挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫
126/131

魔王 二

あけましておめでとうございます。

【ソフィアちゃん視点】

 今の今まで賑やかであった空が、急に静かとなりました。

 絶え間なく爆ぜていた白い炎は鳴りを潜めて、待てど暮らせど次なる衝撃は伝わってきません。大地を震わせるほどの轟音が失われると同時、これを窺う観衆のざわめきがやけに大きく界隈へ響いては聞こえます。

「ど、どうしたのかしら?」

 エステル様が仰られました。

 とても不安そうな表情で、上空を見上げられております。そして、それは彼女に限らず、誰もが皆同じです。ゾフィー様も、縦ロール様も、ノイマンさんも、誰一人の例外なく注目は遥空の彼方にございます。

 勝敗がついたのでしょうか。

 そんな疑問がきっと、皆さんの頭の中を占めていることでしょう。

 他の誰でもない私自身もまた、事の成り行きで頭が一杯です。

『ぐるるるるる、見えないっ! 見えないぞっ!?』

 ドラゴンさんが仰りました。

 応じてふわりと、その身体が宙に浮かび上がります。

 彼女と合流したのは、つい今し方のことです。未だ混乱の絶えない大会の会場から、黄昏の団の方々を背に乗せて、同所まで運んできた彼女です。タナカさんが目の当たりとしたのなら、とても喜んだのではないかと思います。

「ま、まてっ! 貴様が行ってどうなるっ!?」

『離せ、邪魔だ』

 その足を掴んだエルフさんが蹴飛ばされました。

 ただ、それでも頑なにしがみついていらっしゃいます。

「蹴るなっ、け、蹴るなよっ! おいっ!」

『行くぞっ、わたしは行く、行くのだっ!』

「だ、だったら私も一緒だっ!」

『っ!?』

 ドラゴンさんを掴んだまま、エルフさんもまた、ふわりと宙に浮かび上がりました。おかげで足首を掴まれていた彼女は、空に浮いたままひっくり返る形でしょうか。きっと、エルフさんもまた、現場の様子が気になって仕方がないのでしょう。

『だったら早くしろっ、き、貴様の魔法でっ!』

「う、うむっ、いくぞっ!」

 エルフさんが頷かれました。

 応じて、エステル様が動きました。

「私も行くわっ!」

 エルフさんの身体に抱きつきます。

 ドラゴンさんの足首を掴んだエルフさん。その腰へ更に抱きついた形でしょうか。すると、これに続く形でアレン様が声を上げました。

「ぼ、僕も行くっ!」

 エステル様の肩に手を置かれました。

 そこから先は芋づる式というやつです。

「ちょ、ちょっと待てよっ! 私も行くぞっ!? オッサンのところにっ!」「界隈を預かる騎士団長としても、このまま主人の危機を放っておく訳にはいかねぇなぁ」「こうして見ているだけというのも暇かしらぁ?」「私はご主人と共に」

 それはとても愚かしい選択だと思います。

 きっと、タナカさんは一生懸命、戦っていらっしゃいます。その場に我々が向かうということは、彼の足を引っ張るばかりではないでしょうか。むしろこうして、遠くから様子を窺っているのが正しい選択だと思います。

 それでも、なかなかどうして、人の心というのは難しいものです。

 或いは次の瞬間、共に死んでしまっても良いのかもしれません。そんな感慨さえ浮かんでくるのが、人の愚かさであり、同時に愛らしさなのかもしれません。皆さん、そんなふうに少なからず考えているのではないか、などと。

「あ、あのっ、私もっ……」

 気づけばメイドも、その足首に手を伸ばしておりました。

 しかしながら次の瞬間、身体は腕は空を切りました。今まさに触れようとしたエルフさんの身体が、忽然と姿を消しておりました。慌てて周りの様子を窺うと、他にドラゴンさんと縦ロール様の従者の方の姿がありません。

 一方で私の他、エステル様や縦ロール様、アウフシュタイナー様といった面々は、メイドと同様に同所へ残っております。やはりと申しますか、我々では足手まとい、ということなのでしょう。

 何の役にも立てない自分が、非常にもどかしい気分です。

「…………」

 ところでエルフさん、思ったよりも過激な下着を着用されているのですね。

 ドキッとしてしまいました。



◇◆◇



 大会の会場に設えたステージの上、醤油顔は魔王様を相手に健闘していた。

 それもこれもメルセデスちゃんの肉便器が与えてくれた、輪姦用魔法のおかげである。急激に上昇した耐久力は、圧倒的な攻撃力を誇る魔王様に対しても、十分に有効な代物であった。彼女の魔法は醤油顔にとって、とても相性が良いものであった。

「くっ、このっ、急に固くなりおってからにっ!」

「どうされました? 随分と焦っているように見受けられますが」

「ぐっ……」

 繰り出された拳を自らの胸元で受け止める。

 同時にパァンと甲高い音が会場に響いた。空気がビリビリと震えて、衝撃を思わせる何かが待機中を伝搬する。それでも打たれた側にダメージは少ない。ロリゴンすら一撃で倒してしまう攻撃をほとんど無力化していた。

 おかげで醤油顔は、非常に気分が良い。

 死ぬまで落ちることはないと考えていた全身の贅肉が、今や強靭な鎧となり身体を守っている。魔王様からの攻撃を受けても、決して破壊されることのない鉄壁の守りだ。一撃を受ける都度、パァンパァンと波打つ腹肉のなんと軽やかなこと。

 脂が乗りに乗っているぜ。

「ちぃっ、面妖な魔法じゃっ……」

 チラリ、魔王様の視線が肉便器ちゃんに向かう。

 醤油顔の変化の原因が、彼女にあることは理解しているようだ。まさか、その矛先が向かっては堪らない。この場は自らが肉壁となって時間を稼ぐのが得策だろう。何が何でも粘着してやろうではないか。

「その点に関しては私も同意します」

 ただひたすらに犯されたかった少女の純粋な願いが、奇跡を産んだ。

 これを心の汚れた中年は、美女を組み付すのに利用する。

「これなら私も攻めることができそうですね」

「っ!?」

 魔王様の左手首を右腕で掴む。

 反射的に引かれたそれを、逃すまいと自らの下に引き寄せる。同時に空いた左腕を背中に回し、彼女の身体を抱き寄せた。唯一の攻撃手段であった魔力が減衰した為、他に残された手段はサブミッション。

「……なんのつもりじゃ?」

「貴方を自由にする訳にはいきません」

「なるほどのぅ……」

「どうしました?」

「今し方の魔法は魔力を守りに回すものじゃろう?」

「……流石は魔王様ですね」

「ならば恐るるに足らず。我の勝利は決して揺るがないじゃろう」

 速攻で看破されてしまった。

「試してみますか?」

「上等じゃ」

 魔王様の両腕が童貞の背中に回された。

 間髪を容れず、これがギリギリと締まり始める。力任せに引き千切ってしまおうという算段だろう。脇腹の辺りに鈍い痛みを感じる。ただ、それでも声を上げるほどではない。外見相応の人物から締められている、といった程度である。

 とてもではないが上下に分断されるには至らない。

 煽って良かったと、心の底から叫びたい。

「くっ……」

「どうやら今の私は、貴方を圧倒できる」

 確信を得て飛行魔法を起動。

 魔王様と共に勢い良く空へ舞い上がり、暗黒大陸辺りへ向けてひとっ飛び。

 旧ゴッゴル邸辺りで、向こう二、三週間ばかり熱心に交渉を。

 ――――する筈であった。

 足の先が地上から離れんとした間際の出来事である。

 不意に傍らに魔法陣が浮かび上がった。数瞬の後、そこに像を結んだのは人の姿だ。一人、また一人と増えて、数名からなる一団が瞬きする間に現れた。その誰もは醤油顔もまた見知った相手である。

『あ……』

「き、貴様っ、な、なな、な、なにをやっているっ!?」

 エディタ先生を筆頭としてロリゴン、キモロンゲの人外トリオである。十中八九で空間魔法による移動だろう。術者が誰だかは知れないが、意図してこの場に現れたことは間違いあるまい。

 他方、これを迎え入れた醤油顔はといえば、魔王様と抱擁。

 前後関係が非常に重要視されるワンシーンだ。

 まさか抜かりはない。先手必勝でお伝えさせて頂こう。

「皆さんっ! 私が魔王を押さえ込んでいる間に、彼女へ攻撃して下さい。今の私はトトさんの魔法によって、魔王を凌ぐ耐久力を手に入れています。どうか私ごと魔法を打ち込んで下さい。お願いします!」

 言い訳は完璧だった。

 最高に必死な表情でお願いしてみせた。

「え? あ、そ、そう……なのか?」

『ぐ、ぐるるるるる、る?』

 自ずとエディタ先生とロリゴンの視線が移る。その先には相変わらず全身タイツにローブを羽織っただけという、メルセデスちゃんの肉便器。その姿に説得力を得たのか、彼女たちは困惑を湛えながらも、当初の勢いを衰えさせる。

 一方で何ら躊躇なく頷いてみせたのがキモロンゲだ。

「よし、まかせろ」

 即時、遠慮のない魔法が飛んできた。

 それも醤油顔を遠慮なく巻き込むよう照準して、力一杯放ってきた。足の早い雷撃が二人を襲う。ビリビリとサイケデリックな衝撃が全身を包む。全身の表皮がピリピリとするぜ。

「お、おいっ!」

 金髪ロリムチムチ先生がキモロンゲに吠えた。

「ヤツがやれと言ったのだが?」

「だが、し、しかしだなっ……」

『…………』

 我が身も顧みず、味方からの攻撃を敵と共にその身へ受ける、非常に恰好いいシーン。それもアジアンフェイスの手にかかればお手の物だ。キモロンゲのやつめ、後で覚えていろよ。もう少し躊躇してくれてもいいじゃん。ちょっと悲しかった。

 ただ、魔王様は無傷。醤油顔も無傷。

 やっぱり圧倒的に火力が足りていない。

「そもそも私はご主人が行くと言ったから、自身もまた声を上げたのだ。それなのにどうして私だけ連れてきた? この鬱憤、まさか晴らさずにはいられまい。恐怖に震えるご主人の姿を楽しむ又とない機会であったと言うに」

「き、貴様の事情など知るかっ! 連れていける訳がないだろっ!?」

 ところでキモロンゲ、ナチュラルに同じ魔族である魔王様へ攻撃してくれているけれど、そこのところ良いのだろうか。間違いなく下克上。現代社会的に言えば、全力で行政の中枢へテロしてしまっているけれど。

「貴様っ! わ、我と同じ魔族ではないのかぇっ!?」

「確かに私は魔族です、魔王様」

「ならば、何故にニンゲンへ与する?」

 尤もなご意見だ。

 ただ、これをキモロンゲは一笑に付す。

「ですが既に私は、使えるべき王を得ておりますので」

「…………」

 無性に恰好いい語り調子だった。

 ただ、当の本人はロリ巨乳からシバかれたいだけのマゾ奴隷である。人の評判とは、こうして誤解されたまま拡散されてゆくのだろう。なんだか納得の行かないものを感じるのだけれど、決して嘘は言っていないのだから否定のしようもない。

 おかげで醤油顔の格好良いシーン、完全に横から持っていかれてしまったわ。

「……良かろう、ならば、我も遠慮はすまい」

 魔王様の表情が冷めたものに変わった。同族から裏切られて、心が冷たくなってしまったのだろう。ますますピーちゃんみたいだ。不可抗力とはいえ、彼女を育ててしまった聖女様の罪は大きいぜ。

「すべてを滅ぼしてくれる。この世の全てを……」

 シリアスモードの魔王様。

 その背後にロリゴンの放った魔法が直撃した。

 煌々と白に輝く、三、四十センチほどの光の矢だ。これが幾十本と魔王様の背後に突き刺さった。その背中に回された醤油顔の腕を器用に避けて、残る部位に対してびっしりと。まるでハリネズミのような有様だ。

「くっ、トカゲ風情がっ」

 魔王様の意識が彼女に向かう。

「おっと、逃しませんよ」

 これを受けて童貞は、大慌てで魔王様を抱く腕に力を込める。それだけは駄目だ。

「ちぃ、離せっ! このっ、ニンゲンがっ!」

「その調子です、クリスティーナさん。やっちゃってください」

『ぐ、ぐるるるるるる……』

 躊躇の視線を見せる。ロリゴン。

 一方で遠慮を知らないのがキモロンゲだ。

「二度の大戦を生き抜いた魔族の奥義、貴様にみせてやろう」

 なにやら大掛かりな魔法陣が浮かび上がる。普段の鬱憤を晴らすべくだろう。最近、縦ロールとお話する機会が増えたブサメンだから、これに嫉妬しているのだろうさ。ここぞとばかりに攻撃魔法を構えてくれる。

 そうした最中の出来事だ。

「っ……」

 不意に醤油顔の肉体に異変が起きた。

 今の今まで全身に漲っていた力が、急に失われたのだ。

 途端に訪れたのは脱力感にも似た披露。

 膝がガクガクと笑い始める。

「肉の契は魂の契。汝が遍く欲望には底がなく、これを求める私は咎の坩堝。そこに注ぎし命の芽吹きは、人の力にして魂の脈動。雄々しき体躯に相応しき肉体を彼の下へ与えよ! 魔装変換リンカーン!」

 間髪を入れず、肉便器ちゃんから詠唱の声が上がった。

 恐ろしいまでの早口。

 舌の回りが半端ない。

 フェラチオに次ぐフェラチオで鍛えた成果だろう。

 魔法が完成すると同時に、ブサメンの肉体が再び輝きに包まれた。同時に活力がみなぎってくる。さぁと引いたパワーが、再び元あったとおり全身の隅々まで満ちてゆく。どこまでも駆け出してゆきたい気分が胸の鼓動をドクドクと早くさせる。

 筋肉最高。

「なるほど、どうやら効果時間はそう長くないようじゃのぅ」

「……そのようですね」

 これはちょっとヤバイかもしれない。

 てっきり一日やそこら持つかと思っていたのだけれど、小一時間が精々といったところである。こうなると肉便器ちゃんと離れて戦うことは不可能だ。思ったよりも選択の幅が減ってしまった予感。

「そこのニンゲンの魔力が尽きた時が、貴様らの最後じゃろう」

 粛々と呟いて、魔王様が醤油顔の腕の内で静かになった。

 時間切れを待つ戦法に切り替えたようだ。

 何故ならばロリゴンの魔法を持ってしても、彼女はなんらこらえた様子がない。今も背中に光の矢を生やしながら、平然と受け答えをしている。今の我々に彼女へダメージを与える手立てがないことを理解しての判断だろう。

 なんて賢いんだ魔王様。

「……ふむ、ならば試してみるか? 当代の魔王よ」

「なんじゃ? そこなエルフ」

 そんな彼女に対して、金髪ロリムチムチ先生から物言い。

 ここぞとばかりに厳かな語り口調は、なんだか普段よりも貫禄がある。

 相変わらず凛々しい横顔が、普段の無残さを補って余るほど格好良い。

「なに、貴様にとっては二度目の経験だ。そう目新しいものではない」

「二度目じゃと??」

「そうは言っても、当の本人は覚えていないかもしれないがな」

 素っ気なく語る先生。

 その身体を覆うように、球状の魔法陣が浮かび上がった。

 過去に目の当たりとした魔法陣として、密度が段違いだ。しかも立体である。高密度に設計されたプリント基板でも眺めているような輝きの走り。球状に描かれた光の走りが、先生の我が侭ロリボディーをぐるっと包んでいる。

「っ……」

 碌に面識がないエディタ先生と当代の魔王様。そんな二人の間で二度目の経験と言えば、醤油顔もまた及びがつく。他の何でもない、当代の魔王様を五百年の長きに渡り延々と封印し続けてきた魔法だ。

 安穏としていた魔王様の表情に緊張が走る。

 流石は金髪ロリムチムチ先生だ。決めるところは決めて下さる。

 ところで、これってもしかして状況的に、ブサメンも魔王様と共に封印されたりしちゃう系だろうか。ふと考えたところで、ビッグサプライズ。未来永劫、幾百年とブサメンは魔王様と二人きり。それが延々と続くのだという期待感。

 これはもう、やられるしかない。

「お願いします、エディタさんっ!」

 多少の恐怖と、圧倒的な期待感を持って、童貞は吠えた。

 もう、思い残すことはない。

 大切な人たちのために一生懸命頑張って、最後は美女とともに数百年の封印につく。堪らないじゃないか。まさに主人公の貫禄。これほど幸せな人生のフィナーレはない。病に冒されてベッドの上で亡くなるよりなんぼか幸せな人生だ。

 っていうか、むしろこういう最後を望んでいた。

 でも可能であれば、魔王様は最後までロリロリであって欲しかった。

 ロリータと五百年パックされたかった。

「き、貴様っ……」

 魔王様の顔が強張る。

 その気配に断然、童貞は期待してしまう。

 先生の魔法は本物であるのだと。

「これで終わりだっ」

 終ぞ、奥義が放たれる。

 エディタ先生が吠えると同時、我々の足元に魔法陣が浮かび上がった。これより立ち上る力強い放たれた輝きが、魔王様と肉体を包み込む。都合、彼女を抱きかかえている醤油顔もまた、真っ白な光に飲み込まれる。

「喰らえっ!」

 こちらに向かい、先生が何かを投げた。

 指輪だ。

 先生が指輪を投げた。

 きっとそこに我々カップルを封印するつもりだろう。

 これは決まった。間違いなく決まったな。

 どこか心穏やかに、視界を埋め尽くさんばかりの光を迎え入れる。

 さようなら、みんな。

 童貞は魔王様と数百年ほどイチャラブさせて頂くわ。

 しかも封印されている最中は視覚があるらしい。先生が魔王様と醤油顔の収まった指輪を付けたままの状態でオナニーとかしてくれたら、それはもう素晴らしい体験ができるのではなかろうか。

 夢が広がる。どこまでも広がってゆく。

「ぬ、ぬぉぉぉおおおおおおおおっ!」

 耳のすぐ近く、魔王様より発せられる声が心地良い。

 天にも昇る心地であった。そのまま昇る心意気であった。

 次の瞬間、魔王様の肉体が消え失せる。

 延々と感じていた胸の内の暖かさが、突如として消失した。同時に抵抗を失った両腕が、右手は左に、左手は右に、空を切ることとなる。その手の平が叩いた先は、他の誰でもない、自らの胴体である。ペシンと叩いたところで、ぷるんと腹の肉が震えた。

 自らの手に脇腹を叩く衝撃から我に返る。

「っ……」

 どうしたことだろう。

 魔王様の姿こそ消えたものの、醤油顔の肉体にはこれといって変化がない。封印された気配がまるで感じられない。それまで腹部にあった暖かくて柔らかな感触が失われて、少し汗に湿った肌を、さぁと流れた風が冷やしていく。

 圧倒的な喪失感。

「はぁっ……はぁっ……はっ……」

 どこからか、エディタ先生の息遣いが聞こえてくる。

 まるで全速力で走った後のような、荒い呼吸だ。

「こ、これは……」

 魔王様が、いない。

 童貞の胸の内に、魔王様の感触がない。

「ふ、ふははは、どうだっ! 見たかっ! 当代の魔王っ!」

 金髪ロリムチムチ先生の笑い声が聞こえる。

 これを耳としながら、童貞は圧倒的な喪失感を感じる。今の今まで満たされていた心が、まるで空っぽに戻ったようだ。そこはただ一つ、魔王様が消失した世界。どれだけもとめても、彼女の感触は戻ってきやしない。

 代わりにカツン、乾いた音が響く。

 エディタ先生の手により放られた指輪だ。

「…………」

 魔王様を封ぜられたことは、大変喜ばしいことだ。彼女を放っておいたら、きっと人類は近い将来、絶滅していたことだろう。ただ、何故に彼女と抱き合っていたブサメンが封印されずに残っている。どうして魔王様だけが消えた。

 そんなの困る。

『っ……』

 誰かの息を呑む気配が感じられた。

 分かる。

 分かるよ。

「…………」

 永遠に失われないと信じていた、僕と君で紡いでゆく愛と勇気の物語。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 エルフさんの魔法は、ドラゴンさんとエルフさん、それに縦ロール様の従者の方だけを運ばれました。メイドを筆頭として、エステルさまやアシュレイ様など、他に声を上げられた方々は、その場に残されております。

 恐らくは気を使って下さったのでしょう。

 その事実に憤りを覚えていらっしゃるのが、他の誰でもない、エステル様です。

「こ、こうしてはいられないわっ!」

 声高らかに仰られました。

 誰が止める暇もない間の出来事です。その身体が飛行魔法により浮かび上がりました。ぶぉんと大きな風きり音が響いたかと思えば、大会の会場へ向けて凄まじい勢いで飛んでゆかれます。瞬く間に遠のいた背中は、あっという間に小さくなってしまいました。

 ここ最近、エステル様の飛行魔法は、殊更に速くなられた気がします。

 そんな彼女に触発されたのか、皆さまもまた身体を浮かせ始めます。

「エステル、待つですっ!」「一人だけズルいぞっ!? わ、私だってオッサンのことが心配なんだっ!」「なによぉ、わたくしだけ置いてけぼりなんて酷いわよぉ?」「エ、エステルっ! 待ってくれ、僕も一緒に連れて行って……」

 結果、空を飛べないアレン様だけが、メイドと共に同所へ残されました。

「エステル、ゾフィー……」

「…………」

 なんとも言えない雰囲気です。

 これでゴンザレスさんが一緒だったら、飛べない仲間が一緒で具合が良かったことでしょう。しかしながら、彼は黄昏の団の皆さまと一緒に、会場から避難してきた方々の介抱と治安の維持に当たっております。

 ただ、どんな時でも決して前向きさを忘れないのが、アレン様です。

「……僕は僕に出来ることをするよ。タナカさん」

 表情を新たに宣言されました。

 なんて格好良いのでしょう。ぐっと握られた拳と、何かを決心したような表情。思わずお股が濡れてしまいそうです。その凛々しい横顔を見つめさせて頂けるのであれば、メイドはたとえ火の中水の中、お供させて頂きますとも。

「あの、わ、私もお手伝いいたしますっ」

「ありがとう。君が一緒なら、きっと皆も話を聞いてくれるだろう」

「いえ、そ、そ、そんなことは決してっ」

 アレン様との共同作業、嬉しいです。

「ちょっと大変なことになっているけれど、大会は決して終わってはいないんだ。この正念場を越えられるか否かで、今後のペニー帝国の在り方は大きく変わってくると思う。だからこそ、ドラゴンシティの為にも頑張らないと」

「はいっ!」

 それが街の為になることであれば、やる気も一入といったところでしょう。


◇◆◇



 魔王様の封印直後、醤油顔の社会生命を救ったのは肉便器ちゃんだった。

「どうぞ」

 間髪を容れず駆けつけた彼女は、今の今まで自身が着用していたローブをふわり、後ろからブサメンの腰に撒いてくれた。その体温が残る生地が、全身をふんわりと覆う。

 都合、彼女はいつだか大会で目の当たりとした全身タイツ姿となる。膝から太ももの付け根に向けて破れた箇所もそのままだ。もしかしなくても、初日から本日を迎えるまで、タイツ一丁にローブという出で立ちで活動してきたようである。

「ありがとうございます、トトさん」

「タナカ伯爵は、とても素敵なものを持っているのですね」

 背中にオッパイが押し付けられた。

 ヤバい。

 肉便器ちゃん可愛い。

 中古も中古の超絶ビンテージなのに、おもわず結婚したくなってしまう。

 そうこうしていると、他所から声が聞こえてきた。

「いたわっ! あそこよっ!」

 それは少しばかり距離を離れて、空の一角から届けられた。耳に覚えのある響きは、間違いない、エステルちゃんである。視界の隅に飛行魔法で身を飛ばすロリビッチと愉快な仲間たちの姿を発見だ。

 周囲に魔王の姿が存在しないことを確認してだろう。彼女たちはそのままの勢いで、醤油顔の下までやってきた。スタン、スタタン。幾つかの足音が重なり合うように鳴り響いては、ゾフィーちゃんや縦ロールといった面々が一様に降り立つ。

 どうやら様子を見に来たらしい。

 応じて背中に感じていた柔らかな感触が、すっと遠退いてさようなら。肉便器ちゃんの体温が失われた。彼女は半歩ばかりを引いて、醤油顔の斜め後ろへ。スッと控えた感じが秘書っぽくて全身タイツ最高。

「ま、魔王はどこへ行ったのかしらっ!?」

 間髪を容れずロリビッチから確認が飛んできた。

 その視線はこちらの顔を捉えたかと思いきや、胸に移り、腰に移り、足に移り、また腰に移りと非常に忙しない。落ち着きを無くした様子で、そわそわとしながらのお問合わせ。あまり醜いものを見せるなという訴えだろう。

 悪いとは思うけれど、装備はバトルでロストしてしまったんだよ。

 ブサメンの戦闘パートは、装備脱衣システムが搭載されているから。

「エディタさんが封印してくださいました。もう安心です」

「えっ……ほ、本当にっ!?」

 醤油顔とロリビッチのやり取りを受けて、皆々の意識が金髪ロリムチムチ先生の下に向かう。皆々から急に注目を受けた先生は、ビクリと肩を小さく震わせた。やがて、怖ず怖ずといった様子で頷いてみせた。

「あ、あぁ、まあ、とりあえずは封ずることができた」

 控えめな物言いが非常に先生らしい。

 つい今し方には大きな声で誇っていたのにな。

 すると、彼女のつぶやきを耳として、場に居合わせた誰もの表情に笑みが浮かんだ。普段なら皮肉の一つも口にしそうな縦ロールでさえ、その表情に素直な笑顔がチラリ垣間見えて、こちらまで微笑ましい気持ちとなる。

 特に顕著な反応を見せたのはエステルちゃんだ。

「本当っ!? 凄いわっ! まさか魔王を封じてしまうなんてっ!」

 破顔一笑、歓喜の声が会場に響き渡る。

 そのとおりだよロリビッチ。

 先生は凄いんだって。

 まるで自分のことのように嬉しいよ。

「皆さんがご存知かどうかは知れませんが、これまで魔王を封じてきたのもまた、エディタさんの魔法なのです。伊達に先代の魔王を討っていませんね。私もまた改めて、エディタさんの凄さを理解した次第です。どれだけ感謝してもし足りません」

「いや、そ、それなんだが……」

『ぐ、ぐるるるる……わ、私だって、頑張ればきっと……』

「そこは素直に褒めてあげましょうよ、クリスティーナさん」

『……ぬぅ』

 流石のロリゴンも今回ばかりは続く言葉が出てこない様子だ。

 悔しそうな表情を晒しながらも、チラリと先生のお顔を確認したところで、大人しく引き下がった。大会では真正面から戦った者同士、先生の最強で無敵で全農なところが、決して嘘や虚勢でないことは理解しているのだろう。

「ということはぁ、これで一件落着ということかしらぁ?」

 場を取りまとめるよう縦ロールが問うてきた。

「ええ、そう考えて差し支えないかと」

「そ、それならお祭りよっ! お祭りをしないといけないわっ!」

 エステルちゃんが騒ぎだすに応じて、同所は段々と賑やかになっていく。

 学生の時分も遠く過ぎて、この手のどんちゃん騒ぎには苦手意識を持ち始めていた昨今だ。お酒を飲むにも、一人で静かに飲むほうが楽しかったりする。だからこそ距離をおいていた類の賑わい。ただ、今回ばかりは決して悪い気がしない。

 というより、皆と一緒に楽しみたい気分。

「そういうことであれば、できるかぎり盛大にやりましょう。大会の趣旨を思えば、これほど相応しい祝い事はありません。リチャードさんや陛下もきっと喜んでくれることでしょう。国を挙げての行事に成るはずです」

「お、おいっ、ちょっと待……」

「私は皆さんに情報の共有を行ってきます」

 そうとなれば、こうしてはいられない。

 金髪ロリムチムチ先生の活躍と併せて、関係各所にお伝えさせて頂こう。

 エディタ先生は最強。これからも信仰させて頂こうではないか。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 魔王様がエルフさんの魔法により封じられたそうです。

 その報を耳として、場末のメイドもまた他の皆さまと同様、心の底から安堵いたしました。これでもう大変なことは起こらないのだと、喜ばしい気持ちになりました。それが他の誰でもないエルフさんの手によって行われたとなれば、喜びも殊更です。

 おかげで現在、町長さんのお宅では誰もが大わらわです。翌日以降、お祝いの席を巡って皆さん、大急ぎで段取りに取り掛かっていらっしゃいます。なんでも明日には、魔王打倒の報を大々的に流し、街を挙げてのお祝いをするのだそうです。

 メイドはその輪を抜けましたところ、お盆を両手に廊下を歩みます。

 向かう先はエルフさんのお部屋です。

 魔王様を封じるという偉業を成し遂げたのですから、それはもう疲弊していることでしょう。きっとお腹も空いているに違いありません。ここは一つ、お食事でも差し入れるべきだと考えた次第にございます。

「…………」

 階段を上がって、幾つか角を越えた先、目当てのお部屋が見えてきました。ドアとドア枠の間から漏れる灯りから、在室を確認でしょうか。よかったです、どうやらまだ起きていらっしゃるようですね。

 正面に立って、いざお声がけをさせていただこうと口を開きます。

 その直前の出来事でした。

「い、言えないっ……こんなこと、絶対に言えないぞっ」

 お声は間違いなくエルフさんのものです。

 なにやら酷く狼狽して思える響きです。

 どうしたのでしょうか。

「魔王の封印が、い、一日しか持たないなんて、言えないっ……」

「…………」

 とても衝撃的なお言葉が、メイドの耳に届けられました。

 一日。

 一日だそうです。

「こうなったら毎晩、魔王が蘇ったタイミングで封印の魔法を撃つか? いやしかし、今の私にはあの者を拘束するような手立ては……ぐっ、ど、ど、どうすれば。だが、どうにかしなければっ……」

 タナカさん、どうしましょう。

 エルフさんが大変です。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ