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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫

本文

110/132

伯爵 一

 現在、我々はエステルちゃんちでパーティーの最中にある。

 どのような集まりかと言えば、リチャードさんが主催するフィッツクラレンス派閥の会合だ。メインイベントは新しく仲間に加わった面々のお披露目となる。いつぞや醤油顔が男爵位を頂戴した際にも行われたことは記憶に新しい。

 今回はそれにノイマン氏とショタチンポも一緒である。

「これはこれはタナカ伯爵、伯爵のお噂は私もかねがね耳としておりました」「いやぁ、流石はタナカ伯爵ですな。噂通りの猛者であらせられる」「わたくしも以前からタナカ伯爵は、秘めたるものがあると感じておりましたとも」「首都カリスを魔王から守る。その偉業を私も是非、傍らに支えてみたかった」

 しかも以前とは異なり、今回は喰い付きが凄まじい。

 それもこれも先の謁見が故だろう。当面、宰相派閥はフィッツクラレンス派閥と足並みを揃えてゆくことになる。お国の事情に疎い平たい黄色は、両派閥がペニー帝国で上から数えて何番目にあるのか知れない。ただ、共に上位であることは間違いない。

 当然、両者が合流したのなら、帝国の主流となるのは目に見えている。

「私の娘は大層な伯爵のファンでして、どうでしょうか? 一度お会いして頂けませんでしょうか?」「おぉ、そういうことでしたら、どうぞ私のところの娘もよろしくお願いいたします」「まあ待ちなさい、抜け駆けは良くないですぞ? そういうことであれば、皆々を誘って茶会など開いては……」

 会場となる大広間に踏み入ると同時、大勢の貴族から囲まれてしまった。おかげで飲み物を手にすることもままならない。食事など夢のまた夢といった有様だ。右から左から、前から後ろから、兎にも角にも声が飛んで来る。

 それとなく傍らへ視線を向ければ、ノイマン氏もまた同様である。平素からの役人姿を脱した彼は、リチャードさんから借り受けた、とても値の張りそうな衣服に身を包んでいる。自分などより余程のこと貴族しているぞ。

「ノイマン男爵、なんでも元は中央の役人であったそうではないか」「うむ、その名は私も以前から耳にしていた。随分と仕事ができる男だとか」「仕事ができる男は、やはり目の付け所が常人とは異なるようだな」「ああ、素晴らしい審美眼だ」「どうだね? よければ今晩あたり、うちに来ないかね?」「こらこら、抜け駆けは良くないぞ」

 ひょろりとした背高ノッポな彼が、大勢の貴族に囲まれて慌てる様子は、ちょっとおもしろい。未だ貴族という身分に対して実感が湧いていないのだろう。更に根が真面目なことも手伝い、周囲から一言を受けては都度、慌てた調子で言葉を返している。

「いえ、あ、あの、私はそのような大した人物では……」

 めっちゃ焦っている。

 ソフィアちゃんみたいなことになっている。

 オシッコだけは漏らさないで頂きたい。

 きっと頃合いを見て、リチャードさんがヘルプするだろう。それとなく我々に視線を向けて、事ある毎に様子を窺っているので問題はない。貴族的な云々は自身が出張るより、素直に彼へ任せたほうが良いだろう。餅は餅屋というやつだ。

 むしろ問題があるとすれば、それは残すところ歳幼い子爵様。

 同所ではショタチンポだけが、腫れ物のように扱われて一人ポツネンと。

「…………」

 当然と言えば当然だ。

 だって、チンチン生えてるんだぜ?

 女装のままパーティー会場へ特攻した、その勇気と度胸には恐れ入る。

 でも、ぶっちゃけ扱いに困るじゃんね。

 正直なところ、アウフシュタイナー家とか関係ない気がする。家柄や身分云々で考えれば、ブサメンの方が遥かに際立ったところに立っている。なんたって一人だけ平たい黄色族だ。我が身と比較すれば、元貴族である彼の方が遥かに抵抗は小さいだろう。

 事実、周囲からは様子を窺うような視線がチラホラと。

 しかしながら、その際立った出で立ちが故か、未だに語りかける者はいない。

 ただ、一部の貴族からは、絶え間なく熱っぽい視線が向けられている。それは例えば、某ガチレズ女騎士が好みの女に見せるそれと、何ら変わりない有り様だ。考慮すべくは、その幾割かが彼と同じ性別であるという点だろうか。

 良かったな、ショタチンポ。

 ここでならきっと、その特殊な趣味も受け入れて貰えるのではなかろうか。

 ヤツの生臭い輪姦シーンなんて、まあ、その、なんだろう。いつか童貞を卒業して、ヤリチンサマーバケーションも無事に終えて、この世の性という性を味わい尽くして、更にその後、怖いもの見たさに後ろの方から覗くくらいで、ちょうど良いと思うんだ。

「タ、タナカ伯爵っ、楽しんでいるかしらっ!?」

 不意に名前を呼ばれた。

 年若い女性の声であるから、自然と反応してしまう。

 ただ、その響きはここ数ヶ月で随分と耳に馴染んだものだ。

「これはこれはエリザベス様。本日もご機嫌麗しゅうございます」

「…………」

 他に貴族の目も沢山あるので、努めて厳かにご挨拶させて頂いた。

 何ら間違ってはいない筈だ。

 ただ、これを受けて直後、ピシリと表情を強張らせたのがエステルちゃん。今のでも馴れ馴れしかっただろうか。あぁ、そうなのだろう。口上こそ敬っていても、公衆の面前でサクッと下の名前で挨拶とか、マブダチ感あるものな。

 ヤバイな。

 以前の距離感が意外と身体に染み付いているぞ。

「どうされましたか?」

「え? あ、いいえ? べ、別になんでもないわっ! タナカ伯爵」

「そうですか? 体調が優れないようでしたら、お部屋までお送りしますが」

「っ!? そ、そうねっ! それなら是非ともっ……」

 途中までを語り掛けて、ハッと何かに気づいた様子を見せるロリビッチ。視線が泳いだかと思えば、反射的に半歩を後ろに下がる。大慌てで両手を挙げて、それ以上は無理だと言わんばかり、声も大きく語ってみせる。

「だ、大丈夫だわっ! ぜんぜん元気なのだからっ! ほ、本当よっ!?」

「……本当ですか?」

「ええ! 本当なのだわっ!」

 なんだろうな。

 露骨な拒絶が切ないわ。

 でも、これが正しい二人の関係なのだろう。

 せっかくリチャードさんが上手いことお膳立てしてくれて、更に宰相までもが乗ってきたのだ。この場で彼女との不仲を周囲に悟らせる訳にはいかない。ここは適切なところで、貴族的にやっていこうじゃないか。

「差し出がましいご提案を申し訳ありません。ですがフィッツクラレンス家のご令嬢の大事とあらば、我が身の大事も同義にございます。お困りの際には、どうぞ、お声掛けを頂戴したく思います」

「そ、そうねっ。その時は頼もうかしらっ!」

「ありがとうございます」

 こんなもんだろう。

 今後の二人の距離感は。

 多少ばかりを語ったところで、周囲からはわっと声が上がった。ブサメンとロリビッチの円満な関係を目の当たりとしたところで、田中伯爵家とフィッツクラレンス公爵家の間柄に確かなものを感じたのだろう。

 リチャードさんの親バカは非常に有名だからな。

 そんなこんなでパーティーの時間は過ぎてゆく。

 どれだけが過ぎただろうか。

 乾杯からしばらく経って、会場に眺める人の流れにも落ち着きが見え始めた。流石にそろそろ、ご飯とか食べたい気分になってきた。用意された食事はビュッフェ形式。どれも値の張りそうな代物ばかり。タッパーに詰めて持って帰りたいくらい。

 絶え間なく挨拶に訪れる貴族たちも、時間の経過と共に、段々と肩書が下がり始めている。公爵から始まり侯爵、伯爵といった具合だろうか。自然と醤油顔の意識は彼らから離れて、フロアに並んだご馳走へ向かう。

 もう少し下がったら、男爵くらいまで下がったら、一言断りを入れてご飯を食べに行こう。きっと彼らだって、平たい黄色の挨拶待ち列に並んでいて、お腹を好かせている筈だ。一緒に向かえば、決して無下には扱われまい。

 などと考え始めたところ、不意に同所へリチャードさんの声が響き渡った。

「さて、本日はこの場で皆さまに一つ、ご報告したいことがございます」

 自ずと皆々の視線が声の出処に向かう。

 彼はフロアの正面、一つ段の高くなった場所に立っていた。

 なんだろう。

「つい数週前のことになるでしょうか。大聖国より発せられたペニー帝国に対する非難の声は、皆々も耳にしていると思います。もちろん、その全ては事実無根の戯れ言であると、本日であればペニー帝国の誰もが知るところでしょう」

 賑やかであったパーティー会場が静まり返る。

 こういう反応を目の当たりにすると、やっぱり圧倒されるわ。

 流石の大公爵様である。

「魔王に対して一番の拠り所である筈の同国は、他の誰でもない、当の魔王からの一撃を受けて、甚大な被害を被っております。他方、我らが誇るペニー帝国は、既に幾度となく魔王からの進行を受けながらも、本日を無傷で迎えています」

 派閥貴族一同からの注目を確認して、リチャードさんは続ける。

 三桁を超える視線を集めて尚も、平素と変わらない立ち振舞は憧れる。

 こういう社会人になりたかったって、切に思うもの。

「その功績がどこにあるのか、この場に集まった皆さんは既に理解されているものと思います。私もこの場に彼を迎え入れることが出来たことを、とても喜ばしく考えております。これからも末永く、共に歩んでいきたいものですね」

 リチャードさんからヨイショを頂戴。

 応じて、わっと会場から声が上がった。

 自ずと醤油顔に視線が集まる。

 今まさにズボンのポケットへ手を突っ込んだ瞬間の出来事だった。パーティーが始まってから延々と人目に晒されていた都合、我が身は長らくポジショニングを行えていなかった。おかげで、ちょっと良くない感じのベクトルで嵌っている。

 あまり注目しないで欲しい。

 致し方なし、突っ込んだばかりの手をポケットから引き抜いて行儀良くする。

「一方で大聖国のあり方には、私も大きな疑問を覚えております。それは例えば同国から発せられるお告げにも見られます。自ら囲い込んだ西の勇者様に対する、酷く一方的な罷免と、更には何ら根拠のない、一方的な裏切り者の烙印です」

 話題が勇者様に移った。

 それでも醤油顔に対する視線は依然としてちらほらと。

 当面は今のポジションで頑張らざるをえない。

「人にあるまじき行いではないでしょうか。詳しく調べてみると、西の勇者様は聖女の命に従い、なんと暗黒大陸まで自ら足を運び、死の淵に貧したパイオツ王国の王子のために、フェニックスの尾を持ち帰ったという、非常に義理堅い人物であります」

 しかも、なんか覚えのある冒険譚だわ。

 配達が間に合ったようで、良かったじゃんね。

「こうまでも他者のために尽くして生きた彼を、自分たちの都合で一方的に罷免するなど、許されることでしょうか?」

 リチャードさんが問いかける。

 すると会場に集まった貴族からは、許されない旨、あちらこちらから声が上がった。まるでアイドルが舞台上で振る舞うマイクパフォーマンスでも眺めているようだ。ゾフィーちゃんのパンモロなステージが懐かしいぜ。

「私は彼のその献身的なあり方に心を打たれました。故にここに宣言いたします。我らフィッツクラレンス派閥は、今後、西の勇者様を真なる勇者として、その魔王討伐への道を支えてゆきたいと思います」

 大聖国の聖女様と比較したら、如何にペニー帝国の大公爵とはいえ、リチャードさんの存在は小さく映る。それは例えば世界を舞台に活躍するグローバル企業と、地方の小さな町工場のような隔たりだ。

 しかしながら、その行く先には必ず成功が待っていると思わせるだけの力強さが、彼の語る姿には窺えた。この人に付いて行けば、輝かしい未来が待っているのではないかと、ふと感じてしまうだけのパワーが。

「ということで本日、この場に西の勇者様を迎えています」

 ただ、流石にそこまでは聞いていない。

 いつの間に連れて来ていたのだろうか。

「スター・ザ・エリュシオンさん、よろしくお願いいたします」

 リチャードさんが舞台袖の辺りを大仰に腕で指し示す。

 応じて同所からは、見知った顔がひょっこり姿を表した。

 間違いない、ピエールだ。

 際しては会場から沸き立つように声が上がった。どうやら西の勇者様の登場に関しては、醤油顔も含めて、居合わせた面々には等しく内緒であったよう。これはなかなかインパクトがある演出だ。

 リチャードさんに促されるまま、舞台の中央へと向かい歩む勇者様。

 そして、皆々が固唾を呑んで見つめる先、おもむろに口を開いた。

「このような場に招待を頂いたこと、ありがたく思う」

 普段と変わらない語り調子は流石だろうか。

 人に見られることに慣れているのだろう。

「正直なところ、勇者という名のカラクリを知った今では、その肩書を語ることに僕自身、なんら価値を見出していない。これは大聖国と決別したからではなく、同国がひた隠しにしていた魔王と勇者の真実を理解したからであり、また同時に、真なる勇気というものに触れたからだ」

 リチャードさんに変わって舞台正面に立ち、つらつらと語る。

「既に知っている方も多いとは思うが、勇者とは大聖国の傀儡であり、歴代の魔王は大聖国の模造であった。少なくとも当代の魔王を除いてここ五百年、魔王は一度も蘇っていない。そして、聖女からのお告げは同国の利権を支える為の代物であった」

 ピエールが語るに応じて、フロアからは驚きの声が上がる。

 彼が与えたところ、初耳であった者も少なくないのだろう。マジかよ、みたいな顔で声を上げる貴族。え? オマエ知らなかったのかよ? みたいな視線をこれに向ける貴族。そんな光景がそこらかしこで見受けられる。

 見ていてちょっと面白い。

 そうした貴族一同の心中など知らず、西の勇者様、全力でぶっちゃけた。

「その事実には酷い落胆を覚えた。素直に言うと、国に帰ってしばらくゆっくりしたい気分だよ。もちろん、これまでの冒険が全てまやかしであったとは思わない。その結果として救えた命は多い。しかし、その全ては聖女の敷いた道の上にあった」

 自然と皆々の意識はリチャードさんへ向かう。

 西の勇者様は大丈夫なのかと。

 ただ、これを受ける彼の表情はと言えば、とても涼し気なものだ。

 流石のリチャードさんである。事前のネゴりは万全の様子だ。

「それでも僕は勇者であると、当代のフィッツクラレンス家当主は語った。勇者という肩書は、そう容易に下ろせるものではないのだと。そこには僕個人の主義主張など関係なく、愚直にも勇者としての名前だけがあるのだと」

 西の勇者さまがリチャードさんを見つめて語る。

「正直、僕は君のことが好きじゃない」

 これにリチャードさんは笑顔で応じる。

「ええ、存じておりますとも」

 平素からのニコニコフェイスだ。

 当然のように、会場からは不安げな声が、そこらかしこから上がる。

 これに被せるよう、勇者ピエールの声が響いた。

「しかしながら、喜べば良いのか、悲しめば良いのか、僕と彼とは一致している。何が一致しているかといえば、彼が良いと考えるところが、自らが良いと考えるところと、共に同じく第三者の向かう先に依存しているという点だ」

 西の勇者様とリチャードさんの視線が、すすすと醤油顔に流れた。

 ジッと見つめられている感じ。

 これに気づいた他の貴族からも、自ずと注目が集まってゆく。

「タナカ男爵、いいや、今はタナカ伯爵といっただろうか? 彼がペニー帝国に与するというのであれば、僕もまたどうか、同国に与させて頂きたい。彼がフィッツクラレンスに与するというのであれば、僕もまたどうか、フィッツクラレンスに与させて頂きたい」

 そこまでを語ったところで、西の勇者様がリチャードさんに頭を下げた。

 過去になくヨイショされている。

 彼にここまで言わせるとか、流石に申し訳ない。

 多分、リチャードさんが嫌いっていうの、本当だと思う。暗黒大陸での出会い然り、学園都市でのトーク然り、なんだかんだで高潔な人格の勇者様であった。利益優先の貴族様方とは主義主張が合わないのは間違いない。

 だからこそ、両者の間で如何様な意識合わせがあったのか、とても気になる。

「勇者スター。我々は貴方を迎え入れる用意があります」

 厳かにもリチャードさんが語った。

 これに西の勇者様もまた、神妙な面持ちで応じる。

「ありがとうございます」

 会場からは拍手喝采。

 耳が痛くなるほどの音が、そこらかしこから発せられて場を満たした。



◇◆◇



 醤油顔も、ノイマン氏も、西の勇者様も、周囲をフィッツクラレンス派閥の貴族様に囲まれて、大変な賑わいである。予期せぬゲストの登場で、落ち着きを見せつつあった会場は再び賑やかになった。

 例外があるとすれば、それはやっぱりショタチンポ。

 我関せず食事に興する姿は、過去に自らもまた覚えがある立ち振舞い。食事の盛り付けられたテーブルの正面、少し丸まった背中が哀愁を感じさせる。周囲に人の姿は皆無だ。ぽつねんとツインテールだけが佇んでいる。

 ショタチンポが一人で寂しくご飯を食べているの、なんか良い。

 どうにも親近感を刺激されてしまった。

「タナカ伯爵、お噂はかねがねお窺いしておりまして……」

「あ、はい」

 他方、こちらは挨拶に訪れる人の流れに途切れる気配がない。

 今し方に話し終えたかと思えば、また新たに声を掛けられてしまった。

 碌に食事を取る暇もない。

 流石にこうまでも続くと、段々とやり取りが面倒にもなってきた。しかもよく肥えたオッサン率が非常に高い為、お話をしていても嬉しくない。封建社会全盛とあって、基本的に力を持っているのは男性ばかりである。

 それでも決して、女性が少ないという訳ではない。事実、ノイマン氏の周りには女性が大勢だ。それも年若く、可愛らしい女性が大半である。原因は十中八九で現在の彼が抱えるステータス異常、バツイチ。

 こちらの会場へ至る最中、フィッツクラレンス邸宅前での間男や奥さんとのやり取りは、既にフロアの隅から隅まで伝わっているのだろう。今の彼は文字通り独身貴族。しかもイケメンで武装している。やりたい放題じゃないですか。なんて羨ましい。

 一方、ブサメンの周りにはオッサンが大勢だ。

 酷い話もあったものだろう。

「タナカ伯爵、お初にお目にかかります、私は……」

「これはこれは、こちらこそ初めまして……」

 同所に集まった貴族たちとは、共通の話題など片手に数えるほどである。トークは完全にルーチンワーク。お決まりの挨拶から始まって、フィッツクラレンス派閥における立場を確認の上、止め処無く溢れ出るアピールを拝聴させて頂くといった流れ。

 自然とパーティーへ臨むに際して高まった緊張も失われていく。

 ここで一つ、男性の生理現象における重要な原理がある。勃起とは副交感神経が優位となった際に発生する。つまりリラックスしていると起立する。そして、今の醤油顔はトーク相手の肩書が落ちてきたことも手伝い、段々とリラックスしてきている。

 長らく続いた緊張状態から一変しての安堵状態。

 これが良くない。

 俺に任せろとばかり、本人の意志に反して息子がマックスハート。今まで一度も任せたことがないにも関わらず、威風堂々と主張してみせる。更にズボンの内側、バッドポジションの影響を受けて、ヴィジュアル的にも最悪の盛り上がりを見せ始める。

 このままでは不味いとポジショニングをスケジュール。

 ポケット経由では難しいと判断。抜本的な改革を行うべく、トイレに向かいたい旨、お断りをトーク相手に伝えることを決定する。すみません、少しばかり用を足しに、云々。上向きにして下着とベルトで抑えれば、まだ戦える。

 ただ、これを口にしようとしたところで、不意に視界の隅で事態が進展。

「きみ、なかなか刺激的な格好をしているじゃないか」

 この期に及んで、ショタチンポに声を掛ける貴族が現れたのだ。

「……え?」

 声を掛けられた側の、呆けた声がフロアに響いた。

 二人のやり取りを耳として、自然とブサメンは意識を奪われる。こちらの視線が不意に横へ流れたことで、目の前のオッサンもまた自ずと、ショタチンポとショタチンポへ声を掛けた相手に注目する運びとなった。

「よければ少し、話をしないかい?」

 二十代中頃と思しき男性だ。

 背中に掛かるほどの長く艶やかなブロンドが印象的なイケメンである。スラっとした身長はノイマン氏ほどではないが、百九十は超えているように見える。横長でタレ気味の目元は、淡い青色の瞳と相まって、歌舞伎町的な魅力に溢れる。

 話をせずとも理解できる。

 童貞との相性は最悪だろうな。

「な、なんだよ? 誰だよ?」

「これは申し訳ない、名乗るのが遅れたね。私はアダム・ゲイ。こういった場所には普段、あまり足を運ばないのだけれど、本日は訪れて本当に良かった。それもこれも君という存在に出会えたから」

「…………」

 否応にも人目を引くショタチンポ。これに語りかけたところで、自ずと周囲からの注目を浴びることとなる。けれど、彼は他者の視線など何ら意に介した様子もない。その瞳にはショタチンポ以外、他の一切合財が映っていないと言わんばかりの立ち振舞いだ。

「……ゲイ子爵ですな」

 正面、今の今まで話をしていたオッサンが呟いた。

 どうやらショタチンポと同じ位の貴族らしい。

「ご存知ですか?」

「ええまあ、つい最近になって当主が代替わりしたばかりの家でして、あの男は当代の当主となります。良くも悪くも話題に挙がることのない家だったのですが、代替わりして以降は、ちらほらと耳にするようになりました」

「なるほど。もう少し詳しく伺ってもよろしいでしょうか?」

「なんでも当代の当主は随分な男色家であるらしく、気に入った平民の少年を浚っては城の地下に囲っているという話なのですよ。まあ、その手の趣味を持つ者は少なからずおりますが、ゲイ子爵に関しては、それが甚だしいといいますか、なんといいますか……」

「……そうですか」

 やっぱり、そっち系の話かよ。

 しかしながら、決して悪くない流れではある。

 あれでショタチンポも、自ら好んで女装しているような人物だ。同じく男根に導かれし者同士、気が合うのではなかろうか。更に相手がイケメンであれば、自ずとブサメンの下を離れて、仲良くやり始める未来も近いように思われる。

「異性と碌に話せないほど内向的な性格の持ち主で、それが故に男色へ向いた、などと囁かれているほど、大人しい男であったそうですよ。ですが本日のこれを眺めては、いやはや、噂話とはなかなか当てにならないものですな」

「なるほど、そうなのですね」

 アレン級のイケメンなのに、それでも内向的な性格の持ち主とか、どれだけ刺激的な幼少時代を過ごしてきたのだろうな。もしかしたら彼自身もまた、近しい人から凸に凸をぶつけるような扱いを受けて来たのかもしれない。

 おぉ、そう考えると、なかなか感慨深いものがあるイケメンだ。

「タナカ伯爵は、あの男が気になりますかな?」

「そうですね、アウフシュタイナー子爵と仲良くしてくれれば良いなと」

「……なるほど?」

 段々と集まりゆく会場の注目。

 構わずゲイ子爵は語る。

「なんでも学園都市に留学していたと聞いているよ。私もこれで魔法に関しては多少の造詣があると自負しているのだけれど、もしよければ今晩あたり、共に語ってはみないかい? 王立学園の学技会でスピーチをしたこともあるんだ」

「いや、今晩はもう予定があるから、悪いけど……」

「そうなのかい? なら私の方から君の下へ赴かせて貰えないかな?」

 ニコっと笑みを浮かべるゲイ子爵。

 唇の合間より覗いた白い歯がキラリと輝いた。

「…………」

「お願いできないだろうか? 私は君に凄く興味があるんだ」

 めっちゃグイグイと来ている。

 こういうのを肉食系というのだろう。首から上では朗らかに語りつつ、気づけばつま先とつま先が接するほどにまで接近している。ショタチンポも相当なものだと思っていたのだけれど、そんなヤツを困惑させるほどのエネルギーを感じる。

 相手が少年性愛で良かった。

 あの二人はそれだけで完結した世界。

 ブサメンには何ら関係のないところにある。

「お、おい、あんまり寄って来るなよっ……」

「つれないなぁ。私はこんなにも君のことが気になっているのに」

「っ!?」

 呟いて、グイとゲイ子爵の足がショタチンポの足の間に割って入った。余裕綽々とした前者に対して、後者は顔を真っ赤とする。いつぞや学園都市に経験した醤油顔との一件とは、まるで立場が逆になっているぜ。

 完全に女の子しているわ。

「ふふふ」

 相手の焦る様子が嬉しいのだろうか。

 足の間に差し込まれた足に次いで、今度は腕が伸びた。狙いは髪である。頭一つ分と言わず、二つ三つと異なる二人の背丈の関係上、そう肩を動かすこともなく、指先はショタチンポ自慢のツインテールに達する。

 その瞬間のことだ。

「や、止めろよっ!」

 咄嗟にショタチンポが動いた。

 両手を正面に突き出して、ゲイ子爵の胸を強く押した。

「おっと……」

 思ったよりも勢いが乗っていたらしく、ゲイ子爵は数歩ばかり後方によろめいた。二人の体格の違いを思えば、魔法的な作用で身体能力を補ってのことかもしれない。自然と思い起こされたのは学園都市での一件だ。

 ピーちゃん、今はどこで何をしているんだろう。

 やっぱり、なんだかんだと文句を言いながら、しゃぶっているのだろうか。

 いや、止めよう。彼の咥内事情を考えるのは。

「咄嗟に無詠唱で身体強化とは、流石は学園の生徒さんだ」

「気持ち悪いやつだなっ! それ以上、ち、近づくなよっ!?」

「どうやら思ったよりも、恥ずかしがり屋さんのようだな」

「う、うるさい! 私はもう他に好きな人がいるんだよっ! オマエみたいな、軽い男になんて興味ないんだからなっ!? 気持ちの悪いことするなよっ!」

 荒ぶるショタチンポ。

 一方で対照的、落ち着いた様子を崩さないのがゲイ子爵である。その顔には相変わらずの笑み。こういった煩雑としたコミュニケーションもまた、彼にとっては好ましいものなのだろう。

 恐らく今回の一件、一番の被害者は何も知らないショタチンポの親類一同である。今後の社交界におけるアウフシュタイナー家の扱いとか、完全に決まってしまったのではなかろうか。新生アウフシュタイナー家、一代断絶の危機である。卵子的な意味で。

「それは本当なのかい?」

「そ、そうだよっ!」

「とても興味深い話だ。詳しく伺っても良いかな? 是非とも聞きたい」

 いかん。

 しかもこれは、非常に良くない流れである。

 慌てて身の回りにエステルちゃん、もしくはゾフィーちゃんの姿を探す。この際、どちらでも構わない。いずれか一人と仲良く並び立っているだけでも、直後に想定されるダメージは段違いに変わってくる。

 しかしながら、こういう時に限ってめっちゃ離れてるビッチたち。

「オ、オッサンっ!」

 こちらを振り返ったショタチンポが、タタタと元気良く駆けてくる。やたらと丈の短いスカートを、パタパタとはためかせながら駆けてくる。しかも、この期に及んでオッサン呼ばわりかよって。

「……どうされました? アウフシュタイナー子爵」

「私は、オ、オッサンが大好きだからなっ!?」

 知ってるよ。ちゃんと知ってるよ。だから言うなよ。

 せめて今このタイミングでは。

「だからっ、あの、オ、オ、オッサンにっ……」

 その視線が何かを捉えた様子だ。

 彼の注目する先には、今まさにパワーを蓄えつつある僕らの勇気。

「お、おっさんっ!?」

 その瞳が見開かれたかと思いきや、次いでパァと、花開くように笑顔となるショタチンポ。視線はブサメンの顔から離れて、下方に向かって止まない。今の彼が何に注目しているかは、周囲からも容易に窺い知れることだろう。

 バリカタからハリガネ、そして、粉落としへ。

「も、もしかして、今の告白でっ……」

 ゲイ子爵に勇んで見せた姿は既に過去のもの。

 途端にメス顔となるショタチンポ。

 頬が上気してして、瞳が潤み始める。

 何故に勃起という現象は副交感神経に結びついているのだろう。いやしかし、交感神経に結びついたら、それはそれで大変かもしれない。一世一代の緊張シーンで臨戦態勢とか、悔やんでも悔やみきれない。非常に悩ましい問題だろう。

 公共の面前でスタンドアップしていても許容される社会が切に望まれる。

 それこそが真なる男女平等ではなかろうか。

「…………」

「……あの、オ、オッサン?」

 とりあえず、男の生理現象はさておいて、目前に迫った問題へ対処しよう。こういうのは恥ずかしがるから駄目なのだ。堂々としていれば、それはそれで、きっとそういうものなのだろうと、周囲も理解してくれる筈だ。

 相手もまた自身と同じく、股ぐらに一物を抱えた野郎たちである。

「以前もお伝えしたとおり、私には他に意中の女性がおりますので」

「知ってる。今はこれまで通り隣に置いてくれるだけで、ぜんぜん構わない! ただ、いつか必ず私は、オッサンの一番になってみせるからなっ! そして、オッサンの方から、私のことを求めさせてみせるっ!」

 その言い方だと、なんか愛人囲ってるみたいじゃんね。

 一連のやり取りを耳としたところ、会場に居合わせた貴族たちからは、早々に反応が挙がった。それまでショタチンポとゲイ子爵に向けられていた視線が一転、醤油顔の下へと矢継ぎ早に移ろい始めた。

「なんと、タナカ伯爵もまた好きものであったか」「いやしかし、以前はビッチ伯爵家との婚姻の話が……」「そう言えば、あれはどうなったのでしょうな」「ビッチ伯爵家のシアン様と言えば、魔法騎士団でも指折りの才女。まさか断るはずがありますまい」

「しかしながら、家柄としては同じ伯爵家ですぞ?」「そうは言っても、ビッチ家の歴史を思えばなんら不都合はありますまい」「そもそも伯爵家以上となると、更に限られてくるではありませぬか」「となると例の婚姻は、未だ続いているということか……」

「シアン様という素敵な女性がありながら、他で男にまで手を出すとは、いやはや、英雄は色を好むというのは本当のようですな」「なるほど、それはまた興味深いお話ではありませんか」「ふむ、これは我が家にも追い風が吹いてきましたな」「うちもですよ」

 好き勝手に語ってくれる。

 数十人と詰め掛けた会場とあっては、まさか一人一人、訂正して回ることは難しい。かといって、この場で声も大きく、私は女の子が好きです、オチンチンは嫌いです、などと宣言しては、ショタチンポの子爵としての面目が丸潰れだ。

 更にゾフィーちゃんとの一件が自然復活している予感。

 それが今の自分にとっては、唯一の救いであるという皮肉。

「……頑張ってください。ですが公私はしっかりと分けて下さいね」

「わ、わかってるっ!」

 精々、これがブサメンに提示できる関の山だろうか。

 一方でオチンチンの壁を悠々と超えてくるのが、ゲイ子爵。

 気づけばすぐ近くまで歩み寄っている。ショタチンポが頷いて、会話に僅かばかりの切れ目が見えた瞬間、両者の間に自らの身体を滑りこませた。同時に仰々しい立ち振舞いで、お辞儀などしてみせる。

「タナカ伯爵、本日はお初にお目にかかります。アダム・ゲイと申します」

「これはこれはご丁寧にどうも、タナカと申します」

 ロックオンされた予感。

 身体を起こすに応じて、長髪がふぁさぁってなるの、最高にイケメンだった。しかもなんか良い匂いがした。目の前の男がショタスキーであったことに、ブサメンとして安堵する一方、それでも同じ男として、劣等感に苛まれざるを得ない。

「もしよろしければ、彼を私に下さい」

 しかも、いきなり過ぎるじゃんね。

 流石にこれはお手上げだ。

「……ゲイ子爵は随分と、生き急いでいらっしゃるようですね」

 チラリ、リチャードさんに意識を向ける。

 ヘルプ要請。

 しかしながら、彼は平素からのニコニコ顔でこちらを眺める限り。自分でなんとかしろということだろう。

「人の命は短い。そうは思いませんか? タナカ伯爵」

「ええ、その点に関しては同意いたします」

「私はどんなときも、自らに対して素直に生きたいのです」

「なるほど」

 綺麗に整った端正な顔立ちが、洗練された立ち振る舞いと相まって、やたらと知的に映る。もしも醤油顔が口にしたら鳥肌モノの台詞も、彼が語ると素直に消化できてしまうから、やっぱりイケメンって凄いよな。

「しかしながら、貴方の思いはどうあれ、彼の想いは彼のものです。私は彼を束縛しません。そして私と彼の間には、同じ派閥の貴族であるという事実の他に、これといった関係はございません。ご理解頂けますか?」

「……そうですか」

「はい」

「承知いたしました」

「ご理解して下さり、ありがとうございます」

 助かった。それなりに話せる相手のようだ。

 これで問答無用だったりしたら、目も当てられない。

「流石は一代にして、異国人という身の上に在りながら、伯爵まで上り詰めただけのことはあります。ですが私は決して諦めません。いつの日か必ずや、貴方の下から彼の想いが離れていくことを、この場に予言させて頂きます」

 全然話せてなかった。

 っていうか、段々と面倒臭くなってきた。

「ええ、その時を楽しみにしております」

 もう適当でいいよ。

 オチンチンの話題はこれで終わり。おしまい。これ以上は構っていられない。相手は子爵であるから、自身が伯爵の身分であることを考えれば、こちらから会話を終えたところで、これといって問題は発生しないだろう。

 早々に踵を返すべく意識を改める。

 するとタイミングが良いことに、来賓を知らせる声が響いた。

「アンジェリカ王女殿下のおなぁーりぃぃー」

 どうやら王女様がやって来たようだ。

 皆々の視線が一様にフロアの出入り口へ向かう。

 するとそこには、豪奢なドレス姿の王女様が今まさに入場である。

 薄い生地に作られた衣服は、彼女の優れたる身体の凹凸を余すところなく飾り立てている。相変わらず胸とお尻の大きな娘さんだ。華奢な腰の括れも百点満点。エステルちゃんの一つ下とは思えない肉体美、男好きのする淫乱ボディーである。

 しかも本日はスカートの裾が平素と比較して随分と短く、膝上二十センチ。恐ろしいことに、短い短いと有名なショタチンポのスカートに競うほどの短さである。まさか親バカで有名な陛下公認の意匠ではないだろう。つまり自発的な着用となる。

 なんてけしからん王女様だ。

 社会生命を放り出して、この場でバックから激しく犯したい衝動に駆られる。

「これはアンジェリカ王女殿下、ようこそいらっしゃいました」

 対応に向かったのは他の誰でもない、リチャードさんだ。

 羨ましいぞこの野郎。

 これに連なるよう、その後方には幾名もの貴族が並ぶ。

 流石は王族パワーである。

 最高にちやほやされている。

 おかげで醤油顔も男たちの呪縛から逃れることができてハッピーだ。それとなくを装い、列の最後尾辺りに続かせて頂こう。ゲイ子爵やショタチンポと距離を取り、他の貴族に紛れてロイヤルビッチの太股鑑賞会。

「勝手に足を運んでしまったこと、お詫びいたしますわ」

「いえいえ、我が家でよろしければ、いつでもいらして下さい」

「まあ、うれしい」

 しかしまあ、リチャードさん絶好調だな。

 王族が自発的にお宅訪問とか、貴族としてこれ以上ない名誉だろう。権力の裏付けみたいなものだ。おかげで彼の取り巻きもまた、ギラギラとした眼差しとなり、彼のことを見つめていたりする。

「こちらのパーティーに、タナカ伯爵が参加していると耳にしまして、逸る気持ちを抑えられませんでしたの。どちらにいらっしゃるのかしら? 少しお話をしたいと、考えていたのですけれど……」

 相手が相手なので、名指しされると身構えてしまう。

 おかげで緊張からか、息子の具合も落ち着いてきた。

 王女様、良い仕事する。もう少し早く来て欲しかった。

「おい、伯爵を見ろ」「どうやら先程のやり取りは本物のようだ」「うむ、そのようだな」「王女殿下を見てモノを下げるとはいやはや、恐れ入りますな」「これは我が家にも、本格的に運がめぐって来ましたぞ」「これは奴隷市場を治める我が家の独壇場ですな」「いやいや、流石にそれは伯爵に対して失礼なのではありませんかな?」

 貴族たちの囁き声が、否応なく耳まで届けられる。

 当面、ショタチンポとは人目のあるところで会話したくない。

「なるほど。彼であれば……」

 周囲の人垣を見渡すよう動いたリチャードさんと視線が合った。その表情に変化が認められたところで、自然と王女様の注目もまたこちら向かう。自ずと場の誰も彼もが、ブサメンに意識を向ける運びとなった。

 まさか無視する訳にはいかない。

「これはこれは、王女殿下。よくぞいらして下さいました」

 自ずと開けた人垣を超えて、二人のもとまで向かう。

 まさかロイヤルビッチに歩かせる訳にはいかない。

 なんたってロイヤルだからな。

「本当に参加していらしたのですね。会えて嬉しいですわ」

 今度は何を企んでいるのか、気が気じゃない。出会って間もないロリゴンみたいな、ハラハラドキドキ感がある。陛下やタイムキーパーの爺さんと合意を取った後とはいえ、その一切合財を覆すだけの権力と行動力を、目の前の彼女は備えている。

 そして同所では、周囲からの注目も大したものだ。

 王女様と顔を合わせるには、最悪の状況である。

 居合わせた貴族たちは王女様の本性など知る余地もない。年頃の娘さんが興味本位から、昨今の宮中を騒がせる平たい黄色に会いに来たとか、フランクに考えているに違いあるまい。当然、何かしら問題が起こったら、責められるのは醤油顔である。

「王女殿下にお会いできたこと、私も大変に喜ばしく感じております」

「あら、本当ですか?」

「それはもう、今まさに胸の内で喜びを噛みしめております」

「ふふふ、そういってもらえて嬉しいですわ」

 穏かに笑ってみせる。

 口元に指先など持って行って、最高にお姫様って感じ。

「ところで殿下、私に何か御用でしょうか? もしも込み入ったお話であれば、このような騒がしい場所ではなく、場所を改めてお話させて頂きたく考えております。パーティーを開いて下さったフィッツクラレンス公爵にご迷惑を掛ける訳にもゆきません」

 ロリゴンなら、ファイアボール一発で怯んでくれた。

 今となっては懐かしいビビり顔だ。

 それが目の前のロイヤルビッチには通用しない。

 マジ強敵だわ。

「どれだけ他人の感情の起伏に触れたところで、それは全て他人のものです。故に貴方の欲望は未来永劫、決して満たされることはないでしょう。どれだけ凄惨な絶望を目の当たりとしたところで、傍から見ている限りでは」

「……殿下?」

 どこかで聞いたような台詞だ。

 黒歴史というやつだ。

「若輩者ではありますが、相応の経験に自負はありました。故に理解したつもりになっておりました。ですが貴方が語ってみせたところは、ええ、とても正しいものであったようです。大聖国の聖女様が崩れゆく姿を目の当たりとして、私は打ち震えました」

「…………」

「同時に如何ともし難い、もどかしさを覚えました」

 王女様の様子がおかしいことにリチャードさんも気づいた様子だ。

 油断ならない様子で周囲のメイドさんに、視線で指示とか出しているの格好いい。きっと何か面倒があったら、どこからともなくメイドさんや執事の類が現れて、現場を穏便に片付けてくれるタイプの。

 そういうの憧れる。

「病で四肢が段々と動かなくなっていくのとは違うのです。その過程には何ら悦びがありませんでした。私が求めているのは、酷く刹那的で、同時に舞台的な衝撃なのです。それは多く観衆があってこそ、初めて成り立つものなのです」

 なんとなく感じてたのだけれど、こうして改めて聞いてみると、王女様ってマゾだよな。これまで目撃してきた数々の嗜虐思考も、無残に堕ちゆく他人の姿に自身を重ねて、興奮していたのではなかろう。

 しかも聞いた感じ、最高に面倒臭いマゾである。

 伊達にロイヤルしていないわ。

「タナカ伯爵、貴方と共にあれば、私はそれを得られそうな気がします」

「……仰るところは理解しました」

「本当ですか? 流石はタナカ伯爵ですね」

 笑顔で頷く王女殿下。

 一方で他の面々は頭の上にクエスチョンマークを浮かべて思える。全ては牢屋での一件が前提となってのやり取りだ。自身の他、どこぞの近衛レズ以外は、彼女の言葉を正しく理解することは難しいだろう。

「ふふ……私も、いつか私も、彼女のように……」

「…………」

 誰に語るでもなく、小さく呟いては笑みを浮かべる王女様。

 ブサメンには掛ける言葉がない。

「……伝えたかったのは、それだけです。近いうちにまた会いましょう」

 語るだけを語って、踵を返す王女様。

 どうやら本当にそれだけを伝えに来た様子だ。

 マジキチである。

「失礼しましたわ、フィッツクラレンス公爵」

「よ、よろしいのですか?」

 リチャードさんも驚いている。

 そりゃそうだ。

「ええ、とても有意義な時間を過ごすことができましたこと、フィッツクラレンス家とタナカ家に感謝します。こういったことは、共に過ごした時間ではないのです。どうぞ、今後ともよしなにしていただければ幸いですわ」

「……それはなによりでございます」

 恭しく頭を下げるリチャードさん。

 王族っていいよな。

 自分も王女様みたいに、趣味に生きてみたかったわ。
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