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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫
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伯爵 二

 リチャードさん主催のパーティーから数日、醤油顔はドラゴンシティに戻ってきた。

 本来であれば、もう少しばかり首都界隈でゆっくりと過ごす予定だった。一仕事を終えての休暇というやつだ。久しぶりに学園で授業に出席したりして、モラトリアムに浸るのも良いかなとか、あれこれと考えていた。

 それはとても穏やかな時間となるはずであった。

 しかしながら、全ては絵に描いた餅である。

 どこから流出したのか、自宅となる学園寮の自室には、連日に渡り貴族たちが手土産を片手に押しかけてくれた。それはもう廊下に人の並びが出来るほどの勢いである。それも日が登りきらない早朝からである。

 それでも彼らの土産がロリロリやムチムチであったのなら、何ら問題のない訪問であった。それはとても幸せな時間の始まりであっただろう。色仕掛け、ドンと来いだ。美人局、受けて立ちましょう。ハニートラップ、美味しゅうございます。

 遂に醤油顔の時代が訪れたかと、並び立つ美少女に悦びを抑えきれなかった。

 ただ、現実は非常だった。

 醤油顔に与えられた土産はどれもこれも、生えていた。

 貴族たちがこぞって連れてきたのは、美少女ではなく美少年であった。それも誰一人の例外なく、女装したショタであった。恐らくはその手の市場があるのだろう。提示された全てが、出会って当初は気づけないほどの美少女っぷりであった。

 戦犯は疑う余地がない。ショタチンポである。

 パーティー会場での一件が、響いているようであった。

 パオーンにリボンを装備したショタたちが、連日に渡り自室を訪れる。

 まさか平静ではいられない。

 敢えなく首都カリスを発った次第である。

「おう、どうした? 流石のお前さんも疲れて来たか?」

「おっと、これはゴンザレスさん。気付かずにすみません」

 執務室、窓越しに外の風景など眺めていたところ、ゴンちゃんからお声掛けを頂戴した。慌てて振り返ると、執務室の出入り口、開かれたドアの戸口に背を凭れ掛からせるよう、マッチョ野郎の姿があった。

 どうやらブサメンが彼のノックに気づけなかったようだ。

 確かにここ最近、貴族的なあれこれから気疲れしているのかもしれない。

「いつ戻ってきたんだ?」

「つい先程ですね」

「ノイマンの野郎は向こうか?」

「首都カリスで宮中の調整に当たって頂くことになりました」

 彼には宮中で陛下や宰相との連携をお願いすることにした。こちらに関しては、相手方にも事前に一報を入れてある。ノイマン氏が全権大使として出向く旨を伝えてきた。了承も頂戴してあるので問題ないだろう。

 本人は当面のカウンターパートを耳にして、顔を真っ青にしていたが。

「なるほど、まあヤツなら心配はいらねぇな」

「ええ、私もそう思います」

 流石はゴンちゃん、よく分かっていらっしゃる。

 それに陛下や宰相が相手なら、最悪、失敗したとしても醤油顔とリチャードさんで尻を拭くことができる。彼には華やかなところでキャリアを重ねて、存分に高みへ登って頂きたいところだ。ノイマン氏の出世物語は、まだまだ始まったばかりである。

「ところでアンタはどうするんだ? 伯爵様よ」

「そうですね……」

 多分、このまま放っておいても街は勝手に大きくなっていく気がする。

 軌道に乗ったスタートアップって、こういう感じなのだろうか。

「……まさか、どこかに行っちまったりしねぇよな?」

「え?」

「なんつーか、一仕事終えたような顔をしてやがるからな。ふとした拍子に、どこへとも消えちまいそうな気がするぜ」

「いえいえ、まさかそんな」

 最近話題の魔王様とか、未だに現役バリバリだしな。

 当面はこちらで頑張ってゆく心意気である。

「これでも最近は評判がいいんだぜ? うちの騎士団は。アンタや町長なんかと比べりゃ些末なものだが、複数体のレッサーデーモンの連携を相手にして、まともに戦える騎士団っつーと、そう数は多くないからな」

「そうなんですか?」

「中央の騎士団を抜けて、わざわざ入団しに来たヤツも居るくらいだ」

「なんと、それは確かに凄いですね」

「だろう? 話を聞いた時には、俺も流石に驚いたぜ」

 いつだかエステルちゃんが言っていた。騎士団とは貴族にとって一種のステータスなのであると。立派な貴族ほど、立派な騎士団を率いているのだとか。そういった意味だと、我らが黄昏の団ほど頼もしい存在はない。

 こんなブサメンに協力してくれて、ありがたい限りである。

「それにロックのヤツが作ってた飛空艇が、そろそろ使い物になりそうなんだわ。これからうちの団は空も飛べるようになるんだぜ? いよいよいっちょ前に、騎士団って感じになってきたんじゃねぇのかな」

「飛空艇、ですか?」

「お前さんから貰ったデカい魔石があっただろう? あれを使ったらしいぜ」

「なるほど」

 そういえば、そんなヤツもいたわ。ゴンチャンの親戚で、パイレーツが趣味だったイケメンだ。碌に顔を合わせていなかったから、今の今まで完全に忘れていた次第である。なんというか、こうして話を聞くと、とても申し訳ない気持ちになるよな。

 てっきりゴンちゃんの下でニートしていると思ってたわ。

「そうなると黄昏の団との報酬も見直さないといけませんね。飛空艇を運用するというのであれば、それ相応に危険が伴う訳ですから。加えて空と陸とでは装備も違うでしょうから、諸々を考慮すると……」

「いやいや旦那よ、俺はそういう話をしてるんじゃねぇんだけどなぁ」

「そうなのですか?」

「なんつーか、そうじゃねぇんだよ、旦那」

「というと?」

「まあ、なんだ? 忙しいところ悪いが、たまには俺たちと一緒に、酒の一杯でも飲んでくれってことだよ。金は今でも十分過ぎるほど貰ってるし、不満は一つも出てねぇ。そこんところ、頭の片隅にでも覚えておいて貰えると、俺たちは嬉しいぜ?」

 ニカッと良い笑みを浮かべては、快活にも語ってくれる団長様。

「……なるほど」

 これだからイケメンは卑怯だよな。

 いつか自分も、こういう台詞を格好良く言えるようになりたいと切に思うわ。



◇◆◇



 ドラゴンシティに戻ってからしばらくは穏やかな日々が続いた。

 もちろん、忙しいと言えば忙しい。やるべきことは山のようにあって、やっていることも山のようにある。例えばロリゴンが空いている土地に片っ端から建物を建ててゆくので、これに追従するだけで大した作業である。

 しかしながら、あれもそれもこれも、自ら望んで行っている仕事だと思うと、辛いとは思わなかった。やはり好きなことをしていると、人は苦労を苦労だと思わないのだろう。そんなふうに感じた。とても幸せなことである。

 そんなこんなで数日が経過した頃合、予期せぬ来客があった。

「これまた大した街ではないですか、タナカ伯爵。他の貴族たちが騒ぎ立てる理由も理解できます。街の周りを囲う壁の強度も恐ろしいほどのものでした。それをあの規模で張り巡らせているとは、いやはや羨ましい」

「お褒めに頂き恐縮です、ゲイ子爵」

 ゲイ子爵がやって来たのだ。

 十中八九でショタチンポのことを追いかけて来たのだろう。

 思ったより行動力があるじゃないか。

 現在、我々は町長宅の応接室で顔を向きあわせている。他に人の姿は見られない。つい先程、メイドさんがお茶を煎れにやってきたくらいだ。際しては、やたらと子爵のことをチラ見していた。その麗しいお顔が気になって仕方がないのだろうさ。

「ところで、本日はどのような御用でしょうか?」

 場所は執務室。

 そのままトークタイムとなる。

「あぁ、事前に連絡もなく申し訳ない」

 小さく頭を下げて、彼はつらつらと語り始めた。

「私事となるのですが、つい先月に代替わりがあり、当代の当主として私が任に着くこととなりました。しかしながら、お恥ずかしい話ではあるのですが、領地だの治世だのといった話には多分に疎くあり、頭を抱えております」

「それはそれは、大変な状況お察しいたします。」

「そこでもし差し支えなければ、名領主として名高いタナカ伯爵の下、色々と学ばせて頂けたらと考えています。いきなりのお願いとなり大変に恐縮ですが、機会を頂戴できませんでしょうか?」

「……なるほど」

 一応、言い訳くらいは考えてきたようだ。

「しかし、家の方はよろしいのですか?」

「問題ありません。当面は元より父を支えていた者たちが、これに当たることとなっておりますので。つまるところ、そうした者たちから他の誰でもない私自身が、物の数として数えられていないということになるのですがね」

「それはまた頼もしい方々がいらっしゃるのですね」

「ええ、その通りです」

 こちらとしても悪い話ではない。このイケメンがショタチンポに構ってくれれば、自然とブサメンの手から離れる。拿捕されてメス顔を晒すなら、それで良し。そうならずとも、女装を辞めるキッカケくらいにはなるのではなかろうか。

 新生アウフシュタイナー家の為にも、ヤツには全うな道に戻って欲しい。

 流石に復興後一代で断絶とか、ヤツを推したリチャードさんにも申し訳ないし。

「何卒よろしくお願い申し上げます」

 その場に立ち上がり、恭しくも頭を下げてみせるゲイ子爵。

 ここは一つ、目の前のイケメンにはショタチンポ係を担当して頂こう。

「分かりました。そのように致しましょう」

「本当ですか? ありがとうございます」

「この街は他の貴族が治める街とは些か勝手が違います。まずはそちらに慣れて頂くところからはじめましょう。色々と不便はあると思いますが、こちらに従って頂くことが、私から貴方への条件となります」

「承知いたしました。その寛大な心に感謝します」

 アレンと違ってショタスキー相手なら、処女膜の心配をする必要もないしな。

 心穏やかに迎え入れることができるぞ。

 予期せず協力体制となった力強い仲間の存在に少し嬉しくなる。当人の思いはどうだか知れないが、人と人との関係なんて、きっと今の自分が感じているような、酷く一方的な意識の積み重なりだろう。ありがたく頼らせて貰おうと思う。

 そんなこんなでドラゴンシティのルールをご説明する。ここ最近はヌイが繁殖期に入ったようで、殊更に数が増えていたりする。その辺りを特に重点的に、ああだこうだと質疑応答を交えながら語らせて頂いた。

 そうして一通りの説明を終えた頃合いである。

 コンコンコン、乾いた音が室内に響いた。

 一瞬、ドアが叩かれたのかと思ったけれど、音の出処は他である。より具体的には、ちょうどドアとは反対側だろうか。少しばかり固めのサウンドは、たしかに窓ガラスを叩いたにふさわしい響きだろうか。

 自然と醤油顔とゲイ子爵の視線が窓の側に向かう。

 すると、開けっ放しであった窓ガラスの先には、空に浮かんだ人の姿。

 褐色肌が特徴的なロリボディー。

「……話がある」

 ゴッゴルちゃんだ。ゴッゴルちゃんがやって来たぞ。

 これは想定外だ。

 醤油顔とのお約束はどこへ行ってしまったのか。

「っ!?」

 彼女の姿を目撃して、反射的にゲイ子爵が身を廊下の側に向かい飛ばせた。まるで熱いものにでも触れたようだった。飛行魔法により数メートルばかりを飛び退いて、部屋の出入り口まで一息にピョンである。

 ペニー帝国に限らず、権力者の間では比較的知られた存在のゴッゴル族。その手の需要があることは想像に難くない。事実、リチャードさんも自らのお屋敷に数名ばかり囲っているのだとか。集団マインド逆レイプされたい欲が高まりゆくのを感じる。

「ロコロコさん、そちらは?」

 気になるのは彼女が手にした不思議なアイテム。大きめのフラフープのような輪っかを、浮き輪が如く両手に下げている。それは二つの大きさの異なる輪を、同心円状に並べて作られており、輪と輪は放射線状に伸びた支柱に繋がれている。

 小さい方の輪をゴッゴルちゃんの可愛いお手々が支えており、これに追従する形で外側の輪が、より広い範囲で宙に浮かぶ形だろうか。素材は金属らしく、陽の光を浴びてキラキラと輝いている。

「作った」

 しかもお手製のようだ。

 一体何の為に作ったのかと疑問に思ったところで、自然と意識が向かったのはその巨大さである。ぱっと見た感じ半径三メートルほど。それはちょうど、彼女が主張するゴッゴル距離と近しいところにある。

「もしやそちらは、貴方の能力に関係が?」

「これで安心」

「……なるほど」

 ドンピシャである。

 仰るとおり隣り合って歩むには、懸念も払拭されたと考えて良いだろう。醤油顔的には垂直方向の安全性に疑問が残るのだけれど、まあ、流石にそちらまで対応しては、玉転がしの中の人状態になてしまうか。

「しかし、何故にそのようなものを?」

 尋ねるまでもないけれど、一応、お尋ねしてみる。

 すると、返されたところは思ったよりもストレート。

「一緒に外を歩きたい」

「…………」

 なんて積極的なんだゴッゴルちゃん。

 訴えるところは分からないでもない。

 途中で多少のハプニングはあったものの、ドラゴンシティに引っ越してからかれこれ数十週、延々と引き篭もり生活を続けてきた彼女である。フラストレーションも相応に溜まってきているのだろう。

 暗黒大陸出身である点を思い起こせば、きっと毎日のお散歩は欠かせないタイプの生活習慣をお持ちだろう。ゴッゴルちゃんの引き締まった太ももにホールドされたい勢としては、運動を渋ってブクブクと太った姿は見たくない。

 故にいつかは解決したい問題の一つ。

 じゃないとエディタ先生みたいにムチムチになってしまうからな。

 あれはあれで毎日食べても飽きないほどに大好きだけれど。

「……分かりました」

「本当?」

 輪っかを装備したまま、真顔で問うてくる。

 その微妙に世間とズレた感性が愛らしい。

「その代わり、お出かけに際して一つだけ条件があります」

「知りたい」

「こうして提案して下さったところ大変に恐縮で……」

「いいから早く言う」

「あ、はい」

 流石に彼女一人だと不安だろう。

 路上でドラゴンシティの住民から、ゴッゴルは出てけ! ゴッゴルは出てけ! 石を投げつけられて、しょんぼりと寂しくなっているゴッゴルちゃんも興味ある。迫害される美少女可愛い。そんな彼女を優しく抱きしめて後ろから立位で挿入したい。

 けれど、流石に仲良くなった後では後味がよろしくない。惜しいが妄想に留めておくべきだろう。きっと似たようなシチュエーションは、この世界なら幾らでも転がっているはずだ。今は幸せな時間を共に味わうべきである。

 しかし、あぁ、なんだろう。

 今この瞬間、心を読まれていないと思うと、ちょっと物足りない。

「お出かけは私が一緒の時だけ、という条件を付けさせて下さい」

「構わない」

 お返事は即答だった。

「本当によろしいですか?」

「ぜんぜん構わない」

「私としても、制限ばかりで申し訳ないとは思……」

「いいから構わない」

「はい、ありがとうございます」

 ゴッゴルちゃんの外出に向けて、最初の一歩としては、妥当ではなかろうか。

 公衆の面前でセクハラするの最高に楽しみ。

 まさか彼女が街の人たちに受け入れられるとは思わない。当然、ロリゴンが受け入れる日も来ないだろう。エディタ先生だって、いつまでも交流を続けていけるか分からない。それくらい、人は人との距離感を大切にする生き物である。当然、自分も。

 だからこそ、今という時間を大切にしたい。

 もっと過激にセクハラしたい。

「タナカ伯爵、そ、そちらは?」

 ゴッゴルちゃんとのトークが一段落したところで、廊下の側より声がかかった。

 ゲイ子爵である。

「そういえば、ご紹介しておりませんでしたね」

「ゴッゴル族のように見受けられるが……」

 その視線は窓の外に浮かんだゴッゴルちゃんを凝視だ。

 めっっちゃ警戒している。

 もしかしてゴッゴルちゃんのことも、宮中で噂になっていたりするのだろうか。

「こちらはロコロコさんです。ご指摘の通りゴッゴル族の方ですが、彼女は少しばかり特別でして、対象に触れることなく、あの輪ほどの距離に収まった時点で相手の心を読むことができます」

「なんと、そのようなゴッゴル族がいるものなのですか?」

「私も詳しくはないのですが、ゴッゴル族より更に上位の種族だそうです」

「な、なるほど」

 小さく頷いて、その視線が褐色な彼女へ向かう。

 ゴッゴルちゃんを目の当たりとして、速攻で飛び退いた点からすると、なにか腹の中に疚しいモノでも抱えているのかもしれない。実家では相当やんちゃしていたとも噂されていた。まあ、権力者なんて大概はそんなものだろうけれどさ。

 彼女を眺めたところで、おもむろにゲイ子爵が語り掛けた。

「よ、よろしく頼もうか。ロコロコ氏」

「…………」

「……どうしたのかね?」

「よろしく」

「あ、あぁ、よろしく」

 今まさに目の前で行われる異文化交流。

 まあ、こんなもんだよな。

 ゴッゴル的に考えて。

「現在は町長が建てた塔に住まわれております。色々と事情があって、人前に姿を表すことは稀ですが、良くして頂ければ幸いです。もちろん無理に交流を図る必要はありませんので、そこは勘違いしないで頂けるとありがたいです」

「……善処します」

「ありがとうございます」

 ところで、ゴッゴルちゃんはどうやって輪っかを作ったのだろう。

 めっちゃ気になるじゃんね。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 本日、ドラゴンシティに実家のお店がオープンしました。

 首都カリスの店舗は当面の間、お休みとなります。代わりにこちらで営業させて頂く運びとなりました。際してはタナカさんからお休みを頂戴しまして、メイドはこれに甘えること、家業の手伝いなどしております。

「こっち、定食一つっ!」

「はいっ!」

「こっちは二つ頼むっ!」

「は、はいっ!」

 お客さんの入りは上々です。繁華街の一等地は伊達でありません。

 オープン初日とあって、物珍しさから足を運んで下さる方も多いです。父さんの料理ですが、味は決して悪くないと思います。ここは確実に固定客として、一見さんの胃袋を掴んでゆきたいところでございます。

 おかげで非常に忙しいです。

 ただ、忙しい中にもやり甲斐を感じます。

 それは真新しいフロアであったり、搬入されて間もないピカピカのキッチン器具であったり、初めてお会いするお客さんであったり、新鮮味を感じさせるあれこれです。おかげで自身のやる気もも一入といいましょうか。

 やはり好きな仕事をやっていると、身体も気持良く動いてくれますね。

 ここ最近は疲れ知らずのメイドでございます。

 丸一日を立ち仕事に過ごしても、なんら堪えた感覚がありません。

 少し怖いくらいです。

「ソフィア、定食三つ上がったから頼むわ!」

「はーい!」

 町長さんのお家で帳簿をつけているのも良いですが、やはり、私はこちらのほうが向いているのでしょう。父さんの作った料理をお盆に乗せて運んでいると、なんというか、忙しい中にも落ち着きのようなものを覚えます。

 そんなこんなで多忙を極める昼どきを乗り切った頃合いでしょうか。

「ソフィアちゃん、ちょっといいかい?」

「あ、はい」

 お客さんの立ったテーブルの後片付けをしていると、不意に名を呼ばれました。

 お店の出入り口の側です。

 反射的に振り向くと、そこには首都で常連であった商人さんの姿がありました。いつぞやエルフさんと共に帰省した折には、熱心に私の話を聞いてくださった方でもあります。どうやら彼もまた、ドラゴンシティにいらしていたようですね。

「いらっしゃいませ! こちらへどうぞ。すぐに片付けますので……」

「いやまさか、本当にこの街にいるとは思わなかったよ!」

 彼は酷く興奮したようすで、こちらに歩み寄って来ました。

 なんでしょうか。

 少し危機感を覚える笑顔です。

「な、なんでしょうか? 注文でしたらすぐにお受けしますが」

「ああいや、注文もそうなのだが、どうしても貴方と話をしたくてだね」

「あの、わ、私がなにか……」

 お昼を食べに入らしたのではないのでしょうか。

 思わず身構えてしまいます。

「実は私も先々週くらいから、この街で世話になっていてね。それで色々と人から話を聞く機会に恵まれたのだけど、いや、まさかソフィアちゃんが、この街を治める議会の一人だとは思わなかったよ」

「え?」

 議会とは何の話でしょうか。

 彼が何を言っているのか、さっぱり見えてきません。

「それで、もしよければ私のことを、上に紹介して欲しいのだけれど……」

「あの、すみません。ちょっと私にはなんのことだか……」

「いやいやいや、そんな知らない振りをしちゃっても、オジサン、全部知っているんだよ? この街に三人いる権者の一人がソフィアちゃんだってね。初めて耳にしたときは、思わず声を上げて驚いてしまったよ」

 この人はなにを言っているのでしょう。

 ちょっと目が怖いですよ。

 タナカさんが胸やお尻に向けるそれが、可愛らしく映るほどです。

「街の武力を司るのが、騎士団長であるゴンザレス氏。街の政治を取りまとめるのが、ノイマン男爵。そして最後に、街の財務を一手に担っているのが、他の誰でも君なのだろう、ソフィアちゃん」

「え、あ、あの……」

「この三名の可決があって、この街は治められているそうじゃないか。例え町長であったとしても、君たち三人の協議を待たずに行動することはできない。そこには彼のフィッツクラレンス大公爵ですら、意見することは難しい、というね」

「…………」

 そんなの初耳です。

 どこの誰でしょう、そんな噂を流したのは。

 酷い話もあったものです。

「店の馴染みとして、どうか私の事を上に紹介して貰えないかな?」

「いえ、あの……本当に私は……」

「更に聞いた話だと、君はあのタナカ伯爵に唯一意見出来る部下だそうじゃないか」

 どうしましょう。

 とてもグイグイと来ていらっしゃいます。

 せめて席について頂きたいのですが。

 テーブルの片付けもままなりません。

「どうか、どうかこのとおりだっ!」

 大仰にも頭を下げて見せます。何事だとばかり、店内に残っていらっしゃる他のお客様から、否応なく注目を受けております。本日は記念すべきオープン初日です。ちょっと勘弁してもらいたいです。

 飲食店にとってお客さんの口コミは非常に重要なものです。それも過去に幾度となく通って下さったお客さんが流した噂など、相応の影響力を伴います。下手に対応しては、今後の進退に大きく響きかねません。

 ただ、どうにもこうにも彼の言っていることがサッパリです。私のような小物がゴンザレスさんやノイマンさんと同じところに語られてよい訳がありません。少しばかりタナカさんのお手伝いをしている限りです。

「あの、そ、その、ですから……」

 父さんに助けを求めるべく、視線をカウンターの側へ。

 向けようとしたところで、ふいに来客を知らせる鐘の音が鳴りました。首都カリスのお店でも利用していた鐘です。私が物心付いた頃には、既にその音が店内に響いておりました。たぶん、死ぬまで忘れることのない響きにございましょう。

「あ、いらっしゃいまっ……」

 反射的に身体が動いて、音の聞こえて来た方を振り返ります。

 そこで気づきました。

 お客さんは私も見知った方々でした。

「すみません、ソフィアさん。少しばかり多いのですが、空いてますか?」

 タナカさんです。

 また、彼の後ろには店の外にエステル様やゾフィー様、アレン様、ゴンザレスさん、エルフさん、ドラゴンさん、更に縦ロール様や縦ロール様の従者様、ゴンザレスさんのご親族だというアウフシュタイナー様、更にロコロコさんの姿まで窺えます。

 結構な大所帯ですね。

 ロコロコさんに関しては、なんでしょう、金属製の大きな輪っかを両手で担いでいます。輪っかは比較的小さな内側の輪と、そこから伸びた支柱に支えられて、外側の大きな輪の二重から作られています。

 ご本人がその中央に収まる形で、内側の小さな輪を両手で支える形でしょうか。外側の大きな輪の径を超えて、誰かが彼女に近づくことができないようになっています。

 もしかして、安全装置か何かでしょうか。そのままだと席に着くことはおろか、店内に入ることも難しい気がします。事実、他の皆さんに続き入店しようとして、外側の輪っかが引っ掛かり、ガッとなりました。特別に席を設ける必要がありますね。

 あと、つい先月から新たにいらっしゃったイケメン貴族様も一緒です。

 凄く格好の良い方です。肩に掛かるほどの長いブロンドがとても綺麗なのです。もしかしたら、アレン様と同じくらい格好良いかもしれません。たれ気味な目元が、なんというか、乙女の弱いところをビンビンに刺激します。

「は、はい! 空いてますっ!」

「お店がオープンしたと聞いたので、皆で昼食を取りにきたのですが……」

 ちらり、タナカさんの視線が私の傍らに流れました。

 そこには今の今まで言葉を交わしていた商人さんがいます。

 ただ、問題の彼はといえば、これまでの勢いは失われて、酷く驚いた様子でタナカさんたちを見つめるばかりです。メイドはこれ幸いと、タナカさんを盾にしまして、自らのお仕事を進めさせて頂きましょう。

「あ、ありがとうございます! ご案内させていただきますっ!」

「お忙しいところ申し訳ありませんが、よろしくお願いします」

 もしかしてタナカさんたち、お祝いに来てくださったのでしょうか。

 だとしたら、えぇ、嬉しいじゃないですか。こういう心遣い、メイドは非常に喜ばしく思います。しかもこんな大勢で来て下さって、ちょっと感動してしまいました。普段、居ても居なくても変わらないような立ち位置ですから。

 思わず目元にじんわりです。

 張り切って席にご案内させて頂きましょう。

「こちらにどうぞ!」

 わざわざ混雑する昼どきを避けて来店して下さったのでしょう。上手いこと空いていた、大きなテーブルにご案内することができました。以前、エルフさんをお招きした時も思いましたが、知人をお店に招くのって良いですよね。やる気が沸いてきます。

『お、おい! オマエはそれ以上、こっちにくるなよっ!?』

「……分かってる」

『ああああ、ちょっとまて、それ以上来るなっ! 来るなよっ!?』

「まだ大丈夫」

『大丈夫じゃないっ! ぜ、ぜんぜん大丈夫じゃないっ!』

 ドラゴンさんとゴッゴルさん、なんか楽しそうです。

 そんな二人の間にタナカさんが割って入りました。

「それなら私が彼女と同じ席に移りましょう。一人は寂しいですから」

「ま、待て! それなら私も一緒に行くぞっ! 私もっ!」

『っ……』

 これにエルフさんが続くと、悔しそうな表情となるドラゴンさんです。

 いつもの感じが、メイド的にとても嬉しいです。

 ガヤガヤとやりながら、みなさん、席に着いて行きます。

 飲食店のウェイトレスとして、お迎えする立場で眺める皆さまは、普段とはまた違った感じがして新鮮です。自らの立場によって、同じ光景でも見えてくるものが変わるのは、なんだかドキドキしますね。

 タナカさんも貴族となられて以降、こういった感慨を覚えていたりするのでしょうか。

「あ、ところでソフィアさん。近いうちに夜の席を予約したいのですが」

「は、はいっ! 大丈夫ですっ!」

「いつかノイマンさんが戻ってきたタイミングで、皆で貸し切りたいのですが、その時になったら都合してもらうことってできますか? たぶん、今月中に一度、機会を作ることになると思うのですけれど」

「はいっ! 任せてくださいっ!」

 貸し切りですね。

 任せて下さい。

 宴会ですね。

 頑張りますとも。

 大急ぎでキッチンに戻り、父親に団体客の旨をお伝えします。せっかくなので食前酒など二、三瓶ほど取り出し、人数分のグラスと共にお盆へ乗せて運びます。昼食の時間帯は出さないようにしていたのですが、たまには良いでしょう。

 テーブルに戻り、卓上へグラスとお酒の瓶を並べてゆきます。自然と耳に入ってくるのは、皆さまの賑やかにも言葉を交される声でしょうか。各々、近くの席の人同士でお話をされております。

「なぁ、き、貴様に少しばかり聞きたいことがあったのだが……」

『……なんだよ』

「その、なんだ? 貴様は普段、特別に運動とかしていたりするのか?」

『あぁ?』

「い、いや、だから運動だっ、う、運動っ!」

 エルフさんの視線がドラゴンさんのお腹に向かっています。

 分かります。

 ドラゴンさんのお腹、きゅっと引き締まっているのですよね。対してエルフさんのお腹は、なんというか、少しばかりぽっこりとしております。いえ、別に悪いとは思いません。歳相応のお身体なのではないでしょうか。可愛らしいです。

 ただ、本人はこれが不満なのでしょう。多分ですが、首都カリスで彼女を抱っこした際、違いに気づいたのだと思います。こういうことって、ふと、何気ない瞬間に気づいてしまうものなのですよね。

「すみません、ロコロコさん。私と二人だけ別の席になってしまって」

「構わない」

「そうですか? 本日はせっかく、エディタさんも一緒でしたのに……」

「ぜんぜん構わない」

「いつも気を使わせてしまって、本当に申し訳ないです」

「なんら構わない」

 ちなみにタナカさんとゴッゴルさんだけ、少し離れて別のお席です。一等に奥まった席です。心なしかゴッゴルさんの表情が、普段より朗らかに感じられます。問題があるとすれば、メイドがそちらのテーブルにお食事を届けられない点でしょうか。

「あの、タ、タナカさん、すみませんが……」

「あぁ、すみません。気付かずに申し訳ないです」

「いえ……」

 良かったです。タナカさんが席を立って対応して下さいました。

 他方、そうした和気藹々とした一角で、唯一、渋い顔をされているのがアウフシュタイナー様です。ついこの間、子爵になられたと聞いております。それで尚も、女装癖は相変わらずのようです。歳幼い頃合いも手伝い、とても可愛らしく映ります。

 そんな彼の傍ら、声を掛けるのがタレ目のイケメン貴族様です。

 つい先日、タナカさんから紹介されました。お名前をゲイ子爵というそうです。なんでも、つい先月にお家を継いだばかりだそうで、今は勉強の為にタナカさんの下にいらしているのだそうです。

 タナカさんの知り合いの男性って、格好良い方が多いのですよね。

 今更ながら気づいた喜ばしい事実でしょうか。

 ただ、どうやら彼は同性愛者らしく、メイドには見向きもして下さいません。

「アーシュ、今晩あたりどうだい? 良いお酒を手に入れたんだ」

「……一人で飲んでろよ」

「君と飲むから最高なのさ! 是非とも招待したいんだ」

「だから、何度も行かないって言ってるだろ?」

 どうやら口説かれているようです。

 同じ子爵同士、軽い感じのお話が惹かれます。

 臨むべくはその言葉がいつの日か、こちらのメイドにも向いたらとは切に。

 また、同じアウフシュタイナー家の方でも、ゴンザレスさんは機嫌が良さそうです。何か良いことでもあったのでしょうか。お届けしたばかりのお酒を景気良く開けられました。見ていて気持ちの良い飲みっぷりです。

「っかぁぁあああっ! 昼から飲む酒は格別だな!」

「あらぁ? 案外イケる口じゃないのぉ」

「なんだ嬢ちゃん、勝負するか?」

 傍らには縦ロール様が掛けていらっしゃいます。

 今更ながらではありますが、縦ロール様、なんだかんだで皆さんと別け隔てなく仲が良いのですよね。町娘の私にも優しくして下さいます。これは勝手な想像ですが、タナカさんが本命とされる理由も分かるような気がします。

「ふふぅん? いいわよぉ? 後で泣いても知らないのだからぁ」

「おう、上等だぜ!」

「ご、ご主人っ! 私も共にさせて頂きたいっ! 共にっ!」

 そんな彼女がエステル様の幼なじみというのは、これ以上ない皮肉でしょうか。

 縦ロール様の対面に並ぶ形で、エステル様はゾフィー様とアレン様のお二人と共に腰掛けていらっしゃいます。その視線が向かう先はといえば、席についてからずっと変わらずタナカさんです。それはもう熱心に見つめていらっしゃいます。

「エステル、どうしたです?」

「え?」

「彼に用事があるですか?」

 当然のようにゾフィー様から突っ込みが入りました。

 両手で持った小さなグラスから、チビチビと舐めるようにお酒を飲まれる様子が、とてもゾフィー様らしい振る舞いでしょうか。一昨日の夜、居室でお一人ベッドの上に座り膝を立てて、ボトルから豪快にラッパ飲みされていた姿はメイドだけの秘密です。

「い、いえっ? 別にそんなこと無いわよっ!?」

「……そうです?」

「それよりも、しょ、食事が楽しみね! ソフィの家のご飯、いつか食べてみたいと思っていたのよっ! あのエルフも首都カリスで食べて、とても美味しかったと言っていたから、わくわくしてしまうわっ!」

「…………」

 エステル様を見つめるアレン様の表情が、とても切なそうなものになっています。すぐ隣に座っていらっしゃるのに、お二人の間には決して埋められない大きな溝が口を開いているように思います。

 ただ、そんな憂いのあるアレン様も、とても格好良いです。

 見ていて飽きませんね。

 ずっと見ていたいお顔です。

 アレン様、こちらのメイドであれば、いつでもお股を開く用意はできております。

「おーい、ソフィア! こっちも手伝ってくれっ!」

「あ、はーいっ!」

 そうこうしていると、キッチンから父親に呼ばれてしまいました。

 もう少しばかり、楽しそうにお話をする皆さんの姿を見ていたかったのですが、仕方がありません。なんせ今の私は、皆さんをお迎えする立場ですから。心身ともにご満足して頂けるよう、丹精込めて頑張りましょう。

 しかしなんというか、良いですね、こういうの。

 私は大好きです。

 今後とも大切にしてゆきたい感慨です。

 どうか末永く、今の幸福が続きますように。
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