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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫
128/131

魔王 四

活動報告を更新しました。

 執務室の中ほどに立って身を震わせるメイドさん。

 その姿に居合わせた誰もが注目している。

 メルセデスちゃんの尿が入っている発言により、同所での話題は完全にメイドさんの下へ移っていた。入っているなら入っているで、醤油顔にだけ後でコッソリと教えてくれれば良いものを、何故に声高らかとグローバルキャストしてしまったのだ。

「何を考えて尿などいれたのだ! 答えろ、メイドっ!」

 ハァハァと息も荒く、頬を高調させる近衛レズ。

 完全に趣味に走った詰問である。

 同好の士だから分かる。

「まあまあ、落ち着いて下さい、メルセデスさん。そうだと決まったわけではありませんし、何かしらの手違いがあったのかもしれません。貴方の舌に文句を言うつもりはありませんが、今この場で交わす話ではありませんよ」

「いいや、話すべきだっ! 尿だぞっ!? 尿っ!」

「いえ、ですから……」

 この子、皆の前で尿って叫びたいだけなんじゃないか。

 心なしか嬉しそうだし。

「白状しないというのであれば、あのゴッゴル族に判断させよう」

「っ……」

 続けられた近衛レズの発言にメイドさんの身体が大きく震えた。

 これはもう間違いないですわ。

 しかし、そうなってくると大切なのは動機である。

「…………」

 こうして考えると、今まさにメルセデスちゃんが呟いたところは、非常に魅力的な提案である。メイドさんから嫌われていて、嫌がらせで、とか、そういう背景があったりしたら、あぁ、今すぐにでも暗黒大陸あたりに引きこもりたくなる。

 しかし、なんだろう。ブサメンは違和感を覚える。

 高LUC持ちのメイドさんが、このような形で哀れを晒した事実に。

「おいっ! あのゴッゴル族はどこへ行ったんだ!?」

「ロコロコさんでしたら、流石に人が多いので自室での待機を……」

 お願いしています。

 そう続けようとしたところで、不意に執務室のドアがノックされた。コンコンコンと、乾いた音が室内へ妙に大きく響いた。この部屋を訪れるような人物は、既に誰もが集まっているので、些か気になる来訪だろうか。

 はてさて誰だろう。

「はい、どちら様ですか?」

 醤油顔が代表して受け答え。

 すると、帰ってきたのは今まさに話題へ上がった人物の声だ。

「……話がある」

 抑揚の小さな少し低めのラブリーボイス。

 間違いない、ゴッゴルちゃんである。

 急にどうしたのだろう。もしかして、一人が寂しくて、やって来てしまったのだろうか。可能性は非常に高いぞ。今の今まで、ドアの向こう側で聞き耳を立てていたとか、少し切ない感じの光景が思わずおっきする。

 醤油顔が廊下の側へ向かい歩むのに応じて、出入り口の側に立っていた面々が、自分と入れ替わりで部屋の奥の方へ移動する。ドアの周りに十分なスペースが生まれたことを確認して戸を開いた。

 すると廊下には、想定通りの人物が。

「どうされました? このような夜更けに」

「貴方との約束を破りに来た」

 そのお顔を目の当たりとして、心癒されたのも束の間のこと。いきなり物騒な物言いではないか。自ずと醤油顔もまた身構えてしまう。彼女と交わした約束は決して多くないから、その指し示す内容は自ずと及びがつく。

 どうしてしまったのだい、ゴッゴルちゃん。

「……何か私の対応に問題が?」

「ちがう」

「となると、他に何か不満などありましたか?」

「…………」

 なんだろう。

 普段から言葉の少ない彼女だけれど、今この場に限っては殊更に反応がよろしくない。こう見えて割とお茶目なゴッゴルちゃんだから、冗談の類も考えられない訳ではない。ただ、それにしては雰囲気が硬いのが気になる。

「ロコロコさん?」

 再三に渡り問いかけると、反応があった。

「今の貴方に足りないものを伝えに来た」

 なにそれ。ちょっと唐突過ぎやしないだろうか。

 いきなりの啓示に慄いてしまうのだけれど。

 自身に足りないモノと言えば、それはもしかして、ブサ専でお股ユルユルな上に、惚れた男へ一心不乱に尽くすタイプの若くて可愛い処女だろうか。それなら納得である。今まさに不足している。絶対的に足りていない。

「……その幸の薄さを補うなにか」

「っ……」

 今晩のゴッゴルちゃん、いつになくマジですわ。

 その力強いワードを受けて、思わず心がハイゴッゴル。

 心持ちを改めて、お伺いさせて頂く。

「詳しく伺っても良いですか?」

「……よい」

 厳かにも頷いたゴッゴルちゃん。

 周囲は完全に置いてけぼり。誰もが疑問の眼差しで褐色ロリータさんを見つめていらっしゃる。ロリゴン辺りなど、ぐるるると喉を鳴らして警戒の色も濃い。そうした部屋の雰囲気を受けてだろう、自ずと面々の中から声が上がった。

「ちょ、ちょっと、何の話をしているのかしらっ!?」

 エステルちゃんだ。

 対するは、いつになく強気なゴッゴルちゃん。

「黙って聞く」

「っ……」

 その言葉を耳として、ロリビッチも続く言葉を失った。

 平素はどこかふわふわとした褐色ロリータさんだけれど、今この瞬間に限っては違うと理解したのだろう。万が一にも逆らったのなら、力技に出かねない雰囲気が漂っている。だけれども、その理由がサッパリだ。

 願い請うように彼女を見つめる。

 教えて、ゴッゴルちゃん。

 すると次の瞬間、その口が動いた。

「メイドの尿を飲む」

「…………」

 ゴッゴルちゃんまで何を言っているのだろう。

 メルセデスちゃんの病気が感染ったのだろうか。

 それだけは勘弁して欲しい。

 とても悲しくなる。

「……それは違う」

「すみません、理由を詳しく説明して頂いても?」

 場をとりなすよう問いかける、すると彼女はつらつらと語り始めた。

「これまで貴方が私にしてくれた色々なお話と、貴方の心を読んで私が得たところ。その二つを噛み合わせると、自ずと見えてくるものがある。それは魔王を打倒する上で非常に有用なもの。ただ、それを説明する為には、貴方との約束を破らなければならない」

 ゴッゴルちゃんの言葉を受けて皆々の表情が強張った。

 シリアスな褐色ロリータさんも可愛い。

 クールな眼差しが普段以上に魅力的である。

 細かいことはどうでもいいから、逆レイプされたい。

「ロコロコさん、それは……」

「今は話を聞いて欲しい」

 語る彼女の声色は、普段と比較しても殊更に低かった。

 だからだろうか、他の面々もまた耳を傾ける。

 皆々からの注目を一身に浴びて、ゴッゴルちゃんは言った。

「メイドの幸運は、伝搬する」

 それは醤油顔だけが知っているメイドさんの秘密。

 きっとメイドさん本人も知らない秘密。

「貴方の不幸は、そこのメイドの幸運によって、常日頃から補われてきた。そこの貴族の娘、貴方はきっと知らない。このニンゲンは酷く不幸で不安定な存在。放っておけば、きっと一年足らずで干からびてしまうほどに」

「ちょっと、そ、それはどういうことかしらっ!?」

「言葉どおりの意味」

「……ロコロコさん、それはまさか」

 十中八九でステータスウィンドウの値を参照していらっしゃる。

 マイナス値へ至ったLUC値だ。

 しかし、ブサメンはブサメンで今日まで生き長らえてきたのだが。

 そもそも伝搬ってなんだろう。

「このニンゲンは本人が知らぬ間に、メイドの体液を摂取することで、今日まで生き長らえてきた。その事実を理解することなく、自らの不幸を意図せず補ってきた。だからこそ、貴方は今もこうして生き長らえている」

「…………」

 っていうか、それってつまり、ソフィアちゃんの心とか読んじゃってるじゃん。

 こうしてひとつ屋根の下で生活をしていれば、ふとした瞬間に読んでしまうこともあるのかもしれない。しかし、それを口とすることは、醤油顔との約束の上で、絶対にしないと取り決めていた。

 だからこそ、約束を破りに来た、なのだろう。

「そこのメイドは、この者に対して日常的に尿を飲ませてきた」

「っ……」

 全力で暴露。

 メイドさんの表情が強張る。

 顔色は最悪だ。

 真っ青だ。

 次の瞬間にでも倒れてしまいそう。

 ただ、ここでゴッゴルちゃんからフォローが。

「それもこれも、このニンゲンのため。このニンゲンは強力な魔力の代償として、世界から拒絶されている。人の世の幸という、目に見えない咎に縛られている。そして、本人にはこれに抗う力がない」

 なんか、それっぽい台詞で補ってくださったの嬉しい。実情はどうあれ、悲劇のヒーローっぽい感じがイカしてる。最高に格好いい。ただ、常備薬がメイドさんのオシッコっていうのは、残念な気がしないでもない。

 謎の機関が作った薬剤とか、そういうのが定石だと思うのだけれど。

「そして、その影響は日に日に強くなってきている」

「…………」

 レベルアップに伴う、マイナス成長を指してのことだろう。

 ただ、思い起こせば的を射た発言だ。LUCがマイナスへ至って以後、ドラゴンシティに所在している最中と外出している間では、幸の是非に差異があったように思える。それは例えば学園都市然り、大聖国然り。

 そして、ドラゴンシティに居るとき、醤油顔の傍らにはいつもメイドさんと、メイドさんの煎れてくれたお茶があった。

「ゴッゴルさ……」

「そこの貴族、これを飲む」

 ゴッゴルちゃんの腕が動いた。

 気づけばメルセデスちゃんの手から、飲みかけのカップを奪っている。

 メイドさんが煎れてくれたお茶の僅かばかり残ったカップだ。

「の、飲むって、それは、そ、あ……そ、その……」

 一連の流れを受けては流石のロリビッチも表情が硬い。ここまで語られたのなら、カップに混入された液体を疑うこともない。まず間違いなく入っているのだろうという確信が、その眼差しからも窺える。

 ただ、有無を言わさずゴッゴルちゃんはカップを押し付ける。

「飲む」

「……わ、分かったわ」

 覚悟を決めた様子で、カップを受け取るエステルちゃん。

 彼女は手にするや否や、スッとそれを口に運び、一息に飲み干した。幾ら仲良しとはいえ、同性のオシッコごくごくとか、ロリビッチ凄いわ。尊敬するわ。もしも自分がゴンちゃんやノイマン氏のを飲めとか言われたら、絶対に嫌だもの。

 想像しただけで口の中がマッスルで溢れてきたぞ。

「…………」

 皆々の注目が集まる。

 ゴクリ、全てを飲み干したところで、ロリビッチが呟いた。

「……これ、本当に入っているの?」

 きっと風味が足りなかったのだろう。

 気づけたメルセデスちゃんは本物のおしっこソムリエである。

「自らの身体で理解する」

「っ!?」

 間髪を容れずゴッゴルちゃんが動いた。

 エステルちゃんに向かい、拳を振り上げたのだ。如何にレベルアップを続けているロリビッチだろうと、褐色ロリータさんの一撃を受けては無事では済まない。人類と人外、両者の間には決して越えられない壁が存在している。

「ロ、ロコロコさんっ!」

 醤油顔は動く。ロリビッチを守るべく動く。

 ただ、これと時を同じくして、それは起こった。

 パリンとガラス窓を割って、屋外から屋内に何かが飛んできた。これがエステルちゃんの後頭部に当たった。おかげでロリビッチはそのまま前のめりに倒れる羽目となり、ゴッゴルちゃんの拳の軌道から、彼女の肉体を外した。

 頬を狙った拳は空を切った。

「っ!?」

 ロリビッチの頭部に当たったそれは、勢いを失ったところでゴトリと硬い音を立てて床に落ちた。何事かと皆々の見つめる先、そこにはトンカチが。窓ガラスを破って飛んできたのは、どうやらトンカチのようであった。

「……エステルさん、大丈夫ですか?」

 ヒールなどお見舞しつつ訪ねてみる。

「な、なにが……起こったのかしら? 凄く痛かったのだけれど……」

「そこに落ちているものが、貴方の頭に直撃しました」

「……トンカチ?」

 流石の彼女も状況を理解しかねている。

 すると、ややあって廊下の方から忙しない足音が聞こえてきた。ドタバタと酷く慌てた様子で人の駆ける気配が伝わってくる。今度は何事かと、皆々の視線が部屋の出入り口の側に向かう。

 開かれたままのドアから姿を表したのは黄昏の団のモヒカンだ。

「す、すんませんっ! 誤ってトンカチ、飛ばしちまいましたっ!」

「…………」

 どうやら犯人は彼のようだ。

 しかし、何故にトンカチ。

 疑問に思ったところで、モヒカンは酷く慌てた調子でつらつらと。

「魔王打倒の祝賀会の為に、垂れ幕の掛け板なんぞ作らせて頂いていたんですが、す、すいやせんっ! 本当にすいやせんっ! お怪我をされた方ぁ、いやせんでしょうか!? ま、ま、窓はすぐに直しやすんでっ!」

 なんだよ、ちょっと気が早いけれど、良い奴じゃん。

 そんなこと言われたら、怒ることも出来ないし。

 ただ君、位置的にゴッゴルちゃんに心を読まれているぞう。

「だ、大丈夫よ。誰も怪我はしていないから、今日のところは戻りなさい。窓の修理も明日以降で構わないわ。ただ、今後は十分に注意して作業に当たってもらえると、私たちとしても嬉しいわね」

 どうやらエステルちゃんも童貞と同様の判断を下したらしい。頬をヒクヒクと震わせながらも、自ら便宜を図ってみせる。なんだかんだでこうして筋を通してくれるから、良い女なんだよな。縦ロール辺りだったら、絶対にピーチクパーチク騒いでただろう。

「う、うすっ! 本当に、本当に申し訳ありやせんでしたっ!」

 部屋に居合わせた面々の視線も手伝ってだろう。モヒカンは大仰にも頭を下げると、脱兎の如く部屋から逃げていった。バタンとドアが閉じられるに応じて、ドタバタと足音が去ってゆく。

 その気配が戸口の向こう側、窺えなくなったところでゴンちゃんが呟いた。

「どうやら、冗談を言ってる訳じゃないようだな……」

「う、うむ。そのようだな」

 魔道貴族さえもが頷いている。

 改めて見せられると、事情を知る醤油顔でさえ圧倒されてしまった。

 きっと場に居合わせた誰も彼もが、同じような心持ちだろう。

「これが、そこのメイドの備えた力……」

 ソフィアちゃんのお汁、凄い。

 これなら或いは、もしかしたら、もしかしてしまうかもしれない。

「可及的速やかに経口摂取する。そうすれば、きっと魔王も倒せる」

 淡々と呟くゴッゴルちゃんの声が、やけに大きく部屋に響いては聞こえた。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 人は何故、排泄という行為を忌諱するのでしょう。

 私には分かりません。

 他の多くの生き物にとって、排泄とは生きていく上で大切な手段の一つです。それは例えば老廃物を対外へ排出する以外にも、縄張りを主張する為であったり、異性に対する求愛の為であったり、非常に様々な形で用いられます。

 いずれも無くてはならない行いです。誇ることはあっても、決して忌諱することはございません。しかしながら、我々人間は排尿という行為を得てして隠したがります。その行為自体から距離をおきたがります。

「ちょっとぉ、まだまだ量が足りないわよぉ?」

「っ……」

「このままだと全員分が出る前に夜が明けてしまうわぁ」

 今、メイドは町長さんのお宅で、トイレに篭っております。

 それもこれも偏に排尿を為すためです。

「ソフィ! お水を持ってきたわよっ!」

 トイレの前ではエステル様と縦ロール様が控えて、ドア越しに私の面倒を見て下さっております。かれこれどれくらいの時間を、こうしてトイレに篭っているでしょうか。飲水と排尿を延々と繰り返しております。

「あの、エ、エステルさま、もうお腹がたぽんたぽんで……」

「辛いとは思うけれど頑張って! 貴方の肩に人類の未来が掛かっているわ!」

「肩ではなく尿袋じゃないかしらぁ?」

「…………」

 百歩譲って私の肉体に何かしら、皆さんにご協力できる力が備わっていたとしましょう。しかしながら、そういうのは普通、こぼれた涙の粒が万病を癒す薬の材料になるとか、そういう感じで実現するものではないのでしょうか。

 そういう感じだったら、ええ、断然ありだと思います。

 むしろどんと来いって感じじゃないですか。

「…………」

 どうしてオシッコなんでしょうか。

 しかも、用途用法は飲用です。

「気にすることはないわっ! 戦場では水が得られないとき、尿をすすって生き延びたという兵は決して少なくないもの! それに一部の地域では健康を保つ上で、飲尿を文化としている部族もいるらしいわっ!」

「……はい」

「頑張って今晩中に全員分を出しましょう?」

「…………」

 エステル様の前向きなフォローが逆に辛いです。

 ええまあ、分かります。

 これが一番、効率が良いですものね。量的に考えて。

「おい、おかわっ……次の尿はまだか!?」

 メルセデスさんまでやってきました。

 ドア越しに近いところから声が聞こえます。とても元気の良い声です。執務室でメイドの粗相を指摘して以降、鬼の首を取ったような勢いでございます。ギラギラとした瞳の輝きが、こちらの身体を舐るように見つめてきます。

 ドア越しであっても、その気配を感じます。

「焦らせるのは良くないわぁ。出が悪くなるじゃないのぉ」

「ソフィ、焦らなくて良いわ。ゆっくりと確実に出してゆきましょう?」

「しかし今の調子では、明日までに全員に行き渡らないぞ?」

「…………」

 こんな体たらくでは、出るものも引っ込んでしまいますよ。

 トイレに腰掛けたまま、足元に置かれた水差しを手に取ります。そこからグラスへお水を注ぎまして、喉に流し込みます。ドアの外では、エステル様が持ってきて下さったおかわりの水差しが待っております。

 沢山、沢山飲まねばなりません。

 ゲップから水が溢れそうになるのを堪えつつの作業でございます。

 そうしてしばらくの間をあっぷあっぷしていると、不意にドアの外から足音が聞こえてまいりました。また他にどなたか、トイレの前まで入らしたようです。ツカツカという足音が止まると共に、声が響きました。

「メイド、トイレのなか?」

 この声色はゴッゴルさんです。

「え? あ、は、はひっ!」

 咄嗟にお答えです。

 心なしかドアの向こう側が静かになっているのは、彼女の登場を受けて他の方々が距離を取った為でしょう。心なしか人の気配が遠退いて感じられます。まさか私の心の内側とか、ドア越しに読まれたりしておりませんよね。

「話がある」

「な、なんでしょうか?」

「もしも東の勇者に会ったら、伝えるといい。空を飛ぶ鳥は地に落ちて尚ももがき続けた。その羽根は清き信仰によって染められ、再び風を知ることはなかった。永久の信者は鉄を飲み、赤き信仰は誇りを失い、紫の川に沈んでいった」

「え? あ、あの、それは……」

「覚えた?」

「いえ、あ、あの、できればメモなどを……」

「……分かった。部屋に置いておく」

「す、すみません……」

 ゴッゴルさんから謎のメッセージを頂戴です。全てを知る預言者的な台詞が非常にミステリアスです。トイレのドア越しなので、表情こそ窺えませんが、平素からの淡々としたお顔が自ずと脳裏に浮かびました。

 一度で覚えられずにごめんなさい。

 トイレ越しでのやり取りでごめんなさい。

「……あと、そこのエルフ」

「な、なんだっ!? どど、ど、どうした?」

 どうやらエルフさんも近くにいらっしゃったようです。いつの間にいらしたのでしょう。エステル様と縦ロール様が賑やかであったので、気付いておりませんでした。そのお声を耳として把握でございます。

「話がある」

「なんだ? は、話だと? わわ、私にかっ!?」

「躊躇する必要はない。押せば倒れる」

「え?」

「同じことを、あのドラゴンにも伝える」

「あ、お、おいっ! ちょ、ちょっと待てっ! それは一体……」

「それじゃあ」

 スタスタと足音が遠退いてゆきます。

 ゴッゴルさんがお帰りでしょうか。エルフさんがお声掛けされましたが、止まることはありません。そのまま聞こえなくなってしまいました。他に人の動かれる気配は感じられました。恐らくお一人で去ってゆかれたものと思われます。

「な、なんだったのだ?」

「さぁ? あの子、よく分からないわぁ」

 魔王様のごたごたが片付いたら、一度お礼に行った方が良いですよね。

 今回の一件に関しては、どれだけお礼をしてもし足りない恩を受けてしまいました。ゴッゴルさんがいらっしゃらなければ、きっとメイドはメルセデスさんからご指摘を受けた時点で、打ち首になっていたことでしょう。

 彼女のお陰でトイレに軟禁で済んでいるのです。

 せめてその瞬間くらいは、一歩を踏み込む気概で臨もうと思います。



◇◆◇



 ゴッゴルちゃんによって、メイドさんの秘密が白昼の下に晒された。それは醤油顔もまた想定していなかった事実を多分に含んでいた。おかげで彼女は一晩、トイレに篭ってゴクゴク&シーシーする羽目となった。

 そして、エディタ先生により魔王様が封印されてから、一夜が明けた。

 エロゲなんかだと、同晩こそ意中のヒロインとイチャラブして、ラスボス戦に備える極めて重要な濡れ場であったのではなかろうか。仮に負けても主人公の種子より芽吹いた子供が、続編の主人公として胎動する為に必要な、最も大切な種付けシークエンス。

 しかし、ブサメンにはこれといって何のイベントもなかった。

 本当に何もなかった。切なかった。

 そんなこんなで執務室のソファーで仮眠を取っていた醤油顔は、同日、部屋のドアが開く音で目覚めた。廊下より姿を表したのは金髪ロリムチムチ先生だ。怖ず怖ずと室内を覗いてから、申し訳なさそうに入室である。

「これはこれはエディタさん。随分と早いですね」

 身体を起こしてお声掛け。

 すると彼女は、些か緊張した様子で受け答え。

「あ、あぁ、まあな」

 昨晩、ソフィアちゃんがラッキーポーションを生成している最中、我々は打倒魔王様に向けた予定を決定していた。先生の想定では昼を過ぎる頃合に封印が解けるだろうとのこと、日が昇ったら同所に集まろうという約束になっていた。

 それとなく窓の外を覗いてみると、今まさに日が昇らんと空が朝日に滲んでいる。なんて時間に正確なエルフさんだろう。先生のそういう几帳面なところ、ブサメンは大好きでございます。

「魔王も一緒なのですね」

 その指先に指輪を確認したところで、自然と呟いていた。

「万が一があっては大変だからな。これくらいは備えるべきだろう」

「エディタさんのそういうところ、私は非常に好ましく思います」

「っ……そ、そうかっ!?」

「はい」

 さて、魔王様の面前、何を語ろうか。

 きっと彼女は今も、我々の交わす言葉に意識を向けていることだろう。どこぞの聖女様が与えたトークはどうだか知れないが、異性に見られる事に不慣れな童貞としては、ここぞとばかりに格好つけたい気分である。

 幾らばかりか考えたところで、自然と意識は指輪の中の彼女へ向かう。

「酷く下らない質問になってしまうのですが、一つ、良いですか?」

「なんだ?」

「エディタさんは、子供を為したことはありますか?」

「っ……」

 童貞にとっては完全に未知の領域。

 子育て。

「魔王は聖女様によって、全ての自由を奪われた環境で育てられました。齢こそ幾百年と重ねておりますが、自らの肉体を用いて他者と交流を重ねた経験はありません。そのような劣悪な環境で育った存在に対して、私はどのように接したら良いのかと」

 もしもそこに何某か見えてくるものがあれば、魔王様とのトークでも、或いは彼女との間で信用を得ることができるのではなかろうか。そう考えた時、目の前の相手ほど適した相談相手はいない。

 ヤリマンな先生のことだから、アウトプットの一度や二度は当然だろう。トイレで迎えた孤独な出産の一つや二つは越えてきているに違いない。もしかしたら、駄目な男に騙されて逆ボトルシップなども経験しているかも。

 そんな彼女だからこそ、今この瞬間に学べるものがあるのではないかと考えた次第である。会社の上司なんかも、酒の席でたまに零していた。子育ては面白いと。童貞にはまるで理解できなかったが。

「な、なっ、な、何故そのようなことを聞くっ!?」

「魔王という存在は、魔王として生まれたからといって、無条件で人に害をなす存在ではありません。その生い立ちが、現在へ至るまでに置かれた環境が、その人格を形成し、我々と何ら変わりなく、目的というものを得るそうですね」

 キモロンゲから確認した、歴代の魔王を巡るあれこれだ。

 過去には人類に味方し、魔族と戦った魔王もいたという。

「……そ、そのようだな」

「だからといっては失礼に当たるかもしれませんが、社会経験の豊富なエディタさんであれば、少なからず知見をお持ちではないかと考えました。すみません。もしも不快な質問であったら、無理にとは言いませんが」

 争わずに済めばそれに越したことはない。

 だからこそ、今この場でお問い掛けしたかった。

 魔王様。

「えっと、それは、そ、そ、その、そのだなっ……子供というものはっ……」

 流石に直接的過ぎたろうか、先生の表情が芳しくない。

 顔を真っ赤にして、しどろもどろしていらっしゃる。およそヤリマンらしくない振る舞いだ。ヤリマンであるならば、ここは一つ、豪快に語って頂きたかったのだけれど。でもまあ、先生のそんなところも童貞的には喜ばしい。

 まるで処女のようではないかと。

「すみません。失言でした」

「いや、そ、そんなことはないぞ? とても大切なことだっ!」

 無理をする姿も非常に可愛らしくてセックスしたい。

 などと考えた最中のことだった。

「……そのエルフに子育てなど、聞いてどうするのですか」

 部屋の隅からボソボソと声が聞こえてきた。

 何事かと振り返ると、そこには、おう。

「聖女様、いらっしゃったのですね」

「昨日の晩から、ずっと居ましたよ」

「…………」

 マジかよ。

 最高に切ない光景が想像されてしまったぞ。

 皆が出ていった後も、一人で真っ暗な執務室に体育座りとか。

 そのまま日が昇るまで延々と待機とか。

「子育てに関して、エディタさんから意見を頂戴するのに何の不都合が?」

 自ずと意識が向かったところで、確認させて頂く。

 すると、途端に慌て始めたのがエルフさんだ。

「ま、待てっ! そんなことはどうでも良いではないかっ!」

 大慌てに身を翻したかと思いきや、必死の形相で醤油顔と聖女様の間に割り込んだ。両手をわたわたと振り回して、こちらの視線を遮るように動き回り、それ以上を語らせまいと聖女様とのコミュニケーションを遮る。

「エディタさん?」

「そのエルフは処女なのだから、子育てなんて門外漢に決っているじゃない」

「……え?」

「っ……」

 呆けるブサメンの正面で、金髪ロリムチムチ先生のお顔が変化してゆく。

 真っ赤に染まってゆく。

 居ても立っても居られないと言わんばかり、羞恥にまみれてゆく様子は、まるで放課後の教室、同級生のイケメン軍団の前で全裸開脚前転を命じられた、貧困いじめられっ子美少女のようである。

 開脚前転って最高だよな。

 その開発者はブルマの開発者と同一人物ではないかと醤油顔は睨んでいる。

「聖女様、それは……」

「そのエルフが貴方の周りで、どのような嘘を吐いていたのかは知りません。ですが、私が知る限り、周囲に男の姿があったという話は聞きませんね。ただまあ、今の貴方の発言からすると、当人は随分と自らの経験を誇っていたようですが」

 チラリと聖女様の視線がエディタ先生に向かう。

 すると、どうしたことだろう。

 先生は視線を伏して、その場でプルプルと震えていらっしゃるではないか。

 マジか。

 これマジか。

 もしかして、もしかせずとも、先生は膜付き。

 エディタ先生は、ただのエディタ先生ではなかった。

 ヴァージンなエディタ先生であった。

 いいや、そのお年を思えば、ただのヴァージンどころの話ではない。

 エクストラ。

 まさにエクストラである。

 つまり先生は、エクストラヴァージン・エディタ先生であった。

 EXエディタ先生爆誕の予感。

 数百年も生きていて処女とか、レジェンドではないですか。

 凄いです。名実ともに最強でございます。

 あまりにも嬉しくて、ブサメンは涙が出てきてしまう。

「だ、黙れっ! 私はヤリマンだっ! やりまくりなんだっ!」

「……ふふ、いつにもなく滑稽ですね」

「っ……」

 ヤリマン先生可愛い。

 なんて愛おしいのだろう。

 結婚したい。

 このままエンゲージしてしまいたい。

 やりまくりたい。

 などと、分不相応なことを考えたのがよくなかっただろうか。

 今まさに幸福の絶頂期を味わう童貞の目前で異常事態が発生。自ら繰り返しヤリマンを主張する先生の指先から、強烈な光が発せられた。まるでマグネシウムでも炊いたような、強烈な閃光が発せられた。

 他の何でもない、魔王様の封じられた指輪からである。

「い、いかんっ!」

「エディタさんっ!?」

「すまないっ! 魔王が、ふ、復活するっ!」

「なんとっ」

「見誤った! こやつ、想像した以上に力をっ……」

 EXエディタ先生の言葉に醤油顔も慄く。

 しかしながら、先生が処女であった事実と比較したのなら、幾らばかりか驚愕の度合いが低いと言わざるを得ない。童貞的に優先順位が低い。金髪ロリムチムチ処女膜を前としたのなら、魔王なんて、あぁ、どれほどの価値があろうか。

 だからこそ、打倒しなければならない。処女の先生が不幸になる光景なんて、絶対に見たくない。その為にもブサメンは戦わなければならないのだ。魔王様を倒さなければならないのだ。心の内側から、沸々と力が湧いてくるのを感じる

 他の誰でもない、処女の先生のために。

「くっ……」

 まばゆい輝きの只中、処女の先生のうめき声が響いた。

 同時にキィンと甲高い音が。

 数瞬の後、ズドンと腹の中に響くような破壊音が響く。

「エディタさんっ!」

 圧倒的な光を受けて真っ白に染められた視界の隅、執務室の外に面した壁が弾け飛ぶ様子が確認できた。醤油顔が丹精込めてストーンウォールした壁であるから、その威力は大したものだろう。先生の安全が気がかりでならない。

 反射的に回復魔法を撃ち放つ。

「エディタさん、大丈夫ですかっ!?」

 爆発の直後、輝きが収まる。

 ブサメンの下にも再び視界が戻ってくる。

 すると、今の今まで先生がいらっしゃった場所には、他に人の姿があった。砕け知った壁から差し込む朝日を受けて、神々しいまでにその存在感を訴えて思える。上から下まで真っ白な彼女だから、まるでキラキラと輝いているよう。

「……少しばかり、読みが外れたようじゃのぅ?」

 魔王様である。

 金髪ロリムチムチ先生はと言えば、彼女の足元にぐったりと横たわっていた。取り立てて怪我をしているようには思えない。これといって、出血も確認できない。ただ、気を失っているようで反応がない。眼の瞑っていらっしゃる。

 醤油顔は改めて回復魔法。

 全身全霊を込めて回復魔法。

 その指先がピクリと反応したことで、心底から安堵だろうか。

 童貞は絶対に処女を死なせたりしない。

「さぁて、仕事を始めるとするかぇ」

「一晩ゆっくりと過ごしても、どうやら心変わりはされていないようですね」

「当然じゃろう? ニンゲンは皆殺しじゃ」

 これはちょっと困ったことになった。

 だって僕らはまだ、ソフィアちゃんのエキスをゴクゴクしていない。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 翌日の打倒魔王様に向けて、仮眠を取っている最中のことでした。

 ズドンとお屋敷全体を震わせるほどの衝撃が届けられたのは。

「っ!?」

 ベッドの上で横になっていたメイドは、咄嗟に覚醒しておりました。割と眠りは深い方だと思うのですが、それでも自ずと飛び起きておりました。一瞬、地揺れの類いかとも思いましたが、それにしては短く強烈な揺れでした。

「な、なんでしょう……」

 今、このお屋敷には指輪に封印された魔王様がおります。

 改めて考えると、よくまあそのような状況で私は眠っていたものです。

 何が起こっても不思議ではない環境ではありませんか。

「…………」

 まさか二度寝などしてはいられません。

 大慌てでパジャマの上にメイド服のエプロンを羽織って、自室を後としました。何故にエプロンだけ羽織ったのか、自分でも羽織った後で疑問に思いましたが、その時にはすでに廊下を駆けている最中でした。

 やがて廊下を少し進んだところで、エステル様と鉢合わせしました。

「ソフィっ!」

「エステル様っ」

 どうやら彼女も今し方の衝撃を受けて起きていらしたようです。ただ、私以上に慌てていたようで、パジャマ姿でございます。ここ最近の見慣れた男装スタイルから打って変わって、極めてプライベートなお姿でしょうか。

 透け透けのネグリジェ、とてもエッチですよ。

「良かった、無事だったのねっ!」

「は、はいっ、でも今のは一体……」

「下の方から聞こえてきたわ、急ぎましょうっ!」

「はいっ」

 我先にと駆け出したエステル様の後に続きます。

 そこから先は音の聞こえてきた方から、手当たり次第にフロアを当たってゆきました。途中で我々と同じく、町長さん宅に寝起きする他の皆様とも出会いまして、段々と人数を多くしながらの確認です。

 やがて、辿り着いた先は執務室でした。

 ノックをする間もなく、エステル様の手によりドアが大きく開かれます。

 その先には、我々の予期する光景が待っておりました。

「……なんじゃ、またぞろと数を増やしおったな」

 ジロリと真っ赤な瞳で私たちを捉えては、呟かれました。

 魔王様です。



◇◆◇



 魔王様とトークしている最中、執務室のドアが勢い良く開かれた。

 廊下より姿を表したのは、こちらの屋敷で寝起きしている面々だ。大半がパジャマ姿である。ロリビッチは透け透けのネグリジェでエッチだし、メイドさんのパジャマエプロンも、よく分からないエナジーを感じる。

 一方で見苦しいのはパンイチのゴンちゃんだろうか。服くらい来てこいよって。あと、フカフカのパジャマスタイルにナイトキャップを被ってる魔道貴族が可愛いの、どうにかならないかね。

 一番の問題児はシーツで身体を身体を包んだだけの縦ロール。隣にキモロンゲが立っていると、事後感が半端ない。どうか、就寝裸族であるが故のチョイスであって欲しい。万が一にも、その膜がロストしていたのなら、醤油顔は魔王様に敗北必至。

「ま、魔王っ!?」

 ロリビッチが叫び声を上げた。

 そのフレーズを耳として、ドア枠より先、廊下に立ち並んで居るだろう他の面々にも喧騒が広がってゆく。今し方の炸裂音を聞きつけてやって来たのは間違いない。別に眠っていてくれても良かったのだけれどな。

「しかしまあ、想像しい屋敷じゃのぅ? こんな朝っぱらからぞろぞろと」

 目の前には臨戦態勢の魔王様。

「魔王様、少し私とお話をしませんか?」

 彼女の足元にはEXエディタ先生。

 その存在を視線に指し示してから、クイとキモロンゲに顎をしゃくる。すると、ヤツは小さくコクリと頷いて、空間魔法を行使。床に倒れた先生の下に魔法陣が浮かび上がったかと思えば、その姿が移動する。

 魔王様の下から、部屋の出入り口、縦ロールと魔道貴族の下へ。

 キモロンゲのヤツとアイコンタクト、通じてしまったぜ。

 これほど嬉しくないコミュニケーションはないな。

 ありがとう。めっちゃ助かった。

「この期に及んで話すことがあるとは思えんがのぅ」

 場所を移したEXエディタ先生を眺めて、魔王様がつまらなそうに呟いた。

「人間を憎む貴方の心は、私も理解出来る。五百年の歳月を掛けて育まれた心は恐らく、すでに修正不可能な状況にあることでしょう。だからこそ、私はこれを決して真正面から否定することはしません」

「ならば黙って見ているかぇ?」

「ですが、ここで一つ指摘させて下さい」

「……なんじゃ?」

「貴方のやり方は、貴方の母である聖女様と何ら変わらない」

 部屋の隅を視線で指し示して言う。

 そこには依然として半透明のセイントビッチが体育座り。

「ひっ……」

 悲鳴を上げる姿が最高に無様可愛い。

 霊体でも腰を抜かすことはあるんだろうか。ガクガクと震える姿は見ているこちらが申し訳なくなってしまうほどに不憫である。下手に動いたら、即座にどうこうされると考えているのだろう。そして、きっとそれは正解だ。

「我のどこが、そのニンゲンと同じだと言うのじゃ?」

「自身の主義主張を肯定する為に、他者を排除する。その一点において貴方は彼女と同じです。仮に人間が総じて下らない、本当に世界から排除すべき存在であったとしても、貴方がその結論へ至るに至った感情は、全て貴方自身の主観から来ている」

「つまりなんじゃ? 貴様は何が言いたい?」

「そこには根拠足り得る情報がなんら足りていない。どこで何をどのように成せば、どれだけ世界が良い方向へ向かうのか。まるで説明がなされていません。酷く漠然とした妄想ばかりが垂れ流されている。それでは説得力など皆無ですよ、魔王様」

 言っていて切なくなる。

 どこの会社にも一人は居るよな、この手の類いの質問が大好きな人間って。誰にも自明である一方、説明するのが非常に面倒な物事を前提にして、あれこれとイチャモン付けてくるヤツって。おかげで申し訳ない気持ちが半端ない。

 故に社畜は知っている。

 何かに一生懸命となっている人を煽るならば、これが一番効果的だと。

「むしろ彼女のほうが、余程のこと理解できます。ただただ、死にたくない。生き物として当然の思いから、他者に犠牲を強いてきた。非常に納得のゆく話です。当然の行いです。他者のために自らを犠牲と出来る生き物など、そう多くは存在しません」

 煽って煽って煽りまくる。

 ここぞとばかりに舌を回す。

「貴方は何を根拠に、人間を滅ぼそうと考えているのですか?」

「……ニンゲンは愚かじゃ。あまりにも愚かな生き物じゃ」

「自身の快楽の為に他者を陥れようとすることを愚かと称するのであれば、この世に愚かでない生き物は存在しませんよ。ただ、人間という生き物は少しばかり頭が良い為に、その部分が顕著に見えてしまうのでしょう」

「じゃが、その行いはあまりに凄惨で、惨たらしくっ……」

「それを人は創意工夫と言います。故に人類は今この日を迎えるに差し当たり、ここまで数を増やしてきたのです。繁栄こそ美徳の生存競争の只中で、これを褒めこそすれど、貶すことは、むしろ我々に劣る他の種を貶める行いでは?」

 魔王様に変化が見られ始めた。

 ピクリピクリと、眉が震えていらっしゃる。

 そこで醤油顔は、ここぞとばかりにドヤ顔に語る。

「人間を滅ぼすと世界のどこがどの程度改善されるのですか?」

「っ……」

 その拳がぎゅっと握られた。

 これほど苛立つ問答はないと思うよ。

 分かるもの。

 同じことを言われて、どれだけ殴ってやりたいと感じたことか。

「じょ、上等じゃ」

「というと?」

「つまりなんじゃ? 貴様は我に命乞いでもするというのかのぅ?」

「いいえ?」

「ぐっ……な、ならばっ……」

「貴方に足りなかったのは、父親です。世の中に迷った子供を慰め、導く。ときには子を厳しく然ることもあるでしょうし、きっと、その後には優しく包み込むこともあるでしょう。どこか至らない母を叱り、窘めるのも役割の一つかもしれません」

「き、貴様が我の父親になると言うかぇ?」

「父親から子へ、この機会に教育の場を設けましょう」

「じゃが母親は、自らの命恋しさから、部屋の隅でガクガクと震えるばかりじゃぞ? 今もいつ我に殺されるかと、ガタガタと体を震わせては小さくなっておるではないか。そのような者のために貴様は自らを捨てるのかぇ?」

「そんな女性に魅力を感じる男性も、意外と世の中には居るものですよ」

「……随分と極まった性癖の持ち主じゃのう」

「存じております」

「ふん、上等じゃ。その出鼻を完膚無きまで挫いてくれよう」

「ありがとうございます」

 ドラゴンシティの只中で戦うことだけは避けたかった。

 最高に臭いセリフを連発する羽目になったけれど、おかげで効果は抜群だ。

「では早速ですが、場所を移しましょうか。貴方と再会したあの会場へ」

「良いじゃろう。絶対に楽には殺さんっ……」

 煽りまくった結果、どうにかこうにか乗ってきて下さった魔王様。

 こちらの意図は、彼女にも十中八九で気づかれているだろう。けれど、それでもこうして乗ってきてくれたことに今は安堵を覚える。逆に言えばそれくらい、火に油を注いでしまった訳だけれど。

 舞台を大会会場に移してラストバトルの予感である。
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