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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫

本文

117/132

武闘会 六

 ステージ上には相変わらず傷一つない壁が鎮座している。

 傍らには片膝を付いて、苦しそうな表情の魔導貴族も然り。

 これを眺める司会進行は、さて、どうしたものか。正直なところ、続く言葉が浮かばない。会場に居合わせた観客も、どうやら想定外の出来事であったようだ。これまでの賑やかさとは一片して、妙に静かだから困ったものだ。

 誰もが魔導貴族の勝利を疑っていなかったのだろう。

「…………」

「…………」

 ロリゴン、貸しはどこへ行ってしまったのか。

 これはちょっと、約束と違うような気がするぞう。

 いや、今は責任の所在を追求している場合じゃない。第四試合を継続することの方が遥かに重要である。別にチャンスは一度きりという訳でもない。今のは練習。次のが本番。そういうのあると思うんだわ。

 頑張ろう。もう一発くらい頑張ろう。

 立てよ、魔導貴族。

 愛する女の為に、根性の見せどころである。



名前:グレモリア・ファーレン
性別:男
種族:人間
レベル:131
ジョブ:魔道士
HP:15550/15550
MP:0/31010
STR:2300
VIT:6058
DEX:10840
AGI:3130
INT:53942
LUC:3991



 駄目だ。例によって一撃に全てを賭けやがった。

 正しい選択だとは思うけれど、今回ばかりは最高に間の悪いチョイス。

 どうしよう。

「…………」

 そう、どうにかしなければならない。

 まだ全てが終わってしまった訳ではない。

 演出次第ではレスキュー可能だ。

「おぉっと、これはどうしたことか! 壁には変化がありませんっ!」

 魔法を受けてから少しして、ピシっとひびが入り。やがて崩壊するとか、最高の演出だろう。絶対に無理だと思わせてからの、ミッション達成が最高に燃える展開である。ロリゴンが留守でも、代わりに醤油顔が頑張るわ。

 ステージ上の壁をターゲットとして、ダメ元で土木魔法を発動。

 しようと思った間際のこと。

「私の負けだ。降参する」

「っ……」

 ブサメンが慌てている間に、あまりにもアッサリと勝敗が決してしまった。

 マジかよ。

 これを止める間もなく、魔導貴族はステージを後とする。実況席からおかわりをお願いする間もなく、その足は段差を下って場外である。こうなってしまっては、醤油顔であっても試合の結果をどうこうすることは難しい。

 観客席からも驚愕の声が絶えず届けられている。彼らも彼らでドラゴンシティ側のパフォーマンスを想定していたようだ。例外があるとすれば、壁に賭けたと思しきトトカルチョ勢が、歓喜の雄叫びを上げているくらいだろうか。

 ステージを降りた魔導貴族が、控室へ戻るに際して実況席の傍らを通り過ぎる。

「下らない相談に気をもんでくれたこと、感謝する」

 すれ違いざま、ボソリと呟かれた。

「……ファーレンさん?」

 醤油顔は咄嗟に振り返る。ただ、彼はそのまま歩み過ぎて行ってしまった。ひゅうと僅かばかり吹いた風にマントの揺れる背中が、どうにもこうにも物悲しい。背景を理解しているからこそ、放っておけない感じがひしひしと。

 だが、司会進行を預かる手前、その背を追いかける訳にはいかない。

「…………」

 しかも魔導貴族のヤツ、今、ゴッゴルちゃんの読心圏内を通った。

 完全に心を読まれてしまう距離感だった。

 その事実に醤油顔が気づいたところで、不意に隣の彼女が口を開いた。

「……ありがとうって」

「…………」

 いや、なんだよそれ。

 まるで意味がわからないんだけれど。格好良く決めようとして、相手に全然伝わってないタイプの以心伝心。感謝が本物であることは理解できたけれど、別にそんなところで魔導貴族のことを疑ったりするつもりはない。

 あの男は決して世辞の類を言わないからだ。

 なので醤油顔も日頃から素直に受け止めさせて頂いている。これでリチャードさん辺りが相手だと、あれこれ考えなければならないから大変だ。そういった意味だと、もしかしたら付き合いやすい相手なのかもしれない。

「……仲、いいね」

 取り立てて良いという程でもないと思うのだけれどさ。

 いずれにせよ今晩辺り、ヤツとは一席設けるべきだろう。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 本日、四回目となるトイレに向かう最中のことでした。

「ソフィア様、次の試合になりましたのでこちらにお願いします」

「え?」

 自らの目指す先、廊下よりメイドが現れました。

 つい今し方まで部屋に控えていた、私付きだというメイドです。しばらく留守にしていたと思いきや、戻ってきた途端にこれです。仕事が出来る風のクールな出で立ちが、同じメイドとして、ちょっと嫉妬してしまいます。

「どうぞ、こちらへいらして下さい」

 踵を帰した彼女は、自ら先導するよう廊下を歩んでいきます。

「あ、あのっ……」

 排便に次ぐ排便から、メイドのお尻は嘗てない勢いでヒリヒリとしております。一歩を歩む都度、お尻の肉が擦れ合い、背筋を立てて歩くにも苦労する有様です。それで尚もお腹の機嫌は一向に良くなる気配が見られません。

 そうしたこちらの都合など知らず、メイドは淡々と述べてみせます。

「なんでも一つ前の試合が急に終わってしまった為、次の試合まで猶予がないとのことです。お寛ぎのところ大変に恐縮ですが、お急ぎ頂けると幸いです」

「え? あ、待っ……」

 彼女に向かい一歩を踏み出そうとしたところで、来ました。

 即座にピリリと来ました。お尻に。

 それでも促されるまま、メイドはメイドの後を追いかけました。

 数歩ばかり歩みを進ませると、ギュルルルル、下腹部から景気の良い音が響いてきました。とても瑞々しい音ではありませんか。ややあって、それに相応しいだけの痛みが腹部を襲います。ブワッと全身から脂汗がにじみ出ました。

「あの、お、おトイ……」

「すみませんが、少し急ぎます。相手の方は既に準備が出来ておりまして、ソフィア様を待っております。ご連絡が遅れましたところ、大変に申し訳ありません」

「…………」

 これはもう、あれです。

 あれですよ。

 メイドは綺麗さっぱり、全てを解放してしまうかもしれませんね。



◇◆◇



 次の試合へ進むに差し当たり、一つ問題が発生した。

 ロリゴンの壁が邪魔なのだ。

 土木魔法を用いて綺麗に撤去するのは不可能に近い。ヤツとのスキル差は、ここ最近の街作りで開く一方である。もちろん、破壊するだけなら、醤油顔でも可能だろう。強めのファイアボールを用いればきっといける。

 しかしながら、優勝候補とも噂される魔導貴族が失敗した壁の破壊を、開催元の司会進行が片手間に達成したのでは、大会が白けてしまう。それこそ八百長を疑われても仕方がない展開だ。

 壁の撤去は急務であるけれど、行うならば休憩時間などを利用して静かに為すべきだろう。爆破などの激しい方法ではなく、可能であれば出したときと同様に、ロリゴンに頼んで、土木魔法でスッと綺麗に引っ込めてもらうのが良い。

 彼女が町長であり、同時に最強ドラゴンであることは、そこらかしこで噂になっている。首都カリスを守った実績も然り。ヤツの施工であれば、問題はないだろう。最悪、不満が寄せられても、ドラゴンの姿に戻ってもらえば、説得力は十分だ。

 しかしながら、当の製作者は未だに姿がみられない。かと言って、探しに行っている余裕もない。さて、どうしたものだろう。適当にトークで場を繋ぎながら考えてみたけれど、いくら頭を悩ませても良い案はでなかった。

 ということで、いっその事そのまま進めることにした。

「それでは第五試合のご案内となります!」

 ずっとステージが平坦なままもつまらないし、向こう二、三試合はこういったオブジェが立っていても良いのではなかろうか。例えば小学校の運動会。普通の徒競走より、障害物競走の方が、これを眺めるお父さんの股間も満足しよう。それと同じことだ。

「……適当」

「それでは選手の紹介です!」

 ゴッゴルちゃんからありがたい突っ込みをゲット。

 壁の角で、公開角オナニーするゴッゴルちゃんが見たい。

「…………」

「その覆面の下にはどのような素顔が隠れているのか、ドリス選手っ!」

 わざと本名を呼んでみせると、ピクリ、覆面縦ロールの身体が震えた。

 どうやらバレていないと考えていたようだ。

 大勢の観客から注目されて尚も、全く動じた様子のなかった立ち振る舞いが、途端に失われて落ち着きをなくす。時折、チラリチラリと実況席に居を構えた醤油顔の方を見つめる仕草が愛らしい。

 やっぱり処女膜が付いている女の子は可愛いよな。

「対するはドラゴンシティより参加、ソフィア・ベーコン選手ですっ!」

 慌てる縦ロールに対して、ソフィアちゃんをよろしくお願い致します、不出来なアイコンタクトなど試みつつ、愛しのマドンナの名を読み上げさせて頂く。すると案の定、こっちもこっちで挙動不審だ。

 やたらとモジモジ、太モモを擦り合わせながら、顔を赤くしている。過去に幾度となく目の当たりにしたことのある様子は、間違いない、メイドさんは今まさに猛烈な尿意と格闘していらっしゃる。

 最高のプレゼントだよ。

 公衆の面前でおしっこを我慢するソフィアちゃん可愛い。

「それでは第五試合、始めて下さい!」

 相手はドラゴンシティの事情に通じた縦ロールであるから、大きな怪我はしないと思う。怯えに怯えるメイドさんが相手だし、適当に加減して下さるのではなかろうか。なんだかんだで、その手のエアリーディングには定評のある縦ロールである。

 ただ、それでも万が一に備えて、回復魔法はスタンバイ。

 思い起こせば最近の彼女は、圧倒的なLUC値の割に、幸せそうにしていない気がする。むしろ不幸なイベントの方が目立つ。その一端は今まさに大会のステージへ立っていることからも然り。おかげで童貞は心配になってしまう訳だ。

「……お話」

 すみません、流石にここではちょっと。

「…………」

 あのべらぼうに高いLUCは一体何がしたいのか。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 遂に試合が始まってしまいました。

 右を見ても人が、左を見ても人が、前を見ても人が、後ろを見ても人が。私が立つ舞台を囲うように、数えきれないほどの人から注目を受けております。まさか緊張しない訳がありません。頭がクラクラしてきます。

 飲食店で配膳の手伝いなどしていれば、人から見られることにも慣れます。ですが、それも多くて十数人です。こんなに大勢の人から注目されたことはありません。

 そもそも、ここまで沢山の人が、一同に介する場に居合わせたこと自体、生まれて初めてです。すり鉢状に作られた会場のデザインと、その中央に作られたステージの位置関係が、否応なく人の目を意識させるのです。

「っ……」

 おかげで緊張から殊更にお腹が痛くなります。

 真っ直ぐ立っているのも辛いほどの痛みです。

「あらぁん? 随分と苦しそうにしているようだけれどぉ」

「…………」

 ふと耳に覚えのある声が聞こえてまいりました。

 舞台の中央に立った壁の向こう側、対戦相手の姿が見られます。

 声はそこから発せられました。

 もしかして、縦ロール様でしょうか。

 全身をローブで覆い、覆面を付けて更にフートまで被っていらっしゃるので、姿格好から判断することは不可能です。しかしながら、その特徴的な声色は間違いありません。ドラゴンシティに引っ越して以降、毎日一度は顔を合わせておりましたから。

「おぉぉぉっほほほほほほほっ! だとしても、容赦はしないわよぉ! 」

 正解です。

 縦ロール様です。

「ま、待ってくださいっ! こうさっ……」

 降参するべく声を上げかけたところで、縦ロール様が動かれました。

 その腕がこちらに向かい、力強く突き出されました。

「先手必勝よぉっ! 喰らいなさぁいっ!」

 彼女の正面に魔法陣が浮かび上がります。

 次の瞬間、その中央から巨大な火の玉が飛び出しました。

 ファイアボールというやつです。タナカさんが日常的に利用されている魔法ですね。本来であれば人や物を破壊する魔法です。ですが彼の場合、お茶を沸かしたり、照明の代わりにしたり、暖を取ったり、日常に眺める姿の方が、強く印象に残っております。

 それもこれもタナカさんだからでしょう。

 しかしながら、今回はそれが自らを標的として迫ります。

「ひぃっ!」

 咄嗟に身体が動きました。

 ですがそれは、遠くに飛び退くだとか、華麗に空を舞うだとか、他の方々が舞台の上で見せた華々しい活躍とは程遠いものです。正面にあった壁の影に隠れるよう、しゃがみ込んで頭を下げるという、酷く情けないものです。

「っ……」

 ファイアボールは私が立っていた足元より、少し手前辺りにぶつかりました。

 着弾に際してはズドンと、とても大きな音が響きました。

「あらぁん? どうしたのかしらぁ?」

 縦ロール様、怖いです。

 日々の言動から、ちょっと頭がおかしい方だと思っていたこと、真摯に謝罪させて頂きます。大変な失礼を申し訳ありませんでした。ですからどうか、何卒、このメイドを見逃してやって下さい。

 縦ロール様、素敵です。縦ロール様、偉大です。

「あの、こ、こうさ、こうさん、こうさ……」

「一発では足りなかったかしらぁ?」

 このままでは殺されてしまいます。恐怖から喉が上手く動きません。メイドの降参宣言はタナカさんまで届きません。叫びたいのに叫べない、この感じには覚えがあります。いつぞや大聖国で、東の勇者様に襲われた記憶が蘇ります。

「…………」

 もう限界です。

 何もかもが限界です。

 お腹が痛いです。

 後はダバーっと行くばかりです。

 液状です。

「うぅ……」

 私の人生は本日で終わりです。脇は蒸れに蒸れておりますし、公衆の面前で液状が秒読みです。更に左の足は汗をかくと痒くなります。女として終わってしまっております。まるで明日が見えません。結婚など夢のまた夢です。

 人生とはなんと辛いのでしょう。

 主に足の痒みに不条理を感じます。恨みます、父さんと父さんのブーツ。

「…………」

 悲しい気持ちになると同時、ふつふつと湧いてくるモノがあります。

 それは憤怒でございます。

 小物極まるメイドであっても、しっかりと怒りの感情はあるのです。

 どうして私ばかり、こんな辛い目にあっているのかと。

 ただ、今は腹痛の方が強くて、満足に怒っている余裕もございません。腹痛とは偉大です。こうなれば一か八か、場外を目指して走りましょう。もうそれしか残された道はありません。壁の影から舞台の外まで一息に駆け抜けるのです。トイレの場所は覚えております。

「っ……」

 いざ、全力疾走です。

 トイレを求めて、メイドは駈け出しました。

「いつまで隠れているつもりかしらぁ?」

 しかしながら、その足は一歩を踏み出したところで停止です。

 壁の向こう側から、その上方を迂回するよう、ファイアボールが降ってまいりました。それが私の向かう先、こちらの行方を防ぐように着弾して、ズドンと激しい音を発しました。飛び散った炎がチリチリと肌を焼きます。

「ひっ……」

 大慌てで立ち止まります。

 反射的に身体は反対側へ向かい、回れ右でしょうか。炎から逃れるよう身体は動きます。逆方向に向けて全力であります。

 すると、そこには当然ですが、壁がありました。飛んでくる炎の塊が恐ろしくて、これを考慮する余裕もございませんでした。

 咄嗟に両手を前に付きだしたところで、勢いづいた身体は止まりません。

 平手を真正面から突く形で衝突です。予期せぬ衝撃から、身体は強張ります。自ずと意識はお尻の穴から離れて、痛みを訴える手首へ向かいました。

「っ!?」

 それでも液状の決壊は免れました。

 流石は私です。

 そう思っていたのですが、本当の敵は別に潜んでおりました。

「っ……」

 後ろばかり気にしていた手前、前のほうが緩みました。

 緩んでしまいました。

 ここ最近、何かと緩くなっていた辺りから、プシッと。

「ぁ……」

 当然、出ました。

 それはもう、止めどなく溢れ出てまいりました。

「あ、あぁ……ああああ……」

 公衆の面前で致すのは、なんて心地良いのでしょう。

 これまでの我慢に次ぐ我慢も手伝い一入です。圧倒的な解放感から、胸の内が諦めで満たされてゆきます。下着の中に溢れた暖かいものが、ゆっくりと太モモを伝ってゆく感覚は、まるでお風呂にでも浸かったようでしょう。良いお湯です。

 そんなメイドの正面、壁に変化がありました。

 ピシリ、乾いた音が響いたかと思えば、ガラガラと大きな音を立てて、壁が崩れてゆきます。それはもう見事に砕けて、根本から細かな破片となり、舞台の上に瓦礫の山を作ってゆきます。あまりにも見事な崩落です。

「…………」

 もう、私には眺める他にありません。

 崩れてしまった壁を、放尿メイドはただ呆然と。

 あまりの驚愕からお腹の痛みも引っ込みます。

「なっ……」

 一方で形を失った壁の向こう側、縦ロール様の表情に変化がありました。それまでの余裕は失われて、驚愕の一色でございます。酷く驚いた様子で、崩れた壁と無様汁を垂れ流したメイドとを、交互に眺めていらっしゃいます。

「…………」

 呆然と立ち荒むメイドと、縦ロール様の視線が合いました。

 次の瞬間の出来事です。

「お、おぉぉぉぉっっほほほほほほほほほほっ!」

 甲高い笑い声が会場に響き渡りました。

 なんでしょう。

 もしかして、威嚇されているのでしょうか。

 などと考えておりましたところ、彼女の口から続く言葉が。

「こ、降参よぉ!? 降参するわぁっ!」

 半歩ばかりを後ずさっての宣言でした。

 そのお顔には驚愕から一転して、怯えの色が浮かんでおりました。

「なによぉっ! つ、つ、強いじゃないのぉっ!?」

 縦ロール様は勘違いされております。

 その視線がチラリ、タナカさんの方に向かわれました。もしかしたら、事前にお二人の間で、何かしらやり取りがあったのかもしれません。だとしたら、多少はタナカさんもメイドのことを気にかけていて下さったということでしょうか。

 ただ、これを正す気力もなくて、メイドはそのまで回れ右です。

「…………」

 元来た通り、舞台を後にする限りです。

 そこに特別な感情はございません。

 淡々と歩みます。

 諦観の念にございます。

「こ、この勝負、ソフィア・ベーコン選手の勝利ですっ!」

 タナカさんの声が妙に遠く聞こえます。

 それでも幸いであった点を探すとすれば、崩れた壁の瓦礫に紛れて、メイドの排泄物が舞台の上に広がる様子が隠されたことでしょうか。しかしながら、漏れてしまったものは漏れてしまったのです。

 多くを語らず、私はトイレに戻ることとしました。

 どこか遠くへ、旅に出かけたい気分です。



◇◆◇



 問題の第五試合、ソフィアちゃんが勝ち進んでしまった。

 一つ前の試合で、魔導貴族が傷一つ付けることの出来なかった壁は、しかし、彼女の張り手を受けて根本から粉々である。これを目の当たりとした会場では、ソフィアちゃん大なり、壁、大なり魔導貴族といった構図が出来上がっていた。

 縦ロールの降参も、そうした力関係を推測してのことだろう。

 ただ、醤油顔はそうは思わない。

 事前に魔導貴族が絶妙なバランスで、耐久値を削っていたのだろう。そこに我が家のメイドさんが、上手いことトドメを刺した形だと推察する。ずば抜けた幸運だからこそ成し得た奇跡の賜物であると。

 ただ、そこまでして彼女の備える幸運は、本大会で何を為そうとしているのだろうか。大会を勝ち抜くことは、多くの人達にとって誉れである。しかしながら、ソフィアちゃん本人はとても辛そうだ。多分、彼女自身も望んではいないだろう。

 高すぎる幸運というのも、少しばかり怖い。

「さて、それでは次の試合に進みたいと思います」

 メイドさんの下に駆けつけたい気持ちを押さえて、次の試合をご案内。

 ちなみにステージの上で粉々になった壁の破片は、黄昏の団の面々の手により早々に掃除された。本日、同会場の警備から雑務まで、一挙に引き受けてくださっている方々だ。ゴンちゃん曰く、うちの団でも有能な連中とのこと。ありがたい限りである。

「大変おまたせ致しました。これより第六試合を開始します!」

 魔導貴族の敗退や、ソフィアちゃんの第二回戦進出など、今後の展開に向けて考慮すべき点は多い。第二回戦以降のシナリオは出来る限り、早いうちに検討を開始するべきだろう。今晩辺りは忙しくなりそうだ。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 メイドは控室からステージを呆と眺めております。

 不思議とお腹の調子は収まりました。心の緊張がプツンと切れてしまったからでしょう。何故に人は緊張するとお腹が痛くなるのか、私は不思議でなりません。こんなことなら最初から漏らしておけば良かったのかもしれません。

「大変おまたせ致しました。これより第六試合を開始します!」

 タナカさんによる案内が会場に響きました。

 その声が酷く遠いものに聞こえます。

「…………」

 次の試合は私が知らない方々の試合となります。

 というのも、選手の方が共に全身をローブで覆っていらっしゃるからです。つい今し方まで控室にいらっしゃった間も、部屋の隅の方で誰とも会話をすることなく、静かに過ごしていらっしゃいました。

 頭部をフードに覆い、スカーフのようなもので顔まで覆っていらっしゃったので、性別すら碌に判断できませんでした。恐らくは脛に傷のある方が、賞金を求めて参加されたのだと思われます。

 当然、メイドは見て見ぬふりをさせて頂きました。

 下手に関わって怪我をしたら大変ですから。

 まあ、今となっては多少の怪我より、余程のこと不名誉な立場を頂戴してしまった訳ですけれども。何万という観客の前で粗相など、前代未聞でございます。これからの私は、粗相のソフィアと呼ばれて生きていくのでしょう。

「…………」

 ただ、そんな意気消沈のメイドでも気づきます。

 今まさに舞台へ立っているお二人は、私がこちらの控室で目の当たりとしたお二人とは別人です。間違いありません。なにせ背丈からして異なります。それこそ大人と子供ほどに異なるのです。

 タナカさんにお伝えするべきでしょうか。

「…………」

 しかしながら、粗相のソフィアは他人に見せる顔がありません。

 未だに湿った下着が、自らの身を苛んでおります。まさか着替えなんて持ち込んでおりません。乙女の本丸をびしょびしょに濡らしたまま、タナカさんの前に出るなど、とてもではありませんが出来ません。

「…………」

 一応、私付きだというメイドさんに知らせておきましょうか。

 そうですね。ええ、それが良いと思います。

 タナカさんもご自身で気づかれているかもしれませんし。



◇◆◇



 第五試合の選手が入場。ここで一つ、ブサメンは異変に気づいた。

 参加選手が共に、間違いなく予選と別人である。

 だって二人とも、頭三つ分くらい背丈が縮んでいる。

 いくら覆面で顔を隠しているからといって、背丈が違ったら間違いなくバレるだろうよ。ただ、予選模様を知らない観客席からは、これといって声が上がることはない。事情を知るのは実際に立ち会った選手ばかりだ。

「…………」

 どうしよう。

 流石に大人サイズだった身体が、子供ほどにまで縮むとか異常だろう。しかし、ここは剣と魔法のファンタジーだから、同一人物でも日によって背丈が変わる種族とか、いやいや、流石にそれはおかしいと思うんだ。不便過ぎるだろ日常生活。

 むしろ、そんな種族が現存するなら性奴隷にして、ロリマンコよ永遠に。

 兎にも角にも個人情報を確認しようか。



名前:クリスティーナ
性別:女
種族:エンシェントドラゴン
レベル:2999
ジョブ:町長
HP:10950000/10950000
MP:7900000/9900000
STR:1837504
VIT:757402
DEX:922994
AGI:2304000
INT:878030
LUC:23329



名前:エロイーズ・ヴァージン
性別:女
種族:ハイエルフ
レベル:2592
ジョブ:大魔導士
HP:5891000/5891000
MP:32000300/32000300
STR:981100
VIT:412040
DEX:1087042
AGI:340291
INT:2502930
LUC:221



 あれだけ駄目だって言ったのにな。

 そうまでも参加したかったとは思わなかった。しかも先生まで一緒とか、なんかこう、むしろ自分が悪いことをした気分になってしまう。互いに向かい合う彼女たちだから、その望むところは理解できる。競ってみたかったのだろうな、とか。

「…………」

 二人の代わりに予選を勝ち進んだ人たちは、どこへ行ってしまったんだろう。大会のルールを厳密に運用するのであれば、予選を通過していない彼女たちの参加は認められない。そして、この試合を司会進行として止めることは容易だ。

 ただ、できれば反則負け的な判断はしたくない。町長が自らルールを破って参加した上に、それが理由で退場とか、絶対に駄目だろう。イベント的には失敗である。それだけは避けたいところである。

 だからこそ感心する。十分に考えた上での大胆な入れ替りだと。

「……大丈夫?」

 気遣いゴッゴルちゃん嬉しい。めっちゃ嬉しい。

 ありがとうございます。

 頑張って考えよう。

 こういうときに大切なのは目的である。

 本大会の目的はペニー帝国の強みを諸外国にアピールすることだ。

 これは勝手な想像だけれど、ロリゴンとエディタ先生の組み合わせであれば、かなり盛り上がる試合を繰り広げてくれるのではないか。そして、二人は共にペニー帝国の所属であるから、大会の趣旨的にはこれ以上ない組み合わせである。

 問題は余りにもぶっちぎった試合をしてしまった場合、他の参加者のやる気を削いでしまうのではないか、ということだ。ただ、その点に関しては、ロリゴンの素性を公開すれば問題はないと思われる。

 良くも悪くも首都カリスを守ったドラゴンの話は有名である。彼女こそがそうだ、となれば、少なくとも強さの理由には誰もが納得するだろう。そして、二人には第二回戦、ソフィアちゃんとの試合を穏便に済ませた後、西の勇者様との試合で降参してもらう。

 そうすれば大会の上位入賞、強いては金貨千枚を筆頭とした賞金という、参加者にとって一番のモチベーションを削らずに済む。同時にメイドさんの安全も確保できる。おう、完璧だ。強引に割り込んだ彼女たちだから、せめてそれくらいは呑んでもらわねば。

「…………」

 それでいこう。それが良さそうだ。

 少しばかり考えたところで、結論は出た。

「それでは早速ですが、第六試合に参加する選手を紹介させて頂きましょう。正面から向かって左側、我らがドラゴンシティの町長にして、エンシェントドラゴンのクリスティーナ選手ですっ!」

 全力でローブの下側をご紹介。

 応じてビクリと、ロリゴンの身体が大仰にも震えた。

『っ!?』

 ふふん、ステータスウィンドウは何だってお見通しなのだ。

 ロリゴンのオマンコをペロペロしたい。

「さて、そんな彼女に対する選手ですが、こちらもまた同じくドラゴンシティからの参加となります。ライフポーションの発明者にして、稀代の錬金術士であるハイエルフのエディタ選手ですっ!」

「っ……」

 先生も先生で面白いくらいビクついてくれるの可愛い。

 ソフィアちゃんと一緒にお漏らし競争して欲しい。

 二人は醤油顔が紹介を終えたところ、何やらステージの上で小さく頷き合う。目と目で通じあっている感じが、なんだかんだでマブダチ感迸っているぞ。ここ最近、やたらと仲が良いの、ちょっとブサメン嫉妬してしまいそう。

 次の瞬間、彼女たちに動きがあった。

 その腕が動いたかと思いきや、バッと勢い良くローブを脱ぎ捨てる。

「…………」

 いや、脱ぎ捨てようとして、失敗。

 二人は中途半端に脱げたローブを相手に、一生懸命モジモジとしている。それは例えば歳幼い幼児が一生懸命、服を脱ごうと藻掻いているようで、非常に微笑ましい光景だ。尻尾だとか、耳だとか、引っかかって上手く脱げないようだ。

『お、おい、これはどうなっているんだっ!? 上手く取れないぞ!』

「ちょっと待て! わ、私も上手く、くっ、ぐっ……」

 幼女のお着替えがデュアルでプロセッシング。

 めっちゃ焦っている。

 醤油顔の不意打ちも少なからず効いているのだろうな。

 微笑ましい。

 それとなく客席へ意識を向ければ、観客の皆さまも、醤油顔と似たような表情となり、これを眺めている。今の今までドラゴンだの、ライフポーションだの、意識の高いキーワードに反応して声を挙げていたのに、急に静かになった。

 脱衣には数十秒ばかりを要しただろうか。

 先んじてローブを抜いだ先生が、ロリゴンの助けに入った形だ。

 無事に二人共、本来の姿に落ち着いた。

 互いに構え睨み合いながらも、顔が羞恥にまみれているの最高にグッとくる。

「急なアクシデントに見舞われましたが、さて、ステージも落ち着いたようですので、改めて第六試合の開始をアナウンスさせて頂きたいと思います」

 一応、回復魔法はスタンバっておこう。

 もちろん範囲は会場全域だ。

 どちらかというと観客の方が危うい一試合である。

 先生が一緒だから、そこまでには至らないと信じているけれど。

「それでは両選手とも、試合を始めて下さいっ!」

 醤油顔の合図を受けて、先生とロリゴンが動き出す。

 試合開始である。
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