挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫

本文

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

133/138

南部諸国 一

活動報告を更新しました。
 視界が移り変わった先、いの一番に与えられた言葉は悲鳴じみたものであった。

「な、なんで人間が召喚されるんだっ!?」

 こちらの世界において、召喚という単語は非常に便利なものだ。おかげで自分の置かれた状況を即座に理解することができた。常日頃からエディタ先生の空間魔法にお世話になっていた点も大きい。

「このような平民が召喚獣だなどとっ……」

 立ち呆ける醤油顔の正面、杖を手にした少年が臨む。彼は突如として場所を移した中年野郎を目の当たりとして、その顔をこれでもかと慄かせていた。そこから読み取れる感情は驚愕と憤りである。

 どうやら彼としても本意ではない呼び出しであったようだ。

 周囲には他に人の姿も多く確認できる。少年と同い年と思しき少年少女たちが、ブサメンを囲うように並んでいる。誰も彼もお揃いのパリッとした姿格好をしている点から、何かしらの組織に所属する面々だと窺える。

「なにあれ、気持ち悪い」「人間? 平民?」「なんか黄色くないか? 肌が全体的に黄色いぞ」「それに顔が平たいぜ? なんであんなにのっぺりした顔をしているんだ?」「そもそも本当に人間なのか?」「たしかに気持ち悪いな」「生理的に無理な顔よね」

 パッと見たところ、学校の生徒さんって感じ。

 どうやら屋外で催しの最中にあるらしく、同所は丈の短い草が延々と続く草原だ。さぁと吹いた風に草々が穂先を揺らす。暖かな気候も手伝い非常に心地良い。何故か素っ裸で飛ばされた為、文字通り風を全身で感じております。

 遠くには石造りの建物が窺える。どれもこれも屋根の鋭く尖っている様相は、現代社会で歴史の教科書に眺めたゴシック様式のそれを思わせる。ペニー帝国に立ち並んでいた建物と比較して、そう遠くない施工だ。

「あの、すみませんがこちらは……」

 コミュニケーションを試みるべく口を開く。

 兎にも角にも状況を確認するべきだろう。だって相手は見知らぬ他人様。しかしながら、醤油顔の意志は相手に伝わらない。少年の意識は早々に、突如として現れた中年オヤジから他へと移っていた。

「やり直しだっ! やり直すぞっ!」

「そ、そうですね。流石に平民を召喚獣というのは……」

 少年が吠える先には、立ち並んだ少年少女より二回りほど齢を重ねた男性の姿がある。ローブ姿の男性だ。自分よりも少しばかり年上だろう。それでもフサフサの髪が非常に羨ましい。その立ち振る舞いから、一団を牽引する立場にある人物なのは間違いない。

 課外授業に興じる生徒と、引率の先生って感じがする。

「あの……」

「よ、よしっ!」

 既に少年の視界にブサメンの姿はない。

 無かったことにされている予感。

 流石に切ないじゃんね。

 とはいえ、中年野郎の切なさなど、世間的には何の価値もない。少年は他所に向けて両腕を構えていた。ブサメンから数メートルばかり脇に逸れた地点である。そちらに向かい、なにやらブツブツと念仏のようなものを唱え始めた。

 おそらくは召喚魔法とやらのやり直しを図っているのだろう。

 他の面々もまた、彼の動向に注目している。

 少なからずお金のかかっていそうな身形と、ブサメンをまるで気を掛けた様子のない一連のやり取りとから、居合わせた集団がペニー帝国でいうところの貴族や王族に類する立場にある者たちであると理解した。

「…………」

 きっと交渉は難しい。

 なんせ今の自分はブサメンの上に全裸だ。

 およそ全体の半数を閉める女子生徒たちが、全力で顔を背けている点もまた非常に悲しい。これで召喚されたのが全裸のアレンだったのなら、きっと彼女たちは顔を手で覆いながらも、指と指の間に大いなる隙間を設けていただろう。

 その間からイケメンの局部をガン見していたことだろう。

 あれって最高だよな。清楚を装いつつエッチなことに興味津々な感じが、凄く良いと思います。一度で構わないので、指と指の隙間から異性に局部を見つめられてみたい。そうして興奮されてみたい。

 しかし残念ながら、醤油顔を目の当たりとした彼女たちの指は、ぴたりと完全に閉じている。というか、そもそも顔すら背けている。心の底から見たくない感が迸っている。当然だと理解しながらも、心にはダメージ。

「…………」

 誰にも声を掛けられることなく、立ち呆ける全裸の中年野郎。

 これに構わず少年は、引率の年配男性の許しを得て、魔法の詠唱を始めた。その意識が向かう先は、生徒たちが形作る人垣の中であることは変わらない。ただし、ブサメンが立つ場所から少しばかり離れて、他に人の姿のない地点である。

 その両手が突き出されるに応じて、ブォンと低い音を立てて魔法陣が生まれた。醤油顔から距離を置くこと隣に数メートル。皆々の視線は当然のように魔法陣へ向かう。童貞野郎に注目している者は皆無だ。

「…………」

 心が挫けそうな構図である。

 せめて服が欲しかった。

「こ、こいっ! 僕の真なる召喚獣っ!」

 少年が声を上げる。

 切なる願いが付近一帯に響き渡る。

 ブォンという低い音と共に、ブサメンの視界が暗転した。

 何事かと周囲の様子を窺う。すると、少しばかり立つ位置が動いていた。距離にして数メートル。僅かではあるが確かに場所が移っている。更に言えば、そうして移った先は、少年の視線が向かう先でもある。

「なっ……」

 目と目があった。

 どうやら彼の魔法に反応して、我が肉体は再び召喚魔法とやらのターゲットに選ばれた様子だ。今の今まで足元に浮かんでいた魔法陣が、醤油顔の立つ地点が移ろうに応じて、瞬く間に輝きを失い霧散した。

 こういうサプライズはいらない。

「なんでなんだっ!」

 荒ぶる少年。

 そんなのこっちが知りたい。

「あの、すみませんが……」

「ぐっ……」

 少年から真なる召喚獣に向けて、心底嫌そうな視線が与えられた。

 そりゃそうだ。

 だって相手は一糸纏わず立ち呆ける小太りの中年オヤジ。視界に収めることさえ憚られるワガママボディーの持ち主である。自分が彼の立場だったら、絶対にノーサンキューである。本人も思わずダイエットしなきゃとか、意識させられてしまった。

 実はこっちに来てから、多少なりとも引き締まったんじゃないかとか、そんなことを考えていた。あと数ヶ月もすれば、細マッチョになっちゃうんじゃないかなって、少なからず期待していた。でも、決してそんなことはなかったみたいだ。

「お前はなんなんだっ!?」

 ついぞ少年が醤油顔の存在を認めて声を上げた。

 今にも泣き出しそうなお顔である。

「私は田中と申します」

 なんだもへったくれもない、全裸の中年ブサメンである。



◇◆◇



 結論から言うと、何度繰り返しても少年の魔法陣は醤油顔を呼び出した。

「な、何故なんだっ……」

 場所は変わらず草原の只中である。ただし、最初に呼び出されて当初とは異なり、同所には少年と醤油顔の他に、誰の姿も見受けられない。繰り返し召喚魔法を行使する少年に飽きて、誰も彼もはどこへとも去っていった。

 引率と思しき壮年男性もまた、召喚魔法を狂ったように繰り返す彼に向けて、程々にするようにとのアドバイスを投げかけた限り。飛行魔法で身体を浮かせると共に、他の生徒と共に飛んでいってしまった。

「くそっ……」

 両膝に手を突いて、ハァハァと息を荒げながら忌々しげに呟く少年。

 そんな彼に醤油顔は幾度目になるとも知れぬお声掛けを向けた。

「あの、すみませんが服など都合して頂いても……」

「ああもう、うるさいっ! これでも羽織ってろっ!」

 ようやっと与えられたのは、彼が羽織っていたマントである。

 問答無用で攻撃魔法を放たれてもおかしくないこの状況下、自らの装備をどこの誰ともしれない全裸のブサメンに与えてくれるとは、思ったよりも良い少年ではなかろうか。これが都内だったら、速攻で110番からの慰謝料請求余裕である。

「ありがとうござ……」

「一体なんなんだっ、お前はっ!」

「…………」

 それさっきも聞いた。吠える少年は、やっぱり泣き出しそうだった。

 それもその筈、彼は幾十回と召喚魔法を繰り返していた。当初は明るかった界隈も、今は既に暮れようかという頃合だ。取り立てて悪いことをした訳ではないけれど、これには流石のブサメンも申し訳ない気分である。

「名前を田中といいます」

「っ……そ、それはもう聞いた!」

 ただ同時に一つ、助かったと感じている点がある。

 それは最初に少年から呼び出される直前、陛下から与えられた王女様との結婚話である。どうして答えたものかと悩んでいる最中のお呼び出しであった都合上、全てを強制的に保留と出来た点が、童貞的に極めてポイント高い。

「すみませんが、そちらの事情を聞かせて頂いても良いですか? もしかしたら、何か力になれることがあるかもしれません。このようななりはしておりますが、身の程は弁えているつもりです」

「…………」

 心中を素直にお伝えすると、酷く訝しげな表情で見つめられた。

 え、コイツ何言っているの? みたいな。

「これまでのやり取りから、召喚獣との言葉が聞こえてきましたが……」

「……ああ、そうだ。我々は召喚の儀の最中にあった」

 素直に問い掛けてみる。すると、繰り返し魔法を行使した疲弊も手伝ってだろうか。少年は何かを諦めた様子で、ポツリポツリと語り始めるのだった。

 曰く、学校の授業の一環で行われた召喚獣の召喚。

 なんでも彼は、この近隣に所在する学校に籍をおく生徒さんらしい。そして、学内での専攻は召喚魔法。本日迎えた同所での催しは、彼が所属する召喚魔法学科とやらにおいて、初めて行われる召喚魔法の実習であったとのこと。

 ちなみにそうして召喚された召喚獣は、召喚主である生徒と末永く生活を共にするのケースが多いのだとか。大半の生徒は同実習で生まれて初めて獣を召喚する。故に愛着も一入。誰もが大切に絆を育むらしい。

 要はあれである。ほら、私にとって最初の彼氏は特別なの、みたいな。

 そんな人生の記念日とも称すべき機会に、少年は不細工で腹の出た中年アジアを召喚してしまった。しかも呼ばれて飛び出て全裸でのご対面である。他人事ながら、とても可哀想な少年だと思うよ。

「それはなんというか、その、申し訳ありません」

 おかげで思わず謝ってしまった。

 彼の心境を考えたら、最高にストレスフルだろうな。

「っ……だ、黙れっ! 謝られたところで状況は変わらないっ!」

「お名前を伺ってもよろしいですか?」

「なんでそうなるんだっ!?」

「いえ、これもまた何かの縁と申しますか……」

「っ……」

 ブサメンの言葉を受けて、少年の表情は殊更に忌々し気なものに変化した。

 自らの苛立ちを抑えるよう、右手で中分の前髪を掻き分けては、頭髪をくしゃくしゃとやる。サラサラの金髪が真っ白な肌の上に暴れる様子は、異性だったら胸キュン間違い無し。何気ない仕草一つとっても映画のワンシーンのようである。

 それでも暴力に訴えてこない辺り、なかなかの人格者ではなかろうか。相手は十中八九お貴族様である。対してこちらは、どうみても平民である。いや、平民以外の何かである。奴隷と称されても不思議ではない。

「……オリバー・メイスフィールドだ」

「メイスフィールド様ですね。ありがとうございます」

「…………」

「どうされました? メイスフィールド様。体調が悪いようであれば回復魔……」

「もう、帰る」

 自己紹介が果たされるも束の間、少年はその身を飛行魔法で浮かせた。

 再びその顔が上げられた時、彼の表情は苛立ちとは一変、酷く意気消沈していた。声を掛けるのが申し訳なくなるほどだ。虚ろな眼差しとなり、飛び立つ身体もふらふらと覚束ない。流石のブサメンも空気を読んで、続く言葉を飲み込んだ。

 原因がどこにあるのか、全ては一目瞭然。

 ところで、帰るのは良いのだけれど、家はこの近くにあるのだろうか。

 ペニー帝国の王立学園は全寮制であった。高等教育も疎らなこちらの世界だから、ただでさえ数の少ない上流階級の進学事情に学区制は望めない。醤油顔を呼び出した彼の身形を思えば、こちらもまた寮や下宿先が存在している可能性は高そうだ。

 やはり遠くに見えるツンツンした屋根の建物群だろうか。

「あの、私はどうすれば……」

「僕が知るか、好きにしろっ」

 数メートルの高さで浮かび上がった少年の背中が、段々と遠退いてゆく。

 その向かう先は、今し方に確認した建物の並び。

 これをブサメンは黙って見つめる他になかった。

 流石に追いかけるのは気が引ける。だって、絵面的に申し訳ない。ショタコン垂涎の美少年を、全裸にマントを羽織っただけの中年野郎が後ろから追いかけるとか、流石に躊躇してしまう。しかも対象は今にも泣き出しそうな表情ときたものだ。

 傍から見たら完全に変質者である。

「…………」

 おかげでこれからどうしよう。

 今の自分はお子様用のマントを肩に掛けただけ。出で立ちから周囲環境まで、全てが自由だ。何から何まで自由過ぎて、逆に選択に困ってしまう。遠く建物の連なりは見えるけれど、果たして町の中に入れてもらえるものなのか。

 ドラゴンシティへ戻るにしても、現在地が分からないし。

「……いや、すぐに戻るのはよくないよな」

 不意に思い起こされたのは、召喚魔法とやらで呼び出される直前、陛下とのトークである。あの親馬鹿で有名な陛下が、自ら娘を嫁にどうかなどと、腑抜けたことを口にしたのである。その覚悟は決して伊達や酔狂ではあるまい。

 だからこそ、これを避けるには十分な支度が必要だ。

「…………」

 前向きに考えよう。

 これは神が醤油顔に与えた、猶予の期間であるのだと。

 むしろこの期間で、処女と脱童貞する心意気で過ごすべきである。脱童貞さえ果たしてしまえば、そこから先は夢のヤリチンサマーバケーション。王女様もカレーの脇に添えられた福神漬けくらいの気軽さで、パリポリと美味しく頂けてしまえることだろう。

「……よし」

 とりあえず近隣で、当面の生活の場を用意しよう。

 しばらく時間を設ければ、陛下も心変わりするかもしれない。王女様の一件に関しては、魔王討伐直後という状況も手伝い、感極まって提案してしまった可能性が高い。時間を設けることは非常に有用な作戦だ。

「行くか」

 空の彼方、少年の姿は完全に見えなくなる。

 これを確認して、ブサメンもまた同じ方向に飛行魔法で飛び立った。



◇◆◇



 辿り着いた先は、それなりに大きな街である。

 規模はトリクリスほどだろうか。周囲を背の高い壁に囲まれており、内側には所狭しと建物が立ち並んでいる。そして、街の中心に向かうほど、構造物は立派になってゆく。このあたりはペニー帝国の首都カリスと同じだろうか。

 ただ、トリクリスであればお城が存在していた街の真ん中に、こちらは何某か宮殿のような建物の連なりが窺えた。それは例えば、ビルばかりが立ち並ぶ都内に眺める皇居のような。或るいは緑豊かな地方にポツネンと設けられた高等専門学校のような。

「……なるほど」

 恐らく街の中央に所在する施設こそ、童貞を召喚した少年が通う学校なのだろう。

 どこぞの学園都市ほどの規模はないけれど、こちらもまた学問の街として栄えているに違いあるまい。魔道貴族あたりが一緒であったのなら、ああだこうだとこちらの町にまつわる薀蓄を語ってくれたのではなかろうか。

 なんていうか、あのオッサンって会いたい時に限って遠いんだよな。

「…………」

 飛行魔法を用いて壁を越えると共に、人気の少ない通りに着地した。そして、何食わぬ顔で通りに合流して、街人を装ってみる。首都カリスでは、街中での飛行がご法度であった。こちらはどうだか知れないが、気遣ってみた次第である。

 思い起こせば、初めて首都カリスを訪れた際には、問答無用で兵に追いかけられた。

 全力疾走からの嘔吐、その先に待っていた投獄は未だに鮮明な記憶として、メルセデスちゃんのお漏らし姿と共に記憶に残っている。今更ながら惜しいことをしたとは、未練たらしく感じてしまう。

 おかげで今回はうまく言った。既に薄暗い時間帯であることも手伝い、闇に紛れることができたようだ。おかげでこれといって、醤油顔を咎める声は飛んでこない。以後を幾らばかりか歩んで、無事に街へ入れたと判断する。

「…………」

 ただし、それも細路地を歩いていた限り。

 大通りへ出た途端に、醤油顔は周囲から視線を集めることとなった。

 冷静に考えてみれば当然だ。

 だって今のブサメンは、全裸にマント一丁である。しかも歳幼い少年から頂戴した為に裾が短い。肩から羽織ると、最高にミニスカ。前を閉じても際どいところでイヤーンがアハーンしそうになっている。

 だがしかし、他に身体を隠すものも無いのだから仕方がない。こんなことなら腰巻きスタイルで望めば良かった。弛んだ腹部を晒すことに羞恥を覚えてしまったが所以の敗北である。肉を切らせて骨も断たれてしまったような気分だ。

 さっさと衣類を扱う店に向かおう。そこで少年から頂戴したマントを売り払い、代わりにお安い衣服を買い求める作戦である。お貴族様な彼から頂戴したマントは、素人目にも良いものだ。恐らく十分な額で売れることだろう。

 ただ、ブサメンが装備していたことで、若干の値引きは発生するかもしれない。

 逆ブルセラってヤツだな。正しく中古である。

「……あった」

 通りを歩む先に、衣料店らしきショップを発見する。

 安堵とともに歩む足を急がせる。

 その直後の出来事であった。

「いたぞ、あそこだっ! 通報のあった露出狂だっ!」

「くっ、なんて気色悪い野郎だっ! 肌の色も妙に黄色いぞっ!」

 軽鎧に槍を携えた二人組の若い男だ。

 その出で立ちと言動から、憲兵の類であることは容易に想像された。男たちは醤油顔を目指して、一直線に近寄ってくる。構えられた矛先は、容赦なくこちらを捉えて、油断ない表情とともに迫る。

「待って下さい、私は別に意図してこの格好をしている訳ではな……」

 咄嗟に言い訳を並べてみるも、相手は聞く耳を持たない。

 瞬く間に距離を詰められて、切っ先を突きつけられた。

「大人しくしろっ! この平たい顔めっ!」

「そこを動くなっ! 妙な動きをしたら容赦はしないぞっ!」

「…………」

 ここで平たい顔は考えた。

 牢屋に突っ込まれれば、最低でも囚人服くらいは貰えるのではないかと。もしもマントの買い取りを拒否されたら、衣料の購入はままならない。そして、その可能性は決して小さなものではない。だって生地は息子に触れている。

 もしも自分が店舗店員だったらどうだ。

 あぁ、絶対に買い取り拒否。

 そう考えると、このまま町を彷徨って衣服を手に入れるより、大人しく捕まって囚人服を手に入れる方が、同じ服を手に入れるというミッションに対しては、成功率が高いと考えられる。同時に昨今のブサメンであれば、脱獄など朝飯前だ。

 ここは一つ、捕まってみようじゃないか。

 これが冬の寒さに耐えかねて軽犯罪を犯すホームレスの心持ちか。

「私がやりました」

「自白したところで罪が軽くなるとでも思ったかっ!」

「ええい、引っ捕らえるぞっ! この変態めっ!」

 変態は大人しくお縄につくこととした。



◇◆◇



 ブサメンに誤算があったとすれば、それは一つ。

「……寒いな」

 牢屋に突っ込まれても尚、囚人服は決して与えられなかった。おかげで我が身は現在進行系でマント一丁である。見るからに上等なマントだから、さっさと取り上げて質にでも入れてくれれば良いのに。そうすれば誰もが幸せだった。

 おかげで数多並んだ他の檻からは、え、なんだよアイツ、みたいな視線が向けられて止まない。同所においてもマント一丁という姿格好は、割とエキセントリックなファッションであったらしい。せめて丈がもう少し長かったら良かったのにな。

「…………」

 しかし、こうなると捕まった意味が皆無である。

 それでも以前であれば、メルセデスちゃんが一緒だった。同じ檻の中、嬉し恥ずかし囚人生活が待っていた。けれど、今回は一人である。三方向を石壁に、残る一方向を格子に囲まれた四畳半ほどの空間に、一人で突っ込まれている。

 なんだか寂しい。

「……どうしよう」

 素直に事情を説明して、ペニー帝国と連絡を取ってもらおうか。こちらがどちらだかは知れないが、魔道通信とやらを利用すれば、首都カリスへ話をつけることは可能だろう。そのまま陛下あたりへ取り次いでもらえれば、身柄の保障は一発である。

 しかし、そうなると再び持ち上がるのが、ロイヤルビッチとの婚姻問題。

「…………」

 止めておこう。

 ただ、あまり長いこと牢屋に収まっているのもつまらない。ここは一つ、衣服調達に向けて新しいプランを進行するべきだ。伊達に幾度となくお偉いさんから絡まれていない。この手のイベントには慣れたものさ。大切なのはお貴族様とのコネである。

「すみませーん、すみませーん」

 通路の先に立つ見張り番に向かい呼びかける。

 数度ばかり呼び掛けても、相手には何ら反応がなかった。醤油顔の存在など眼中にないと言わんばかりの立ち振舞いである。しかしながら、それも延々と繰り返していると、ついぞ先方から声が上がった。

「ええい、うるさいっ! 大人しくしていろっ!」

 ここぞとばかりに醤油顔はお伝えさせて頂く。

 せっかくの機会を逃してはならない。

「すみませんが、メイスフィールドという方に連絡を取ってもらえませんか」

「メイスフィールド?」

「この町の学校に籍をおいた、貴族の家の息子さんなのですが」

「っ……」

 貴族という響きに反応したのは間違いない。こちらの都市でも貴族と平民の差は絶対のようだ。ペニー帝国と比較したら緩いかもしれない、なんて考えていたのだけれど、そんなことはなかった。なんて罪深いのだろうな、貴族制というものは。

「訳あってこのような格好をしていますが、私は彼に誘いを受けてこの町までやってきました。色々と不幸が重なって、このような格好をしてはおりますが、身元は確かです。どうかメイスフィールド様に連絡を取ってもらえませんか?」

 ああだこうだと喋っていると、見張り番が牢の前までやってきた。

 その面持ちは少なからず緊張して思える。

「貴様、いい加減静かにしないか! 見え透いた嘘をつくでないっ!」

「嘘ではありません。メイスフィールド様に連絡を取って下さい」

「メイスフィールド様と言えば、ニップル王国の公爵家の家柄ではないか! そのような方が、貴様のような訳の分からない変態と知り合いの筈がないっ! くだらない嘘をつくと、その寿命が縮まるものと知れっ!」

「ですが仮に私の言葉が嘘でなかった場合、寿命が縮まるのは貴方の方ですよ」

「っ……」

「お手数ですが、どうかメイスフィールド様に連絡を取ってはもらえませんか?」

「貴様、わ、私を脅しているつもりか!? 罪がより重くなるだけだぞっ!」

「ちなみにこちらのマントは彼のものです」

「なんだとっ!? いや、そ、そんな馬鹿なっ……」

 男の視線が醤油顔の身体を包むマントへ向けられる。

 ジロジロと見られてしまっているぜ。

 牢屋からの脱獄は容易であるが、こちらの街に対して要らぬしこりを残すようなことはしたくない。魔王様を打倒した昨今、これから人類は本格的に国家間での陣取り合戦を始めることとなるだろう。そうなったとき、敵は少なければ少ない方が良い。

「貴方様の召喚獣がお待ちであると、一言お伝え下さい。それで伝わるはずです」

「だがしかしっ……」

「お願いできませんか? 難しいようであれば、他の方にお頼みしますが」

「……わ、分かった。いいだろう」

「ありがとうございます」

 苦虫を噛み潰したような表情で、男は渋々と頷いてみせた。

 そのまま牢屋の出入り口に向かい歩んでいく。

 ブサメンはこれを静かに見送った。

 どのような結果が返ってくるのか。少なからずドキドキと胸を高鳴らせながらの待機である。既に夜も遅い頃合とあって、牢屋は静かなものだ。大半の受刑者は寝静まった後のようで、碌に物音すら聞こえてこない。

 一応、万が一に備えて覚悟だけは決めておく。

 プリズンブレイクの覚悟だ。

 それからどれほどを待っただろうか。

 延々と待機してはみたものの、一向に訪れる気配のない面会のシーン。流石に本日中の面会は難しいかと考えるに至る。だって相手はお貴族様。今日のところは大人しく眠って、明日の活動に備えようと意識を改めた。

 三日ほど待って、それでも駄目だったら脱出しよう。

 牢内には干し草を敷き詰めて作られた、寝台のようなものが設けられている。ベッドに慣れた身体には些か抵抗があるけれど、この際、贅沢は言っていられない。回復魔法さえあれば、ダニに食われようと、妙な病気をゲットしようと、きっと何とかなる。

 眠気に逆らうことも難しくて、ふらふらと歩みが向かう。

 そうした最中のこと、不意に耳へ届いたのが足音だ。

 カツカツと幾名かからなる足音が届けられた。

 自ずと意識は牢の外に向かう。ややあって醤油顔の下には、見覚えのある少年がやってきた。格子を越えた先、見張り番に連れられてやってきたのは、我が身をこちらへ呼び出した張本人で間違いない。

 一歩を歩むに応じて、中分のプラチナブロンドがサラサラと真っ白な肌を流れるように滑る。その様子は十円ハゲに悩まされる脂ぎった髪質の中年野郎にとって、目の毒以外の何物でもない。同じ人類とは思えない。

 ブルドッグとゴールデンレトリバーくらい違う。

 ごめんよ、ブルドッグ。

「なんで捕まってるんだ……」

 檻の向こう側、ゴールデンレトリバーが忌々しげに呟いた。

 その視線は格子越しに、ブルドッグを見つめている。顔立ちは非の打ち所がないほどにイケメン。陰鬱極まる牢屋の背景と、王子様を絵に描いたような少年の姿が、これでもかと似合っていない。一方で自らのハマり具合はどうしたことか。

「さて、何故でしょうか」

「…………」

 しかし、なんだ。

 こんな夜も更けた頃合い、まさか当日中に足を運んでくれるとは思わなかった。しかも代理の使いや手紙を寄越すのではなく、自らやって来てくれた点に驚きだ。そこまで多くを期待していた訳でもなかった手前、嬉しさと申し訳無さが胸の内に溢れる。

 思ったよりも良いヤツじゃないか少年。

「あの、メイスフィールド様。こ、こちらの男は何者なのでしょうか?」

「この男は何をしたんだ?」

「え? あ、いえ、見ての通り、怪しい格好をしておりましたので……」

「…………」

 少年の表情が殊更にしかめられた。

 それから数秒ほどを悩んで後、言葉は続けられた。

「悪いが開放してはもらえないか? この男は私の知り合いだ。その珍妙な格好も、色々と面倒が重なってのことだろう。少なくとも自分が確認している限り、これといって悪事は働いていないはずだ」

「しょ、承知いたしましたっ!」

 見張り番の男は、顔色を真っ青にして声を上げた。

 腰に下げられていた鍵を手に取ると、大慌てで牢を開いた。キィと乾いた音を立てて、格子が通路の側に向かい口を開ける。醤油顔はこれ幸いと、そこから外に出る。およそ数刻ばかりの囚人生活であった。

 以前とは違って、非常にスマートな脱出である。

 あまりにも上手いこと事が運んだ為、逆に不安なくらいである。ここ最近の低LUC事情を思えば、順風満帆と称しても過言ではない展開だ。ただ、最後にソフィアちゃんのお茶を飲んでから、そろそろ丸一日が経過する。今後は十分に気をつけていきたい。

「も、申し訳ありませんでしたっ!」

 酷く萎縮した様子で頭を下げる見張り番の男。

 そんな彼に会釈を一つして、醤油顔は少年に向き直る。

「夜分遅くにすみません。ご足労を感謝いたします」

「うるさい、大人しく黙って付いてこい」

「承知しました」

 ピリピリとした様子の少年に続いて、童貞野郎は牢屋を後にした。



◇◆◇



 訪れた先は、街の中心部にあった建物群の一つ。

 道中に少年から説明を受けたところ、なんでも彼が籍をおく学校の学生寮とのこと。醤油顔の想像は、なかなか的を射たものであった。少年の現在の立場はと言えば、海外から留学してきた同校の二年生なのだという。

 寮の作りはと言えば、ペニー帝国の王立学園に似ている。建物は総石造りの四階建てで結構な規模がある。正面エントランスを越えると、内部は内廊下となっており、似たようなドアが延々と並んでいる。

 こちらの建物は男子寮らしい。近隣には他に女子寮もあるのだとか。どうせなら可愛らしい女の子に召喚して欲しかった。十代の少女からペット扱い。魔王を倒したことへのご褒美としては、十分なものではなかろうか。

 階段を昇って三階フロアまで移動する。

 多少ばかりを歩むと、少年の歩みが一枚のドアの前で止まった。

「ここだ」

 短く呟いて、彼は懐から取り出した鍵でドアを開いた。

 その先には玄関が設けられており、奥に向かって廊下が続いている。突き当りにはドアが設けられており、きっとその先にはリビングとかあるのだろう。他にも幾つか戸口は並んでいる。トイレやキッチンだろうか。

「よろしいのですか?」

「さっさと入れ。その格好の貴様と一緒にいるところを他の生徒に見られたくない」

「……ありがとうございます」

 仰ることは尤もだ。

 これ幸いと少年宅にお邪魔させて頂く。

 すると醤油顔が一歩を踏み出した直後、玄関から通じる廊下の先、ドアが開かれた。てっきり少年の一人住まいかと思っていた。急に与えられた物音を受けて、反射的にそちらへ意識が向かった。

 姿を現したのは、メイド姿の少女である。

「おかえりなさいませ、坊ちゃま」

 彼女は玄関に少年の姿を見つけて、恭しく頭を下げてみせた。

 これに彼は軽い調子で応じる。

「ああ、ステラ。今帰った」

「ところで、そちらの卑猥な格好の方は?」

「……後で説明する。とりあえず、コイツに何か着るものを用意してくれ」

「承知しました」

 小さく頷いた彼女は踵を返すと、ドアの向こう側に消えていった。

 これってやっぱり、あれだよな。醤油顔にとってのソフィアちゃん的な、そういう感じの女の子。しかも、めっちゃ可愛かった。オカッパに切りそろえられた黒髪にメイドキャップが良く似合っていた。

 年の頃は少年と同じくらいだろうか。中学生ほどである。

「こっちだ」

「あ、はい」

 坊ちゃまに促されるまま、醤油顔は玄関先からリビングへ移動である。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ