣で小さくなっているドラゴンさんとは雲泥の差ですね。普段とは対象的に映るお二人の姿が、とても印象的でございます。

「知らんな」

「この大陸の人間とは異なる人種と思われる男なのだが……」

「知らん」

「…………」

 そして、どうやらメイドはハズレを引いてしまったようです。

 むしろこの状況は、かなり運が悪いと考えられるのではないでしょうか。やっぱりクジで行き先を決めるというのは、無茶な行いであったのだと思います。なんだか段々とお腹が痛くなってまいりました。

「……しかし、そうか」

「なんだ? な、何か気になることがあったか?」

「我はそこまで、力が漏れていたのか……」

「う、うむ」

「そろそろ私も、次の世代が見えてきたようだな」

「次の世代?」

「自らの力を制御できなくなっては、不死王もままならぬということだ」

「貴殿の事情は知らんが、地上にまでアンデッドが溢れかえるのは困る。そっちはそっちで、どうにかしてもらいたいのだが、なんとかならないものなのか? 我々でよければ手助けをすることも吝かではないのだが」

「…………」

「あ、き、気に触ったか? それなら謝るが……」

「あぁ、そうだな。そろそろ次代を探しに向かうとしよう」

 お話の流れは倒壊したゾンビの集合住宅や、タナカさんの行く先を離れて、なにやら良く分からない方向に向かっております。これには会話をしているエルフさんも、疑問に首を傾げていらっしゃいます。

 そうかと思えば、骨の方の身体が空に向かって、急に上昇し始めました。

 地上より更に高い位置に浮かび上がって行きます。

「お、おいっ」

「さらばだ、エルフの娘よ」

 エルフさんが声を掛けるも、我関せずでございます。

「ちょっと待っ……」

「こうして知らせてくれたこと、感謝する」

 別れの言葉を発したかと思えば、骨の方は空に向かい、凄まじい勢いで浮かび上がっていきました。それはとてつもない勢いでございまして、すぐに小さな点となり、気付けば我々は姿を見失っておりました。

 どこに向かわれたのでしょうか。

 地下に残された大量のゾンビの扱いとか、メイドは非常に気になります。



◇◆◇



 一晩が過ぎて、坊ちゃまから提案のあった学外授業の当日を迎えた。

 朝一で学園を発った生徒一同は、十数名からなる教員の引率に従い、町の近郊にある森までやってきた。草原と森林の境界に立ち並び、教師から今回実施される授業内容について、説明を受けている次第である。

 今回の授業内容を要約すると、生徒は数名からなるグループを作り、森のどこかに設けられた祠まで向かい、そこから札を取って来いとのこと。事前に目的地を示す地図は配布されており、これに従って歩くことになる。

 目的地となる祠はグループ毎に異なるらしい。そして、どの祠を目指したとしても、丸一日は要するだろうとの説明がなされた。その過程で発生する問題に適宜対処するのが、生徒に課せられたカリキュラムとなるそうだ。

 なんとも準備に時間とお金が掛かっていそうな学外授業である。伊達に貴族ばかり集められていないということだろう。ただ、逆を言えば生徒の大半が貴族だからこそ、このような泥臭い授業が設けられるのかもしれない。

 ちなみに各グループは、学科という枠組みを越えて、横断的に生徒が集められているとのこと。いわゆる合同授業といった塩梅だ。学科毎の得手不得手を、これで吸収するのだと説明していた。ネトゲのインスタントダンジョン攻略を彷彿とさせる。

 そして、グループの構成は事前に教室内で共有されていたらしい。教師の説明が終えられると同時に、生徒たちは誰もが我先にと森へ向かっていく。札を持ち帰ってきた順番もまた、成績を判断する上で重要なファクターになるのだとか。

 そうした只中、坊ちゃまは周囲を見渡して何かを探している。

 はて、どうしたのだろう。

「坊ちゃま、どうされました?」

「ああいや、それがグループメンバーの姿が見えなくてな」

「なるほど」

 事前に顔合わせの一つくらいはしているだろうから、相手を知らないということはないだろう。もしかしたら体調不良でお休みとか、その手の事情かもしれない。後日、坊ちゃまのグループだけ個別に追試、みたいな。

「ちなみにお名前はなんと?」

「内一人は貴様も顔を知っている。いつぞや廊下で私に絡んできた男だ」

「あぁ……」

 出会い頭に坊ちゃまを煽ってきた彼である。

 鳥さんをお呼び出しするきっかけを作ってくれた人物でもある。

『ふぁ?』

 醤油顔の視線に気づいた鳥さんが、こちらを見上げて首を傾げる。

 マジぷりてぃ。

「あの時に居合わせた者たちが、私のグループメンバーとなる」

「それはまた随分と偏ったグループ構成ですね」

 名前は知らない。

 ただ、リーゼントっぽい髪型が特徴的だったので、顔はしっかりと覚えている。ブサメンも一度でいいから、リーゼントとかやってみたかった。確かな毛根に支えられた圧倒的なボリュームを、自らの首で支えてみたかった。

 どれだけ努力しても叶わないことはあるんだって、あの髪型を見て知った。

「あれでなかなか大した家柄の貴族だという。きっと教師に掛け合ったのだろう」

「なるほど」

 お貴族様たちが集まって営む学園生活というと、避けては通れないお話だ。ペニー帝国の王立学園でも似たような出来事を経験した。学園都市でも一悶着あった。できれば今回は穏便に過ごしたい。

「メイスフィールド、どうした? 出発しないのか?」

 そうこうしていると、教師から声が掛かった。

 その顔にはこれまた覚えがある。こちらへ召喚魔法で呼び出されたとき、召喚魔法科の生徒を率いていた担当教員だ。彼は未だスタート地点に佇む坊ちゃまを確認して、訝しげな表情で訪ねてきた。

 つい今し方まで、地図を囲って作戦会議をしていた生徒たちも、今や大半は森に入っていった。人も疎らとなった界隈、得体の知れない鳥を抱えた、不細工な中年野郎を引き連れる坊ちゃまの姿は、それはそれは人目を引いたことだろう。

「教官、私のグループメンバーを知りませんか?」

「ん? お前のグループであれば、いの一番に森へ入って行ったが……」

「……そうですか」

 案の定である。

 教師の言葉を耳にして、坊ちゃまの表情が悲し気なものになった。

 それでも絵になるから、イケメンって凄い。

「どうした? なにか問題でも発生したのか?」

「どうやら情報が正しく伝わっていなかったようです。今から私も彼らの後を追い掛けることにしましょう。このようなことろで躓くわけには行きません。少しばかりスタートに遅れてしまいましたが、それでよろしいでしょうか?」

「あ、ああ、メイスフィールドが良いというのであれば構わないが」

「ありがとうございます」

 坊ちゃま、どうやら置いて行かれてしまった予感。

 しかも相手がリーゼントの彼となると、十中八九で確信犯である。

 答える教官の様子も、どこか後ろめたいものを感じる。きっと目の前の生徒の状況を、少なからず理解しているのだろう。悪いことをしたとも感じているのか、遅れて出発しようとする坊ちゃまに難色を見せることもない。

 きっとリーゼント家の権力に逆らえなかったのだろうな。

「それでは失礼します」

「き、気をつけていくんだぞ?」

「はい」

 教官に見送られて、我々もまた森へと足を踏み入れた。



◇◆◇



 森は思ったよりも森だった。

 足を踏み入れたのも束の間、小一時間も歩めば、自分がどこを歩いているのか分からなくなる。潤沢な看板文化と、地図アプリでの誘導に慣れた現代人には、難易度が高いにも程がある。方向感覚など足を踏み入れて数分と経たずに失われた。

 それでも足を止めることなく歩いて行けるのは、ひとえに坊ちゃまが地図を片手に行く先を導いて下さっているからだ。王族を自称する割に、存外のことサバイバルスキルの高い人物である。ご実家は醤油顔が想像する以上に貧乏なのかも知れない。

「田中、巻き込んでしまってすまなかった」

「なんのお話ですか?」

「この授業は本来、数名のグループで受けるものだ。だというに、今の我々は私と貴様の二人で臨もうとしている。まさか生徒の生命に関わるような課題が設けられているとは思わないが、それでも少なからず苦労することだろう」

「なるほど」

「もしも不安であれば、戻ってくれて構わない。召喚科の生徒としての体裁もあって、ここまで同行を願った。だが、これだけ離れれば大丈夫だろう。今からでも飛行魔法で森を飛び立ち、学園の寮に戻るといい。後は私一人で進むとしよう」

「いえいえ、滅相もありません」

 まさか、そこまで気を遣ってくれるなんて、坊ちゃまってば良い男過ぎるだろう。どこぞのヤリチンを思い起こさせる気配り具合である。おかげで自ずと、ブサメンは目の前の彼の性事情に意識が向かってしまうぞ。

 やっぱりメイドさんとはヤッちゃっているんだろうか。

 ヤッちゃっているんだろうな。

 寮での宿泊を許可されて以来、連日に渡って早めにお布団に入っていたのは正解だった。万が一にも夜更かしなどした日には、きっと壁越しに声とか響いてきて、童貞の脆い心は簡単に壊れてしまうことだろう。絶対にお酒とか飲みたくなる。

「私は坊ちゃまの召喚獣にございます」

 また、このタイミングで坊ちゃまと離れたとなると、後々その事実がメイドさんに伝わった場合、まず間違いなく糾弾を受けることだろう。どうして坊ちゃまの下を離れたのだと。お前は召喚獣失格だと。

 そのプレイにも少なからず魅力を感じるが、今回は正規ルートを進もうと思う。

 坊ちゃま良い人だし。

「だが……」

「それに二人ではなく三名なら、意外となんとかなるかもしれません」

「三名?」

「ええ、三名です」

 ちらりと鳥さんに視線を送りながらお答えさせて頂く。

 これでなかなか、馬鹿にできない戦力である。ハイオーク辺りが相手なら、良い勝負をするのではなかろうか。一昨日の晩にはメイドさんにも一矢報いた、将来性抜群のふんわりモコモコである。

『ふぁ?』

「頼りにしていますよ。共に坊ちゃまに格好良いところを見せましょう」

『ふぁ、ふぁっ!』

 こちらの言葉を理解しているのか否か。その意図はさっぱり分からないけれど、何やら元気良くジャンプしてみせる鳥さん。歩みを止めた我々の足元で、バサバサと賑やかに翼を広げて反応してくれる。

 その姿に元気づけられたのだろうか。

 坊ちゃまは顔に穏やかな笑みを浮かべて頷かれた。

「……そうだな」

「そうですとも」

 これがまた絵になる笑みだ。

 王子様と言われて、シックリと来るお顔である。

「分かった。悪いが私に付き合って欲しい、タナカとタナカの召喚獣」

「おまかせ下さい」

『ふぁっ!』

 自身もまた、段々と召喚獣が板についてきた気がする。

 なんとも平和なものである。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ