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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫

本文

108/132

魔王復活 十一

 場所は変わらず謁見の間である。

 同所に居合わせた面々の注目は、誰一人の例外もなく、エステルちゃんに向かっている。彼女の足元に転がる簀巻の美少女は、あぁ、やっぱり何度確認しても聖女様である。大聖国で何度も顔を合わせたので間違いない。

 そんな醤油顔の判断は、陛下やタイムキーパーの爺さん、更にリチャードさんを筆頭として、貴族のお歴々もまた同様であったらしい。何事かと視線を向けて直後、一瞥したところで誰もが驚愕の一色である。

「リ、リズッ……その方は……」

 こんなに驚いてるリチャードさん、初めて見たかも。

 まあ、そりゃ驚くよな。

 ブサメンも現在進行形で驚いている。

「大聖国の聖女よっ!」

「こんのぉ小娘ぇええええ! ぬぉああああんてことうぉおおおおおおおっ!」

 エステルちゃん、ドヤ顔。

 宰相、絶叫。

 後者に関しては、完全に目がイッちゃってる。

 そりゃまあ、保守派としては堪らないよな。

 今まさに料理が並んだところで、完全にちゃぶ台返しだもの。

 ただ、パパさんや宰相からの訴えにも構わず、ビッチは王様に訴える。

「陛下! 大聖国より発せられたタナカ男爵に対する非難に関して、フィッツクラレンス子爵として申し上げます! 先に同国より上げられた意見は、どれもが嘘ばかりの言い掛かりに他なりません! 全ては冤罪なのですっ!」

 広々とした謁見の間の隅から隅まで届く、凛とした響きだ。

 聖女様を足蹴に陛下へ謁見とか、想像した以上に新しいスタイル。

「フィ、フィッツクラレンス子爵、そちらの方は……」

「大聖国の聖女とは名ばかりの姿。その実態は自国の民ばかりか、世界中の人々を長きに渡り騙し続けた、稀代のペテン師です! ここ数百年に渡る勇者と魔王の関係、その全てが偽りであることを、私は本人の口から確認しました!」

「…………」

 しかも、その辺りは既に全てが片付いた後だから、エステルちゃん最高にタイミング悪い。クラスの誰もがテレ東なのに、一人だけ自宅の位置的に電波の関係で別の地方局しか映らなくて、ドラマやアニメが一週間遅れになってるクラスメイト状態。しかも本人はまるで気づいてない。

 おかげで陛下、めっちゃ困ってる。

「陛下っ! 今すぐにこの場で処罰をっ! 処刑をっ!」

 対してエステルちゃんは興奮も甚だしい。

 血走った目で聖女様を睨みつけては語る。

 まるで親の敵でも見つけたようだ。

「お、落ち着くのだ、フィッツクラレンス子爵よっ! 早まってはいかん、早まってはいかんぞ!? そちらの方は、本当に大聖国の聖女様なのか? いや、そもそも何故にフィッツクラレンス子爵が聖女様を……」

 陛下の視線がリチャードさんへ向かう。

 これに細目の彼は返す言葉を持たない。

「……リズ、どうして聖女様を簀巻にして、連れて来てしまったのだい?」

 故に努めて穏やかな調子で、自らの愛娘へ問いかける限り。

 簀巻というフレーズが醤油顔的にツボだ。

 そもそも聖女様のステータスを鑑みれば、ロリビッチには極めて難しい行いのような気がする。魔道貴族だって怪しい。それこそゴッゴルちゃんやキモロンゲでなければ、逆にやられてしまうのではなかろうか。

 これはあれか? もしかしていつの間にかレベルアップしてたとか。



名前:エリザベス・フィッツクラレンス
性別:女
種族:サキュバスハーフ
レベル:118
ジョブ:魔道士
HP:14230/14230
MP:32100/32100
STR:2500
VIT:6562
DEX:10601
AGI:5134
INT:45190
LUC:1030



 してるっちゃしてる。

 けど、そこまで強くはない。未だその値は人類の領域に収まっている。魔導貴族と大差ないのではなかろうか。聖女様を拿捕するには、心もとないパロメータである。

 そうなると気になるのは聖女様のステータスだ。

 確認してみよう。



名前:イード・S・エルメス
性別:女
種族:人間
レベル:375
ジョブ:聖女
HP:110/3110
MP:615/5674
STR:701
VIT:865
DEX:912
AGI:687
INT:1059
LUC:5420



 マジかよ。弱体化しているぞ。

 何故だ。

 あれこれと考えたところで、自然と意識が向かったのは、彼女の首に嵌められた見慣れないアクセサリーだろうか。いつぞやダークムチムチが付けていた奴隷の首輪を髣髴とさせるデザインである。

「…………」

 多分、十中八九でそちらが原因だろう。

 この手のステータス異常はエディタ先生でも覚えがある。

 先生の場合は魔王を封印して云々だったけれど。

 しかしながら、このビッチさんはどうやって聖女様に首輪を装備させたのか。それもついこの間までドラゴンシティに滞在していた筈なのに、いつの間にやら大聖国まで移動してのこととなる。

 どんな大冒険をして来たのか、非常に気になるぞ。

「陛下っ! 今すぐにでもこの場で処刑をっ!」

「ま、待て、まぁ待て、フィッツクラレンス子爵っ」

 今この瞬間にでも、聖女様をどうにかしてしまいそうな勢いが、エステルちゃんから感じられる。これを理解してだろう、陛下もまた、爆発物でも扱が如く、慎重な面持ちで彼女を見つめている。

 リチャードさんの形相とか、もう目も当てられませんわ。

「フィッツクラレンス子爵、せめて口元くらいは自由にして差し上げては……」

 それとなくロリビッチに進言してみる。

「冗談じゃないわ! 口を開けば貴方の悪口ばかりっ! 聞くに耐えないわっ! だから、そう! 殺すべきね! 殺すべきよ! 今すぐにでも殺さないと! この女が生きている理由なんて、この世には塵の一欠片ほども存在していないわ!」

 まさかの交渉決裂。

 聖女様の何が、そこまで彼女の心を震わせるのか。

 というか、らしくない振る舞いだ。

 少なくとも、記憶を失ったエステルちゃんの言動としては。

「エステルさん?」

「な、何かしらっ!? 私なら今すぐにでも……」

 多少ばかり語ったところで、ハッと何かに気づいた様子でロリビッチィ。

 その瞳が驚愕に見開かれると同時、口が閉じられた。

「……エステルさん?」

「…………」

 これまでの勢いはどうしたものか。

 途端に明後日な方向へと視線を向けて、他人行儀な振りを始める。

「な、何かしら? タナカ元男爵。フィッツクラレンス子爵にご用かしら?」

「…………」

 これ絶対に記憶とか戻ってるだろ。

 そうじゃなければ、ここまで必死な理由とか分からないし。

 しかし、だとすればその事実を隠そうとする意図はなんだろう。

「…………」

「…………」

 見つめ合う童貞とビッチ。

 これほど無駄な時間はない。

「エステルさん、事情を確認したいのですが」

「わ、私は公爵令嬢よっ!? 以前も伝えたと思うのだけれど、その不謹慎な呼び名はどういうことかしらっ!? パパに気に入られているとはいえ、そ、そ、そんな気軽に呼ぶのは、よよよ、よ、よろしくないわっ!」

「……申し訳ありません」

 どうやら触れて欲しくないらしい。

 そりゃそうか。

 二つの記憶が混ざり合った結果、ブサメンに惚れていた記憶を客観的に確認してしまったのだな。同時にアレンのイケメン再認識も然り。故にその事実すらも、封印してしまいたいという意思は、まったくもって納得のもの。

 了解だわ、ロリビッチ。

 幸せな記憶をありがとうございました。

 それで尚もブサメンの為に動いてくれた事実、めっちゃ嬉しいです。

「申し訳ありません。フィッツクラレンス子爵」

「わ、分かれば良いのだわっ!」

「ところで、そちらの彼女なのですが……」

「え? あ、え、えぇ! そうよっ! そうなのよっ!」

 ただ、説明は欲しい。

 何がどうしてそうなのか。

 ちゃんと確認させて頂きたい。

「経緯を教えてもらえませんか? 私のみならず、皆さんも気になっていらっしゃると思います。このままでは纏まるものも纏まりません。フィッツクラレンス公爵も困っていらっしゃることでしょう」

「せ、説明するわっ! 事細かに説明するわよっ!? 微に入り細に入り!」

「はい。是非お願いします」

 すこぶる素直に頷いて、ロリビッチは語り始めた。

 曰く、事の始まりは王女殿下から耳とした大聖国とペニー帝国の関係悪化。事実関係に疑問を持った彼女は、真実を確認する為に単身、大聖国へ向かったらしい。それが当人を簀巻にして拉致るまで至ってしまったのは、あぁ、とても彼女らしい暴走具合だ。

 ちなみに両国間の移動には、魔道貴族が研究中である新作の空間魔法を利用したとかなんとか。言われてみれば、確かに覚えがある。いつぞやキモロンゲが守る魔族の遺跡を訪れた折、熱心にメモなど取っていた姿を思い起こす。

 いつの間にやら形にしていたらしい。相変わらず凄いオッサンだ。

「世界中を騙し続けたこの悪女を許す謂れはないわっ!」

「ええまあ、仰るところは分かりますけれど」

 どうするんだろうな、これ。

 簀巻のまま、床に転がされた聖女様を眺めて思う。

 まさか無かったことにはできないだろう。万が一にも母国へ返したのなら、ペニー帝国の国際的な立ち位置は絶望的だ。今まででこそ醤油顔へのバッシングで済んでいたところが、国全体として異端認定喰らうのは目に見えている。

 下手をしたら、そこら中の国を相手に戦争となってしまうかも。

 そうなれば魔王様の侵攻を待たずしてペニー帝国は終わりである。

 しかも肝心の、聖女様を圧倒したシーンについては言及されなかった。彼女の本体を理解する側としては、どうにもこうにも気になる。ただ、謁見の間には他の貴族の目もあるので、この場で言及することは憚られる。

 漏れたら不味い情報も多いし、今はひとまず置いておこう。

「陛下、甚だ遺憾ではありますが、私も腹をくくります」

 ふと、タイムキーパーの爺さんが呟いた。

 その瞳は、何かを諦めて思える。

「宰相……」

 これを受けては、呟かれた側も神妙な面持ちとなった。その僅かばかりのやり取りで、二人の間には何某か通じ合うものがあったのだろう。良くも悪くも、それなりに長い付き合いであることが、互いに交された視線から知れた。

 ややあって、こちらに向かい姿勢を正した陛下が口を開いた。

「タナカ男爵よ、今一度確認したい」

「なんでございましょうか?」

「男爵がこれまで語ってみせたところ、まさか嘘や偽りではないだろうな?」

「はい、もちろんです」

 素直に頷いて応じる。

 すると、陛下は玉座より立ち上がり、声高らかに宣言した。

「私はペニー帝国第三十九代国王として、その方へ伯爵位を授けるものとする」

 厳かな調子が謁見の間に響く。

 それはブサメンが待ちに待った瞬間であった。

「本日を持ってタナカ伯爵は、ペニー帝国の益々の繁栄の為、いついかなる時も尽力を捧げるものとして、この場に誓うこととする。その為にペニー帝国は、貴殿への援助を惜しまないことをこの場に約束する」

 与えられたお言葉に対しては、細かいところで幾つか気になる文句も浮かぶ。しかしながら、まあ、今のドラゴンシティとペニー帝国の力関係であれば、多少の無理はこちらの都合で押し通せるから問題ない。

 陛下の言葉に併せて、醤油顔は居住まいを正すと共に、改めてへへーの構え。

 今更ながらレッドカーペットに膝を突く。

「謹んでお受けいたします」

 すると、謁見の間に集まった大勢の貴族から、一斉に声が上がった。

 それは偏に驚愕である。

 おおおおおぉぉ、って感じ。マジかよ!? って感じ。

 思わず圧倒された。

 そうこうしていると、王様の傍ら一歩を踏み出した宰相が口を開いた。

「貴様にこのようなことを言うのは甚だ遺憾である。あぁ、これほど忌々しいことはない。しかしながら、我々には他に取り得る道がない。故に伝えさせてもらう。タナカ伯爵よ、これまでの口上が決して嘘でないことを我々は信じておるぞ」

「嘘など一つもなかったこと、この場に誓わせて頂きます」

 普段なら絶対に駄目だと主張する輩が、本日に限っては渋々ながらも承諾。

 まさか宰相の爺さんと手を組む日が来るとは思わなかった。

 エステルちゃんがしでかしてくれたおかげで、ペニー帝国の王族や貴族は崖っぷちである。既に大聖国内では聖女様の不在が話題となっていることだろう。いや、ロリビッチのことだ、不在に慌てさせるどころか、天下の往来で一戦を繰り広げてきた可能性すらある。

 当然、同国からは聖女様の身柄を巡って、文句の百や二百は飛んでくることだろう。対して、当の本人を簀巻にした上、足蹴としてしまった我々には、取り得る選択肢など碌に残されていない。

 事情を理解しない一般市民ならまだしも、王族や貴族の皆さまは、その輝かしい立場も手伝い、国外逃亡さえ難しいことだろう。某ゴッゴルちゃんと同じだ。訳ありの彼らを匿えば、大聖国や支援国から異教徒だと非難される。

 故にペニー帝国の面々に残された道は一つ。

 他の誰よりも先に、魔王様を倒すこと。

 大聖国からの非難にも耐えうるだけの国際的地位を得ること。

「まったく、とんでもないことになった……」

 何ら隠すことのないタイムキーパーの爺さんの言葉が、全てを物語っている。

 ただ、そうなると問題は聖女様の扱いだ。

 今まさにロリビッチの足に踏みつけられて、顔の形を変えていらっしゃる。頬が潰されて、鼻がひん曲がり、お口には猿轡である。美少女の変顔可愛い。膣に膜が張られていないと、素直に変顔を楽しめるから素敵だよな。

「むーっ! むーっ! むーっ!」

 まったくもって元気である。

 最後の最後まで足掻くつもりだろう。

 このような状況でも、生きる力に満ち溢れた眼差しが、力強く醤油顔を睨み付ける。

「うるさいわよっ、陛下の御前なのだから静かになさい!」

 ただ、間髪を容れずにエステルちゃんから、顔を踏みつけられてしまう。

 頬を床にグリグリと押し付けられてしまう聖女様。

 なんというか、エディタ先生に見せてあげたくなる光景だ。

「むぅううううーっ! むぅうううううううううっ!」

 これ、本当にどうするんだろう。

 関係修復は絶望的である。万が一にも彼女を大聖国に帰してしまったら、どれだけの報復を受けるか分からない。それこそ魔王様など放置の上、近隣各国を巻き込んだ上で、ペニー帝国を攻めかねない。

 いや待て。そうなると今後の流れもまた、自ずと見えてくる。

「……宰相よ、早急に処分を頼みたい」

「そうですな。まさかこのままという訳にはいきませぬ」

 醤油顔が結論を得ると同時、宰相の腕が振るわれた。

 その向かう先には、簀巻姿で藻掻く聖女様の姿がある。

 ブサメンは反射的に魔法を行使。

 渾身の土木魔法。

 宰相と聖女様の間を遮るようにストーンウォールを生み出す。

 しかし、それは痛恨の判断ミスであった。

「っ……」

 宰相が腕を振るうに対して、謁見の前に詰め掛けた貴族たちの合間より、風のうねりが飛んできた。エアカッター的な魔法である。当然、醤油顔が生み出した壁はその進行方向に存在しない。風は悠々と聖女様の首を切断した。

 どうやら宰相の身振りは指示に過ぎなかったようだ。実行部隊は他に存在しているという、あぁ、なんとも貴族らしいやり方だろう。恐らく本来は自分やリチャードさんに対して用意していた伏兵なのだろうさ。

「っ!?」

 悲鳴を上げる暇もなく、聖女様の首から血液が吹き出す。

 切断された頭部が首から離れて、ゴロンと床に転がった。傍らに立ったロリビッチ諸共、そこらかしこが真っ赤になる。自身の元にまで飛沫は届く。同所に居合わせた貴族たちに見せしめる意味でも、この場でどうこうする必要があったのだろう。

 あまりにも哀れな聖女様の最後だ。

 その首から外れた首輪が、カラン、硬い音を立てては謁見の間の床に転がった。

「……タナカ伯爵、これは?」

 宰相が急に現れた壁を眺めては問うてくる。

 陛下からも無言に視線を頂戴だ。なんか二人から凄い威圧感を感じる。宰相と陛下の市政者っぽいところ、初めて見た気がする。保守も極まった事なかれ主義だと思っていたのだけれど、殺る時は殺るじゃないか。

「聖女様の身柄はドラゴンシティで預かりたく考えておりました」

 そういう訳で、ブサメンは反射的に回復魔法を全力。

 いつぞやの人妻を彷彿とされるシーンにハラハラドキドキだわ。

 助ける義理は無い。

 ただ、助けることができる。

 同時に次の瞬間にでも、再び殺すことができる。

 そんな立場が、今この瞬間、聖女様に回復魔法を放ったのだろう。

 なんて卑しい驕りだろうかね。

「……預かってどうするつもりだ?」

 当然ながら、陛下から問われてしまった。

 普段より三割増しで威厳がある。

 その只中で浮かび上がった魔法陣が、今まさに首を切断された聖女様の下に浮かび上がる。白い輝きが彼女の身体を癒すよう、静かに立ち上がり始める。これまで幾度と無く見てきた光景だ。

 しかしながら、二つに分断された肉体には一向に変化が訪れない。

「……伯爵?」

「どうやら、既に事切れているようですね」

「当然だ。首が切れている」

「…………」

 少しばかり回復魔法のタイミングが遅れたろうか。

 それでも弱体化する以前のステータスであれば、復活した気がする。エステルちゃんも近しい状況から復帰した。同一レベル帯にあった過去の自分もまた、似たような状況から生き長らえた経験がある。

 ただ、聖女様の肉体に変化は見られない。

 ナンヌッツィさんの時と同じだ。

 対象の地力っていうのは、きっと大切な要因なのだろうな。

「そう言えば以前、伯爵の断首が市政で噂となっていたが……」

「陛下、そのような奇跡は断じてあり得ません」

「…………」

 しかしなんだろう、聖女様、思ったより呆気無い最後だったわ。

 仮に人類が魔王様の手により滅亡しても、この世界で一人にりなっても、それでも生き続けているような気がしていたのだけれど。それがまさか場末の封建国家で、名も知れない魔法使いの手にかかり終わりとか、感慨深い気分である。

 今まさに胸の内で諸行無常が響きまくりだわ。

 おかげで訳の分からない寂しさがある。

 多少なりとも交流を持った相手だ。死んじゃうとそれっきりじゃんね。それが二桁近い膜付スージーを提供して下さった相手だと思うと、未練も一入だよ。もう二度と彼女からメイドさんをご紹介して頂けないと思うと、非常に切ない気分になる。

 無性に申し訳ない気分が溢れてくる。

 思えば童貞野郎に女の子を紹介してくれたの、聖女様が初めてだった。

「…………」

 同じ逝くにしても、その恩は返してから見送りたかった。

 残念である。

「あっ、あぁっ、あぁぁぁ……あはっ」

 かと思えば、一方で王女様に異変ありだ。

 嬌声を上げると共に、ガクリと膝を床についた。

 その瞳は今まさに事切れた聖女様を見つめて、大きく見開いている。

 お顔が真っ赤だ。

「あぁぁぁぁぁっ! あぁっ!」

 同時にプシッ、プシャァアと、ソフィアちゃん並に勢い良く放尿。

 瞬く間に床へ尿溜まりを形成してゆく。

「ア、アンジェリカっ!? アンジェっ!?」

「そこの者っ! 王女殿下をお部屋へお連れしろっ!」

 慌てる陛下と、大慌てで指示を出す宰相。

 駆け足でやってきた近衛騎士に連れられて、王女様は謁見の間をリタイア。その視線は最後の最後まで、倒れた聖女様の姿を凝視していた。その頬が紅潮して見えるのは、多分、そういうことなのだろう。

 まさか気をやるほどに快感であったとは。

 王女様、これはもう本物ですわ。

 おかげでメルセデスちゃんが頑張らないと、ペニー帝国はお先真っ暗の予感。

 なんかもう本格的に危ういぞ、この潮吹き国家。

「……失礼いたしました」

 適当を呟いて、今し方に凸したストーンウォールを引っ込める。

 王女様のドサクサに紛れる形を狙った。

 ただ、これには間髪を容れず、宰相からはツッコミを頂戴である。

「まさかタナカ伯爵は、聖女に組みするところがあったのだろうか?」

「多少なりとも面識があった相手です。流石に面前での処刑は抵抗がございます」

「大聖国は敵国でありますぞ? そのような意識は捨てるとよろしい」

「ペニー帝国の宰相殿は厳しいお方でございますね」

 こちらもこちらで完全に覚悟を決めていらっしゃる。

 さっきとは言ってることがまるで反対だ。

 清々しいまでの変わり身だろうか。

 正式に爵位を頂戴した訳でもないのに、醤油顔を他の貴族たちの面前でタナカ伯爵などと称して見せる。この手のやり取りに並々ならぬこだわりを見せた宰相だから、一連のトークは決して伊達ではないのだろう。

 年上の同性から依存されている感じって、割と気持ちが悪いよな。

 田中くん、期待しているよ。田中くん、君ならできるよ。とかなんとか。

 頼られるならば、やっぱり美少女一択じゃんね。

 だからこそ身を粉にして働きたくなる。

 この点に関しては、まだ聖女様に頼られている方が嬉しいと感じてしまうわ。

「場が荒れてしまった。以降は翌日に改めて行うものとする」

 そんなこんなで陛下が締めの言葉を口にしたところ、同日の謁見は終えられた。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 その日の晩、メイドは町長さん宅の廊下で、エステル様を見かけました。

 角を一つ曲がったところ、向かう先を歩んでいらしゃいます。

 ここ数日ばかり、屋敷のみならず街にお姿が窺えず、アレン様も心配されておりました。どこへ出掛けたのか知らないかと、何度も尋ねられました。それとなく探しては見たのですが、終ぞ見つけられなかったのですが、どうやら戻られたようですね。

 パタパタと駆け足で彼女の下まで急ぎます。

「あの、エ、エステル様っ、アレン様が心配しておりましたがっ……」

 呼び止めるべく、お名前を口にさせて頂きます。

 するとエステル様は立ち止まり、こちらを振り返って下さいました。

「あら、ソフィア。数日ぶりかしら?」

「あ、は、はいっ」

 その優雅な立ち振舞は、とても貴族らしい物腰でございます。

 立ち止まり後ろを振り返るという動作一つとっても、人としての格の違いというものを意識してしまいます。いつか私も、とは願ったところで、とてもではございませんが、到れる気がしない遥か高みにございましょうか。

「これからお風呂かしら?」

「は、はいっ。お湯を頂戴しようかと思いまして……」

「もし良かったら、私も一緒に入って良いかしら?」

 ご指摘の通り、メイドの腕にはお風呂セットが抱かれております。

 タナカさんの粋な計らいから、私のお風呂セットには、貴族様が使われているものと同じものが用意されております。実家で生活していた時とは雲泥の差にございます。おかげで毎日のお風呂が楽しみでなりません。

 ところでエステル様、アレンさんからの言伝は完全にスルーでございます。

 もしかして聞こえていなかったのでしょうか。

「は、はいっ、お背中を流させて頂きますっ!」

「それなら私はソフィアの背中を流してあげるわね。道具を取ってくるから、少しだけ待っていて貰っても良いかしら? あ、行き先を教えて貰えれば、先に入っていてくれても構わないのだけれど」

「そそそ、そ、そんなっ! 滅相もありませんっ!」

 あと、何故だか理由は知れませんが、以前と比較して距離感が近いです。

 まさかお風呂に誘われるとは思わなくて、テンパッてしまいました。

「わ、私などより、アレン様がエステル様の留守を心配されておりましたが……」

「放っておいて構わないわ。子供ではないのだから、数日くらい留守にすることもあるでしょう。それよりも今はお風呂よ。ここ数日は色々とあって少し疲れたの。お風呂に入ってゆっくりと疲れを癒やしたい気分なのだわ」

「…………」

「どうしたのかしら? ソフィア」

 なんでしょう、妙な感じです。

 違和感というヤツでしょうか。

 思い起こせば、体調不良から戻られて直後、エステル様よりソフィと呼ばれたことがございます。当初は愚直にも、急いでいたからだと考えておりました。しかしながら、これはもしかしたら、もしかするのかもしれません。

 エステル様、もしかして記憶が戻っているのではないでしょうか。

 そうでなければ有り得ない距離感でございます。

 しかし、だとすれば何故に、彼女はこれを隠しているのでしょう。

 少なくとも他の方々がエステル様の記憶に関して、言及している場面には出会ったことがありません。皆さま一様に記憶が戻っていない前提でお付き合いしております。仮に記憶が戻っているとすれば、エステル様はそれを秘密としていることになります。

 もちろん、メイドだけハブにされているという可能性もありましょう。

 ただ、他の皆様の振る舞いは、余りにも自然です。

「……ソフィア?」

「エステル様、も、もしかして記憶が戻っているのではありませんか?」

「っ……」

 素直にお伝えさせて頂いたところ、反応がございました。

 ピクリと形の良い眉が、僅かではありますが震えました。やはり、記憶が戻られておりますね。間違いありませんよ。しかし、そうなると何故に黙っていらっしゃるのでしょうか。疑問は巡ります。

 ただ、どれだけ巡ったところで、答えは出てきません。

「……あの、タ、タナカさんはご存知なのでしょうか?」

「…………」

「もしよろしければ、わ、私の方からそれとなく……」

「良いの。もう良いのよ、ソフィ」

 ふっとそのお顔に陰りを落として、エステル様が白状なされました。

 やっぱり記憶は戻っていらっしゃったのです。

「貴方も知っているでしょうけれど、如何に記憶を失っていたとはいえ、私は一度ならず二度までも、彼に酷いことをしてしまったわ。もう、合わせる顔がないの。彼と共に過ごす資格を失ってしまったのだわ」

「いえ、決してそのようなことはっ……」

「それでも私は、彼のことを思っていたい」

「…………」

「そして、彼が苦労している時に、彼の役に立ちたいの」

 なんと弱々しいお話でしょうか。

 とてもではありませんが、私の知っているエステル様らしくありません。

「だから、と、遠くから見ているだけでも良いの。彼の姿を視界に追いかけているだけで、私は十分に幸せだわ。そこに喜びを見出すことができるの。だから、良いの。これ以上は構ってくれなくても大丈夫なのよ」

「エステルさま……」

 その御心は未だ、確かにタナカさんの下にあるようです。

「黙っていてくれるわね? ソフィ」

「……は、はい」

 今は頷かせて頂きましょう。

 しかし、諦めませんよ。

 なんなってこのメイドは、エステル様を応援させて頂いておりますので。これまで良くして下さった御恩に報いるべく、忠義を尽くさせて頂きますとも。私に行えることであれば、なんでも仰って頂きたく思います

「あ、でも、あの、一つだけ……お願いを良いかしら?」

「はいっ! なんでも仰って下さいっ!」

「それなら、あの、も、もっ、物は相談なのだけれど。今後、彼の部屋を掃除したときに、ゴミ箱を回収して、私の部屋に届けて貰えないかしら?」

「……え?」

「彼の部屋のゴミ箱が、ほ、ほ、欲しいの。部屋に備え付けの……ゴミ箱。メイドの貴方なら、誰にも怪しまれずに、回収することができると思うのだけれど……」

「…………」

「彼の部屋の、ゴミ箱を……」

 どうしましょう。

 エステル様が大変です。
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