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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫
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魔王復活 六

人物紹介のページを更新いたしました。
飯野まこと先生、ありがとうございます。

本作のコミカライズ日程が決定いたしました。
コミックライド上で「7月28日」からとなります。
担当して下さるのは刻田門大先生です。
 ドラゴンシティに戻って数日が経過した。

 首都カリスからは、某公爵の使者を名乗る人物たちが、連日に渡り情報を持ってきてくれる。それによれば魔王様の攻勢は未だに続いているらしい。つい先日には首都カリスに続いて、隣国のなんとかという国の首都に魔王様の一撃が直撃したそうだ。

 おかげで人類国家はてんやわんやの大騒ぎとのこと。

 半端ねぇのな、魔王様。

 ここまで圧倒してくれると、魔王という単語を使うことにも抵抗が少ないわ。

「タナカさん、あの、こちら終わりましたので確認をお願いします」

「あ、はい」

 執務室でソフィアちゃんと二人、帳簿など付けながらしみじみと思う。

 麗らかな昼下がり、他に人の姿もない同所はとても静かで、自分と彼女の息遣い、そして、ペンの紙を撫でる音だけが響く。苛烈極まる世界の情勢とは一変、なんて穏やかな空間だろうか。

 ちらりメイドさんに視線をやれば、真剣な表情でデスクに向かう横顔が。

 素晴らしい。

 その傍らで丸椅子に腰掛けて、彼女が上げた書類をチェックする醤油顔はと言えば、まるで現役学生にマンツーマンする家庭教師のようではないか。

 そう、永遠の憧れだった、このポジション。学生の時分には面接で落ちまくった、家庭内ティーチング。過去の屈辱を思い起こしては達成感を噛みしめる。

 世界を超えて、童貞は一つ夢を達成したのではなかろうか。

 十代の女の子に家庭教師。

 そんな小さな夢が、あっても良いと思うのだ。たぶん。

「…………」

 そしていつか、より情熱的な個人授業へ移りたいと切に願う。

 メイド姿のソフィアちゃん。可愛い。

 あぁ、セックスしたい。

 後ろから挿入した過ぎる。

 お腹を大きくしたメイド姿のソフィアちゃんが笑顔でピース。

 プリクラ撮りたい。

「あの、タナカさん、こちらの書類なのですが……」

「あ、はい」

 しかしながら、幸福な時間はそう長く続かない。

 ホクホク気分で過ごすブサメンの耳に、不躾なノック音が響いた。

「おう、旦那! 居るかっ?」

 続いて届けられたところはゴンちゃんの声だ。

 くそう、もう少しソフィアちゃんと共にある時間を味わっていたかった。

 その喪失感はと言えば大したものだ。偶然から電車で隣の席に座って下さった、可愛らしい制服姿の女子学生。それが数分ばかりの後、目的の駅で自身より先に降りてしまったような、そんな寂しさがある。

 こんなことなら、もう少し横目てチラチラしておけば良かったと。

「これはゴンザレスさん、どうしました?」

「失礼するぜ」

 ひと声かけて廊下より姿を表すスキンマッチョ。

 ギィ、バタン。ドアが勢いよく開いて閉じたかと思えば、早足でこちらに歩み寄ってくる。ソフィアちゃんが腰掛けたデスク。その片端らに腰掛けた醤油顔の下へ、ずずいと移動しては、真正面から向かい合う形だろうか。

「旦那に相談がある」

 語るゴンちゃんの表情は極めて真面目だ。

 致し方なし、こちらもソフィアちゃんタイムを終了である。

「面倒ですか?」

「ノイマンのヤツが、うちの連中を率いて見回りに出ていたんだが、随分な報告を持って返って来た。なんでも旅団規模の難民が、この街を目指して向かってきているらしい。詳しい数は知れないが、少なくとも四桁近いという話だ」

「……ノイマンさんが見回りですか?」

 事務方代表である彼がお外へ出るとは珍しい。

「あぁ、旦那の言いたいことは分かる。だが、これはヤツが言ってきたことだ。俺も止めたんだがな。どうしても行かせてくれと言われたんで、うちの精鋭を付けてやった。ただまあ、ここまで大きな問題を持って帰ってくるとは思わなかったがよ」

「なるほど」

 多分、奥さんとの関係で、色々と思うところがあるのだろう。男という生き物は、無性にやんちゃしたくなる時があるものだ。それが今まさにノイマン氏の下に訪れているのだろうとは理解できる。

「ノイマンさんは無事なのでしょうか?」

「当然だろ? 俺の団を舐めてくれるなよな」

「ありがとうございます」

 良い笑顔を浮かべて語るゴンちゃん。その姿にホッと胸を一撫で。

 或いはこの男に任せておけば、自ずと霧散するかもしれない不倫劇。黄昏の団に揉まれて、男として一皮むけたノイマン氏のアウトローな冒険者生活も、決して遠くない未来のように思われる。

 しかしながら、醤油顔は諦めないぜ。彼が宮中に輝く晴れ姿を。

「ちなみにどちら側から?」

「プッシーの側からだな」

「分かりました。そういうことであれば、対応いたしましょう」

「追っ払うか? それなら……」

「全面的に迎え入れましょう」

「お、おい、いいのか!?」

 ブサメンが口にしたところ、酷く驚いた顔となるゴンちゃん。

 それはそうだ。四桁ともなれば、現在のドラゴンシティの運営人員を超える。下手をせずとも圧倒するだけの規模だろうか。素直に受け入れては、逆に街を乗っ取られてしまうのが関の山である。

 相手だって少なからず、そういったことを考えての移動と思われる。

 ただ、我々には力がある。

 人を圧倒する人外のパワーが。

「ただまあ、どういった方々か、事前に確認は必要でしょうね」

「……分かった。アンタのことだ、きっと上手くやるんだろう」

「ありがとうございます」

 自分とロリゴンが励めば、街は幾らでも大きくできるだろう。

 しかしながら、そこに住まう人々はそうもいかない。今後の目的を思えば、当初の想定であったスパ施設から離れて、本格的に街としての体裁を整えてゆくべきだろう。中長期的な目標の設定というやつだ。

 頑張りどころである。



◇◆◇



 足を運んだ先は街を囲う壁の外側。

 プッシー側の正門から出て少し歩くと、そこでは二つのグループが正面から向かい合っていた。内一方は醤油顔も見知った顔がちらほらと。どうやら黄昏の団でも顔の怖いどころが出張ってきているようだ。先頭にはノイマン氏の姿もある。

 これに対するのが、ゴンちゃん曰く難民だろう。

 思ったよりも小綺麗な姿格好をしており、馬車の類も多く見られる。難民というよりは、巨大な旅団と称したほうが適切かもしれない。ちらほら貴族と思しき姿格好の人間も見られるから、これはなかなか、ちょっと想定外かもしれないぞ。

「タナカ、来たか」

「お待たせしました、ノイマンさん」

 ゴンちゃんと連れ立ち、ノイマン氏の傍らに並ぶ。

「状況を確認したいのですが」

「あぁ、それなんだが……」

「何か?」

「どうやら我々と領地を接する貴族が率いた一団らしい」

「なるほど」

 マジかよ。

 縦ロールの領地の人ってことじゃん。

 これは流石に想定外だよ。もしかして、ここ最近の魔王様を巡るドサクサに乗じて、紛争での雪辱を晴らそうという魂胆だろうか。そうなったら、おう、難民の受け入れどころの話ではない。

 少なからず緊張した面持ちで相手に向かう。

 一段の所在は声が聞こえるギリギリの辺り。黄昏の団を率いるよう先頭に立ったノイマン氏から、数十メートルの地点に一塊となっている。これに向かい幾らばかりか歩む。仮に戦闘となっても、他の面々を巻き込まずに済む距離まで一人で移動だ。

 都合、相手集団、醤油顔、ドラゴンシティの面々が等距離で縦に並ぶ形だろうか。

「私はこの辺りの領地を任されたペニー帝国側の代表です」

 声も大きく語りかける。

「貴方たちの目的はなんでしょうか?」

 すると先方より反応があった。

 一団の先頭、馬に跨った貴族風の男性からだ。

「我々はプッシー共和国、アハーン子爵領及び近隣に住まう者だ」

 やっぱりだよ、縦ロールのところの人たちだ。

「アハーン子爵領の方々が、我々の街へ如何様でございましょうか?」

 もしもドラゴンシティが街として規模相応の戦力しか備えていなければ。尚且つ、彼らが全員、兵として教育を受けた者たちであるのならば。今この瞬間、真正面から攻めたとしても、十分に落すことが可能だろう。

 実際はどうあれ、攻めて来るにも不思議でない背景だ。いつぞや草原の空で大量の七色魔法と追いかけっこした経験は記憶に新しい。正直、あれは生きた心地がしなかった。敵の大将に攻める気があれば、自信に繋がるだけの戦力である。

 などとあれこれ考えていたのだが。

「恥を忍んでお願い申す。どうか我々を難民として、ペニー帝国へ亡命させてはもらえないだろうか。事を荒立てるつもりはない。信用がならないというのであれば、当面は壁の外においてくれるだけでいい。もちろん相応の金や情報は持ってきた」

「…………」

 なんだそりゃ。

 想定外の弱気にむしろ驚いた。

「あぁ、貴殿には覚えがある。いつぞやの小競り合いに際して、この辺りで一軍を率いていた男であろう。その節の寛大な対応に、我々はとても感謝している。あれだけの規模の戦闘でありながら、一人の死者も出さずに終わらせた采配、まさに感服である」

「……理由をお伺いしてもよろしいですか?」

 寝首をグサリとか笑えない。

 流石に不気味なものを感じた。

 すると、返されたお話は完全に想定外。

「……領主様が戻られないのだ」

「領主様というのは……」

「アハーン子爵が戻られないのだ。すぐに戻ると出て行ったきり、一向に戻ってくる気配がないのだ。領主は行き先不明のまま不在、城は消し飛んだまま、更にプッシー共和国の首都は魔王からの一撃で吹き飛び、こんな不安、どうしてくれよう?」

「…………」

「我々は居ても立ってもいられないのだ。どうか、どうか我々を受け入れて貰えないだろうか? それが難しいのであれば、せめてアハーン子爵の行方をしらないだろうか? どうか、どうか教えてもらいたい。もう、あの街の近くには住んでいたくないのだ」

 縦ロールのやつ、本当に色々と放り出して来ていたようだ。

 行き先くらい伝えて上げなさいよ。

 それでも普通なら、ここまで妙なことにはならないだろう。上がいなくなれば、下が元気になりそうなものだ。領主に成り代わろうとする者など、幾らでも手を挙げるだろう。降って湧いた子爵領の座である。放っておく道理はない。

 しかしながら彼らはといえば、そうして生まれた空白地帯を捨ててまで、小競り合いを繰り返して止まない隣国への亡命希望である。改めて一団の表情を窺ってみれば、老若男女、誰も彼も縋るような眼差しでこちらを見つめている。

「またいつ街が襲われたらと思うと、とてもではないが我々は、我々は……」

「……なるほど」

 ロリゴン襲来から始まった彼らの受難は、確かに大したものかもしれない。二桁近い戦力差を覆された黄昏の団への敗北、エステルちゃんの記憶喪失から一向に復旧が始まらない領主の城、更に魔王様の魔法による自国首都の崩壊。どれも際立ったものがある。

 たぶん、そうした災害の繰り返しに、心が挫けてしまったのだろう。

 なんかもう色々と面倒臭くなることって、あるよな。

 よく分かるよ。

 全てを捨てて誰かに縋りたくなる気持ちって。

「どうか頼む。そこらかしこがごたついており、もう他に行く先がないのだ。いつ何時、またあの魔法が飛んできて、今度は我が身が焼かれるかと思うと、領民の誰もが、夜も眠れない不安に苛まれておるのだ」

 縦ロールも縦ロールだろ。全てをすっぽかしての人質役とは想定外である。

 最初に出会った時は領主として領民を云々、偉そうに語っていたような気がしないでもない。ただまあ、なんだ、あの手のタイプは自分が楽しければ、割と周りには目が行かなかったりする。既に領主であった事実など、頭から抜け落ちているのだろう。

 お陰で領土の人たちが可愛そうなことになっているが。

「これは市井の噂に聞いたのだが、こちらの街にはなんでも、レッサーデーモンさえをも圧倒する、とても高名な魔法使い殿がいらっしゃるそうで、もしよろしければ、是非ともお目通りをと……」

「分かりました。貴方たちを受け入れましょう」

「本当かっ!?」

 交渉を努める貴族の男を筆頭として、一団の顔にパァと笑みが浮かぶ。

 そこまで顕著な反応を見せられると、なんかもう可哀想になってきたぞ。

 また、こちらとしても決して悪い提案ではない。下手に素性の知れない難民を受け入れるより、身分も確かなお隣さんが住民として移住して下さるというのであれば、全力でお迎えさせて頂きたく候。

 いつぞや紛争での丁寧な対応も手伝い、相手の我々に対する感触は悪くない。

 自身のみならず、領民も一緒に連れてきた代表貴族の懐の広さもグッドだ。

「ですが、流石に無条件で全員を即日、という訳にはいきません。まずは身分の高い方と、そのお付の方を街へお通しさせて頂きます。それ以外の方に関しては、壁の外に建物を用意しますので、そちらを利用下さい。流石にスペースはありませんので」

「まことにありがたい! それで十分だ、どうか頼む!」

「しばらくしてから改めて人を寄越しますので、それまでに人の都合を付けておいて下さい。二、三十名であれば問題ありません。残りの人たちに関しては、すみませんが建物を要するまで、少しばかり待っていて下さい」

「分かった。それと建物の方だが、どの程度で用意が整うだろうか?」

「窓ガラスや家具の類が揃うまでには数週を要すると思いますが、壁と屋根、床を揃える程度であれば、二、三日で済ませられるでしょう。特別に欲しい設備や施設などあれば、事前に伝えてください」

 ロリゴンにも協力してもらおう。

 もう既に幾らか作っているから、それを宛てがっても良いだろう。ここ数日で壁の外側は、だいぶ建造が進んでいる。あぁ、いやでも、どうせなら色々と注文を聞いて、住民に喜んで貰えるモノを作りたいよな。

 そうだよな。

 住むんだったら、やっぱり憧れの注文住宅だよな。

 パパは書斎、ママは中庭、そして僕は屋根裏の秘密部屋ってヤツだ。

「……え?」

「どうしました?」

「あ、いや、二、三日でというのは……」

「長期間の野宿は大変ですからね。あとで詳しいところを窺いに参ります」

「そ、そういう心配をしているのではなくてですなっ……」

「あちらを御覧ください」

 少しばかりトーンを上げた男の声を遮り、壁の側を指差す。

 すると、同所では今まさにロリゴンが、街の正門を抜けてトコトコと歩む姿が見つけられた。口笛など吹きながらご機嫌そうである。彼女の姿を目の当たりとして、男は反射的に口を綴じた。何事かとその行く先に注目する。他の面々もまた同様だろうか。

 しばらくロリゴンの歩く様子を眺める。

 やがてその足は、疎らに建物の立った壁の外側を、幾分か開けた場所まで至る。

「…………」

 右を見て、左を見て、ここで良いだろう! みたいなアクション。

 ややあって、同所に土木魔法を行使である。

 足元に魔法陣が浮かんだかと思えば、次の瞬間、巨大な壁が勢い良く立ち上がった。それもただの壁ではない。表面にはわざわざ石積みを思わせる凹凸が、壁紙よろしくデザインされた、非常にオシャンティーな一枚である。

 それが次々と大地から生えては、瞬く間に建物としての形を作ってゆく。

 飛び出す絵本さながらだ。

「なっ……」

 難民たちの表情は一様に驚愕だった。

「あれがこの街の町長です。ストーンウォールを用いてはおりますが、あれで中身は歳を重ねたドラゴンでして、少なくとも我々の寿命が尽きるまでに崩れることはありません。安心して居住して頂けたらと思います」

 ヤツの土木魔法は、気密性と遮音性には定評があるのだ。

 未だに真似できていないのが実に悔しい。マジ悔しい。

「……ドッ、ドラ、ドラ、ドラゴンっ!?」

「細かいところは、こちらのノイマンにお申し付け下さい」

 醤油顔が視線で指し示す先、いつの間にやら傍らにやってきていたノイマン氏が、恭しくも頭を下げて応じる。一ミリたりとも礼儀を崩さない姿勢は、如何に他国とはいえ、相手が貴族である為だろう。

 こういう彼のいちいち律儀なところ、リチャードさん辺りと相性が良さそうだ。

「それでは私はこれで失礼しますね」

 必要な出番はこれで終わり。回れ右。

 一連の決定をゴンちゃんやソフィアちゃんにご報告しなければ。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 大変です。タナカさんが大量の難民を受け入れてしまいました。

「しかし旦那よ。連中のメシはどうするんだ? 治安の問題もある」

 早々にゴンザレスさんがご意見を出されました。

 ここ最近になって、街は段々と軌道に乗りつつあります。当面、御上に収める分に不便することはないでしょう。また、全体の流れからすれば瑣末ではありますが、メイドの勝手な判断で、貯蓄も少しづつ始めております。

 ですが、今回の一件はその全てを吹き飛ばす影響があります。

 帳簿をお預かりしていた手前、悲しくも理解できてしまうのです。

「そうですね……」

 もしかしてタナカさん、今まさに考えていらっしゃるのでしょうか。

 メイドは気が気でありませんよ。デスクに向かった姿勢のまま、書類を捌く手も止まり、耳を傾けてしまいます。脇の下がジクジクと湿り始める気配を感じます。ここ最近、下着の脇の部分が黄ばむのです。数週を着用した限りで、黄ばんでゆくのです。

 認めたくない自らの肉体の変化でございます。

 タナカさんのシャツの黄ばみを笑えません。

 ついに私も、黄ばみ仲間になってしまいました。

「…………」

 街のお金の事情とか、こんなことなら見なければ良かったですね。母親が家を出て行って直後、赤字に次ぐ赤字を計上していた実家の家計簿でも眺めている気分です。それはもう慌てました。生きた心地がしませんでした。

 幼くして奴隷の二文字が脳裏に過ぎった瞬間でございます。

「正攻法でいくなら、リチャードさんに泣きつくのが良さそうですね」

「そんなことができるのか? 確か前に言ってただろ、ほら、他所の助けは借りられねぇとか。それで嬢ちゃんと一緒に、ああだこうだと悩んでたのを俺は知ってるんだからな? その辺とか大丈夫なのか?」

 一時期あった規則です。

 たしか、他所から融資は受けちゃ駄目という規則です

 なんでもペニー帝国の宰相様から、直々に頂戴したとのことでした。

 正気の沙汰とは思えないお話に、当時の私は心が死にました。

 本当にどうなっているのでしょうかと。

 この国は狂ってしまったのかと。

「実は現在、こちらの街の所有権、いいえ、我々の領地の全てはリチャードさんの預かりとなっております。これまでは私の領地であったため、色々と面倒な制限がありましたが、それらも全てが撤廃されたと考えて問題ありません」

「本当かっ!? いやしかし、相手は国を代表する公爵だろう? いけるのか?」

「だからこそ、ポケットマネーで解決できる規模だと思いますよ。彼ならば」

「……アンタが言うなら、きっと大丈夫なんだろうな」

「リチャードさんに借りを作るのは些か怖いですが、ここは素直に借りておくのが良いでしょう。今この瞬間、我々の街の規模を工面しておくことには、とても大きな意義があると私は思います。それはもちろん、彼にとってもです」

「分かった。旦那がそう言うなら、こっちは手足になって動く限りだぜ。なんたって黄昏の団は、タナカ男爵の騎士団だからな! ただ、事前に言っておくが、他の誰にも仕えたつもりはねぇ。そこんところは履き違えるなよな?」

「ありがとうございます。それでも万が一の時は、一緒に他所で一旗上げましょう。きっと町長も付き合ってくれると思いますよ。例えば暗黒大陸など、なかなか刺激的で良いのではないかと思います」

「おいおい、たまらねぇな」

 どうやら、エステル様のご実家から、支援を受ける形でお話がまとまったようです。帳簿をお預かりさせて頂くメイドとしては、これまた非常に心労の溜まりそうな予感でございます。できることなら街の中だけで完結していたかったです。

 あぁ、脇の下がヌルヌルしてまいりました。

 これって臭いとか、大丈夫なのでしょうか。

 よく自分の臭いは、自分では気付きにくいとか言いますよね。

「問題は治安ですね……」

「一応、そっちは俺たちの方で踏ん張る予定だけどよ」

「そうは言っても数が数ですからね。現在も町長が張り切って建物を増やしておりますから、近い将来、人手不足が顕著となることは間違いないでしょう。しかしながら、私としてはむやみに、ゴンザレスさんの団に人を入れることはしたくありません」

「嬉しいことを言ってくれるじゃねぇか。しかし、だったらどうするつもりだ?」

「そうですね……」

 難民を迎え入れる上で治安の維持は非常に重要な問題です。

 過去、難民の受け入れに失敗して国力を落とした国には枚挙に暇がないそうです。そのような話を市井ですら耳とします。多くは国力の増強を狙って行われた施策が、裏目に出て自滅という運びだそうです。

 当然といえば当然でしょう。

 その土地に愛着のない方々が大勢やってきたら、散らかるのも当然です。

 故にメイドは不安です。

 今でこそ安定を保っているこちらの街が、ペニー帝国のスラム街のようになってしまうのではないかと、大変な危惧を感じております。なんだかんだで私もまた、こちらの街に愛着が湧いているようです。

 出来ることなら、末永く平穏であって欲しいですね。

 一銭もお金を払っていないのに、スラム街が勝手に住宅街として復興する。

 そんな摩訶不思議なこの街を、私はとても愛おしく思っております。

「……ヌイたちにお願いしてみましょう」

「あぁ? ヌイだぁ?」

「はい。彼らであれば、十分な抑制力となることでしょう」

「いやちょっと待てよ旦那、流石にそれは難しいんじゃねぇのか? 相手は小型とはいえドラゴンだぞ? たしかに随分と街の連中に懐いているようだが、そこまで望むのは流石に無茶ってもんじゃねぇか? 下手をしたら街が内側から滅ぶぞ?」

「何事もやってみなければ分かりませんよ。事実、私はヌイたちが町の外から訪れた脅威に対して、街の人々を守るべく動いている様子を確認しています。上手く行けば、これ以上ないパートナーとなるでしょう」

「……相変わらずぶっ飛んでるな」

「試してみる価値はあると思います」

「まあ、アンタがそういうなら止めねぇけどよ……」

「ありがとうございます。後で町長に頼んでおきましょう。お手数ですがゴンザレスさんは、ヌイが街中を見て回る旨、各所へ告知をお願いします。万が一にも町民から攻撃などされては堪りませんからね」

「お、おうっ」

 まさか話を振られては大変ですから、メイドは仕事に戻りましょう。

 一生懸命、帳簿と格闘している振りをさせて頂きましょうとも。

 あぁ、そうですね。こちらの書類の支出の欄にある、来月からのエサ代という部分、少し多めに修正しておくとしましょうか。お仕事が増えたら、その分だけ普段より食べたくなるのは、きっと人もドラゴンも変わらないと思います。

 そして、お腹さえ膨れていれば、意外と問題は起こらないものです。

 飲食店の娘としては、誰もが満腹であることが、やはり大切だと思うのですよ。



◇◆◇



 ゴンちゃん主導により、二、三日ほどの時間をかけて、ドラゴンシティの平民街に対するヌイたちの派遣が交付された。貴族街に関しては、まあ、相応に民度が高いと思われるので、今のところは放置しても問題ないだろうとの判断である。

 対して、街に出入りするお客様からの反応は薄かった。

 それとなく繁華街など人の多い通りを歩んでは、ヒアリングなどしてみたところ、ふぅん? って感じだった。多分、これまでもチョコチョコと出入りする個体があったのだろう。今更そんなこと言われても、みたいな。

 事実、自身が通りを歩いている最中にも、露天の軒先で店主から干し肉の類を貰っている個体を発見した。完全に愛玩動物である。店主の投げたそれを、見事空中でキャッチしては、美味しそうにモッチャモッチャしていた。与えた側も満面の笑みだ。

 ということで、ヌイの受け入れ体制は十分と醤油顔は判断。

 いざロリゴンを伴い、我々はスラム街までやってきた。

 ここ最近、訪れる度に見違えるほどの修繕を披露する同所は、既にスラム街とは言えないまで復旧が為されて、完全に住宅街の体である。子供たちが路上で楽しそうに遊ぶ様子を眺めては、まさか青姦を楽しめる空間とは思えない。

 そして結論からすると、ヌイたちはロリゴンに良く従った。

『よぉし! それじゃあオマエたち、頑張って街の為に働くのだぞ!』

「キューン!」

「キューンキューン!」

「キューーーン!」

 鶴の一声とでも言うのだろうか。

 ヌイたちは町長から指示を受けるやいなや、スラム街から街全体へ、活動の場を移すべく散っていった。元気良く四足で駆けてゆく様子は、凶悪なステータスに似合わない愛らしさだろうか。完全に愛玩動物である。

 その姿を満足気に眺めて、ほっぺをもっちりさせているのがロリゴン。

『ふふん、なかなか可愛いヤツらじゃないか』

 満更でもなさそうだ。

 多分、子分でも出来たような気分なのだろう。

 種としては同じドラゴン系統らしいしな。

「ありがとうございます。おかげで上手く進みそうですよ」

『まぁな! 私は町長だから、これくらいのことはやるぞ!』

 無事に交渉を終えたクリスティーナがドヤ顔で語る。

 これで当面は様子見だろう。

 どこまで上手く運用できるかは知れないが、少なくともロリゴンが町長を出張っている限り、そう大きな問題は起こらないのではないかと、楽観的に考えている。なんだかんだで、スラム街の住民とも上手くやって来た実績があるしな。

 ちなみに同所で暮らしていた住民たちに関しては、壁の外に作った新興の住宅街に移って頂く予定だ。最初は渋っていた彼ら彼女らだが、近いうちに住宅街の外側にも壁を作るつもりだとお伝えしたところ、存外のこと素直に頷いて出て行った。

 おかげで醤油顔は、安心してスラム街の復興に乗り出せるって寸法よ。

「前から気になっていたのだけれど、どうして街にヌイがいるのかしらぁ?」

 ちなみにブサメンの傍らには何故か縦ロール。

 スラム街へ向かう道すがら出会ったのだ。暇を持て余していた彼女だから、案の定、私も一緒に行くわぁ、とのことで、スラム街まで付いて来た次第である。ちなみにキモロンゲはと言えば、自室で昼寝の最中らしい。ここ最近、ヤツのたるみ具合が酷い。

「まあいいじゃないですか。そういうこともありますよ」

「正気の沙汰とは思えないわぁ」

『なんだ? 文句があるのか?』

「べ、べつにぃ? そういう訳ではないのだけれどぉ……」

 クリスティーナに凄まれて、勢いを失う縦ロール。

 思えば珍しい組み合わせだろうか。

「ちゃんと報酬を支払うつもりです。彼らと我々は対等ですよ」

「……そういう意味でもないのだけれどぉ」

 そこいらの森から自主的に拾ってきたなどとは、ヤツらのステータスを確認した後では流石に言えない。しかも最初は数匹だったのに、気づいたらいつの間にか三桁近い数に増えている。たぶん、どこからか仲間を呼んできたのだろう。

「仲良くやっていきましょう。多分、大丈夫ですよ」

『それじゃあ私は行くぞっ! まだまだ作るものがあるからなっ!』

「承知しました」

 意気揚々と去ってゆくロリゴン。

 これを縦ロールと共に見送る。

 その姿が通りの向こう側に消えて、見えなくなった頃合だろうか。

「勝手にプッシー共和国側に街を伸ばしたりして、後で知らないわよぉ?」

「悪いとは思いますよ。しかし、それを貴方が言いますか?」

「だってぇ、ダメだって言ってもやるんでしょう?」

「ええまあ、そうですね……」

「いつにも増して強引じゃないのぉ。酷い男だわぁ。それも事後報告だなんてぇ」

 言わんとするところは理解できる。

 しかしながら、今の醤油顔には明確な目的がある。ノイマン氏の名誉を取り戻すという、非常に具体的な目標が。その為には多少の争いも厭わないと決めたのだ。縦ロールには悪いが、ここは我を通させてもらおう。

「今回ばかりは、私も少しばかり思うところがございまして、すみませんが幾らばかりかはみ出させてもらいます。今後、街の運営が安定してきましたら、頂戴した領地の借料に相応の対価を支払わせて頂くということで、ダメでしょうか?」

「あら、良いのかしらぁ?」

「はい。お約束いたします」

「それは楽しみねぇ。えぇ、とても楽しみだわぁ」

 ニィと縦ロールの瞳にサドの気配が宿る。

 処女に身ぐるみ剥がされるなら、あぁ、どんと来いである。

 処女は良い。処女が良い。

「それにしても、貴方がそこまで必至になるなんて、魔王を相手に世界征服を競争するつもりかしらぁ? まさか、大聖国の聖女に意趣返しする為だなんて、そんな小さいことは言わないわよねぇ」

「いいえ、もう少し個人的な理由です。貴方からすれば酷く瑣末なものでしょう」

「……ふぅん? 個人的、ねぇ」

 こちらの真意を図りかねた様子で、顎に手など当ててみせる縦ロール。

 ノイマン氏の不倫劇はドラゴンシティのトップシークレットである。彼女が真実に辿り着くことは決してないだろう。少なくとも彼の不名誉が挽回されるまでは。

「まあ良いわぁ。そういうことなら、貴方に組みして上げるわぁ」

「ありがとうございます」

 縦ロールの領地にはみ出した街の拡張、実は割と気にしていた。こうして領主から直々に許可を得ることが出来たのは幸いである。プッシー共和国全体からすれば、問題大ありかも知れないが、当面はこれで凌げるだろう。

 とかなんとか、縦ロールとあれこれ領主トークしていた最中のこと。

「ア、アハーン子爵ではありませんかっ!」

 不意に声が響いた。

 つい最近になって聞いた声である。意識をそちらの側へ向けたところ、目に覚えのある男性が立っていた。つい数日前、大勢の領民を引き連れて亡命を嘆願してきたアハーン子爵領の貴族である。

 彼の傍らには他に連なるよう、同じく貴族と思しき人々の姿が見て取れる。誰も彼も酷く驚いた様子で縦ロールのことを見つめている。

 他方、そんな彼らを率いるよう、傍らにはノイマン氏の姿がある。

 もしかして街の案内の最中だったりするのだろうか。

 いやしかし、何故にスラム街へ来た。

「ノイマンさん、これは?」

「ここは街の中で唯一、住民が住まう区画だろう?」

「そうですね。しかし、今は移住の最中でして、人も疎らなのですが……」

「一応、どのような雰囲気であるか、ご案内を差し上げようと思ってな。それにここにはヌイたちがいる。これまでもその存在を知る者から度々声が上がっていた。事前に知らせておかなければ、色々と面倒になると考えたのだが」

「なるほど」

 ここは住宅街じゃないんだけれどな。

 スラム街なんだけれどな。

 くそう。

「アハーン子爵っ!」

 醤油顔とノイマン氏はさておいて、男性貴族が縦ロールに向かう。

 駆け足だ。

 途中で転けそうになるほどの駆け足だ。

 十代の小娘相手に迫るその姿は、なんだ、ほら、相当切羽詰まってたのだろうな、なんて思うよ。自分より一回り上の、いい年したオッサンなのに。どれだけ今まで心細かったのだよって。俺も縦ロールに甘えたい。処女に甘えたい。

「ひ、久しぶりねぇ? こんなところで会うなんて、とんだ奇遇かしらぁ?」

 一方で縦ロールはと言えば、やっちまった感を顕わとする。

 多分、今の今まで忘れていたのだろう。

 部下が領地の行方にシクシクと涙を流している最中、リゾート三昧だったのから酷い話だ。一連の慌て具合を鑑みるに、もしかしたら縦ロールのお目付け役的な立場で、子爵領の近隣に領地を持つ下位貴族だったりするのかもしれない。

 そう考えると出会って当初の狼狽具合も納得だろうか。

「このような場所でなにをなさっていたのですかっ!?」

「えっと、そう、そうねぇ? えぇと……」

 酷く困った顔で、視線はあっちへ行ったり、こっちへ行ったり。

 ややあって、はたと何かに気づいた様子で彼女は答えた。

「視察よぉっ! わたくしはこれまで、タナカ男爵領を視察をしていたのよぉっ!」

「視察……ですか? 何故に隣国の男爵領を視察されていたのですか?」

「そんなの決まっているじゃないのぉっ!」

「そ、そうは言われましても、私には何がなにやら……」

「わたくしはアハーン子爵領領主、ドリス・オブ・アハーンとして、ここに宣言するわぁっ! これよりプッシー共和国のアハーン子爵領は、ペニー帝国のタナカ男爵領に組みすることを! 互いに手を取り合い、対等な関係で国を超えた同盟となることをっ!」

「なっ……」

 貴族たちの表情がこれまでにない勢いで強張る。

 それはそうだろう。

 醤油顔もビックリだ。

「ドリスさん。流石にそれは勢いが過ぎるのではありませんか?」

「先程の話、まさか忘れた訳ではないでしょう?」

「ええまあ、それはそうですが、しかし……」

 なんてこった。

 相変わらず油断ならないロリータだ、縦ロール。

 その圧倒的な判断能力及び決断能力は、他者の追従を許さないところにある。

「わたくしはタナカ男爵より、この場で証言を得るわぁっ! 二つの領地が一つになったところで、同男爵は我々子爵領の民を決して不当に扱わないことを! 自国領民となんら違わぬ待遇でもって迎え入れるのだとっ!」

「ほ、本当ですかっ!?」

 皆々の視線が醤油顔に向かう。

 ペニー帝国とプッシー共和国の関係を思えば、本来はあり得ない話だ。

 あり得ないのだ。

 しかし、だからといって、この状況で嫌だとは言えない。

 言葉を濁すことも許されない。

 何故ならば、童貞は処女が大好きだから。

「承知いたしました。そのように致しましょう」

 致し方なし、うなずかせて頂く。

 ちょっとはみ出るだけのつもりが、まるっと両肩に降ってきた形だ。先っちょだけ、先っちょだけ、そんなふうに呟かれて、けれど、勢い良く根本まで入れられてしまった処女の気持ち、今なら少しだけ理解できるかも知れない。

「聞いたかしらぁ? ペニー帝国へ降った魔王への一撃、これを退けた者の言葉よぉ? この街に組している限り、わたくしたちの安全は確かなものとなるわぁっ! その為に働くならば、どれだけ抵抗があるかしらぁ?」

「なんとっ、そうなのですかっ!? あの無慈悲極まる一撃をっ!」

「そうよぉっ! そうなのよぉっ!」

 いや、あれはロリゴンの仕業だ。

 ブサメンは見ていただけである。

 ただまあ、今は黙っておこう。

 その方が色々とやり易いだろうし。

「流石はアハーン公爵家のお嬢様、素晴らしい采配にございますっ! まさか、ここまで先を見据えて動いていらっしゃったとは、このセニョール、感嘆の極みにございますっ! これまでも、そしてこれからも、誠心誠意お使えさせて頂きますっ!」

 縦ロールの口上に応じて、ヘヘーッと頭を垂れるプッシー共和国の貴族一同。

 これにはノイマン氏も困った顔だ。

「おぉぉぉおおおおっほほほほほほほほほほほほほっ!」

 スラム街界隈に、普段にも増して大きく、縦ロールの高笑いが響き渡った。

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