挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫
106/131

魔王復活 九


 ソフィアちゃんを実家に送り出して数日が経過した。

 たった一人、人が居なくなっただけで、随分と広く感じられてしまう執務室。その中央に設えられたデスクで、ブサメンは書類仕事などしていた。ソフィアちゃんが付けてくれた過去の帳簿の確認と、彼女が留守である間の引き継ぎである。

 こうしている間にも、ロリゴンは土木作業の真っ最中にある。まさか負けてはいられないので、さっさと仕事を終わらせるべく、意欲的にペンを紙面へ走らせる。そんなこんなで残すところ後数枚、といったところまで迫った頃合いのことだった。

 イケメンがやって来た。

「すみません、タナカさん。少しよろしいでしょうか?」

「おや、アレンさん」

 エステルちゃんのサキュバス騒動以来、チーム乱交の面々には、ドラゴンシティの町長宅で生活して頂いている。彼ら彼女らの乱れっぷりを理解する童貞としては、その居室に近づくなど危険際なりない行いであるからして、顔を合わせるのは久しぶりだ。

 というか、ロリビッチの容体を確認して以来か。

「アレンさんがこちらにいらっしゃるのは珍しいですね。何かご用ですか? あ、お茶を用意しますので、どうぞどうぞ、そちらに掛けて下さい。つい先日、エディタさんが首都で美味しいお菓子を買ってきて下さいまして……」

「あ、いえ、そこまでしていただかなくても」

 思わず言葉数が増えてしまうのも致し方なし。

 手にしていた紙面をデスクの上に正したところで、椅子から腰を上げる。

「ちょうど私も休憩しようと思っていたので、お相席願えませんか?」

「すみません、お忙しいところ申し訳ないです」

 アレンをソファーへと追いやったところで、醤油顔はお茶とお菓子の準備へ向かう。戸口を一枚抜けた先、簡易キッチンでファイアボールにお湯を沸かしの、魔道貴族謹製の保冷庫からお菓子を出しの、手早く支度を整える。

 カップを含めて一式お盆に載せたところで、自らもまたソファーの下へ。

 足の短いテーブルの上、ポットやら何やらを並べたところで、ブサメンとイケメンのティータイム。ここ最近はソフィアちゃんに任せてばかりだったので、たまに自分でやると、なんかこう、新鮮な感じが良いよな。

「ご迷惑ばかりおかけしてすみません……」

「そんなことはないですよ。どうぞ」

「あ、はい。いただきますっ」

 アレンが手を伸ばした姿を確認して、こちらもまた頂きます。

 淹れたての熱々をズズズとやっては、ハァと一息。

 カップから上がる湯気に目元が癒されるわ。小さい文字を延々と追いかけていたので、開放感も一入である。今の今までにらめっこしていたのは、先日までメイドさんがつけてくれていた、比較的新しい街の帳簿である。

 ここ最近は計算ミスも少なくなって、少しメイド離れしてきて思える。

「あの、タナカさんにご確認したいことがあるのですが」

「なんでしょうか?」

「実はエステルのことなのですが……」

「彼女がどうかしましたか?」

 まさか、また痴話喧嘩だろうか。

 自然と思い起こされたのは、チーム乱交の部屋割りである。廊下へ一列に並びとなって、ゾフィーちゃん、アレン、エステルちゃんといった塩梅である。ロリビッチや姫ビッチのラブを思えば、壁をぶちぬいていても行為に至っていても不思議ではない。

 流石にこれ以上は勘弁して頂きたいところである。

 ただ、そうしたブサメンの思いとは裏腹、アレンが続けたところは想定外。

「ここ数日、姿が見えないのですが、何かご存知でしたらと思いまして」

「言われてみれば、ここのところ確かに見ませんね」

「や、やはりですか」

「なにかありましたか?」

「いえその、な、なにかという訳ではないのですがっ」

「もしかしたら、実家に戻られたのかもしれませんね。私が魔王云々を伝えて不安を煽ってしまいました。リチャードさんを心配して、首都カリスまで出向かれた可能性は高いのではないでしょうか?」

「……そうでしょうか?」

「他にアレンさんの前から姿を消すというのは、なかなか考え難いですよ。もしくはトリクリスの方へ向かったのかもしれません。フィッツクラレンス子爵としての彼女の立ち振舞は、私も尊敬しております」

「…………」

 一応、リチャードさんに早馬を出しておこう。

 もしかしたら娘さんが首都に戻ったかも知れないと。

 トリクリスの方はゴンちゃんにお願いすれば良いだろうな。

「……あの、タ、タナカさん」

「なんですか?」

「その、なんというか……あの……」

 このイケメンが言葉に詰まるなど珍しい。

 チラリ、チラリと視線を向けられる。

 そんなふうに様子を窺わられると、思わず側頭部のハゲに意識が向かってしまうよ。ここ最近は寝て起きて回復魔法が欠かせない。頃合いを見て近いうちに、深めのツーブロックへ移行する予定だ。ソフトモヒカンとか、そういうのあるらしいじゃんね。

 今なら意地でも海水浴に行かなかった、友人Aや友人Bの彼女Cの苦労を理解できるぞ。濡れるとヤバイのは男も女も変わらんってことだ。水属性は男女問わず、ブサイクに対して効果抜群である。

「……何か深刻な問題でしょうか? 私でよければ力になりますが」

「い、いえ、なんでもありません。僕も思い至るところがなくて……」

「そうですか……」

「一応、ゴンザレスさんにお願いしておきましょう。彼が率いるのクランは、トリクリスに拠点を持っておりますし、ギルドにも顔が利きます。もしも彼女の姿を見かけたら、アレンさんの下に一報入るよう頼んでみます」

「お手数ばかり申し訳ありません」

「このような状況ですから、私も心配です。当然のことですよ」

「…………」

 あれでなかなか領主としては責任感のあるビッチだ。首都カリスとトリクリス、どちらかで発見できるのではなかろうか。以前も学業をうっちゃって、単身、領地へ向かっていった経緯もある。

 また、戦力としても決して悪くはない。魔法騎士団とやらで役職を勤めるゾフィーちゃんに迫るものがある。人外勢のステータスが高いので、相対的に低く映るが、世間的に考えれば十分に剛の者と言えるだろう。

「大丈夫ですよ、きっとすぐに見つかります」

「いえ、あの……実は……」

 イケメンとトークしている最中のことだった。

 廊下の側に人の気配が生まれた。

 ドタバタと忙しない足音が段々と近づいてくる感じ。誰かが駆け足でこちらに向かってきている予感。他に部屋は幾つかあるけれど、なんとなく執務室を目指しているように思われる。過去の経験から、十中八九でロリゴンだろうと当たりをつける。

 案の定、ノックもなくドアが開かれた。

 困ったものだと思いながら、いつの日か自慰シーンを被害者顔で魅せつけてやろうと画策。どういった反応を示すだろうかと、妄想に心を楽しませつつ、音の聞こえてきた側に意識を向ける。

 すると、そこには何故かエディタ先生と魔導貴族の姿があった。

 ロリゴンじゃないじゃん。

「おいっ! で、出来たぞっ!?」

「一緒に来いっ! 今すぐだっ!」

 部屋に飛び込んできたかと思えば、デスクの正面まで駆け足。

 酷く興奮している。

 瞳をキラキラと輝かせていらっしゃる。

 もしも声色が同じだったのなら、どちらがどちらだか台詞で判断できそうにない二人。思い起こせばここ数日、彼と彼女はツーショットが目立った。恐ろしいまでにシンクロして思える立ち振舞は、少なからず嫉妬してしまうぞ。

「……どうしました?」

 しかも、いきなり出来たと言われても、正直何が何やら。

 ただただ勢いに圧倒されるばかり。

 二人の間に子供が出来ましたとか言われたら、童貞は二秒でガン泣きする覚悟がある。

「ライフポーションだっ!」

「ライフポッソンだっ!」

 先生が噛んだ。

 くそう。

 相変わらず困ったエルフさんだ。

「っ……」

 顔を真っ赤にして、俯向き加減となる金髪ロリムチムチ先生。

 その眺めて心を癒やす。

「ライフポーションがどうされました?」

 言葉を失った先生に代わり、魔道貴族が説明を始めた。

「貴様から継いだ研究に大きな進捗があったのだ! ついに我々はライフポーションへ至る一歩を踏み出したのだっ! 今すぐに研究棟まで来いっ!」

「なるほど、そういうことであれば是非とも」

 囃し立てるよう騒ぐ二人に連れられて、執務室を後とした。



◇◆◇



 興奮冷めやらぬ研究員二名に連れられて、町長宅から研究棟に移動した。

 同所ではどこから用立ててきたのか、部屋の中央に設けられた大きなテーブルの上、ガラスで作られた様々な形のフラスコや管の類が並んでいる。更にそれらの内側には、色鮮やかな液体が満ちて、あっちへ流れたり、こっちで撹拌されたりとしている。

 そうした管の流れの終端に、一つ、真っ赤な色の液体が満ちたグラスがある。

「こ、これだっ!」

 今まさに眺めていたそれを手に取り、エディタ先生が声を上げた。

「そちらの液体が?」

「うむ! 風呂場の湯を使わず、我々だけで錬成したものだっ!」

「なんと、それは確かに素晴らしいですね」

 声高らかに宣言する先生。

 彼女の傍らでは、うむうむと魔道貴族が深く頷いている。

「しかし、これまで数百年と研究されてきた代物が、僅か数日というのは、何か秘訣のようなものがあったりするのでしょうか? こうも容易に作られた事実に、少なからず疑問を感じているのですけれど」

 学園都市でも幾度と無く耳にする機会があった。

 専門の調査機関が延々と研究を続けているにも関わらず、ここ数世紀進捗がないと、他の誰でもないエディタ先生が語っていたじゃんね。

「あぁ、その点に関して言えば、偶然の賜物だろうな」

 エディタ先生が感慨深げな表情で語られる。

「というと?」

「貴様の案内した風呂に、何故か霊体が溶け込んでいることが判明した」

「霊体、ですか?」

「うむ。理由は知れないが、確かに霊体であった。間違いない」

 それってもしかしなくても、同所で幽霊している彼女が原因じゃなかろうか。クリスティーナとの一件があってから以降、延々と住み着いていらっしゃる。過去、何度か醤油顔の前に姿を表しては、愚痴をこぼしていた。

「そして、その霊体こそが、ライフポーションの鍵であったのだ」

「……なるほど」

 まさか熟女の出汁が主成分とか言わないよな。

 流石に飲み心地が悪いのだけれど。

「背景から説明しよう」

「あ、はい。お願いします」

 ごほんと咳払いなど一つして、先生が説明を始める。

「誰もがマナポーションとして知る通り、純然たる魔力をポーションに溶かしこむ行為は、最低限の魔力を備える者であれば、比較的容易に行うことができる。誰でも時間さえかければ成果を上げることはできるだろう」

「そうですね。私もそのように習いました」

「しかしながら、治癒という明確な方向性を持った魔力となると、これをポーションに溶かし込む行為は非常な困難を伴う。貴様の魔力を持ってしても、完全なポーションへ至るには至らなかった点を鑑みれば理解できるだろう?」

「はい」

 その成果が頑張って入浴剤止まりである。

「しかしながら、事前にポーションへ霊体を十分に馴染ませておくと、これまでどれだけ強力な回復魔法を用いても与えることができなかった、治癒という方向性を伴った魔力をポーションに込めることができたのだ」

「なるほど」

「ただ、こうして現象としては確認できたものの、正確な原理を解明するまでには至っていない。より人に近しい成分として霊体、などと考えれば、一連の反応は分からないでもないが、それでは説明になっていないからな」

「そうは言っても、実際にモノが作れるところまで出来たのは凄いと思います」

「独力でここまで辿り着けたのであれば、誇ることもできたろう。しかし、今回は貴様が持ってきたものの成分を調査した限りだからな。私でなくとも霊体に覚えのあるものであれば、いずれは気づいただろう」

「いえいえ、その事実に気づけたことが、一番の功績ではありませんか」

 テレテレと謙遜する金髪ロリムチムチ先生が可愛い。

 しかし、まさか風呂場に住み着いた人妻の存在が、このような形で人類の進歩に寄与するとは想定外である。近い将来、ライフポーションの製法が論文となった暁には、セカンドオーサー辺りに名前が載っても不思議ではない貢献である。

 それが自身の肉体を喪失して以降に発見されるとは、甚だ皮肉な話だろう。

「ちなみにこのライフポーションは私の霊体を溶かしこんで作ったものだ」

「え、本当ですか?」

 めっちゃ飲みたい。

 成分的にはサッパリだけれど、とりあえず口に入れたい。

 消化して血肉に変えたい。

「霊体を扱う魔法は難易度が高い。風呂場に残っている湯を用いるのでなければ、自前で別に用意する必要がある。これが現在のライフポーションの量産に対する問題点だ。誰にでも用意できるものではないからな」

「なるほど」

 そういった意味だと、人妻が湯に浸かっている限り問題は無いだろう。

 何故に彼女が風呂場に住み着いているのかは知れないが。

「それで、どうする?」

「どうするとは?」

「町の運営に資金が必要なのだろう? もしも急を要するのであれば、今ある風呂場の湯からライフポーションを生成することが可能だ。貴様が望むなら、ここの施設を使って数を作ることも可能だが」

「そうですね……」

 大聖国を敵に回している都合、これほど力強い援護射撃はない。資金源というよりは、その存在を我々の街から公表することに価値があると思われる。下手に隠し立てして、製造方法が漏れて、他所から発表されたりしたら最悪じゃんね。

 作り方は既に知れているし、出し惜しみする状況でもないだろう。最悪、余っているスキルポイントをエディタ先生が語ってみせたところ、霊体の操作的なスキルへ注ぎ込めば、きっと醤油顔でもスタンドアロンでの製造が可能となる筈だ。

「お手数をおかけしますが、是非お願いします。錬成したライフポーションは入浴剤と併せて街の露天で販売しましょう。マーケットの反応を確認したいです。よろしいでしょうか? もしもご意見などあれば伺いたいのですが」

「異存はない。急いで取り掛かるとしよう!」

「お、おいっ、私も手伝うぞっ!?」

 先生が頷くと同時に魔道貴族が慌て調子に声を上げた。

 そのままウキウキと作業台へ向かってゆく二人。

 めっちゃ楽しそうである。

 邪魔をしても悪いので、醤油顔はそそくさと実験室を後にした。

 問題の風呂場で自ら豪快に放尿していた事実を思い起こしたのは、研究棟を出て直後のことである。更に言えばショタチンポのパオーンも浸かっている。

 ドラゴンシティの商店で取り扱いが始まっても、絶対に口にするまい。



◇◆◇



 研究棟を後とした醤油顔は、その足で問題の風呂場へ向かった。

 ゴンちゃんに現場保全をお願いしている為、同所に人の姿は見られない。源泉掛け流しのお湯が流れては、静かに排水口へ流れ行く音だけが淡々と響いては聞こえる。これだよ、この感じ。やっぱり温泉はこういうサウンドと立ち上る湯気が最高じゃんね。

 などと不意に安穏とした気分を得たところ、湯船に変化が訪れた。

「ねぇ、ちょっと。なにしみじみとした顔してくれてるの?」

「これはこれは、お久しぶりですね、ナンヌッツィさん」

「……ふんっ」

 湯面に半透明な人型が浮かび上がった。

 相変わらずな裸体を晒す三十代は、ここ最近、十代の美少女に囲まれてウハウハのブサメンには些か抵抗の感じられる代物だと、頑なに主張させて頂こう。自分と同世代であり、既に膜をロストしたとあっては、それは例えば、刺身のツマみたいなものだ。

 何気ない身動ぎに応じてプルンプルンと動く大きな胸だとか、非常にボリューミーなお尻だとか、思ったより引き締まった腹部だとか、そういうのは気にならない。歳の割に乳首が小さくて、あんまり吸われてないんだな、とか、そう、童貞には何ら関係ない。

 全く気にならない。

 だから、平静を装いコミュニケーション。

 今この瞬間、彼女との交渉は非常に重要な一騎打ちである。

「どうして服を着ているのかしら?」

「貴方と話があって来ました」

「ふぅん?」

 人を品定めするように大上段から眺めてくれる。

 その立ち振舞には何ら恥じた様子がない。

 これがマンコを極めし者の姿か。

「単刀直入に申します、何故に貴方はここに滞在しているのですか?」

「っ……」

 疑問を素直にぶつけたところ、人妻は顕著な反応を見せた。

 ビクリ、肩が震えると共に乳も震える。

「どうされました?」

「な、なによ? もしかして、私をここから追い出すつもり?」

 少なからず怯えた様子が伺える。

 何故だろう。

 単純に行く先がないという以上の何かを感じる。

「いえいえ、決してそのようなことは」

「っ……」

 焦る人妻。

 揺れる乳。

 くそう。

 熟女の癖に、やるじゃないか。

「実は近くこちらの施設の取り壊しが予定されております。ふと貴方のことを思い出したので、説明に参りました。近日中に手が入る予定ですので、他へ移って貰えたら嬉しいのですけれど」

「ちょ、ちょっと待ちなさいっ! 貴方、以前は言っていたじゃないのっ!? ここの風呂場のお湯がライフポーションとなっているから、誰も人が入らないようにすると! 現状を保全するのだと!」

「あ、聞いてましたか?」

「私を侮らないで欲しいわねっ! どうなのよっ!?」

「ええ、その件で色々と判明しまして、こちらは破棄することになりました」

「なっ……」

 人妻の表情が凍りつく。

 今し方に語ってみせたところは丸っと嘘だ。今後のやり取りをこちらのペースで運ばせて頂く為の嘘だ。少し考えれば分かりそうなものだけれど、どうやら彼女は見事に騙されてくれた。

 つまり、彼女にとってこの場所は、相応に大切なのだろう。

「ま、待ちなさいっ! そんなこと許さないわよっ!?」

「何故ですか?」

「だってそれは、そ、そのっ……せっかくのお風呂をっ……壊すだなんて……」

「…………」

 視線があっちへいったり、こっちへ行ったり。

 めっちゃ困ってる。

 自分と同世代の女性と対等にトークするの、生まれて初めての予感。

「素直に仰って頂ければ、私の方で考慮することも可能ですよ?」

「ぐっ……」

 適当にお伝えして頂く。

 すると、彼女は憎々しげに応じてみせた。

「こ、ここのお湯がないと、段々と意識が遠退いていくのよっ」

「そうなのですか?」

「これでも王立学園で教鞭をとっていたから分かるわっ! おそらくここのお湯の成分が、現在の私の状態、つまり、霊体を保持する為に効果しているわ! だから、ここから長く離れることはできないのよっ!」

「なるほど」

 いつぞや首都カリスのアトリエを巡る攻防に際して、エディタ先生も言っていた。こうした幽霊状態になってしばらくすると、段々と自我が失われて、やがては消失してしまうのだと。それを防ぐ効果が、こちらの湯にはあるのだろう。

「ああもうっ、それもこれも貴方が悪いのよっ! 貴方がっ! 貴方のせいで私は十日とここを離れていられない。それなのに貴方はあっちへ行ったり、こっちへ行ったり、憎たらしいったらないわっ!」

「ええまあ、いつぞやの件は申し訳ないと思います」

 こちらの湯船は彼女にとってのライフライン。

 そうなると醤油顔としては好都合である。

「他のお湯では駄目だったのですか?」

「ここのお湯のように身体に馴染まないわ。多分、今の状態となった私が、長らく浸かっていた為でしょう。それ以外、ここのお湯と他のお湯で差異はないでしょう? もしもあるのなら、すぐにでも教えなさいよ」

「ええ、どこの湯も成分的な違いはありません。貴方の存在以外は」

 流石は王立学園の教師である。

 なんだかんだで自身の置かれた状況を理解していらっしゃる。

「やっぱりそうなのね? 流石は私だわ!」

 どうやら霊体という存在は、ライフポーションの原材料であると同時に、そうして作られたライフポーションに浸かることによって、従来の生存期間を超えた長期間の保存が可能となるのだろう。まあ、延々と緩く回復魔法を掛けられているようなものだからな。

 ライフポーションの製法が確率した今では、ここ以外のお湯であっても、彼女の生存に適したお湯とすることが可能だろう。ただ、それをわざわざこちらから示唆することもない。本人が自ら気づいたら考慮するとしよう。

「分かりました。そういうことであれば、こちらは残しましょう」

「ほ、本当!?」

「代わりと言ってはなんですが、協力を願えませんか?」

「なによ、それ」

「貴方は私と他の方々のやり取りを、この場で聞いていたのでしょう? それなら知っていると思いますが、こちらのお風呂の湯は現在、ライフポーションとしての効能があります。そして、その成分の一つとして、貴方の存在が関与しています」

「……ふぅん? そういうこと?」

「ええ、そういうことです」

「貴方、私を騙したわね?」

「いいえ、私の仲間には今の貴方のような存在、霊体を扱う魔法に長けた者がいます。これを独占するという意味合いでは、今この瞬間、湯船を破壊するというのも、貴方の返答次第では一つの選択肢でした」

「っ……」

「既に貴方以外の存在から霊体を採集の上、ライフポーションを人工的に合成する手法も確立しております。こちらに関しては決して嘘ではありません。その上で交渉したいのですが、ナンヌッツィさん、我々に協力して頂けませんか?」

「……本当に酷い男ね、貴方は」

「どうかお願いできませんか?」

「…………」

 問いかけると、なにやら悩む素振りを見せる人妻。

 ややあって、再びその口が開かれる。

 多分、協力を仰がれる理由を推測しているのだろう。本人の言葉ではないが、伊達に王立学園で教鞭など取っていない。単純に頭の良さという意味では、自分より上だと仮定して挑むべき人物だ。

 このような土壇場で、未だ冷静さを欠いていないのは素直に凄いと思う。

「一つ条件があるわ」

「なんでしょうか?」

「ここのお湯がライフポーションだと発見した子がいるでしょう?」

「ええ、おりますね」

 ショタチンポだ。

 どうやら彼女もまた、パオーンの目撃者であったよう。

「あの子を定期的に寄越すというのであれば、協力してあげてもいいわよ」

「…………」

 マジかよ。この人妻、ショタコンだ。

 咄嗟に思い至ったところで、しかし、自身もまたロリコンである。若さとはそれだけで、他の何にも代えがたい魅力だと理解している。故に彼女が欲するところを否定するような真似は決してできない。だって幼い子供の肉体は、非常にエッチに出来ている。

 最近は中身が伴わないケースも増えてきて、戸惑うこと多々であるのだけれど。

「どうかしら?」

「この場で即答はしかねます。本人の確認を無しには難しいので」

「そう? 気持ちの良い返事を待っていますわ」

「ちなみに私でよければ、話し相手くらいは勤めさせて頂きますが」

「いやよ。貴方みたいな不細工はお呼びじゃないわ」

「…………」

 そうだよな。

 これが世界の仕組みだ。

 ごめんなさい。

 調子に乗っておりました。

「分かりました。彼からの承諾を待ってお返事とさせて下さい」

「ふ、ふふ、期待しているわよ」

 一つ幸いであるとすれば、現在の彼女が、物理的にスティックを握ることが不可能な存在であるということか。おかげで当人へ相談するにしても、幾分か難易度は下がって思える。昨今のショタチンポのメンタルを思えば、まさかファック前提での提案は不可能だ。

 しかし、なんだ。

 こんなセクシャルな話、あまりヤツとはしたくないな。

 お金の為に彼女へ売春をすすめるヤリチンみたいなシチュエーションじゃんね。

 相手は男だけど。



◇◆◇



 ショタチンポの下へ向かうべく町長宅の廊下を歩んでいたところ、偶然にも角の向こう側から見知った相手が現れた。ノイマン氏である。彼は醤油顔を視界に収めたところ、駆け足でこちらまでやってきた。

「タナカ、少し良いか?」

「なんでしょうか?」

「ペニー帝国側から人が来ている。対応と判断を頼みたい」

「なるほど」

 例によって難民到来のお知らせだ。

「どの程度でしょうか?」

「ざっと百数十名といったところだろうか。身なりは悪くない」

「それなりの規模ですね」

「行けるか?」

「承知しました。向かいます」

 ショタチンポは後回しで良いだろう。

 ノイマン氏に連れられて、一路、ペニー帝国からの難民の下へ。

 町長宅を後として、一番外側の壁に設けられた門へ向かう。移動に際しては飛行魔法でひとっ飛びだ。首都カリスはどうだったか知らないが、ドラゴンシティは街中で飛行魔法を使っても良いことにしている。伊達にドラゴンが町長していない。

 現場では既に黄昏の団が対応中であった。

 数台から成る馬車が、最外郭の壁が作る日陰に並び停められている。人々はこれを囲うよう、思い思いの場所で時間を過ごしていた。そうした彼ら彼女らを監視するよう、十数名から成る黄昏の団の面々が警戒に立っている。

 醤油顔はノイマン氏と共に彼らの下へ着地だ。

 我々が到着するに応じて、警備に当たっていた団員から数名が駆け寄ってきた。例によって顔が怖くてマッチョな野郎である。手には武器を持っており、鎧兜で武装している。ただし、その出で立ちはバラバラだ。

 正式にドラゴンシティ駐在の騎士団となった彼らである。装備もまたドラゴンシティ持ちなのだが、こちらは予算だけゴンちゃんに渡して、調達は自主性に任せている。おかげで見た目とか見事にバラバラだ。ただまあ、装備なんて人それぞれだもんな。

 年中スーツ着ているエンジニアとか、絶対に信じられないって。

「大兄貴っ! ご対応おねがいしやす!」

「おねがいしやす! 大兄貴!」

 醤油顔が貴族となっても、黄昏の団が正式な騎士団となっても、彼らの暑苦しい語調は変わらなかった。唯一、相違点があるとすれば、醤油顔の呼称がタナカの兄貴から、大兄貴に変わったくらいだろうか。

「承知しました」

 頭を下げる彼らに、こちらも頭を下げて応じたところ、難民の側へ向かう。

 すると、相手も我々を代表者と判断したのだろう、そらなりに身なりの良い人物が、数名ばかりガタイの良い男をお供に連れてやってきた。貴族か豪商の類だろう。改めて眺めてみると、馬車も程度の良いものが並んでいる。

「貴方様がこちらの街の代表でしょうか?」

「いえ、街の代表は他におります。私はその代理のようなものでしょうか」

「町長でないとなると、なるほど。貴方様がタナカ男爵ですな?」

 おう、なんか思ったより事情に通じた人が来たぞ。

 タナカ男爵は死んだことになっているのだけれどな。

「商人の方ですか?」

「はい、私どもはこれまで首都カリスで商売をしておりました」

「それが何故にこちらまで?」

「素直に申し上げますと、つい数日前、この目で魔王からの一撃を目の当たりと致しました。空に浮かんだ巨大な魔法陣と、これを圧倒するドラゴンの咆哮。更にそのドラゴンを飼い慣らしているという魔法使い」

 チラリ、男の視線が背後に向かった。

 その視線は街の中央に聳え立つロリゴンタワーに向かって思える。

「そうした稀代の魔法使いであらせられる、タナカ男爵に興味がございまして」

「なるほど」

「こちらの街では現在、住民を募集していると聞きます。差し支えなければ、我々もまたこれに男爵のお膝元で暮らさせて頂きたく参じた次第にございます。どうかお願いできませんでしょうか?」

「既にご存知かも知れませんが、現在こちらの街はタナカ男爵領ではなく、フィッツクラレンス公爵領となります。故に御用の商人もまたフィッツクラレンス派閥により占められております。それでも構いませんか?」

「ええ、構いませんとも。我々は隙間で小さくやらせて頂きますので」

「……そうですか」

 まあ、それならいいか。

 流石にリチャードさんのところの商人以外は全て出禁とか不可能だしな。それに商人系の人たちに嫌われたら、後で大変なことになりそうな気がする。こちらの世界の商人は卸しと販売以外に、物流そのものも担っているから殊更だ。

「首都カリスは今どのような具合でしょうかね?」

「それはもう栄えておりますよ。近隣諸国が魔王に手痛い攻撃を受けて頭を悩ませている昨今、これを唯一、真正面から退けた国ですからな。近所の街はおろか、他所の国からも人が集まってきて、とても賑やかなものです」

「なるほど」

「しかし、その立役者がこのような場所で街を築いているとは思いませんでした。プッシー共和国との国境で、風呂屋が儲けているというお話は聞いておりましたが、それがまさかこのような城塞都市とは」

「それほどでもありませんよ」

 ふふん、もっと褒めてくれよ。

 ちょっといい気分だわ。

「こちらの壁もまた素晴らしいですな。首都カリスの比ではない」

「分かりますか?」

「ええ、分かりますとも!」

 首都カリスに見切りをつけてきたタイプの人だろう。

 どんな噂が出回っているのか、ちょっと気になるな。

 エディタ先生にお願いして様子を見に行こうか。ついでにソフィアちゃんの実家に寄ってみたりとか、非常に良いアイディア。上手く行けばメイドさんの手料理、食べれたりするかもしれないじゃんね。

 ソフィアちゃんの親指が浸かったスープを飲みたい。

「分かりました、そういうことであれば、我々は皆さんをお迎え致します」

「おぉ! ありがとうございます!」

 判断を終えたところで、残りの仕事は黄昏の団にお任せ。

 醤油顔はラブリー錬金術師の下へ、飛行魔法でひとっ飛びだ。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 首都カリスに戻って数日が経ちました。

 久しぶりに手伝う家業は想像した以上に新鮮味があって、これはこれで悪くありません。お客さんの入りも上々で、それがまたやる気に繋がります。不服があるとすれば、何故か実家でもメイド服の着用を強制されている点でしょうか。

 お客さんからの要望ですので、ちゃんと着ておりますけれど。

 ちなみここのお店は、本日一杯で営業を終了する予定です。明日には引っ越しの支度を行いまして、明後日にはドラゴンシティへ移動する形です。その辺りの算段は、三日ほど前に訪れたエルフさんとお約束させて頂きました。

 本来であれば大仕事なのですが、彼女の魔法を用いた途端に小仕事です。

 本当にお凄い方だと思います。尊敬せずにはいられません。

「おーい、ソフィアちゃん! 注文たのむわー!」

「ソフィアちゃん、こっちもー!」 

「はいー!」

 お客さんの声に答えて、フロアを駆け足で飛び回ります。

 戻って二、三日は、久しぶりのフロア業に苦労するかと思っていました。ですが、そんなことはありませんでした。どれだけ働いても全く疲れない自身の身体にビックリでしょうか。むしろ動けば動くほど調子が良くなります。ちょっと怖いくらいです。

 当然、お客さんの会話に耳を傾ける余裕だってございます。

「そういや知ってるか? 大聖国の嘘の噂」「あぁ、聞いた聞いた。なんでもお告げが嘘だったって話だろう?」「それだよ、それ。本当なのかな?」「どうだろうなぁ? でも、怪しい気はしてたんだよなぁ」「西の勇者さまが裏切り者だったっていう話も、随分といきなりだったしなぁ」「だよな」

「知ってるか? 首をちょん切られたタナカって男爵が、実は生きてるって話」「本当かよ? 俺、そいつの処刑を見に行ったぜ? マジで切られてたし」「いやでも、俺の知り合いが実際に会いに行って、動いてるの見たらしいんだよ」「本当かよ?」「あと温泉がすげぇ気持ちよかったって」「温泉? なんだそりゃ」

「プッシー共和国との国境に、新しく街ができたの知ってるか?」「あぁ、聞いた聞いた。なんでも周りを背の高い壁に囲まれてるらしいな」「なんでもそこが、大勢の魔族に襲われながら、一人の被害もなく追い返したらしいぜ」「本当かよっ!?」「あぁ、そこで働いているヤツに聞いたんだ。黄昏の団のヤツなんだけど」「マジか……」

「知ってるか? 魔王から首都を守ったドラゴンの話」「それなら俺も見たわ。凄かったよな」「実はあれ、殺されたタナカ男爵の飼ってたドラゴンらしいぜ?」「え? そうなのか?」「今は亡き男爵を思って、男爵が生活していた街を守る為にやってきたって話だ」「本当かよ?」「そのドラゴンだけど、なんでも今は国境沿いの街で町長をしているらしいぜ」「……はぁ? ドラゴンが町長ってどういうこったよ?」

「王女様が行方不明って本当なのか?」「あぁ、城に勤める知り合いに聞いたんだけど、本当に消えちまったらしい」「その話だったら俺、続きを知ってるぜ?」「続き? そんなもんがあるのか?」「なんでも国境沿いの街で、タナカ男爵に捕われているって話だ」「マジかよ?」「ちょっと待てよ、俺が聞いた話だと、王女様の方がお願いして連れてって貰ったらしいぞ」「はぁ? なんだよそれ」

 メイドもどきが流した噂も良い感じであります。

 ところどころ歪んでおりますが、想定の範囲内と申しましょうか。

 お店に限らず、こうした噂は街のいたるところで耳とすることができます。成果は上々であります。大聖国や王女様云々に関しては、私が流した訳ではないのですが、まあ、追い風は強いに越したことはありませんよね。

 ちょっと達成感です。

 そうこうしていると、また新しいお客さんです。カランコロンとドアに取り付けた鈴が、軽い音を店内に響かせました。当然、これをご案内するのが私の仕事ですから、大急ぎでそちらに向かいます。

 すると、どうしたことでしょう。

「ここかっ!? 娘の行き先を噂に流していた飯屋というのはっ!」

「っ!?」

 出入り口の側に人だかりが出来ております。

 その只中を今まさに入店してきたのは、な、なんということでしょう。ペニー帝国の王様ではありませんか。私も顔だけならば見たことがあります。以前、ドラゴン退治の折に謁見させて頂きました。

 しかしながら、そのような方が何故にいらっしゃるのでしょう。

 王族の方が、わざわざ自ら出向くなど、尋常ではありません。

 しかも出向いた先は市井の飯屋でございます。

「そこの娘っ!」

「は、はひぃっ!」

「貴様か? 貴様なのか? 私の娘が連れ去られた先を噂に流していたのは!」

「え? あっ……」

 そんなまさか。

 もしかして私の噂が原因だったりするのでしょうか。

 いえいえ、ですが王様が飛んでくるほど、大した噂を流したつもりはございません。王女様の行方に関しては、完全に冤罪というやつです。そんな危ない噂、間違ってもメイドは流したりいたしません。

 しかしながら、いま眼の前にある事実として、メイドの命は風前の灯火です。拘束されて、拷問されて、打首になる未来が容易に想像できます。どうやら少しばかり、状況を見誤っていたようでございます。

「そうなんだなっ!?」

「いえ、そ、それは、あのっ……」

 終わりました。

 完全に終わってしまいましたよ、私の人生。

「娘は無事なのかっ!? 本当にドラゴンシティとやらにいるのかっ!?」

「っ……」

 緊張のあまり、上手く声が出ません。

 凄い勢いで肌から汗がにじみ出て参ります。それはもうだくだくと溢れんばかりでございます。メイド服の脇の下が、瞬く間に色を変えてゆきます。更にお腹の調子が、お腹の調子が悪くなってきました。如何ともし難い痛みが。

 あぁ。

 どうしましょう。

 こんなの、私はどうしましょう。

 目の前が真っ白です。

 そう。

 光り輝く程に白く……。

 いえ、ちょっと待って下さい。

 本当に、本当に輝いていやしませんか。

「っ!?」

 店内の一角、ちょうどメイドと王様を遮るよう、その間に魔法陣が浮かび上がりました。誰もが驚きです。王様の後ろにいらっしゃった護衛の騎士様たちが、大慌てで前に飛び出して、魔法陣を警戒するよう構えます。

 際してはそこらかしこで、椅子が倒れたり、テーブルがひっくり返ったり、食器が割れたり、あぁ、お店が、お店が大変なことになってしまっております。私のお気に入りのグラスも、なんということでしょう、粉々でございます。

 そうこうする間に、魔法陣に変化が見られました。

 描かれた光の走りの上、どこからともなく人の姿が。

「タ、タナカさんっ……」

 タナカさんです。タナカさんが登場です。更に彼の傍らにはエルフさんの姿も見られます。十中八九で彼女の魔法により、ドラゴンシティからいらっしゃったのでしょう。自身もまた幾度と無く経験のある空間魔法というやつです。

「おや、これはこれは陛下。このようなところで出会うとは偶然でございます」

 安穏としたタナカさんの声がフロアに響きました。

 現れて直後、目の前に王様がいらっしゃるという状況にも関わらず、酷く飄々としております。多くの騎士様が抜身の剣を向けられております。その切っ先を目前に眺めながら、しかし、まるで動じた様子がございません。

 なんか無性に格好良いのが悔しいです。

 思わずドキっとしてしまいましたよ。

「そういうことか、タナカ男爵。そなたの手引であったか」

「すみませんが陛下、どういったお話でしょうか?」

「私の娘はどこにいる? 答えよ」

「……なるほど」

 混乱するフロアを視線に一巡したところで、どうやらタナカさん、お話の流れを掴んだようです。王様からの問い掛けに小さく頷かれました。王女様を浚ったという噂は、もしかして本当なのでしょうか。胸が痛いほどにドキドキとしております。

「この世で最も安全な場所にお連れさせて頂いております」

「これが貴様を幽閉した私に対する報復か? 牢から抜け出したに飽きたらず、娘まで巻き込んでの処刑騒動だ。そうした面倒が必要がないよう、わざわざ延命を図ってやったというに、恩を仇で返すとは。まさか貴様ほどの男が理解できなんだか?」

「いいえ、滅相もない。これは私から陛下に対する気遣いでございます。それに私の命は私で守ります。わざわざ陛下にお手数をお掛けしてまで、守って頂く必要はございません。もちろん、陛下からの気遣いは大変嬉しく感じておりましたが」

「な、なんだとっ!?」

「今回の一件は、王女殿下自身も納得の上でございます」

「そんな馬鹿なっ! どうしてそんなことが言えるっ!?」

 本来であれば、あり得ない光景です。

 一介の男爵風情が、王様を相手に膝も突くことなく語りかけるなど、その場で打首となってもおかしくありません。おかげで場に居合わせた皆さまは、酷く驚いた様子で一連のやり取りを見つめていらっしゃいます。

 人の集まりは店内に限らず、フロアに入りきらない人方々が、窓からこちらをのぞいていらっしゃいます。多分、店の正面には王族の方々御用達の馬車など止まっているのでしょう。これ以上ない最高の広告になりますね。

 惜しむべくは次の営業が、首都カリスでは行われない点でしょうか。

「ソフィアさん。詳しい状況は知れませんが、このままドラゴンシティに向かいましょう。こうなってしまっては、首都カリスでの営業も難しいでしょう。下手をしたら捕縛されかねませんので」

「は、はひっ!」

 メイドは大慌てで父親を確保です。

 人垣の合間から恐る恐るこちらの様子を窺っていたところ、腕を伸ばして強引に捕獲です。大急ぎで田中さんとエルフさんの下に身を寄せさせて頂きます。万が一にも取り残されては、命が幾つあっても足りませんよ。

「よ、よく分からないが、ドラゴンシティまで戻れば良いのだな?」

「慌ただしくてすみませんが、お願いします」

 エルフさんが語るに応じて、足元に魔法陣が浮かび上がります。

 それは間髪を容れず、ブォンブォンと眩く輝き始めました。

「待て、まだ話は終わっていないっ!」

 その瞬間、王様がタナカさんに跳びかかりました。

 これには護衛の騎士様も虚を突かれたようです。

「あ、おいっ!」

 エルフさんの驚愕と共に、魔法が発動しました。

 見慣れたお店の風景も、そこに詰めかけた人たちの姿も、全てが一瞬にして消え失せます。目の前が真っ暗となります。こればかりは何度経験しても慣れそうにありません。僅かな時間でありますが、とても不安な気持ちになります。

 そして、次の瞬間、我々は空の高いところに浮かんでおりました。

「ひぃっ!?」

 足の下に感触がありません。

 反射的に蹲るよう膝を曲げてしまいます。見れば隣で父親もまた、私と同じような姿格好を晒しておりました。なんというか、親子であることを否応に意識させられる光景でありましょうか。

「くっ、少しばかり移動先がずれてしまった……」

 エルフさんが忌々しげに呟かれました。

「なな、な、なんだこれはっ!?」

 王様もまた、私ども親子と同様に酷く驚いていらっしゃいます。

 それでも我々が地上へ落ちゆくことなく宙に浮かんでいるのは、恐らくエルフさんかタナカさんが、咄嗟に身体を浮かす魔法を用いて下さったからでしょう。移動して直後、幾らばかりか身体がガクンと落ちましたが、今は落ち着いております。

「せっかくの機会ですから、陛下にご紹介します。こちらがフィッツクラレンス公爵の治める街、ペニー帝国とプッシー共和国を繋ぐ国一番の城塞都市、ドラゴンシティとなります。ただまあ、今はまだ都市と名のれるほどの人口はございませんが」

「っ……こ、ここに、娘がいるのか?」

「はい」

「…………」

 眼下の光景を目の当たりとして、王様は閉口です。

 これは勝手な想像ですが、街の周囲を幾重にも囲う巨大な壁を確認してのことでしょう。空から眺めるそれは圧倒的です。私もそう多く経験がある訳ではありませんが、それでも判断できます。首都カリスのそれを遥かに超えております。

 そんな街が、僅か数ヶ月で作られてしまったのです。

 そして中央には、ドラゴンさんの作られた天辺が見えないほどの塔が。

「すみませんが、エディタさん。陛下を元の場所にお送りして貰えませんか?」

「え? あ、あぁ、それくらい構わないが……良いのか?」

「お願い致します」

「……分かった」

「ま、待てっ! 私と娘を会わせっ……」

 次の瞬間、エルフさんと王様の姿だけが消えました。

 その様子を眺めては、ボソリ、呟かれたのがタナカさんです。

「そろそろ頃合ですね」

「え?」

 咄嗟に振り返ったところ、彼の視線は遠く。遠く。

 首都カリスの方角に向けられておりました。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ