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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫
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魔王復活 十二

 聖女様殺人事件から翌日、我々は再び登城する運びとなった。

 ちなみに昨晩はエディタ先生にお手伝いして頂き、皆でドラゴンシティまで帰宅している。何故ならば本日の謁見は、醤油顔だけが参加しても意味がないからだ。本当の意味での主賓を同所から引っ張ってくる必要があった。

 更にいえばリチャードさんには、その為に色々と宮中で動いて頂いた。

 結果として今まさに謁見の間では、醤油顔と共に並んだノイマン氏の姿がある。

 空の玉座を前にへへーの構えを維持して、王様の出待ちという状況だ。

「っ……っ……」

 チラリ、様子を窺ってみると、めっちゃビビってる。

 こんなにビビってるノイマン氏、初めて見た。一切事情を知らせずに同行を願ったので、当然といえば当然だろうか。だって下手に知らせると、事前に断られる可能性があったから。余計なお世話かも知れないが、ここは一つ、醤油顔の目標達成に付き合って頂きたい。

「っ……っ……っ……」

 こちらの視線に気づいたのか、ノイマン氏が物言いたげな視線で見つめ返してきた。お前は何故に私をこのような場に連れてきたのだと、言外に訴えてくれている。如何に空とはいえ、玉座の御前に言葉を交わすことも難しく、ただただ必死の形相で見つめてくる。

 また、彼の傍らにはショタチンポの姿もある。

 これはリチャードさんからお願いされて、同行する運びとなった。我らが公爵様は、彼との約束を忘れていなかったようだ。ちなみにノイマン氏と同様、彼にも謁見の理由は知らせていない。

 大の大人であるノイマン氏が、汗だくで怯えているのに対して、ショタチンポの方は随分と落ち着いたものだ。涼しい顔でへへーしている。元貴族というのも伊達ではないのだろう。とても様になっている。

 ただ、こんな場所でまで女装しているのは、流石にどうかと思うんだ。

 普段と変わらず学園の制服姿である。例によってミニスカートである。正装といえば正装には違いない。ただ、お前それ後ろからだと、絶対にスカートの中身が見えちゃってるぞ。黒のローレグってどういうことだよ。

 そうこうしているうちに、陛下の入場を知らせるアナウンスがフロアに響いた。頭を下げている為、姿こそ確認はできない。けれど、カツカツと靴が床を叩く音から判断できる。部屋の隅のほうから進んできた足音が、我々の正面で止まった。

 いよいよである。

「面を上げよ」

 昨日の狼狽具合は何処へやら、厳かな口調で陛下より指示が飛ぶ。

 これに応じて顔を上げる、イケメンとブサメンとショタチンポ。

 ちなみに本日、エステルちゃんとリチャードさんは観衆の側だ。謁見の間に詰め掛けた他の貴族たちと同様に、レッドカーペットの脇に揃い並んで、我々の姿を眺めている。ただ、そんな二人にもまた、貴族たちの注目は向かって止まない。

 人気沸騰中、フィッツクラレンス派閥というヤツである。

「タナカ男爵よ、本日はよく参った」

 陛下から、ありがたいお声掛けを頂戴する。

 隣には例によってタイムキーパーの爺さん。

「その方の働きに関しては、私も宰相より多くを聞いている」

「はっ!」

 この手のやり取りも随分と慣れたものだ。

 何回目だろうな。

 事前に決まり事を把握していることも手伝い、これといって緊張することはない。面倒事は昨日の内に全てを終えている。本日は陛下から貰うものを貰って帰るばかりだ。故に余裕を持って、他所の様子を窺うことができる。

「貴殿は自らの従えるドラゴンを用いて、首都カリスへ向けて発せられた、凶悪なる魔王からの一撃を防いだ。これにより我が王城は前代未聞の厄災を逃れると共に、多くの民がその脅威から守られることとなった」

 陛下の口から述べられるのは、ここ最近のペニー帝国のホットニュース。

 ロリゴンの成果を奪う形になってしまったのは、何かしらの形で還元したい。

「同じく一撃を受けたプッシー共和国は、その王城を喪失せしめたという。また、同様の報告はペニー帝国と国交のある各国から、今も毎日のように寄せられている。その被害の程度は、想像を絶するものである」

 チラリと陛下の視線が宰相へ向かう。

 爺さんはこれに呼応するよう賞賛の言葉を。

「つい先日には、北の大国が王城を喪失したといいますな。更にそこを魔族に襲われて、騎士団は壊滅。王族も大半がこれに巻き込まれて、国内ではクーデターが発生しているそうでございます」

「うむ。当代の魔王とは、なんと恐ろしいものだろう」

「まったくですな」

「故にこの度のタナカ男爵の功績は、決して無視できないものだ」

「ええ、私もそのように思います」

 示し合わせたように頷き合う二人。

 これを目の当たりとしたところで、同所に集まった貴族たちから一斉に感嘆の声が上がった。何処の馬の骨ともしれない平たい黄色が、ペニー帝国の一員として向か入れられた瞬間である。その事実が他の貴族たちに知らしめられた。

 一方で聖女様との件は、完全に無かったことになっている。話題にすら挙がらない。彼女に関しては、このまま黙りを決め込む予定なのだろう。対外的には、知りません見てません聞いてません、ということだ。

 大きい組織って怖いよな。

「タナカ男爵、これは過去にない名誉である」

「はっ! 痛み入るお言葉にございます」

「その多大なる成果を称して、貴殿には新たに伯爵の位を与えることとする」

 貴族たちから殊更に大きな喧騒が上がった。

 先日、騒動の最中に伝えられた通り、二階級特進である。ケチで腰の重い陛下のことだから、本番では絶対に一つくらい下げてくると考えていた。タナカ子爵的な意味で。まさか本当に宣言通り上げてくるとは、こちらも想定外である。

 首都カリスの牢屋で、メルセデスちゃんの大便を右手に装備していた頃からすると、考えられないほどの出世だろう。まさかの伯爵様である。町娘と言わず、程度の低い貴族の家であれば、娘さんを拉致ってパコっても、なんら叱られないレベルである。

 ヤバイな。

 権力ヤバイな。

 ちらりと宰相の顔を窺えば、厭らしい笑みを浮かべている。

 分かってるよな? な? みたいな。

 これが権力というものか。

 伊達に長いこと封建国家で宰相していない。ムチとアメの使い方がなっていらっしゃる。予期せぬご褒美を受けて、思わず心に喜びを讃えてしまった。どうにもこうにも悔しい気分である。でも、なんだかんだで素直に嬉しいぞこのやろう。

 正直、権力にモノを言わせて、下級貴族の娘さんとセックスしたい。

 しかしながら、本日のメインディッシュはそれじゃない。

「また本日は、そなたの奮闘を傍らに支えた者が共に来ていると聞く」

「ははっ! そのとおりにございます」

 来た。

 この瞬間をどれほど待ち侘びたことか。

 全力でプッシュさせて頂こう。

「ペニー帝国の平和を守る為、当代の魔王の危険性を誰よりも正確に理解して、私と共に活動して下さった者たちであります。もし差支えなければ、私の口からご紹介させて頂きたく思います」

「うむ、そのようにせよ」

「ははっ!」

 この辺りは事前にリチャードさんから共有があったとおりだ。

「こちらはアウフシュタイナー家の嫡男であらせられるアシュレイ・アウフシュタイナー殿であります。学園都市に留学していた彼より、当代の魔王の危険性を教えられました。その存在なくしてペニー帝国を守ることは不可能でした」

 アウフシュタイナーの名前が出た途端、貴族たちから一斉に声が上がった。

 なんかもう昨日から驚いてばかりだよな。

 疲れないのだろうか。

 それとなく耳を澄ませば、何故にアフシュタイナー家の人間が、とかなんとか、やっかみの言葉が聞こえてくる。お家の粛清から随分な時間が経っている聞くが、それでも同家に対する印象は良くないようだ。

 しかし、それもリチャードさんの手に掛かればこの通りである。

 最近のフィッツクラレンス家、最高にブイブイいわせている。

 ちなみに本来であれば、この場にはショタチンポでなくゴンちゃんがいる筈だった。ただ、彼はお家の復興に大して未練もないらしく、同様に貴族という立場にも興味がないのだそうで、代わりにショタチンポが、といった流れである。

 昨晩、彼とタイマンで相談の場を設けたところ、ペニー帝国での爵位より、醤油顔の騎士団の方が、遥かに価値があるとか言われてしまった。そりゃもう思わずウルっときた。やっぱり、イケメンってズルいよな。

 そういった事情から、新生アウフシュタイナー家の当主はショタチンポとなる。

「そして、彼の隣にございますのは、元々こちらの宮中で役人をしておりましたノイマンという者です。現在は私の領地で市政を一手に引き受けております。私がこの場に立っていられるのも、彼のサポートあってこそでございます」

 ショタチンポは適当でも良いけれど、ノイマン氏は存分にヨイショしないと。

 今日から始まるノイマン家復興計画に、スタートダッシュは不可欠だ。

「こう見えてノイマンは文武に優れた、類まれなる才能の持ち主であります。紛争の折には最前線で指揮をとっていた猛者でございます。私も一時期は彼の下で多くを学びました。我々の街の発展も、彼の助力がなければ到底不可能であったでしょう」

 これでもかと盛ってやるぜ。

 それとなく様子を窺えば、おいやめろ、みたいな目でこっちを見ている。

 ノイマン氏ざまぁ。

 これだよ、これがやりたかったんだよ。

 想像した以上に気持ちが良い。

「うむ、そのようであるか」

「ははっ!」

「伯爵がそう言うのであれば、きっとそれは真実なのであろう」

「その通りでございます、陛下」

 いつだか魔道貴族との間で耳にしたフレーズだ。

 これは決まったな。

「タナカ伯爵の偉業を陰ながら支えたその功績を讃えて、アシュレイ・アウフシュタイナーには新たに子爵の位と領地を、そして、ノイマンには男爵の位と宮中での役割を与えることとしよう」

「陛下の寛大なお心遣い、心に染みる思いにございます」

 二人を代表して醤油顔が、陛下にお言葉を返させて頂く。

 何故ならば、ノイマン氏が絶賛混乱中。

 自らの置かれた状況が理解できていないようで、マジで? え? 本当に? 嘘じゃないよね? っていうか、嘘だよね? みたいな表情でブサメンを見つめるばかり。ちょっと可愛いことになっている。

「ではこれより、その方らへ爵位の授与式を合わせて……」

 そんなこんなで謁見タイムは過ぎていった。

 少しばかり時間は掛かったが、これにてミッションコンプリート。

 ノイマン氏、醤油顔はやってやりましたぞ。



◇◆◇



 謁見を終えて、ノイマン氏とショタチンポと共に控室に戻る。

 すると、そこには既にエステルちゃんの姿があった。どうやら一足先に、謁見の間より引き上げていたようだ。隣にリチャードさんの姿は窺えない。多分、他所の貴族様とあれこれしているのだろう。

「お、お疲れ様だわっ!」

「滅相もない。わざわざ立ち会いをありがとうございます」

 ソファーに腰掛けていた彼女は、我々の姿を目の当たりとして、勢い良く腰を上げる。パタパタとこちらに歩み寄ってきた。当然のように緊張して、ギクリと身体を強張らせるノイマン氏が楽しい。

「こうして城で顔を合わせるのは久しぶりね」

 ロリビッチの視線がノイマン氏に向かう。

「は、はいっ!」

 ビシっと背筋を正して敬礼してみせる。

 相変わらず権力と肩書に弱い。

 湯上がりの縦ロールが、バスタオル片手に町長宅の廊下を歩んでいたところ、ノイマン氏と出会って、同じような対応を受けたらしい。そのようにビビられた側から聞いたことがある。想像すると面白い光景だろう。

「これから長い付き合いになると思うわ。よろしくね」

「はいっ! ど、どうぞよろしくお願い申し上げますっ!」

 この様子ならリチャードさんとも仲良くやれそうだ。

 あの人はこういう感じの野郎が大好きだから。

「しかしながら、その、ひ、一つ申し上げたいことがございます」

「なにかしら?」

「先程の謁見では男爵として宮中に仕事とのお話を頂戴いたしました。しかしながら、私はもう少しばかり、タナカ伯爵と共に仕事をしたいと考えております。大変恐縮ではございますが、爵位の授与を辞退したいと、強く考えております」

 おいおい、マジかよノイマン氏。

 せっかく中央に返り咲いたのに。

 しかも貴族としてである。

 そんなの許される訳がない。主に醤油顔から。

「ノイマンさん、少し落ち着かれては如何ですか?」

「いや、この際だからハッキリと言わせて貰う。正直なところ、既に中央には興味がないのだ。これまで確かに色々とあった。思うところもあるし、後悔だってしている。ただ、それでも今は貴様の下での仕事が楽しいのだ」

「…………」

 そう言われてしまうと、こちらとしてはどうしたものか。

 どうしよう。

 このままではノイマン男爵の貴族生命が即日で終了だ。

 そんなの悲しすぎる。

 とか、ブサメンが焦っていると、ロリビッチが口を開いた。

「構わないわよ? そのようにパパに伝えておきましょう」

「エステルさんっ」

 咄嗟にその名を呼んでしまう。

「けれど、陛下から頂戴した男爵の位までは、我々の都合でどうこう出来るものではないわ。当面はタナカ伯爵の下で、ノイマン男爵として仕事に当って貰うことになるけれど、それでも良いかしら?」

「……お、お気遣い、痛み入ります。ありがとうございます」

「なにか困ったことがあったら私を頼ると良いわ。力になるから」

「何から何まで申し訳ございません。どうぞ、よろしくお願い申し上げます」

 エステルちゃん、マジで良い女だよな。

 何気ないシーンで惚れそうになるから、もう、悔しいなぁ。

 ノイマン氏とか、今にも泣き出しそうな表情だぞ。

 彼の男を守る為にも、ここは一つ話を代えさせて貰おうか。

「ところでエリザベス様、一つ伺いたいことがあるのですが」

「……なにかしら?」

 一瞬の間をおいて、反応が変える。

 眉がピクリと震えたな。

「先日より気になっていたのですが、エリザベス様はどのようにして、聖女様を首都カリスまで連れて来たのでしょうか。私も彼女とは面識があります。一国の代表に相応しいだけの実力の持ち主であったと記憶しております」

 人類最強と称しても過言ではないステータスを思い起こして語る。

 彼女を超える人類がいるとすれば、それはソフィアちゃんくらいだろう。

 或いは五百年前に亡くなられたという、先代の勇者様か。

「た、大したことはなかったわっ!」

「本当に大丈夫でしたか? 相手は正真正銘の聖女です。万が一にも呪いの類など受けていは大変です。もしも面倒など抱えているようであれば、今この場で仰って頂けると嬉しいです。もちろん他言は致しません」

「っ……」

 エディタ先生もそれで、痛い目を見たらしいじゃないですか。

 このロリビッチもまた、他人に弱みを見せないから非常に危うい。

「如何でしょうか?」

「だ、大丈夫よっ!」

「本当ですか?」

「ただ、これから言うことは、とても滑稽な話だから、決して笑わないで欲しいの。私も未だに信じられないわ。けれど、その全ては事実であって、おかげで私は、あの女を圧倒することができたの」

「まさか笑うなどと、そのようなことは致しません」

 急に変顔とかされたら、その限りではないけどな。

 絶対にフェラ顔とか似合うと思うんだ。

 ガラス窓に唇と舌ベラを押し付けるタイプの映像が欲しい。

「如何でしょうか?」

「そう、そうね。貴方がそこまで言うならば、す、素直に答えるわ……」

「はい、お願いします」

 神妙な面持ちで頷かせて頂く。

 すると、ロリビッチは酷く萎縮したようすで、おずおずと答えた。

「……ゴ、ゴブリンに助けて貰ったの」

「ゴブリン、ですか?」

 なんだそれ。

 ちょっと意味が分からない。

「こ、細かいところは省くけれど、貴方のことを知っていると言うゴブリンに、旅の途中で出会ったの! それで、い、色々とあって、協力してもらって、あの女を捕まえることができたわっ。それはもうとても、本当にとても強いゴブリンだったの!」

「…………」

 マジかよ。

 それってもしかしなくても薬草ゴブリンだろ。

 ここへ来て、今日一番のビックリだわ。

「あ、そう言えば彼らから、別れる間際にこれを貰ったのだけれど……」

 なにやら懐を漁るエステルちゃん。

 ややあって、その手に差し出されたのは一枚の硬貨だ。

 ペニー帝国の金貨だ。

「っ……」

「ゴブリンも貨幣の価値を知っているのね。とても驚いたわ」

 いかん。

 ちょっと泣きそう。

 ノイマン氏の我慢したのに、ペニー金貨で泣きそう。

 マジかよ。

 薬草ゴブリン、マジかよ。

 っていうか、どうして大聖国なんかにいるんだって。

「どうしたの? だ、大丈夫かしら!?」

「いえ、少しばかり喜ばしいニュースでありまして、感極まってしまいました」

「そ、そう?」

「エステルさん、ありがとうございます。とても良い知らせでした」

「貴方によろしくと言って、すぐに何処かへ行ってしまったのだけれど、あの、も、もしかして、過去に何かあったのかしら? ごめんなさい、行き先は聞いていないのだけれど、そういうことなら今すぐにでも大聖国に戻って……」

「いえ、そこまでは及びません」

 どんだけ大冒険しているんだよ、あの兄妹は。

 世界を股にかけているじゃないですか。

「や、やっぱり貴方も、本当にあのゴブリンに出会って……」

「お兄さんと妹さん、共に息災でありましたでしょうか?」

「ええ、元気だったわっ! 高位の司祭や聖騎士団さえものともせずに、千切っては投げ、千切っては投げの活躍だったもの。おかげで私もゴブリンという存在に対して、大きく意識を改めたわ! 彼らはとんでもない可能性を秘めていると思うわっ!」

「そうでしたか」

 流石にあれは薬草ゴブリンが特別なだけだと思うけれどな。

 しかしまあ、なんというか、本格的に申し訳ない状況である。見ず知らずのゴブリンを頼りとするほどだから、彼女の大聖国でのクエストは、相当な困難を伴うものであったことだろう。今回もまたエステルちゃんには苦労を掛けてしまった。

 醤油顔に対する伯爵位の授与も、彼女の影響が大きい。その活躍がなければ、宰相を巻き込むことは叶わず、二階級特進は絶対になかっただろう。トコロテン方式に得られたショタチンポのお家復興も然り。

「……エステルさん、ありがとうございました」

「え? な、何がかしら!? いきなり言われても、こ、こ、困るわねっ!」

 しかも今回に限っては、下心無しの完全な善意と思われる。

 記憶を取り戻してアレンと元の鞘となり、それでもブサメンの為に、である。その事実が、心の底から嬉しい。タダマンするって、きっと、こういう心地なのだろう。しかもラブラブシチュで行わせて頂いたような、圧倒的幸福感で胸が一杯である。

「いつか、この借りは必ず返します」

 戦場を共にした戦友的なサムシングを感じてしまう。

 女っていうより、この子の場合、チンチンの付いていない男って感じだよな。

 最高にイケメンだわ。

「べ、別に貴方の為なんかじゃないんだからっ!」

「それでも嬉しいです。ありがとうございます」

「っ……」

 今夜は気持良く眠れそうである。



◇◆◇



 謁見を終えてから、その日は学園の宿舎に戻ることとした。

 たまには様子を見ておこうと考えた次第である。

 思い起こせば随分と久しぶりの帰宅である。ドラゴンシティに居を構えてからというもの、碌に帰ることなく過ごしていた。それでも継続して手入れが為されていたのか、埃が積もることもなく綺麗なものであった。

 おかげで一晩を気持良く過ごせそうである。

 ノイマン氏やショタチンポとは、謁見の間に通じる控室を出たところで別れた。なんでも男爵位の授与に伴う諸手続きがあるそうだ。明日改めてフィッツクラレンス家で合流することを約束して、以降は別行動である。

 ちなみに何故、フィッツクラレンス家に集合かというと、リチャードさんから我々に対して、直々にお言葉があるとのことだ。一張羅で来いと言われた。恐らくはいつぞやに同じく、派閥の面々に対してご紹介して下さるのだろう。ありがたい限りである。

 エステルちゃんも、そちらのお手伝いに駆り出されて自宅に戻って行った。

 そんなこんなで珍しくも一人きり。

「…………」

 おかげでめっちゃ静かだわ。

 居室には何の音もない。ただただ自身の息遣いだけが響いている。ここ数日の慌ただしさが嘘のようだ。お隣のロリビッチや同居人のソフィアちゃんも留守であって、なんかこう、少しばかり世間と距離感を感じる空間だろうか。

「……とっても穏やかな気分だ」

 無事に目標を達成したからだろう。

 開放感に包まれている。

「…………」

 ただ、ちょっと寂しい。

 急に周囲から人の気配が消えたからだろう。

 昔だったら、毎日がこんな感じだった。

 そう考えると随分な変化だ。

 余りにも贅沢な悩みだ。

「…………」

 世の中、寂しい寂しいと、寂しいを連呼する人がいる。正直なところ、当時はまるで理解できなかった。夜を一人で過ごすことに疑問を抱くことはなかった。むしろ、その方が居心地が良いと感じていた。

 しかし今ならば、その理由を少しばかり理解できるかもしれない。群れることに喜びを覚えてしまうと、孤独に恐怖を感じるようだ。良くも悪くも慣れというのは、想像した以上の変化を自身に与えてくれる。

 どこか賑やかなところへ、晩ご飯でも食べに行こうかな。

 とかなんとか、下らないことを考えていた最中の出来事である。

 玄関の方からコンコンコン、小気味良い音が響いて聞こえた。

 お客さんの予感。

「あ、はい、すぐに参ります」

 ソファーから立ち上がって、駆け足で戸口へ急ぐ。

 誰だろう。

 少なからず心が沸き立つ。

 もしかしてノイマン氏だろうか。過去の実績から考えると、この手の急な来訪はエステルちゃんの場合が多い。或いは長らく留守としていた都合、学園側から何某か連絡が来た、という可能性もある。手続きの類は魔導貴族に丸投げであったし。

「どうも、おまたせしまし……」

 ドアを開いたところで固まる。

 だって目前には何故かショタチンポの姿が。

「あの、オ、オッサン、お願いがあるんだけれど……」

 完全に不意打ち喰らった。

 相変わらずのミニスカ制服を着用の上、ニーハイソックとツインテールで武装。しかもモジモジしながら、上目遣いでこちらを見上げてくるのが彼のスタイル。これ絶対に三十路過ぎてから黒歴史になると思うんだ。

 このままで大丈夫かよ、二十年後のショタチンポさん。

「……なんでしょうか?」

「い、一日でいいから、ここに泊めて貰えないか?」

「え?」

「こっちへ来るとき、いきなりだったからお金とか碌に持ってなくて、他に頼れるヤツもいないから、どうしようかと思って、そ、それで以前、オッサンが学園の寮に住んでるって噂に聞いたから……」

「あぁ、なるほど」

 納得だ。

 っていうか、完全にこちらのミスである。王都に敵しかいない彼にとっては、最悪とも言えるシチュエーションである。ノイマン氏の昇進に焦るあまり、ショタチンポに対して最高に申し訳ないことをしてしまった。

 思い起こせば控室でも完全に空気であった。

「すみません、私の都合で一方的に急かしてしまいました。むしろ気づけずに申し訳ありませんでした。どうぞ、お入り下さい。喉は乾いていませんか? お腹が減っているようであれば、食事を用意しますけれど」

「え? あ……え?」

「疲れていることでしょう。汗を掛かれているようなら浴室を支度しますが」

「そ、それなら、あの、み、水とか貰えたら……」

「承知しました、すぐに用意しますね。あちらで待っていて下さい」

 こういうの最悪だよな。

 本当に申し訳ない。



◇◆◇



 居室のダイニングで、ショタチンポと二人きりのディナータイム。

 ダイニングテーブルにはメイドさん曰く貴族メシ。一階フロアの厨房で用意してもらった料理の数々が並んでいる。久しぶりに食べたのだけれど、相変わらず一つの例外もなく美味しい。ほっぺが落ちそうだ。

「あの、よ、良かったのか? なんか普通に入れてくれて……」

 遠慮がちに料理を摘みながら、ショタチンポが問うてくる。

 なんだろう。

 過去の彼と比較すると、非常に控えめな感じがする。

「むしろ、誘ったのは私ですから、当然だと思いますが」

「で、でもっ、これまでオッサンは私のこと避けてたしっ!」

「いやまあ、それはそれ、これはこれというやつですよ」

「……意味が分からないんだけど」

 分かってくれよ。

 ラブじゃないんだよ、ラブじゃ。

「ところで、急な話ではありましたが、お家の復興おめでとうございます。これからは大手を振ってアウフシュタイナー家を名乗ることができますね」

「え? あ、う、うん……」

「どうしました? 気分が優れませんか?」

「正直、オッサンやゴンザレスの手柄を横から奪ったみたいで、良い気分じゃない。私は何もやってない。想像した以上にゴンザレスが今の生活を気に入っていて、自分が考えていたより、あの貴族が誠実だったってことだけで」

「これまでの経緯を述べれば、そのとおりかもしれませんね」

「だろ?」

「しかしながら、本日から貴方はアフシュタイナー子爵ですよ」

「……うん」

「これは私の勝手な想像なのですが、もしもこの場にゴンザレスさんが同席していたのなら、きっと今の貴方に対して、このように言うと思います。男だったら自分が口にした言葉に責任を持ちやがれ、と」

「ぐっ……」

 どうやら痛いところを突いた様子だ。

 なんだかんだでゴンちゃんが苦手っぽい。

「嫌ですか? アウフシュタイナー家は」

「そ、そんなことないっ!」

「なら良いじゃないですか。頑張って家を大きくして、ゴンザレスさんや、リチャードさんを見返してやりましょう。まあ、当面のアウフシュタイナー家はフィッツクラレンス家の派閥という枠になるかもしれませんが」

「……そう、だよな。わかった……頑張る」

「ええ、それが良いかと」

 アウフシュタイナー家が故の正義感には、不安を覚えないでもない。ただまあ、なんだかんだでスペックは高いのだから、きっと良いように運ぶだろう。リチャードさんとも、真正面からぶつかり合いながら、それでもやっていけるタイプの人間だと思う。

「ところでアーシュさん。宮中での手続きなどは良かったのですか? ノイマンさんなどは今も東奔西走していると思われますが」

「あぁ、それだったら、フィッツクラレンス公爵がやってくれるらしい」

「なるほど」

 十中八九でリチャードさんはノイマン氏とショタチンポ、両名に声を掛けている。

 そして、ノイマン氏は彼の提案を断ったのだろう。自分で出来る仕事は自分でやってしまうタイプの人間だからな。そして、その方が他の誰よりも早いことを正しく理解しているのが、彼という人物だ。

 リチャードさんの中でノイマン氏の好感度アップしている予感。

「も、もしかして、不味かったかな?」

「いや、大丈夫でしょう。むしろ貴方の場合、リチャードさんからのお披露目を待たず、下手に宮中を歩むのは危険です。逆に面倒を掛ける可能性があります。彼もそこまでどうこう思ってはいないと思いますよ。むしろ良い判断だと思います」

「だ、だといいな……」

「大丈夫ですよ。彼は貴方を悪いようには思っていません」

「……うん」

 しかし、ふと思い出したのだけれど、学園都市の方は大丈夫だろうか。

 休学届を出してきているという話だけれど、流石に領地まで貰っちゃうと、一年や二年では帰れないような気がする。せっかく将来を期待されているのに、退学というのは勿体無いと思う。まだまだ若いのだし。

「ところで話は代わりますが、学園の方は大丈夫ですか?」

「あ、それなら、もういいかなって」

「いいのですか?」

「学園がつまらないとは思わないけれど、家のほうが大切だから……」

「なるほど」

 そう言えば虐められたりとかしてたものな。

 あまり良い記憶はないのだろう。

 ただ、学校には行った方が良いと思うんだ。

 学園都市の学長さんなら多少は面識があるから、暇を見つけて相談してみよう。もしかしたらペニー帝国の学園と、単位互換制度とか認めて貰えるかも知れない。ペニー帝国の方は理事が魔道貴族だからどうにでもなるし。

「ただまあ、私としては学業も大切だと思いますけれどね」

「でも無理なものは無理だろ?」

「仮に何かしら学ぶ手立てがあるとすれば、どうしますか?」

「そりゃ嬉しいと思う。うん。嬉しいよ」

「私は家の為に必至となるアーシュさんを好ましく思いますが、学問へ真摯に取り組むアーシュさんも同様に素晴らしいと思います。学生という経験は、今のうちしか得られない貴重なものですから」

 学園生活を通して、好きな女の子でも作って、女装を卒業するといい。

 ショタチンポは青春が充実して幸せ。

 ブサメンもホモルートから脱出できて幸せ。

 ウィンウィンの関係ってやつだ。

「わ、分かった! 私、が、頑張るっ!」

「はい、頑張って下さい」

 しかしまあ、本当に羨ましい。

 若いって良いよな。

 青春って良いよな。

「……なんか今日のオッサン、いつもより優しくないか?」

「そうですか?」

「出会って間もない頃みたいだし」

「…………」

 出会って間もない頃はキミが男だと知らなかったし、今日は自らの過失からキミに迷惑を掛けてしまったからだよキミィ。

 段取りにしくった負い目から相手に強く言えない現状、そういうことを言われてしまうと、ブサメンとしては非常に困ってしまうわ。

「あの、も、もしかして、私のこと……」

 ショタチンポが椅子から立ち上がった。

 なにをするつもりかと、咄嗟に身を強張らせるブサメン。その正面で次の瞬間、スカートがはらりと床に落ちた。お目見えしたのは、日中帯にも確認した黒のローレグ。酷く頼りない布面積、極めて危うい収納状況である。

「……食事中ですよ。ちゃんと服を来てください」

 アレンに匹敵するヤリチンの波動を感じる。

 いや、目の前の相手の場合、ヤリアナルか。

 いずれにせよ不快な響きであるには違いない。

「あの、さ、先っちょだけ、先っちょだけでもいいからっ!」

「…………」

 それまでの神妙な面持ちはどこへ行ってしまったのだろうか。

 全力でメス顔を晒してくれる。

 やっぱり部屋に通さなければ良かったぜ。



◇◆◇



 翌日、ショタチンポと共に街を歩んでいると、偶然にもノイマン氏と出会った。

「おや? ノイマンさんじゃないですか」

「むっ、タナカか。それにアウフシュタイナーの」

 フィッツクラレンス家に向かう途中の出来事だった。お互い貴族的な称号をゲットしたにも関わらず、えっちらおっちら徒歩である。おかげで向かう先が同じであった為か、貴族街へ差し掛かったところでバッタリである。

「昨日はどちらに?」

 お尋ねして直後、しまったと思った。

 やってしまったと。

 だって彼の自宅では、現在進行形で間男とお嫁さんがハッスル。

「ここからそう遠くない宿屋に泊まった」

「そうでしたか」

 少しばかり頭が緩んでいたのか、ついつい適当な話題の振りをしてしまった。これで相手が適当な取引先なら、どこどこのホテルは良いだとか、そこそこのホテルは悪いだとか、ちょっとしたトークに繋がるのだが。

「そういうタナカはどこに泊まったんだ?」

「王立学園の寮に泊まりました」

「あぁ、そういえば以前、そんなことを言っていたな」

「はい」

 答えてから再度、しまったと思った。

 やってしまったと。

 だってノイマン氏の視線が向かった先には、ショタチンポの姿が。

「……そういうことなのか?」

「すみませんが、そういった冗談は好みませんので」

「そ、そうか。すまなかった」

 当の本人から物言いたげな視線を感じるが、受け流させて頂く。

 多少ばかりアクシデントに見舞われたものの、以降は何事もなく過ぎていった。ご飯を食べて、お話をして、お風呂に入って、お酒など飲んで、そのまま各自、別々の部屋に分かれてベッドに向かった。醤油顔は自室へ。ショタチンポは客間へ。

 ちゃんと確認したもの。

 目覚めて直後、寝汗にシャツが濡れているのが気になったけれど、まあ、久方ぶりに上等な寝床で眠りについたからだろう。取り立てて気にするようなものではない。睡眠の質としては非常に良かった。

「ところで、一つ確認したいのだが」

「どうしました?」

「……何故に私が貴族なのだ?」

 急に真面目な表情となり問うてくる。冗談で済まそうとも考えたのだけれど、彼の揺るぎない眼差しを受けては、それも叶わない。致し方なく当り障りのないところで、お返事をすることとなった。

「ノイマン氏の活躍に関しては、陛下との謁見でご説明した通りです」

「あぁ、昨日は随分と好き勝手に語ってくれたな」

「いえいえ、どれも事実ではありませんか」

「嘘は言っていないが、真実かと問われれば、私としては首を傾げたくなる」

「そうでしょうか? 私からはそのように見えたのですが」

 普段ならこれで話は終わったように思う。口調こそ男爵位を頂戴する以前と変わらずに接して下さるノイマン氏だが、身分に対する線引はしっかりとしたものだ。こちらが距離を設ければ、それ以上を追求することはない。

 ただ、本日に限っては一歩を踏み込んできた。

「貴様は私に負い目を感じているのではないか?」

 まさにその通りである。

 でも、そういうことってあるじゃんね。

 仕方がないと思うんだ。

 人が人として生きているのだから。

「ええ、感じておりました」

「だからなのか?」

「否定することは出来ません。ですが、ノイマンさんが活躍して下さったことも事実です。そして、私と貴方の関係は出会って当初より、多分、こうした酷く人間的で泥臭いやり取りから成り立っているのではないかなと、常日頃から考えています」

「……そうか」

「はい」

 遠慮なく頷かせて頂く。

 いつ頃からだろうね。友達という単語に距離を感じ始めたのは。今では酷く縁遠い代物のような気がする。それをもしかしたら、少し身近に感じられるかも知れない。なんていう、酷く自分勝手な代物の成れの果てだろうか。

「…………」

「…………」

 しばらく、遠い目をして、遠くの空を眺めるノイマン氏。

 ややあって、改めて言葉は返された。

「ありがとう、タナカ。貴様の心遣い、私は素直に嬉しく思う」

「そう言ってもらえて私も嬉しいですよ。ノイマンさん」

 ちょっと心が暖かくなる感じ。

 隣でショタチンポが晒す絶対領域も、気にならないほどに心穏やかだ。

 以降、取り留めのない会話を交わしながら、朗らかな気持ちでフィッツクラレンス家に向かい道を歩む。そうこうする内に貴族街と呼ばれる区画へと入った。行き交う人の身なりが良くなり、建物の規模が総じて大きなものになる。

 ガラリと街の風景が変わる様子は、眺めていて楽しいものだ。

 同じ貴族街であっても、街の中心部、つまり王城へ近づくにつれて、段々と建物の作りが荘厳なものへと変化してゆく。当初は地方都市の公民館ほどの規模であった建物も、目的地の界隈では、都心に眺める大型商業施設が如く。

 そして、その中でも指折りの一軒が、我々の目指す目的地となる。

 となるのだが。

「なにやら随分と人が並んでいますね」

「そのようだな」

 我々の歩む先、エステルちゃんちの軒先に人がズラリと並んでいる。

 いや、人だけではない。

 列の合間には馬車さえも窺える。

 本日のイベント関係者だろうか、などと考えたのだけれど、あのリチャードさんが、お客さんを屋外に待たせるような真似はしないだろう。そうなると他に何某か、面倒が起こっている可能性が高いように思われる。

 列を作っているのは貴族に限らない。ちらほらと平民の姿も窺える。身形からして、それなりに勢いのある商人や、宮中に勤める役人の類だろう。そうした面々が、ずらりとエステルちゃんちの正門から始まって、通りに面した壁沿いに並んでいるのだ。

「少し話を聞いてみましょうか」

「い、いや、相手は貴族だ。下手に話しかけて騒動となっては面倒だろう?」

「なるほど」

 自身もまた貴族である事実を失念して思えるノイマン氏。ただまあ、我々の存在は宮中でも微妙な立場にあることは間違いないので、ここで下手に立ちまわってリチャードさんに迷惑を掛けるのは良くない。

 他の誰でもないノイマン氏の言葉であれば従おう。

「確かにノイマンさんの仰ることは最もです。控えておきましょう」

「うむ、それが良いと思うぞ」

「リチャードさんに会えば、何かしら分かるかも知れませんね」

「そういうことだ」

 ノイマン氏が頷いたところで、我々はフィッツクラレンス家の正門を目指す。

 列は随分と長いこと続いている。まるで電気街の最盛期が誇る深夜販売のようだ。実に色々な人が並んでいる。馬車も大きいのから小さいのまで。そして、我々が列を眺めている時、列に並ぶ面々からもまた、同様に視線を感じる。

 どれだけを歩んだだろうか。

 移り行く視界の隅に、ふと見知った顔を見つけた。出来ることなら今後一生涯、顔を合わせずに済ませたかった手合だろうか。他に大勢、役人と思われる人たちが並んだ一団の中に混じっている。

 相手もまた我々に同じく、こちらの存在に気づいた様子である。

 立ち位置の関係でいえば、他の大勢に紛れている彼らより、その脇を通りゆく我々の方が目立つ。更にこちとら平たい黄色が同行しているとあらば、まさか見間違えることもない。視線が合って直後、我々を見つめる瞳が驚愕に見開れた。

「ノ、ノイマンっ!?」

「あなたっ!」

 他の誰でもない、間男とノイマン氏の奥さんだ。

 二人は我々を目撃して直後、声も大きくノイマン氏の名を口にした。おかげで彼らの他、通りに並んだ皆々から殊更に注目される運びとなった。馬車の内側で休んでいただろう貴族までもが窓から顔を出して、こちらの様子を覗い始める始末。

「……ヨセフか」

「おい、ノイマンっ! 貴様が男爵というのは、どういうことだっ!?」

 間男が列を離れて、こちらに歩み寄ってくる。

 大股でズンズンと近づき来る様子は、少なからず憤怒を伴って思える。

「それにそこの黄色いヤツは以前、街の広場で処刑された貴族だろうがっ!」

 醤油顔やノイマン氏を巡る一連の騒動は、間男の下にも既に話が入っているらしい。伊達に宮中に勤めていない。この手の情報が届くまでには、そう時間も掛からないのだろう。下手な地方貴族より早そうだ。

「いや、それを私に問われても困るのだが……」

 言葉通り困った様子で、醤油顔にチラリ、視線を流してくれる。しかし、こちらに意見を求められても、流石に返す言葉がない。さて、どうしたものかと頭を悩ませていると、大人たちの頼りないやり取りを受けて、ショタチンポから疑問の声が。

「……オッサンたちの知り合いか?」

「知り合いと言えば知り合いなのですが……」

 言葉を濁しつつ、返答に悩む。

 すると、間男の傍らより一歩を踏み出して、奥さんが声を上げた。

「あなた! わ、私が間違っていたわっ!」

 大きな声だった。

 反射的に皆々の視線が彼女に集まる。

「本当は貴方のことが大切だったの! でも、あ、貴方がトリクリスに赴任してしまって、寂しくて、だから、一時の気の迷いだったの。本気じゃなかったわっ! 今でも本当に好きなのは貴方だけなのよっ!」

「っ……」

 奥さんの言葉にノイマン氏の表情が変化を見せる。

「この人から提案があったの。自分と来れば役人の席を用意してくれるって。あ、貴方が地方に赴任してしまって、家のローンとか娘の学費とか、色々と入用だったでしょう? だから、どうしても仕方なく、仕方なくだったのよっ!」

 彼の胸の内では、どういった感情が渦巻いていることだろう。

 あまり想像したいものではないな。

 あぁ、したくない。

「お、おいっ、いきなり何を言ってるんだっ!? 宮中に仕事が欲しいからと誘ってきたのは、オマエの方じゃないかっ! どうして俺が一方的に誘ったことになっているんだっ!? しかも娘まで放り出してっ! 俺は止めたぞっ!?」

「っ!?」

 娘が話題に上がったところで、ノイマン氏の顔色が変わった。

 どうやら触れてはいけないところに触れてしまったようだ。

「違うわっ! か、勝手に出て行ったのよ!? 別に私は何もしていないわっ! まさか私が知らないとでも思っているの? 知っているのよ? 貴方があの子に厭らしい目を向けていたことくらい」

「だ、誰が向けていたものかっ!」

 我々が何を語るまでもなく、盛り上がってゆく不倫カップル。

 流石にこれ以上は勘弁だろう。

 やたらと声を張り上げてくれるから、刻一刻と周囲からの注目が集まる。

「すみませんが、そういった話は他所で……」

 醤油顔が仲裁に入ろうとしたところ、ノイマン氏が口を開いた。

 その眼差しは、おう、怖いな。怖いよ。怖いってば。

「すまない、確かに俺は不甲斐ない男だ。一家の大黒柱として、その勤めを果たすことができなかった。オマエが離れていったのも当然だろう。ただ、娘を出汁に自分たちの行いを正当化するのは、流石にどうかと思う」

 いつだか彼とドラゴンシティで再会、喜んでいた娘さんの姿を思い起こす。

 めっちゃ良い子だった。

 将来、パパとセックスしそうな気配を放っていた。

 勢いあまってパパを逆レイプしてしまうかもしれない才覚を感じた。

「ち、違うのっ! 私はあの子のことも愛しているわっ! 本当よっ!?」

「待てよ、おい! 俺との子供を産んでくれるんじゃなかったのかっ!?」

 これ以上は危険だ。

 童貞でも分かる。

 ノイマン氏が、ギュッと拳を握りしめたぞ。

 いかん、いかんぞ。

「待ってください、この話に関しては時と場所を改めて……」

 二人の間に割って入るべく、両手を左右に広げて数歩を前に出る。

 これと時を同じくして、不意に他所から声が掛かった。

「タナカ伯爵、このような場所でどうしたのですか?」

 リチャードさんだ。リチャードさんがやって来たぞ。

 隣にはゾフィーちゃんのパパも一緒だ。

 彼の登場を受けて、通りに並んでいた貴族たちが沸き立つ。これまで綺麗に列を成していた面々が、わらわらと動いて、その周りを取り囲むように場所を移し始めた。その近くに立った我々も、自然と包囲に飲み込まれた形だろうか。

「これはこれはフィッツクラレンス公爵、ご迷惑を申し訳ありません」

 他者の視線がある都合、ブサメンは普段より七割増しで大仰に受け答え。

 流石に首都カリスで、ドラゴンシティと同じ立ち立ち振る舞いはできない。

「何か面倒ですか?」

「いえ、そう大したことでは……」

 ない、とは言い切れない。

 ノイマン氏にとっては非常に重要なことだ。

 どうしよう。どうして答えたものか。

 一瞬、返す言葉に詰まってしまう。

 すると、そんな醤油顔の心中を読んだのか、他の誰でもない当人が答えた。

「なんでもございません。ご迷惑を申し訳ありませんでした」

 その場で恭しく膝を付いて、リチャードさんに頭を垂れるノイマン氏。天下の往来にありながら、威風堂々とへへーの構えである。つい先日、謁見の間で震えていた彼とは段違いである。かっちょいい。

「立って下さい、ノイマン男爵。改まらなくても結構ですよ」

「いえ、そういう訳にはいきませんので」

「ならば場所を移しましょう。ここでは他に人の目も多いですから、話をするには向きません。そちらの方々もご一緒すればよろしいかと。もしも必要であれば、日を改めて場を設けることもできます」

 周りへ視線を一巡させたところで、リチャードさんからのご提案。

 醤油顔もそれが良いと思う。

 しかしながら、ノイマン氏は何かを決意した眼差しで呟いた。

「お気遣い下さりありがとうございます。ですが、その必要はございません」

「私にはそのように見えませんが」

 チラリ、リチャードさんの視線が間男と奥さんに向かう。

「些末な家庭の問題にございます。しかしながら、全ては過ぎたことにございます。なにより今の私には、目に入れても痛くない、とても良く出来た娘がおります。他には何も必要ありません。私は彼と妻の幸せを願っています」

 語り終えたところで、ノイマン氏の視線が二人に向かう。

 その表情はこれまでと一変して、妙にサッパリとしたものだ。

 一皮むけた男の顔ってやつではなかろうか。

「お、おい、ノイマンっ! 俺を紹介してくれっ! 嫁のことは悪かった!」

「あなたっ、どうしてそんなことを言うの! 私は貴方の妻なのよっ!?」

 人の機微に敏いリチャードさんは、それだけで多少なりとも理解した様子だ。

 隣のゾフィーパパは、頭の上にクエスチョンマークを浮かべているぜ。

「そういうことであれば、ええ、承知いたしました」

「お気遣い下さりありがとうございます」

「いえ、私も貴方と同じように、目に入れても痛くないと思える一人娘がおります。その気持は分からないでもない。いつか近いうちに娘を交えて、食事など如何でしょうか? 貴方とは色々と話してみたい」

「謹んでお受けいたします」

「ありがとうございます。では、ひとまずこちらへ。歓迎いたしますよ」

 リチャードさんに促されて、膝を上げたノイマン氏が歩み出す。

 行く先にはフィッツクラレンス家の正門が。

 一連のやり取りを目の当たりとして、ショタチンポが怯えている。

「お、おい、いいのか?」

「彼がそのように決めたのですから、我々は黙って見守りましょう」

 尻込みするショタチンポを促して、醤油顔もまた二人に続く。

 後に残されたのは、続く言葉を失った間男と元奥さん。更にその周囲へ詰め掛けた大勢の貴族や商人、宮中の役人といった、この国の権力者たち。誰も彼もが我先にと、その背に縋るよう歩んでいく。

 しかし、それも正門まで辿り着いたところで終わりだ。

 そこから先へ至ることは許されていない。

 従者の手により門が閉まると同時、外側へ閉めだされてしまう。

 彼らは声も大きくリチャードさんの名を呼ぶが、呼ばれる側は決して振り返らない。これは勝手な想像であるが、十中八九で同所に並んだ彼らは、派閥の鞍替えの為、屋敷の前に列を為していたのだろう。

「…………」

 先行する二人の背中が、やけに洗練されたものとして映る。

 朗らかにも言葉を交わしながら、お屋敷のエントランスへ向かう姿は、まるで映画のワンシーンを切り抜いてきたかのようだ。

 自分と同じ光景を、正門の前に集まった面々もまた眺めている。その事実に不謹慎ながら、胸がすく思いである。今、醤油顔は非常に良い気分だ。

 ノイマン氏の大冒険、無事にエンドロールである。
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