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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫
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武道会 三

 イベントの成功を目標に掲げて、我々ドラゴンシティの面々は一生懸命働いた。会場の設営や、当時の進行の整理、その他諸々、余りある仕事を一向に減らなくて、これを一つでも多く片付けようと、それはもう馬車馬の如く働いた。

 そして、一生懸命になっていると、人は時間の流れを妙に早く感じるもので、気づけばイベントを翌日に迎えていた。先月、陛下が国内外に開催告知のアナウンスを行ってから、あっという間に一ヶ月が経過していた。

「しかしまあ、随分と集まったもんだな」

「ええ、流石にこれは想定外ですね」

 執務室には醤油顔とゴンちゃんの姿がある。

 二人の眺める先には、人の名前と所属の書かれた木の板が机の上で山積みとなっている。その一枚一枚が大会への参加者を特定するものであり、昨日に数えた限りであっても、なんと四桁に及ぶから驚きだ。

 当初の予定では多くても二、三百人程度だろうと考えていた手前、予想を遥かに裏切って人が集まった次第である。もちろん、参加者というのは観光客としてではなく、実際に腕試しを希望する者たちである。

 参加者には所属の記載は必須としていない。その為、出自の正確な数字は不明である。ただ、明記されいてる限りであっても、六割弱がペニー帝国外からの参加となる。つまり、残る四割は国外からの参加ということだ。

 周知から僅か一ヶ月という短期間にも関わらず、よくまあ集まったものである。他国から並々ならぬ注目を浴びているのは間違いない。必然的に本イベントの成否が、今後の国政へ大きく影響するだろうことも然り。

「こいつは万が一にも失敗できねぇな?」

「万が一があった日には、下手をすれば魔王の是非を待たずに、ペニー帝国が終わってしまいますね。陛下は現体制をよく思わない派閥のクーデターから斬首、リチャードさん辺りも一族郎党、皆殺しは免れないように思われます」

「はははっ、そうなったら暗黒大陸あたりでやり直すか?」

 ゴンちゃんも少なからずビビっているのだろう。

 普段と比較して軽口が可愛いことになっている。

 この男がプレッシャーに怯える姿、初めて見たかもしれない。

 思ったより貴族ってロックなライフスタイルだよな。

「そうですね。その時はどうぞ、黄昏の団にもよろしくお願いします」

「おうよっ」

 しかし、それも分からないではない。

 それだけの鉄火場が、ドラゴンシティに訪れようとしている。

 魔王復活を巡る云々は、各国にとって非常に重要な代物だ。我々が使えないと世間に認識されてしまったら、実情はどうあれ、ペニー帝国の国としての体裁は一巻の終わりである。西の勇者様も裏切りの勇者で完落ちだ。

 人の世界を作っているのは人である。しかしながら、そうした人々の大部分は末端に存在して、得てして響き良い大局しか届かないものである。学内にせよ、社内にせよ、国内外にせよ、政治ってそういうものだと思う。

 誰もいなくなった世界、一人でおかずも無しにオナニーするのは御免だ。

「ところで、隣の山はなんだ? 似たような板が散らばってるが」

「あぁ、そちらは我々の名札ですよ」

「名札?」

「当日にはリチャードさんにも人を都合してもらうことになっていまして、一応、その辺りで混乱がないようにしておいた方が良いかなと思いました。我々のやり方はあまり貴族っぽくないところがありますから」

「なるほど、そういうことか」

「はい。あとは単純に板が余ったので手慰みに作った、という話もあるのですが」

「ってことは、もしかして俺や嬢ちゃんの分もあるのか?」

「一応、用意してあります。明日改めてお渡ししますので、その時は胸にでも括り付けておいて下さい。ゴンザレスさんに限っては、必要もないとは思いますが、代表者が付けていると、他の方々も着用率が上がると思いますので」

「おう、分かったぜ」

「助かります」

 あれこれ話をしていると、バァン、急に部屋のドアが開いた。

 ロリゴンだ。

 足音さえ聞こえなかったのは、もしかして飛行魔法ですっ飛んで来たのか。

『おいっ! 明日だぞっ!?』

 しかも、いきなりなんだよ。

 甚だ興奮した様子で、出会い頭に吠えてくれる。

「ええ、そうですね。明日ですね」

『あ、明日なんだぞっ!?』

「ですから、そう言っているんですけれど……」

『…………』

「…………」

 なんだろう。

 ジッと見つめられる。

 これはもしかして、あれか。

「言っておきますが、駄目なものは駄目ですよ? 町長自らの参加は」

『ぐるるるるるるる』

「唸っても駄目です」

『少しくらいいいじゃないか! なんてケチな男だっ!』

「申し訳ないとは思いますが、こればかりは譲れませんので」

『ぐ、ぐるるん』

「……なんですか? それ」

 ちょっと可愛いのが苛立たしくも欲情する。

 たまに無性にレイプしたくなるときあるよな、ロリゴンって。

『っ……う、うるさいっ! 黙れっ! 黙れケチっ!』

「その代わりと言ってはなんですが、町長には開会式で祝の言葉など……」

『もう貴様なぞ知らんっ! 知らんぞぅっ!』

 かと思えば、声も大きく捨て台詞を吐いて、ダダダダと部屋から去って行ってしまった。本当になにがやりたかったのか。あれほど駄目だといったのに、まさか前日なら交渉が進むとでも思ったのだろうか。

「ありゃ大丈夫か?」

「そうは言っても、こうする他にありませんから」

「そりゃそうだけれどよ」

 まあ、たぶん大丈夫だろう。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 応接室のお掃除に向かったところ、同所に人の気配を察しました。

 ここ最近、危険なシーンに遭遇すること度々のメイドでございますから、他人の気配には非常に敏感となっております。今この瞬間もまた、自らの生命を守るべく、ドア一枚を隔てて他者の存在を察した私、結構、いい感じではないでしょうか。

「……どなたでしょうか」

 とりあえず、ドアに耳など押し付けて、中の様子を伺います。

 万が一にもファーレン様やリチャード様がいらっしゃっては事ですからね。

 ここ最近、町長さん宅には地位の高い貴族様が、結構な頻度で足を運ばれております。つい先日には他国の王族の方までいらっしゃったようで、お茶入れの役を預かるメイドとしては、それはもう神経がピリピリと来ておりますとも。

 一昨日の晩など、お風呂から戻る途中、廊下で王女様とお会いしてしまいました。

 心臓が止まるかと思いました。

「…………」

 耳を澄ますと、室内で交される声が聞こえてきます。

「……それで、ど、どうだったんだ?」

『あった。机の上に沢山あった。貴様が言った通り、木の欠片が沢山』

「そうか。やはり例の木の札は、執務室で管理されているのだな」

『次っ! 次はどうするんだ!? 私はちゃんと調べてきたぞ!』

「うむ、それなのだが、まずは最初にこの街の南地区で……」

 悩むまでもありません。

 エルフさんとドラゴンさんです。

 ここ最近、ご一緒させて頂く機会も増えまして、そのお声を間違えることはございません。出会って当初は恐ろしいと思ったドラゴンさんも、意外とお優しい面を持っていらっしゃったりして、なんでしょう、個人的には好ましく感じております。

『わかった。貴様のいうことを聞いてやる。でも、今回だけだぞ?』

「う、うむ。では、今晩にでも決行するとしよう。良いな?」

『うん』

 なにやら企んでいらっしゃるような気配をビンビンに感じます。

 ですが、私はお二人の味方です。

 ここは見なかったふりをして、他所の部屋の掃除に向かうと致しましょう。

 何を成されようとしているのかは知れませんが、成功すると良いですね。

 メイドは心の中で静かに応援させて頂きます。



◇◆◇



 翌日、いよいよペニー帝国主催の武闘大会が開催日を迎えた。

 本日は午前中に開会式が、そして、午後からは予選の案内が予定されている。もちろん、会場はドラゴンシティの郊外に建造された特設施設である。ロリゴンと醤油顔が協力して構造物を作り、そこにゴンちゃん率いる黄昏の団が内装を仕立てた自慢の施設だ。

 本来であれば自身もまた、これに参加する予定であった。

 司会進行を醤油顔が行い、陛下からありがたいお言葉を頂戴したり、リチャードさんから大会の要項をアナウンスして頂いたりと、段取りも万全の手筈であった。数日に渡って綿密に調整された開会式が予定されていた。

 しかしながら、式を目前に控えて、予期せぬ問題が発生した。

「おい、旦那! 大変だっ!」

「どうしました?」

「うちの団の連中が、会場でこんなもんを見つけたっ!」

 執務室で最後の確認をしている最中、ゴンちゃんが転がり込んできた。

 随分な慌てようだ。

 その両手には菓子箱ほどの木箱が大切そうに支えられている。もしかして、醤油顔に甘いお菓子でも差し入れだろうか。いやいや、だとしたら彼の団の人間が会場で見つけたというのも、これまた妙な話である。

「……そちらは?」

「一応言っておくが、驚かないで見てくれよな?」

 木箱の蓋を開いて、内側を見せてくるゴンちゃん。

 まず目に入るのは底面に描かれた魔法陣と、その各所に配置された大小様々な宝石だろうか。キラキラと輝いて綺麗なものである。そして、その合間合間に木の切れ端であったり、生き物の骨であったり、妙なものが貼り付けられている。

 正直、サッパリわからない。

 小学生が夏休みの自由工作で作るオブジェみたいな代物だ。

「……こちらは?」

「開会式で陛下が座る予定の椅子があったろう? あれの裏側に取り付けられていたのを、うちの団の連中が見つけたんだ。旦那には説明も不要だろうが、魔法に詳しい奴に見せたところ、十中八九で爆破系の魔道具って話だ」

「それはまた随分と刺激的な話ですね」

 おいおい、マジかよ。

 そういうのテロっていうんじゃないの。

 しかも陛下狙いとか、随分と欲張りじゃないですか。

「こいつが見つかって直後から、うちの団でも口の固い連中を集めて、他の場所の確認を行ってる。今のところ二つ目、三つ目の報告は上がってない。だがまあ、こりゃ荒れそうだぜ? 旦那よ」

「……ゴンザレスさん以外、これを知ってる方は?」

「今探している連中を除けば、旦那以外には誰にも言っちゃいねぇ」

「ありがとうございます。とても助かりました」

「それで話はこっからなんだが、どうする? 旦那よ」

「そうですね……」

 なんていうか、テロって怖いのな。

 もしもゴンちゃんの仲間が気づかなかったら、陛下はズドンで、大会はおじゃんで、ドラゴンシティはおろか、ペニー帝国は一巻の終わりだった。それこそ一歩を踏み出す前に全てが失われていた。

 そういうの他人事だと思ってた。

 自分が自分以外の何かを守る側に回って、初めて理解した。

 いざ自分が挑まれる側になると、背筋がゾッとするものだ。ゴンちゃんの手前、顔に出さないので必死だった。どこぞの聖女様が、身の回りを固めることに固執していた理由も、今なら少し理解出来るかもしれない。

 しかし、何故に。

 もしかして、王女さまだろうか。

「…………」

 いやいやいや、流石にそこまでやるとは思いたくない。

 実の父親をイベント会場で観衆の面前に爆殺とか。

 ただ、決して可能性がゼロでないところが、ロイヤルビッチの恐ろしいところである。一応、メルセデスちゃんにここ数日間での、王女様の行動を確認しておいた方が良いかもしれない。あと、今後の重点的な監視も。

 いっそ監禁調教してもらおうか。大会後に醤油顔が使うから。

「最悪、陛下の体調が良くねぇとか、来賓の到着が遅れているとか、適当に理由を上げりゃあ、一日や二日は猶予を設けることはできるとは思うけど、どうよ? 俺としちゃあどっちでも構わねぇぜ」

「いえ、このまま進めましょう」

「良いのか?」

「設けた猶予で犯人を捕まえることができれば良いのですが、捕まえられなかった場合、むしろ相手に次の手を仕込むだけの時間を与えることになりかねません。大会の中止だけは避けたいので、それこそが最悪のケースといって良いでしょう」

「……そうか」

「今現在、黄昏の団の方がこちらを見つけて下さったおかげで、我々は相手の一歩先を行っていると考えても差し支えないでしょう。ならば大会の進行はそのままに、相手の捜索へ向けて動くのが正しいと思います」

「流石だな、旦那」

「それもこれもゴンザレスさんと黄昏の団の協力があってこそですよ」

「俺もクランの頭領なんてやっているから分かるけどよ、こういうのは上からの命令で動くのと、実際に自分が先頭に立って指示を出すのとでは、やってることは同じかもしれないが、まるで別物だ。リスクを取る判断なんて、容易にできるもんじゃねぇよ」

 こういう場面でヨイショは止めて欲しいんだけどな。

 今、めっちゃ心細いし。

 エディタ先生のムチムチ太股に前から顔を埋めて現実逃避したくなる。

 絶対にいい匂いするって。

 ちなみに最近、ダイエットを始めたらしい。阻止しないと。

「しかし、そうなると旦那には悪いが、会場の警備に予定していた人員なんかも、結構な数をこっちに割かないとならなくなる。流石に片手間で済ませるような真似はできねぇ。そこんところは大丈夫か?」

「ええ、当然です。町長に言ってヌイたちの手も借りましょう」

「ああ、そうして貰えると助かわ。連中の機動力は半端ないからな」

「では早速ですが、そのような形で進めましょう。私も捜査に当たります」

「おいおい、開会式の司会はいいのかよ? もうすぐじゃねぇか」

「急な話にはなりますが、司会進行はノイマンさんに代わりをお願いしようと思います。万が一にも問題が起こったとき、会場に縛られて身動きが取れないと不味いですから。まさか観客にこの事実を知られる訳にもいきませんし」

 ゴンちゃんの手にした箱を視線に指し示して語る。

 四の五の言っていられる状況じゃないってヤツだ。

「しかし、そうはいってもノイマンのヤツは、お偉いさんの相手をしているんじゃねぇのか? 貴族ばかりか王族まで来ているから、旦那の交流関係はどうなっているのだとか、ああだこうだと嘆いていたぜ」

「あぁ、そうでしたね……」

 そうだった。

 流石にこれ以上、お願いするのは酷である。

 どうしよう。困ったな。

 そうなると他に式典中、手が開いている人なんていたっけな。

 いや、やっぱりいないよな。

「どうする? 流石に町長に頼む訳にはいかないだろうよ」

「では、そちらはソフィアさんにお願いしましょう」

「……嬢ちゃんで大丈夫か?」

「開会式の最中は席に座っているだけですから、そう問題はないでしょう。同じフロアには王女殿下と陛下もいらっしゃる予定ですから、万が一の場合には、彼らに面倒を見てもらえば面倒は起こらない筈です」

 街の代表として座っているだけだから、きっと大丈夫だろう。

 そのきっと大丈夫だろうが大丈夫でないのがロリゴンなのだけれど。

「そうか? まあ、旦那が言うなら俺はそれで構わねぇけどよ」

「では申し訳ありませんが、そのように進めさせて下さい」

「おう、俺は一足先に動いてるぜっ」

「はい、お願いします」

 菓子箱もどきを片手に、駆け足で執務室より出て行くゴンちゃん。

 その足音はすぐに遠のいて聞こえなくなった。

 マッチョなイケメンを廊下の先に見送ったところで、執務室には醤油顔が一人残るばかり。他に人の気配も失われて静かになった同所で、改めて色々と考える。陛下を殺そうとしたのは、果たしてどういった手合なのだろうか。

 全うに考えれば、ペニー帝国をよく思わない輩の可能性が高い。

 そうなると一番最初に思い浮かぶのは大聖国だろうか。

「…………」

 いや、まさか。

 彼女は既に失われている。

 他の誰でもない、自分自身の目の前で。

 っていうか、陛下の椅子に仕掛けられてたっていうの、おかしいよな。

 これ十中八九で内部犯だわ。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 遂に大会が開会式を迎えました。

 本日を迎える差し当たり、私もまた色々とお手伝いをさせて頂きました。おかげで感慨も一入でございます。胸の内には当初想定した以上の達成感があります。皆さまと一緒に頑張ったという一体感もございます。

 それはとても心地良いものでありました。

「本日は皆さまお忙しいところをお集まり下さり、誠にありがとうございます」

 会場は広々です。中央に競技用の舞台が敷かれて、これを囲うよう、縦に幾層も重なって観客席が並んでおります。観客席の上部には、これを覆うよう半球状の屋根が設けられており、多少の雨風は問題になりません。

 観客席の北側と南側には、それぞれ高いところに出っ張って貴賓席が設けられております。そちらには大勢、国内外の貴族様や王族様の姿が窺えます。平民が並ぶ席とは一線を画しており、非常に豪奢な作りとなっております。

 貴賓席以外にも観客席の出来には優劣があり、席ごとに異なる席代を徴収する仕組みです。価格の決定に際しては、差し出がましくありますが、不肖このメイドもお手伝いをさせて頂きました。

「私は開会式の司会を努めさせて頂きます、ノイマンと申します」

 協議の場となる舞台の中央には、ノイマンさんの姿が窺えます。

 本来は貴賓席に座される予定であったところ、急遽、他にお仕事のできてしまったタナカさんに代わり、同所に立たれているのだそうです。急な交代にも関わらず、その立ち振る舞いには乱れがありません。

 会場中に向けて、開会式の進行を立派に勤められていらっしゃいます。

 拡声の魔法を通じて、聞こえの良い声が今もメイドの耳まで響いております。

 とても格好良いですね。

 しかも奥さんと別れられて、独身なのだそうです。

 それはもう、非常に魅力的に映ります。

「本大会の優勝賞金は、なんと金貨一千枚。更に貴賓席には大勢、貴族や王族の方がいらっしゃっております。この栄えある舞台、参加選手の皆さまには是非とも、予選を勝ちぬき、自らの強みを存分に披露して頂きたいところでございます」

 ただ、そんな彼の姿を悠長に眺めるだけの余裕が、今の私にはございません。タナカさんの代わりに司会進行を勤めるノイマンさん。そんな彼の代わりに貴賓席へと追いやられたのが、この無様なメイドです。

 そうです、貴賓席なのです。

 椅子一つとっても、木目に浮かんだ光沢が、眩いほどに輝いております。どれだけ磨けばこれほど光り輝くものなのでしょう。指先に軽く触れれば、木製品とは思えないほど、つるつるとしております。

 そんな場所でただ一人、何故かメイド姿の女が偉そうにも腰掛けております。

 意味が分かりません。

「…………」

 おかげで先程から、著しい発汗が脇を濡らしております。

 自身の他にメイド姿は見られます。ただ、その誰もは例外なく、部屋の隅に立っております。時折、来賓の方が呼ばれるに応じて、お飲み物を用意したり、御用聞きをしたり、そういう感じです。

 どういう仕打ちでしょう。

 心が挫けてしまいそうです。

「……娘、どうした? そんな固い顔をして」

「め、めめめめ、滅相もございませんっ!」

「そうか? ならば良いが」

「は、はひっ!」

 しかも隣の席には陛下が座っていらっしゃいます。

 陛下です。

 陛下なのです。

 どのような陛下かと言えば、ペニー帝国の陛下です。

「あの男に頼まれてしまったからな。何かあったら言うといい」

「お、お、お、恐れ多くございますっ!」

 更に陛下のお隣には王女殿下が腰掛けられていらっしゃいます。更に王女殿下の隣には宰相様のお姿があります。そして、陛下とは反対の側にもまた、お顔こそ存じませんが、とても高そうな身形の方々が、ずらりと並んでいらっっしゃいます。

 もう訳が分かりません。

 頭の中が真っ白です。

「それでは勇者様より、開会のお言葉を頂戴したいと思います」

 舞台から届けられるノイマンさんの声も、碌に頭に入ってきません。右から入って左へ抜けていってしまいます。今はただひたすらに、早く式が終わることを祈って身を固くするばかりでしょうか。

 タナカさんの考えることは、サッパリ分かりません。



◇◆◇



 結論から言うと、開会式の最中はこれと言って変わりもなかった。

 果たしてそれが、黄昏の団の面々や醤油顔による警戒の賜物であったのか、それとも単純に相手の手持ちが失われたからなのか、真実は知れない。それでも、ひとまずは無事に最初の山場を超えたことで、ホッと一息だろうか。

 もちろん今後も警戒は続けられる。

 警備に立つ面々のローテーションも幾分かヘビーになりそうだ。

 それはとても大変なことである。

 ただ、予選が始まって以降から、本戦が始まるまでの間、陛下や各国のお偉いさん方が一同に介するような場面は存在しない。この間で我々は守りから攻めに転じることができる。本腰を入れて捜索を行おうという塩梅だ。

 次に犯人が仕掛けるとしたら、本戦の最中である可能性が高い。

 どうにかして、本戦が始まるまでには尻尾を掴みたいところである。

 また、それはそれとして、大会も同時に進めなければならない。西の勇者様を優勝させるという重要なミッションが控えている都合、予選は醤油顔が自ら監督させて頂く。こればかりは誰にも譲れない。

 ということで、我々の訪れたるは予選会場である。

「それではこれより、予選の説明を行わせて頂きます」

 豪華絢爛なコロッセアム風の本会場とは一変、こちらは学校の体育館的な室内空間となる。他に注力すべき施設は沢山あったので、そこまで時間を掛けなかった。最低限のデザインはなされているけれど、他所と比較すると地味である。

「本戦に参加する為には、こちらの予選を勝ち抜いて頂く必要があります。予選では参加者の皆さまを幾つかのグループに分けて、そのグループ内で競い合って頂きます。グループ内で最後まで勝ち残っていた方が、本戦への参加権を得るものとします」

 そんな同所に集まった面々にブサメンからルール説明。

 内容はよくある生き残り形式。

 所定の区画内で最後の一人になるまで争ってもらう。幾つか用意された各区画には、ドラゴンシティ側から審判が立会い、ブサメンはこれを全体から確認させて頂くといった実施形態である。

「それでは事前の受付票に従い、こちらの案内を参考にして、ご自身の名前と番号の記載されている場所へ向かって下さい。記載に不備、もしくは誤りがあった場合は、最寄りの担当者の下までいらして下さい」

 いよいよだ。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 開会式が終わったかと思えば、次は大会のお手伝いです。

 なんでも当初想定したより人が足りないらしく、メイドも現場に駆りだされました。お偉い方々の近くにいるよりは遥かに喜ばしいので、二つ返事で頷かせて頂きましたところ、私は予選会場に立っております。

 手元には革の袋に入った沢山の木製の札がございます。

 記載されているのは参加者の方々のお名前です。

 同所には少しばかり段差の付いた舞台が幾つか用意されております。その内側で、大会参加者の方々は予選を競い合うのだそうです。その監督をするのが、私に与えられたお仕事となります。

 良かったです。

 とても簡単ですね。

 試合が終わる都度、次の試合に参加される方の名前を呼ぶだけです。

 他に試合の最中、反則なども指摘しなければならないそうですが、そちらに関しては私以外に黄昏の団の方が見て下さります。私は人の整理に注力していれば問題ないとのことです。各ステージ、二人一組で対応に当たるわけですね。

「ジムさん! ジョニーさん! ウッドフォードさん!」

 二、三と回数を重ねたところで、段々と慣れてまいりました。

 メイドはテンポ良くお名前を呼ばせて頂きます。

 首から下げた袋から札を取り出して、そこに記載された名を呼びましょう。碌に頭を使わない簡単な作業が、貴賓席でガチガチに強張った心を癒やしてくれます。読み上げた札は、読み上げた札を入れる為に用意した別の袋にポイです。

 とか、油断していたのが良くなかったのかもしれません。

「ソフィアさん!」

 なんか、どこかで聞いたような名前です。

 口にしてから気付きました。

 改めて姓の方も確認してみれば、なんとまあ、同姓同名の参加者とは、珍しいこともあるものです。もしかして我がベーコン家の親戚だったりするのでしょうか。遠縁の親戚にソニアという従姉妹が居ることは知っているのですが。

「ソフィアさん! ソフィア・ベーコンさん?」

 ただ、お返事がありません。

 それとなく周囲を見回して確認でしょうか。

 しかしながら、これまでテンポよく上がっていたお返事が、今回に限っては一向に上がる気配がありません。このままだと予選の不参加となり、失格となってしまいます。流石にそれは悲しいと思うのですが。

「もしかして、姉御も参加されるんですかっ!」

「え?」

 不意に傍ら、黄昏の団の方からお声を掛けられました。

 よく町長さんのお宅で顔を合わせる、モヒカンの男性です。顔は非常に怖いのですが、とても気の良い方です。今現在、予選会場では私とペアとなって、仕事に当っている方でもございます。

「アッシ、めちゃくちゃ楽しみですわ! てっきり姉御はそういうの、苦手だと思ってたんですけど、大旦那の下で働いてるだけはありやすねっ! 本日は姉御の試合、存分に勉強させていただきやすっ!」

「いえ、あ、あの、私はべつに……」

 どうやら勘違いをされているようですね。

 私は今一度、同姓同名な彼女の名を確認です。木の札には確かにソフィア・ベーコンとの記載があります。文字の書きっぷりにも間違いはございません。とても良く目に馴染む字面でしょうか。

 というより、改めて見てみると、筆跡も非常に似ております。

 そこでふと気付きました。

 手元の札にはどうしてなのか、整理番号の記載がございません。本来であれば、参加者の名前と共に、四桁の番号が記載されている筈なのです。受付を行った順番に、一から参加者の数だけ、管理用の連番が振られる筈なのです。

 同じ札を参加者の方も持っており、番号をすりあわせて参加者を確認する、というのがタナカさんから指定された予選の受付でございました。それがどうして、無記番の札が紛れ込んでいるのか。

「…………」

 不意に頭の中が真っ白になりました。

 そういえば、木の札に名前を書いた覚え、ございます。タナカさんが名札を作るからと、運営側に回る皆さまに配っておりました。えぇ、たしかに当時の私は、そこはかとなく思いました。参加者の方の名札と、同じ木の札を使うんだなぁとは。

 そして、問題の名札は名簿を作る為に一度、回収されました。当日改めて、再配布される予定とのことでしたが、未だに私の下に届けられておりません。

 もしかして配達ミスでしょうか。

「…………」

 よくよく見てみれば、モヒカンの方は胸に名札を付けていらっしゃいます。これはあれでしょうか。私が貴賓席で震えている間に配られた感じでしょうか。まさか、このような形で巡ってくるとは思いませんでした。

 混ざっちゃってるじゃないですか、タナカさん。

 そうこうしているうちに、周囲がざわめき始めます。

「まさかあれが、この街の議員の一人というソフィア嬢か」「タナカ伯爵の側近という話だぞ」「いやまさか、あんな若くて可愛い子が……」「しかし、この街の町長はどうだ? あれで大したものだという」「なるほど、だとすればこれは期待してしまいますな」「どんな試合をみせてくれるのか」「こいつは腕がなるぜぇ」

 そういうの良くないと思います。

「あの、わ、私はっ」

「姉御っ! ここはアッシにまかせて、姉御は舞台へどうぞっ!」

「あっ……」

 首から下げていた札の収まる布袋が、さっと引きぬかれます。

 あっという間に、モヒカンの方に取られてしまいました。

「どうぞ、おねがいしやすっ!」

 その背中が小さく、ぽんと押されました。

 脆弱なメイドは、たたらを踏むよう一歩、前へ。

 自然とその足が超えた段差は、予選の舞台へと至る仕切りです。内側には既に、これまで私の方で名前を呼ばせて頂いた方々が、たくさん並び立っていらっしゃいます。そして、好奇の視線でメイドを眺めていらっしゃいます。

「…………」

 こういうの、とても良くないと思います。

 モヒカンさんが残る参加者のお名前を呼ぶ声が、妙に遠く聞こえます。
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