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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫

本文

123/132

武闘会 十二

 もうダメだ、諦めよう。全てを諦めてゴッゴルちゃんと旅に出よう。

 そんな心持で迎えた本日、大会は遂に最終日である。

 最初の試合の開始直前まで待ってみたけれど、覆面の彼は姿を表さなかった。恐らくは自身の試合の直前を狙って訪れる算段だろう。どうにかして聖女様と聖騎士のコンビを出し抜きたいところだけれど、隠れられてしまうと如何ともし難い。

 宿泊先が分かれば、夜襲を掛けるという手もある。

 しかしながら、今のところ彼らの潜伏先は分かっていない。

 そもそも聖女様の今の顔はどうなっているのか。

「それでは準々決勝を始めようかしらぁ!?」

 一方で絶好調なのが縦ロール。

 今日も今日とて自前の実況席に腰掛けて、会場の隅から隅まで響き渡るほどに声を張り上げている。隣にはキモロンゲの姿も然り。おかげでブサメンは仕事に猶予が生まれて、なんかもう、この期に及んでありがたい限りである。

「会場の正面より向かって西側、なんだかんだで順当に勝ち進んでいるのがペニー帝国のフィッツクラレンス子爵よぉ! 正直、ここまで頑張るとは思わなかったから、流石のわたくしもビックリかしらぁ!」

 相変わらず軽快な軽口である。

 もしかしたら天職なのかもしれない。

 ゾフィーちゃんとユニットを組んだら如何だろうか。

 処女と非処女、ファンの住み分けも完璧だ。

「けれど、その勢いもここまでかしらぁ? そんな彼女が挑むのは、これまでファーレン伯爵やジャーナル教授と、錚々たる面々が破れてきた相手よぉ! 貴方にこれを壊すことができるかしらぁ? ねぇ? リズゥ?」

「う、うるさいわよっ!? そんなのやってみないと分からないわっ!」

 縦ロールの煽りにもわざわざ答えるロリビッチは、意外と甲斐性のあるビッチ。ただし、その台詞とは裏腹、今まさに晒す表情は強張って思える。ドラゴンシティの立ち上げから関わってきた彼女だから、壁の強度には理解も相応といったところか。

 っていうか、いつの間にか壁が作られていることに醤油顔は驚きだ。他に考えることが多くて、完全に後回しにしていた。にも関わらず今まさにステージの上、新品の壁があることに焦る。ソフィアちゃんの一件があってから、試合の都度、暗幕で隠して撤去していた筈なのだけれど。

 もしかして、気を利かせたロリゴンが自発的に作ってくれたのだろうか。

 そんな馬鹿な。

「本人のやる気も十分のようだし、試合を始めるわよぉっ!」

 醤油顔が何を語る間もなく、縦ロールのアナウンスで試合開始。

 準々決勝、最初の試合が始まった。

 果たしてロリビッチは壁を壊すことが出来るのか。

 本当であれば、この場には壁の代わりに魔導貴族かジャーナル教授が立っている筈であった。この試合はロリビッチの名前に泊を付ける為のものだ。彼らと良い試合を繰り広げた新米子爵は、その立ち位置を揺るぎないものにするだろう。

 フィッツクラレンスの家名から離れて、エリザベスの名を世界に轟かせる。

 それが不細工な中年に逆セクしてくれたビッチへ、童貞からのささやかなお礼。

 結果的に準々決勝を勝ち抜くのは、三名のうち誰であっても構わない。三名とも醤油顔がお願いすれば、どうとでも動いて下さる方々だ。然る後、西の勇者様は確実に決勝行きのチケットを手に入れる、といった算段である。

 いやもう本当に聖女様の存在以外は完璧な試合の運びではなかろうか。

「……どうするの?」

 さて、どうしよう。

 ゴッゴルちゃんからも突っ込みを頂戴してしまった。本当にどうしよう。いっそ全てを放り出して、ゴッゴルちゃんと共に、二人のことを誰も知らない場所へ高飛びしてしまおうか。新しい土地で始める新しい生活。良い響きではないか。

「本当に?」

 そういう選択肢もまた残っていると思えば、まだ、頑張れる気がする。流石にこのタイミングで逃げ出すのは無責任極まりない。仮に逃げ出すとしても、他の面々の行く先くらいは確保してからでないと、共に努力して下さった好意に申し訳が立たない。

「…………」

 そうこうしている間にも、試合は進んでいく。

 エステルちゃんが壁に向かい、今まさに一撃を放つべくスタンバイ。足元には魔法陣が浮かび上がり、更に両腕の掲げられた先、正面にも法線を壁に向ける形で、同じように魔法陣が形作られている。

 そして、その中央には段々とサイズを大きくしていく火球が。

「ファイアボールかしらぁ? もしかして、流行っているのぉ?」

「う、うるさいわねっ! 気が散るからいちいち文句を言わないでっ!」

「ふぅん」

 火球が膨らむに応じて、魔法陣が輝きを増していく。どこからともなく吹き荒れる風が、金髪ロリータのツインテールを激しくはためかせる。魔導貴族やジャーナル教授がそうであったように、大技を感じさせるエフェクトだ。

 でもこれ、どういう段取りになっているのだろう。

 流石に決勝戦が壁っていうのは避けたいのだけれど。

「私はこの魔法が、せ、世界でいちばん強い魔法だって信じているのよっ!」

 ロリビッチが声も大きく言い放つ。

 全く同じようなことをした魔導貴族とジャーナル教授。彼らが揃って敗北した事実が、童貞的には胸に痛む。それとなく会場にロリゴンの姿を探してみると、いつの間にやら貴賓席で、陛下の隣に腰掛けているから驚いた。

 なんでそんなところに居るんだよ、ロリゴン。

 しかもドヤ顔。

 めっちゃ良い笑顔。

 口の周りにクリーム付いてる。

 なんかもう色々と自由だな、この大会は。

「ぁぁあああああっ!」

 エステルちゃんの口から公爵令嬢らしからぬ雄叫びが発せられる。

 呼応するよう、正面に浮かんだ魔法陣の手前、ファイアボールが撃ち放たれた。それは瞬く間に加速して、一直線に壁を目指す。轟々と激しく炎を滾らせながらも進む様子は、なかなか迫力のある光景だろうか。

 やがて、直撃。

 ズドンと大きな爆発音を立てて、火球が炸裂した。

 爆風は実況席まで届いて余りあるもの。ブサメンの髪が前から後ろへ激しくはためいては肌を打ち付ける。弱々しい毛根が悲鳴を上げる。果たして何本抜けただろうか。この試合が終わったらヒールだな。

 ステージの上に広がる土煙。

 これを尻目に視線はすぐ隣、ゴッゴルちゃんの下腹部へ。短いスカートが捲れる様を拝まずにはいられない。未だ一度として目の当たりにしたことのない、その内側へ期待を胸に姿勢をスライド。

 だがしかし、どうしたことだろう。

 行儀良く両足の上に置かれた手が、スカートが捲れ上がるのを防いでいる。

 聖女様はいつの間にか復活するし、大会は荒れに荒れているし、ゴッゴルちゃんのオパンツは拝めないし、非常に残念な気分である。せめてゴッゴルちゃんのオパンツはチェックしたかった。深いところまで写生したかった。

「…………」

 そうこうしている間にも、ステージの上では変化が。

 爆発の煙が晴れてゆく。

「ざぁんねぇん。どうやら貴方では無理だったようねぇ、リズゥ」

「ぐっ……」

 例によって傷一つ付いていない壁と、これを正面において崩れ落ちるロリビッチの姿があった。ハァハァと息も荒く、肩を上下させる姿からは、これ以上、何某か手を控えているようには思えない。



名前:エリザベス・フィッツクラレンス
性別:女
種族:サキュバスハーフ
レベル:118
ジョブ:魔道士
HP:14230/14230
MP:0/32100
STR:2500
VIT:6562
DEX:8601
AGI:5134
INT:45190
LUC:1030



 ご覧の有様である。

「どうするのかしらぁ? わたくしとしては、延々と足掻き続ける貴方の姿を見ていても良いのだけれど、これ以上頑張ったところで、先はないように思えるわぁ。それとも何か秘策があったりするのかしらぁ?」

「……降参よ」

 ロリビッチから降参の声が挙がったところで試合は終了である。

 これを耳として観客席からは、壁の行く先に疑問の声が多く届けられる。当然だろう。残された試合は少ない。あと二回、二回ばかり勝てば、壁が優勝してしまう。そんな阿呆な話があって良いものだろうか。

 ごく一部、トトカルチョ勢の大穴狙いが歓喜の声を上げているくらいだ。

「…………」

 あぁ、気づいた。ブサメンは気づいたぞ。

 ロリゴンがドヤ顔で貴賓席に陣取っていた意味に。

 壁の発注元、陛下だわ。

 陛下がロリゴンに声を掛けて、壁を優勝させるべく進めているに違いない。声を掛けられたロリゴンもロリゴンで、自分の魔法が優勝するなら、それはそれで気分良く過ごしているのだろう。

 なんかもう完全に空中分解しちゃってるじゃんね。

 どうしよう。



◇◆◇



 エステルちゃんと壁の試合がサクッと終わった都合、休憩の類いを挟む理由もない。縦ロールのアナウンスに促されるまま、続く試合が始められる運びとなった。選手の入れ替えは滞りなく行われて、ステージの上には人影が二つ。

 方や覆面姿を晒すのは、大聖国からの間者。

 中身はこんな感じだ。



名前:ミレニアム・マルセイユ
性別:男
種族:人間
レベル:73
ジョブ:聖騎士
HP:4120/4120
MP:8900/8900
STR:3300
VIT:3130
DEX:5011
AGI:6138
INT:10100
LUC:4104



 聖女様は今現在も行方不明。メイドさんが相手なら自分が出るまでもないという判断したのだろう。セイントビッチは大聖国での一件から、ソフィアちゃんの実力を正確に把握しているように思われる。

 聖女様が一人になる機会を狙っているのだけれど、おかげで上手くいかない。

 一方で彼に対するのは、膝をガクブルと震わせているメイドさん。西の勇者様が目の前の覆面に敗北した事実は彼女もご存知のようだ。その顔を真っ青にして、自らの対戦相手を見つめている。

「それじゃあ試合を始めようかしらぁ」

 声高らかに縦ロールが言い放った。

 わぁと会場から歓声が上がる。

「ひっ……」

 活気に怯えたメイドさんの表情が、殊更に辛そうなものへ。

 方や前進をローブで覆った上に剣を手にした大柄な男性。方やメイド姿まま無手に立つ年若い娘さん。酷く対象的な出で立ちからは、決着に数秒も要さないだろうと誰もが思うことだろう。醤油顔もそう思う。

 けれど、もしも彼女が本試合まで駒を進めた理由があるのなら、それはもしかして、今まさに迫ったペニー帝国の危機を救うためかも知れない。とか、勝手に期待してしまっている自分がいる。

 全てを彼女に丸投げしているような状況が酷く情けない。だが、彼女の高LUCだったら、もしかしたら、もしかするかも。そんなミラクルが次の瞬間にでも起こるかも。全てが上手いこと収まるような展開が。

「…………」

 いいや、駄目だな。

 止めだ。そこまでして何になるだろう。

 今のブサメン、最高に格好悪いわ。

 殊更に不細工だわ。

 醤油顔は実況席を立つ。

「すみませんがこの試合、ベーコン選手の棄権でお願いします」

 会場中に響くよう、声も大きく言い放つ。

 彼女が伊達や酔狂で怯えている訳ではないことを醤油顔は知っている。今すぐにでも逃げ出したいのだろう。それでも逃げ出せなくて、おろおろと怯えるばかりである。酷く頼りなくて情けない姿だ。

 事情を知らない観客からは、また違って見えるのかもしれない。けれど、少なくとも自分にはそのように見える。

 これまでは安全が確保されていた為、黙って様子を見ていた。しかしながら、この試合は違う。もしかしたら、もしかしないかもしれない。あっさりと相手の剣に切り裂かれてしまうかもしれない。

 それは見過ごせない。

 幸運だなんて不確定なものに、彼女の身体を任せる訳にはいかない。肉体的な怪我は回復魔法で治るかもしれないが、一度でもブレイクされてしまった心は、どれだけ長い時間を掛けても、決して元に戻らないのだ。

 社畜はそれを知っている。

 だからこそ、メイドさんとペニー帝国、ブサメンは前者を優先したい。

「ちょっとぉ、それはどういうことかしらぁ?」

 縦ロールから非難の声が上がった。

 観客席からも騒々と声が上がり始める。え、マジかよ。みたいな感じ。参加選手の控室や貴賓席からも、自ずと疑問の視線が向けられる。身内可愛さに運営側が横から口出ししたのだから、当然といえば当然だろう。特にトトカルチョ勢からの声が大きい。

 これに構わず醤油顔は語る。

「さて、ここで私から皆様にお伝えしたいことがございます」

 無策で彼女の棄権をアナウンスすることはない。

 断腸の思いで、とっておきのカードを一つ切らせて頂く。それは大会的にもメイドさん的にも、共に美味しい一石二鳥のお話だ。ミーハーの気がある彼女なら、きっと喜んでくれることだろう。

「これまでの試合からも、彼女が優秀な女性であることは、皆さんにもご理解して頂けたことと思います。この街の財務を一手に預かりながら、同時に本大会では上位に食い込むほどの腕前を披露してみせました。まさに文武両道を地でゆく女性でございます」

 同時にブサメンとしては、出来ることなら避けて通りたかったルートでもある。ただ、今は他に彼女と大会を共に守るだけの手立てが存在しない。全てはここまでメイドさんの試合を引っ張ってしまった自分の失態だ。

 だって巡らせた策が、片っ端から裏切られていくのだもの。

 彼女の高LUCの狙いは、もしかして今まさに下した醤油顔の判断か。

 だとすれば、やはりソフィアちゃんの高LUCは手強かったよ。

「そんな彼女ですが、あまりにも優れた女性であるが故に、並の男ではその隣に立てません。数多の王侯貴族が我こそはと名乗りを上げること度々。しかしながら、誰もが彼女の手腕に圧倒されて、自ら身を引いてしまうのです」

 つい数日前、他の誰でもない彼女から相談を受けたお話だ。

 ここは一つ、試合の棄権と併せて利用させて頂こう。

「我こそはと思う殿方、いらっしゃいましたらお声がけ下さい。そして、本試合までを持って、彼女から皆さまに対するアピールを終えさせて頂きたいと思います。こう見えて本人はやる気満々ですが、流石にこのままでは優勝してしまいますので」

 あれこれと述べたところ、会場からは苦笑が返って来た。

 主に貴賓席の辺りから返って来た。

 相変わらずトトカルチョ勢は厳しい表情でステージを見つめている。十中八九でメイドさんに賭けた者たちだろう。しかし、それ以外の観客からは概ね好意的に受け入れられたようだ。不満の声も収まりつつある。

 冗談か本気か、観客席からは早々に名乗りを上げる男の声もちらほらと。

 これで開催元が彼女を棄権させたことに対して、世論の反発は小さくなるだろう。同時にメイドさんはメイドさんで、世界中のハイスペックなイケメンからアプローチを受けまくり決定である。チラリと貴賓席の様子を窺えば、既に人の動きが見られる。

 西の勇者様こそ負けてしまったが、ロリゴンやエディタ先生を含めたドラゴンシティの存在に、価値を見出している貴族は多いのだろう。

 ペニー帝国全体としては各国よりグローバルにディスられるかも知れない。陛下や宰相辺りは吊し上げを喰らうことだろう。しかし、この街に限っては、戦犯となる醤油顔さえ出ていけば、当面は今まで通りやっていけるだろう。

 いいじゃん。やったじゃん。

「どうぞ皆さま、よろしくお願い致します」

 嘘だよ。

 全然良くないよ。

 ソフィアちゃんと共に学園の寮で過ごす自堕落な生活は最高だった。あれこそが理想の童貞ライフだった。もっと楽しみたかった。ソフィアちゃんが配膳してくれたご飯を食べて、ソフィアちゃんが整えてくれたベッドで眠る。それこそ至福である。

 しかし、約束は約束だ。

 メイドさんは本日を迎えるに差し当たり、普段以上に頑張ってくれた。

 ブサメンは彼女の努力に報いるべきだろう。

「構いませんね? ソフィア・ベーコンさん」

「は、は、はいっ!」

 カクカクと首を激しく上下させるソフィアちゃん。

 涙目で頷くメイドさん可愛い。こんな可愛い子が毎日、ブサメンな中年野郎の世話を焼いて下さっていたのだ。流石にこれ以上の苦労は申し訳ない。相手は聖女様絡みだし、真正面から戦うなんて以ての外である。

「この試合、バチェラー選手の勝利です」

 悪いけれど、ここは醤油顔の都合で進めさせて頂くとしよう。



◇◆◇



 続く試合は東の勇者様とゴンちゃんが出場だ。

 もしも醤油顔にミラクルが起こるとしたら、彼が最後の望みだろう。同じ身内とはいえ、壁が勝ち進むよりはなんぼかウケは良いはずである。更に東の勇者様を破ったとあらば、ドラゴンシティとしても最低限の面目は保てる。

「それでは準々決勝、三試合目を始めたいと思います」

 ステージの上で視線を交わす二人。

 なかなか絵になる光景だ。

 方や見るからに勇者然とした姿格好の東の勇者様。一方で筋肉ムキムキなガタイ系大男のゴンちゃん。これが共にイケメンともなれば、見ている側も気分が良い。様式美とでも言うのだろうな。女性からの声援も相応のこと。

「ここまで全ての試合を一撃で終えてきました、東の勇者様。その快進撃は果たして、どこまで続くのか。その瞳には未だに戦意の衰えることのない意志の強さが窺えます。この試合も楽しみですね」

 ソフィアちゃんの心配がなくなったところで、少し心の荷が降りた。

 おかげで実況のお仕事も幾分か進みが良い。

「対するはドラゴンシティの騎士団長にして黄昏の団を率いる伊達男、ゴンザレス・アウフシュタイナー選手。東の勇者様を相手にして、どこまで健闘してくれるのか、まことに勝手ながら、私はその勝利を願わずにはいられません」

 その名を呼ぶに応じて、ちらりと彼から視線が向けられた。

 ニィと口元に笑みなど浮かべてくれたりして、おう、なんか良い男だわ。

 そりゃモテる訳だぜゴンちゃん。

 ほっこりしていると、縦ロールから早々に野次が飛ぶ。

「ちょっとぉ、そういうのは平等じゃないわよぉ?」

「さて、これ以上は怒られてしまいそうですので、早速ですが試合に移りたいと思います。本大会も残すところ四試合、まだ時間は十分にございますので、存分に競って頂けたらと思います。それでは試合の開始ですっ!」

 ブサメンのコールで試合開始である。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 今、メイドはこの世で最も自由な存在となりました。

 一時はどうなるかと思われました準々決勝ですが、タナカさんのおかげで無事に棄権することができました。五体満足で控室に戻りましたところ、憂いは全てが失われて心はふわりふわりと極めて軽やかにございます。

 更にこのようなメイドの為に、あのお声がけです。

 まるで物語の中のお姫様にでもなったような気分です。

 とても嬉しいです。

 ただ、同時に不安でもあります。

 王侯貴族とか、言い過ぎではないでしょうか。

 いえ、まあ、過ぎたことは仕方がありません。

 それに嬉しいのは事実です。

 もしかしたら、本当にもしかしてしまうかもしれませんね。

「…………」

 顔がニヤけてしまいます。

 こんなことではいけませんね。ええ、ちゃんとしましょう。

 ちゃんとして、試合など眺めてみましょう。

 大会全体としては、西の勇者様が他の参加者に負けてしまったりと、なにやら大変そうな雰囲気ではございます。しかしながら、他の誰でもないタナカさんのことですから、きっと上手いことやって下さることでしょう。

 メイドは彼を信じて、ようやっと訪れた穏やかな時間を享受です。

「お飲み物をお持ちしましょうか?」

「あ、はい。お願いします」

 お付のメイドにも余裕を持って対応することができます。

 彼女は私が頷くに応じて、恭しくもお辞儀をして下がります。

「承知いたしました」

 これです。この感じですよ。

 静々と控室を後にする彼女の背を眺めながら、充実感を胸に噛み締めます。圧倒的なお嬢様感が町娘の心を満たします。本戦の期間中、幾度か繰り返したやり取りながらも、その良さを心の底から感じることができた気がします。

 メイドに傅かれるの、小さい頃から憧れでした。実態はどうあれ、一仕事終えたおかげで、これを気持良く挟持できます。放尿とか知りません。良いのです。全ては過ぎたことです。こうして生きているだけで、十分に立派なのです。

「…………」

 心に余裕を得たことで、自然と意識は会場のステージに向かいます。そこでは依然として試合が行われています。先んじてリタイアした身の上、ようやっと他の観客の方に同じく、大会を娯楽として楽しめそうです。

 ソファーに腰を落ち着けて、足など組んでみたり。

 次はゴンザレスさんの試合ですね。

 ふふふ、お手並み拝見といきましょうか。

 東の勇者様など、とっちめちゃって下さい。

「…………」

 少しばかり高尚な心持ちで試合を眺めます。

 タナカさんの合図を受けて試合は始まりました。先んじて動いたのは東の勇者様です。これまでの試合と同じく、初撃での勝負を狙ってのことでしょう。その足元には早々に魔法陣が浮かび上がりました。

 しかしながら、これを許すゴンザレスさんではありません。

 勇者様の魔法が完成するよりも早く、彼の下まで駆け寄りました。勢いをそのままに、手にして大きな斧を横薙ぎに振るいます。ブォンと大きな風きり音が、これを眺める控室まで届けられました。凄い迫力です。

 ただ、残念ながら斧は空振りでした。

 魔法を中断した勇者様が、大きく後方へ飛び退いたためです。

「ちっ……」

「うちの嬢ちゃんとヌイの件、しっかりと借りを返させてもらうぜ」

「上等だ、かかって来い」

「言われなくてもそうするさ」

 追撃に移ったゴンザレスさんの姿を正面に捉えて、勇者様もまた腰に差した剣を手に取りました。両者ともに武器を使っての決闘です。近接戦というのでしょうか。以降、凄まじい勢いで応酬が始まりました。

 遠慮なく斧を振り回すゴンザレスさん。対する勇者様は少ない動きでこれに追従してゆきます。手にした武器の都合もあるのでしょうが、お互いに対象的な戦い方です。金属のぶつかり合う甲高い音が、絶え間なく会場に響きます。

 おかげで観客の皆さんの盛り上がりも相応でございます。

 お二人を応援する声が、そこらかしこから聞こえてまいります。

「…………」

 ところで、どうにも落ち着きませんね。

 何もやることがなくなると、それはそれで不安なものです。取り立てて気を揉む事柄はない筈ですのに、このまま呆としていたら、自分だけが今という時間に取り残されて、皆に置いて行かれてしまうのではないかという、酷く漠然とした焦りがございます。

 困りましたね。

「お茶をお持ちしました」

「あ、は、はい、ありがとうございます……」

 そうこうしていると、お茶を煎れに出ていたメイドが戻って参りました。

 彼女の手により、ソファー脇に設けられたテーブルへカップがそっと置かれました。ゆらゆらと湯気をくゆらせております。傍らにはポットも添えられて、その隣には小さなバスケットに収まった焼き菓子が。

 これを眺めていると、殊更に不安が大きくなるのを感じます。

「……あの」

 自然と声は漏れておりました。

 問いかけた先は、今まさに配膳を終えて、私の斜め後ろに控えた彼女です。

「なんでしょうか?」

「すみませんが、こちらでのお仕事、お、お手伝いしてもいいですか?」

「……はい?」

 この女は何を言っているんだ? みたいな目で見られました。

 おっしゃることをは最もです。

 しかしながら、不安なのです。

 お茶の一つでも入れていないと、どうにも不安になってしまうのです。

 一つ前の試合、メイドの棄権の提案は、他の誰でもないタナカさんから頂戴致しました。主催の側から一選手の試合を無理やりどうこうするなどとは、滅多でない行いだと思います。故に不安が胸を苛みます。

 もしかしたら、彼に不要だと思われてしまったのかもしれません。

 気遣われたのだとしたら、これほど嬉しいことはありません。この期に及んでメイドを気にかけて下さるなど、女冥利に尽きます。しかしながら、これといって彼の役に立った覚えのない私ですから、ええ、そういうことです。

 全ては私の勝手な妄想です。

 彼が私に対して気を遣う理由は、何一つとしてありません。

 催しの手伝いを引き受けるに差し当たっては、結婚の面倒を見て欲しいなど、勝手なことまでお願いしてしまいました。改めて思い起こせば、失礼にも程がある物言いでしょう。相手は伯爵さまなのです。

 いいえ、違いますね。タナカさんなのです。

 ここまで色々と、面倒を見て下さった方なのです。

 対する私はと言えば、一方的にお世話になるばかり。

「あの、な、なんでもしますのでっ、お手伝いをさせて頂けたらと……」

 居ても立ってもいられない気分であります。

 彼はどうして、私のような端女を気にかけて下さるのでしょうか。

 胸やお尻に向けられていた視線が、妙に懐かしいものとして感じられます。



◇◆◇



 東の勇者様とゴンちゃんの試合は、それはもう盛り上がった。

 大会一番の名試合であったと称しても過言ではない。

 エディタ先生とロリゴンの試合も凄かったけれど、あれはなんというか、祭りの夜空に眺める花火のような盛り上がりであった。一方で東の勇者様とゴンちゃんの試合は、人と人とのぶつかり合いを眺める、スポーツのような盛り上がりだった。

 観客と近いところで競い合ったが故の良さが響いていた。

 ただまあ、残念ながらゴンちゃんは負けてしまった。準決勝には東の勇者様が進出することとなった。次の試合、アレンの敗北は間違いないので、我々ドラゴンシティからの準決勝進出は壁のみとなる。

「……壁でいいの?」

 良くないよ、ゴッゴルちゃん。ぜんぜん良くない。

 壁ってなんだよ。おかしいじゃん。

 人どころか生き物ですらない。

 こんなことなら混ぜなければ良かったとは、数日前の自分に伝えたい。ちょっと調子に乗りすぎたかもしれない。ただ、そんな壁が辛うじてドラゴンシティの威厳を保っている点も然り。

 そんなこんなで続くところ、準々決勝も四試合目となった。

「準々決勝、最後の試合を始めようかしらぁ」

 縦ロールの声が会場に響き渡る。

 ステージの上には既に選手の姿がある。方やドラゴンシティを代表するイケメン騎士。これに対するは褐色のブラジリアンボディーが魅力的なダークムチムチ。互いに向かい合い、剣を鞘から抜いた状態で向かい合っている。

「ここでアレン選手が負けたら、ドラゴンシティからの手勢は壁だけになってしまうわねぇ。上手いこと勝ち抜くことができるのかしらぁ? ペニー帝国の面目を潰さない為にも、頑張ってもらいたいところねぇ」

 相変わらず遠慮のない縦ロールである。

 チラリ、醤油顔の様子など窺ってみせる辺り確信犯だ。

 処女から煽られていると思うと、それはそれで心地良い。

「一方でナンシー選手だけれどぉ、準々決勝まで覆面とローブを守りながら勝ち抜いてきたのは流石よねぇ。剣も魔法も並以上かしらぁ? その下にはどんな顔が待っているのか、とても気になるわねぇ」

 ビクリとダークムチムチの肩が震えた。

 そりゃそうか。

 思い起こせば縦ロールは彼女の元上司である。

 彼女としては何が何でも守り抜かなければならないローブと覆面だろう。

「それじゃあ試合を始めてちょうだぁい!」

 縦ロールがコールすると共に、ダークムチムチが駆け出した。

 正体がバレる前に、さっさと済ませてしまおうという算段だろう。剣を構えて凄まじい勢いでイケメンに向かいかけてゆく。勢い余って殺してしまうのではないかと、思わず危惧してしまうほどの気迫を感じさせる。

 対するイケメンは、試合開始より場を動かず迎撃の姿勢。

 数瞬の後に両者は接して、キィンと乾いた音が辺りに響いた。肩口を狙い切り上げられたダークムチムチの一撃。これをアレンは両手に構えた剣で危うくも受ける。どうやら相当に重い振り下ろしであったらしく、その表情は辛そうなものに。

 これに自らの優位を理解したダークムチムチが攻勢に出た。

 続けざまに一撃、また一撃と間髪を容れずに打ち付けていく。アレンはこれを必至の形相で防いでゆく。金属と金属のぶつかり合う甲高い音が会場に絶え間なく響く。観客席からは両者を応援する声が、瞬く間に大きくなって飛び交い始めた。

 その光景が示すとおり、こちらの世界におけるチャンバラは割と激しい。

 竹刀の先っちょの擦り合いが大半を占める現代日本の剣道とは雲泥の差である。打ち合いは絶え間なく行われるし、ステージの上で選手の移動も非常に大きい。ボクシングで言うところのクリンチに発展することも稀である。

「アレン選手が劣勢かしらぁ? 必至に防いでいるけれど、このままだとジリ貧よえねぇ。このまま負けてしまうのかしらぁ? せっかくリズも見ているのに、格好良いところを見せられないまま終わってしまうのぉ?」

 縦ロールの煽りを受けて、アレンの表情が変化する。エステルちゃんに格好良いところを見せたいというのは本当なのだろう。他所の国の選手を出し抜いて、準々決勝まで勝ち抜いてきたことは、素直に凄いと思う。

「こ、この程度では負けられないっ!」

 声高らかに叫ぶと共に、半歩ばかり前へ。

 同時に叫んだ。

「ファイアボールっ!」

 その瞬間、ダークムチムチの鼻先に、バレーボールほどの大きさで火球が現れた。頬を流れるよう前に前にと勢い付いていた長い銀髪が、その炎に絡め取られてチリチリ焼かれては縮れる。

「っ!?」

 本試合を迎えるまで、一度として魔法を使う素振りを見せなかったアレンである。彼女もまた相手が魔法を用いてくるとは想定外であったのだろう。酷く驚いた様子で、咄嗟に後方へ飛んだ。

 その隙をヤリチンは逃さなかった。

「覚悟っ!」

 短く叫ぶとともに、一歩を踏み込んでの一撃だ。

 その切っ先はダークムチムチの覆面を飛ばした。カァンと甲高い音が響く。宙を舞った覆面は弧を描いて、ステージの外に落下した。同時に顎紐の切り飛ばされたローブのフードが、剣圧からか押されて後ろに下がる。

 ダークムチムチの首から上が白昼の下に晒された。

「なによぉ、アレン選手ってば、なかなか頑張るじゃないのぉ。相手選手の覆面を見事に飛ばしたわよぉ。ローブの下から現れたのは、どうしたことかしら。随分と綺麗な顔立ちのダークエル……あらぁん? どこかで見た顔ねぇ」

 アレンのヤツ、剣一筋だと思っていたけれど、魔法なんて使えたのな。

 魔導貴族が喜んじゃうじゃん。



名前:アレン・アンダーソン
性別:男
種族:人間
レベル:79
ジョブ:騎士
HP:7600/19007
MP:311/2280
STR:9810
VIT:10002
DEX:9752
AGI:8001
INT:2290
LUC:13102



 幾分かMPが減っている。

 出会って当初と比較して、多少なりともINTが成長していたのは、彼なりに思うところあって努力した成果なのかもしれない。彼女が魔法使いだし、彼氏としてはファイアボールの一発でも撃てなければ面目が立たないとか、きっと考えたのだろうな。

 しかも大会の試合を経験して、如実にレベルアップしている。ステータス的にはそれでもダークムチムチに劣るものの、この調子で順当に成長していったのなら、東西の勇者様たちと比肩する日も近いのではなかろうか。

「貴様っ!」

 素顔を暴かれたことで、ダークムチムチの表情に焦りが浮かぶ。

 次の瞬間、急加速した彼女の身体がイケメンに迫る。風っぽい魔法か何かで背を押したのだろう。手にした剣を横薙ぎに、脇腹を狙っての一撃である。綺麗に決まったのなら、イケメンの胴体は上と下で真っ二つの予感。

「っ!?」

 渾身の一撃を放った直後のヤリチンには、これを避ける術がない。

 辛うじて剣を盾に刃を受けるも、大きく身を後方へ飛ばす羽目となった。際しては受けた剣が砕けて、イケメンの胴体に代わり中ほどから真っ二つ。うち剣先の側は勢い良く宙を飛んで、ブサメンの眉間目掛けてまっしぐら。

 マジ勘弁。

「…………」

 かと思えば、ゴッゴルちゃんが無言でキャッチしてくれた。

 醤油顔の眉間を貫く寸前、切っ先が肌に触れるか触れないかのところでピタリ、親指と人差し指で摘んでいるの格好いい。そういう止め方、非常に格好良いと思います。ゴッゴルちゃんのような美少女にしてもらえると、尚のこと嬉しいです。

「ありがとうございます。ロコロコさん」

「大したことじゃない」

 ゴッゴルちゃん、素っ気ない語り調子が極めてクール。

 どこまでもクール。

 正直惚れた。

「……本当に?」

 本当ですとも。キュンと来てしまいました。

 併せて観客席からは、ワァと大きな歓声が。

 図らずしてブサメンも盛り上がりに寄与できた予感。

 チラリ、ダークムチムチの様子を窺ってみると、顔を真っ青にしてこちらを見つめていた。試合の最中に見せていたクールな立ち振舞いが嘘のよう。最高にあわあわしている。やべぇ、やっちまった、みたいな。

 そういうことなら許してあげましょう。

 ゴッゴルちゃんに守って頂く機会を頂戴できたのスーパー嬉しい。

 グッジョブ。

 そうこうしているうちに、アレンから声が挙がった。

「こ、降参する……」

 準々決勝、最終試合はそんな感じで過ぎていった。
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