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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫
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錬金術師一年生 二

2014/09/24 ドラゴン在住の山の名前を変更しました。

 ドラゴンを倒すには何が必要か? 問い掛けたところ――――。

「信頼出来る仲間だと思うよぉー?」

 幼女は満面の笑みに答えた。

 鋼をも切り裂く伝説の剣だとか、燃えさかる火炎さえ弾く盾だとか、そういった一石一鳥の超絶アイテムの所在を窺いたかった。遠回しに友達皆無な身の上を馬鹿にされたようで悲しかった。

「なるほど」

 とは言え、助言は助言だ。お礼にと例によって二、三枚ばかり銅貨をくれてやると、幼女はこれを握りしめて、元気一杯、何処へとも駆けていった。遠ざかって行く背を見て思う。俺も彼女ほど若ければ、友達作りに前向きとなれたかも、などと。

「……仲間、仲間なぁ」

 どうしたものだろう。

 考えたところで仲間はやってこない。であれば、四の五の言っていられる状況ではない。頼れるものは何でも頼るべし。こうなったら面識のある相手に片っ端から声を掛けるてゆこうじゃないか。

 信頼出来る、という点は妥協だ。妥協。

 行動を共にするうちに段々と惹かれあって、的な展開に期待するとしよう。

 ああ、それがいい。それで決定。

「まずはアイツか……」

 思い立ったが吉日、俺は早朝の大通りを勢い良く走り出した。



◇◆◇



 向かった先は魔道貴族の邸宅。

 の筈だったのだが、途中で想定外の手合いと偶然にもエンカウント。

「き、貴様はっ!」

「げぇっ」

 げぇとか言っちゃうくらいヤバい相手だ。

 いつだか街の牢屋に三泊四日を共とした脱糞系女騎士である。名前はなんと言ったか、なんかこう、自動車っぽい感じだったような気がする。気がするんだが、どうにも思い出せないのでいいやもう。

 いつぞや牢屋からの脱出を共としながら、直後に裏切られた記憶が蘇る。

「貴様、どうしてこんな場所に居るっ!? この一帯は貴様のような卑しい犯罪者が彷徨いていて良い場所ではない。それなりの階級の人間が住まう場所だっ!」

 たしかに周りの民家はデラックスなのが多い。

 庭付きはデフォ。

 ちょっとした城みたいなのもある。

 その中でも際立ってデカイ一つが魔道貴族のお宅な訳だが。

「いや、ちょっと知人の家を尋ねようかと思いまして……」

「知人? そんな嘘を私が見逃すと思ったか!?」

「ここは信じて欲しいところなんですが」

「そんなもの信じられるか! 私の手で牢屋へ送り返してくれるっ!」

 相変わらず人の話を聞かないネーチャンだ。

 その手は腰に下げた剣へと向かう。

 以前と異なり、今日は小綺麗な騎士っぽい格好をしていてる。

 装備も万全ってやつだ。

 牢屋の中では冤罪だなんだと騒いでいたが、誤解は解けたってことかね。

「そういうことであれば、せめて尋ね先の家まで案内させて貰ってもいいですか? もしも相手がこちらを知らないようだったら、仰るとおり牢屋でも何でも連れて行ってくれて構わないですから」

「そうして時間を稼ぐ魂胆か? 相変わらず狡賢い男だ」

「…………」

 清々しいほどに信用されてねーよ。

 もしもケータイとか持ってて、魔道貴族とメアド交換してたら、サクッと片付けられる問題だったろうに。ファンタジーの面倒臭いところが一気に来た感じだな。

「この場に切られたくなければ大人しくしろ」

「いやだから、あの時はこっちも誤認逮捕だったっていうか……」

 延々と終わりの見えない問答。

 またスラム街でフルボッコの憂き目を見るか。

 などと思われた矢先、不意に傍らを過ぎ去る馬車。

 その窓から見知った男が顔を覗かせた。

 更に声を掛けてくるから驚いた。

「ん? 貴様、こんなところで何をやっている?」

「おぉっ」

 その人物こそ、俺が求めていた手合いだ。

 魔道貴族だ。

 現在の時間帯からして、学校へ出勤の最中だろうか。

 二馬力の馬車とかリッチなもんである。

「いや、ちょっとアンタのところに行こうと思いまして……」

「なんだ、私に用件か?」

「少しばかり込み入った話なんだけど、時間を取って貰ってもいいですかね?」

 このオッサンに対してだけは、敬語が妙な感じになる。あまりにも酷い出会いが原因だろう。まあ、今更に直しても不信感を抱かれるだけなので、このまま通せば良いか。相手も碌に気にした様子がないし。

「そういうことなら、あぁ、貴様もコレに乗ると良い。学園の私の部屋で伺おう。或いは馬車の中で聞いてやっても構わない。いずれにせよ乗れ」

「どうも、それじゃあご厚意に頂いて……」

 多少ばかり言葉を交わしたところで、魔道貴族の視線が動いた。

 向かった先は俺の傍ら、口を半開きに立ち呆ける脱糞系女騎士だ。

「そこの騎士は貴様の従者か何かか?」

「え? あぁ、いや、なんか色々と勘違いしてるみたいで……」

「勘違い?」

 自らに話題が移ったところで、大慌て、彼女は魔道貴族に頭を垂れる。

「も、申し訳ありません。私は王立騎士団第三師団、第二中隊のメルセデス・アラゴンと申します。魔道貴族閣下におかれましては、本日もご機嫌麗しゅう……」

「なんだ貴様、この国の騎士団に関わりがあるのか?」

 早々、魔道貴族の視線がこっちに戻ってくる。

 っていうか、このオッサン普通に魔道貴族とか呼ばれてるのかよ。

 ちょっとウケるんですけど。閣下とか。

「自分を逮捕したいみたいで、さっきから色々と言われてまして……」

「なにかやらかしたか?」

「なんにもやってないですよ。誤解と偶然の賜ですから」

「誤解? 状況は知れないが、それなら女も一緒に乗れ。詳しい話は馬車の中で聞けば良い。こうして立ち話をしている時間が勿体ない」

「じゃあ、そういう感じで」

 魔道貴族の提案に頷いて馬車へと向かう。

 恭しくも業者がドアを開いてステップを掛けてくれる。

 流石は魔道貴族の車だ。

 対応が非常にリッチじゃないの。ちょっと良い気分。

 プチセレブってやつだな。

「あ、あの、私はっ……」

 ステップを上がる俺の後方数メートル、脱糞系女騎士が萎縮している。

 ただ、それも僅かな間のこと。

「貴様もさっさと乗れ、時間が持ったいない」

「は、はいっ!」

 平素からの厳つい形相に魔道貴族がハリーハリー。

 彼女は酷く緊張した面持ちに俺の後へと続き、馬車へと収まった。



◇◆◇



 馬車に揺られることしばらく。

 乗り込んだ馬車は電車のボックス席を思わせる作りをしていた。違いがあるとすれば、席と席の間に空間が広く取られており、足の短いテーブルが設けられている点か。

 俺と脱糞系女騎士が隣り合う形で、正面に魔道貴族が腰掛けている。

「それで込み入った話とはなんだ? わざわざ貴様の方から私を訪ねて来るほどだ、そう枝葉末節な話ではあるまい。人払いが必要だと言うのであれば、学園の居室で改めて尋ねるとするが」

「あぁ、そうですね……」

 俺と魔道貴族の視線が脱糞系女騎士へ向かう。

 見つめられた側は、主に後者へ畏怖した様子で、ヒィと小さく肩をすぼめた。剣を片手に俺を脅しては、スラム街に放置してくれた彼女とは、似ても似つかない大人しさだ。或いは権力に弱い体質なのかも知れない。

 所在なさげに太股をモジモジとやっている姿がエロ愛らしい。

 弱者に強く強者に弱い、そんな女騎士を一度で良いから手込めにしてみたいぜ。

「ここの騎士団っていうのは、割と強いんでしょうか?」

「王立騎士団か?」

「えぇ、自分ってこの通り余所者なんで、ちょっと詳しくないんですが」

「そうだな……」

 俺からの問い掛けに少しばかり悩み、魔道貴族は答えた。

「状況にもよるが、私ならばこの者が所属する第三師団を一人で殲滅可能だ」

「なるほど、じゃああんまり強くないですね」

「そういうことだ。騎士など魔道を極めた者の敵ではない」

 残念だ。

 もしも可能ならこの女騎士もパーティーに誘おうかと思ったのだけれど、このオッサンより弱いとあっては、荷物持ちくらいにしか使えない予感。第三師団というのが何人で構成されているのか知らない。ただ、師団と銘打つなら十やそこらではないだろう。

 たしか自衛隊の師団が凡そ数千人の規模である。

 いやまあ、それでも荷物持ちは荷物持ちで必要か。

「…………」

 あぁ、そうだな。そのとおりだ。

 おうおう。

 なによりパーティーが全員男というのも悲しいし、一人二人は可愛い女の子が居た方がテンションも上がる。やる気も一入だ。そう考えると、この脱糞系女騎士は意外と良い線している。歳は若いし、見た目は可愛いし、胸と尻もデカイ。

 っていうか、ぶっちゃけ今すぐにでも孕ませたいレベル。

 悪くない。

 こういう女を荷物持ちに使うとか、最高に心地良い気がする。

「まあ、彼女にも聞いておいて貰いたいので」

「良いのか? まあ、貴様が良いと言うのであれば構わんが」

 魔道貴族が頷く。

 脱糞系女騎士は小さく縮こまったまま、何を語ることも無い。

 これ幸いとお話を続行だ。

「王女様の病の診断、オッサンがしたって聞いたんだけど」

「……随分と耳聡いな?」

「耳聡いっていうか、割とそこいらで噂になってるみたいですけど」

「あぁ、そう言えば市井に触れを出すなどと言っていたな……」

 酒場の若者たちから聞いた噂話は間違っていなかったよう。

 良かった。

 早速、これ幸いと交渉へ入る。

「そのことで相談なんですけど、詳しいところを教えて貰えませんか?」

「うむ。先月だったか、王宮へ呼び出されて診断を行った。火急の用件と言うから何かと思えば、よもや病の診断とはおもわなんだ。しかも相手が王女とはな」

「お姫様が病気を患い始めたのって、いつ頃からとか聞いてたりしますかね? 出来れば詳しい容態とかも、差し支えない範囲で教えて貰いたいんですけどね」

「……貴様、まさか」

 魔道貴族の瞳がクワと見開かれた。

 これに俺は、少しばかり格好付けて、語ってやるのさ。

「全身の筋肉が動かなくなり、段々と衰弱、やがては呼吸すら満足に行えなくなり死ぬ。致死率は百パーセント。罹患後、人間の生存限界は半年。エルフであれば二、三年。とかなんとか」

「…………」

 つい先日、自宅アトリエの書籍に確認した知識をあたかも自分のもののように説明してみせる。少しばかり胸を張って、わざわざ大仰に足など組みつつも口とすれば、それこそ第一線で活躍する学者のようじゃないか。

 だからだろうか、そんな俺のハッタリに魔道貴族は食いついた。

「はっ、はははははっ! おもしろい、おもしろいぞっ!」

「え?」

 なにが面白いんだよ。

 今のどこにお笑いポイントがあったのよ。

「貴様がそこまで言うのだ、既に目星は付いておるのだろうな!?」

「ええまぁ、件くだんの病の治療薬に関する製法、ここにしっかりと」

 人差し指の先にツンツンと自らの頭部を叩いてみせる。

 相手のノリが無駄に良いので、ついつい調子に乗ってしまっても致し方なし。

 それに決して嘘じゃない。サヴァンとまでは行かないが、これでも記憶力は悪くない。自分が興味を持った事柄でありさえすれば、大凡、一度か二度の確認で必要なところは覚えることができる。

 加えて我が師、エディタ先生の著作物は名著揃いだ。読み易いんだ。

「なんと愉快なこと、その上で貴様が私を頼るか? おぉ、年甲斐もなく背筋がゾクゾクと来ておるぞ。早く本題へ入れ。この魔道貴族、グレモリア・ファーレンが貴様に協力してやろう」

「そう言って貰えるとありがたいです。ただ、一点良いですか?」

「なんだ? 早くしろ」

「これを聞いたら、貴方は私と一蓮托生です。必ず従って貰います」

「構わん。これほど血湧き肉躍る話があるか!」

「であれば、分かりました。あと、こちらの騎士さんも同様ということで」

 脱糞系女騎士へ視線をちらり。

「それなら私の方で騎士団へ根回しをしておこう。平騎士の一人や二人、どうにでも都合することは可能だ。それよりも、さぁ、早くしろっ! 貴様の話を続けろっ!」

 魔道貴族が嘗て無いテンションで場を盛り上げてくれる。ここまで言質を取れば、プライドの高いこの男のことだ、決して引くことはしないだろう。

 正直、ドラゴン退治というミッションが如何ほどのレベルであるかは知れない。ただ、天才エディタ先生が嘆くほどだから、相当の高難易度であることは間違いない。

 だからこそ、仲間は多ければ多いほど良いのだ。

 使えるものは何でも使う作戦。

 一方で無理矢理に仲間へ引き込まれた脱糞系女騎士は涙目だ。緊張から固く握られた拳は、行儀良く揃えられた足の上へ。背を丸めては身体を小さくして、小刻みにプルプルと震えている。今にも泣き出しそうな表情が嗜虐心を誘う。たまらん。

「治療薬の材料は、既に九割が揃っています」

「……つまり、残すところを集めるに協力しろと」

「ええ、最後の一つです」

「なんなのだ? その最後の一つとやらは」

「レッドドラゴンの肝です」

 素直に述べる。

 途端、ガタリとすぐ隣で脱糞系女騎士が身を揺らした。意識をそちらへやれば、大仰にも瞳を見開いて、酷く萎縮した様子でこちらを見つめていた。

 それまで延々と閉じられていた口が、唇を震わせつつも大きく開かれる。

「な、な、なにを言っているんだっ!? レッドドラゴンだとっ!? 幾ら王女殿下の命が掛かっているとは言え、そんな大捕物っ、ふ、不可能だっ! そのような話が出回ってみろっ! 貴様、極刑に処されるぞっ!」

 どうやらレッドドラゴンは、自分が想像した以上に凄いらしい。

 女騎士が吠える吠える。

「王女殿下のお命は、お、お命はぁっ……」

 感極まった様子でプルプルと震え始める有様だ。

 どんだけだよ。

 しかしながら、これとは対照的な反応を見せるのが魔道貴族だ。

「まさか、この年でドラゴンを狩りに向かう羽目になろうとはな……」

「王女は罹患から今日まで、どれくらい経ってますかね?」

「私が聞いた限りでは、凡そ四月よつきが経っておる」

「となると、もうあまり長くはないですね」

「ああ、私が看た時点であっても、既におみ足で立ち上がることが不可能なまでに病状は進行していた。そう身体が強い訳でもないと聞き及んでおる。或いは貴様の言った期限を下回る可能性もある」

「治ったとしても後遺症が怖いですね」

「そういうことだ」

 どうやら俺に設けられた税金の取り立ても然るに、王女様の体力もかなり限界が近そうだ。これは急がなければならない。仮に薬が完成したとしても、王女様が死んでしまったら元も子もない。金貨千枚も水の泡だ。

 後遺症くらいなら神様印の回復魔法で何とかなるかも知れないけど。

「であればオッサンには悪いんですが、仲間を集め次第に出発しましょう」

「いいだろう。魔道貴族に二言はない」

「そう言ってくれると信じてましたよ」

「当然だ。この魔道貴族がまだまだ現役であることを宮中へ知らしめる良い機会だ。ドラゴンの一匹や二匹、我が極めし魔道の下に散らしてくれるわ!」

 良い具合にスイッチが入ったようだ。

 流石は魔道貴族。

 血の気が多いぜ。

 ついでにフットワークも軽いぜ。

 本当にコイツ貴族かよ。

「ついでに旅の足やら支度やら、一式お願いしてもいいですかね?」

「任せろ。一両日で用意する。それまでに貴様も仲間とやらを集めておけ」

「了解です」

 やったぞ、魔道貴族が仲間になったぞ。

 あぁ、そうだ、ついでに荷物持ちも確保しなければ。

「それと、この騎士さんも荷物持ちに確保したいんだけど、その辺りの手続き、さっきのとおりお願いしちゃっていいですかね? こっちじゃなにをどうすれば良いのか、人事まわりとかまるで分からないんで」

「問題ない。騎士団長へ話を付けておく」

「どうも、助かります」

「え? お、おいっ、私がどうしてっ……」

 一連の流れを受けて大仰に慌て始める脱糞系女騎士。

 しかし、それも僅かな間である。

「この魔道貴族と共にドラゴン退治へ向かうことのどこが不服だ?」

「っ……」

 ギロリ、オッサンが厳めしい顔に脱糞系女騎士を睨み付ける。

 それで彼女は大人しくなった。

 俺の話なんて一ミリも聞かなかった癖に、なかなか現金な女だぜ。こういう女を金と権力にものを言わせて抱くのが最高にエロいのです。いつか売女のように抱いてやりたいぞ。覚えてろよう。

「それじゃあ、明日の朝にオッサンの家へ向かうんで、諸々を頼みます」

「心得た。その時を楽しみにしていよう」

 そんなこんなで荷物持ちも無事に確保である。

 なかなか順調な滑り出しだぞ。

 俺が僧侶枠、オッサンが魔法使い枠、であれば、残すところパーティーメンバーは戦士とか武闘家とか、或いは勇者とか、そういった主に剣を振り回す連中だろうか。

 期限が翌日の朝と決められたのは、良い意味で踏ん切りが付く。精々、期間中に頑張って仲間を集めようじゃないか。我が持ち家の存続の為に。

 よしよし、自分自身もまた、順調に盛り上がってきた。

「む、そろそろだな……」

 馬車に設えられた窓から外の景色を眺めて魔道貴族が言う。

 あれこれと話し合っているうちに、どうやら馬車は学園へと到着したよう。ややあって籠を引く馬っぽい生き物が歩みを止めた。同時に響くのは目的地を知らせる行者の声だ。旦那様、到着致しました、とのこと。

 これに従い腰を上げる。

 乗り付けた先は学園の正門から入ってしばらく、内門前だった。

「私は研究室におる。なにかあったら連絡を寄越すといい」

「ええ、自分は少し学内を回ってみます」

「分かった。ではな」

 踵を返す魔道貴族。

 ただ、半歩を歩んだところでこちらを振り返り、脱糞系女騎士に向き直る。

「あぁ、オマエは一緒に来い。手続きを行う」

「は、はいっ!」

 彼女はおっかなびっくり魔道貴族の後に連なった。

 魔法使いと騎士、凡そ横の繋がりはなさそうなものだが、それでも貴族カーストは絶対のよう。もはやウンコ臭い剣を片手に大脱走を繰り広げた彼女の勇士は見る影もない。

「ではすみませんが、支度のほうお願いしますね」

「うむ」

 外廊下をズンズンと歩み去る魔道貴族と脱糞系女騎士と共に見送る。

 さて、それでは次なる仲間を探しに行こうじゃないか。



◇◆◇



 仲間を探すとはいえ、そう当てがあるわけでもない。

 ということで、自然と歩む先は限られる。どこへ向かっているかと言えば、この世界において、俺が面識を持つ数少ない相手の下へだ。

 そのうちの一つが、この学園には存在する。

 正直、あまり関わり合いになりたい手合いではない。しかしながら、知り合いが少ないのだから仕方が無い。今は藁を喪掴む思いなのだ。

 猫も杓子もドラゴン退治の為である。

「あ、居た……」

 学内を歩いて巡ることしばらく、目的の相手を発見。

 一人で廊下を歩いている。

 胸を張って堂々と、自信に満ち溢れた出で立ちは、けれど、胸の残念さだとか、背丈の低さだとかが理由で、子供が背伸びをしているような微笑ましさを感じさせる。

 これで非処女だと言うのだから、マジ殺したくなるよな。

 だから近づきたくないんだよ。話していて劣等感が半端ないじゃんよ。

「むっ、アンタはっ!」

 向こうもこちらに気付いたようだ。

 駆け足に近づいてくる。

「どうも、こんにちは」

「昨日はよくも逃げたわね? こっちはまだ話があったのに」

「奇遇ですね。私も貴方に話があって、学園内を探していたんですよ」

「……私に話?」

「ええ、すみませんけど、ドラゴン退治に付き合って貰えませんか?」

「え? ど、ドラゴン?」

 単刀直入にお伝えすると、キョトン、拍子抜けした様子で声を上げた。

「あのイケメン彼氏と、フードの友達も一緒で構いませんから」

「だからちょっとっ! い、いきなり何の話なのっ!?」

 唐突にも慌て始める金髪ロリータ可愛い。

 これで膣に膜がないっていうんだから、詐欺だよな。

「詳しいところは魔道貴族に確認して下さい。詳しいところは彼に伝えてありますんで。あ、あと、出発は明日の朝なんで、準備とかしておいて貰えると助かります」

 オッサンの名前を出しておけば、きっと無碍にはされないだろう。

 むしろ俺がどうのこうの言うより説得力がありそうだ。

「ドラゴンってなんなのよっ!? 意味が分からないんだけどっ!」

「それじゃあ、自分は他に回るところがあるので失礼します。あ、それとこのお話、他の人に伝えたりしたらヤバいことになるんで、他言は無用でお願いします」

 これ以上、貫通マンコに付き合っている余裕はない。

「ちょ、だから、ちょっと待ちなさいよっ!」

 そそくさと金髪ロリータの下を後とした。

 チーム乱交が仲間になれば、とりあえずロリの彼氏が前衛っぽいことを出来るだろう。剣とか持ってたし。であれば、面目は立ったと考えて良い。

 練度はどうだとか、技術力がどうだとか、他に考えるべき事柄もあろうだろう。しかし、今は贅沢を言っている余裕もない。無い物ねだりをしている時間は皆無だ。

 今あるモノで如何に問題を解決するか、それが大切なのだ。

 さて、次だ。どんどん行こう。




◇◆◇



 学園に用件を失って先、我が身は再び街へと戻ってきた。

 それは何故か。

 昼食を取る為だ。

 お腹すいた。

 仲間集めも大切だけれど、ご飯も大切だ。

「さて、どこで食べよう」

 考えたところで、ふと思い至ったのは数少ない知人の一人。某飲食店に働く金髪巨乳美女のソフィアちゃんである。出禁宣告を受けて数日の間柄ながら、魔道貴族を巡るあれこれは既に解決したと考えても問題ないだろう。

 であれば、これを素直に伝えて出禁解消を求めよう。

 何か文句を言われたのなら、明日、ドラゴン退治のついでに店へ寄って、もう面倒事はないから云々、当事者であるオッサンに証言して貰えば良い。そうすれば、晴れて俺もソフィアちゃんの乳と尻と太股で美味い酒が飲めるというものだ。

 よしよし、なんて完璧なプラン。

「久しぶりにあのムチムチの乳と尻を拝みに行くは」

 朝早くからあちこち歩き回っていた都合、腹の減り具合も一入。

 俺は歩み早にソフィアちゃんの勤め先へ向かった。



◇◆◇



 小一時間ばかりを歩んで程良い労働からお腹もグゥ。時間的にも丁度良い具合。訪れたるはソフィアちゃんのお店。軒先に人が並ぶほどではないが、既に客の入りは上々と言った様子で、店外までも賑やかな喧噪が響いて聞こえる。

 これに胸を弾ませながら、いざ入店。

「いらっしゃいま……」

 出入り口付近に居たソフィアちゃん。

 満面の笑顔が、嫌悪のそれに急転直下だ。

 こんな見事な表情の変化は俺も初めてなんじゃないかね。

「どうも、お久しぶりです。すみませんが、日替わりランチお願いします」

 呟きながらカウンターの空いている席へ向かい、ソフィアちゃんの前をスタスタと通過する。これを彼女は呆然と眺めるばかりで、関わることも憚られたのか止めることなく見送ってしまう。

 が、こちらが席へ腰掛けたところで、大慌て、店の奥へと駆け足に引っ込んだ。

 しばらく厨房が賑やかになる。

 言い合う二つの声の片割れは、いつだか聞いた男のそれだ。

 ややあって、俺の下を訪れたのは目に覚えのある男性とソフィアちゃん可愛い。

「お、お客様……あの、すみませんが、以前にもお伝えしたとおり……」

 店長と思しき中年男性だ。

 その背後には彼の身体を盾とするよう構えたソフィアちゃんである。

「ああいや、あの件なら解決しましたよ。例の貴族さんとも無事に和解しまして、今では屋敷へ食事に誘われる間柄です。なので、すみませんが出入りの禁止を取り消しては貰えませんかね?」

「そんな馬鹿な……」

 馬鹿扱いされてしまった。

 どんだけヤバいのよ貴族。

「こうして五体満足で食事に来たのが、その証ってヤツですよ。貴族さまを半殺しにしておいて、普通だったら生きて帰ってこられる筈がないじゃないですか」

 知らないけれど適当を言っておく。

 すると、こちらの滾る想いが通じたのか、店長は引き攣った笑みに頷いた。

「……わ、わかりました」

 しかしながら、幾分か勘違いも含まれたよう。

「この度のことは、ま、誠に申し訳ありませんでした。すぐにでもお料理をお持ちしますので、い、今しばらくお待ち下さいませ。手狭い席となり恐縮でありますが、何卒」

 続けられたところは、凡そ同じ平民へ向けるには過ぎた丁寧語の連なり。

 答える声は震えていた。

「ソフィア、オマエはこちらの方を接待していなさいっ。いいね?」

「え? ちょ、ちょっと、あの、お父さんっ!?」

「私は急いで料理を作ってくるから!」

 語るだけ語って、オヤジさんはカウンターの向こう側、調理場へと消えていった。

 残されたのは俺とソフィアちゃん。

 念願のツーショット。本指名。

「…………」

 まさか両者の間に交わす言葉など無くて、途端に黙ってしまうソフィアちゃん。

 仕方が無いのでこちらから話題を振るとしよう。

「あ、どうも、お久しぶりです。この間はわざわざ家まで連絡をくれて、ありがとうございました。おかげで色々と捗るところもありまして、助かってます」

「っ……」

 途端、ビクリと大仰にも肩を震わせる金髪美女美しい。

 酷く緊張した様子で、彼女はこれに答えてくれた。

「あ、あの、失礼ですが、お客様は貴族様でいらっしゃいますか?」

「いいえ? 違いますけど」

「え? で、でも、それじゃあどうして……」

 なんか口調が口語と丁寧語でギッタンバッコンと切り替わってくれるね。

 そういう権力に弱いところも可愛いよソフィアちゃん。

 ここ最近、似たような性格をどこかで見たような気がするが。

「いや本当、お互いに魔法好きが祟って、今やマブダチですわ」

「ま、マブ?」

「そういう訳なので、これからもこの店は贔屓にさせて貰いますね」

「…………」

 一瞬、すっげぇ嫌そうな顔をされた。

 それが段々と気持ち良くなりつつある自分がいる。

 ソフィアちゃんの新しい楽しみ方を発見したわ。

「いや本当、大丈夫なんですよ。ちゃんと仲直りしましたし」

「貴族じゃないのに、あの、ど、どうして貴族の方と仲直りなんて……」

「趣味が同じだったんですよ。これがなかなか合うようで」

 魔法とか全然趣味じゃないけど、とりあえず今はソフィアちゃんの機嫌を取ることが大切だ。ピンチをチャンスに変えることができる男こそ、できる男ってヤツなのだ。なんとかという啓発本にそんなことが書かれていた。

 と言うわけで、頑張る。

 このムチムチボディーにいつかお酌して貰う為、必至になって話し掛ける。

 押して押して押しまくれ。目指せオラオラ系。

 しかしながら、返ってくるのは要領を得ない相槌ばかり。

 そうこうする内にオヤジさんが戻ってきた。

 もう少しゆっくり調理することはできないのかね。ファーストフード並みの速度で戻って来やがった。きっと他の客へ向けて作っていた料理を攫ってきたのだろう。なんて酷い店長がいたもんだ。

「こちら、ほ、本日のランチになります」

「あ、どうも」

 カウンターの上、卓上に料理が並べられる。

 彼のあまりにも畏まった物言いから、周囲からはなんだコイツ系の視線が向けられて止まない。注目されるのは好きじゃないのだが、ちょっとキミィ、どうにかならんかね、思わないでもない。

「おいしそうですねぇ」

「め、滅相もございません」

 いつぞやと比較してめっぽう腰が低いオヤジさん。

 もう少し頑張れよ。隣でソフィアちゃんが頼りなさげにしているぞ。

「どうか先日の件はご容赦を……」

「取り立てて何かあった訳でもないので、そうお気になさらず」

「しゃ、謝罪は我々にできることであれば、如何様にでも致しますので」

 先程から頭を下げてばかりのオヤジさん。

 そうまで畏まられると、ふと、こっちも閃いちゃったよ。

「あぁ、そういうことなら……」

 ソフィアちゃんの顔を見ていて、良いことを思いついた。

 レッドドラゴンとやらがどこに居るのかは知れない。ただ、一日や二日で辿り突ける場所に、我が師エディタ先生が恐れるほどの手合いが生息しているとも思えない。ともすれば、我々の旅に必要となるのは、なにもソルジャーばかりとは限らない。

 往復を快適に過すための飯炊き当番が必須だ。

 自分が兼業することも可能であるが、男が作ったむさいご飯より、綺麗な金髪巨乳美女が作ったご飯の方が遙かにおいしいこと間違いない。であれば、ここにソフィアちゃんを旅の仲間として確保することは非常においしい選択だ。

「ソフィアちゃんを少しばかり貸して下さい」

「え……」

 オヤジさんの顔が蒼白となる。

 ソフィアちゃんの顔も蒼白となる。

 親子揃って青白い。

「実は明後日から少し遠出をする用事があるのですよ。その間、どうしても炊事を行う人間が必要となりまして、これに是非、ソフィアちゃんを同行願えたらと」

「そ、そんなっ……」

 悲鳴染みた声がソフィアちゃんから上がる。

「この間の貴族も一緒なんですよ。彼も同行する給仕が貴方なら、決して嫌な顔はしないでしょう。こちらとしても綺麗どころと一緒で大変にありがたいですし」

 魔道貴族のヤツが喜ぶか否かは知らない。

 そもそも何故にあの魔法キチガイがこの店で呑んでいたのか謎だ。

 とは言え嘘も方便である。

 だって俺が嬉しい。主に俺が嬉しい。俺ハッピー。

「そういう訳なんで、お願いできませんかね?」

 相手の顔を正面からジッと見つめて真摯にお願いタイム。

 すると、オヤジさんは多少ばかりを考えたところで。

「……そ、それでこの店は大事にして頂けるのでしょうか?」

 おう、また何か勘違いした様子だ。

 彼の傍らでソフィアちゃんの顔が殊更に泣きそうな表情となる。

「大事? えぇまあ、お墨付きの一つや二つなら貰えると思いますけど」

「であれば、わ、分かりました。娘のソフィアを貴方にお預け致します」

 やった、ソフィアちゃんゲットだぜ。

 大凡、相手が勘違いしているところは理解している。けれど、敢えてそれを正してあげない俺はなんて鬼畜野郎だぜ。でもそういう感じの道中も、きっと楽しいと思うから、これはこれでロールプレイしようと候。

「お、お父さんっ!?」

「ソフィア。すまない、すまないが、店の為だと思って……」

 しかし、娘が娘ならオヤジもオヤジで酷い親子だな。

 この世界に遺伝子なるものがあるか否か知れないが、間違いなくそれに類するものが、この二人の間では脈々と受け継がれている。恐ろしい。

「それではすみませんが、明日の朝、ファーレン卿の屋敷までお願いします」

「は、はい……」

 答えたのはソフィアちゃん当人でなくオヤジの方という有様。

 しかしまあ、これでまた一人、新しい仲間を手に入れた訳だ。

 当の本人はと言えば絶望の只中にある。

 親の借金からヤクザに攫われてソープにでも沈められたよう、意気消沈している。俺はこれを正してあげない。いずれ勘違いであったと気付くまで、この浮き沈みの激しい表情豊かな美女を眺めること楽しむとしよう。

「それでは、ご、ごゆるりと」

 適当におべっか語ってはカウンターの奥へと引っ込んで行くオヤジさん。

「…………」

 一方で一人残されたのがソフィアちゃん。だんまりを決め込んだ様子で何を語ることもなく自らの足下を見つめている。受けたショックは相当に大きそうだ。

 仕方が無い、こちらからアプローチするべし。

「あ、今日のランチもおいしいですね? これなんていう料理ですか?」

 卓上へ置かれた皿に手を伸ばしつつ尋ねてみる。

 すると返ってきたのは、今にも死んでしまいそうな呟き。

「……モコーリの香菜焼きです」 

 目が死んでる。

 漁港の隅の方に捨てられて三日、腐り始めた魚みたいに目が死んでる。

 ちなみにモコーリというのは、こちらの世界で牛的な扱いを受けている草食性の大型家畜だ。乳を搾って良し、肉を食べて良し。ただ、育成に時間が掛かるので些か値が張る。日替わりランチとして出すには些か割高なので、オヤジさんが気を利かせたのだろう。

「ソフィアちゃん、モコーリ好き?」

「……普通です」

「じゃ、じゃあ、こっちのサラダっぽいのは?」

「……普通です」

「えっと、そ、そうなんだ?」

「……普通です」

 駄目だ。心が死んでいる。

 死ぬの早いよ。

 もう少しメンタルを鍛えようよ。

「えっと、と、隣に座る? 立ってると疲れるよね?」

「…………」

 きっと、プライドが高い子なんだね。

 感情を殺して自尊心を防衛中なんだね。

 歌舞伎町に沢山いるよ、そういう子。

「あ、えっと、それじゃあ……」

「……普通です」

「そうね、うん。普通だよね。普通が良いよね」

「……普通です」

 俺も普通大好き。

 でも、残念ながら今の彼女は普通じゃない。

 であれば、叶うのは現状を精々楽しむばかりである。こういうプレイだと思って、食事の時間を過すとしよう。二人は新米主人とフレッシュな奴隷の関係。

 そうした具合、昼食の時間はソフィアちゃん同伴で過ぎていった。

 この子、メンヘラの素質をビンビンに感じる。ちょっと早まったかも知れない。



◇◆◇



 昼食を終えて以後、再び街の大通りを歩む。

 期限まで半日を残しながら、既に知人という知人へ声を掛け終えてしまった。なんて交友関係の狭い男だろう。少なからず過去を省みないでもない。もう少し人付き合いというヤツを考えた方が良いかも知れない。

「友達は大切だよな……」

 まあいい、今後の課題として頭の隅に置いておこう。

 それよりも考えるべきは明日の出発に向けて行うべくだ。

「そう言えば、レッドドラゴンってどこに居るんだ?」

 おいおい、一番に大切なことを押さえていない俺がいる。

 危ない、ギリギリセーフじゃんよ。

 このまま明日を迎えてたら、ヤバかった。

 集めた奴らから白い目で見られるところだった。

「……どうしよ」

 魔道貴族だったら知っているだろうか。あぁ、知っているな。恐らく、十中八九で知っているに違いない。だって準備をお願いして二つ返事に応じるくらいだから、片道どの程度の距離に分布しているか程度は知っている筈だ。

「一応は確認しておいた方がいいよな……」

 プロジェクトのマネージメントには、細かな確認作業が大切だと思うの。

「ソフィアちゃんの件もあるし、いっぺん伝えに行くか」

 それが良い。

 そうしよう。

 いざ、進路を学園へ向けて取った。



◇◆◇



 しかし、この片道一時間超の道のりは、どうにかならないものかね。

 市井と学園とは意外と距離が開いている。市中を巡回する形で、ウマもどきに引かれた車も存在はするのだけれど、学園までは路が通じていない。自前に馬車を持たない民にとっては陸の孤島というやつだ。

 今日なんてこのままだと一日の半分以上が移動で終わるぞ。

 おかげで最近ご飯がおいしいのなんのって。

「いつか自転車は絶対に作ってやるわ、マジで」

 死活問題だろ。

 持ち家から学校へ通う為にもな。

 そう言えば自転車って、転生前の世界でも、まだ二百年くらいしか歴史がない。これを鑑みるに、絶対に人間には使えないだろ無理だろ、って思われていた酷く単純な機構が、けれど、使ってみたら思いのほか簡単に出来た上に有用であった、という類いのまだ見ぬ新たな発明は、きっと沢山あるんじゃなかろうか。

「…………」

 魔法なんて妙ちくりんな現象も存在する。

 可能性は無限大。

 ちょっと考えるのが楽しくなりそう。

 ただまあ、今は持ち家を維持する為に努力だ。

 自転車は後回しである。

「……それにしても、奴の研究室とやらはどこだ」

 学園に正門から入場してしばらく、絶賛迷子である。

 ここには可愛らしい道案内のプロもいない。

 仕方なく自らの歩みに彷徨うこと小一時間ばかり。いつぞやの受付カウンターを目指していた筈なのに、まったく辿り付く気配がない。どれだけデカイ施設なのだろう。上京して間もない頃、初見の新宿駅を思い出すは。

「いい加減に疲れてきたな……」

 スタバとかドトールとか入ってないのかよ。

 ちょっとコーヒーブレイクしたい気分だ。

 なんて考えていると、まさに望むところを向かう先に見つけた。

 カフェっぽいの発見だ。

 大学や駅構内にあるそれと同じような面構えの店舗である。

 やっぱりこれくらい大きな施設となると、ファンタジーの世界でも飲食店が入っていて然るべきなよう。生徒と思しき貴族連中に賑わう店舗があった。客の入りは上々、席の九割が埋まっている。

 これ幸いと足を運ぶ。

 他に居合わせた他の客を確認するにテイクアウト方式のよう。店内で飲食する場合は、多分に洩れずトレイを用意してくれて、これにお茶なりなんなりを乗せたところで、空いている席へ向かうよう。

 まあ、貴族相手の商売なので、全てが全てそうとは限らないだろうけど。

「すみません、ティープリーズ」

 紅茶っぽい何かを注文したところで店内を確認。すると、奥まった場所に人の寄りつかないエリアを発見だ。四人掛けの席が二つばかり、ぽっかりと空いている。他は窮屈なまでに混んでいるのに、何故かそこだけ空席じゃないの。

「ラッキー」

 きっと誰かが席を立ったばかりなのだろう。

 嬉々としてこれに向かい、どっこいしょ。

「あぁー、足が疲れたわぁー……」

 一息つく。

 ずっと歩きづめだったので、足の裏とかジンジンしているし。

 三十分くらい休もうか。そうしよう。それがいい。

「……ぉお、これうめぇ」

 ズズズと啜ったところ、紅茶もどき美味しい。

 なんていうお茶なのか、後で店員さんに確認しておこう。

 是非とも持ち家で一杯やりたい風味だ。

 などと、人が心地良い気分で寛いでいるところ、チラリ、チラリ、周囲から向けられる視線に気付く。どうやら注目されているよう。そんなにモンゴロイドが珍しいのか。珍しいですよね。伊達にリザードマン呼ばわりされていない。

 少なからず気にしてるんだよ。もう少し加減してくれよ。

 思えばこの街を訪れて以後、一度として自分以外の醤油顔を見ていない。

「…………」

 もしかしたら標本にされても文句言えない程度にレアなのかも知れない。

 とは言え、こっちはちゃんとお金を支払ってこの場に居るのだ。同学園の生徒でもあるのだ。気後れすることはあるまい。悠然と構えて漫然と茶を啜れば良いのだ。ああそうだとも。こうなったら足とか組んじゃうわ。リラックス姿勢とっちゃうわ。

「素敵な香りだ。良い葉を使っているようだな……」

 併せて台詞もダンディーに決める。

 無駄に反骨心を顕わである。

 すると、くつろぎ始めて早々、新しいお客さんの訪れを確認だ。

 数名からなる団体さんである。

 しかも全員が見た目麗しい少女ときたもんだ。

「俺の時代、到来だな」

 今し方に自分がやって来た際と同様、店舗に面する廊下から現れて、ツカツカと店内へ向かい歩み行く。これを確認しては店内を回っていた従業員が、大慌て、彼ら彼女らを迎え入れるべく動く。あれこれおべっかし始める。

 そして、他に空いている席もないから、必然的に一同の訪れる先は、現在、俺が腰掛けた界隈となる。四人掛けが二つ並び、内一つ椅子が埋まっているので、残すところ七名分。相席はちょっと嫌だけれど、この混雑具合では致し方なし。

 さぁ来い。美少女来い。美少女と相席来い。

「あ、どうぞ」

 店員から、相席でも構いませんか、尋ねられる前に自ら意思表示する俺マジで良い人。片手にグラスを持ちながら、それとなく空いた手で対面の席を指し示してみせる。可愛い女の子相手に格好付けるのは男の甲斐性ってやつよ。

 しかしながら、こちらの気分良い行いを壊す奴がいる。

「ちょっと貴方、なんのつもりかしら?」

 一団を構成する生徒のうち先頭の子が、厳つい顔つきに吠えた。

 年頃は十代中頃。金色の髪を肩口に切りそろえたボブカットが可愛らしい、胸も背丈も控えめな少女だった。顔立ちも優れる。笑えばとても愛らしかったろう。ただ、彼女の青く清んだ瞳は鋭くつり上がり、俺を睨み付けている。

「え?」

 当然、こちらは困惑である。

 一方的に絡まれたのだから当然だ。

「もう一度だけ問うわ。貴方は何故にそこへ座っているのかしら?」

「いや、何故って言われましても、客だからとしか……」

 マジ意味わかんない。

 彼女の他、連れ立つ面々からも厳しい視線を向けられている。まるでこちらが一方的に悪者となったよう。せめて理由が分かれば良いのだが、リザードマンには何が何やらサッパリ分からない。

「まさか知らずにのうのうと腰掛けている訳ではありませんよね?」

「いや、あの、ですから……」

 しどろもどろ。

 どうしたものかと返答に頭を悩ませる。

 すると、続くところが彼女たちの背後より届けられた。

「ちょっと、どうしたの? 早く座りなさいよ」

「え? あ、そ、それがですね、フィッツクラレンス様。我々の茶会の席が……」

 少女一同に形作られた垣根を越えるよう、合間より非常に小柄な少女が現れた。

 その姿には多分に見覚えがある。

「あ……」

 思わず声が出た。

 それは相手も同様だ。

「あっ、ちょ、ちょっとっ! 貴方っ!」

 午前中にも顔を合わせたばかり、乱交大好き金髪ロリータだ。

 互いに声を上げたところで、ボブカットがこれに反応した。

「もしかして、フィッツクラレンス様のお知り合い、だったのでしょうか?」

 俺に対するとは雲泥の差、今にも傅かん勢いで伺いを立てるボブカット。どうやら両者の間には明確な力関係が存在するよう。そしてこれは彼女の他、周りを囲う面々にしても同様のようだ。

 金髪ロリータの機嫌を伺うよう、従順の眼差しに一挙一動を見守って思える。

 ただ、当のフィッツクラレンス様とやらは、周囲に構わずこちらへスタスタと。

「ファーレン卿に確認したわよっ! どうして私が、ド、ドラゴン退治なんてっ!」

「……ファーレン卿?」

「貴方が言ったんじゃないっ! まさか人前だからってとぼけるつもりっ!?」

「…………」

 ファーレン。ファーレン。ファーレン。

 幾らばかりかを悩んだところで、ようやっと思い至った。

「あぁ、魔道貴族のことか」

「そうよっ! っていうか、ドラゴン退治なんて、ほ、本気で言ってるの!?」

 俺を視界に収めて以後、食って掛かるよう勢い付く金髪ロリータ。

 これには彼女の取り巻きだろう面々も唖然としている。

「フ、フィッツクラレンス様?」

 ただ、周囲からの声は、当人まで届かない。

「どうして私なのっ!? ほ、他にも優秀な人間はいるじゃん! それなのに、ど、どうして、私なんて選んでっ……まさか、前の冒険のときのこと、根に持っているのっ!? アンタに酷いこと言ったしっ!」

「え? いや、特に理由はないですけど。強いて言えば他に当てもなくて」

「あ、当てがないって、そんな……」

 愕然とした表情を見せる金髪ロリータ。

 ただ、それも僅かな間のこと。

「ふ、ふふふ、いいわ。そうして軽口を叩いていられるのも今のうちよ? この間は少しばかり驚いてしまって遅れを取ったけれど、今度はそうは行かないわっ! アンタにこの私の力、目にもの見せてあげるわっ!」

 気力も満々に宣言してみせる。

 どういう感情の変化が、この少女の内側で起こったのかは定かでない。

 ただ、やる気があるのは良いことだ。素晴らしい。

「ええ、じゃあそういうことで」

 このまま同所に居を構えても、居心地が悪くなりそうだ。

 致し方なし、席を立とうと考えた。

 その直後に一つ、大切な確認事項へと思い至る。

「そうだ。一つ、君の彼氏に関してなんだけど……」

 途端、金髪ロリータが奇声を発し始めた。

「あっ、あぁぁああああああー! あー! あー! あー!」

「え? な、なにっ!? なんですかっ!?」

「ちょっと貴方っ、こっちに来なさいっ!」

 腕を掴まれた。

 無理矢理に椅子を立たされて、どこへとも連れて行かれる。

 唖然とする取り巻きの他、客一同を置き去りに店舗を後とする。

 向かった先は廊下の隅、大きな柱の幾つか並ぶ、その一本の影である。

「アレンのことは言わないでっ! 特に学園では絶対にっ!」

「アレン? ……あぁ、あのイケメンな彼氏の……」

「だから言わないでって言ってるでしょっ!?」

「え、もしかして秘密なんですか?」

「そうよっ! わ、私との関係がバレたら、アレンはっ……」

 かなり真剣な眼差しに睨まれた。

 リアルに首チョンパな未来が待っているのかも知れない。

 この金髪ロリータ、すこぶる偉そうだし。

「……もしかしてお忍びの関係的な?」

「そうよ。……悪い?」

「いやまあ、そういうことなら事前に伝えて頂ければと」

「伝える前にしゃべり出したのが貴方じゃないのっ!」

 んな無茶な。

 まあ、大凡の状況は掴めたので結果オーライだ。

「っていうか、彼はここの生徒じゃないんですか?」

「アレンは騎士団に所属する騎士よ」

「なるほど」

 脱糞系女騎士と同じ所属のようだ。

 確かに魔法使いってより戦士って感じだった。納得である。しかしながら、貴族のお嬢様と騎士、ロミジュリさながらのお忍びな恋愛の上に、まさかゾフィーちゃんという公認二号が存在する時点で、この田中、嫉妬を隠しきれませんぞ。

「それじゃあ、二号ちゃんの方は?」

「二号ちゃん? なによそれ」

「あぁ、いや、すみません。ゾフィーと呼ばれていた子なんですが」

「あぁ、シアンのことね。あの子なら魔法騎士団の所属よ。あの歳で第二師団の副団長を勤めるほど優秀な魔法使いなんだから。私もちょくちょくお世話になってるわね」

「へぇ……」

 また新しいキーワードをゲットだ。

 魔法騎士団。

 良く分からんね。

 まあ、関わり合いになることはなさそうだし、ここはスルーしておこう。余所でチンポの味を覚えた女に興味はないね。俺が欲しいのは三十年モノの童貞に相応しい非貫通型の美少女なのさ。

「それとゾフィーは偽名だから、そこのところ気をつけて頂戴」

「あ、そうだったんですか」

 なんでだよ。つくづく謎い女だ。

 これはあれか、わんぱくな貴族の娘が、お忍びで冒険者ごっこ的な。

 処女でありさえすれば満点だったな。

 唯一間違えた問題が欠点百点でゼロ点達成おめでとう。

 名前を書き忘れた解答用紙のようなものだ。

 自分の女じゃないってことだよ。ちくしょう。

「本当、ハイオークの一件さえなければ、こうしてお父様に呼び戻されることもなく、二人と一緒に冒険者を続けていられたのに。あの依頼は散々だったわ」

 勘弁して欲しいわね、などと軽い笑みと共に語ってみせる非処女。

「うふふふ、でも、次はドラゴン退治なのよね? それもレッドドラゴン。これが成功すれば、あの頭の固いお父様だって、きっと私を理解してくれる筈だわっ!」

 しかもなんか一人で勝手に燃えているし。

 いや、やる気があるのは良いことだ。素晴らしきことだ。

「あ、ところで一つ尋ねたいのですが」

「なによ?」

「魔道貴族の研究室がどこにあるか知っていますか?」

「ファーレン卿の研究室? それなら西の棟の最上階だけど」

「なるほど、ありがとうございます」

 よし、クエストが一歩前に進んだ予感。

「あ、ちょっと、どこに行くのよっ!?」

「彼と話すことがあるので、これで失礼しますね」

 金髪ロリータが何を言う間を与えることなく、そそくさと場を後にする。

 肩越しに何やら吠えているが、これを無視して西の塔へ向かうこととした。



◇◆◇



 ようやっと辿り付いた先、魔道貴族の研究室だ。

「どうした? 何か進展があったか?」

「いや、ちょっと聞きたいことがあって……」

 自らレッドドラゴンだ何だと騒ぎ始めた手前、少しばかりばつが悪い。けれど、今に確認しなければ、後で悲しいことになりそうなので、恥を忍んで伺いを立てる。

「オッサンってレッドドラゴンの分布には詳しいですかね?」

「そうだな……」

 尋ねると、魔道貴族は顎髭を指の腹で擦りながら考え始める。

「ここから最寄りとなると、ペペ山だろうな」

「どれくらいですかね?」

「飛空挺で二日から三日といったところか」

 飛空挺とか言われても知らねぇよ。

 時速何キロだよ。

「それなら十分に間に合いそうですね」

「あぁ、既に飛空挺の手配も済ませてある」

「なるほど。存外のこと頼りになりますね」

「ふん、この程度は造作も無いことだ」

 なんだろう、オッサンの口元に僅かばかり笑みが浮かぶ。

 今のが嬉しかったのだろうか。

 なんだよ、可愛いじゃないかこの野郎。

 でもその厳つい顔でやられても嬉しくないんだよ。

 女に生まれ変わって三十歳ほど若返ってからそうしてくれよ。

「じゃあ、移動に関しては問題なさそうですね」

「当然だ。全て私に任せておけ」

「どうも助かります」

 素直にお礼を言ってみると、殊更に口元がつり上がるオッサン。

 やっぱり嬉しいみたいだ。

 なにこのチョロい中年オヤジ。

 ソフィアちゃんの攻略難易度をこれくらいまで下げて欲しいよ。マジで。

「確認したかったのはそれだけです。では、自分はこれで……」

「なんだ、私の研究を見てはいかんのか?」

「あぁ、まぁ、それはドラゴン退治が終わってからのお楽しみ、ということで」

「ふむ、確かにそれもそうだな。分かった。しかと覚えておくぞ」

 なんで声が弾んでいるんだよ。

 覚えておくなよ。忘れろよ。

「じゃあ、失礼します」

「うむ。明日を楽しみにしておるぞ」

 ミッションコンプリート。

 これで明日への備えは万全だろう。

 あまり長居して魔法談義に巻き込まれても叶わない。

 早々に魔道貴族の研究室を後とした。



◇◆◇



 学園から自宅まで戻ると、そろそろ日も暮れようかという頃合だった。

 近所のこれといって美味くも不味くもない新規開拓の定食屋に夕食。然る後、明日に備えて今日は早めに眠るかと、持ち家で床に就いたのが小一時間前のこと。

 しかしながら、どうにも目が冴えて眠れない。

 今更ながらにドラゴン退治という一大クエストを目前において気分が覚醒したよう。明日から始まる大冒険を想い、どうにもこうにも不安がふつふつと。

 本当に準備は万全なのかと。俺は大丈夫なのかと。

「やばい、眠れない」

 なんという小物感。

 大きめなプロジェクトのリリース前日。そんな焦り具合。もしもこれが失敗したのなら、部課長はお客様の下へ謝罪安行。下々なる我々は日夜休日を返上しての対応。向こう一月は心安まる暇も無い。昇進の道も露と消える。中学高校大学と続けてきた積年の努力全てが失われる瞬間。都合、電車の一本でも止めたくなる衝動。そんな圧倒的緊張感。

「冷静に考えたら、ドラゴンってハイオークよりヤバいよな」

 どんなゲームの攻略本を読み返しても、ドラゴンより強いオークとか出てこないだろ。しかも頭に接頭子でレッドとか付いちゃってる。倒したら炎属性のレアな剣とかドロップするタイプのボス属性だよ。

「…………」

 思い返して、下腹部が疼く。

 死んでしまったらそれまでだぞ、と。

 オマエは自らの種子をこの世に残さず逝くのかと。

「よくない、あぁ、それは良くないぞ」

 大人しく寝ている場合じゃない。

 早々にアダルトな時間を始めるべきだ。思えば何の為に回復魔法などという素敵パワーを頂戴したのか。一重に性病から我が身を守る為に他ならない。まだ見ぬファンタジーの地に舞い降りて、それでも風俗王を自称できるだけの生命力を。

「ようしっ!」

 むくり、起き上がる。

 財布には多少なりとも金銭が残っている。

 であれば、戦へ赴く男が、その前夜に行うことは一つしか無い。

「行くしかないだろ! 刹那の快楽を求めてっ!」

 春を買いに。



◇◆◇



 念願の風俗。しかもファンタジー仕様。

 前世でも叶わなかった脱童貞へ続く道を、俺は今ゆっくりと歩んでいる。

「おにーさん、マッサージ、マッサージどう? やすいよ!」

 生前に新橋あたりで聞いたような響きだが、気にしないぜ。

 十分な金銭を懐に色街を闊歩である。

 もうそれだけで下腹部に血液が集まりゆくのを感じる。

 通りには夜の街に日銭を得る者たちが溢れていた。頭に獣耳が生えている少女がいれば、お尻からモフモフな尻尾を生やしたお姉さんもいる。もちろん、普通の人間も。そして、誰も彼もに共通していることはと言えば、一重に薄着であるということ。

 みんな胸が見えそうだよオッパイ。

「これはヤバいな……」

 沈んでしまいそうだぜ。

 本当にお金さえ払えばこの子たちとセックスできるの? 本当に? 嘘じゃないよね? ちゃんと出したり入れたりできるんだよね? っていうか、この世界ってコンドームとかないけど、そのあたりどうするの? もしかして生中出し? マジで? 本当に?

 自問自答が過ぎて頭がグルグルしてるぜ。

 興奮してきた。

 今この場でオナニーしたい。

 っていうか、あの金髪ロリータも、してるんだよな。

 セックス。

 例のイケメン彼氏と。

「…………」

 考えた途端、なんかこう、急激に萎えゆく息子よ。

「あぁ、よくない、よくないぞっ! あのロリビッチは忘れろ、忘れるんだ!」

 今は俺の時間。

 俺が脱童貞する為に必要な、非常に重要な吟味の時間だ。

「……ふひ」

 路上に立ち並ぶ売春婦たちへと視線を流して行く。

 特にムチムチボインだったり、ロリロリキュンだったりする子たちに。

「やばい、見てるだけで満足しそう」

 なんてエロいストリートだ。

 セサミストリートだ。

 今宵このとき、僕の息子が君のアソコに開けゴマァ。

「よぉし……」

 決めた。あの子に決めた。

 向かう先、数メートルの地点に立っているブロンド美女。

 同じ人間と思しき、ボンキュボンのナイスバディな美女だ。

「あ、あのぉ……」

 早速、交渉へ入るべく移った訳だ。



◇◆◇



 美女に声を掛けた先、連れて行かれたのは手狭くて小汚いバーだ。

 大凡、歌舞伎町の小さな雑居ビル、三十平米程度のフロアに打たれた、碌に改装も行われていない、居抜き物件をそのままに営業するセクキャバの類いを想像すればドンピシャだ。そのファンタジー版。

 石造りの建物に革張りのソファーと木製のテーブルが並ぶ。

 そこで俺はキャッチに立って居た美女とは別の、とてもではないが美しいとは言えない醜女に酒を注がれて、一杯、また一杯と杯を開けている。お酒もあまり美味しくない。安物なのだろう。

 キャッチの人とセックスさせて下さい。

 告げる勇気がなかった。

 どうしてこうなった。

 思わないでもない。

 やがて、小一時間ばかり呑んだところで、強面の男が会計を伝えに来たところ、薄々ながら感じていた疑念が、事実として確定した。今の今まで、出来る限り考えまいとしていたところが、その口から伝えられたのである。

「金貨三枚となります」

「……マジですか」

 ぼったくりバーである。

 そんな気はしていたけれど、全力で呑んでしまったよ。

 だって隣に座ってる女の子ブサイクだし、もう呑むしかなかった。

 呑んだら少しは可愛く見えてきて、頭とか撫でちゃったよ。一時間もお話していれば、どれだけブサイクでも、奇形でも、情を感じてしまうのが童貞という生き物だ。更に三日も過ごせば普通に恋愛する自信があるわ。ああそうさ、よく分かってるじゃないか、畜生が。こいつら、ちゃんと客を選んでやがるぜ。当然か。

 ただ、そうした醜くも美しい時間は、今まさに終わりさトゥナイト。

「えっとぉ……」

 流石に金貨三枚は持ち歩いていない。

 だって一枚百万円。

 幾ら何でも多すぎるでしょう。

「まさか支払えないと?」

「いや、えっと、そのぉ……」

 払えませんよ、くそぉ。

 どうしよう。マジでどうしよう。

 あー、もぉー。

 焦りに焦って、どうしよう、どうしよう。

 とかなんとか、悩んでいた。

 すると傍らより、不意に届けられたのが誰かの怒声。

「え? これで金貨三枚っ!? ふざけるのもいい加減にしろっ!」

 どうやら俺以外にもカモられた奴がいたようだ。

 自然と意識はそちらへ向かう。

「あ……」

 するとまあ、そこに見つけたのは目に覚えのある手合いだ。

 なんと脱糞系女騎士である。

 しかも随分と酔っている。

 フロアの照明が薄暗かったので、今の今まで気付かなかった。

「き、貴様らっ、ふじゃけるのもたいがいにしろぉっ!」

「いやいやいや、こちら、正規のお値段でやらせて貰ってますので」

 どうして女がキャバクラで、しかも一人でお酒を飲んでいるんだよ。思わないでもない。しかし、事実として呑んでいるのだから仕方が無い。俺は事実を事実として認識するだけの能力が未だ備わっているぜ。

 酔ってない。酔ってないんだ。

「げぇ、アンタっ……」

 とは言え、思わず驚きから声を上げちゃったよ。

 思わずげぇとかアンタとか言ってしまった。

「っ!?」

 相手もこちらを振り向いた。

 そして、俺の顔を確認しては、殊更に顔を顰める。

「な、何故に貴様がここにっ!」

「それはこっちの台詞ですよ。っていうか、なんで女の貴方が……」

「っ……それはっ……」

 途端に続くところを失う脱糞系女騎士。

 これをフォローして下さったのが、彼女の傍らに立っていた大柄な男。恐らくは俺に領収書を突きつけているのと同じく、同店における恐喝系男子だろう。ギロリ、鋭い眼差しの中にも嘲笑を浮かべては口を開く。

「この女、レズなんだぜ? 同じ女を侍らせて気持ち良く呑んでやがったのさ」

「マジですかっ!」

 なんて無残なんだ女騎士。

 キャバクラにまで縋るとか、どんだけだよ。

「い、言うなっ! 別にいいだろうっ!? 女が女を好きだってぇっ!」

 しかも少しくらい否定すれば良いのに、速攻でカミングアウトしやがった。彼女の隣に腰掛ける嬢とか、全力で腰が引けてるよ。きっと、あちこち撫で回されたんだぜ。すげぇ、これはこれでスゲェ。

 今この瞬間、金貨三枚分の何かを見れた気がしないでも無い。

「おら、騎士様、ちゃぁんと支払って貰うぜ? でなけりゃ、あんたの行い、あることないこと騎士団の方へ報告してやるからな? 第三師団だったか? 口が軽い女は嫌いじゃないぜぇ?」

「な、なぜそのことをっ!?」

「隣の女に大声で自慢してたじゃねぇか。メルセデスちゃんよぉ?」

「名前までっ!?」

 どんだけ口が軽いんだよメルセデスちゃん。

 全力で身元割れちゃってるじゃん。

「し、しかし、金貨三枚なんていう大金は……」

「はぁん? それじゃあ仕方ないねぇ。持ってないお金は、自分で稼いで返して貰うしかないなぁ。使った金はちゃんと支払わないと、騎士団に連行されちまうからなぁ?」

 ウヒヒヒヒと下品な笑みを浮かべて男が語る。

 これに周囲から、他に幾つも笑い声が重なった。いつの間にやらフロアは従業員だろう男たちが溢れて、我々を取り囲むよう立ち並んでいた。数にして七、八名ばかり、顔つきや姿格好のよろしくないチンピラ然とした者たちがズラリである。

 どうやら無事に俺や彼女を店から出すつもりはないよう。毟れるだけ毟ってやろうという心意気がヒシヒシと伝わってくる。特に脱糞系女騎士は見た目も麗しく色々と捗りそうだ。酒に酔って頬も赤く乱れた姿は、非常にエロチックである。

 こんな子に好きですとか言われたら、永遠に人間ATMしちゃう。

「くっ、人の弱みにつけこむとは、なんたるひれつ……」

 呂律が怪しくなるほど呑みまくるアンタも相当だけどな。

「おっと、抜くのか? 抜いたらこっちも黙ってないぜ?」

「っ……」

 腰の剣に手が伸びたメルセデスちゃん。

 これに応じて周囲を囲う男たちもまた、腰に下げた剣へと手を伸ばす。

 いつの間にか修羅場だよ。

 俺の隣に座ってた醜女はいつの間にやら店の奥へと逃げていったし。

 本格的にバトルの予感だ。

 俺も彼女もこの場を穏便に済ませるだけの支払い能力がない。であれば、明日を無事に迎える為には、その道を自らの力で切り開くしかない。

 一点注意事項があるとすれば、メルセデスちゃんがステータス異常、泥酔だ。素面なら十分な戦力だったろうに、現状、完全なお荷物となっている。

 この場を切り抜けられるか否かは俺次第。

 ちょっと燃えてきた。

 差し当っては敵戦力の確認だ。

 これを呼び出すのも随分と久しぶりな気がするな。

 適当に数名ばかり見繕ってステータスウィンドウ、カモン。



名前:ジョニー
性別:男
種族:人間
レベル:19
ジョブ:飲食店経営者
HP:292/309
MP:0/0
STR:70
VIT:120
DEX:161
AGI:57
INT:40
LUC:48


名前:ボブ
性別:男
種族:人間
レベル:21
ジョブ:飲食店従業員
HP:102/229
MP:0/0
STR:100
VIT:110
DEX:131
AGI:97
INT:10
LUC:78


名前:ミケランジェロ
性別:男
種族:人間
レベル:22
ジョブ:飲食店従業員
HP:10/269
MP:0/0
STR:100
VIT:90
DEX:131
AGI:77
INT:20
LUC:18




 一人死にそうな奴が混じってるけど大丈夫か、ミケランジェロ。よくよく見てみると顔色が悪い。怪我の類いは窺えないので病気かね。

 まあいい、腕っ節のほどは理解した。いつぞやに飲み屋で絡んできた冒険者のオッサンより、少しばかり弱っちい感じである。

 とはいえ、自分のステータスと比較してみたら、どうなるだろう。


名前:タナカ
性別:男
種族:人間
レベル:35
ジョブ:錬金術師
HP:3909/4609
MP:99500000/99500000
STR:375
VIT:560
DEX:852
AGI:442
INT:7922000
LUC:29


 なんかレベルがスゲェ上がってる。

 五から三十五だ。三十飛ばしだ。

 どうしてだろう。

 あぁ、ハイオークを倒したからだ。

 しかしながら、このLUCの低さはどうにかならないものか。そもそもLUCというやつは、この世界に対して具体的に如何様な影響を与えるのか。今の境遇がまさにと言われれば、納得の有様ですが。

 まあまあ、いずれにせよ脱出は余裕の予感。

 なんという俺最強伝説。

「悪いがアンタたちに、その女をくれてやる訳にはいかない」

 ステータスウィンドウに裏付けを取ったところで、途端に態度が大きくなる俺。ソファーより立ち上がり、ツカツカ、脱糞系女騎士の元まで歩み向かう。男たちが身構えるも構わず、悠然と、堂々と。

 これに少なからず戦いた様子を見せるのがメルセデスさん。

 そうした状況でも、その腕に女の子を離さないのはガチレズの証。

 遠慮無くオッパイをモミモミしている。

 抱かれる側は心底嫌そうな顔をしているぜ。

 俺を見つめるソフィアちゃんのような眼差しなんだぜ。

「ちょ、ちょっと、貴方なんのつもりっ!?」

「貴方は少し黙っていて下さい」

 彼女の傍らに立ち、他に我々を見つめる男たちへと向き直る。

 両足を肩幅に開き、だらんと垂らした左腕。一方で右腕は人差し指をピンと伸ばし、今まで偉そうに語っていた男を指し示すよう、地面と水平に肩の高さで正面に伸ばす。

「これより田中フェスティバルを開催します」

「……あぁ?」

 男を指し示すよう伸ばした右手。

 これをパチン、軽く弾いて鳴らす。

 同時に室内の空いた空間へ、幾つもの火球を呼び出した。いつぞや魔道貴族の背中をウェルダンした際と同様、轟々と音を立てて炎を散らしている。一つ一つはバレーボール大であって、それが十数個ばかり。

 全弾を命中させればハイオークだって倒せる代物だ。

「なっ……ま、魔法使いかよっ!?」

 男の表情が固まる。

「死にたい方から、どうぞ。先着順となりますので」

 こちらの語るに応じて、男たちはいきり立った。

「ふぁ、ファイヤボールが怖くてチンピラが勤まるかよっ!」「魔法使いったって一人だ、この狭い部屋じゃ大したこともできねぇ!」「そうだ、こっちは数揃ってんだ、いっきにやっちまえっ!」「スイィイイイイイツゥウウウウウ!」

 何だかんだと叫び声を上げながら特攻してくる男たち。

 勇ましい。とても勇ましい。

 しかし、勇ましいだけでは我がファイヤボールには勝てないのだよ。

「ぎゃぁあああああああああああああ」「うぼぉおおおおおおおおおおおお」「ほげぇええええええええ」「スィィツゥウウウウウウウウウウ」「あぁぁっぁぁああああああああああああ」

 連なる悲鳴。

 迫る男たちに一人一発、火の玉は丁寧に着弾していった。そうなるうように操作しているから、当然と言えば当然なのかも知れない。誰一人として避けること叶わない。圧倒的だ。ホーミング仕様のファイヤボールたち。

 対象に触れた火急は即座に炸裂、爆炎を撒き散らす。

 おかげで炸裂した炎がこっちまで飛んで来た。手狭い宅内の出来事であるからして、当然といえば当然だ。いつだか魔道貴族の折は回避した面倒が、今日こんにちではうっかり頭から抜け落ちていたよう。

 メルセデスちゃんに格好良いところを見せたくて、気張り過ぎたようだ。

「あちっ! あっちっ!」

 堪ったもんじゃない。

「ちょ、あ、貴方っ! こんな狭い場所でファイヤボールなんて何を考えてるのっ!? 、頭おかしいんじゃっ、あつっ! あっ、ちょ、燃えてるっ! 髪がっ!」

「ふぉおおおおっ、ふ、服に火が付いたっ! ヤバいっ!」

 二人して大慌て、出入り口へ向けて走り出す。

 炭化して転がる男たちの亡骸を飛び越えて、一目散、屋外へ脱出だった。



◇◆◇



 ぼったくりバーから脱出してしばらく。俺と脱糞系女騎士とは色街の路地裏、多少ばかりの段差に作られた階段の最下段に腰を落ち着けて、酒と炎に暖まった身体を夜風に冷ましていた。

「……感謝なんて、絶対にしない」

 甚だ不機嫌そうに彼女が言う。

「相変わらずですね」

「犯罪者に偉そうな口を叩かれる謂われはない」

「だからそれは冤罪だと説明したと思うのですが……」

 炎に炙られたおかげで、少なからず冷静になった。夜風に晒されて幾分か酒も抜けたよう。おかげでまともに会話を交わせる。

 きっと脱糞系女騎士も同じような感じだろう。

「っていうか、貴方こそどうしてこんなところに居たんですか。幾ら同性愛者だからといって、飲み屋で女を買うなんて、余程のこと飢えてないと……」

「そ、それはオマエのせいだろうっ!?」

「どうして自分のせいなんですか」

「ドラゴン、ドラゴンだぞっ!? まさか勝てるものかっ! 人として迎える最後の夜、こうなったら、とことん遊んでやるのだと考えるに至ったところで、と、当然じゃないかっ! 触って、揉んで、吸って、舐めてっ!」

「あぁ……」

「同僚にはやたらと可愛い子が多いし、相手も同性だからやたらと無防備に絡んでくるし、こんなのどうしろと言うのだっ! エッチじゃないかっ! ムラムラ来てしまうではないかっ! 子作りしたいんだよっ!」

「…………」

 なるほど、この脱糞系女騎士、俺と同じ思考回路の持ち主だ。

 そう思うと妙に親近感とか湧いちゃうから不思議なもの。

「で、慣れない夜遊びに繰り出したところ、ぼったくりに騙されたと」

「っ……」

 顔が真っ赤になるメルセデスちゃん可愛い。

「そ、そういう貴様だって同様ではないかっ!」

 羞恥と怒りに任せて吠えてくれる。

 確かに、俺も騙されました。

「それはキャッチのお姉さんが、あんまりにも可愛いかったもので……」

 あの子じゃなかったら騙されなかったぜ。

 なんて、素直なところを口にしたところ――――、

「……ま、まぁ、そうだな。あの子はとても可愛かったな」

 返ってきたのは素直な同意である。

 まさか意見の一致。

 同じ手合いに騙されたとあっては、いよいよ他人のような気がしない。

「あの胸、マジでヤバいと思いませんでしたか?」

「う、うむ、そうだな。堪らなかった。妊娠させて母乳を啜りたいっ」

「しかも尻がデカくて、腰はキュッと括れていて、あぁ……」

「くっ、思い返しただけでも悔しいことこの上ない」

「まったくですよ」

「クンニしたかった……」

「フェラして欲しかった……」

 二人してキャッチのオネーサンの裸体を妄想しては、あれこれと劣情を交わす。年の近い友人と喋っているような吸い付きの良さ。まさかこの年になって他人と女の善し悪しを語り合う機会が来るとは思わなかった。しかもその相手は十代の少女であるからして。

 まさかの変態トークは、空に陽が滲み始めるまで悶々と続けられた。
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