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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫
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ドラゴン退治 一


 翌日、俺はメルセデスちゃんと連れだって魔道貴族のお宅へ窺った。

 田中フェスティバルのせいで貫徹、一睡もできないままの出動だ。なんだよフェスティバルって。歳考えろよ。三十路過ぎて新しく黒歴史を作ってんじゃないよ。

 そのまま家に帰り眠ってしまいたい欲求に駆られる。だが、これも持ち家の為、平静を装い今を紳士に勤める。自然と表情は厳しいものだ。

「どうした? 目の下にクマができているぞ」

「いえ、そちらの彼女と打倒ドラゴンの対策を行っていたもので」

 ちらり、隣建つ女騎士ちゃんを視線に指し示して言う。

 彼女もまた目の下には少なからず陰が乗っていた。

 ただ、こちらは魔道貴族が恐ろしいのか、俺と違いピシっとしている。直立不動からの敬礼を一つ。若いだけあって徹夜の一つや二つはお手ものもといったところ。なんて羨ましいピチピチボディー。

「はっ! 及ばずながらタナカ様のお手伝いをさせて頂きました!」

 物言いも大したもの。田中様だってさ。

 これが騎士団教育というやつだろうか。

 いや、彼女の場合は単に権力に弱いだけだな。

「ふむ、なるほど」

 すると、なにやら顎に手を当てて考えた様子の魔道貴族。その視線が俺とメルセデスちゃんとの間でいったりきたり。

 流石に辛い言い訳だったろうか。よからぬ推測をされては堪らない。俺は適当なところで話題を他へ移すべく口を開いた。

「しかし、凄いですね、この飛空挺というのは」

 場所は魔道貴族宅の庭先。

 そこに停まる巨大な乗り物を見上げて呟いた。

「分かるか、これの素晴らしさが」

 早々、魔道貴族の瞳が輝く。

「他の誰でもない、この私が設計した最新型の飛空挺だ」

「え、そうなんですか?」

 機器設計までやっちゃうのかよ。

 どんだけ多才なんだよ魔道貴族さん。

「国へと寄贈したものだが、今回の作戦に差し当り、一時的に借用した。この国が抱える飛空挺の中でも一番に足が速い。ここペニー帝国の首都カリスから、隣接するプッシー共和国の首都トリスまで、凡そ二日から三日といったところか」

「おぉ……」

 よく分からないけれど、とりあえず驚いておこう。

 てっきりまた馬車でガタンゴトン、尻を痛めつつ移動する羽目になるかと考えていたので、これは想定外のグッジョブだ魔道貴族。まさか飛空挺とは、想像した以上にこの世界は科学が進んでいるじゃないか。

「魔石の大きさに対して船を小型にすることで、飛距離と移動速度を高めたのだ」

「なるほど」

 残念、ぜんぜん科学じゃなかった。

 今の話からすると、魔石というのがエンジンみたいなものだろうか。

 飛空挺はパッと見た感じ、メガヨットサイズ。全長三十メートルほどだろうか。幅は七、八メートルと言ったところ。これで小型というのだから、大型のものはタイタニック的なサイズであろうことが窺える。本当に浮くのかよ、疑問に思う。

 まあ、きっと浮くんだろう。所詮はファンタジーだしな。

「荷物は?」

「既に積んであるぞ」

「じゃあ後は……」

「貴様が声を掛けた者たちが集まるのを待つ限りだ」

 なるほど。

 言われて周りを見渡す。

 庭には魔道貴族と彼の従えるメイド一ダースの他、俺とメルセデスちゃんの姿がばかり。他にチーム乱交とソフィアちゃんの到着を待っての出発だろうか。

 貫徹後、色街から直行したので少しばかり早まってしまったのだ。

 さて、これは間が持たないな。

 オッサン相手に適当な話題などあっただろうか。

 なんて考え始めたところで、不意に庭先、敷地に面した通りへ馬車が止まった。

「……あれはフィッツクラレンス家の馬車だな」

 魔道貴族がぼやいた。

 このオッサンが名前を覚えているということは、それなりに偉い家なんだろう。

「知り合いですか?」

「多少の交流はある。二、三年前だが、姪が奴のところへ嫁いでいった。あそこの家は隔世で魔力の高い女が生まれる。どういう訳か男には宿らない。家の者たちは否定しているが、恐らくは古い時代に人ならざる者との交流がったのだろう」

「なるほど」

 さっぱり分からんね。

 まあ、俺には関係の無い話だ。

 そうこうする間に門が開かれて、馬車が庭へと入ってくる。

 やがてそれは飛空挺の前、集まった我々の下までやってきた。今度は何が来たとばかりに緊張するメイド一同。悠然と迎える魔道貴族。もう勘弁してくれと今にも泣きそうにな表情を晒すメルセデスちゃん。

 皆々の見つめる先、馬車から姿を現わしたのは見覚えのある金髪ロリータだ。

「へぇ、飛空挺だなんて、なかなか洒落たものを用意したわね」

 ステップを降りて早々、傍らに空飛ぶ船を見つけて呟く。

 貴族のくせに世辞の挨拶もなく、出会い頭に軽口とは大したものだ。

 魔道貴族を相手になんら動じた様子も無く、いけしゃあしゃあと語ってみせる様子は、地位金名誉に滅法弱いメルセデスちゃんとは甚く対照的。きっとフィッツクラレンス家というのは偉い貴族の家なんだろう。

「リチャードのヤツは良く許したな」

「王女殿下の一大事よ? 貴族の義務を果たすのは当然でしょう?」

「ふん、まあいい。であれば荷物をそこのメイドへと渡せ。飛空挺に積み込む」

「分かったわ」

 なにやらお付きの者立ちに指示を飛ばし始める金髪ロリータ。

 これに答えて魔道貴族宅のメイドたちもまた慌ただしく動き回り始める。

「あ、ちょっといいですか?」

 そんな彼女に俺は物申す。

「なによ?」

「彼氏は一緒じゃないんですか? あのイケメンの」

「っ、ちょ、ちょっと、だからそれは言わないでってっ!」

「遅れて別に来る感じですか?」

 こちらとしては金髪ロリータよりヤツの方が重要度高い。後衛は魔道貴族がいるから、必要なのは前衛なんだよ。メルセデスちゃんも前衛っぽいけど、やっぱりいざという時は男が必要だと思うんだ。

「あ、アレンは騎士団の仕事で街の外に出て行っているわっ! ハイオークの一件が影響して、今は騎士団と魔法騎士団の合同、一緒に治安維持活動に動いているの」

「え? マジですか?」

 マジで? なんて呟いておいて、けれど、分からないでもない。

 お偉いさんの娘だろう金髪ロリータが危険に晒されたのが、大いに影響しての結果だろう。そう考えると先の一件は、国全体としては悪くない出来事であったのかも知れない。

「三日前に出て行ったから、今頃はきっとキワウの町あたりじゃないかしら? 近隣一帯、オークに関する目撃情報を一掃するそうだから、一ヶ月は戻らないそうよ」

「……なるほど」

 しかし、国全体としてはプラスかも知れないが、俺個人は大いにマイナスだ。

 なんてことだ、前衛が一人減ってしまったぞ。

「どうした? 面倒事か?」

 魔道貴族に尋ねられる。

「あ、いや、予定していた人員に少しばかり欠けが」

「ふむ……」

「まあ、居ないものは仕方ないですかね……」

 無いもの強請りをしても仕方が無い。他に手を考えるべきだろう。今からでも冒険者ギルドへ派遣求人へ向かうべきだと思わないでもない。

 しかし、導きの幼女はのたもうた。

 ドラゴン退治に必要なものは何かと問い掛けた俺に。

『信頼出来る仲間だと思うよぉー?』

 あのイケメンは信用できる。

 良いヤツだ。

 貴族な彼女持ちの上、更に二号ちゃんまでいる乱交ハーレム野郎だが、少なくとも人としては真っ直ぐな性根の持ち主だ。俺みたいなブサメンにも紳士的に対応してくれた。

 その代わりを急場の人材派遣に補うことなど不可能。

 人というものは、ピンキリだ。

 その存在が千にも万にも至る人物が存在する一方、一にも満たないヤツも居る。人月マジックをまさかファンタジーの世界に実践するほど自分はアホでない。

「であれば、途中でキワウを経由して拾って行けば良いだろう」

「え? もしかして行けます?」

「首都界隈だ。そう時間の掛かる話でもない」

「そうして貰えると助かります」

 新幹線ひかりが東京を発して早々、品川や新横浜に停車するようなものだろう。

 なんて融通が利くんだ魔道貴族。

 知り合えて良かったとか、少なからず感謝している俺がいる。

「であれば、後は給仕の子が来れば勢揃いですね」

「なるほど、実質的には私と貴様のツートップということか。確かに無駄な手勢は邪魔だろう。あぁ、貴様、なかなか分かっているではないか! ドラゴン退治は数ではない、質こそが重要なのだっ! 質がっ!」

「え? あ、いや、それは……」

「ふっ、ふはははははは、久方ぶりに滾って来たぞ、我が魔力の奔流がっ!」

「…………」

 まあいい、適当に言わせておこう。

 などと、魔道貴族と適当を交わしていると、金髪ロリータの馬車に続いて、軒先に人の気配が生まれた。意識を向ければ、そこでは所在なさげ、チラチラと敷地内を窺うよう、門の傍らに視線を向け来る者の姿があった。

 猛烈におどおどしている。

 申し訳ないほどに萎縮して思える。

 入って良いか窺いながら、入っちゃ不味かろうと二の足を踏んでいる。

 伊達に近隣一帯、お貴族様専用の住宅街をしていない。

「あ、最後の一人が来ましたね」

「む?」

 魔道貴族に声を掛けたところで、他全員の意識が門の側へ向かう。

 そこでは大きな風呂敷を背負ったソフィアちゃんがおろおろと。

 今にも逃げ出しそうなほど。涙目。

「いつぞやの酒場の娘か?」

「給仕も必要かと思ったので」

「なるほど、貴様の世話役か。事前に言えばメイドの一つや二つ、幾らでも都合したのだがな。まぁ、そういうことであれば構わぬ。飛空挺へ乗せると良い。おいっ!」

 魔道貴族が傍らに控えていたメイドの一人へ声を掛ける。

 応じて、掛けられた側は大慌てに門の側、ソフィアちゃんに向かい走っていた。

「これで全員か?」

「ええ、そうです」

「では出発するとしよう」

 我ながら酷いパーティーだと思わないでもない。しかしながら、自分がどれだけ大したモノかと言えば、そう誇れるところもないので、今はこのメンバーでベストを尽くすべくだと強く思う。

 為せば成るの精神だ。

 そんなこんなでレッドドラゴン討伐パーティーは同所を出発した。



◇◆◇



 飛空挺は凄かった。

 魔道貴族が指示するに応じて、瞬く間に空へと浮かび上がり、地上数百メートルの地点を悠然と進み行く。デッキから眺める眼下の光景はといえば、あの広大であった街が端から端までを収められるほど。

 そして向かう先、草原や森、山々の連なることファンタジー。

 マジでファンタジー。

「キワウってところまで、どれくらいですかね?」

 甲板に並び立ち眼下を眺めては言葉を交わす。

 相手は魔道貴族だ。

「軽く食事を済ます程度に到着するだろう」

「ちなみに馬車だと?」

「丸二日、といったところか」

「確かに早いですね、これ」

「元々は戦下での情報伝達、要人輸送の為に設計した船だ。これ以上の速度で飛行可能な飛空挺はこの世に存在為ないだろう。核に使われている魔石もブルードラゴンより産出された質の良いものだ」

「なるほど」

 出たよドラゴン。

 割と普通に狩られてるのかね。

 よく分からん。

「ところで、これって誰が運転しているんですか?」

「私だが?」

「え?」

 そう言えば、我々パーティーのメンバー以外に搭乗する姿を見なかった。

 荷物と一緒に配置済みだとばかり考えていたのだけれど、どうやら違ったよう。

「っていうと、搭乗員は我々だけですか?」

「ああ、そうだ」

「な、なるほど」

 他に乗り込み済みの乗組員が居るものだとばかり思っていた。

 ちょっと驚いた。

「ある程度の力を備える者であれば、艦橋を離れていても多少は魔法による制御が行える。このように穏やかな気候であれば、舵輪を手にするほど精密な制御は必要ない」

「たしかに用途を考えると、ワンマンシップであることは大きな利点ですね」

「うむ。そういうことだ。貴様、なかなかに理解があるな?」

「そ、そうですかね」

「今回の旅を終えたのならば、一度、私の研究室へ来るといい。造船の資料を見せてやろう。これより更に出力を上げた先制攻撃用の高速挺を製作する予定がある」

「まぁ、機会があったらということで……」

 こと魔法関連の話題になると本当に饒舌だな、このオッサンは。

「ところで、他の者はどうしている?」

「え? あぁ、どこぞのお嬢様は船酔いが酷いとかで、船内でゲロってますね。騎士さんの方はこれに付き合って面倒を見ています。あと、給仕の子はキッチンで昼ごはんの支度に入ってます」

「そうか」

 顔色を青くしてゲロゲロやる金髪ロリータの背中を、恍惚の表情に擦るガチレズ女騎士ちゃんの姿が印象的だった。昨晩、ぼったくりバーで不完全燃焼のまま連れてきてしまった為、今まさに貫徹直後の高テンションも手伝い絶賛ハァハァタイムである。

「っていうか、一つ良いですかね?」

「なんだ?」

 良い機会なので、ずっと気になっていたことを質問だ。

「私と初めて出会った際のことなんですが、どうして下町の酒場なんかに居たんですか? 他にもっと良い飲み屋なんて、幾らでもあるでしょうに」

「あぁ、そんなことか」

「えぇ、そんなことです」

 魔法一筋の堅物が何故にと。

「市井の飲み屋に、マーメイドが放つチャームも斯くやあらん魅力を持った女がいる。その威力たるや如何なる魔法も侮る難し。これを持って抗う者があるとすれば、それは不能か男色か魔道貴族か、などという噂を耳にしてな」

「あぁ……」

 下町の皮肉が当人の下まで届いちゃったのか。

「何某か魔法を使っているというのであれば、調べるは吝かでない」

「ただの人でしたけどね」

「まったくだ。時間の無駄であった」

 本当に魔法に関係しているとあればフットワークの軽いオッサンだ。

「とは言え、その結果として貴様を機会を持つことができた。その点では全てが全て無駄ではなかったと言えよう。物事とは何がどのように繋がるか知れんものよ」

「えぇ、まぁ、そうですね……」

 謎は解けた。

 少しスッキリしたわ。

「それじゃあ、自分はちょっと部屋で休んでます。着いたら教えて下さい」

「うむ。分かった」

 魔道貴族に別れを告げて艦内へ引っ込むこととする。

 向かった先は昼食の支度に勤しむだろうソフィアちゃんの下へ。



◇◆◇



 飛空挺のキッチンというから、ワンルームマンションの簡易キッチン程度と考えていた。しかしながら、なかなかどうして立派な設備があるじゃないか。億ションのダイニングキッチンほどの規模に設えられたそこは、我が家のお台所より断然に充実している。

「どうもー」

「ひっ……」

 短い悲鳴と共にソフィアちゃんの肩がビクリ震えた。

 まな板の上、包丁を振るう手を止めて、こちらを振り返る。

「も、申し訳ありません。まだお料理の方は支度がっ……」

「あぁいや、別に催促に来た訳じゃないですから。様子を見に来ただけで」

「……え、あ、そうなんですか」

 出会ってから今まで、一貫して顔色のよろしくない給仕さん。十中八九で魔道貴族が悪い。あのオッサンが。

 おかげで彼女の俺に対する風当たりは最悪だ。

 これはドラゴン退治の過程で、なんとかして改善しなければならないミッション。乳尻太股との円滑なコミュニケーションのある夕食を取り戻すんだ。

「詳しいところを聞いて来たんだけれど、確認します?」

「え? ど、どういうことでしょうか?」

「どうしてあの貴族が君の店にやって来たのかという点について」

「そ、それは……」

「彼は貴方の美貌に魔法的な噂を聞いて、わざわざ足を運んだそうですよ」

「いえ、あの、そうは言われても……」

 私困っちゃう。言わんばかりの態度だ。

 そりゃそうだろう。

 あんなキチガイ貴族に好かれたところで良いことなんて滅多にない。

「マーメイドのチャーム? っていう魔法のようなものを見たかったそうで」

「いえ、わ、私は魔法なんて使えませんよっ!? 本当ですっ!」

「えぇ、彼もそれを早々に理解したようで、今は特に興味もないそうです」

「そ、そうなんですか……」

 興味が無いと言われれば、それはそれで複雑な表情となるソフィアちゃん。女心は難しいな。普段からちやほやされてる子っぽいし、その辺りは当然と言えば当然か。

 飲み屋に盗み利いた話では、下級貴族の次男や三男を相手に玉の輿を狙う女の子というのは、割と結構な数で存在するようだ。

 大半は叶わないそうだけれど、数を数えれば決してゼロではないので、飲み屋の看板娘としては、割と現実的なのかも知れない。

 まあ、その相手が魔道貴族では堪ったもんじゃなかろうが。

「という訳で、あまり緊張しなくても大丈夫です」

「……本当に大丈夫なんでしょうか?」

「船に乗る前にも確認して貰った通り、自分の方もあの貴族とは普通にやっていますからね。後になっていちゃもんを付けられることはないと思いますよ」

「…………」

「ということで、落ち着いてご飯の支度、お願いします。あぁ、それと人数なんですが、一人二人増えるかも知れないんで、ちょっと多めに作って貰えるとありがたいです」

「わ、分かりました……」

 よしよし、フォローはこんなもんで良いだろう。

 俺だってやれば出来るじゃないか。

 最近、ちょっとコミュ力の上昇を感じるわ。

 これでプラマイゼロくらいにはなった気がするぞ。

「それじゃあ俺は一休みするんで、ここいらで失礼します」

「あ、は、はい」

 ボロが出ないうちに船室へ向けて退散である。



◇◆◇



 自室のベッドへ寝転んでしばらく、飛空挺が急降下を始めた。

 微睡んでいた意識がこれに覚醒したところで部屋を後とする。恐らくキワウとやらに到着したのだろう。通路を歩んで屋外へ出る。甲板へ向かうと、そこには既にソフィアちゃんを除く面々の姿があった。

 船は地上に静止していた。

 街の中央広場的なところに着陸したようだ。周囲には何事だとばかり人が集まってきている。ただ、飛空挺の外壁に王国のシンボルを見つけては、これに乗り込んでくるような者もおらず、遠巻きに眺める限りだろうか。

 広場より数十メートル先、憲兵の類いが駆け寄る様子も見て取れた。

「どうも、着いたみたいですね」

「うむ。さっさと連れてくるといい。私は船で待っている」

「了解です」

 頷いて周囲を見渡す。

 甲板の柵にもたれ掛かり顔を青くしている金髪ロリータを発見。

 コイツを連れて行かなければ話にならない。

「行きますよ」

「ちょっ、ちょっと待ってっ、また気持ちわるっ……」

「少し歩けば治りますって」

「あっ、ぎゃっ……」

 腕を掴んで無理矢理に歩み出す。

 多少ばかり溢れたが、俺の服に掛からなかったのでセーフだ。

 問題ない。

「わ、私もお供いたしますっ!」

 後からメルセデスちゃんが付いてくる。

 どうやら金髪ロリータが存外のこと好みのよう。相手が船酔いで弱っているところにつけ込み、好意と見せかけ好き放題していただろうことは容易に推測がゆく。このロリも魔道貴族とそう変わらないお偉方だと思うんだが。

「や、やめっ、本当に大変なんだからっ……むりっ、むりだからっ……」

「少しくらい漏らしてた方が可愛いですよ? 需要ありますって」

「そんなわげないでしょっ!? あっ、ちょっ……」

 今は一分一秒が惜しいのだ。

 これで相手が非貫通少女であったのなら、多少は気遣いもあったかも知れない。だが、他人のスティックにブレイク済みとあらば容赦などせぬ。引っ立てい、おっ立てい、無理矢理にでも連れ出して飛空挺を降りる。

 甲板から下ろされたステップをタンタントタンと軽やかに。

 すると、早々に駆け寄ってきたのが金属鎧と槍に武装した憲兵だ。

 俺より一回り若く二十代前半と思しき青年である。短く刈り上げられた茶髪と青く清んだ瞳の端正な顔に収まる姿は人の良さそうなイケメン。アレンほどではないが、相応にモテるだろうこと請け合い。

「な、何事ですかっ!?」

 彼は飛空挺を見上げて酷く戦いた様子で問い掛ける。

 丁度良い、試しに尋ねて見よう。

「すみませんが、騎士団所属のアレンという方をご存じですか?」

「え? アレン分隊長ですか? それでしたら広場近くの宿にいらっしゃいますが、あの、こ、こちらの飛空挺はどちらから? 火急の用件でしょうか?」

「あちらのファーレン卿が、国から借用したモノです。すみませんが、その宿屋まで案内して貰っても良いですか? 彼に急ぎの用件があるもので」

 視線に甲板の上を指し示す。

 そこにはこちらを見下ろすオッサンが立つ。

「あ、はいっ! 分かりました!」

 甲板に魔道貴族の姿を見つけて、途端に従順となる憲兵。

 便利なオッサンだ。

 小綺麗な敬礼を返す彼に先導して貰う形で、一路、アレンが居るという宿へ。



◇◆◇



 訪れた先、宿の出入り口、カウンター付近に案内を受ける。凡そ百名程度が宿泊できるだろう、そこそこの規模に建てられた店舗だった。一回は飲食店を兼ねており、昼時であることも手伝い、客の入りは九割と行ったところ。

「こちらの宿の二階、二○三号室にいらっしゃいます」

「なるほど。案内してくれてありがとうございます」

「い、いえっ! それでは自分はこれで失礼いたします!」

 歩み早に去って行く憲兵。

 その背を見送ってから、我々は問題の二○三号室へ向かう。

 カウンター越し、店長っぽいオッサンに事情を説明すると、取り立てて文句の類いが返ることもなく素通りさせてくれた。この辺りは日本のビジネスホテルとそう変わらない。高い店だと違ったりするんだろうか。分からない。

「エステルさん、ちょっとは自分で歩きましょうよ」

「ひっ、ふっ、ひっ……あ、後で、覚えておきなさいよ……」

 相変わらずキツそうにしている金髪ロリータを引きずり移動。

 一方でガチレズ女騎士はと言えば、一言も発することなく付いてくる。どうやら船酔いに苦しむエステルちゃんで興奮しているようだ。ニマニマと大層のこと嬉しそうな表情で、その苦しむ姿を見つめている。ほら見なさい、あったじゃないか、需要。

 そんなこんなで早々に目的の一室へと辿り付く。

 木製に作られた一枚のドア。

 中央にはプレートが二○三。

 ここだ。

「アレンさ……」

 ノックをしようと腕を上げた。

 すると、どうしたことか、扉の向こう側から聞こえてくる声がある。

「あっ、んぅ……アレンっ! あぁっ……」

「ゾフィーッ! んっ、うっ……ああっ……」

 なにをしているんだろう。

 マッサージかな? マッサージだよな?

 あるいは歯磨きかも知れませんね。

 ここからじゃ見えないもん。

「…………」

「…………」

「…………」

 俺、金髪ロリータ、ガチレズ女騎士、共に沈黙。

 ただ、静かな時間は僅かな間である。

 エステルちゃんが吠え上がる。

「アッ、アレェエエエエエエエンっ!」

 全力にドアを蹴り飛ばす。

 蝶番が緩んでいたのか、それとも彼女のキック力が優れていたのか、いずれとも知れないが、ドアは室内へ向けて吹っ飛んだ。

 バキィと見事な音を立てて外れて、完全に外れて倒れた。

 部屋の内側、我々の目前に飛び込んで来たのは、ベッドの上に正座で座り込んだ二人の姿。イケメン騎士アレンと、ですます系魔法使いゾフィーちゃんだ。

 ちゃんと服こそ着ているが、はてさて何をやっていたのか。おじさんには分からないなぁ? あぁ、分からない。分からないぞぉ。くそう。

「え、エステルっ!?」

「これはどういうことっ!? 貴方たち、なにをしているのっ!?」

 流石のイケメンもこの状況を上手く言い逃れる手立ては浮かばないよう。酷く慌てた表情を顕わに焦りまくる。

 一方、これに構わずズンズンと室内へ歩んでゆくのがエステルちゃんだ。

 その表情は鬼のよう。ただでさえ釣り目がちな目元が殊更につり上がり、ツンデレを越えたツンデレ状態。

「いや、こ、これはっ……その……」

「私が居ないところではしないって約束したじゃないっ!」

「…………」

「私が一番、ゾフィーが二番。だから、だからっ、私は許したのよっ!?」

 顔を真っ赤にして吠える金髪ロリータ。

 どうやら一号にとって規定外の逢い引きであったよう。

 二号はこれにアレンの胸元へ顔を埋めて現実逃避。

 あぁ、俺は信じていたぜ、ゾフィーちゃん。

 君はそういう役回りの二号さんだとな。

 ですます系ブリっこ女子はこうじゃないといかん。

「ま、待って欲しい、エステル。少し落ち着いて欲しいんだっ」

「待つも待たないもないわっ! い、い、一度くらいなら、私だって我慢するけど、もう、もうもう、これで何度目っ!? 数えるのも腹立たしいわっ!」

 常習犯かよ。

 こんなに可愛い金髪ロリータの彼女がいて浮気とか。

 やっぱりイケメンはレベルが高いな。

 ブサメンだったら他の女に見向きすらしなくなる自信あるわ。

「ま、まって欲しいです、エステル。今日はまだ何もしてな……」

「しようとしているじゃないっ!」

「っ……」

 まったくもってその通りだ。

 っていうか、こんなんでコイツらドラゴン退治に誘えるのかよ。

 いいや、誘えるか誘えないかじゃない。

 誘うんだっ!

「はい、ちょっと待って下さい皆さん。今はそれどころじゃありません」

「待てないわよっ! それどころなのよっ!」

「いいからほら、君は部屋の隅の方でゲロゲロやってていいですから」

 放っておいたらいつまで続くか知れたモノでない。飛空挺では魔道貴族とソフィアちゃんが待っているのだ。イケメン主催の痴話喧嘩に時間を消費するなど勿体ない。

「だ、誰がゲロゲロなんてっ」

「はい、ゲロゲロしてください、ゲロゲロー」

 金髪ロリータの頭を掴んで前後左右に振ってやる。

「ちょっ、や、やめっ……」

 途端、口元を押さえて部屋の隅へと駆けてゆく金髪ロリータ。

 ゲロゲロやり始める。

 これに勝機を得たガチレズ女騎士が速攻、その背中をナデナデし始める。

 ナイスコンビネーション。

 おかげで俺はアレンと交渉できるって寸法よ。

「ちょ、ちょっと田中さんっ!? 彼女になにをっ!」

「飛空挺に揺られたせいで船酔いなのですよ。それよりも、我々は貴方に話があって参りました。どうか話を聞いては貰えませんか?」

「え? いや、あのっ……」

「私たちと一緒にドラゴン退治に参加して貰えませんか?」



◇◆◇



 さらり事情を説明を終えた。

 冒頭、レッドドラゴンを退治に行くのだと語ったところ、まるで信じて貰えなかった。だが、それならと宿の窓から先、広場に国の印が入った飛空挺を確認して頂いたところで、無事にこちらの意向は伝わった。

「以上です。唐突なお願いとなり恐縮ですが、ご同行を願えませんか?」

「ほ、本気なんですか?」

「本気です。狩る気満々です。バッチ来いです」

「しかし、わ、私のような一介の騎士がファーレン様と共になど恐れ多い……」

 ちらり、窓の外、飛空挺を意識しては言い淀むイケメン。

 色々と思うところがあるのだろう。

 ただ、彼にはここで頷いて貰わねば困るのだ。

「そこは気にしなくても大丈夫です。彼も承知してますので」

「え? そ、そうなのですか?」

「ということで、お願いできませんか? 貴方の大切な彼女も一緒ですよ」

「あ、いえ、あのっ、それは……」

 部屋の隅、ガチレズ女騎士に背中を撫でられながら、鬼のような形相にアレンを睨み付けているのが現在の金髪ロリータだ。もしも船に酔っていなかったら、全力に殴り掛かり、マウントポジションの一つや二つ取っていそうな怒りっぷりである。

 イケメンざまぁ。

 メシウマだっぜ。

「わ、分かりました。彼女が一緒だというのであれば、断れる筈がありません」

「ご協力ありがとうございます」

 よっしゃ、無事に前衛ゲットだ。

「あ、あの、アレンが行くのなら、私も行くです……」

「ちょ、ちょっとっ! ゾフィー!? 貴方はお呼びじゃないわよっ!?」

 ゾフィーちゃんの提案に金髪ロリータが吠えた。

 これ以上、二人の仲を進展させては堪らぬとばかり。

 しかし、ゾフィーちゃんは頑なだ。

 キュッと両手にローブの裾を握り、必死の眼差しに食い下がる。

「ですがっ、わ、私も魔法ならばそれなりに使えますっ……エステルに魔法を教えたのも、わ、私です。であれば、多少なりとも戦力になる筈ですっ」

「っ……こ、この泥棒猫がっ」

「おねがいしますですっ! わ、わ、私も連れて行って下さいですっ!」

 今、一人のイケメンを巡り、二人の女の友情が崩壊だ。

 俺グッジョブ。

 更にメシが美味いぜ。

 パンだってパスタだってなんだって美味いぜ。

 こうなれば来るもの拒まずの精神。

 ゾフィーちゃんも一緒にお願いしちゃおうじゃないの。

「了解です。では、お二人に同行を願います」

「ちょっとっ!」

 金髪ロリータが何やら吠えているが気にしない。

 無事にアレンとゾフィーちゃんが仲間に加わった。



◇◆◇



 チーム乱交を回収して飛空挺に戻った。

 こちらが戻ったところ、町長を名乗る人物が出張ってきては、ようこそいらっしゃいました、云々、甲板越しに魔道貴族とやり取りしていた。けれど、それも我々がステップを上がったところで終了のお知らせ。

 世辞の挨拶も切り上げられて飛空挺は再び空へと飛び上がった。

 町長は残念そうな顔をしていたが、魔道貴族はなんら構った様子も無く船の高度を上げさせた。他の乗組員はこれを無言に見送る限り。パーティーメンバーの上下関係が激し過ぎて、ちょっとこれ何とかした方が良いんじゃないか、思わないでもない。

 そうだね、後々の課題として留意するに留めておこう。如何せん難易度が高い。

 そして、いざ空の人となった俺はと言えば、目下、船室に籠もり男女のいざこざを観劇中である。ベッドが二つ設えられた、フェリーの一等洋室ツイン的な装いを見せる個室、そこに各々、シーツの上へ腰を下ろしてのやり取りだ。

 ベッドの一つにアレンとゾフィーが横と並び。これと多少ばかりのスペースを経て、対面に設けられたもう一台に俺と金髪ロリータとが腰掛ける。ちなみに俺の膝の上にはキッチンで調達したサンドイッチがトレイに乗せられてドン。

「……え、エステル、どうか僕の話を聞いて欲しい」

 部屋に響くのは何度目になるとも知れないアレンからの問い掛け。

 答える金髪ロリータは一貫して不機嫌。

 不倫と船酔い、ダブルパンチは相当にキツそうだ。

「嫌よ。もう貴方と私が話すことなんて、何一つ無いわ」

「そこをどうか、お願いだエステルっ!」

「嫌よっ! 絶対に嫌よっ! もう何も信じられないわっ!」

「エステルっ……」

 修羅場を繰り広げるアレンとエステルを眺めつつ、ソフィアちゃんの作った昼食に舌鼓を打っている次第だ。鶏っぽい肉とバターをふんだんに使ったジューシーなサンドイッチは朝飯を抜いた空きっ腹へ染み込むようジンワリと。

 あぁ、メシが美味い。

 この為にわざわざ食堂からテイクアウトした。

 美少女が作ったメシを美少女が起こす乱痴気騒ぎを眺めながら食すことのなんと美味なこと。これこそ人生の悦楽が一つに数えても過不足無い。今後とも続けてゆきたいフィールドワークの一つだろう。

「っていうか、ど、どうしてアンタがここに居るのよっ!」

 金髪ロリータから駄目出しを受けた。

 だがしかし、こんなメシウマ空間を退去されてなるものか。

「自分は食事の時間を押してまで、ここへ事情の説明に訪れているんですよ。状況が状況なので、貴方たちのやり取りを否定するつもりはありません。ただ、早くまとまるに越したことはないと思います」

「……す、すみません」

 人の良いアレン氏が私に謝って下さる。

 罪悪感がっ、罪悪感が溢れます。

 凄く申し訳ない気分です。

 しかしメシが、メシが美味いのです。

「こちらとしては大きな仕事が後に控えているので、お二人には後腐れ無く片付けて頂ける方がありがたい。であれば、多少強引にはなりますが、第三者の目が届くところで、確かな結論を出すのが良いかと」

「た、確かに、全ては僕の不貞が致すところ……」

 適当に言い訳を並べてみたら残存権をゲット。

 何事もゴネてみるものだ。

「何が僕の不貞が致すところよっ! 私は尋ねたわよね? これ、何度目?」

「それは、そのっ……」

「一度や二度くらいなら、わ、私だって許すわ。男の甲斐性ですもの。仕方が無いわ。良い男が色を好むのも、異性に誘われるのも、仕方の無いことだと考えているわ」

「…………」

「けれど、幾らなんでも回数が尋常じゃないわっ! 両手に両足、全部の指を足しても間に合わないじゃないっ! どれだけセックスしたいのよっ! この変態っ!」

「……す、すまない。確かに返す言葉もない」

「それも大半は私に隠れてゾフィーとでしょうっ!? 本当に私のことを一番大切に思ってくれているのっ!? いよいよ私は貴方の言葉が信じられないわっ!」

「それは……」

 涙目になる金髪ロリータ。

 このイケメン、想像した以上にゾフィーちゃんとラブラブだ。金髪ロリータが一号だとばかり思っていたけれど、これは二号堕ちの未来も近いかも知れない。ハイオークの一件を眺める限り、後者を大切にしていたようにも思えたのだけれど。

 あぁ、もしかしたら、この娘ッ子の実家を恐れてが所以か。

 一方で金髪ロリータの、なんて男に寛容なこと。自分だったら好きな女が他の男とイチャコラしてたら、きっと嫉妬に狂ってしまう。そう考えると、エステルちゃんの懐の大きさは相当なものだ。素直に尊敬できる。

 ただまあ、流石の彼女も二桁を越えて繰り返される不倫には涙目の様子だ。

「もう、もうアレンなんて信じられないっ!」

「エステル、頼む、どうか僕の話を、少しだけで良い、聞いて貰えないか?」

「嫌よっ! 絶対に嫌よっ!」

 なんだろう、得体の知れない敗北感を感じる。

 メシウマしつつも同時にダメージ受けているような気がする。

 ハーレムの所有を許されながら、何度も不貞を働くイケメンの余裕が、俺のメシをマズくする。ソフィアちゃんが作ってくれた極上のメシをマズくする。ジューシーなサンドイッチのネチョネチョとしたところが妙に気持悪く口内へ響いてくれる。

 もっと美味しく頂きたい。

「今度という今度は許せないわ! もう我慢の限界よっ! さよならよっ!」

「ま、まって欲しいッ! 僕は君のことを愛しているっ! この世の誰よりもっ!」

「っ……」

 イケメンが囁く愛。

 効果は抜群だ。

 金髪ロリータの肩がビクリ、小さく震えた。

「そんなこと言われたって、も、もう、絶対に騙されないんだからっ!」

「本当だっ! 信じて欲しい、ゾフィーには全てを伝えてあるっ!」

 当のゾフィーちゃんを傍らにおきながら、悠然と語ってみせるイケメンの余裕。引き合いに出されたローブッ子はと言えば、ジッと黙って二人のやり取りを見つめる限り。ただ、近い、近いぞ、ゾフィーちゃん。アレンとの距離が。股が接するほどに。

「僕にとっての一番は君だけなんだっ! 愛しているっ!」

「だからっ、そ、そんなことっ、なんど言われたってっ……」

 イケメンの愛している攻撃、ヤバいぐらいに効果は抜群だ。

 金髪ロリータの声色が変化を見せた。

 露骨なほど気持ちが揺らいでいる。

 これがイケメンパワーか。

 俺の心だって揺らいでいる。

 イケメンにこんなこと言われたらノンケだって揺らいじまうよ。

 ちくしょう、なんて格好いいんだアレン。

 キラキラと眩く輝く眼差しが凄く紳士だぜ。

「この通りだ、エステル。僕は全てを投げ打ってでも君と共に居たいっ!」

「っ……」

 イケメン、会心の決め台詞が炸裂した。

 金髪ロリータの瞳が大きく見開かれる。

 だがしかし、これを彼女は堪えた。

 ギリギリ耐えたっぽい。

「ふ、ふんっ! 同じことを何度聞いたかしら? そういうのはゾフィーに好きなだけ言っていれば良いじゃない。私はもう、貴方のことなんて……信じられない、信じられないの。そう、それだけよ!」

「え、エステルっ!?」

 金髪ロリータがすっくとベッドの縁から立ち上がった。

 その顔色は船酔いの為か芳しくない。

「さようならっ!」

 彼女はアレンを一瞥すると共に、そのまま同室を後とした。

 パタン、ドアの開いては閉る小さな音が辺りに響いた。

 さようなら、とは言っても、同じ船で空の上、向こう数日を共に過ごすのだから、容易には別れようもないと思うのだけれど、今の金髪ロリータはまるで周りが見えていない。どこへ逃げるつもりだろう。

「……エステル」

 その後ろ姿をドアの向こうに見送り、イケメンが呟く。

 応じて膝の上に握られた彼の拳を、傍らにゾフィーちゃんがそっと上から握った。

「……アレン」

「ゾ、ゾフィー、僕はエステルを……」

「私はそれでも構わない、です」

「っ……」

 ジッと見つめ合う二人。

 てっきり金髪ロリータを追い掛けるかと思ったら、どうしたことだ、なんか妙なラブフィールドを検知。想像した以上にゾフィーちゃんは精神の図太い女だ。アレンのヤリチン具合が相まれば、確かに事故の十や二十は起きてしまいそう。

 おかげで現在進行形、俺のメンタルが超弩級のダメージを受けている。

 これは無理だ。

 心が耐えられない。

 飲食続行不可能だ。

 メシウマタイム終了だ。

 金髪ロリータへ続くよう、俺もまたベッドから腰を上げる。

 これに気付いたアレンが短く声を上げた。

「あ、タナカさんっ……」

「どうやら時間をおいた方が良さそうですね。私も失礼します」

「……ご面倒を申し訳ありません」

 無念ながら、金髪ロリータに続く脱退者と相成った。

 しかし、このような情況に陥ってさえ、紳士的な対応を崩さないアレンは大した男だ。オマエさえ金髪ロリータを連れて来なければ、云々、恨み言の一つくらいは言われるかと覚悟していた。

 それが出てこないところか、逆に謝罪を受けるとは想定外の紳士具合だ。彼の人の良さが窺える。そりゃ女にだってモテるよ。なんて真っ直ぐな性根の持ち主だ。きっと下の方も真っ直ぐ一直線に違いない。

 アソコの反りってどうやったら矯正できるんだろうな。

 そのまま自室へと戻り、ベッドの上でゴロゴロすることとした。



◇◆◇



 貫徹の影響だろう。存外のこと身体は疲弊していたらしい。自室に戻り多少ばかりを寝転がっていたところ、いつの間にやら意識は失われていた。随分と深く眠ったようで、気付けば疲れがサッパリとれていた。今は何時だろう。

 船室から甲板へ出てみる。

 すると、空に綺麗な朝焼けが、視界の一杯に広がっていた。

「うわ、スゲェ綺麗だ……」

 感動した。

 凄い感動した。

 これだけでもドラゴン退治を企画した価値があるんじゃないかと。

 なんかこう山っぽいのが沢山あって、その向こう側からジャジャジャジャーンって感じだ。ジンワリ染みるような日差しが、山の峰から滲み出してくる感じが最高に良い。写真の一枚でも取ってやりたい。

「随分と長いこと眠っていたな」

「え? あぁ、どうも。おはようございます」

「うむ」

 いつの間に現れたのやら、傍ら魔道貴族に接近を許していた。

 朝焼けの光景に清められた目玉が、そのオッサン面で汚染された気分だ。

 というか、もしかしてコイツは一晩中、ずっと甲板に居たのだろうか。

「……まさか、眠っていませんか?」

「深夜は航行速度を落としての自動運転としている。併せて貴様の連れてきた騎士にも、日が暮れてからは番を立たせていた。何かあれば対応は可能だろう」

「なるほど、であれば良いのですが」

 メルセデスちゃん二徹かよ。大丈夫かな。

「貴様に心配されずとも、自身の体調くらい自身で管理できる。その気になれば一昼夜を飛ばすことも可能だ。私の足の及ばぬところなど、暗黒大陸くらいなものだろう」

「少しばかり気になったもんで。気にされたのならすみません」

「……別に気にしてはいない」

 であれば良かった。

 ちょっと罪悪感が刺激されたのだ。

 一人気持ち良く寝てしまったから。

「とは言え、復路を思えばフィッツクラレンス家の娘に操舵方法を仕込むのも悪くはない。頃合を見て指導を行うとしよう。そうすれば距離を稼ぐこともできる」

「そうして貰えると助かりますね」

「しかしあの娘、昨晩から部屋に籠もったきり出てこないが、何かあったのか?」

「あぁ、いえ、ちょっと船酔いがキツいようで」

「自ら船を操るようになれば、多少は緩和されるとは話に聞くな。私は酔った試しがないので、どれほどのものかは知れぬところだが」

「なるほど」

 今の彼女の精神状態を思うと、運転を任せるのは少し怖い気もするが。

「ちょっとキッチンの様子を見てきます」

「あぁ、分かった」

 どこか上機嫌に思える魔道貴族に別れを告げる。

 一路、ソフィアちゃんの下へ歩を向けた。



◇◆◇



 飛空挺のキッチン。

 広々キッチン。

 そこにはソフィアちゃんの他、何故かアレンの姿があった。前者はまだしも後者はこんな朝っぱらから何をやっているのだろう。気にならないでもない。

 寄り添いコンロに向かう二人の姿を眺めていると、特にソフィアちゃんのアレンに向ける甘ったるい眼差しを眺めていると、朝の清々しい気分は木っ端微塵さ。

「おはようございます」

 敷居をまたいで挨拶。

 同時、ビクリとソフィアちゃんの肩が震えた。大慌てにこちらを振り向いては、多少ばかり落ち着いた様子で、ふぅと溜息を一つ。或いは魔道貴族が攻めてきたのかと戦いたのかも知れない。

 一方でアレンは落ち着いた様子を崩さず、悠然とこちらへ向き直る。

「タナカさん。おはようございます」

「もしやアレンさん、料理をされる方だったりしますか?」

「いえ、普段はそうでもないのですが……」

 まさか昨日の今日でソフィアちゃんのプッシーを味見しようなんて魂胆ではなかろうな。そのプッシーは俺のだ。本人は拒否するかも知れないけれど、少なくとも俺が欲しかったプッシーだ。予約していると言っても過言ではない。

 きっと処女なんだ。信じてる。

「このままではパーティーとしても健全ではありませんから、どうにかエステルの機嫌を取れないかと、ソフィアさんに無理を言ってキッチンをお借りしているんですよ」

「なるほど、そういうことでしたか」

 確かにあのロリータは餌付けが効果ありそうなタイプのロリータだ。

「む、無理なんてとんでもないです。アレンさんのお役に立てるのであれば、私、幾らでもお手伝いさせて頂きます。むしろ騎士様と一緒にお台所へ立たせて頂いて、こちらこそ恐縮ですっ!」

 語るソフィアちゃん、すっげぇ嬉しそう。

 俺が今まで見たなかで一番、会心の笑み。

 これがイケメンパワーか。堪らねぇな。

 こっちまで笑顔になっちまうわ。

「そういうことでしたら、私もお手伝いしましょうか? これでも多少は腕に自身があります。ここの設備が使えるのであれば、簡単な焼き菓子の類いなど作れますが」

「え、菓子を? 本当ですか?」

「えっ……」

 パァと嬉しそうな表情となるアレン。

 対して、心底から嫌そうな表情となるソフィアちゃん。後者はほんの僅かな間であったけれど、俺はちゃんと見てしまったぜ。見なければ良かったぜ。肉体的なダメージは魔法で回復できるけれど、心のダメージは魔法では回復できないと思うんだ。

「すみませんが、ご教示のほど、お願いしてもよろしいでしょうか?」

「はい。では頑張って美味しいお菓子を作りましょう」

「よろしくお願いします、タナカさん」

 やったぜ、俺の料理の腕前の勝利だわ。

 いつぞやの冒険でキャンプごっこした伏線が生きたわ。

 非常に後ろ向きな生かし方で甚だ遺憾だけど。

「あの、わざわざタナカさんのお手を煩わせずとも私が……」

「恥ずかしながら、他にやることがないのですよ。これも交流の一貫ということで、ご一緒させて貰えませんか? 数日後には共に命を賭けて戦う仲間となるのですから、こうした小さな関わりあいも大切にしてゆきたいのです」

「で、ですが、貴族様と大切なお話などあるのではっ!?」

「いや、彼とはもう十分に話しましたので。なんら問題ないです」

 誰が好きこのんで自分より年上のオッサンと話などするものか。

 ヤツは放っておいても、割と適当に良い感じで動いてくれるしな。

「確かに彼は名のある貴族ではあります。しかしながら、このパーティーにおいては、身分の貴賤など関係ありません。むしろ、その身を危地に晒し前線に立つこととなるアレンさんとの交流こそ、私は重要なところにあると考えています」

「た、タナカさん、そこまで仰って頂けるとはっ……恐縮です!」

「ですが、あのっ……」

 いつになく食い下がるソフィアちゃんの瞳にはイケメン。

 イケメンしか映っていない。

 この子、相当な面食いだ。間違いない。

「それにソフィアさんには朝食を作る仕事もあるでしょうから、ここは私がお手伝いした方が、皆さんに迷惑を掛けることなく進められるかと。この手の作業は嫌いでないので、どうぞ、私の手も使ってやって下さい」

 だからこそ、やらせてなるものか。

 訴えは完璧。

 なんて備えも万全な論理武装。

 イケメンまでをも味方に付ければ、ソフィアちゃんに抗う術はない。

「……そ、そう、ですか」

 ほんの僅かな間であるが、足下に視線を落として、私おもしろくないです、言わんばかりの振る舞いを見せる。俺ほどのソフィアちゃんマニアでなければ見逃していただろう。

 清々しいまでの小物感である。

 昨日、こちらの姿を目の当たりに怯えていた様子が、遙か昔の出来事のようだ。

「それじゃあ、早速ですがお菓子作りを始めましょう」

「はい、タナカさん。どうぞご指導のほど、よろしくお願いします」

 ニコリ、イケメンが軽やかなスマイルを浮かべれば。

「よ、よろしくお願いします!」

 大慌てで表情を取繕い、満面の笑みに応じるソフィアちゃんがいる。

 僕は君のそんなところも大好きだよ。

 取り返しの付かないところがキュンキュンと刺激されて心地良いぜ。

 マゾなんだろうな。マゾなんだろうね。

 ソフィアちゃんとアレン氏、二人と仲良くお菓子作りに突入だ。



◇◆◇



 結論から言うと、アレンの作戦は大成功だった。

 朝食後、食事の席でお茶など啜っていた頃合のこと。

「え、エステル、これを貰ってはくれないか?」

「……なによ、それ」

 皆々の目前に話題を繰り広げるのがアレン。

 恐らくは他者に気を遣ってだろう、一人で先んじて食事を自室に取った魔道貴族と、夜勤の疲れから爆睡中のガチレズ女騎士を除く五名。決して仲良くとは言えない雰囲気の中、イケメンが不意を突く形で懐から取り出した。

 それは小さな紙袋に収まった焼き菓子の幾らか。

 朝食を作るソフィアちゃんの傍ら、アレンと一緒に作ったクッキーもどきだ。

 何故にもどきかと言えば、材料が俺の知るクッキーのそれとは微妙に違っている。小麦も砂糖もバターも、こちらの世界では存在していない。ただ、似たような食品が幾つか見つかったので、それらを利用しての製作であるから、もどきだ。

 食感はクッキーそのもの。甘くて美味しいサクサクである。

 まあ、クッキーでいいだろ。クッキーで。

「食べて貰えないかな? 君の好きな甘いお菓子なんだ」

「は、はぁ? なんで、お、お菓子なんて……」

「君と仲直りをしたくて、タナカさんに教わりながら作ったんだよ」

「え? あ、アレンが!?」

「うん」

「……そう」

 途端、反応がゆるやかなものとなる金髪ロリータ。

 なんてチョロいんだ。チョロ過ぎるぞ。

 もう少し頑張ってくれないと俺のご飯が美味しくならない。

「嫌、かな?」

「そ、そこまで言うのなら、貰って、あげないこともないわ」

「本当かい? ありがとう。嬉しいよ」

 ここで、きっと、アレンはニコっとやる。

 こいつは絶対にニコっとやる。

 ほら、ほらやったっ! やったぞっ!?

 段々とアレンの表情の変化が読めるようになってきた。

 俺が実践しても何の意味もないコンボを、着実に覚えてきた。

 ちくしょう。

「……本当に、食べても良いのかしら?」

「感想を貰えると嬉しい、かな」

「ぅん……」

 小さく可愛らしい口が、サクサクとクッキーを食べる。

 これを満面の笑みに眺めるアレン。彼を挟んで金髪ロリータの反対側には、平素と変わらない素面にゾフィーちゃんが並ぶ。六人掛のダイニングテーブルの片側をチーム乱交が占める形だ。

 他方、俺は金髪ロリータの正面に腰掛けて、間に一つ空席、然る後にソフィアちゃんがゾフィーちゃんの正面という配置である。都合、左側がスースーしてどうにも落ち着かない。ブサメンのポジショニングはいつだってエアフローが優秀なんだよ。

「どうだい?」

「……ふ、ふんっ、私がいつも食べてるモノには到底及ばないわねっ」

「そうか……ごめん。次はもう少し上手に……」

「けどっ! き、嫌いじゃない味だわっ!」

「エスエル……」

 アレンの眼差しが縋るようなそれに。

 ここで母性を刺激する攻撃が来たら、もう勝てる女なんて居ない。

 案の定だよエステルちゃん。

「……本当に、これが最後だから。次は、絶対に、絶対にないんだから」

「ありがとう。エステル。今、凄く嬉しいよ」

「ふ、ふんっ! 調子が良いんだからっ!」

 嬉し恥ずかし、みたいな感じでそっぽを向く金髪ロリータ。

 このツンデレちゃんめ。

 そんな二人の仲むつまじい姿を見ていると、心が痛くなってきた。

 これは良くない。

 回復魔法が必要だ。

 心が回復魔法を欲している。

 冷静に考えたら、ソフィアちゃんの好感度を下げて、アレンと金髪ロリータの仲を取り持った形だ。どんだけマゾいことしたの俺は。むしろ放置した方がメシウマだっただろうに、なんと阿呆なことをしたものだ。

 確かにドラゴン退治には必要な作業ではあったのだけれど。

「…………」

 ガタリ、静かに席を立つ。

 誰に注目を受けることもなく、静々とダイニングを後とした。



◇◆◇



 そして、これまた結論から言うと、心のダメージに回復魔法は効果がなかった。

 MPが許す限り威力を込めて行った超弩級の回復魔法であっても、俺の内側にぽっかりと空いてしまった大きな穴を埋めることはできなかった。

 噂に聞いた持続型の回復魔法とやらも試してみた。

 ズッと痛いときに使うタイプだ。

 すると肉体こそ漲るパワーがはち切れんばかり。更には何故か煌々と全身が輝き始めてシャイニング。一方で、心の空虚さが目立つ結果となり、敢えなく意気消沈。

 途中、酷く驚いた顔の魔道貴族が部屋へすっ飛んできたが、なんでも無いと説明して、強引に納得させてお帰りを願った。今は殊更にオッサンの顔など見たくない。

 ということで、メンタルが限界だ。

「……寝るか」

 ふて寝である。

 心の病を癒やしてくれるのは、今は亡き二次元エロ画像たちだけだ。パソコンの前で致すオナニーが恋しい。思えばここ数日、碌にオナニーをしていない。なんて不健康なのだろう。溜りに溜まっている。

 更に今し方に使った回復魔法のおかげで、体調は極めて良好。

「…………」

 意識してしまったら、もう後戻りはできない。

 エステルちゃんとゾフィーちゃんの乱交シーンを妄想してハッピージョブ。

 最高に気持ち良かった。特にゾフィーちゃんが良かった。

 ゾフィーちゃん可愛いなぁもう。
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