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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫

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魔王復活 八

本作のコミカライズ、掲載サイトのオープンが来週の28日になります。
http://comicride.jp/

どうぞ、よろしくお願い致します。

 ドラゴンシティの拡大に際しては、色々と問題が浮上した。

 その一つ一つを丁寧に解決することで、我々は来るべき時に向けて、着実に支度を整えていく。一日、また一日と時間が過ぎてゆく。街は目覚ましい勢いで規模を増してゆく。同所を訪れる人も、少しづつではあるが、着実に数を増えていく。

「タ、タナカさん、あのっ!」

 町長宅の廊下を歩んでいると、後方から名前を呼ばれた。

 この響きは間違いない、我らが愛しのソフィアちゃんだ。

「どうしました?」

 何気ないふうを装い振り返る。

 すると、廊下の角を曲がったところから、パタパタと忙しげに掛けて来る彼女の姿があった。メイド仕様のフリルスカートがはためく様子が素晴らしい。叶うことなら、もう少し短いのが良かった。リゾート地に体験したモロ見え仕様が恋しい。

「また難民の方々が来ているのですが……」

「なるほど」

 以前、プッシー共和国側から縦ロールの領土の人たちを受け入れたことを皮切りに、国内外から難民が引っ切りなしである。少ない日は数名、多い日は数十名という規模で人口が増えていっている。

 もちろん、全てを全て受け入れることはない。ちゃんと人柄や生い立ちを確認した上で都度、受け入れの判断をしている。つい数日前には、盗賊団が難民を装い街へ入り込もうとして、ヌイたちから手痛い反撃を受けていた。

 ちなみに街や住民に被害を出すことなく敵を迎撃したヌイたちには、町長から直々に専用の宿舎として、ロリゴンタワーの低層階を数フロアばかり利用する権利が与えられたという。ヌイたちは大層のこと喜んでいた。めっちゃキューンキューンしていた。

「規模はどの程度でしょうか?」

「えっと、百人くらいだと聞いていますが……」

「すぐに向かいます。ご連絡ありがとうございました」

「は、はい、お願いしますっ」

 流石にこればかりは他人任せにできない。

 或いはゴンちゃんあたりであれば、自分より上手くやってくれるのではないかと思う。けれど、彼は他に多く仕事を抱えている。故にこの手の仕事は醤油顔の担当として、対応に当たらせて頂いている。



◇◆◇



 新たに作られた住宅街を囲う最外郭の壁の外側、難民の一団と向かい合う。

「あ、あの、貴方さまが、こちらの街の代表の方でしょうか?」

「ええ、そのようなものです」

 難民側の代表者は五十を過ぎた男性だ。

 些か寂しさを感じさせるブラウンの頭髪と、あちらこちらにシワの寄った肌。表情は疲れくたびれており、土埃にまみれた衣服はところどころ解れていたり、破れていたり。こちらへ訪れるまでに、相応の苦労を重ねてきただろうことが窺える。

 そんな彼の背後には、目算で百名前後の人々が立ち並んでいる。ソフィアちゃんの教えてくれた通りだ。彼ら彼女らもまた、男性と同様に疲弊している。とりわけ女性や子供が多く見られる。成人男性が圧倒的に少ない。

「こ、こ、こちらの街には、なんでも魔王の魔法を防いだ非常に高名な魔法使い様と、その方が従える大きなドラゴンがいらっしゃると聞いたのですが……」

「ええ、そうですね。うちの町長です」

「ほ、本当なのですか?」

「本当ですよ」

 些か真実とは異なる。伊達に噂などという形で伝わってはいない。ただまあ、最終的に人が集まってくれたのなら、そこまで細かいことに拘る必要はないだろう。

 こちらの街で生活を始めたのなら、すぐに噂の元となった事実を目の当たりとする筈である。

 なんせ街の住居の半分は、今まさに話題に上がったドラゴンが、一つ一つ手ずから建てているのだ。

「更に噂だと、あの、こ、こちらでは住民を募集しているというようなお話で……」

「そうですね。概ね間違ってはおりません」

「お、おぉっ……」

 男性の顔が喜びに綻んだ。

 当初よりペニー帝国とプッシー共和国を結ぶ宿場町として稼いできたドラゴンシティである。噂の巡りも随分と良いようで、ここ最近は難民に限らず、この手の噂を耳としてやってくる人たちも多い。

 というのも、魔王の攻勢は未だに続いているそうだ。

 レッサーデーモンのような魔族っぽい魔物が、各国で姿を現し始めたそうである。ヌイたちですら苦労する手合であるから、これを追い払うのは結構な労力だろう。おかげで戦力を持たない中小規模の村や町は混乱の只中にあるのだとか。

「しかしながら、無条件で安全と住居を提供している訳ではありません。街に帰属するのであれば、対価として税を支払って頂くことになります。これを飲むことが出来ない場合は、すみませんがお断りしています」

「あの、よろしければ詳しい条件をお聞かせ願えませんでしょうか?」

「その前に皆さんの事情をお伺いしたいのですが、構いませんか?」

「はい、それはもちろんでございますっ」

 代表の男性から、彼らがドラゴンシティまで流れてくるに至った理由をご確認。

 この時点で問題がなければ、八割方は街に入って頂いている。

 今回のケースはといえば、レッサーデーモンと思しきモンスターに追い立てられて、住む場所を失ってしまったとのことだった。働き盛りの男衆が極端に少ないのは、襲撃に際して戦いに出て、そのまま帰らぬ人になったのだとか。

 似たような背景を抱える難民は多い。実際に数えた訳ではないので、なんとも言えないのだけれど、ドラゴンシティにおける女性の割合は、六割を超えるのではなかろうか。ふらり繁華街などを歩んでみると、夜でも女性の姿のほうが多かったりする。

「そういったことであれば、我々も力になりましょう」

「ほ、本当ですかっ! よろしいのですかっ!?」

「こちらの街での詳しい規則を説明しましょう。そちらに沿って頂けるようであれば、我々は皆さんを受け入れます。ただし、街の中で問題を起こした場合などは、その限りではありませんので注意して下さい。色々、他とは勝手が違いますので」

「はいっ、どうぞよろしくお願いいたしますっ!」

 おかげで童貞はヤル気は鰻登りだわ。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 本日、メイドは首都カリスへやって参りました。

 数週ぶりの帰郷でしょうか。

 もちろん、決してお粉を買いに来た訳ではありません。

 魔王様を発端とした騒動の報告が、連日に渡り届けられる昨今、田中さんからお声掛けを頂戴した次第です。どのようなお声掛けかといいますと、もしも都合が合えば一時的にでも、ドラゴンシティでお店を出しては如何だろうか、といったものです。

 どれだけ駄目な親でも、私にとっては唯一の肉親です。

 心配して貰えて、とても嬉しかったです。

 そんな彼の提案へ素直に甘えさせて頂いたところ、首都カリスにございます。

 ちなみに移動はエルフさんが手伝って下さいました。本来であれば数日を要する旅路を、エルフさんの魔法を用いれば一瞬でございます。彼女自身も首都のアトリエに用事があったとかで、ご一緒させて頂いた形でしょうか。

 十中八九、私に気を遣って下さったのだと思います。本当に素敵な方であります、エルフさん。いつか、いつの日か、これまで助けて頂いたあれこれを、ご恩返しできたら良いなと強く想います。

 そんなこんなで本日のランチは、エルフさんを実家にお招きです。

 以前、首都カリスを訪れた際には、彼女のお宅に泊めて頂きました。代わりといってはなんですが、今回は私の実家で、自慢の料理など食べて頂けたらと考えた次第です。どうしようもない父親ですが、作る料理はそれなりですからね。美味しいですよ。

「ほほう、随分と流行っているようじゃないか」

 昼食の時間帯、人の出入りする店を眺めてはエルフさんが呟かれました。

 確かに流行っております。

 外まで人が並んでいるのは、私も久しく見ていない光景でしょうか。

 働き者の看板娘が留守で、ちゃんと捌けているのか疑問ですね。

「は、はい、そのようですね……」

 ただ、流行っているのは実家に限りません。

 お隣にあるミカちゃんちの道具屋にも人が大勢です。

 向かいにあるお店も、そのまた隣にあるお店も、一様に繁盛しております。どこか近場で催しの類でも開かれているのでしょうか。たまにその手の集まりがあると、このような活気となるのです。

「あの、席は私の部屋でも用意できるので、ど、どうぞ、お入り下さい」

「気遣いをすまない。世話になる」

「はいっ」

 細かいところは父親に聞けば教えてくれるでしょう。常連さんがいらっしゃっていれば、そちらに訪ねても良いです。冒険者の方などは情報通ですから、首都界隈での出来事であれば、多少の値引きであれこれと教えて下さいます。

 エルフさんと共にお店に入ります。

 すると入店して直後、見知った人たちから声を掛けられました。

 私が実家を留守にしていたのは周知の事実でありますから、あれよあれよと人だかりが出来てしまいました。なんでもお偉い貴族さまに攫われて、とてもエッチな目に遭っていたのではないか、というが父親を含めた皆さんの見解でした。

 まあ、仕方がないような気はします。

 だってタナカさんですから。

 私もそうなるものとばかり考えておりました。むしろ何故に手を出さないのか不思議です。口説かれたこともありません。毎日のように接しているにも関わらず、相手にされていない感じが、女としてのプライドが日々傷ついてゆくのを感じます。

 でも、視線だけは感じるのですよね。

 正直なところ、彼が何を考えているのか、よく分かりません。

「……本当に変なことはされていなかったのか?」

 厨房から姿を表した父親が、お客様の面前に問うてきます。

 酷い父親です。

 デリカシーが足りていません。

 タナカさん以下ですね。

「さ、されてませんっ、とても良くして頂いています!」

「そうなのか? だが、そ、そのメイドの姿格好は……」

 言わんとするところは理解できます。

 ここ最近、メイド服が馴染んできております。

 朝起きて気づいたら、この格好に着替えております。

「関係ないです。今は貴族の方の下で仕事をすることも多いんです」

「そ、そうなのか」

「だから、あの、もうこういった話は……」

 チラリ、自然とお客さんに視線が向かってしまいます。

 恥ずかしいじゃないですか。

「あぁ、そ、そうだな。しかし、無事で良かった。私もお前が無事で嬉しいぞ」

「…………」

 どの口でそれを言うのでしょう。

 これまでの経緯を思うと、如何せん信じられませんね。

「しかし、その、なんだ? 当面はこっちで生活できないか?」

「どうしてですか?」

「今はほら、色々と危ないだろう? 隣のプッシー共和国だって、魔王の魔法を喰らって城が吹き飛んだという話じゃないか。ドラゴンシティといったか? そんな小さな地方都市なんて、魔王が攻めてきたら一発だろうに」

 父が語るに応じて、店に居合わせた常連の方々からも、同意の声が飛んできました。

 しかしながら、個人的には首都カリスの方がピンチだと思います。

 タナカさんもドラゴンさんも、既にこちらから離れてしまいましたから。

「それに対して、首都カリスは凄いぞ? ここの街は宮仕えの偉い魔法使いさまが、巨大なドラゴンを従えて守ってくださっているんだからな。おかげで近隣諸国からは人が集まってきて、連日お祭り騒ぎの入りようだ」

 見てみろと言わんばかりに店内を見渡しては語ります。

 すると居合わせた面々は、そうだそうだ、言わんばかりに頷いて見せます。皆さんのお顔には例外なく笑みが浮かんでおりますから、多分、心の底から今し方に語られたお話を信じているのでしょう。

「…………」

 お店が繁盛している理由を理解でしょうか。

 事実はどうあれ、恐らくは御上からそのような通達が合ったのでしょう。

 なんとも複雑な気分です。お話に挙がったのは、十中八九でタナカさんとドラゴンさんのことでしょう。そして、お二人は今、ドラゴンシティに戻ってしまいました。共に街作りに夢中です。首都カリスを守ってくれる方は、もう首都におりません。

 だからこそ、私も実家まで戻ってきたのです。

「ん? オマエたちは何を言っているだ?」

 当然のようにエルフさんから疑問の声が上がりました。

 すると、私の父を筆頭として常連のお客さんたちは、やれやれだと言わんばかり、あれこれと語り始めました。それはつい数週前、タナカさんからお伺いした、首都カリスに放たれた魔王様の魔法を巡る一件です。

 見ず知らずの誰かであれば、わざわざお互いの関係を悪化させてまで、私たちが躍起となって否定する必要はありません。しかしながら、今この場にいらっしゃるのは実の父親と、昔からお店を贔屓にして下さる常連さんです。

 そして、このメイドにも少なからず、思いやりの心というものはございます。

 故にご説明させて頂きました。

 私が知る限り、ドラゴンシティを巡るあれこれです。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 場に居合わせた方々に対して、一頻りを語らせて頂きました。

 ペニー帝国の一大事を救ったのが、ドラゴンシティで町長を勤めるドラゴンさんであること。また、彼女がどのような存在であって、共に行動しているのが、今の私のご主人様であること。共に併せまして、それはもう然りと。

 結構、息巻いていたかもしれません。

 すると、父さんからは当然のように疑問の声が。

「それは本当なのか? そもそもタナカ男爵といやぁ、処刑されたばかりだ」

「そ、そんなことないですよっ! ちゃんと生きてますっ!」

 過去何度か危うい状況に遭遇しましたが、それでもタナカさんは生きています。おかげで今現在では、彼が亡くなるという状況がまるで思い至れません。どれだけひどい目にあっても、翌日にはひょっこり、どこからともなく姿を現しそうです。

 ただ、如何せん世間に露出しない人です。

 ドラゴン退治の折にも、私の丁稚などと噂されておりました。

 おかげで貴族となってからも、悪い噂ばかりが先行しております。

「だから、あの、お、お父さんっ、一緒にドラゴンシティに来て欲しいの。タナカさんには許可を貰ってるから。繁華街の一等地にお店も用意してもらっていて、一時的でもいいから、魔王の騒動が落ち着くまでの間だけでもって、そう言って貰えていて……」

「あの時の男が、そ、そんなことを言っているのか? 流石にそれは……」

 あぁ、そうです。

 こういう時は確か、お偉い人を巻き込むのが良いそうです。

 タナカさんが言ってました。

 そして、昨今のドラゴンシティには、これに相応しい方が滞在しております。

「王女殿下も一緒です! あと、に、西の勇者さまも一緒なんです!」

 私だけの証言では少しばかり影響力が足りません。

 反射的に縋るような視線をエルフさんに向けてしまいました。

 一人より二人。二人より大勢。数というのは大切だと思います。これもタナカさんが仰っておりました。執務室で仕事をしていると、たまにふらりと現れては、色々と教えて下さるのです。

「その点に関しては間違いない。私も実際に両名と会ったからな」

 嬉しいです。エルフさんに証言して頂けました。

 これを受けて、場の空気が一変しました。

 各所で声が上がり始めました。

 ありがとうございます。ありがとうございます。

 タナカさんから講釈を受けている最中は、正直、適当に聞き流しておりました。そんなの当たり前だと、鼻で笑う勢いにございました。ですが、こうして自ら語る側に回ると、なんというか、今更ながらに実感でしょうか。

 当たり前のことを当たり前に、語るべきときに語れる、それが大切なのでしょう。

「……それは本当かね?」

 父の傍ら、今まで黙って話を聞いていた商人の方が声を上げました。

 常連の方ですね。

 幾度と無くお酒の席で、自慢話を聞いた覚えがあります。

 結構なお金持ちだとか。

 タナカさんと同様、お尻や胸にやたらと視線を向けて下さる方です。

「そのドラゴンシティというのは、ペニー帝国とプッシー共和国の国境沿いにある街で正しいのかな? そちらは確か、タナカ男爵家が取り潰しとなったあと、フィッツクラレンス公爵家が引き取ったと聞くが……」

 どうやら興味を持って頂けたようです。

 となると、ドラゴンシティの帳簿を預かる身としては、率先して宣伝しておきたいところです。ここ最近、タナカさんが意欲的に街を拡大していらっしゃいますからね。ここで商人さんの行き来を増やすことは、きっと街の為になることです。

「は、はい、プッシー共和国と領地を接しています! あ、そういう意味だと、エステッ……フィッツクラレンス子爵も街にいらっしゃいます。つい先日まで、お世話をさせて頂いておりましたっ!」

「なんと! そ、それは本当かねっ!?」

「本当ですっ! あの、し、信じられないようであれば、是非見に来て頂けたら嬉しいです。あそこの街は移民の方を受け入れていまして、もしよろしければ、私の方からタナカさんにご紹介させて頂きます」

「ふぅむ、それはまたなんとも……」

 この問答を皮切りとして、質問の声が店内の随所より上がり始めました。

 タナカさん、やりました。メイドはやりましたよ。

 どうやら興味を持ってもらえたようです。

「しかし、そうなると君自身もまた、相応の役にあるように思えるが……」

「い、いえっ、滅相もありませんっ! 私はただのメイドでしてっ!」

 他にも縦ロール様やアウフシュタイナー様など、お偉い方々は沢山いらっしゃいます。

 代わりにメイドは、ここぞとばかりに街の様子をご説明させて頂きましょう。

 商人の方々の間で、噂の一つとして広まってくれたのなら、ドラゴンシティとしては大きな利益でございます。ここ最近は難民の受け入れで街の収支がぐらついておりますから、これを立て直す意味でも、勢い良く宣伝するべきだと思うのですよ。

 そうすれば私も、気持良く帳簿を付けられるというものです。

 ヌイさんたちのエサ代も安心して増やせます。

 ここは是が非でもお客様の注目を集めましょうではありませんか。

「すみません、エディタさんにお願いしたいことがあるのですが」

「ん? なんだ?」

「しばらく実家で家の手伝いなどしていきたいと思うのですが……」

「あぁ、そういうことか。ならば数日したら迎えに来よう」

「ありがとうございますっ」

 たまにはメイドも皆さんと一緒に、達成感とか味わってみたいのです。

 もちろん荒事は苦手です。剣を振るったり、魔法を使ったり、そういうことは出来ません。しかしながら、町中での噂話とあらば、それこそ町娘のテリトリーだと称しても過言ではございません。伊達に飲食店で看板娘をしておりませんでしたとも。

 ええ、それはもう頑張りますよ。

「おい、ところでメシはもう食べたのか?」

「あ、それなんですけど、私と彼女の分を作って下さい」

「あいよ。奥の席が空いたから、そこを使ってくれ」

「え? あ、でも、外にお客さんが……」

「久しぶりに娘が貴族の下から帰ってきたんだ、少しくらい構わねぇだろう」

「……お父さん」

 ふふん、私の父親も、たまには格好いいこと言うではないですか。

 父さんに食事をお願いしたところで、エルフさんと連れ立ち、奥の席に向かいます。丸いテーブルに椅子が三つばかり設けられた席です。これに向かい合わせの位置で、各々腰を落ち着けました。

「なんだ、いい父親じゃないか」

「そうかもしれないです」

 なんだかんだでちゃんと育ててくれましたしね。

 それからしばらく、エルフさんと世間話などしながら、料理の到着を待っておりました。最中には店内から聞こえてくるお客さんの話に耳を傾けることも忘れません。どうやらタナカさんやドラゴンさんのことは、頻繁に話題に上がっているようです。

 これなら新しく噂を流すにしても、非常にやり易そうです。自分が気になっていることほど、人は気軽に他人へ喋ってしまうものですから。これまでの経験に鑑みれば、早ければ数日で、何かしら反応が見られるのではないでしょうか。

 ややあって、食事が運ばれてきました。

 テーブルの上に湯気を上げる、巨大な丼が置かれました。

「父さん、あの、これは?」

「どうだ? スゲェだろ。とっておきを使ってみたんだ」

 メニューは私の好物の丼モノです。主食の上に具材が乗せられた、父親の創作料理となります。ポイントはその中央に落とされた半熟の卵でしょうか。これを具材と一緒にかき混ぜて、勢いよく頂くのが最高なのです。

 ただ、いま目の前にある丼は、サイズが尋常では普通ではありません。

 普段なら片手に上げられる程度の器で作るのですが、今、我々の前に出されたそれは、大きな鍋に収まっております。本来であれば、もう少し涼しい季節に、皆で汁物など囲って食べるときに使うものです。

「凄く大きな丼だな……これ、何の卵なんだ?」

 エルフさんも興味津々といった様子です。

 大きな丼の他に、取り皿が私と彼女の正面に並べられました。

 各々で取り分けて食べろということでしょう。

「二人で仲良く食ってくんなっ! 滅多に手に入らねぇもんだからな」

 よく分からないけれど、まあ、美味しそうなので良しとしましょう。こうしている最中も、良い香りが鼻腔を刺激します。実家以外では食べることが出来ないので、眺めるのも久しぶりです。思わず涎が溢れてきてしまいました。

 しかも本日に限っては特注仕様です。

「いただきます!」

「わ、わたしもいただこうか」

 丼から小鉢に取り分けて、いざ一口目を運びます。

 すると、どうしたことでしょう。

「っ……」

「ぉお、これは……」

 美味しいです。

 身構えていた以上に美味しいではありませんか。

 特に上に乗った卵が最高です。

 卵本来の味が、じんわりと口の中に広がっていく感覚が堪りません。自然と手が進みます。途端に口数が減って、エルフさんと一緒にはぐはぐとやってしまいます。どうやら彼女も気に入って頂けたようで、一心不乱に食べていらっしゃいます。

 エルフさんが口の周りを黄色くしているの可愛いです。

「おう、その様子だと気に入って貰えたみたいだな」

「父さん。この玉子って何の卵なの? 凄く美味しい」

 こんな美味しい卵、初めて食べました。

 幾らでも食べられそうです。

「いや、それが俺にも分からないんだよな」

「……え?」

「さっきも色々と話に上がったが、お城の上に魔法陣が降ってきたことがあっただろう? それで、やたらと大きなドラゴンが出てきて、ズバッと豪快にブレスを吐いて、首都の空がチカチカと眩しくなった日だ」

「は、はい……」

「あの日、空から降ってきたんだよ。そこの屋根を突き破って、いきなり落ちて来やがたんだ。ほら、あそこのところ板で補修がしてあるだろ? 床も凹んでる。あそこに落ちてきたんだ。なのに殻にはヒビも入っていなくてな」

「…………」

 父親の視線が指示す先、そこには確かに修繕の跡が見られます。私が出て行く以前には無かった跡です。天井と床には釘で板が打たれております。素人の私にも、その施工が真新しいものであることは判断できました。

 おかげで心の内側、不安な気持ちが鎌首を擡げました。

 エルフさんも食事の手を止めて、父さんを凝視しております。

 彼女のこんなギョッとした表情、私は初めてみますよ。

「近いうちに人を集めて食べようと思ってたんだが、娘が無事に帰ってきたとあれば、これを振る舞うのが父親ってもんだろう。どうだ? 正直なところ、俺も味見の段階で、これ以上ない出来だと思ったんだが」

「…………」

「…………」

「どうした? あまりにも美味くて、うまく説明ができないってやつか? いやもう、卵を割るのは本当に大変だったんだ。包丁で何度も叩いたからな。最後は二つ隣の武器屋から、ミスリルの剣を借りてきて、ガツンガツンとやってようやくだ」

 父さんの声が妙に遠くに聞こえます。

 どうしましょう。

「サイズも一抱えあったから、茹で加減には特に気を遣ったな。上手く半熟にできたのは奇跡だ。もう一回やれと言われても、流石にこればかりは約束できねぇわ。それくらいの最高傑作だな、この丼は……ん、どうした? 二人揃って変な顔をして」

 食べてしまいました。

 我々は食べてしまいました。

「おい、ま、まさかこれは……」

「は、はひっ……」

 間違いありません。

 ドラゴンさんの無精卵、こんなところにありました。

 しかもその、どうにも困ったことに、なんて美味しいのでしょうか。ドラゴンさんの産んだ卵、美味しすぎます。出処を理解して尚、それでも食事を続けたいと強く願ってしまうほどでございます。

 これから私はドラゴンさんに、どんな顔で会えば良いのでしょうか。当時、大きくなった自らのお腹を、慈しむように撫でていた彼女の姿が、ふと脳裏に蘇りました。圧倒的な罪悪感が、これを食したメイドの心を軋ませます。

「…………」

「…………」

 多分、エルフさんも私と似たような感慨を抱えているのではないでしょうか。ひどく複雑な表情で、目の前の食事を見つめていらっしゃいます。丼の上、半熟に茹でられて、形を崩した卵黄のどろりと具材に絡んだ、酷く食欲を唆られる光景を。

「なぁ、ソ、ソフィア……」

「は、はひっ!」

「これは、その、なんだ……」

「……だ、大丈夫です! 理解しておりますっ」

「うむ、せっかく……せっかくだからなっ。こうなってしまっては、むしろ手を付けない方が失礼にあたるだろう。ヤツも……そ、それなりに苦労して産んだのだ。ならば我々は、これを美味しく頂くのが、たぶん、正しいのだっ! たぶんっ!」

「は、はいっ、そのとおりだと思いますっ!」

 ごめんなさい。ごめんなさい。

 ドラゴンさん、ごめんなさい。

 事実を知って尚も我々は手は、あぁ、丼に伸びてしまいます。駄目だと思いながらも、伸びてしまいます。大きな丼に山盛りとなっていた私の好物は、瞬く間に目減りして、気づけば二人で完食しておりました。

 ドラゴンさんの卵、それはもう美味しゅうございました。

 あの愛らしい姿を見る目が変わってしまいそうで、少し怖いです。
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