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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫
102/131

魔王復活 五

人物紹介のページを更新いたしました。
飯野まこと先生、ありがとうございます。

また、MだSたろう先生がTwitter上でイラストを公開して下さっております。
非常にラブリーなエディタ先生とロリゴンです。ありがとうございます。
 所在は変わらず首都カリスの一角だ。

 ロリゴンの妊娠を巡るあれこれが氷解したところで、話題は次へ移る。

 偶然にも居合わせた面々に対して、醤油顔は少しばかりお話をさせて頂いた。内容はつい先刻、メルセデスちゃんや王女さまより頂戴した魔王様を巡る騒動及び、自らが考えるに至った危機的状況だ。

「暗黒大陸から戻って直後、馬車の中で説明をしていた魔族の転移陣か……」

「はい」

 フィッツクラレンス子爵領に所在するキモロンゲ所有のワープゲートについて、事前に情報を持っていたのは、当時居合わせたロリゴンやゴンちゃん、魔道貴族、それと後日に改めて情報共有した先生といったところか。

「エディタさんもご存知のとおり、ゲートの続く先は暗黒大陸の深部となります」

「流石に放ってはおけないな」

 魔法陣の連結先を改めて確認したところ、表情を厳しくする先生。

「これまではゲロスさんが管理していらっしゃったので、取り立てて問題にすることはありませんでした。ですが魔王が復活した昨今、同施設が彼女の意向で利用される可能性は、決して無視できないものです」

「……なるほど」

「幸い魔王からの一撃は、クリスティーナさんのおかげで未然に防ぐことができました。しかしながら、転移施設に関しては確認がとれていないので、これより早急に戻ろうと考えております」

 本当は大聖国へ向かう予定だったのだけれどな。

 良くないことというのは、得てして続けざまに訪れるものだ。

「というか、貴様、あの魔族にそこまでの信頼を置いていたのか?」

「彼が信じるドリスさんを私は信じておりました」

 マゾ奴隷とご主人様。

 その関係は、信用するに値する。

「っ……そ、そうか? まあ、そ、そ、そういうことなら……ぅむぅ……」

「ですので早急に街へ戻ろうと思います」

「そ、そうだなっ、急いで戻るぞっ! 私も行くからなっ!?」

「ありがとうございます。エディタさんが一緒だと心強いです」

「任せろっ! なんたって最強だからなっ! さ、最強っ!」

『ぐるるるる、だったらさっさとしろ』

「う、うるさいっ!」

 当初の予定通り、ドラゴンシティへ向かって飛ぶ流れとなった。



◇◆◇



 ドラゴンシティまでの移動は、エディタ先生の移転魔法で一発だった。

 飛行魔法を用いれば半日を要するところ、僅か数秒で見慣れた光景が広がる。移転先は街の上空数十メートルといった地点である。我々の傍らを過ぎて、更に天上へと伸びるロリゴンタワーの存在が、同所がドラゴンシティに相違ないことを確証させた。

 当初は飛空艇での移動を想定していた王女様やノイマン氏も巻き込んで、一同、まとまっての移動だろうか。空間魔法とやらは非常に高度なモノらしく、居合わせた面々は誰も彼もが感嘆の声を上げていた。

 おかげでロリゴンがとても悔しそうな顔をしている。

 先生が初白星だ。本人はまるで気づいていないけれど。

「お、おい、あれはレッサーデーモンじゃないかっ!?」

 移転の後、空に浮かんだ我々の眼下には、ドラゴンシティが広がる。

 その一角を指し示して、エディタ先生が吠えた。

 同所では何やら危なそうなシルエットの化物が十数匹ほど暴れていた。

 見た感じ確かにデーモン的なデザインのモンスターである。サイズは二メートルほど。二足歩行に目覚めたトカゲに大きめの羽を生やしたような出で立ち。肌は総じて紫色であって、頭部には二本一組の角が生えている。

 ちなみにモンスターが暴れているのは、あろうとこか南地区に作り上げたスラム街である。当該区画が荒れる分には構わない。むしろモンスターによる蹂躙という、極めてナチュラルなダメージ加工が素晴らしい。

 しかしながら同所には、ペニー帝国とプッシー共和国の紛争を受けて、村を失った難民たちが滞在していた筈だ。まさか見捨てる訳にはいかない。渋々とはいえ受け入れたことは事実である。これを守るのは領主の役目だろう。

「どの程度の手合でしょうか?」

「知性に劣る一方、エルフを凌ぐ魔力と下級ドラゴン並の身体能力を備えている。街の者たちが相手取るには敷居が高い。黄昏の団の連中であっても、複数匹となれば少なくない犠牲を伴うだろう。とはいえ、貴様の知り合いの魔族と比較すれば遥かに劣る」

 流石は先生、博識だ。

 ありがたい情報を頂戴したぜ。

 っていうか、素直にステータスを見ろよって話だよな。

 適当にサンプルを見繕ってウォッチング。



名前:ドーマン
性別:男
種族:レッサーデーモン
レベル:121
ジョブ:派遣
HP:9101/10001
MP:10003/15003
STR:9310
VIT:5500
DEX:3435
AGI:8903
INT:13001
LUC:9555



名前:ヘルマン
性別:男
種族:レッサーデーモン
レベル:109
ジョブ:派遣
HP:4500/9900
MP:7999/13010
STR:8100
VIT:5000
DEX:4010
AGI:7009
INT:11999
LUC:10055


 ハイオーク辺りとタイマン張れそうなステータスだ。

 群れればレッドドラゴンが相手でも良い勝負しそうである。

 そんな連中が今まさに、なにやら小さくてモフモフした生き物と喧嘩の最中にある。なんといったっけ、ほら、あれだ、スラム街の害獣枠として補填した、ああそうだ、ヌイとか言う生き物である。小型のやたらとステータスが高いやつ。

 レッサーデーモンたちのHPが減っているのはその為だろう。ちょっと空からだと区別がつかない。ただ、このレベル帯のモンスターと対等にやり合える小動物はと言えば、他に当てがない。むしろ居たら怖い。

「……戦っているのは、ヌイでしょうか?」

「確かにそのようだ。しかし、人の目でよく見えるな?」

「以前、スラム街で確認した覚えがありまして」

「そ、そうなのか」

 小さいのが元気よくレッサーデーモンとやらの周りを飛び回っている。

 ただ、過去に確認したヌイのステータスもまた、連中とドッコイであった都合、両者の争いの行き着く先は苛烈を極めることだろう。事実、どちらも少なくないダメージを受けているように思われる。

 過去、スラム計画を邪魔された点を思えば、見て見ぬふりをするという選択肢もある。自らの手を汚すことなく、ヌイたちを排除することが出来るかもしれない。しかし、彼らは戦っている。他の誰でもない、スラム街の為に戦っている。

 だとすれば、そう、同じくスラム街を愛する者として、援護せざるを得ない。

「この状況では、まさか見ている訳にもいきませんね」

 今このタイミングでとなると、十中八九で魔王様かそれに準ずる誰かの手引であることは間違いない。ここ最近の交友を思えば、キモロンゲが為したとも思えない。気味が悪いものだが、そう言い切れる程度にはヤツを信用している自分新発見。

 縦ロールの処女膜に賭けて断言できるわ。

「このまま現場に向かいますっ」

「待て、わ、私も行くっ!」

『街を守るのは町長の仕事だ、どけぇっ!』

 先生と醤油顔を押しのけて、我先にとロリゴンが飛んでゆく。

 それ背を追いかける形で一同、現場へと急いだ。

 ソフィアちゃんを筆頭として、魔法を使えない面々に関しては、エディタ先生の飛行魔法により身体を支えられている。都合、皆々で共に空を移動する形だろうか。高度を下げつつ、目的の区画に向かいひとっ飛びである。




◇◆◇



 スラム街に辿り着いて直後、我々の視界に入ったのはレッサーデーモン。

 そして、レッサーデーモンと果敢にも戦闘を繰り広げるヌイたち。

 それが二、三十匹ほど。

 やっぱり増えてるぞ。

 醤油顔が拾ってきたのは二、三匹の筈だったのに、どうしてここまで増えたのだろう。顔を合わせる度に増えている気がする。ただまあ、今は数が多いことに感謝だろうか。おかげで彼らは戦えている。

 しかも、どうやらヌイたちはスラム街のみならず、そこに住まう住民までをも守っているようだ。単純な力関係で測れば、彼らと難民とは一方的な捕食関係しか成り立たない。これを否定するだけの交流が、このスラム街では行われていたのだろう。

 領主的に考えて、なんかちょっと悔しい。

 おかげで数に勝る彼らだけれど、決定打を取れずにいるようだ。

『ほぅ……』

 一連の光景を目の当たりとして、ロリゴンの口から声が漏れた。

 どうやらヌイの活躍に関心しているらしい。

 腕組みなどして、大上段から偉そうにも語り見せる。

『なかなか勇ましいじゃないか! 如何に末席とはいえ、伊達に私と同じ系譜に連なっていないな! 格上の相手にも果敢に挑む、それでこそドラゴンだっ!』

「クリスティーナさん?」

 格上の相手にデフォで怯むロリゴンが言うと、ちょっと違和感ある。

 ただまあ、今は素直に顔を立ててやるとしよう。

 なんたって町長だし。

 それに首都カリスでは、果敢にも魔王様の一撃に挑んで見せたし。

『だけど、流石にレッサーデーモン相手では厳しいだろうから、ここは町長である私の出番だ! いいか? 手を出すなよ? ドラゴンの恐ろしさというヤツを、あの連中に思い知らせてやらねばならない!』

 醤油顔を筆頭として、我々に言い聞かせるよう語って見せる。

 その立ち振舞は、不出来な後輩の頑張る姿に触発された先輩のそれを思わせる。意外と同族に対しては甲斐性があるみたいだ。ロリゴンが出張るのであれば、ひとまず問題はないだろう。大人しく任せることにしようじゃないか。

「分かりました。全てお任せします」

『当然だっ!』

 短く呟いて、騒動の場へと身を飛ばすロリゴン。

 自身の他、皆々はこれを空から見守る形だろうか。エディタ先生の言葉を信じるのであれば、クリスティーナの圧倒的な有利は間違いない。ただ果たして、人間の姿を晒す彼女に、ヌイたちは気づいてくれるだろうか。

 両者の間に滑り込んだロリゴンの姿を目の当たりとして、ヌイたちの動きが止まった。酷く驚いた様子で、彼女の姿を見つめる。しかし、それも僅かな間のこと、すぐに牙をむき出しとして、唸り声を上げ始めた。

 どうやら警戒しているらしい。

 きっと新しい敵が現れたとでも思ったのだろう。

 ロリゴン、完全に敵認定だわ。

『敵を見誤るなよ。私はこの街の町長だぞ? 偉いんだぞ?』

 対する彼女はと言えば、構わず彼らに背を向けて敵に向かう。

 闘いの場へ予期せず現れた闖入者。

 レッサーデーモンたちから威嚇の声が上がる。ギャースギャースと幾つも連なった咆哮が、界隈に響き渡る。応じてヌイたちは、殊更に警戒の色濃く身構える。一方で難民たちは一ヶ所に集まって怯え震える。

『ドラゴンを舐めるとどうなるか、私が直々に教えてやる』

 語ると同時にロリゴンが、横薙ぎに腕を振るった。

 酷く何気ない仕草だった。

 ただ、腕を振るわれた先、レッサーデーモンの一体が切断された。それはもう綺麗に上下で真っ二つである。どうやら目に見えない何かが飛んで、対象の肉体を切断したのだろう。エアカッター的な。正直、格好良い。憧れる。

「っ!?」

 一様にレッサーデーモンたちの意識がロリゴンへ向かう。

 かと思えば、次の瞬間、示し合わせたように一群が動いた。

 彼女の下に枚挙する。

『ふふんっ、威勢が良いじゃないか!」

 これに笑みを一つ浮かべて、腕を二度、三度と振るうロリゴン。

 応じて一匹、また一匹と敵モンスターが倒れていく。正確に致命傷となる部位を狙っている。照準は完璧だ。縦に真っ二つとか、横に真っ二つとか、三枚おろしとか、それこそ悲鳴を挙げる暇もない。

 数分と経たぬ間にレッサーデーモンは全て地に倒れた。

 クリスティーナの圧勝だった。

「ド、ドラゴンさん凄いです……」

 すぐ傍ら、ソフィアちゃんの感嘆が響いた。

 ちらり様子を伺うと、膝をガクブルさせている。うちのメイドさんには少しばかり刺激的な光景であったようだ。それとなく視線を巡らせれば、彼女の傍らには瞳を輝かせる王女様の姿がある。果たしてロリゴンの勇姿に何を思ったのだろう。

『どうだ! これがドラゴンの力だっ!』

 笑顔となった我らが町長の勝利宣言が、近隣一帯に響いては聞こえた。

 モンスターたちの絶命が確かなものとなったところで、我々もまた彼女の下へと向かう。ソフィアちゃんやノイマン氏が一緒であるから、兎にも角にも安全第一である。飛行魔法に身体を浮かせて、ふよふよとその傍らに着陸だろうか。

「お疲れ様です、クリスティーナさん」

『ぜんぜん疲れてないっ! 疲れてなんてないぞっ!』

「そのようですね」

 ふふんと鼻息も荒く、胸を張ってみせる。

 その癖、良い仕事した感を出している。

 完全に調子に乗っている。

 これに顕著な反応を見せたのがヌイたちである。

「キューン」

「キューン、キューン」

「キューーーン」

 何やら可愛らしい鳴き声を上げて、次々とその場にひっくり返り始めた。自らの腹をロリゴンへ見せつけるよう、万歳の姿勢で仰向けにゴロンである。それが幾つも並ぶものだから、なんだろう、スゲェ癒される。

『ふふん、どうやら今の姿であっても理解できるようだな!』

 仰向けとなったヌイたちを眺めて、満足気な表情となるロリゴン。

 恐らくは絶対服従とか、最上位の尊敬とか、その手の類の意思表示なのだろう。キューンキューンと可愛らしい声を上げながら、もふもふとした白い毛の生える腹を見せるヌイたち。いつぞや醤油顔とエンカウントした際とは雲泥の差である。

 やっぱり、ちょっと悔しいぞ。

『私がこの街の町長だ! おまえたちの勇敢な姿に、私はとても満足しているぞ。これからも街を大切にするといい。そうすれば私はおまえたちを末永く見守っていてやろう。ちゃんと約束してやる!』

「キューン」

「キューン、キューン」

「キューーーン」

 町長からの言葉を受けて、呼応するようキューンキューン。遂にロリゴンにも直属の私兵が生まれた。ステータスを思い起こすと、些か不安が残らないでもない。反乱されたら黄昏の団でも厳しい。

 でもまあ、住民との関係は良好のようだし、仲睦まじいあり方を眺めるに、放っておいても問題はなさそうだ。むしろ、下手に排除を試みる方がリスク高い。少なくともロリゴンからの反感は大きそうだ。

 っていうか、こんなモフモフしているのにドラゴンとか、詐欺だよな。

 しかし、本当にどこから仲間を呼んで来たのか。自分がそこいらから攫ってきた当初と比較して、数十倍に膨れている。このまま放っておいたら、どこまで増えるのかちょっと不安である。

 ロリゴンにはちゃんと面倒を見てもらいたいところだ。

「おい、タ、タナカ、いいのか? ヌイが街中を歩きまわるなど……」

 ノイマン氏から不安そうな声が上がった。

 当然と言えば当然の訴えだ。

 牙を向かれたら即死であるからして。

『……まさかこいつらを、こ、殺すのか? おい、そ、そんなの駄目だぞっ!?』

 酷く驚いた表情でこちらに向き直ったロリゴンが言う。

 めっちゃ驚いてる。

 え? マジで? みたいな顔で訴えられた。

 プニプニだったほっぺが一瞬にして強張ってしまった。

 良くないな。あぁ、良くない。

「ノイマンさんの懸念は尤もです。しかしながら、人でないというだけで排除するのはどうでしょう? 彼らは住民と共存関係にあります。何より今し方の光景を鑑みるに、彼らは街を守るべく戦って下さいました。その恩を仇で返すような真似はしたくありません」

「だ、だが……」

「クリスティーナさん。私は領主としてヌイたちにも市民権を与えます」

『本当かっ!?』

「町長である貴方が人とヌイの架け橋となり、今後とも上手く執り成して下さい」

『当然だ! な、なんたって私は町長だからなっ!』

「ありがとうございます」

 人としての既成概念に乏しいロリゴンだからこその頼もしさ。

 同じドラゴン同士仲良くやって貰えたら幸いだ。

 しかし、それはそれとして難民はどうしよう。ヌイが数を増やしたのと同様、スラム街に住まう難民もまた数が増えて思える。更に言えば出発する以前に施したスラム加工が、既に顕著な復旧の兆しを見せている。通り脇の花壇とか復活している。

 くそう。どうするよ、理想のスラム街。



◇◆◇



 ロリゴンの活躍を確認してしばらく、我々は改めて空に飛び立ち、街の様子を上空から確認して周った。今し方のモンスターが他にも彷徨いていたりしたら大変だ。しかし、隅から隅まで確認したところで、その姿は見つけられなかった。

 恐らくは先程の一団が全てであったのだろう。キモロンゲが守っていた施設の利用は一日に一度まで。規模もそう大きなものではない。魔王様の復活から本日まで、数日の期間で送り込まれたと考えれば、妥当なところだろうか。

 ついでに街の被害状況も併せて確認したのだけれど、不幸中の幸い、それらしい光景は見受けられなかった。どうやらスラム街へ訪れて間もない頃合に出くわしたらしい。エディタ先生の空間魔法様々だろう。

 ということで、帰ってきたばかりで申し訳ないが、エディタ先生にはキモロンゲを連れて施設の封印に向かって頂いた。提案して直後は後者の反発を予想したが、まるで気にした様子はなかった。どうやら魔王様が復活してしまえば、後はどうでも良かったらしい。

 一方でロリゴンとソフィアちゃんにはトリクリス近隣の確認をお願いした。メイドさんが一緒なのは、ロリゴンの手綱を握って頂く為だ。大聖国でのマブダチ度を鑑みるに、悪くない組み合わせと思われる。更に持ち前の高LUCを思えば完璧な布陣だろう。

 そして、残すところ醤油顔はと言えば王女様のお世話であって――。

「しかしまあ、父上に断りもなく随分と大層な街を作り上げたものですね。そちらに見える塔など、頂上がまるで見えません。どれだけの技術を持ってすれば、これだけの構造物を建築できるのでしょうか」

「王女殿下、これだけは事前に申し上げておきます。そちらの塔を含めて、万が一にも街に面倒などあった際には、まず間違いなくペニー帝国は崩壊することでしょう。貴方の立場もまた、僅か一日と要せずに失われるものだと、強く具申いたします」

「……それは唆られる響きですね」

 挑発してくれる彼女に真正面から挑むのが役割である。

 所在はといえば、我らがホームとなる町長宅の応接室である。

 同所には自らの他、王女様とメルセデスちゃんの姿がある。

「それでも貴方が、自らに与えられた絶望を楽しまれるというのであれば、決して止めません。塔は翌日にでも元あった姿を取り戻すことでしょう。しかしながら、そこにペニー帝国はございません。私はこれを確実なものとして、お約束できます」

「随分と強気ですね?」

「私はこれでなかなか、ペニー帝国での生活を悪くないものだと考えております。しかしながら、同国がこちらの街に害を為すというのであれば、その限りではありません。仮に相手が貴方だろうと、如何様にでも対処させて頂きます。今この瞬間にでも」

「本当にそのようなことが可能だとでも?」

「先刻に目の当たりとした光景が、まさか虚像だとでも?」

「…………」

「最後に残るのは首都カリスではなく、こちらの街です」

 流石にこればかりは他の誰かに任せられない。

 醤油顔は今のうちに全力で王女様を威嚇しておく。彼女は我々が担ぎ上げるべき総代であると同時に、極めて危うい獅子身中の虫でもある。まったくもって複雑怪奇な関係ではあるが、事実なのでこればかりは仕方がない。

 御上の権力を借りる為に渋々迎え入れた天下りみたいなものだろうか。

 あぁ、不思議なものだけれど、そう考えると少し気分が楽になったぞ。

「ず、随分と信頼しているのですね」

「王女殿下も確認したと思います。首都を直撃した魔王の一撃を」

「……あの魔法陣がなにか?」

「あれを防いだのが、この街の町長となります」

「っ……」

 ロリゴンの栄誉をお伝えしたところ、王女様の驚く顔を拝見だ。

 してやったりである。

「首都カリスへお送りしましょうか?」

「分かりました。私もまだ命は惜しいです。貴方の提案に従いましょう」

「恐縮です」

 これだけ切に訴えておけば、当面の騒動は回避できると信じている。

 ただまあ一応、ゴンちゃんの部隊には彼女の正体をお伝えしておくとしよう。後で要らぬ誤解を生むのは面倒である。ペニー帝国の現王女様は稀代のサディストであったと、ドラゴンシティに末永く伝えて頂くのが良いと見た。

「メルセデスさんは、王女様の監視をお願いします」

「任せろ! 必ずや落としてみせる!」

「貴方は私の近衛なのに、いよいよ遠慮がなくなってまいりましたね……」

「私は近衛である前に女なのだ!」

「…………」

 この調子なら、きっと大丈夫だろう。当面はメルセデスちゃんに任せておけば良い。王女様の強権も、陛下の影響が小さいドラゴンシティでは、碌に威力を伴わない。そこまで大きな面倒に発展することはないだろう。

 それよりも問題は魔王様の動向である。



◇◆◇



 次いで向かった先はエステルちゃんのお部屋だ。

 サキュバス騒動の翌日より、首都カリスに向かう為に分かれて以降、数日ばかりご無沙汰であった。途中、町長宅の廊下を忙しげに行き交う黄昏の団の団員、モヒカン頭のマッチョマンに出会った。とても印象的な外見の持ち主である。

 それとなく容体をお伺いしたところ、数日前に目を覚ましたという。サキュバス化の影響は失われて、後遺症の類も見られないと教えてくれた。今は以前と変わりなく生活出来ているという。

 ちょくちょく目にするモヒカンな彼だったので、名前をお伺いさせて頂こうと思った。しかし、こちらが話を切り出そうとした直後、それではアッシはこれで、とかなんとか言い残して、スタコラと去って行ってしまった。無念。

 そんなこんなで廊下を歩むことしばらく、目的の部屋の前まで辿り着いた。

 軽くドアをノックする。

 コンコンコン、乾いた音が廊下に響く。

「……あ、はいっ」

 想定外、アレンの声が返って来た。

 もしかしてこれ、宿屋系のパターンじゃなかろうか。

 室内の動きを想像しつつ、数秒ばかり猶予を置いてから問いかける。

「田中です。エステルさんの容体を確認したいのですが……」

「は、はいっ。すぐに開きます!」

 ドタバタと人の歩く音がドア越しに響く。

 ややあって、向こう側から見知ったイケメンが姿を現した。

 更に驚いたことに、彼の背後にはソファにー腰掛けた姫ビッチの姿もある。幸いであったのは、誰もがしっかりと衣服を着用している点だろうか。この三人が個室に一緒という状況を受けて、思わずトラウマが刺激されてしまったぜ。

 郊外のゴッゴルハウスへ駆け込みたい気分だ。

「これは皆さんお揃いで」

 いつの間にやって来たんだろうな、ゾフィーちゃん。対面には同様にソファーへ腰掛けたエステルちゃんの姿も然り。テーブルの上で湯気を上げるティーカップの存在が、童貞の脆弱な心を危ういところで守ってくれた。

「っ……」

 問題のハーフサキュバスさんは、こちらの顔を目の当たりとして頬を強張らせた。まるでオシッコでも我慢しているような、ピリリとした表情である。一方で残る二名に関しては、平素からの立ち振舞だろうか。

「良かった。目が覚めたみたいですね」

「え、えぇ……いろいろと迷惑を掛けたみたいね」

 エステルちゃんの声、すごく久しぶりに聞いた気がする。

 実際には別れてから一ヶ月も経っていないけれど。

「身体の具合はどうですか?」

「おかげで回復したわ。迷惑を掛けたこと、か、か、感謝するわっ」

「困ったときはお互い様というやつですよ」

 顔色も悪くないし、どうやら本当に回復したようだ。

 ほっと一息だろうか。

 おかげで落ち着いてゾフィーちゃんとトークすることができる。

「しかし、ゾフィーさんもいらしていたとは思いませんでした。首都カリスは今、非常に大変な騒動となっていまして、私も慌てて戻ってきたばかりなんですよ。当面はこちらで過ごすのが良いかと」

「……大変な騒動、です?」

「プッシー共和国の件は聞いていますか?」

「なんの話です?」

「では、魔王に関してはどうでしょうか?」

「そっちは聞いてるです。こちらに来てエステルから聞きました」

「それなら話が早いですね」

 魔王が復活して以降、プッシー共和国のお城が魔王様からの遠距離攻撃で沈んだ件をお伝えだ。また更に続くところ、ペニー帝国にも同様の魔法が放たれたこと。これをドラゴンシティの町長が防いだことも併せて共有である。

「……そ、そんなことになっていたですか」

 ゾフィーちゃんはジト目が魅力のクールっ子。

 そんな彼女が瞳を見開いて驚く様子は、これでなかなかレアリティが高い。

 やっぱり驚くよな。

 彼女の他、エステルちゃんとアレンもまた、自分たちの故郷が危地に晒されていたと知って、酷く戦いた様子でこちらを見つめていた。あと数日もすれば、同様の驚きは人の流れに乗って、多くの地域へと伝わることだろう。

「ビッチ家にも後で向かう予定だったのですが、既にいらしていたようで、移動の手間が省けました。少なくとも首都カリスよりは、こちらの方が長らく持ちこたえることができると思います」

「……そうですか」

 小さく呟くとともに表情が元に戻った姫ビッチ。

 一方で気持ちの収まった様子が見られないのが残る二名。

「そういうことなら、い、急いでカリスに戻らないとっ!」

「僕も騎士団としての責務がっ」

 相変わらずの熱血カップルだ。

 そういうところ嫌いじゃない。しかしながら、ヤリチンとヤリマンが向かったところで、これといって何が起こることもない。むしろ我々が心穏やかでいられないので、こちらで大人しくしていていただきたい。

「色々と思うところはあると思いますが、今は耐え忍んで下さい」

「で、でもっ!」

 下手に動かれても面倒である。

 少しばかり厳しい口調でお伝えさせて頂こう。

「王族も既に疎開を始めています。皆さんの知り合いであれば、既に動き始めていることでしょう。正直なところ、首都カリスは混乱の只中にあります。お二人が向かったところで、失うものはあっても得るものはないと思います」

「っ……」

「……そ、そこまでのものなのですか」

 とても悔しそうな顔をするエステルちゃんとアレン。ちょっと申し訳ない。二人の性格を十分に理解しているからこそ、酷いこと言った感あるじゃんね。

 そんな彼と彼女に代わり、ゾフィーちゃんが口を開いた。

「ところで一つ、確認したいことがあるです」

「なんですか?」

 気を利かせてくれたのだろう。

「私との婚姻は、どうなったですか?」

 そういえば、そんな話もあった気がする。リゾートへ出かける以前のあれこれだ。大聖国での面倒事を経由したところで、完全に失念していた。そして、結果的には二人が望んだ形で、綺麗に決着がついている事実に気付く。

「えっ……」

 一瞬、エステルちゃんから妙な声が上がった。

「……エステル?」

「い、あ、え? あ、いいえ? なんでもないわっ! なんでもっ!」

 大仰にも両手を振って応じて見せるビッチ。

 マンコに虫でも入ったのだろうか。

 まあいいや。

 醤油顔はゾフィーちゃんに向き直り、素直にお伝えさせていただく。

「そちらであれば、恐らく既に解消されていると思います」

「一応、理由が知りたいです」

「何故ならば、この身は既に爵位を失っているからです。こちらの街を含めた領地に関しても、既にリチャードさんの管理下となっています。今後はフィッツクラレンス公爵領としてやっていくことになるでしょう」

「それは、本当です?」

「……え?」

「タ、タナカさん、それはっ……」

 ブサメンが部屋を訪れてから、驚いてばかりのチーム乱交だ。

 取り立てて隠し立てする必要もないので、その辺りの経緯も魔王云々と併せて説明することとした。大聖国の一件から、当代の聖女様に嫌われてしまったこと。ペニー帝国の王様を通じて、醤油顔に非難があったこと。投獄されたこと。

 そして、ペニー帝国での身分が断頭台の露と消えたこと。

「僕らが安穏としている間に、そ、そんなことがあったのですか……」

「ですから今の私は、死人の扱いだと考えて下さい」

「この街を守るため、です?」

「そこまで大それたものではありませんよ」

 ブサメンの身分を巡って、自身の立場すら厭わずに奮闘してくれたエステルちゃん。当時のあれこれを思うと、非常に申し訳ない気持ちとなる。ただ、不幸中の幸いというか、今の彼女には最中の記憶が無い。

「あの、ひ、ひ、一つ確認したいのだけれどっ!」

「なんですか? エステルさん」

「貴方を陥れたのは、大聖国の聖女で間違いないのよね?」

「私を陥れた、というと些か語弊がありますが、彼女がペニー帝国へ抗議を行ったのは事実だと思います。もしも詳しいところが知りたいのであれば、今こちらに王女殿下がいらっしゃっているので、聞けば教えて下さるかもしれません」

「で、殿下まで来ているのですかっ!?」

 醤油顔の何気ない呟きにイケメンが悲鳴地味た声を上げた。それとなく視線をやれば、彼の他にゾフィーちゃんもまた、少なからず驚いていらっしゃる。言わんとする所は理解できるよ。陛下にバレたら大変な騒動だろう。

 しかし、ノイマン氏の復活という目標を得た今、多少の無茶は許容するぜ。

 中年だって、たまには冒険しないとな。

「なんだかんだありましたが、ここ以上に安全な場所はありませんので」

「それは、あの、へ、陛下のご意向に沿われたものなのでしょうか?」

「すみませんが、それをお伝えすることはできません。もしも耳としては、貴方を巻き込むことになってしまいます。ですが、決して力づくで連れてきた訳ではありませんよ。ご本人の希望に沿った形です」

「そ、そうですか……」

 顔を青ざめさせるイケメン。ゾフィーちゃんの表情もよろしくない。平民と貴族の間柄がそうであるように、貴族と王族もまた、その間には大きな隔たりがあるのだろう。公爵令嬢であるエステルちゃんだって、王女様相手には素直にヘヘーしていた。

「……貴方はどこへ向かおうとしているです?」

「さて、どこなのでしょうね」

 ここはすっとぼけて押し通す。

 邪魔をされる訳にはいかないからな。

 あれやこれや二人からの問い掛けに答えていると、不意にエステルちゃんが動いた。何かを決意したような、酷く真剣な顔となってソファーより立ち上がった。これを受けては皆々の注目が向かう。

「エ、エステル?」

「どうしたです?」

 二人からの問い掛けに彼女はボソリ、小さく呟いて応じた。

「……少し、殿下と話をしてくるわ」

 歩みも早く廊下に通じるドアへ向かって行く。

 その横顔が、なんだろう、やけに凛々しくて、不安になる。眼差しが向かう先は、目前に迫ったドアを超えて、はるか遠くを見つめて思える。ロリビッチって、たまにこういう格好いい顔付きになる時あるよな。

 そして、毎度のこと大層な騒動を連れてくるのだ。

「エステルさん、あまり無茶はされないようにお願いします。魔王からの攻勢を受けて、国内外は非常に不安定な状況にあります。如何にフィッツクラレンスのご令嬢であらせられる貴方でも、万が一は十分に考えられます」

「……こんな時まで、貴方は私のことを心配してくれるのね」

「ええ、そうですね」

「それもとある方との約束、というヤツなのかしら?」

「はい、その通りです」

「っ……」

 精々格好つけてみたのだけれど、席を立ったロリビッチは、一度としてこちらを振り返ることなく、部屋を出て行った。ギィ、バタン。ドアが開かれては閉じる音が響く。続くところ、壁の向こう側で気配が遠退いていく。

「……エステル」

 アレンの何気ない呟きが、妙に印象的なものとして、ブサメンの耳に残った。



◇◆◇



 同日、空が茜色に染まる頃合、ドラゴンシティの外に調査へ向かっていたソフィアちゃんや先生、ロリゴン、キモロンゲが戻ってきた。まずは一人も欠けることなく戻ってきてくれたことに感謝だろうか

 例によって応接室に集まり、各々の持ち帰った情報を共有である。

「施設は封印してきたぞ。しかしながら、他の誰でもない魔王自身が、空間魔法に長けている可能性が高い。再び魔族の類がこちらにやって来ないとは決して言い切れないな」

 金髪ロリムチムチ先生が語る。

 仰るところは尤もだ。遠方から姿を見せることなく、大規模な魔法を打ち込んでくるほどの手合である。更に同じ魔族であるキモロンゲが、その手の魔法を得意とすること鑑みれば、決して油断はできない状況である。

「ありがとうございます。とても助かります」

 素直に二人へ頭を下げる。

 すると、途端に文句を言ってくれるのがキモロンゲ。

「言っておくが、貴様に協力した訳ではない。全てはご主人の為だ」

「それも承知しています」

 相変わらずのツンデレ魔族は放っておこう。

 ちなみに各々の配置はと言えば、向かい合わせのソファーに対して、醤油顔の右にロリゴン、対面にキモロンゲとエディタ先生。そして、頑なに着席を拒んだソフィアちゃんがロリゴンの傍らに起立といった塩梅だ。

『お、おいっ、私も見てきたぞっ!? いろいろ見てきたっ!』

 次いで口を開いたのはロリゴンだ。

「どうでした?」

『この辺りを飛んでみた! 変なヤツはいなかった!』

「それは何よりです。お疲れ様でした」

『まあ、この私の翼と目を持ってすれば、なんてことはないなっ!』

「その通りだと思います。流石はクリスティーナさんですね」

『……貴様、私のときだけ、なんか適当じゃないか?』

「いえいえ、滅相もない」

 こうしたやり取りが慇懃無礼なのは分かってるよ。

 でも、円滑な人間関係の維持には、これくらいの距離感が大切だと思うのだわ。

「ソフィアさんも、お付き合い下さりありがとうございました」

「いえ、あ、あの、私は特に何もしてないので、あの、す、すみません……」

「お二人が協力して事に当たったことに、大きな意味があるのですよ」

 何はともあれ、今は取り立てて被害が出ていなかったことを喜ぼう。

 そして、次に必要となるのは、守られた平和を維持することだ。

 当面は防戦に徹するべきだろう。魔王様がどれだけの頻度で攻めてくるか知れない昨今、これに備えて相手の力量を測るのが正しいやり方だ。ロリゴンには悪いけれど、当面は町長としての職務に忠実であって頂こう。

 昨今の街ラブ具合を鑑みるに、改めて言うまでも無いだろうけれど。

「今この瞬間、集まって頂いたのはドラゴンシティで戦力の中核を為す方々です」

 応接室に集まった皆様をぐるり眺めては語る。

 そこでふと気づいた。ゴッゴルちゃんが居ない。そりゃそうだ。何故ならば、他の誰でもない自分自身が、彼女のことを呼んでいないからだ。思ったよりも約束事をしっかりと守って下さる彼女は、ここ最近、自発的に外へ出ることがなくなった。

 まあ、こればかりは仕方がない。

 後で時間を取って、謝罪に向かうとしよう。

「魔王からのアプローチに対して、その限界が知れない以上、当面は街の防衛と規模拡大に努めたいと思います。先の見えない戦いとなりますが、すみません、どうか皆さんにお力添えをお願いできませんでしょうか」

 出来る限り綺麗になるよう意識してお辞儀。

 九十度。

 どうか、よろしくお願い致します。

『ふんっ、頼まれるまでもない。ここは私の街なのだからなっ!』

 すると早々に、ロリゴンから頼もしいお言葉を頂戴した。

 なんか無性に嬉しい。

「まあ、き、貴様が愛した街だ。今は暇だし手伝ってやろうじゃないか。この最強で無敵で全能の私がっ! 大船に乗ったつもりでいるといい!」

 先生からも承諾をゲットだぜ。

 ちょいとツンデレ風味。

 デカイ口を叩いた先生に、ロリゴンが物言いたげな眼差しを向けている。ただ、先代魔王をソロでフルボッコの上、更に封印したとの情報が伝わった為、先々代魔王に敗北したヤツは、最後の一歩を踏み出せずに悔しそうな顔となるの可愛い。

 今までのパワーバランスが崩れた二人の関係には、今後とも注目だろうか。

 手狭いワンルームのユニットバスへ、二人一緒に放り込んで泡々にしたい。

 一方で人外ロリータたちの思惑など我関せず、自らを貫くのがキモロンゲだ。

「言っておくが、貴様のためではない。ご主人の為だ」

「何度も繰り返さずとも理解していますよ。この街を守る理由の一つには、貴方のご主人様の存在もまた含まれています。ですから、甚だ不本意であるとは思いますが、ご協力をお願い申し上げます」

 キモロンゲの持つ魔族としてのコネクションは強力だ。

 叶うことなら仲間に引き込みたい。

 ただ、相手が相手なだけあって、流石に難しいとは思う。今でこそ縦ロールの下僕という立ち位置を保っているけれど、魔王様から直々に召集の声など掛かったら、まさか無視する訳にはいかないだろう。

 なんて考えていたら、どうしたことだ。

「……貴様はどれだけの対価を用意できるのだ? 魔族である私に対して」

 遂にヤツが乗ったぞ、交渉の席に。

 マジかよ。

 ビックリだわ。

 本当に大丈夫なのかよって。

 人事的に考えて。

「そ、そうですね……」

 想定外の反応にどうしたものか。

 いや、真正面から素直にモノ申すべきだろうな。

 相手は自分より遥かに長い時間を生きてきた生き物である。縦ロールが絡むと途端にアホっぽくなるから油断しがちだけれど、少なくとも醤油顔よりは遥かに頭が良い筈だ。下らない策など巡らせるべきではない。

「私は今の生活を割と気に入っています」

「だからなんだ?」

「そこには貴方のご主人様がいて、その傍らには貴方が居ます」

「…………」

 思ったより臭い台詞になってしまった。

 まあ、いいやもう。

 取り繕うのも面倒である。

 このままぶっこんでしまえ。

「……お願いできませんでしょうか?」

「ふんっ……」

 真正面からお願いしてみる。するとキモロンゲは小さく鼻を鳴らして、そっぽを向いてしまった。腕組などして、さて、どうしてものだろう。皆々の視線が向かう先、続く言葉が失われて部屋が静かになる。

 ただ、それも僅かな間であった。

「……いいだろう。協力してやる」

 表情こそ見えないが、多分、大丈夫だろう。

 そんな気がした。

「ありがとうございます。本当に、とても心強いです」

 いつぞや紛争の最中を思い起こせば、まさか、この魔族と手を取り合う日が来るとは思わなかった。首を飛ばされたのも、今となっては良い思い出、とは言わないが、まあ、所詮は過ぎたことだ。世の中、本当に何がどう転がるか分からないものである。

 だからこそ童貞は、まだ見ぬ処女膜を追い求めることができる。

 夢を追い続けることができる。

 とかなんとか、良い感じで話が流れた先、我らがメイドさんが声を上げた。

「あの、わ、私はっ……皆さまのような、す、凄い力はなくて……」

 今にも泣き出してしまいそうだ。

 今にもお漏らししてしまいそうだ。

 今にも挫けてしまいそうだ。

 しかしながら、もしかしたら彼女こそ、今この場に顔を連ねた誰よりも、最強で無敵で全能かもしれない力を秘めているのだと、醤油顔は気づいております。

「私にはわかります。ソフィアさんには特別な力があります。その力は恐らく、私など足元にも及ばない。ただ、ご自身はまだ、その力に気づいていないのです。そして、その力は酷く無骨で無遠慮な我々の力とは異なり、他者に純然たる幸福を与えるものなのです」

「そそそそそ、そんなことありませんっ! 私はただのメイドでっ……」

 いつの間にかメイドを受け入れていたソフィアちゃん可愛い。

 やっぱり、レイプしたい。

 いい加減にそろそろ性交渉したい。

 ただ、この問答は長くなりそうだから、ここいらでカット。

「改めて皆さん、よろしくお願いいたします」

 今一度、皆様に頭を下げたところで、お話はフィニッシュとさせて頂こう。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 今後の予定をタナカさんより頂戴した帰りのことでした。

 執務室に向かって歩いている先、廊下に見知った姿を確認です。エステル様です。今まさに執務室より姿を表した彼女は、こちらにメイドの姿を確認して、小さく笑みを浮かべられました。パタパタと駆け足で歩み寄っていらっしゃいます。

「ソフィっ、お願いがあるわっ!」

「は、はいっ! いかがされましたでしょうかっ!?」

 声も大きく名前を呼ばれて、思わず背筋がピンと伸びます。

 なにか入用でしょうか。

「ファーレン卿の部屋はどちらかしら? もしも時間が許すようなら案内をして欲しいのだけれど。忙しいようだったら、代わりに人を呼んでもらえると嬉しいわ!」

「え? あ、はい、それでしたら、ご、ご案内させて頂きますっ」

「ありがとう。とても助かるわ」

 エステル様の語る調子には勢いが感じられました。

 ファーレン様はここ最近、何かと研究棟に篭もられがちです。恐らく今も同所にいらっしゃられることことでしょう。そのように当たりをつけて、メイドはエステル様をご案内させて頂きます。

「こちらです」

 ファーレン様の研究室はこちらのお屋敷とは別に設けられているのです。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 研究棟にはすぐに到着しました。

 町長さんのお屋敷から通りを一つ隔てた先にある、それなりに規模の大きな建物です。三階建ての造りでして、それぞれ二階がファーレン様、三階がエルフさんの研究室という位置づけだそうです。タナカさんが仰っていました。

 ちなみに一階はお二人が共同で利用されています。

「どうした? リチャードの娘が訪れるなど珍しい」

 お部屋に失礼して当初、ファーレン様は床に描かれた魔法陣に向かっていらっしゃいました。エステル様の来訪に気づいたところで、作業の最中にあった手を止めて、我々の側を振り返られます。

「相談したいことがあってきたの」

「相談だと? まあいい、そういうことなら話を聞こう」

 ファーレン様の視線が指し示す先、向かい合わせのソファーがございます。

「このままで結構よ」

「そうか。なら遠慮無く尋ねるといい」

「そこの魔法陣に関してなのだけれど、以前、彼がドリスの従者とやり合ったときに見つけた、魔族の移転施設にあったものということで、間違いないのよね? ファーレン卿が持ち帰ったと聞いたわ」

「正確にはそれを私の手で再構築した模造品であるがな」

「単刀直入に尋ねるのだけれど、それは動くのかしら?」

「ほう、魔族の技術に興味があるのか?」

 エステル様のお言葉を耳として途端に、ファーレン様の表情が変化です。

 ニヤァと良い笑みが顔に浮かびました。

「ええ、とても興味があるわ」

「そうか! そういうことであれば、あぁ、教えてやろう。実のところ既に、これは稼働することが可能なところまで来ているのだ。つい昨晩完成したばかりでな。あとは魔力を注入して、実験を行うばかりといったところだ」

 メイドは存じております。

 こちらのお貴族様が、大の魔法好きであることを。

 両親に買ってもらったばかりの玩具を、近所の友人に見せびらかす少年のように、キラキラと目を輝かせて語り始めました。あまりにも無邪気な立ち振舞は、相手の年齢が自らより一周り上であるにも関わらず、どこか母性を刺激されてしまいます。

「どの程度の移動が可能なのかしら?」

「理論上は暗黒大陸まで飛ばすことも可能だろう。しかしながら、移動する距離に比例して、求められる魔力もまた増えていく。人の身により運用をするならば、同じ大陸内、それも隣国が精々だろうな。それ以降は爆発的に必要とする魔力が増える」

「なるほど、そうなのね……」

「だがしかし、聞いて驚くといいい。私は元々の魔法陣を改良することで、数度に渡る魔力供給から、魔法陣を発動させる仕組みを与することに成功した。これにより人の身であっても、時間さえかければ、それなりの距離が移動可能となったのだ!」

 ファーレン様、満面の笑みで語られております。

 恐らく相応の発明なのでしょう。

「更にこの改良型の魔法陣は、行く先を限定しない! 魔族が作った元来の装置は、二つ一組が前提であった。一方でこの魔法陣は行き先の指定に術者のイメージを利用するのだ。ただまあ、この辺りは安定性の問題もある為、十分な検証が必要だろうがな」

「つまり、習得難易度は上がるけれど、その分だけ使い勝手が良くなるのね。術者の習熟の程度もあるけれど、個人に紐づく転移先をある程度絞って利用するのが、現実的な落とし所かしら? それでも術者を揃えれば十分に組織的なルート運用が可能だわ」

「うむ、そういうことだ! よく理解しているな!」

「魔法陣への魔力供給は、複数の術者でも可能なのかしら?」

「ふふん、当然だ。人が人として優れている点を利用せずにどうする?」

 ファーレン様の発明は、とても素晴らしいものだと思います。

 学のないメイドでも理解できるほどに優れたものです。

 ただ、ふと気付きました。

 今まさに語られたような魔法をエルフさんが、割と日常的に使っていらっしゃいます。何度か実体験のある私ですから、間違いございません。ドラゴンシティと首都カリスを一瞬でした。それはもう瞬きする間の出来事です。

 故にその事実を知ったファーレン様の直面する感情を想像すると、どうにもこうにも怖いものがございます。研究に際して喜べば喜んだ分だけ、後に待っている結末が恐ろしくてなりません。

「…………」

 そうですね。当面は黙っておきましょう。

 今は新しい発明に沸き立つ姿を、メイドは素直に賞賛させて頂きます。

「流石はファーレン卿ね。素晴らしい発明だわ」

「おぉ、理解してくれるか、リチャードの娘よっ! 今回の発明に関しては、私自身もまた非常に満足している。しかし、これだけでは終わらぬぞ。より良いものへと昇華してみせる。あぁ、それとは別にライフポーションの研究も進めねばならんなっ!」

「そんなこともやっているの?」

「ヤツの研究を継がせて貰った。あの者と共にいると、本当に退屈せん」

「ええ、私もそうだと思うわ……だから、大切にしなければならないの」

 ファーレン様と朗らかにも魔道談義を交わすエステル様の笑みに、しかし、どこか怖いものを感じました。その瞳が見つめる先には、今まさに目の前にいらっしゃる方の姿が、まるで映っていないような。そんな危うさです。

 背筋にゾクリときましたよ。

 なんでしょう、この穏やかでない感じは。



◇◆◇



 ドラゴンシティに戻ってから一夜が明けた。

 当面の行動指針が決定したところで、いざ、我々は行動に移る運びとなった。決まるものが決まってしまえば、後は非常に足が速い。何故ならば同所には、極めて優秀な人材が集まっているからだ。

 正直、圧倒される。

 先んじて我々が着手したのは、ドラゴンシティの拡張だ。

『おい、そっちは他所の国の領地だったんじゃないのか?』

「構いません、どんどん開拓してしまいましょう」

 飛行魔法で空に浮かび、遥か眼下に隣国との国境を眺める。

 王城を潰されて困窮するプッシー共和国は現在、混乱の只中にある筈だ。この隙に領地拡大を臨むのは、同国と諍いの耐えないペニー帝国として当然の行いだろう。おう。今こそ冒険する時だ。縦ロールへの許可は後で取る。頑張る。

 恐らくこれから、魔王様の攻勢を受けて人類の勢力マップが大きく塗り替わることだろう。ノイマン氏の雪辱を果たすには、このビッグウェーブに最後まで乗り切る必要がある。その為に必要なことは、兎にも角にもドラゴンシティの規模拡大だ。

 都市の規模はそのまま領主のパワーに繋がるだろう。

 ブサメンの成り上がりストーリーは、ここへ来て少しばかりシナリオを変更である。

 今の流れならば、どこぞの聖女様を放りおいても、何とかなる可能性が高い。

『本当にいいのか? たくさん作れるぞ?』

「そうですね。たくさん作りましょう」

『今までダメだって言ってただろ? ここから先はダメだって』

「この広大な土地を、我々の作品で埋め尽くしてしまいましょう」

『……言ったな?』

「言いましたよ。まさか、この期に及んで怖気づきましたか?」

『ぐるるるるるる、上等だ。競争するぞ』

 八重歯をむき出しに笑うロリゴンが、楽しそうに言った。

「望むところです」

 久しぶりの街作りだ。

 ロリゴンの魔法を追い越す気概で、いざ、頑張らせて頂こうじゃないか。
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