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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫

本文

129/132

魔王 五

ふっかつしました。
 移動は一瞬であった。

 気づけば醤油顔は大会会場、そのステージの上に立っていた。正面には魔王様。他には誰の姿もない。夜明けも間もない物静かな会場で、お互いに数メートルほどの距離を設けて向かい合う形だろうか。

「ありがとうございます」

「ありがとう? ふんっ、これほど下らない礼もなかろう」

 どうやら空間魔法で醤油顔もろとも移動したようだ。

 ロリビッチを筆頭とした他の面々の姿がないのは非常にありがたい。あまり近いところにあると巻き込んでしまう可能性がある。どれだけ気をつけたところで、失敗を欠かさないのが人間という生き物だ。

「しかし、観客がいないと随分寂しく感じますね」

「それが貴様を貴様が言うかぇ?」

「ええまあ、それはそうですが」

 魔王様から突っ込みを頂戴してしまったぜ。

 昨日の作戦会議最中、EXエディタ先生のうっかりで見聞きした内容だろう。魔王様在中の指輪を巡っての問答以降、借りてきた猫のように大人しくなってしまった先生の姿といったら愛らしかった。しゅんとした姿は最高でございました。

 今思い出すと、あの時の彼女の内側には、膜があったわけだ。

 たまらないな。

「一つ確認したい。あのエルフは何者じゃ?」

「何者とは?」

「…………」

 不躾な質問を受けて問い返す。

 何者と言われても、先生は先生である。膣に膜を張った美しいエルフの女性である。これほど尊い存在は世界に存在しない。彼女の為ならば、童貞はどのような困難にでも立ち向かっていけることだろう。

 これまで目の当たりとしてきたパンチラが、その向こう側に膜を控えていたものだと考えると、今この瞬間でさえ、心の内側から温かい気持ちが湧き上がってくるのを感じる。どんなに辛い明日だって、立ち向かって行ける気がする。

「魔王様?」

「いや、なんでもない。気にするな」

「よろしいのですか?」

「あの様子では、貴様を殺せば全ては終わるじゃろう。なんら問題ない」

「…………」

 魔王様を封じていた指輪は先生のお部屋に置かれていた。

 その間に何かしら、目の当たりとする光景があったのだろうか。仮にそうだとすれば、それはきっとプライベートな私生活。先生のことだから、ふとした瞬間、魔王様の存在を忘れて、あれこれと呟いてしまった可能性がなきにしもあらず。

 そんな先生の全てを補って差し上げたいと切に思う。

 EXエディタ先生、処女可愛い。愛してる。

「魔王様、一つ確認なのですが、私の娘になる気はありませんか?」

 おかげで幾分か口も軽い。

 つらつらと適当なことを語ってしまう。

 ムチムチボインの娘から熱烈ご奉仕されてみたい。自身には似ても似つかない美女の娘から、一方的に愛されるパパになってみたい。転生直後から封じられていた彼女なら、きっと膣にだって立派な膜が張られている筈だ。

「娘より弱い父親など、頼りないにも程がある」

「そういうことであれば、ここは一つ父親の威厳を示すとしましょう」

 ここで今一度、ブサメンのステータスを確認する。



パッシブ:
 魔力回復:LvMax
 魔力効率:LvMax
 言語知識:Lv1

アクティブ:
 回復魔法:LvMax
 火炎魔法:Lv230
 浄化魔法:Lv5
 飛行魔法:Lv55
 土木魔法:Lv10

残りスキルポイント:20



 前回の戦闘でレベルアップした分のポイントが加算されている。そして、自身に足りないものは既に理解している。これを補うべく念じるべきだろう。今、他の何より必要なのは火力である。

 魔王様の守りを突破するだけの、圧倒的な火力。


パッシブ:
 魔力回復:LvMax
 魔力効率:LvMax
 言語知識:Lv1

アクティブ:
 回復魔法:LvMax
 火炎魔法:Lv250
 浄化魔法:Lv5
 飛行魔法:Lv55
 土木魔法:Lv10

残りスキルポイント:0



 未だレベルの最大値が見えない事実に慄く。

 果たしてどこまでポイントを貢げば、上限へ到れるのだろうか。いや、今はそんなことを考えている場合ではない。そうこうしている間にも、魔王様の側に変化が見られる。その表情が強張ったかと思えば、挑むような調子で声が上がった。

「随分と強気よのぅ?」

「今の私なら、状況によっては或いはと考えております」

 素直にお伝えさせて頂く。

 血反吐を吐いても、打倒させて頂く心意気。

 既に導きは頂戴しているのだから。

「ぬかせ、出来るものならやってみるがいいっ」

 応じて魔王様が地を蹴った。

 間髪を容れず、醤油顔は持続型の回復魔法を行使。

 すると彼女もまた、同様の輝きに全身を包ませる。

 二人は同時に、飛行魔法を用いて空に舞い上がる。

 決勝戦の続きが始まった。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】



 執務室からタナカさんのお姿が消えました。

 それはもう忽然と消えてしまいました。

 十中八九で空間魔法というものだと思います。私もまた過去に幾度となく、エルフさんのご協力から経験があるので間違いありません。気づけばいつの間にか、遠く離れた場所に移動している摩訶不思議な魔法でございます。

「ちょ、ちょっとっ! どこへ行ってしまったのっ!?」

 途端に慌て始めるのがエステル様でしょうか。

 そのお声が大きく部屋に響きます。

「空間魔法だ。ヤツの言葉に魔王が乗ったのだろう」

 お答えしたのはエルフさんです。

 こういうところ、いつもマメですよね。誰かが疑問を口にすると、必ず答えてくださります。おかげで会話の最後がエルフさんの台詞で終わることも度々であって、その都度、自らの台詞を省みては不安げな表情となっていらっしゃいます。

 その様子は非常に可愛いです。

 一方で行動力に定評があるのが、お年を重ねていらっしゃる方々です。

「ええい、こうしてはいられるかっ! 探すぞっ!」

「うむ」

 我先にと駆け出したのはファーレン様です。その後ろにはジャーナル教授の姿も見受けられます。居ても立っても居られないといった様子で、崩れてしまった部屋の壁の向こう側へ、飛行魔法で飛び立ってゆかれます。

「ちょっとぉ、貴方たちが行ってどうなるのよぉっ!」

 そんな二人を目の当たりとして、声を上げたのが縦ロール様です。

 ファーレン様やジャーナル教授を貴方たち呼ばわり凄いです。

「ご主人?」

「あの二人を追いかけるわよぉ? 万が一にも彼が負けたら面倒だわぁ!」

「承知っ!」

 ファーレン様とジャーナル教授を追いかけて、縦ロール様もまた飛び立たれました。彼女のお体を支えるのはイケメン魔族さんです。魔族さんが縦ロール様をお姫様抱っこで、空へと飛んでゆかれました。

 これを皮切りに、他の皆さまもまた動き始めました。

 我先にと執務室を発ってゆかれます。

 空を飛べない方々もまた、廊下をパタパタと慌ただしくも掛けてゆきます。ゴンザレスさんなど、飛行魔法こそ使えずとも、崩れた壁の縁から階下に向かって、豪快にも飛び降りて行かれました。とってもパワフルです。

 でもパンツ一丁です。

「あ、あのっ……」

 そうなると、メイドはどのように動くべきでしょうか。

 下手に付いていっても、足手まといになるのがオチではないでしょうか。縦ロール様の仰られたことは尤もです。イケメン魔族さんやエルフさんであればまだしも、私のような町娘風情、邪魔でこそあっても役に立つことなど有り得ません。

「…………」

 疑問に思ったところで、そういえばと気づいたことがあります。

 こちらのお屋敷の保冷庫に保存されている、私の中から出てきた恥ずかしい液体の扱いでございます。当初の予定では魔王様の打倒に向けて、その直前に皆さまで、といったお話になっておりました。

 出番が来ないというのは、私としては非常にありがたいお話です。

 しかし、ゴッゴルさんのお話では、あれがないとタナカさんは、とても大変なことになってしまうのだそうです。これまで彼が日常生活を不都合なく送ってこられたのも、メイドの不義理があったからとのこと。

「…………」

 万が一にもタナカさんが、魔王様に負けてしまっては大変です。

 彼女の話が本当であれば、その勝利は非常に難しいもののように思えます。

 ですが正直に言って、あれがそこまで大したものであるとは思いません。

 しかしながら、同時に不安を感じているのも事実です。実際にタナカさんは一度、魔王様と真正面から争って負けているのだそうです。詳しいところは知れませんが、そのようにご本人が仰っておりました。

「…………」

 それになによりも、本人が混入を理解した上での飲料です。

 傾けられたグラス。薄黄色い液体が、傾斜を急にするのに応じて、段々と目減りしてゆきます。ゴクゴクと音を立てては動く彼の喉元は、私の体内から出てきた液体、身体の内側に運んでゆきます。

 そんな光景を目前で眺めたのなら――

「…………」

 あぁ、どうしましょう。

 こんなの、本当に、どうしましょう。

 お臍の下の辺りがゾクゾクと疼いて止まりません。

 全身が熱を持ってかっかとしてきました。

「……い、いちおう、お届けに行きましょうか」

 これは人助け。

 そう、人助けなのです。

 決して疚しい気持ちなどありません。

 仕方がないことなのです。

 強いては人類の為なのです。

 自ずとメイドの足は、保冷庫に向かい動いておりました。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 町長さんのお宅を発って直後より、大会会場の方からズドンズドンと、大きな音が聞こえてくるのに気づきました。恐らくタナカさんと魔王様が戦っていらっしゃるのでしょう。自ずとメイドの足もそちらに向かいます。

 駆け足で街の大通りを会場に向かい駆け抜けます。

「…………」

 ここ最近、体の調子が頗る良くて、息が上がることもありません。

 肩から下げたカバンには、薄黄色い液体が入ったガラス瓶が幾らか収められております。私の足が地を踏みしめるに応じて、チャポンチャポンと軽やかな音が聞こえてきます。その響きに段々と胸が高揚してゆくのを抑えながらの移動です。

 しばらくを走ると、向かう先に人垣が見えてきました。

 通りと通りが交差する広場で、なにやら大勢の人が集まっております。

 なんでしょうか。

 進行方向での出来事という事も手伝い、自ずと意識が向かいます。

 するとそこに見知った相手を見つけました。

「こっちへ来るんだっ! 街の外より、街の中のほうが安全なんだっ! この街の建造物は町長のドラゴンやタナカ伯爵が作ったものだ! 下手に距離をおくより、街の建物に入っていたほうが、安全に過ごすことができる!」

 西の勇者様です。

 彼の傍らには大勢、人の姿が窺えます。どうやら町の外で行く先に困っていた方々を誘導していらっしゃるようで、一団となった人々の先頭を、声も大きく叫びながら歩んでいらっしゃいます。

「この街の建物は、街を囲う壁と同じ仕組みで作られている。故に多少の攻撃であれば、耐えるだけの強度があるそうだ! 過去に一撃で陥落した各国の首都より、余程のこと安全な場所なんだっ!」

 大会に魔王様が乱入して以降、散り散りとなっていた観客の方々です。

 それを西の勇者様は必至に導いていらっしゃいました。

 執務室を発ってから直後は、タナカさんの下へ向かわれたものだとばかり考えておりました。ですがどうやら違ったようです。汗だくになりながらも、掠れるほどに声を張り上げる様子は、非常に訴えかけられるものがあります。

「おいっ! 本当に大丈夫なのかっ!?」

 そんな彼に声を掛ける方がいらっしゃいます。

 東の勇者様です。

「今は君と争っている場合じゃない! 民の避難が優先だっ!」

「そ、そんなことは分かっているっ!」

「ならば手伝ってくれっ! 全てが無事に終わったのなら、この身を君に差し出すことも吝かではない。どうか今は彼が、タナカ伯爵が自由に戦えるだけの環境を整えなければならないっ! 万が一にも、我々が足手まといになることは、あってはならない!」

「っ……」

 いつになく必至な西の勇者様です。

 どこか軽い感じが印象的な方でしたが、このような一面もあったのですね。

 とても魅力的だと思います。

「しかし、き、貴様は大聖国を裏切りっ……」

「大会の決勝戦、聖女様の姿は君も目の当たりとしただろうっ!?」

「俺はっ、お、お、俺はっ……それでも聖女様をっ……」

 東の勇者様も東の勇者様で、色々とありそうです。彼の聖女様に対する信仰心は、きっと本物でしょう。だからこそ、当人が魔王様の面前、命乞いを始めてしまった手前、その光景が今も心に響いているように思われます。

 ライバルである西の勇者様を前にして、強く言葉を続けられないのが、その証拠ではないでしょうか。以前までの彼であれば、すぐにでも喧嘩となっていたことでしょう。魔法の打ち合いが、剣と剣の鬩ぎ合いが始まっていた筈です。

 そうした二人のやり取りの傍ら、他に人の声が響きました。

「西地区からの避難は終わった! ここも急ごうっ!」

 アレン様です。

 アレン様がやって来ましたよ。

「流石はタナカ伯爵が見込んだ男だ。仕事が早いじゃないか!」

 西の勇者様がアレン様に語りかけられます。

 美形なお二人が並ぶと、それはもう絵になる光景です。

 額縁に入れて飾っておきたいくらいです。

「僕なんて大したことはない。それよりもこの人たちの誘導を急ごうっ! 東の勇者様、色々と思うところはあるかもしれないけれど、どうか今だけは協力して欲しい。他の誰でもない、大聖国を信仰してくれていた人たちの為なんだっ!」

 どうやらアレン様もまた、観客の方々の避難に対応していたようです。魔王様の魔法見たさに騒動の現場へ乗り込んだ方々とは一線を画していらっしゃるのではないでしょうか。そういうところ、とても素敵だと思います。

「だが、そこの者は……」

 しかしながら、それで尚も難色を示すのが東の勇者様です。

 西の勇者様との不仲は如何ともし難いものがありますね。

 そこでふと、メイドは思い出しました。

 つい先日、ゴッゴルさんから頂戴した言伝です。

 もしも東の勇者様にお会いしたら、伝えると良いと言われました。

「…………」

 どうしましょう。

 彼女から能動的にアドバイスを頂戴したのは、私も初めてのことでした。それくらい大切なことなのだと思います。だからこそ、その言葉には相応の重みがあるのではないでしょうか。などと考えると、ええ、お伝えしたほうが良いですよね。

 メイドは駆け足で彼らの下に向かいました。

「あ、あのっ!」

 お声掛けさせて頂いたところ、イケメンな皆さまの視線がメイドの下へ。

「……あの時のメイドか」

 ちょっと緊張してしまいますね。

 特に東の勇者様からの視線が怖いです。

「ロ、ロコロコさんから、東の勇者様に言伝ですっ!」

 ここは一つ勢いに任せて、メイドはお伝えさせていただきましょう。

「空を飛ぶ鳥は地に落ちて尚ももがき続けた。そ、その羽根は清き信仰によって染められ、再び風を知ることはなかった。永久の信者は鉄を飲み、赤き信仰は誇りを失い、紫の川に沈んでいった……とのことですっ!」

 ゴッゴルさんから頂戴したとおりの内容をお伝えしました。どのような意味があるのかはサッパリです。ただ、彼女はあまり冗談を好む方ではありませんから、きっと、何かしら意味のある言伝であるのでしょう。

 などと考えたところ、変化は顕著でした。

「っ……」

 東の勇者様の表情が目に見えて変わりました。

 大仰にもこちらへ向き直ったかと思えば、瞳がクワッと見開かれました。真正面からメイドを凝視でございます。白い部分に走った血管までもが確認できます。こうして傍から眺めた限りであっても、全身の強張りが見て取れます。

 かと思えば、彼は声も大きく怒鳴られました。

「き、貴様っ! それを何処で聞いたっ!?」

「ひっ……」

 とても怖い顔です。

 危うく漏れるところでした。

「言えっ! それをっ……」

「待つんだっ!」

 そんな彼の肩に手をおいたのが、西の勇者様です。

「言っただろう? 言伝だと。あのゴッゴル族からの」

「そんな。まさか、あの決勝戦で聖女様の心を……」

「……本当なら、僕の口から伝えるべきであった」

「なんだと? き、き、貴様も知っていたのかっ!?」

「ただ、できれば君には生涯ずっと知らないでいて欲しかった。それならまだ僕に対して憎悪を抱いていたくれたほうが、君の為になったと思ったのさ。しかし、よりによってこのタイミングで知らされることになるとはね」

「そんなっ……」

 東の勇者様と西の勇者様との間で、なんとも言えない雰囲気です。

 これはどうしたものでしょう。まるで状況が知れません。ただ、なんとなくですが、メイドは理解しました。お二人が現在の関係へ至るに際して、聖女様が裏で暗躍していたのではないでしょうか。

 まるで小説の中に眺める物語のようですね。

 そんなお二人の会話に待ったを掛けるのがアレン様です。

「すみませんが、ちょっといいですか?」

 応じて西の勇者様と東の勇者様が彼に向き直ります。

 これを確認したところで、アレン様は仰られました。

「僕にはお二人の抱えた事情がよく分かりません。そして、それはきっと非常に大切なことなのだとは思います。誰かの人生を大きく変えてしまうような、そんな一大事なのだと思います」

 ジッとお二人の顔を見てのお言葉です。

 過去にないイケメン具合です。

 アレン様、最高に格好良いですよ。

 いつまでも見ていたくなってしまいます。

「ただ、今はこの場に居合わせた皆の命を優先したい。だから、どうか協力して下さい。僕のような下らない人間から言葉を掛けることになり、本当に申し訳ないと思います。ですが今はお二人の力が必要なんです」

 何故に聖女様がお二人を争わせていたのかは知りません。けれど、きっとしょうもない理由からでしょう。例えば以前読んだ小説の悪役は言っておりました。手駒は互いに競わせるべきだと。そうして力が集約するのを避けると共に、切磋琢磨させるのだとか。

「……ああ、そうだったね」

 先んじて頷かれたのは西の勇者様です。

 これにやや遅れて、東の勇者様が口を開きました。

「そこのメイド……」

「は、はいっ!」

「よく伝えてくれた。この謝礼と以前の謝罪は……場を改めて、させて欲しい」

「……え?」

 東の勇者様らしからぬ言動です。

 彼の口から謝礼や謝罪などと頂戴できる日が来るとは思いませんでした。そのお姿は今も尚、メイドにとっては天敵以外の何者でもありません。今更謝罪を受けたところで、苦手意識はどうしようもないではありませんか。

 ただ、こちらの心の中など露知らず。

 彼は意を決した様子で表情も新たに口を開かれました。

「事情は理解した。少なくとも今この瞬間に限って、俺は貴様等に協力する」

 視線が向かう先にはアレン様と西の勇者様です。

 これに答えられたのはアレン様です。

「とても助かります。やはり勇者様は、どれだけ苦行に立たされたとしても、勇者様でいらっしゃいますね。その心を僕は今、とても尊いものだと感じています。貴方のこれまでの苦労は到底及びが付きませんが、これからの幸福を祈りたく思います」

「っ……」

 東の勇者様が、酷く驚いた表情でアレン様を見つめました。

 驚愕する勇者様に対してニコリと、朗らかな笑みを見せるアレン様、とても格好良いですね。全てを迎え入れて下さるような、そんな包容力が感じられます。そのお顔立ちと相まっては、惹かれない方がおかしいと思います。

 ところで今の問答、どこかタナカさんのようでしたね。

 そうこうするうちにアレン様の意識が、避難民の案内に移られました。

「皆さんこちらですっ! ドラゴンシティであれば、万が一もありませんっ!」

 声高らかに訴えられました。

 彼の見つめる先には、行き先に戸惑う大勢の人々がおります。

「どうか皆さん、僕らと共に来てください! 我々が安全を保証しますっ! 例え魔王が相手であっても、ドラゴンシティであれば持ちこたえることができます! 皆さん、決してあわてないで、こちらへいらして下さい!」

 縁の下の力持ちというのでしょうか、こういうのって格好良いですよね。

 魔王様の一撃を受けて尚も街が持つか否か。その言葉の真偽は定かでありません。つい今し方にも粉々に砕けた町長さんのお宅を目の当たりにしたばかりです。けれど、こうして街の中に人を集めることは、きっと意味のあることだと思います。

 だって、タナカさんもきっと、街のことを大切にしていらっしゃいます。

「…………」

 その姿を確認したところで、メイドは本来の目的に戻ります。

 もう少しアレン様や西の勇者様の格好良いお顔を見つめていたいですけれど、今はそれ以上に優先すべき事柄がございます。メイドはメイドに出来ることを頑張りましょう。メイドにしか出来ないことを頑張りましょう。

 待っていて下さい、タナカさん。

 必ずやお届けさせていただきます。



◇◆◇



 魔王様と魔法を交わすこと幾十回、それで尚も決着は遠かった。

 場所は未だに大会会場だ。基本的には空に浮かび上がっての戦いだ。ただ、地上に落とされたり、落としたり、その舞台は目まぐるしく移り変わっている。それでもどうにかこうにか、ドラゴンシティに被害は与えずに済んでいる。

 ロリゴンが愛した街だ。

 建物の一棟でも壊されたくない。

「ちぃっ、ちょこまかと逃げ回りおってからにっ……」

「そちらこそ、いい加減に降参しませんかね?」

「ぬかせっ!」

 ステージの上に立った魔王様が地を蹴る。空に浮かんだ醤油顔を目掛けて、凄まじい勢いで突っ込んでくる。大きく振り上げられた右腕は、こちらの身体を捉えていた。次の瞬間にでも胴体を打ち破らんと迫る。

 これをブサメンは飛行魔法で回避である。

 ファイアボールを幾十個もバラ撒くと同時、急降下で高度を下げる。

 これが存外のこと、成功率の高い策である。

「くぬぅっ……」

 飛来したモバイルFランが立て続けに魔王様の身体へ着弾する。

 その余波を受けて醤油顔の衣服が焼け焦げる。既にシャツはボロ布に変わり、辛うじてまとわり付いているような体たらくだ。下半身も一度右足を打ち抜かれた為、右側だけが極々短い短パン仕様。昭和の時代に流行ったようなスタイルが最高にナウい。

 争いの構図は以前と同様だ。魔力の大半を用いて持続型の回復魔法から身体を輝かせた魔王様。これにファイアボールで応戦する醤油顔といった塩梅である。極めて保身的な彼女の戦い方は、やはりというか、聖女様に育てられたものだと感じさせる。

 時間が掛かったとしても、安全にブサメンのことを倒したいのだろう。

「このっ、当たれっ! 当たるのじゃっ!」

 ここへ来て、段々と魔王様も必死になってきた。

 遮二無二に振るわれる両手両足も勢いが増してきている。

「ぐっ……」

 拳が右腕を掠った。

 応じてパァンと小気味良い音が響いたかと思えば、右の肘が破裂していた。千切れ飛んだ腕が地面に向けて落ちてゆく。その光景が妙に鮮明なものとして視界に映る。ただ、それもほんの僅かな間の出来事である。

 魔王様と同様、癒やしの輝きに包まれた肉体は、数瞬の間に腕を元あった形へと戻す。衣服こそ破れたままだけれど、骨も肉も皮も全てが元通り。張りと艶の控えめな中年のボディーが一丁上がり。

「なんて馬鹿げた魔力じゃっ! 我以上ではないかっ!?」

「誰だって一つくらい、他人に誇れるものを持っているものですよ」

 神様からの貰い物だけれどな。

 本当に誇りたいものは、決してこんなチンケなものじゃない。

 ブサメンだって、もっと色々やりたいことはあるんだよ。

「このっ……」

 しかし、困った。このままでは昨日の二の舞いだ。

 魔王様の魔力が回復する前に、決定打を与えなければならない。彼女が魔力に不自由している内に勝負を決めなければならない。今まさに翻弄されている圧倒的な身体能力に加えて、更に魔法まで使われては勝機など皆無である。

 本日もまた昨日のように、都合よくピーちゃんやメルセデスちゃんの肉便器が助けてくれるとも限らない。先生の封印魔法が成功する確証もない。誰か一人でも欠けた時点で、醤油顔はゲームオーバーである。

 おかげで焦る。

 めっちゃ焦る。

 ターン制限のあるボス戦って最高に焦る。

 これはもう後先考えている場合じゃない。

 全力で最大火力をお見舞するしかない。

「これで終わりです」

 宣言すると共に、飛行魔法を用いて幾らばかりか高度を下げる。

 空に浮かびつつも、魔王様を頭上に見上げる位置取り。

 思い出すのはいつぞや、学園都市で未遂した超弩級のファイアボール。サイズ的にも今の魔王様であれば、逃れることは不可能だろう。どう足掻いても逃れきれない巨大な一撃をホーミングでプレゼントしようじゃないの。

「ぬぅんっ……」

 心の底からファイアボールを求める。

 両手を頭上へ掲げると同時に、足元へ魔法陣が浮かび上がる。

 果たしてそのアクションは本当に必要なのか。恐らくは必要ない。しかしながら、こういうのは本人の気分が大切だ。今この瞬間、醤油顔の魔法は世界最強だと、自らに言い聞かせるだけのテンション。

 魔法陣を発して吹き荒れる暴風が、中年野郎の頼りない髪をはためかせる。

 細くなった毛根を刺激する。

 一連の演出に危機感を煽られたのだろう。魔王様の表情に変化があった。瞳がくわと見開かれた。こちらに向かい迫っていた身体は急制動、豊満なオッパイをプルンプルンと震わせて、その場に静止する。

 そんな彼女の見つめる先、醤油顔の正面に巨大な魔法陣が浮かび上がった。

 中央からはゴウンゴウンと妙な音を立てて吹き荒れる炎が盛り上がり始める。

「っ……」

 すると、何を考えたのか魔王様が踵を返した。

 空宙で急に旋回したかと思えば、数十メートルばかりの急降下。自ずとこちらもまた彼女の姿を追いかけて身体を巡らせる。すると、そのダイナマイトボディーが向かった先は、醤油顔を頭上に眺める位置だ。

 背後には大会会場やドラゴンシティが臨む。

「なんの真似ですか?」

「……い、いいのかのぅ? このまま撃てば、街も無事では済むまいっ」

 魔王様、本格的に聖女様っぽくなってきている。

 自らの命の危機を感じたところで、ゲス度がレベルアップしている。これならまだメルセデスちゃんの方が恰好いい。命の危機にさらされて、好みの女の子のお尻を執拗にもみ始めるメルセデスちゃんが恰好いい。

「今の貴方は、貴方が醜いと主張する存在と何ら変わりないように見えます」

「…………」

 当の本人も、その辺りは理解しているのだろう。

 その表情は割と切実だ。

 やっちまった。

 やっちまったよ。

 でも、仕方なかったんだ。

 みたいな感じ。

 素直に開き直ってみせれば、多少は格好も付いただろう。魔王としての体裁も整ったことだろう。ここで悔しそうな表情をするの、最高に格好悪いと思うんだけれど、そこのところどうなのか。魔王の肩書が泣いている。

「どうされました?」

「……黙れ」

 しかも逆ギレ風味。

 ただ、状況としては醤油顔が圧倒的な不利である。ゲスに目覚めた魔王様は最強だ。これまで辛うじて残されていた聖女様に対する大義名分が、自らの命を天秤に掛けたところで、段々と軽んじられて来ております。

 致し方なし。醤油顔はまたも巨大ファイアボールをキャンセル。

 霧散する火球と音もなく消える魔法陣。

 これを確認してから、改めて魔王様に向き直る。

「どうしてもニンゲンを滅ぼさねばなりませんか?」

「当然じゃ。一匹残らず滅ぼさねばならぬ」

「仮に人が滅んだところで、似たようなことは今後とも続くと思いますよ」

「だとしても、我はニンゲンが憎い」

 根の深そうな問題である。

 ただ、今のやり取りで見えてきたものもあった。

「魔王様は随分とニンゲンを憎んでいるようですね」

「当然じゃ」

「しかしながら、傍から眺めていると貴方の訴えは、どれも貴方を今の貴方として育てた聖女様に対する恨みのような気がしてなりません。その憎しみに対して、正当性を与えたいがために、人類全体を憎むように訴えているのではありませんか?」

「……なんじゃと?」

「貴方は文字通り手も足も出ない環境で育てられました」

「…………」

「しかしながら、親に対する反発というものは、子供にとって必ず必要なものです。よほどのこと幸運に恵まれた、或いは能力的に優れた親でないかぎり、これを受け止めずして真っ当な子供が育つことは難しいでしょう。子供も馬鹿ではありません」

 男がオマンコを求めるのと同じだよ。

 反抗期もまた、必要だから来るものだと思うんだわ。

 生物的な意味で。

「それでも貴方に手足があれば、他に経験を重ねて補うこともできたでしょう。世の中の多くの子供たちがそうするように、家庭の外でもまた経験を積んで、一端の人格として本日を迎えることができたでしょう」

「だったら、なんだというのじゃ?」

「人額が形成されるに際して、それら機会の一切合切を失った貴方です。幾百年と一方的な過酷に晒されてきたことでしょう。まさか真っ当な人格が形成されるとは、すみませんが到底思えません」

「……遠回しに我を馬鹿にしているのかぇ?」

「だというに貴方は良心を失っていない。そして、今もこうして自らの力のみから争っている。その事実に私は驚いています。何故に貴方はこれほどまでに過酷な環境に晒されながらも、まっすぐに育つことができたのか」

「…………」

 色々と思惑はあるけれど、本音も交えて素直にお伝えさせて頂いた。

 もしも本当に人類が憎いのであれば、もう少しやり方はあったのではなかろうか。ブサメンを警戒しているだとか、聖女様を優先しているだとか、色々と理由はあるのかもしれない。ただ、それでもこうして言葉を交わす魔王様は、必要以上に理知的だ。

「なんじゃ? そこまで我の足元にある街が大切かぇ?」

「一つ確認したいのですが、よろしいですか?」

「……言うてみよ」

 だからこそ、気になった。

 どうしても、気になった。

「魔王という存在は、記憶を継承するのではありませんか?」

「ふんっ、なにを馬鹿なことを……」

「それは決して確実なものではないかもしれません。しかし、おぼろげながらも、こうであったのかもしれない、といった形で受け継がれているのでは? それは例えば、自らが過去に愛した者たちの……」

「っ……」

 醤油顔の言葉を受けて、不意に魔王様の表情が変化した。

「だ、黙れっ」

「魔王様?」

「黙れっ! 黙るのじゃっ!」

 今の今まで感じていた事柄を素直にお伝えさせて頂いた。するとどうしたことか、途端に魔王様は言葉を荒げ始めた。その表情を眺めれば、少なからず動揺していることが窺える。ブサメンの指摘は、決して的外れなものでもないのだろう。

「魔王様、それはどの程度のものなのでしょうか?」

「知らんっ! ただ我は無性に、無性に貴様らニンゲンが憎いっ!」

「…………」

 嘗ては愛した人に対する愛着が、聖女様への憎悪との間で揺れている。

 みたいな。

 先代の魔王様と先代の勇者様の一件が、意識的にせよ、無意識的にせよ、心の何処かでしこりとなっているのかもしれない。当代の魔王様が、その記憶を自身のものとして感じているのか、他人の記憶として見ているのかは知れないけれど。

 などと醤油顔が彼女に対する意識を改め始めた最中のこと。

「は、話は聞いたわっ!」

 突如として現れたのがエステルちゃん。

 急に声が上がったので、醤油顔や魔王様の意識は声が聞こえてきた側に向かう。すると我々から数メートルばかり距離を離れて、飛行魔法に浮かぶ彼女の姿があった。ネグリジェ姿の為、風にはためく薄生地の下、ビッチボディーのなんと艶めかしいこと。

 また、彼女の傍らにはEXエディタ先生の姿がある。恐らく先生がロリビッチに請われて空間魔法を用いたのだろう。それとなく地上へ視線を向ける。すると大会会場のステージ界隈には、他に見知った姿がチラホラと確認できた。

「そういうことなら、私が任されたわっ!」

「……何の話じゃ?」

「私が貴方の、は、母親になるわっ!」

「…………」

 あまりにもいきなりな立候補だ。

 そこへ至るのに必要なステップを二つ三つと飛び越えてきている。

 っていうか、それ、童貞の悲願。

 ボンキュッボンの娘を養子に向かえて、性的に虐待したかった。

「エステルさん、それは……」

「貴方に必要なのは、信用できる母親よっ! それを私が務めるわっ! も、もちろん、父親は、そ、そ、そこのっ、そこのタナカ伯爵が務めるわっ! それなら、か、かっ、完璧よねっ! 任せてもらえるわよねっ!?」

「お、おいっ、ちょっと待てっ! それはどういったことだっ!? 魔王を退ける策があるから、こうして連れてきたのだぞっ!? それが、は、は、母親だなどとっ! それも父親がその男というのはっ、ど、どういうことだっ!?」

 ロリビッチに迫るよう、EXエディタ先生が吠える。

「誰かが務めなければならない役割だわっ!」

「な、ならば私がっ! 私が務めるぞっ!? 私が母親だっ!」

「っ……」

 先生がぺったんこな胸を張って叫ばれた。

 あまりにも貧相。

 あまりにも貧弱。

 故に興奮する。

「二人とも、ここは危険です。仰ることは分からないでもないですが、今はどうか地上へ戻って下さい。魔王に関しては私が責任を持って対応いたします、ですからどうか、今は堪えて地上へ戻り……」

 暴走気味な二人を窘めるべく口を開く。

 しかしながら、醤油顔の思いは虚しく、更なる声が空に響いた。

「つまりなんだ、魔王は家族の愛に飢えているのだな?」

 魔道貴族だ。

 いや、魔道貴族以外にもいっぱい、見知った面々が現れた。その中央にはキモロンゲの姿があるから、多分、やつが空間魔法を用いて皆を引っ張ってきたのだろう。最高に厄介な魔法だぜ。

「誰が家族愛を求めているじゃと?」

 ギロリと魔王様が魔道貴族を睨みつける。

 これに構わず、声高らかに宣言してみせるのが、キチガイのキチガイたる所以。空に浮かんだまま、一歩を踏み出すように魔王様へ歩み出たところでのアクション。風にはためくマントが最高にかっちょいい。

「そういうことならば、私が祖父を努めようっ!」

 どうやら一連のやり取りは彼らの耳にまで届いていたようだ。

 ロリビッチと先生が大きな声で叫ぶからだよ。

 そんな彼の立ち振る舞いに影響されたのか、他の面々からも声が上がる。

「まあ待つのじゃ、ファーレン卿。貴殿はまだまだ若い。祖父ならば儂のような老いぼれの方が、より相応しいとは思わんかのぅ? お主は叔父辺りで我慢しておくのが良いのではないかな?」

「そういうことならぁ、わたくしは姉ってところかしらぁ?」

「魔王様、私のご主人はこれでなかなか、家族思いの人物でございます」

『ニンゲンという生き物は、ふ、不倫というものをするそうだぞ? 一匹の雄に何匹もの雌が連なるのだそうだ。だから、べ、別に母親は一人ではなくても良いのでなかいかっ!? それにドラゴンの方が、より魔族に近しいっ……かもしれないっ!』

 ここぞとばかりにぶっこんでくる。

 傷ついた魔王様の心を全力で癒やしに来ているぜ。

「だ、黙れっ……」

 腕力でこそ目の前の相手に敵わずとも、彼ら彼女らの行動力は一級品だ。一人の例外もなく癖の強い人物ばかりだけれど、なんだかんだで器の広い人物が揃っている。今更ではあるが、接してみると心暖かな人々だと思う。

 なんかちょっと嬉しいじゃんね。

 援護に魔法を貰うより、よほどのこと嬉しい。

 ということで、醤油顔もこの流れに乗ってみる。

「魔王様、一度我々と共に生活してはみませんか? これまで魔王様が目の当たりとしてきた光景とは、また違ったものが見えてくるかもしれません。そのために我々は、協力することを決して厭いません」

「黙れっ! うるさいっ! 黙れと言っているのじゃっ!」

 ただ、魔王様とて伊達に幾百年と齢を重ねていない。

 それなりにプライドをお持ちである。

 如何に問いかけられたところで、安々と頷くことはないだろう。四十代、五十代の会社員が、若い世代からの改善案を素直に受け入れられないのと同じだ。その為に社の業績が下がり続けたところで、本人にとって問題は、そんな瑣末なことではない。

 人一人のプライドの問題なのだ。人生が掛かっているのだ。万が一にも認めてしまっては、その死生観に至るまですべてが失われてしまう。私のこれまでは何だったのだろうかと自問自答の日々が始まってしまう。

 それが魔王様に至っては、数百年と積もってきた代物だ。

 人類に対する憎しみが今を生きる原動力の彼女にとっては一大事だろう。

「貴様のような恵まれたニンゲンに我の何が分かるというのじゃっ!」

「分からないからこそ、分かり合うための一歩を踏み出すべきなのですよ」

「ぐっ……こ、このっ……」

 それでも一歩を踏み出させて頂く。

 すると慄いたように半歩を下がる魔王様。応じてプルンプルンと揺れる大きなオッパイ。控えめなサイズで隆起した淡いピンク色の乳首が愛らしい。なんと綺麗なのだろう。これが本当の乳首なのかと思い知らされる。

 過去、歌舞伎町の塾で一枚を支払い見たそれは、先っちょが妙に大きく膨らみ、随分と色黒く染まっていた。もちろん、当時の塾生にとっては、それこそが掛け替えのない経験であった。大人になったら、乳首とはそのように成長するものだとばかり。

 それがどうしたことか。

 今なら世界中の裕福層がオーガニック食品を求める理由が理解できる。有機栽培の必要性を熱弁することもできそうだ。食品添加物の危険性を声高らかに叫びたい気分になってしまったぞ。素晴らしきは天然素材。

 養子縁組が成立したのなら、これが自らのモノとなるのか。

 堪らないじゃないか、性的虐待。

「どうでしょうか? 魔王様」

 再三に渡る問いかけ。

 ただ、残念ながらお返事は拒絶一色であった。

「……じゃから、黙れと、黙れと言っておるっ!」

 吠えるように言い放たれた。

 同時に彼女の足元へ魔法陣が浮かび上がる。

 これはいかん。

「エディタさん! 皆さんをお願いしますっ!」

「え? あ、わ、分かった!」

 エルフさんが頷くに応じて、皆々の姿が空から掻き消えた。

 彼女の空間魔法により、エステルちゃんを筆頭として、同所に詰めかけた面々がどこへとも移動する。移動先はまるで知れないが、先生のことだから、きっと良いようにしてくれていることだろう。そこに不安はない。

 舞台は再び魔王様と醤油顔のツーショット。

 間髪を容れず前者の拳が後者に迫る。

「死ねっ! 小五月蝿いニンゲンがっ!」

「っ……」

 まさかやられる訳にはいかない。

 飛行魔法を用いて回避を狙う。斜め後ろに向かい大きく高度を落として対応だ。相手は持続型回復魔法を行使した影響で魔力が枯渇している。空間魔法を使う余地がないことは間違いない。

 その筈だった。

「っ!?」

「ふふんっ」

 だが、気づけば腹部を殴られて、肉体は地上へ向かい真っ逆さま。

 予期せぬ位置まで魔王様が接近していたのだ。

 咄嗟に魔王様のステータスを確認である。



名前:スカ
性別:女
種族:ハイデーモン
レベル:5942
ジョブ:魔王
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LUC:2110001



 魔力が枯渇している。今し方に交わしたトークの間で、空間魔法一回分の魔力を回復したのだろう。それを即座に躊躇なく攻勢へ用いてくる辺り、魔王様もブサメンとの争いに焦っているのだと判断がつく。

 だからこそ二人は、きっと良い感じを試合をしている筈だ。

 ただ、童貞ボディーは凄まじい勢いで落下してゆく。

 衝撃が全身へ伝わると同時に意識は失われた。果たしてどれほどの時間を気絶していたのか。気づけばブサメンは舞台の上に横たわっていた。咄嗟に身体を起こすと、周囲には砕けたステージの欠片が飛び散っている。

 空を見上げれば、今まさに鼻先まで迫った魔王様の姿があった。

 どうやら暗転は数瞬の出来事。

 周囲からは一連のやり取りを眺めてだろう、耳に覚えのある声が聞こえてくる。ただ、腹パンされた側はといえば、これに答えている余裕もない。持続型の治癒魔法の恩恵を受けて肉体は癒え始めるが、続けざまに受けてはそれもどうだか分からない。

「くっ……」

 大慌てに身を横へ転がす。

 次の瞬間、膝蹴りがステージをクレーター状に大きく凹ませた。

「ちぃっ、足りなかったか」

「……そのようですね」

 どうにかこうにか、足を立たせるブサメン。

 できればお手々が良かった。膝よりも拳の方が、ぬくもりを感じる。どうせ倒されるなら、膝よりもお手々の方が良いと切に訴えたい。せめて顔面を捉えた拳の、その指先を唇の粘膜で捉えたい。美女の皮膚に自らの粘液を残したい。

「くたばり損ないがっ!」

「ぐっ」

 魔王様から追撃が向かう。

 かかと落としだ。膝と比較しても愛が三割減。まさかやられてなるものか。ほうほうの体で地を蹴って空へと飛び上がり、姿勢を整える。そんなブサメンの無様を地上から見上げて、魔王様は忌々しそうに舌を鳴らす。

「ちぃっ……」

 美女から舌打ちされるの、やっぱり心に来る。メンタルにダメージ大。ここ数年はそれでも慣れていた筈なのにな。昨今、ぬるま湯につかったような異世界生活で、心の防御力が下がったのだろう。

 しかも、このままだと泥沼である。昨日と同様に魔力を取り戻した彼女に手枷や足枷を嵌められて、タコ殴りにされる未来が見えている。先生の封印魔法という最後の手段も、昨日と同じように決まるとは限らない。

 何か、何かが必要だ。

 魔王様の耐久力を破るだけの決定的な何かが。

 そんな醤油顔の焦りを煽るよう、魔王様が声を上げた。

「我は貴様が憎い。そのような無様な姿格好を日々晒しながら、それでも人との縁に恵まれて、毎日の豊かに過ごしておる。明日も危うい世界で、それでも笑みが絶え間ない。そんな貴様が、我は今更ながら憎くて憎くて、仕方がない気分じゃ」

「そうですか?」

 エディタ先生の指輪を通じて、醤油顔のプライベートを覗き見た結果だろう。

 まさか当代の魔王様が、そんなことを考えているとは思わなかった。

「いいや、貴様に限らん。貴様の廻りの連中もそうだ。どいつもこいつも、酷く前向きで嫌になる。それならまだ、あの女のほうが理解できる。毎日を怯えの中に過ごし、自らを主張することでこれを堪える。酷くニンゲンらしいじゃろう」

「…………」

 ここへ来て、ようやっと魔王様の本音らしい本音が出てきた予感。

 エステルちゃんを筆頭として、つい先程にドラゴンシティの面々から受けた暖かな言葉が、今の今まで頑なに閉ざされていた彼女の心の扉を、少しばかり開いてしまったのかもしれない。やるじゃないかロリビッチ。

 当然と言えば当然の主張である。自分だって彼女と同じ待遇で数百年と育ったのなら、絶対にグレている。魔王様の比ではないだろう。そう考えると、彼女のメンタルの強さは大したものではなかろうか。

「どうして我ばかりが、辛い目に合わねばならんのじゃ?」

「そうですね……」

「そのような理を作ったニンゲンは、不要じゃろう? 要らんじゃろう?」

 同意を求められても困るって。

 こればかりは運が悪かったとしか言いようがない。

 ただ、本来なら子供の泣き寝入りで終わる虐待が、世界を巻き込んで騒動してしまっているから、まったくもってどうしたことか。彼女の運の良さはメイドさんに迫るものだと思ったのだけれどな。

 相変わらず高すぎるLUCは扱いに困る。

「ですが私は、貴方と同じような境遇に晒されながら、自らの力で立ち上がった方を知っております。その方は生まれの不幸から、自身の品位を極限まで落として、しかし、それでも決して努力を怠らず、今を強く生きています」

「……それは貴様の自慢話かのぅ?」

「いいえ」

 ピーちゃんです。

「仮にそのような優れた人格がニンゲンの中に存在したとしても、我の意志は変わらぬ。我をこのように育てたニンゲンという生き物を殺す。一人残らず皆殺しじゃ。もう二度と我のような存在を生み出すことはあるまい」

 魔王様が呟くに応じて、その身体が輝きに包まれる。

 真っ白な光だ。

「っ……」

 咄嗟に距離を取った醤油顔は、その様子を窺う。

 時間にして十数秒ほどだろうか。

 光が収まるに応じて、輝きの向こう側に魔王様の姿が露となる。

「魔王様、その姿は?」

 問いかけた先、彼女の姿は出会って当初のロリータ仕様。大会の決勝戦で出会って以来、延々と眺めてきたダイナマイトボディーとのお別れ。眩い輝きの先に待っていた小さくて可愛らしい姿は、今し方の語りと相まって保護欲を誘う。

 なんて強烈な攻撃なんだ。

 いいや、違う。気を確かに持つべきだロリコン。一度大きくなってしまったロリータなんて、ロリータじゃない。そんな紛い物に惑わされてどうする。いいか息子よ、大切なのは一貫性、一貫性なのだ。父はその重要性を切に説きたいと思う。

「デカい身体では、貴様の魔法の良い的じゃからのぅ」

「なるほど」

 でも父だって気になる。とっても気になる。

 どっちだ。どっちなのだ。

 どちらが魔王様の本当の姿なのだ。

「……ただ、なんかもう面倒じゃ。全てをこの場で終わらせてくれよう」

「魔王様?」

 危なっかしい台詞を呟いたかと思えば、ふわりと魔王様の身体が浮かぶ。

 空を高いところへ向かい、登ってゆく。

 魔力の枯渇した彼女に出来ることはと言えば、肉弾戦が精々だと考えていたのだけれど、他に何か手があるのだろうか。だとしたら、これまた一大事の予感である。自ずと醤油顔もまた彼女の背中を追いかける。

 高度を上げること雲の浮かんだ界隈まで。

 互いに空の彼方で向かい合う形だ。

「このような場所で貴方に打てる手があるのですか?」

「どうやら貴様は大した魔法使いじゃ。他者の魔力を感知する能力にも長けておる。しかしながら、魔力ばかりが力ではない。そのことを貴様に教えてやろう。この世界は貴様が考えているより、多様性に満ち溢れておるのじゃ」

 悠然と魔王様が仰った。

 語りが終えられると同時に、その足元に魔法陣が浮かび上がる。

 彼女の瞳と同じ真っ赤な輝きに描かれたそれは、生じて直後は彼女の身体を収める程度のサイズだった。それがドクンドクンと脈動するように段々と大きくなってゆく。それも凄まじい勢いで規模を増してゆく。

 円形の内側に並んだ文字やら図形やらも規模に応じて複雑なものへ。

 これ絶対にやばいタイプの魔法だわ。

「貴様の街を滅ぼすだなどと、そんなつまらないことは言わん。いっそのこと、この世界ごと全てを終わらせてくれる。大地に二度と生き物が芽吹くことないよう、その全てを凍結させてくれる」

「それは貴方の主張に対して、些か及びが過ぎるのではありませんか?」

「他の誰でもない貴様が言ったじゃろう? 仮に人を滅ぼしたところで、同じようなことは幾らでも繰り返されると。ならば我はその芽を根っこから摘んでみようと思う。そこでは誰も何も困ることはない」

「……なるほど」

 辛かった心の内を吐露したことで、魔王様が自棄糞モードだ。

 少しばかりプライベートに踏み込みすぎたか。

 しかし、魔力が枯渇した状態で、どのように行うというのか。



名前:スカ
性別:女
種族:ハイデーモン
レベル:5942
ジョブ:魔王
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 なるほど。魔力の代わりに体力を用いて、一発決めてやろうという算段らしい。

 思い起こせば西の勇者様もまた、大会の試合で魔力と同時に体力を消費した魔法を放っていた。両者が共に聖女様と接点を持っていたことを思えば、もしかしたら彼女の持ち技の一つなのかもしれない。

 二度、三度と繰り返しステータスを確認してみると、魔法陣が成長するのに応じて、段々と彼女の体力が減少してゆく様子が窺えた。持続型の回復魔法を用いながらも体力の減少が確認できた点から、その消費は想像を絶するものだ。

 或いは今のような状況を想定しての、最後の隠し玉といったところか。

 そう考えると多分、魔王様にとっても苦肉の策なのだろう。

 わざわざ争いを始めるに差し当たって、回復魔法で魔力を枯渇させていない。慎重派な彼女が醤油顔を前に体力を削ってまで放つ。そうした過去の経緯を鑑みれば、そこに込められた思いもまた理解できようというもの。

「……覚悟は良いかぇ?」

「それはこちらの台詞ですよ、魔王様」

 こちらも全力で挑むべきだろう。

 むしろ全力でなければ魔王様の言葉通り、ドラゴンシティは元より近隣一体は大変なことになってしまうのではなかろうか。相手がロリータに戻ったからといって、この場は決して手を抜けないと見た。

 それになにより、彼女に大技を当てる又とない機会だ。

「ぬぅんっ!」

 魔王様から距離を取る共に、根性を入れてファイアボールを呼び寄せる。

 それは過去に二度、発動も間もなく出番を失った超巨大ファイアボール。

 全てを賭けた一投入魂の一撃。

 醤油顔の正面に魔法陣が浮かび上がる。その法線を空に浮かんだ魔王様に向けて、彼女のそれに負けずとも劣らないサイズ感でのご提供。キラキラと黄金色に輝く幾何学図形のなんと頼もしいこと。学園都市と比較しても更に大きいぞ。

 やがて、中央からゴウンゴウンと低い音を響かせて、火球がせり上がってくる。

 一方で魔王様の魔法陣はと言えば、規模拡大が停止すると共に、今度は周囲から光の粒のようなものを集め始めた。同時に輝きの脈動も勢いを増して、ドクンドクンと心臓の鼓動を思わせるテンポとなる。

 早く、早く出てきておくれ、ファイアボール。

 まるで便秘気味なお通じ事情を思わせるブサメンの魔法陣と火球の関係。ダイヤルアップで巨大なエロ動画をダウンロードしているような気分である。もうちょっと、こう、どうにかならないのかこれは。

 互いに睨み合ったまま、じりじりと時間が経過してゆく。

 めっちゃ焦る。

「……ぁ……ぃ……ゃ?」

 魔王様の口が動くのが見て取れた。

 魔法の詠唱とは違うように思われる。どうやら醤油顔に対して、何か語りかけているようだ。しかしながら、いかんせん距離が開けているので、どれだけ耳を澄ませたところで、何を言っているのかサッパリだ。

 かと思えば、不意にその口元へ笑みが浮かんだ。

 応じて彼女の腕が上から下に振るわれる。

 地上の側に浮かんで、彼女を見上げる醤油顔に向けて。

 醤油顔より遥か下、地上に存在するドラゴンシティに向けて。

「ぬぅんっ!」

 時を同じくしてブサメンもまた、ようやっとファイアボールがお目見えした。球体が完全に魔法陣より姿を表した。これを誇る間もなく、醤油顔は即座に魔法を撃ち放つ。彼女の腕が降ろされるに併せて、自らの両腕を正面へ突き出す。

 魔法の行使は同時だった。

 魔王様の魔法陣がひときわ強く輝いたかと思いきや、その中央から巨大な光の柱が地上を目掛けて降り注ぐ。ドラゴンシティを飲み込んで余りある太さである。その進行方向に位置するのが、今まさに動き出したファイアボールである。

 二つの魔法が、向かい合う両者の中程辺りでぶつかった。

 その瞬間、凄まじい轟音が響いて、世界が真っ白な輝きに包まれた。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 ドラゴンシティの上空に、とても大きな魔法陣が浮かび上がりました。

 街を含めて周囲一帯を覆うほどの大きさです。

 それが上下に二枚重なり合う形で、空の高いところに位置しております。

「っ……」

 メイドがこれを目撃したのは、タナカさんの下を目指して、必至に駆けている最中のことでした。今まさに駆けている私の向かう先、空に突如として現れた次第です。その足を止めるのに十分なものでしょう。

 学のない町娘でも理解できます。タナカさんと魔王様の魔法に違いありません。

 他に街を行き交う方々もまた、空を見上げていらっしゃいます。今度は何が起こるのだとざわめきも一入です。不安げな声がそこらかしこから聞こえてきます。誰も彼も、その顔には悲壮感が溢れております。

 あれこれと言葉が飛び交っております。

 皆々が注目する只中、上と下で向かい合わせとなる魔法陣の下の方に変化がありました。その中央から段々と迫り出すよう、巨大な炎の塊が生まれてまいりました。あまりにも巨大な炎のかたまりです。

 これに遅れることしばらく、上の方の魔法陣もまた輝きを増してゆきます。

「…………」

 逃げる事も忘れて、メイドはその行く先を眺めておりました。

 やがて、その時はやって参りました。

 上の方の魔法陣から、目を覆いたくなるほどの光が発せられました。それは魔法陣から発って、我々の所在する街に向かい、真下に伸びる帯状の光でございます。

 一方でこれに臨むべく、下の方の魔法陣から火球が発せられました。

 数瞬の後、両者が接するに応じて、一帯には閃光と轟音が響き渡りました。

「っ……」

 タナカさんと知り合って以来、多少なりとも魔法には触れてきたつもりではありました。しかしながら、今回ばかりはその一切合財が吹き飛ぶほどの衝撃でござました。身体が、世界が、全てがビリビリと震えております。

 なんて恐ろしいのでしょう。

 咄嗟に目を瞑って、その場にしゃがみ込みたい衝動に駆られます。

 そんなメイドの足元に、ふと、自分以外の誰かを見つけました。

「キューン? キューン?」

 ヌイさんです。

 それも一匹ではなく、幾匹も連なったヌイさんたちが、メイドの足元にいらっしゃいました。先頭に立った方に関しては、私も見覚えがあります。大会に出場していたヌイさんではないでしょうか。

 彼に率いられる形で、多くのヌイさんたちが並んでおります。

「キューン?」

 そして、彼ら彼女らは一様に、メイドの顔を見上げるように眼差しを向けておりました。正直、私には彼らの言葉が分かりません。何を喋っているのかサッパリです。しかしながら、今この瞬間、感じるところがありました。

 ヌイさんたちは、まるでメイドの意志を窺っているようでありました。

 ここで震えて、しゃがみ込んで、引っ込んで、そのまま終わるのかと。

 皆さまの頑張っている姿を眺めて、それで満足なのかと。

「…………」

 ええ、そうですね。

 こんなところで止まっている猶予はございません。

 私には行うべき使命がございます。

 ヌイさんたちには大変申し訳ありませんが、指示をさせて下さい。私のような端女にどうこうされるのは甚だ不本意かもしれません。しかしながら、今のメイドには達せねばならない欲望がございます。

 これを為さずして死ぬことは出来ません。

「ヌイさん、協力してくださいっ」

「キューン?」

「タ、タナカさんを助けに行きますっ!」

「キューンッ! キューンッ!」

「こっちですっ!」

「キューーーンッ!」

 一刻も早く、タナカさんに生搾りをお届けです。

 これをお届けせずして、メイドは今生を終えることなど出来ません。



◇◆◇



 気づけばブサメンは大会会場のステージに横たわっていた。

 両手両足には昨日も嵌められた光の輪っかが輝いている。これを嵌められてしまうと、身動きが取れないから困る。近くにメルセデスちゃんの肉便器の姿を探すけれど、残念ながら見つけることはできなかった。

 いや、むしろそれで良かったのかもしれない。

 今のタイミングで彼女が現れたら、速攻で魔王様に殺されてしまうだろう。

「……また、我の勝ちじゃ」

 瞳を開いた先には、自らの足で立つ魔王様の姿がある。右手と右足を失い、辛うじて飛行魔法に身体を浮かせる姿は、満身創痍を絵に描いたようだ。どうやら彼女もまた、決して余裕のある決着ではなかったのだろう。

 またも紙一重の敗北であったようだ。

「どうやらそのようですね」

 彼女は醤油顔の頭の辺りに立っている。

 こちらを見下ろすように立っている。

「これで貴様は終わりじゃ」

「…………」

 確かにこれ以上はどうにもならないような気がする。

 日を改めて挑んでも、また同じような結果になってしまう気がする。ゴッゴルちゃんの言葉ではないけれど、ああまでも言われてしまうと、どうしても自分の限界というものを感じてしまうのだよ。プラシーボってヤツだ。

「どうした? 恨み言の一つでも言わんのかぇ?」

「……貴方のこれからの人生に、幸が多いことを祈っていますよ」

「っ……」

 大人しく呟いて瞳を閉じる。

 せめて最後は苦しまずに逝かせていただきたい。

 などと考えた矢先のことだった。

「タ、タナカさんっ!」

 ふと耳に心地よいサウンドが響いた。

 まさか聞き間違えることはない。それは愛すべきメイドさんが醤油顔の名を呼ぶボイス。閉じたばかりの目を開いて声の聞こえてきた側に意識を向ける。唯一、自由となる首を動かして視界を改める。

 すると、そこには間違いなくソフィアちゃんの姿があった。

 彼女の周りには他にヌイの姿ある。それも一匹ではない。数匹からなるヌイが彼女を囲っていた。ぐるるると魔王様に対して威嚇の姿勢を示す様子は、きっとメイドさんのことを守ってくれているのだろう。

「……なんじゃ、貴様の女かぇ?」

「そうであったのなら、どれほど嬉しいことでしょう」

 魔王様からの問いかけを受けて、思わず本音がぽろり。

 そうした我々のやり取りなど知らず、メイドさんが吠えた。

「ヌ、ヌイさんっ、どうかお願いしますっ! これをタナカさんの下へっ!」

 彼女は言葉を発するに応じて、肩に掛けたカバンを開き、その内側を勢い良くぶちまけた。カバンから放られたのは、内側に黄色い液体を湛えたグラスである。幾本ものグラスが、勢い良く空宙に放り出された。

 それを一斉に動いたヌイたちが、自らの口に加えてキャッチ。

 かと思えば、凄まじい勢いで走り出した。

 それも魔王様と醤油顔の側に向かってである。ある個体は右側から迂回するように。またある個体はまっすぐに一直線に。またある個体は右へ左へとジグザグに移動しながら。様々なルート取りで向かってくる。

「この期に及んでポーションの類いが何の役に立つ」

 これに魔王様は迎撃の姿勢を見せる。

 口では適当を語りながらも、迫るヌイたちに向かい駆けた。

 これはイカンぞ。

「ヒールっ!」

 醤油顔はメイドさんを含めて、ヌイたちに持続型の回復魔法を行使。その全てに向けて、持てる限りの魔力を用いて、兎にも角にもヒールである。奴らはスラム街を破壊する忌々しい存在だが、同時にドラゴンシティの住民でもある。

「ええい、ちょこちょこと面倒なっ!」

 魔王様が腕や足を振るう都度、ヌイたちが吹っ飛んでゆく。

 醤油顔を目指すヌイたちと、これを阻むように動く魔王様。まるで陣取りゲームのようだ。もしも万全の魔王様であれば、全ては一撃で済んだことだろう。しかし、現在の魔力も体力も枯渇した彼女には、それなりに重労働のように映る。

「キャインっ!」

「キューン……」

「キュ、キュゥン……」

 しかし、それでも着実に数を減らしてゆくヌイ。

 一方で段々と怪我を癒やしていく魔王様。今の今まで欠けていた身体が、時間の経過とともに癒えていく。このままでは数分と掛からず元あった通りだろう。おかげで一匹として、ブサメンの下までたどり着く個体は現れない。

 パリンパリンと、ヌイの咥えたグラスの割れる音が界隈に響いては聞こえる。

「これで終わりじゃっ!」

「キュゥゥーーーーンッ!」

 そして、最後の個体が魔王様の腹パンにより吹っ飛んだ。

 ただただ申し訳ない気持ちが溢れてくる。

 手も足も出ないのが悲しい。

 そうして自身の無力さを改めて思い知らされている最中のことだった。

「タナカさんっ、こ、これをどうぞっ!」

「え?」

 凄く近いところからメイドさんの声が聞こえてきた。

 大慌てに首をひねると、すぐ隣に彼女の姿があった。

 不細工な頭部の傍らにしゃがみ込んで、ヌイたちが咥えていたものと同じグラスを、ブサメンの口元に差し出して下さっていらっしゃる。もしかしなくても、彼女もまた必至に頑張ってくれていたようだ。

 やるじゃん、メイドさん。

 恰好いいよ。

 おかげでスカートの内側、太モモが至近距離から丸見えである。圧迫されたことによりムチムチ感の増した太モモは最高だ。お肉がギュッと寄った感じが堪らない。更にその奥には、お肉の移動により生地の張ったオパンツが丸見えである。

 生地が張っているから、それはもう食い込んでいる。

 その形が手に取るように分かるほど、圧倒的な食い込みを感じる。

「あの、く、く、口を開いてくださいっ!」

「なっ!? このっ、む、むすめぇっ!」

 メイドさんに気づいた魔王様が踵を返す。

 しかし、それよりも早くブサメンのお口へポーションが注がれる。異性に手ずから飲食物を口に運んでもらうなんて、離乳食を終えて以来の快挙である。しかもそれが、本人の膀胱より生成された代物だとすれば、あぁ、なんだろう。

 生きなければ。

「……ん」

 ゴクリ、醤油顔はメイドさんのラブポーションを飲んだ。

 喉の鳴る音が、妙に大きく響いては聞こえた。

「死ねぇっ!」

 間髪を容れず、魔王様からの一撃が迫る。

 倒れた醤油顔の腹部を目掛けて、渾身の腹パンが放たれる。

 すると何を考えたのか、メイドさんが中年野郎の上に覆いかぶさった。オッパイの柔らかな感触が腹部に与えられた。まさか、そんなまさか、あの面食いのメイドさんが、こんな不細工野郎の為に、身を挺してまで動いてくれるというのか。

「ソフィアさんっ、逃げて下さいっ!」

 彼女を巻き込んではいけない。

 その身体を移動させるべく、飛行魔法を行使しようと考えた。

 だが、これを為す直前のこと――

「ギャッ……」

 腕を伸ばせば触れられるほどまで接近した魔王様の傍ら、不意に人影が生まれた。人にしては些か小さなシルエット。これが目にも留まらぬ勢いで動くと同時、彼女の肉体が右から左へ、勢い良く吹っ飛んでいった。

 動作の収まりから、辛うじて今の一撃が剣戟であったと判断する。

 そして、改めて確認した相手の姿はと言えば――

「……ダイジョウブカ? ニンゲン」

 薬草ゴブリンである。

 マジかよ。

 その姿は最後に別れてから、これといって変化をしたようには見られない。手にした剣も首都カリス近郊の森で確認したものと変わりない。ロリビッチやアレンのように立派な防具を装備することもなく、ごく一般的なゴブリンスタイル。

「え、ええ、ありがとうございます。おかげさまで助かりました」

「カセヲ、ハズシマス」

 傍らには妹さんの姿もある。

 短く呟いた彼女が、醤油顔に向けて両手のひらを掲げた。すると、どうしたことだろう。今の今まで中年ボディーを拘束していた光の輪っかが、音もなく滲み始めたかと思えば、いとも霧散しては消えた。

 ちょっとちょっと、妹さんも凄いじゃないですか。

「ありがとうございます。九死に一生を得ました」

「イ、イエ……タスケテ、モラッタ……オカエシデキテ、ウレシイデス」

「いえいえ、そんな滅相もない」

 もしかしたら勘違いかも知れない。けれど、ブサメンには台詞に併せて妹さんが、ニコリ、小さく笑ったような気がした。

 ただ、その表情は凄く辛そうだ。ハァハァと息切れを起こしてしまっている。魔王様の枷を外すのに、かなり魔力を使ってしまったのではなかろうか。

「え、あ、あの、タナカさん……こちらの方々は……」

 一方で慌てに慌てているのがメイドさんである。そりゃそうだろう。いきなり乱入してきたゴブリンが、一撃で魔王様を吹き飛ばしたのだから。醤油顔だって、今まさに現在進行系で驚いている。軽く混乱している。

 これはステータスを確認せざるを得ない。



名前:ランスロット
性別:男
種族:ゴブリン
レベル:1861
ジョブ:獣王
HP:18918811/18918811
MP:190177/190177
STR:5032300
VIT:4100392
DEX:901001
AGI:4010310
INT:210001
LUC:1108291


名前:カタリナ
性別:妹
種族:ゴブリン
レベル:1917
ジョブ:獣后
HP:1501280/1501280
MP:20817162/120817162
STR:13923
VIT:202092
DEX:1092821
AGI:201928
INT:9181902
LUC:903827



 ツッコミどころ満載である。それでも一つ指摘するとすれば、お兄ちゃんの肩書がヤバい。思わず新たなる物語を感じてしまいそうになるぜ。しかもこの急成長、どれだけ修羅場を経験してきたんだよって。

 首都カリスのクエストで仲良くしておいて良かった。本当に良かった。心の底からそう思うよ。でなければ、きっと今頃は魔王様と共に三つ巴の争い。或いは二人の王がタッグを組んでの人類フルボッコとなっていたことだろう。

「ゴブリン風情がっ!」

 そうこうする内に魔王様が復活のお知らせ。

 お兄ちゃんに向かって一直線。

「グ……」

 振り上げられた拳を剣で受け止める薬草ゴブリン。

 しかし、どうやらパワーは相手の方が上のようだ。ジリジリと交替を余儀なくされている。レベル的にもステータス的にも魔王様に分がある。消耗していてもこの威力、伊達に五百年も育っていないということだろうか。

 だからこそ攻めるなら、魔王様が弱っている今しかない。

「魔王様、ここまでです!」

「だ、黙れっ……」

 その為にはやはり、どうしても火力が必要だ。

 彼女の耐久力を突き破るだけの一撃が。



パッシブ:
 魔力回復:LvMax
 魔力効率:LvMax
 言語知識:Lv1

アクティブ:
 回復魔法:LvMax
 火炎魔法:Lv250
 浄化魔法:Lv5
 飛行魔法:Lv55
 土木魔法:Lv10

残りスキルポイント:5



 よっしゃ、来てる。来てるよ、スキルポイント。

 一連の踏ん張りで多少はレベルアップしたのだろう。以前と比較しては、そう大したポイントでない。しかしながら、メイドさんのラブポーションをゴクゴクした後なら、この僅かなポイントにさえ、確かな意味があるように感じられる。

 今のブサメンは、きっと誰にも負けない。



パッシブ:
 魔力回復:LvMax
 魔力効率:LvMax
 言語知識:Lv1

アクティブ:
 回復魔法:LvMax
 火炎魔法:LvMax
 浄化魔法:Lv5
 飛行魔法:Lv55
 土木魔法:Lv10

残りスキルポイント:0



 人生において大切なのは、いつだって極振りである。

 何かを極めようと思ったら、きっと人の命というのは全然足りなくて、二つも三つも手を出せして成果を出せる人は稀有である。だからこそ凡人極まるブサメンは、これで良かったのだと、大手を振って魔王様へ挑める。

「ぬぅんっ」

 醤油顔が唸るに応じて、正面に魔法陣が浮かび上がる。

 それは酷く凡庸なものだった。

 直径は大人が両手を広げた程度だろうか。これまで放ってきたものと比較すると、小さくて頼りない。真っ赤な輝きに描かれたそれは、こちらの世界を訪れて当初、初めて用いたファイアボールと似ている。

「撃つのかっ!? 撃つならば、このゴブリンも巻き込むことになるぞぇっ!?」

 切羽詰まった魔王様が薬草ゴブリンの兄を視線に指し示して言う。

 これに答えたのは妹さんだ。

「ワ、ワタシトアニヲ、シンジテクダサイッ」

「承知しました」

 兄ラブな妹さんが仰るのであれば間違いはないだろう。

 伊達に后していない。

 きっと旅の過程で一線を超えてしまったのだろうな。

 おかげで醤油顔は、何ら憂いなく一撃へ挑むことができる。

「っ……」

 顔面蒼白となった魔王様。そんな彼女を煽るように、ブサメンが生み出した魔法陣の正面に炎が灯った。それは真っ黒な炎だった。拳ほどの大きさで灯った、極々小さな真っ黒い火球だった。ひと目見て身体に悪いだろうと感じる。

「な、き、貴様っ、それはっ……」

 殊更に驚く魔王様。

 そんな彼女に自らの素直な気持ちをお伝えさせて頂く。

「魔王様、どうか次の廻りでは、幸せになって下さい」

「っ……」

 妹さんに目配せをする。

 彼女のおかげでブサメンは、遠慮なくそのフレーズを口に出来る。

 最強魔法だぜ。

「ファイアボール」

 次の瞬間、お兄ちゃんの姿が魔王様の正面から消えた。

 まさかの空間魔法である。

 時を同じくして、目にも留まらぬ勢いで飛び出した火球がロリータの身体を捉えた。着弾と同時にその表面を黒い炎が覆っていく。小さな身体は瞬く間に包まれて、炎の向こう側に閉ざされてしまった。

 他へ飛び火することなく、ただただ魔王様の肉体だけを焼いていく。

「あ、あっ、あぁぁぁぁああああああああ!」

 近隣一体に断末魔が響く。

 およそ少女らしからぬ奇声だろうか。

 ただ、それも僅かばかりのことだった。

 声は段々と小さくなり、やがては聞こえなくなる。

「…………」

 反応は早々に失われた。

 やがて、役目を終えたとばかり、炎の猛りが失われると、そこには何も残っていなかった。時間にして数分と要さない間の出来事である。あれだけ粘りに粘ってみせた魔王様が、しかし、骨のひとかけらも残すことなく、完全に焼失していた。

 あまりにも呆気ない最後である。

「っ……」

 かと思えば、虚空より滲み出るよう何かが生まれた。

 それは白く淡い輝きを放つ光の塊であった。

 静止していたのは束の間のことである。光はまるで大砲から打ち出された弾のように、凄まじい勢いで空に向かい飛んでいった。すわ魔王様の第二形態が降臨かと、ブサメンと薬草ゴブリンの兄妹は咄嗟に身構える。

 しかし、どれだけ待ったところで、それ以上の反応はなかった。

 なんだったのだろう。

 疑問も一入。

「…………」

 ただ、それでも一つ、理解できることがある。

 ようやっと我々は、魔王様に勝利したようだった。

 その直後のこと。

「……ぁ」

 緊張の糸が切れたのだろうか。

 フッと目の前が真っ暗となり、醤油顔の意識は失われた。
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