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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫

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武闘会 十

活動報告を更新しました。

 翌日、三日目となる本日から、大会は第二回戦が始まる。

 昨日までに十六試合を終えて、残すところ十五試合。全行程が三十一試合となるので、おおよそ折り返し地点といったところ。進捗が予定通りかといえば、割と予定外のアクシデントに見舞われている。けれど、軌道修正はまだ十分に可能だろう。

 西の勇者様を優勝させる為、頑張っていこうと思う。

 どちらかというと考慮すべきは、トーナメントの組み合わせより他にある。開会式直前に見つかった爆発物だ。こちらに関しては一度の失敗も許されない。故に本戦を直前に控えて早朝、ブサメンはゴンちゃんと打ち合わせなどしている。

「会場を隈なく見て回ったが、怪しいものはなかったって話だ」

「それは何よりです」。

 今後の大会の進め方を巡ってご相談の最中である。もしも彼がヤバイと判断したのなら、流石にこれを押してまで強行はできない。適当に理由などでっち上げて、大会を延期させることも考えていた。

 街の収支を思えば、数日の大会延長は決して悪いことばかりではない。末端の参加者はどうだか知らないが、商人や貴族の類は、勝手に良いように勘違いして、これを渋々ながらも受け入れてくれるのではなかろうかと考えていた。

 ただ、その必要も無かったようだ。

「どうする? 旦那よ」

「そういうことであれば、このまま続けましょうか」

「……大丈夫か?」

「ここで下手に弱腰となるのは、かえって危険だと思います」

 今なら現代社会の、テロリズムに対する過剰とも思える反応が、理解できる気がする。下克上を狙う上で最も効果的だからだろう。上としては気が気でない。もちろん、その際に相手がテロという単語を使うことはないのだろうが。

「分かった。そういうことなら、こっちも了解だ」

「色々と苦労を掛けますが、よろしくお願いします」

 そうこうしていると、不意に執務室のドアがノックされた。

 コンコンコンと小気味良い調子で三度ほど叩かれた。

 こんな朝の早い時間に誰だろう。

「はい、どうぞ」

 ブサメンの案内に応じて、ゆっくりとドアが開かれた。

 現れたのはジャーナル教授だった。

 意外な客人だ。

「これはこれはジャーナル教授、いかがされました?」

「お主のメイドに尋ねたところ、こちらに居ると聞いて参った。忙しいところ申し訳ないのじゃが、一つ相談があるのじゃ。少しばかり時間を頂くことはできぬか? もちろん、今の話し合いが終わってからで決行なのじゃが」

「そういうことであれば、今この場でお伺いしましょう」

「良いのかのぅ?」

「ちょうど今し方に彼との話は終わりましたので」

「なるほど、それはありがたい」

 学園都市のお偉いさんから、直々にご相談とか、否応なしに身構えてしまう。どんな内容だろう。ブサメンが姿勢を正したところで、空気を読んだゴンちゃんが、廊下に向かい歩み始めた。

「それじゃあ、俺は先に会場の方へ行っているぜ」

「すみませんが、よろしくお願いいたします」

「おうよっ!」

 元気良く頷いては去ってゆく。

 小気味良く部屋のドアが閉じると同時、足音は早々に遠退いていった。

 醤油顔の意識が教授に向かう。

 互いの視線が合ったところで、改めて彼の口が動いた。

「本戦に存在している壁なのじゃが、いつ頃壊す予定じゃろうか?」

「……というと?」

 おうふ、いきなり突っ込んだ話題である。

 実を言うと次の試合、ジャーナル教授に処分して頂こうと考えていた壁の扱いだ。魔導貴族が壊せなかった壁であるから、これを壊せる人物となると、多少なりとも相手を選ばなければならない。

 その点、目の前の人物ほど好都合な相手はいない。

「この街を訪れて当初、勝手に街を囲う壁を調べさせてもらったのじゃが、あれは到底、人の身に壊すことができる代物ではあるまい。そうなると貴殿の指示により、適当なところで良いように扱うものだと考えたのじゃが」

「なるほど、流石はジャーナル教授。よくご存知のようですね」

 しかしながら、その硬度までチェックされているとは思わなかった。

 もしかしてブサメンを脅しにやってきたのだろうか。

 いいや、この人に限って、そんな非生産的なことをするとは思えない。

「恐らく貴殿は次の次の試合、儂の試合で壁を処理する腹積もりじゃろう」

「…………」

 どうしよう。こちらの手の内まで読まれてしまっているぞ。

 流石は学園都市の代表様だ。

「……ジャーナル教授は、どういったお話をお望みでしょうか?」

「いやなに、そう堅い話ではないのじゃよ」

「というと?」

「儂もまたファーレン卿と同様に、あのドラゴンが作ったという壁と、真正面から向き合ってみたい。どうか儂の試合では、あの壁に対して処理を待って欲しい。そう望んでおる。どうじゃろう? お願いできないじゃろうか?」

「なるほど」

 そういうことなら納得だ。

 ただ、それは彼の言葉に矛盾する。

「しかし、よろしいのですか? 先程の知見とは背反するように思えますが」

「無理だと分かっていても、挑戦してみたくなるのが人という生き物じゃ」

 まるで歳幼い子供のように、ニコリと屈託のない笑みを浮かべてみせる。

 そういうの醤油顔も嫌いじゃない。

 また、目の前の人物に貸しを作ることができる、というのも大きい。なんだかんだで賄賂とか通じないタイプの人間だから、こういったところでせこせことポイントを稼いでおくべきだろう。

「……承知しました」

「おぉ、配慮して貰えるかっ!」

「ジャーナル教授の試合、楽しみにしております」

「また心にもないことを言ってくれるわい」

「いえいえ、まさかそんなことはありませんよ」

「どうだかのぉ?」

 それに大会を前向きに楽しもうという姿勢はありがたい。

 色々とアクシデントの尽きない本戦だが、そのどれもは基本的に、参加者の前向きな意識から来ているものだ。故にブサメンとしては、決して悪いことばかりではないと考えている。それで皆が楽しく過ごせるのであれば、頑張る価値はあると思うのだ。

 大会も折り返し地点、意欲的に進めていきたいところである。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 本日から大会は第二回戦が始まります。

 メイドは昨日と同様、控室で試合の様子を観戦でしょうか。ちなみに最初の試合は、エステル様と他所の国の騎士団長の方が競い合われます。お二人の間には娘と父親ほどに歳の開きがあります。エステル様、大丈夫でしょうか。

「さぁて、改めて選手を紹介しようかしらぁ?」

 縦ロール様の声が会場に響きます。

 先日に引き続き、本日もあれこれお喋りするみたいです。

「貴賓席より向かって左側には、ペニー帝国のフィッツクラレンス家が誇る麒麟児、十代中頃にして子爵領を預かる才女、エリザベス・フィッツクラレンス選手ですわぁ。その肩書に見合わない、控えめな胸がとても愛らしくて素敵よぉ?」

「なっ!?」

 本当にお元気な方ですね。

 以前、エステル様からお伺いしました。なんでもフィッツクラレンス家と、縦ロール様のご実家であるアハーン家とは、昔から色々と因縁があるのだそうです。その起源は古くて、ペニー帝国とプッシー共和国が同じ国であった時分まで遡るそうです。

 だからでしょうか、お二人の間のやり取りは割と遠慮がありません。

 きっと昔から、こういう感じの間柄であったのでしょうね。

 ただ、会場の皆さまの表情はといえば、如何ともし難いものです。恐れ多くも大公爵令嬢であるエステル様ですから、下手に笑っては打ち首の恐れもございます。なかには必至の形相で笑いを堪えている方もいらっしゃり、どうにも大変そうです。

「これに対するはドムコーン共和国の騎士団長、パスカル・ハラオウン選手ですわぁ! 第一回戦では魔法を得意とする選手を真正面から打ち破った力強きメイジキラー。今回の試合も、その剣技には注目かしらぁ?」

 騎士団長の方のご紹介と比較しても、その差は顕著ですね。

 ところでドムコーン共和国とはどの辺りにある国なのでしょうか。タナカさんと行動を共にするようになってから、他国の方とお会いする機会が増えました。自分の目で見てみたいとは、最近になって芽生えた淡い思いでしょうか。

「それじゃあ試合の始まりよぉ」

 縦ロール様のお声がけにより、第二回戦の一試合目が始まりました。



◇◆◇



 どこぞの国の騎士団長とエステルちゃんの戦いは一方的であった。

 理由は偏に飛行魔法である。

 試合開始と共に空へ飛び立ったロリビッチに対して、騎士団長は有効な攻撃手段を持たなかった。それでも当初、彼は取り立てて慌てることなく対応していた。頭上から降ってくる魔法を落ち着いた調子で往なしていた。

 その表情に焦りが生じ始めたのは、数分が経過してからだ。

 一向に空から降りてこないロリビッチと、止む気配のない魔法。それどころか勢いを増しつつあるという事実。試合の風向きが、なにか彼の中で違ったようだ。剣を振るう姿にも余裕が失われていく。

 これを教えてくれたのは縦ロールの実況である。

「どうやらパスカル選手は宛が外れたようねぇ」

 どういうことだろう。

 醤油顔にも教えて欲しい。

 チラリ、縦ロールへ視線をやると、ドヤ顔が返ってきた。

 サディズム極まる眼差しが堪らない。

 完全飼育されたい。

「一昨日の試合、この街の町長やハイエルフの錬金術師が見せたような、長時間に渡る飛行魔法の行使は、少なくとも人間にとって非常にハードルの高い行いなのよぉ? それも他に魔法を使いながら、一点に静止してとなると、更に困難な行いかしらぁ」

 そういえば、魔導貴族もそんなことを言っていた。

 半刻以上は飛ぶのが難しいとか。

 一点に静止するのにもセンスが必要だとか。

 後者に関しては自身もまた慣れるのに苦労したから間違いない。

「恐らくパスカル選手は、リズがすぐにバテて地上に降りてくると考えていたのでしょうねぇ。それが一向に疲弊する様子が見られないから、いつまで魔法を避け続けていれば良いのか不安になってきているのよぉ」

 なるほど、そういうことか。

 くそう、縦ロールに一枚上を行かれるの快感。

 もっと虐められたい。

「っ……」

 図星を指摘されたところで、殊更に焦り始めるパスカル選手。

 なんかちょっと可哀想。

 一方で空の上からは余裕の声が。

「あと半日は余裕かしら?」

「なっ……」

 素っ気ないふうを装ってのロリビッチ。これを耳としたところで、パスカル選手の表情は驚愕の一色である。むしろ先にバテるのは自分の方だと言わんばかりの反応だ。既に幾度となく魔法に身を掠らせて、ところどころ怪我もしている。

 この時点で試合は決着がついた感ある。

 ところで今更だけれど、ロリビッチが男装していた理由にようやっと理解がいった。飛行魔法で身体を浮かせた時、下からのパンモロを防ぐ為だわ。おかげで今も現在進行系でオパンツが拝めていないブサメンがいる。

「くっ……」

 一か八か、手にした剣をエステルちゃんに向かい投げつけた騎士団長。

 迸るヤケクソ感は清々しいほどだ。

 しかし、それもロリビッチの生み出した氷柱により、容易に弾かれてしまった。カィィンと乾いた音を立てて、決して安くないだろう業物は明後日な方向へ飛んでいった。落ちた先は場外である。

「…………」

「まだ続けた方が良いかしら?」

 魔法を打つ手を止めたロリビッチが、空から問いかける。

「……降参だ」

「懸命な判断ね」

 エステルちゃん、完勝である。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 試合を終えたエステル様が、控室に戻っていらっしゃいました。

「お、お疲れ様でっ……」

 自ずと私は椅子より立ち上がりまして、その下へ駆け寄るべく移動でしょうか。すると、そんなメイドより先に彼女の下へ向かった方がいらっしゃいます。ぬっと脇より現れたその背が、エステル様の正面に立ちました。

「リチャードの娘よ、今し方の戦いは素晴らしかった」

「ファーレン卿?」

「飛行魔法の可能性を世間に知らしめる最高の場であった」

「そ、そうかしら? お褒め頂き恐縮だわ」

 部屋を訪れるや否や掛けられたお褒めの言葉です。

 流石のエステル様も、些か驚いて思えます。

 メイドはそそくさとお二人の脇へ邪魔にならぬよう移動でしょうか。そのお姿を半歩引いて横から窺わせて頂く立ち位置にございます。まさかファーレン様を差し置いて、エステル様とお話をする訳にはいきません。

「けれど、実際にはそこまで良いものではないわ。私が勝つことのできる方法が、あれだったのよ。前の試合で確認した彼の剣技は、脅威以外の何モノでもなかったわ。懐に入られたら一撃であったでしょうし、入られない自信も無かったわ」

 語られて直後、彼女は部屋を一巡するよう見渡されました。

 恐らくはご自身の対戦相手の方を探してでしょう。

 ただ、彼の姿はこちらにございません。

 負けた選手にとっては、やはり居づらい場所なのでしょうね。なんら構ったことなく足を運ばれるファーレン様のような方もいらっしゃいますが、それは少数に留まります。大半の選手は敗北と共に控室から出てゆかれます。

 おかげで段々と人口密度の下がりつつある同所でございましょうか。

 エルフさんが隅の方で静かにお茶を飲んでいるの可愛いです。カップを両手で掴んで、ふーふーとされております。

「だとしても、貴様の試合は魔法を用いた戦いの新しい形を示唆するものであった。それを他の誰でもない、我々人が行ったというのが非常に大きい。それも彼のドラゴンやハイエルフの試合に続く形でだ」

「そ、そうかしら?」

 ファーレン様、ベタ褒めです。

 エステル様も満更ではない表情でしょうか。

「前々から感じていたのだ。近い将来、魔法使いたちの舞台は空となる」

「彼や彼の友人知人を見ていると、私もそんな気がするわ」

「そのためにも我々人は精進せねばならん」

「そうね」

 それとなく控室に居合わせた他の方々の様子を伺いますと、誰も彼もがお二人の会話に注目していらっしゃいます。多くの方は関心した様子で聞き入っています。その中には学園都市の代表だというジャーナル様の姿もありました。

 エステル様、最先端の魔法のお話、格好いいです。憧れます。

「ところで一つ確認なのだが、構わぬか?」

「なにかしら?」

「あのまま続けていたら、もって半刻といったところだろうか?」

「いいえ、その倍は行けたとおもうわ」

「ほう、それは興味深い話だ。まさか学園で教える飛行魔法ではあるまい」

「え? あ、え、えぇ、まあ、そうかもしれないのだけれど……」

「良ければ後で少しばかり席を設けてはもらえないか?」

「大会が終わってからでも良いかしら? 卑しい話かもしれないけれど、私は優勝を目指しているわ。西の勇者様には申し訳ないのだけれど、決して手を抜くつもりもないし、隙きがあれば付け入ることも顧みない腹積もりよ」

「うむ、それは当然のことだろう。楽しみにしておる、エリザベスよ」

 口元に小さく笑みを浮かべて、ファーレン様が仰られました。声を上げて笑っている訳でもありませんのに、どうにもこうにも嬉しそうなお顔でございます。このように申し上げては大変失礼かとも存じますが、とても無邪気な笑みです。

 そう言えば、ファーレン様がエステル様のことをお名前で呼ばれるの、初めて耳にしたかもしれません。



◇◆◇



 さて、続く第十八試合は我らがドラゴンシティの壁が登場だ。

 第一回戦にあれこれと説明を行ったおかげで、会場も勝手知ったるといった様子でステージの上のモノリスを見つめている。対して、その正面には万全を期して試合を迎えたジャーナル教授の姿が。

「この試合、大丈夫なのかしらぁ?」

 縦ロールからは疑念の視線が。

 おっしゃることはよく分かる。醤油顔的にも色々と不安だ。主に会場からの反応が不安だ。魔導貴族が失敗して、更にジャーナル教授が失敗したとあらば、収集がつかなくなるのではないかと。ヤラセ的な視線が向けられそうで怖い。

 でも、本人たっての希望なのだから仕方がないじゃないか。

「さて、次の試合は第一回戦に引き続き、ドラゴンシティの壁が登場です」

 縦ロールから司会進行を奪うようにアナウンス。

 ちゃっちゃと進めさせて頂こう。

「これに対するは学園都市より参加のジャーナル教授となります。学問に身を置かれる方であれば、その名前を知らない方は少ないことでしょう。ファーレン卿が惜しくも破れたこちらの壁ですが、果たして結果はどうなることでしょう」

 チラリ、教授から視線を頂戴した。

 何が何でも絶対に手を出すなということだろう。

 大丈夫です。承知しております。

「それでは始めて下さい」

 しかし、なんというか、あれだ。このブロックの試合だけ、岩に刺さった剣を抜くタイプのイベントになっているような気がする。最低でも、第三回戦ではエステルちゃんと当たるので、そこで確実に壊しておきたいところだろう。

 彼女だったらきっと、ブサメンの思いをご理解して下さることだろう。

 結果、フィッツクラレンスの娘さんは世界最高の魔法使いの称号を得る。

 ちょっとヤバイかもな。

「はてさて、これほど胸の高鳴るのは何年ぶりのことかのぉ」

 壁を正面に迎えて、ジャーナル教授が語る。

 その落ち着き払った様子からは、緊張の一欠片も見つけられない。のらりくらりと壁を眺めては、さてどうしたものか、思案顔といった風情だろうか。こういう歳のとり方をしたいとは思わずにいられない。

 そう言えばジャーナル教授はご家族などいらっしゃるのだろうか。

 可愛い処女のお孫さんとかいらっしゃったら、ぜひ紹介して頂きたい。

 出産を前提に生中出ししたい。

「ジャーナル教授はどうするつもりかしらぁ? 気になるわねぇ」

 流石の縦ロールも彼を前としては大人しい。慎重な眼差しで、その姿を見つめている。とりあえず煽っていくスタイルの彼女であっても、ジャーナル教授が相手とあっては自重してしまうようだ。

 ふっさふさの髭とか最高に貫禄だものな。

 これは会場に集まった観客も然り。誰もが緊張の眼差しで、教授と教授の向かう先を見つめている。もしかしたら彼という存在は、醤油顔が想像する以上に、こちらの世界において大物なのかもしれない。

 ややあって、そんな教授に動きが見られた。

「ゆくか」

 覚悟を決めた様子で一歩を踏み出す。

 その気配には彼が重ねてきた歳月に相応しいだけの重みがあった。

 醤油顔の手前では一歩引いて語ってみせたけれど、実は少なからず自信があるのかもしれない。魔導貴族との勝負も楽しみにしていたし、その穏やかな立ち振る舞いとは対象的に、負けず嫌いで勝負事が大好きな性分なのかも。

 そうこうするうちに、彼は呪文っぽい何かを呟き始める。

 会場の誰もが緊張した面持ちでこれを見つめる。

 教授の足元に半径二、三メートルほどの規模で魔法陣が浮かび上がり、輝きを放ち始めた。とても力強く感じられる真っ赤な煌めきだ。これより発して、同じ色の光が足元から空に向かい立ち上り始める。

 非常に強そうなエフェクトじゃないか。

 少なからずブサメンも期待してしまう。

 魔導貴族が壊せなかったけれど、ジャーナル教授は壊せた。

 そんなリアルな頑健性が最高の謳い文句になりそうな予感。

 ややあって、彼は正面の壁に向かいアクション。おもむろに自らの右腕を正面に掲げる。手の平を壁に対して向ける形だ。他に動作の見られない厳かな調子が、貫禄たっぷりな老体と相まっては極めて格好いい立ち振舞い。

「ゆけ、虚無より溢れし解れの輝き」

 決め台詞も青臭くてカッチョいいぜ。

 彼が呟くに応じて、手の平の先に魔法陣が浮かび上がる。

 同時、その先より細い糸のような輝きが発せられた。

 まるでレーザー。

 ボールペンほどの太さで、光がレーザー状に放たれる。

 何事かと皆々の注目する先、それは壁の根本に向かう。どうやら手の平の法線が指し示す方向に連動しているようだ。彼の腕が右から左へ動くに応じて、レーザーもどきもまた同様に右から左へ移動してゆく。

 なんとなくやりたいことは理解できた。

 サクッと切りたいのだろう。

「…………」

 ただ、切れてない。

 全然切れてない壁。

 数十秒という時間を掛けて、端から端までゆっくりとなぞられたが、壁にはまるで変化が見られない。焦げた跡さえ生まれない。それは例えばレーザーポインターの光で、黒板の類いでも撫でたような塩梅だろうか。

「…………」

 教授はもう一度、同じようにレーザーもどきで壁をなぞる。

 しかしながら、壁に変化はない。

 いいや、少しはあった。ちょっと、本当に僅かだけれど、壁の根本で角の部分が欠けた。カランと小指の先程の欠片が、ステージの上に転がった。観客席からでは確認が難しいほどのサイズである。

 ただ、それだけだった。

 以降は何度繰り返しても、新たな反応は見られない。

 流石にこれでジャーナル教授を勝者と決するわけにはいかない。せめて穴の一つでも空けていただかないと、観客の皆さまに納得して頂くには問題がある。個人的には欠片一つでも割と凄いと思うのだけれど。

「…………」

 そうこうしているうちに、教授自身に変化が見られ始めた。ハァハァと気遣いが荒くなってゆき、更には肩を上下させ始める。壁を見つめる視線もまた、心なしか怪しいものになってゆくから困る。

 やがて、指先から発せられる輝きも失われた。

 頑張りすぎて脳梗塞とか、そういうの勘弁なんだけれど。



名前:ワード・ジャーナル
性別:男
種族:人間
レベル:142
ジョブ:魔道士
HP:21200/21200
MP:0/29088
STR:6320
VIT:10058
DEX:12003
AGI:4200
INT:48900
LUC:8901



 どうやら魔法を使い過ぎたようだ。

 途中までは心躍る演出であったけれど、肝心な最後の部分が想像した以上に地味であった。おかげで会場の誰もは続く言葉を失っている。それとなく観客席の様子を窺うと、え、今なにかしたの? みたいな視線が飛び交っている。

 ややあって、本人から声が上がった。

「……す、すまん、無理じゃった」

 こちらに向かい、ペコリ、小さく頭を下げるジャーナル教授。

 ちょっとお茶目な感じで言うのズルい。

 ここまで引っ張った分だけ、残念な感じが堪らない。とても切ない気分になる。まるで自分のことのように恥ずかしいのは何でだろう。彼自身もまた、少なからず堪えるものがあるのではなかろうか。

 こういう雰囲気を散らすのって、めっちゃ大変だと思う。

 会場は完全にお通夜状態である。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 また、お腹が痛くなってきました。

 つい昨日には山場を超えたと思われば腹痛が、再び自らの出場を目前に控えて、最盛期の勢いを取り戻してまいりました。おかげでトイレは回数を重ねて、漏れなくお尻は擦り切れて赤いものが付着にございましょうか。

 人体とは得てして如何ともし難いものです。

「…………」

 既に試合の様子を確認している余裕もございません。

 部屋の中程に設えられたソファーに腰掛けて、腹部を両手に抱えながら、必至にお腹を温めております。どうか試合の最中だけでも、降参するまでの間だけでも穏便にあって欲しいと。それ以上は決して望みません。

 そうこうしている間に、会場の方から声が上がってまいりました。

 どうやら勝負がついたようです。

 ジャーナル教授は壁を壊せなかったようですね。

「おいっ! 今のを見たかっ!? 破壊したぞっ! あれを破壊したっ!」

 ですがファーレン様は、とても賑やかにしております。

 窓際でステージの上を指差して、誰かれ構わず声を掛けていらっしゃいます。それはもう興奮していらっしゃいます。ここまで賑やかにされるファーレン様は、私も久しぶりに目の当たりとしました。ぺぺ山での一件以来です。

 あと、肝心の壁は全然壊れてません。ファーレン様、魔法を極めすぎて、遂にボケてしまったのでしょうか。いいえ、全ては気にしても詮無きことです。というより、メイドは他に注目している余裕がございません。

 寡黙にも腹痛に耐えるばかりです。

「ソフィア様、支度をお願いします」

 間髪を入れず、私専属だというメイドが声を掛けてきました。

「っ……」

 完全な八つ当たりだとは理解しております。

 しかしながら、どうにもこうにも彼女が憎いです。

 その淡々とした物言いが、悔しいです。

 叶うことなら、彼女と立場を代わりたいとは切に。何故に私はメイド服を着用の上、腹痛に体を痛めながら、魔法と武道の大会へ歩みを向かわせなければならないのでしょうか。ペニー帝国の学園寮で過ごした日々が懐かしいです。

 同所で過ごした日々こそ、私にとって理想の生活でございました。

 タナカさんのお世話などしながら、ぬくぬくと過ごす毎日は至福でした。

「こちらです。よろしくお願い致します」

「は、はぃ……」

 いつか成り上がってみたいものです。

 大きく成り上がって、腹痛に悶える専属な彼女を戦場引っ張っていきたい気分です。

 そんな卑しくも浅ましいメイドの二回戦が始まるそうです。



◇◆◇



 さて、続く試合はソフィアちゃんとエディタ先生の一戦だ。

 大丈夫だとは思うけれど、醤油顔は緊張してしまう。

 正直なところ、二人が真正面から争ったらどのような結果になるか、まるで想像ができない。能力的には後者が圧倒的だろう。しかしながら、前者の備える高ラックが彼女を守る為に働いたのなら、何が起こっても不思議ではない。

 ということで、少なからず緊張を伴ってのアナウンス。

「それでは次の試合ですが……」

 ブサメンが声を上げかけたところ、これを妨げるようステージから声が返った。

 他の誰でもない、金髪ロリムチムチ先生からだ。

「あぁ、せっかくのところすまないが、一ついいか?」

「なんでしょうか?」

 当然、お伺いさせて頂きましょう。

 緊張を悟られないよう問い返す。

 すると、続けられたところ先生からの返答は醤油顔の想定外。

「すまないが、私はこの試合で棄権させてもらいたい」

 これは想定外のご相談だ。

 個人的には先生がメイドさんを優しく場外に運んで下さって、穏便に次の試合へ向かう感じの流れを想定していた。試合が始まる前にソフィアちゃんの不戦勝とか、今後の流れが不安すぎるのだけれど。

 際しては会場からも驚きの声が上がった。何故ならば先生とロリゴンの試合は、それはもう盛り上がったから。ゴンちゃんの報告によれば、会場の外、ドラゴンシティの街中でも、誰もが二人の試合を見上げていたという。

「といいますと……」

 判断に悩んでいると先生からお言葉が。

「如何せん、ここの町長との戦いが厳しかった。とてもではないが、再びこの場で戦うほどの力が戻っていはいない。これから先の試合を戦い抜けるほどの勢いが、私には残されていないのだ」

 ブサメン的にとてもありがたいお言葉だった。

 わざわざロリゴンを立てて下さっている点も然り。

 神様印の回復魔法が伊達や酔狂でなければ、先生の体調は万全の筈である。昨日は彼女の部屋へ意趣返しに訪れたロリゴンと、ベッドの上でキャッキャしていた。醤油顔もこれをオカズにシュッシュさせて頂いたのだから間違いはない。

 まったくもって良い女ではありませんか金髪ロリムチムチ先生。

 冷静に考えれば自分の幾倍も、下手をすれば幾十倍も生きている彼女である。備えたる精神もまた然り。そう考えると、どうにもこうにも厳かな心持ちになってしまう。普段、あまりにもへっぽこだから。

「構わないだろう? タナカ伯爵」

 その他人行儀な物言いに思わず胸キュンしてしまうぜ。

「承知致しました」

 流石に嫌だとは言えない。

 そもそも大会運営側が降参を禁止するのはルール違反である。もしもそれが成り立ってしまったら、かなりエゲツない大会になってしまう。

「この試合、ソフィア・ベーコン選手の不戦勝となります」

 次の準々決勝、メイドさんは西の勇者様と当たる。

 そう考えると悪いことばかりではない。彼女は安穏と舞台から降りることができて幸せ。醤油顔も苦労せずに西の勇者様を準決勝へ進ませることができて幸せ。西の勇者様も試合で苦労せずに済んで幸せ。

 みんな幸せ。素晴らしい。

 なるほど。彼女の高LUCがやりたかったことは、これだったのか。



◇◆◇



 試合を終えると同時、醤油顔は控室に向かった。

 大会的には小休止。おトイレタイム。

 次の試合には覆面選手が登場する。万が一にもロリゴンやエディタ先生のような、サプライズがあっては大変だ。事前のステータスチェックは必要不可欠である。相手が大聖国の人間となれば殊更に。

 何故ならば、その対戦相手は我らが西の勇者様である。勇者様のステータスなら、並の参加者は問題ないと思われる。しかしながら、ここは万全を期すのが正しい。万が一にも敗北などあっては大変である。

 ここは確実に撃破、更に身元まで剥いて頂きたいところだ。

「すみません、少々よろしいでしょうか?」

「ん? なんだい?」

 今まさに部屋を出ようとしていた西の勇者様。

 彼に声を掛けると同時、控室の様子をチェック。

 すると部屋の隅で、壁により掛かるよう待機する、覆面の彼を発見した。相変わらずの全身ローブ姿である。その肩書を思えば分からないでもないが、流石に暑くないのだろうか。試合中とか最高に蒸れそうである。



名前:ミレニアム・マルセイユ
性別:男
種族:人間
レベル:73
ジョブ:聖騎士
HP:3020/4120
MP:7000/8900
STR:3300
VIT:3130
DEX:5011
AGI:6138
INT:10100
LUC:4104



 大丈夫だ。中身が入れ替わった形跡はない。

 そして、この控室から会場までは、関係者以外立ち入り禁止ゾーンで結ばれている。途中で外部の者と接触することは不可能だ。立ち入りが可能なのは、大会の運営関係者のみとなる。控室の出入り口も黄昏の団の精鋭が、警戒の目を光らせている。

「実は今晩あたり、少し話したいことがありまして」

「僕にかい? わかった。君の部屋に向かうとしよう」

「ありがとうございます」

 ついでに明日の準々決勝件に関して、お話をする算段を立てておく。

 これで安心して次の試合に臨むことができる。



◇◆◇



「それではこれより、第二十試合を始めたいと思います」

 ステージの上には既に選手の姿がある。我らがペニー帝国の代表にして、打倒魔王様の旗印である西の勇者様。昨日と同様にフル武装の上、連日に渡り醤油顔の全力ヒールでベストコンディションを保っていただいている。

 対する相手は覆面。

 その実態は大聖国からの間者にして、同国の聖騎士である。ジャーナル教授と魔導貴族に確認したので間違いない。曰く、そこそこ名の知れた人物なのだとか。それなりに高いステータスは伊達じゃないようだ。

 その参加を巡っては、果たして彼の独断なのか、大聖国としての総意なのか、正直なところ測りかねている。ただ、いずれにせよ愚策には違いない。何故ならば西の勇者様の方が圧倒しているからだ。

 ステージの上、覆面さえ剥いでしまえばこちらのものである。

 その素顔を確認した時点で、醤油顔が過去に会ったことのある体から、彼の名前と肩書を叫ばせていただく。本人は人違いだと叫ぶかもしれない。だが、貴賓席には大勢の貴族や王族の目がある。どこまで言い訳できるか見ものだろう。

「向かって西側には我らがペニー帝国の誇る勇者、スター・ザ・エリュシオン選手が登場です。第一回戦では一撃で勝敗を決めるという、非常にパワフルな試合を見せてくださいました。この試合ではどのような戦いが見られるのか楽しみです」

 大聖国でブイブイ言わせていた聖騎士が、西の勇者様に敗北した。

 その事実は今回の大会において、それなりにパンチの効いた宣伝となる。きっと陛下にも満足していただけることだろう。更に続く試合、決勝戦で東の勇者様を打倒したのなら、打倒魔王市場においてペニー帝国の優勢は決定的なものとなる。

 いいじゃん。

 素晴らしいじゃん。

「これに対するは全てがその覆面の下、謎に覆われておりますバチェラー選手。一回戦は宮廷魔法使いであるニコラス選手と激しい試合を繰り広げました。今回の試合もまた、バイタリティー溢れた戦いっぷりに期待でしょうか」

 さあ、サクッと終わらせてしまおう。

 昼食前の試合が長引くと観客に顰蹙を与え兼ねない。

「これが本日午前、最後の試合となります。どうぞ、始めて下さい」

 醤油顔から試合開始のアナウンス。

 すると、先んじて動いたのは西の勇者様だ。

 その背後に魔法陣が浮かび上がった。そのデザインはつい昨日にも見たものだ。どうやら彼は本日の二回戦もまた、一昨日の一回戦と同じ魔法でケリをつけるべく考えているのだろう。大会的にはどうだか知れないが、こちらとしては安心できるので嬉しい。

 一方でこれを受けて、微動だにしないのが大聖国の聖騎士。一回戦で威力を確認している都合、焦りから身が強張って見える。それでも降参を口にしないのは、大聖国の人間としてのプライドの現れだろうか。

「おぉっと、これは勇者スター選手、大技の予感です!」

 この試合ばかりは縦ロールに譲れない。ここぞとばかりに西の勇者様を推させて頂く。縦ロールがつまらなそうな顔をしているけれど無視。精々あとで言葉責めして頂こう。一石二鳥とはこういうことを言うのだ。

「君には悪いが、この試合も一撃で決めさせてもらう」

「…………」

 西の勇者様が問いかけるも、相手選手に反応はない。

 ただジッと覆面越しに、相手を見つめるばかりだろうか。魔法が発せられる前ならば、多少なりとも足掻く余裕はあると思うのだけれど、その意志さえ感じられない。もしかして何か策があるのだろうか。

 そうこうするうちに勇者様のキメ魔法がスタンバイ。魔法陣の輝きは最高潮。早く撃ち放てといわんばかり、ブォンブォンと周囲に風を撒き散らしながら、目が眩むほどの光を放っている。

「喰らうといいっ!」

 その腕が正面、対戦相手に向かい振り下ろされた。

 間髪を容れずに魔法陣の中央から、光の帯が発せられる。それはビーム砲さながら。あまりの眩しさに直視できないほどの輝き。ビリビリと会場全体の大気が震え始める。お腹の内側に響く感じが、ちょっと心地良い。

 放たれた光の奔流は、人の二、三人を飲み込んで余りある太さである。瞬く間に突き進んで、大聖国からのチャレンジャーを飲み込んだ。悲鳴を上げる暇もない一瞬の出来事である。一回戦では光が収まった後、場外に倒れた相手選手の姿があった。

 恐らく今回もまた、同様の結果となることだろう。

「凄まじい魔法です。流石は西の勇者様でしょうか!」

 眩しくてよく見えないけれど、とりあえず推しておく。

 観客の皆さまには、西の勇者様が最強であることを、覚えて帰って頂かなければならない。なんだか厭らしい気がしないでもないけれど、これくらいしないと大聖国の影響力には勝てないと思う。

 時間にして十数秒ほどを輝いていただろうか。

 やがて、輝きが収まりを見せ始める。

 誰もがステージの上、バチェラー選手の立っていた辺りに注目だ。

「っ……」

 そこに醤油顔は発見した。

 魔法が放たれる直前と変わらず、一歩も動いた形跡の見られない騎士団長の姿を。それこそローブが焦げている訳でもなければ、覆面が外れていることもない。まるで何事も無かったかのように、平然と立っている。

「こ、これはどうしたことでしょうかっ!? バチェラー選手、無事ですっ!」

「馬鹿なっ……」

 西の勇者様が激しく驚いている。

 ブサメンだって驚いていた。

 まさかそんな馬鹿なと。

「西の勇者様の攻撃を受けて、かすり傷一つ負った形跡がありません! どのようにして今の一撃に耐えたのでしょうかっ!? あの眩いばかりの輝きの中で、何が起こっていたというのでしょうかっ!」

 というか西の勇者様、ヤバイんじゃなかろうか。



名前:スター・ザ・エリュシオン
性別:男
種族:人間
レベル:152
ジョブ:勇者
HP:45000/45300
MP:10100/21130
STR:29101
VIT:14750
DEX:23023
AGI:10010
INT:20140
LUC:21490



 案の定、魔力が大幅に減ってしまっている。

 そうこうするうちに、大聖国の聖騎士が駆け出した。

 しかも、めっちゃ早い。

 剣を片手に西の勇者様へ駆け足で迫る。更に彼の剣ってば、いつの間にやらキラキラと輝いている。付け根から先端まで、淡い輝きが刃の全体を覆っている。何かしら魔法的な効能が付与されているのは間違いないだろう。

「くっ……」

「…………」

 キィンと甲高い音が会場に響いた。

 西の勇者様もまた剣を抜いて、今まさに上段から振り下ろされた騎士団長の剣を受ける。その表情はかなり厳しそうだ。きつく歯を食いしばり、眉間には深くシワが寄っている。腕などプルプルと震えている。

「な、なんて重い剣だっ……」

 ようやっと発せられた呟きは、どこまでも辛そうである。

 それこそ限界の一歩手前といった有様だ。

 これに追い打ちを掛けるよう、聖騎士の腕が動く。

 一度剣を引いたかと思いきや、二度三度と繰り返し、小刻みに打ち付けていく。一連の振る舞いは、それこそ剣の重量をまるで感じさせないように軽い。まるでハエ叩きでも振るっているようだ。

「ぐっ、ば、そんなっ……」

 おかげで西の勇者様は防戦一方である。

 休みなく与えられる殴打。これを手にした剣で凌いでいく。一連の立ち振舞いは酷く危なっかしいもので、正直、見ていられない。次の瞬間にでも斬られてしまいそう。お世辞にも拮抗しているとは言えない。

 だからだろう、自ずと限界は訪れた。

 聖騎士の一撃が、西の勇者様の守りを超えて、その胸部を襲う。切っ先が上から下に鎧をなぞる。金属に作られた根の張りそうな鎧が、その刃の流れるに応じてキィンと、甲高い音を立てた。

 何事かと誰もが注目する。

 その先で彼の身につけた金属鎧の胸部が砕けた。

「なっ……」

 西の勇者様の瞳が驚愕に見開かれる。

 間髪を容れず聖騎士の腕が動いた。

「…………」

 今まさに砕かれた鎧の穴に向けて、突きを放った。

 西の勇者様はこれを自らの両腕で庇う。どうやら回避は諦めたようだ。手にした剣を捨てて、胸の正面で左右の腕を十字に構える。籠手と自らの肉とで迫る切っ先の進行方向を遮る。醤油顔も咄嗟に回復魔法をスタンバイ。

 次の瞬間、聖騎士の剣は勇者様の両腕を遠慮なく突き刺した。

「くっ……」

 勇者様の身体が崩れ落ちる。

 ステージに両膝を付いた彼。その肩を聖騎士は片足で踏みつけると共に、突き刺さった剣を引き抜いた。開いた傷口から大量の血液が吐き出される。それは彼の身につけたローブや覆面を上から下まで真っ赤に染め上げた。

 傷は両腕を貫通して、胸を浅く突いていた。

「あぁぁぁあっ……」

 勇者様の口から苦悶の声が上がった。

 構わず聖騎士は剣を構える。振り上げられた剣は相手の首を捉えていた。今し方の一撃を思えば、切断は誰の目にも容易なものとして映る。その刃を伝うように流れた血液が、陽光に照らされては鈍く輝いた。

「っ……ぐっ……うぅっ……」

 一方で自身のすぐ傍ら、相手が動く気配を察したのだろう。咄嗟に顎を上げたのが西の勇者様だ。伊達に幾度となく、身体一つで危地を乗り越えてきていない。その危機察知能力は大したものである。

 ただ、彼に出来たのは、そこまでだった。

「……こ、降参だ」

「…………」

 西の勇者様から降参の声が上がる。

 完膚無きまで敗北。

 いやいやいや、それはちょっとおかしいだろう。

 醤油顔は聖騎士のステータスを確認させて頂く。



名前:イード・S・エルメス
性別:女
種族:人間
レベル:437
ジョブ:聖女
HP:13310/16120
MP:190001/208001
STR:12030
VIT:10655
DEX:101000
AGI:13710
INT:151210
LUC:19420



 マジかよ。久しぶりじゃん。
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