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短編集

ソフィア、君はなんて愚かなんだ。

作者:丘/丘野 優
「……ソフィア、君の愚かな性格は、確かに私のために役立ってくれたよ。ありがとう……そして、永遠にお休み」

 酷い台詞だ。
 そう思った私は、目の前の男を見た。

 白銀の髪に、切れ長の紫色の瞳、白く滑らかな素肌に、酷薄な笑みを浮かべる薄い唇……。
 背に背負った三日月が美しく、バルコニーに立つ彼の姿はまるで一枚の絵のように思えた。

 フィリス・メイヤー公爵。

 この国リエンジア王国において、最も美しいと称される貴族の一人であり、そして私の婚約者である男だ。
 けれど、そんな彼は、左手に剣を握り、そして私の胸を突き刺している。
 口から血がたらたらと漏れ、ドレスを汚している……。
 私がこのまま死ぬだろうということは明らかなのに、婚約者である彼は決して後悔の気持ちなどその美しい顔に滲ませることはない。
 ただただ、目的を果たせたと、喜ばしい顔をしているだけだ。

「な、なぜ……なぜなの……」

「なぜ? それは簡単なことさ。この国は、私のものになる。それなのに、君という余計なものがくっついていたら、色々と面倒くさいだろう? 私は、私一人でこの国を治めるのさ。なに、心配することはない……黄昏の川の向こうで、君のご家族たちが待っているよ。みんな、私の手でそちらに行ったのだから……」

 そう言って、フィリスは私の胸にさらに深く、剣を突き刺した。
 意識が遠くなっていく。
 私の家族は、もはや、この世に一人もいない。
 私がこの国の王家のただ一人の生き残りだった。
 それなのに……。
 あぁ、この国は、亡びるのだ。
 そして、フィリスの国になる。
 絶望が胸を黒く染め……しかし、微笑むフィリスの顔を私は見る。
 そして、私の口は一言、言葉を紡いだ。

「……それでも、貴方は美しい、わ……」

 少し驚いた顔をしたフィリス。
 しかし、その後の反応を私は見ることが出来ずに、目の前は完全に暗闇に沈んだ。

 ◇◆◇◆◇

「……はっ!?」

 目覚めると、そこは王城だった。
 いつも通りの私の部屋。
 リエンジア王国の王城、ハイアン城の一室、第二王女ソフィア・サルート・リエンジアのために設えられた気品ある部屋だ。
 別にそこに私がいること自体はおかしくない。
 なぜって、私はまさにソフィアであるからだ。
 王女が王女の部屋にいて、一体誰に責められることがあるというのだろう。
 誰も責めない。以上証明終了。

 しかしながら、問題は……。

 私は自分の胸の辺りを弄る。
 けれど、そこには一切の傷はなく、それどころか、平べったい……?
 おかしい。
 こう見えて、私は結構なナイスバディを誇っていたはずなのに、これではまるで幼児に戻ったかのようではないか。
 あのスタイルと、悪女のような顔立ちでもって数々の貴公子たちを手玉にとってきたというのに、これでは特殊な趣味嗜好のおじさましかひっかけられない。
 ……いや、それはそれでいいか。ナイスミドルというのも悪くはない。
 ニコラウス枢機卿などは、聖職者にしては中々のイケメンで、いつかお話を……と思っていたのだ。
 しかし、あまり派手な女はお好きではないようで、いつも幼い貴族令嬢のもとにばかり行っていたので、そういうことなのだろうと思う。
 ……じゃなかった。
 それより問題は今の状況だ。

 私は死んだんじゃなかったのか?
 フィリスに胸を突き刺され殺されて、人生が終わった。
 そうじゃなかったのか?
 その割には傷は一切ない。
 仮に万が一、助かったにしても、あれだけの傷だ。
 一晩眠った程度で治るはずがない。
 ということはあれは夢……?
 いやいや、夢じゃないだろう。
 私がどれだけ頑張ってフィリスを婚約者にしたというのだ。
 根回し、裏工作、賄賂、どれだけの犠牲を払ったと……。
 それが夢と言われて誰が納得できる?
 出来ない!

「……殿下。王女殿下。お目覚めですか?」

 色々と混乱している中、部屋の中に侍女たちが入ってくる。
 彼女たちは私が珍しく自力で起きていることに驚いたようだが、その職業意識でもって即座に表情を普段通りのものに戻し、私の着替えをさせ始めた。

「……貴女たち」

 着せ替え人形になりながら、私は侍女たちに尋ねる。

「はい、なんでございましょう、殿下」

「今日は、何年の何月何日だったかしら?」

 その質問に、侍女たちは疑問をさしはさまずに答えた。

「聖暦八百二十三年の白の月、四日でございます」

 その言葉に私はめまいを覚えた。
 それは、私が死んだ日、つまりは聖暦八百二十九年の白の月、四日のちょうど六年前。
 つまり、私が十歳の日付だったからだ。

 ◇◆◇◆◇

「ははっ。つまりあれかい? 君は一度死に、そして時間を巻き戻してここにいる、と? なるほど面白い話だ。作家にでもなれそうだね?」

 王立学院の屋上で、私の学友であるフィリップがそう言って笑いかけた。
 王女と言えども、リエンジアにおいては学校へ通う義務がある。
 もちろん、貴族の子弟のみが通う特別な学校であり、その目的は学業というよりは将来の花嫁、花婿探しとか、パイプ作りなのだが。
 フィリップも又、私の花婿候補である。
 けれど、こうして気安く話せる相手でもあり、私は自分がした経験を、素直に話した。
 結果として笑われてしまったわけだが、しかし、全く何も考えてくれない、ということにはならなかった。

「……まぁ、そうだね。それが事実だとしたら、良かったじゃないか。同じ失敗をもう一度しなければ、死なないで済むわけだからさ。そうだろう?」

「それはその通りなんだけど……」

 確かに、フィリップの言うことは極めて正しい。
 フィリス公爵と婚約を結ばず、他の誰か……たとえばフィリップなんかの性格のよい者と結婚してしまえば、私は死なないで済むだろう。
 実際、フィリップはかなりの好物件だ。
 家はフィリスと同じ公爵家であるし、本人の性格もこんな風にかなりいい。
 また、勉学など学校の成績もほとんど一番で、かつ他の貴族たちからの評判もいいのだ。
 それに加えて、私との仲の良さも抜群である。
 ここまで心のうちを素直に話せる相手など、滅多にいない。
 今はまだそうではないが、あと数年で私は学院一の悪女と呼ばれ、色々な人間からうとまれたり嫉妬されたりするようになるが、そんな中でもフィリップだけでは変わらぬ態度で接してくれた。
 いい男なのだ。

 ただ一つだけ問題があって……。

 私は、フィリップの顔を見る。
 そこにあるのは、ひどく丸々とした顔だ。
 鼻も低い……というか変わった形で、耳も小さい。
 体型も小太り……。
 ……いや、オブラートに包むのはやめよう。
 フィリップは直立した豚、といった感じの容姿である。
 うん、まぁ、可愛らしいと言えなくもないし、別に友人として接するには全く気にならない。
 だからそれはいいのだが……結婚相手に選ぶには、問題がある。
 なにせ、私は、極度の面食いなのだ。
 面食いなのだ。
 大事なことなので二回言った。

 もちろん、分かっている。
 人間で一番大事なのは、見た目なんかじゃない。
 内面であり、うわべだけでない関係性である。
 その意味で、フィリップは百点満点のうち、百二十点を与えてもいい。
 けれど!
 私はどうしようもない面食いで……とにかく顔のいい男が好きだった。
 結果として、前のときはフィリス公爵を選んでしまったのだ。
 フィリップはそれでも祝福してくれたし、変わらぬ友情を誓ってくれた。
 きっと、私が殺された後も、全力で犯人探しと、復讐をしてくれたに違いないと確信できる。

 けれど……。

「……いい顔の男が、私は好きなのよね……」

 呟いた私にフィリップは、

「……まぁ、顔が良くて中身もいい男はいるからね。僕はお眼鏡に叶うことはないだろうが……その手伝いくらいはするさ」

 そう言って笑った。
 本当にいい男過ぎて。
 なんで私はこいつを選べないのだろう。
 死にたくなった。
 あ、もう一回死んだか。
 面食いは死んでも治らないのか。

 ◇◆◇◆◇

「……かっこ、いいっ……」

 目の前にきらきらと輝く美しい顔の音を見て、私の胸はときめく。
 それは、あのとき見た顔。
 白銀の髪に、切れ長の紫色の瞳、白く滑らかな素肌に、酷薄な笑みを浮かべる薄い唇……。
 フィリス公爵。
 ……いや、まだこのときは公爵じゃなかったな。
 公爵子息だ。

 しかし、見れば見るほど格好良かった。
 隣国に留学していた彼は、先日それを終え、帰国してきて、今日、この学院に編入してきたのだ。
 私と同じクラスになり、そして私の隣の席になる。
 そして仲良くなって、最後には婚約を……ぐへへへへ。

 とか思ってしまうあたり私は救われないな……。
 だってかっこいいんだもん、仕方がない。
 けれど、今回ばかりはダメだ。
 奴と婚約したら死ぬ。
 殺される。
 殺されといてその顔に嫌悪感どころか見とれるのだからどうしようもない話だが、今回ばかりは騙されないんだからねっ!

 と思っていると、

「……貴方様が……。ソフィア王女殿下。お初にお目にかかります、メイヤー公爵家が嫡男、フィリス、と申します。どうぞお見知りおきを……」

 私の前に跪き、自然な姿で手を取って口づけをする。
 あまりにも優雅な動きに、私の目は客観的に見ればハートになっていただろう。
 前の席……つまりはフィリップのいる方からため息が聞こえて来た。
 そのため息は、君、それじゃあまた死ぬよ、と言っているようだったが、ちょっと死んでもいいから婚約を、とか思わないでもない。
 でもダメだダメだダメだ!

 私は即座に手を引いて、

「……え、ええ。こ、こちらこそ、よろしくお願いいたします、わ。しかし、私はこの国の王女。あまり、なれなれ、しく、しないでいただき、たいです……」

 言った。
 言ってやった。
 私はイケメンにたった今勝利した。
 そう思った瞬間だったが、あとでフィリップに聞くと、

「……あのときの君はまるで、お菓子を目の前にしながら、無理やり我慢させられている子供のようだったね……」

 と呆れて言われた。
 ……幸い、フィリップ以外はフィリスの行動に少し面食らったように捉えてくれていたらしいが、フィリップの目には敵わなかった。
 私は今後六年間、フィリスの誘惑行動に耐えられるのだろうか。

 ……出来る気がしなかった……。

 ◇◆◇◆◇

「……意外にもよく耐えたじゃないか」

 感心したようにフィリップが言ったのは、またも学院の屋上である。
 フィリスが学院にやってきてから、三年の月日が過ぎていた。
 あと二年で卒業、そしてそのしばらくあとに誰かと婚約する、というのがこの学院に通う貴族のよくある展開であり、私もその例に漏れず、以前はフィリスと婚約した。
 まぁ、私は王女なのでその方法はちょっと特殊だったが……基本的な流れは同じだ。

 だが、今回は。
 今回は婚約など、しないのだ……ッ!
 私だってそれなりの分別はある。
 いずれ国を乗っ取られることが確定している相手など、婚約相手に選んでいいわけがない、と心の底から理解している。
 が、それでも……。

「かっこいいのよ……」

「まぁ、男の僕から見ても彼はとても美しい貴公子だ。君が執着するのも無理からぬ話だと思うよ」

 私の愚か極まりない独り言に、フィリップは笑って同意してくれた。
 しかし、と首を振りフィリップは続ける。

「ただ、やっぱり彼には偽っている部分があるね。君に未来の話を聞かなければ気づかなかっただろう、僅かな違和感に過ぎないが……たまに、邪な目で君を見ているよ。あれは、彼の野心の発露なのだろうね」

「えっ、邪な目で?」

 ちょっと嬉しくなる。
 男として、私をそんな目で見てくれるなんて……。

 と舞い上がった私に、フィリップは呆れた顔で、

「その万年色狂いなところはどうにかした方が良いと友人として忠告するよ……。それに一応言っておくけどそういう意味じゃないからね」

「……言われなくても分かってるわよ。ちょっとした冗談じゃない」

 いくら私でもそこまで馬鹿じゃない。
 ただ、友人との小粋な会話を盛り上げようとしただけだ。
 フィリップももちろん理解してるようで、

「まぁ、ともかく、これからもフィリスになびかないように気をつけなよ。今のところは頑張れてるんだからさ……それに他にも貴公子はいるだろう? ジュリアンなんかは僕からもお勧めしたいいい物件だよ……」

 と、学院でも十番以内に入るイケメンの名前を挙げたところで、がちゃり、と屋上に繋がる扉が開く音がした。
 この屋上は学院において、伯爵子息以上の高貴な身分の人間専用の場所と化している。
 それに加えて、私とフィリップがよくいるので、遠慮して人が入ってくることは少ないはずのだが……。 
 誰だろう、と振り返ると、私はその場で目が焼き尽くされそうな感覚を覚える。

 目に毒な男ナンバーワン、フィリスがそこには立っていた。

「こんなところにいたのか、フィリップ。探してたんだ……おや、そこにいらっしゃるのは王女殿下。ご機嫌麗しゅう」

 私たち二人を見て、非常に好意的な視線を向けてくるフィリス。
 それだけ見れば、もうただの好青年にしか見えないし、実際に彼はこの三年間、その仮面を見事にかぶり続けてきた。
 私も、あれって夢だったんじゃない? きっと結婚しても問題ないわっ!とか阿呆みたいな結論に飛びつきたいような心境になるくらいに。
 しかし、先ほどもフィリップが言ったように、フィリスの仮面は最近、稀に破れているらしい。
 私には分からないが、フィリップには分かるようだ。
 文武両道で、かつ、人を見る目まであるのか、この友人は……と思いたくなるほどに完璧超人であるフィリップである。
 これで顔さえ完璧なら……いや、友人に思うことではない。
 別に嫌いな顔ではないのだ。むしろ安心するし、笑ったところはかわいいと思う。
 が、結婚するなら切れ長イケメンがどうしてもってだけで。
 ……救いがたいな、自分。
 だから死ぬんだ。

「おや、フィリス。どうしたんだい? 君がここに来るなんて珍しいじゃないか。最近は生徒会を手伝っているんだろう?」

 フィリップがそう尋ねる。
 この学院には生徒自身が学院の自治を行うというお題目があって、そのための機関として生徒会というものがある。
 所属するのは成績優秀者と高位貴族子息ばかり。
 主にスカウトでそのメンバーの補充を行っていて、フィリスは今年、そのスカウトをされたのだ。
 いずれは会長を、と言われているようで、確かに成績という意味でも爵位という意味でも彼はふさわしいだろう。
 他の有力者が全く生徒会に所属する気がないため、反対意見も出ないと思われる。
 他の有力者……つまりは、王女の私と同じく公爵かつ総合学年一位のフィリップだ。
 なぜフィリップが生徒会に入らないかというと、スカウトはされたようだが、私がその場に居合わせて、だいぶ悲しそうな顔をしたかららしい。
 ……仕方がないじゃないか。
 生徒会なんてやってたら、こんな風に屋上でのんびり会話したりする暇なんてなくなる。
 フィリスも毎日忙しそうにしているのだ。
 我が敵ながら、同情をしたくなるくらいに。
 学内で起こる貴族のいさかいすべてを収めているために、その仕事量は恐ろしい量に上ると言われる生徒会。
 わざわざ所属するだけでほとんど英雄に近いのだ。

「いや、次の時間は剣術だろう? フィリップと模擬戦をしたくてね。予約しておこうと思って来たのさ」

「なるほどね。僕は誰が相手でも構わなかったんだが……君からの申し込みなら受けないわけにはいかないな。受けてたとう」

 フィリップはそう言って手を挙げる。
 すると、フィリスも同じようにし、ぱしん、とハイタッチした。
 それだけ見るともう、親友にしか見えないし、実際にそのような関係を築いているようだ。
 しかしフィリスが慌ただしく屋上から去っていった後にフィリップにその点を聞くと、

「……よくよく彼のことを知っておかなければ、君がいつ落ちるかわかったものじゃないからね。君のためさ」

 そう言ってくる。
 ……確かに、前のときはそれほど仲良くはしていなかった。
 私が色々話したから、情報収集のためにわざわざそんな関係になってくれた、というわけだ。
 本当にいい男だな……。
 好きになりそう……顔さえ良ければ。
 あぁ、ダメな自分……死ねばいいのに私。
 死んだか。ワンスモアか。

 ◇◆◇◆◇

「フィリップ。ちょうどいい、賭けをしないかい?」

 闘技場の真ん中で、模擬線用の軽鎧をお互い身に付けた状態でフィリスと話す。
 お互いの防具がしっかり固定されているかをお互いに確認するために近づいた状態だ。

「……賭け、か。一体どんな賭けを?」

「君の大事な王女様を、私にくれないか……っと、冗談だ、冗談。そんなに怖い顔をしないでくれ」

「冗談で言っていいことじゃないぞ。あの方はこの国の王女殿下だ。僕が自由に出来るような人ではない……」

「全く、その通りだ。だが、ちょっと間を取り持つ、くらいのことはできるだろう。たとえば、お茶会を開いて、話す機会を作ってくれるとか、さ。どうもあの方はガードが固くて、私が近づこうとすると離れて行ってしまうんだよ。たまにゆっくり会話をしたい、それくらいのことは思っても許されるんじゃないか?」

 フィリスの言い分は、まぁ、筋が通っているというか分からないでもない話だ。
 というか、ソフィアが逃げるのは彼に惚れて自分がトチ狂った行動をすることを恐れているためだから、何も知らないフィリスには気の毒と言えば気の毒な話だろう。
 将来的に王家を潰してソフィアを殺す目的があるにしても、今のところ彼は善良な学生としての振る舞いしかしていない。
 その状態で考えるなら、フィリスは一方的に避けられている、そんな冷え切った仲はよくないからちょっとだけ改善をしたい、と言っているように聞こえる。
 これは……断りにくいな。
 僕の家とフィリスの家は、この国においてちょうど同じくらいの規模で、権力も拮抗している。
 これは頼みというよりは借りを作ってやるという話であって、これを断ると色々と面倒くさい話になるのだ。
 たとえば、僕の父上は言うだろう。
 メイヤー公爵家に貸しを作るチャンスだったのになぜ断ったのか、と。
 僕が報告しなくてもおそらくフィリスから伝わる。
 結果として面倒なことに……はぁ。
 仕方がない。
 これは受けるしかない。
 まぁ、勝てばいいのだし、負けてもソフィアに説明して頑張ってもらえばいい……。
 そう思って振り返り、闘技場の観客席に座っている女子の集団の中、一番高いところに座る悪女面の少女を見ると、高笑いしそうな表情でこちらを見て、手を振った。
 ……あれは何も分かってないけどとりあえずこっち見たから笑っておこう、という顔だ。
 あの見た目で勘違いされやすいが、基本的に何も考えていない能天気な女性なのだ。
 それなのに色々と言われるようになってきているのは、生まれつきの悪女面がすべてだろう。
 周りは色々と忖度して余計なことをし、責任だけソフィアに回ってくるわけだ。
 そうならないように僕が頑張ってはいるが、なにぶん、問題が多すぎて……前世の話まで考え出すと更に厳しい。
 たまには彼女にも責任をとってもらおうか、と思って僕はフィリスに頷くことにした。

 ◇◆◇◆◇

 おや、と私は思う。
 フィリップとフィリスが何かを話していて、フィリップの表情がちょっと変わったのだ。
 いつも冷静なフィリップにしては珍しい話だが……。
 それから私の方を見て難しい顔をし、ため息を吐いているのが見えた。
 とりあえず手を振っておいたが、違ったのだろうか。
 まぁいい。

 フィリップとフィリスはそれからしっかりと距離をとり、刃を潰した剣をもって向かい合う。
 審判の声が響き……そして、模擬線が始まった。

 まず初撃はフィリップの横薙ぎからだった。
 意外なことに思うかもしれないが、フィリップの動きは極めて素早い。
 彼はあの体型でいながら、スポーツ万能であり、剣術の成績も極めて優秀だ。
 ほとんど負けることもなく、実際、フィリスはしばらくフィリップに押されていた。

 しかし、フィリスもまた、この学院における成績優秀者の一人。
 しかも、他の科目でならともかく、剣術に関しては、実のところ学年一位の成績保持者であり、その腕前は上級生と戦っても普通に勝利してしまえるほどなのだ。
 つまりそれは、フィリップの方が剣術の腕は劣るということ。
 いつの間にか、フィリップの方が押されていき、最後には剣を突き付けられて、降参していたのだった。

 ◇◆◇◆◇

「……正気?」

 隣に座るフィリップに話しかける。
 私とフィリップの前のテーブルには紅茶が置かれていて、周囲には給仕を務めるための使用人が立っていた。
 フィリップは私の言葉に頷いて、

「……仕方がないじゃないか。賭けに負けてしまったんだから」

「そもそも賭けをすること自体が間違いじゃ……私があのイケメンの誘惑に勝てると思って?」

 情けない言い分だが、事実だから仕方がない。
 それはフィリップも分かっているようだったが、少し考えてから言った。

「思わないけど、ここで折れるなら君はいずれ確実にフィリスに降参せざるを得ないだろう。よく考えてもみなよ。あと少しでダンスの練習が始まる。あれは基本的に様々な組み合わせをランダムで作るタイプの授業だから、確実にフィリスとペアになる日が来るよ。そしてそこで君は初めて免疫のない接触に至るわけだ……終わりじゃないか? そうなる前に、少しは普通に話せるようになっておいた方がいい。耐える能力をつけるんだ」

「……そうね」

 フィリップの言葉に何も返せなくなった私は、もう頷くしかなかった。

 ◇◆◇◆◇

「ああ、かっこ、よかった……」

「そんな、人生に悔いなし、みたいな感じで言われても……まぁ、頑張ったね。これならダンスも何とかなるだろう。あとは、卒業まで頑張って耐えること、それに、婚約者を他に見つけることだ」

 フィリップが私にそう言った。
 お茶会は割とうまくいった。
 会話も弾んだけど、フィリスに見とれすぎる……ということもなく、フィリップにも好意は気づかれてはいないだろう、と及第点をもらえるくらいの出来だった。
 彼が気づかないのなら他の誰も気づかない。
 つまり、私は完璧に感情を隠し通し、お茶会を乗り切ったということだ。
 私、すごい。

「不安だわ……婚約者の方も……」

「また、どうして?」

 フィリップが首を傾げた。
 色々な貴公子を、フィリップに紹介されてはいる。
 いずれもかっこいい、私の好みを熟知した、極めて高度な選別のなされた相手ばかりだ。
 性格や家柄もフィリップフィルターを通過した折り紙付きばかり。
 こいつ本当に何でもできるな、と思わざるを得ないほどで、私はいつも感動させられている。
 紹介された貴公子たちとはそこそこ交流を持っていて、卒業する辺りに選べばまぁいいかなというところまで来てもいる。
 選ばなくてもあとで強制的に選ばされるイベントもあったりするし、心配する必要ない。
 ないのだが……。

「今一、選ぶ気になれないのよ……」

「まぁ……気持ちは分かるよ。フィリスと比べるとやっぱり見劣りはするからね。ただ、死ぬよりはいいじゃないか。僕の大切な友人を悪魔の誘惑に負けて奪うようなことだけはしないでくれ、ソフィア」

 懇願するようにフィリップが言ったので、私は微笑む。
 彼の大切な友人とは、つまり私のことだ。
 私の選択で私を殺すなと、そういう意味だ。
 いい友人を、私は持ったなと思わざるを得ない……。
 彼のためにも、フィリスからはこのまま頑張って距離をとり続けなければ……。

 私は深くそう思った。

 ◇◆◇◆◇

 学院を卒業し、半年が経った。
 そして、私は今、王宮で数人の貴族たちと、その子息たちと対面している。
 いずれもフィリップが紹介してくれた貴公子たち、そしてフィリップと……フィリスだ。
 この国の王女の婚約者。
 その決定は少し特殊で、幾人か選ばれた候補者のうちから、私が選ぶ、という形で行われる。
 候補者の選定は国王である父と、議会の人々が合議で行うので自由にはならないはずなのだが、今ここにいるのは、フィリップが紹介したイケメンたちばかりだ。
 おそらく、フィリップが父親と交渉するなりしてこのメンバーを集めた、ということだろう。
 なんていう政治力。
 フィリスがいるのは、これもまた彼自身の力だろう。
 彼の父親は彼が学院を卒業すると同時に逝去し、今はフィリスが公爵である。
 それくらいの力はなりたて公爵でも十分に行使できる、というわけだろう。
 彼もまた、超有望な貴族であることは間違いない。

 そんな中、国王……つまり、私の父が、私に尋ねる。

「……さぁ、ソフィア。選ぶがいい。誰を選んでも、お前は降嫁することになるが……いずれも有望な貴族たちだ。きっと幸せになれる……」

 実際はフィリスを選ぶとここから次々と王族が死んでいき、降嫁した私しか王族がいなくなって、最終的にはフィリスが国王に、というルートをたどる羽目になるので父の希望は打ち砕かれるわけだが、それは言わないのがお約束である。
 私は清らかな乙女のように目を伏せて、父の言葉にはいと頷き、それから、私が死なないルートを保証してくれるだろう男のもとに歩き出そうとした。
 しかし、

「陛下! お待ちを」

 とフィリスが声を上げる。
 その言葉はかなりの無礼であり、公爵であっても許されることではないが、今のこの国において、メイヤー公爵の立場は盤石だ。
 国王ですら、そう簡単に罰することが出来ないほどに。
 だから、父はフィリスに発言を認めた。
 たとえ何を言おうとも、私の夫は私が選ぶのだ。
 何も変わりはない、と思ったのかもしれない。
 フィリスは父に礼を言い、それから自らの意見を言う。

「……私は、つい昨年まで、ソフィア王女殿下と学院に通わせていただいておりました……」

 という所から始まった彼の言葉は、私との思い出をいくつも語り、そしてその結果として、私に惹かれた、どうしても妻にしたい、というところまで進み、そして最後に、

「古今の法において、殿下の夫の座を欲するものは決闘によってその権利を得ることも認められております。ですから私は今、その権利を得るために、この場で、ここにいる全員に、決闘を求めたい」

 そう言って言葉を締めた。
 それに誰もが驚いたのは言うまでもない。
 そもそも古今の法にそのような制度があったのか?
 と疑問に感じたが、国王が法務行政官に確認したところ、確かにそのような例が四百年前にあり、権利として認められている、と発言したことから、フィリスの提案は認められることに至る。

 そして、その場で決闘が行われることになった。
 国王の御前での戦い、ということもあって、いずれの者にも気合が入る。
 その表情は、イケメン好きの私にとっては恍惚とせざるを得ない、非常においしいものであった。
 二人ずつ戦っていき、最後に残った一人がその権利の保有者……つまりは、私の夫となる権利を持つ、ということのようだが、別に誰が勝っても私的には全然かまわない。
 フィリスだけは勘弁だけども……いやでもかっこいいから……。
 妙な葛藤が頭の中を行き過ぎる中、決闘が始まった。
 そして、一人、また一人、と敗北者が決まっていき……。

 最後に残ったのは、納得の二人であった。

 一人はフィリス、そしてもう一人は……フィリップだ。
 学院における剣術授業の成績一位と二位。

「フィリス、また突然、妙なことを言い出したかと思えば……君はそんなに殿下のことを想っていたのかい? 寡聞にして知らなかったよ」

 フィリップがフィリスにそう言う。
 フィリスはそれに対して、

「私は殿下のことを深く慕っている……たとえ親友であっても、この道を遮るものは容赦しないぞ」

 そうはっきりと言い放った。
 言葉だけ聞くと、フィリスがとてつもなく純粋かつまっすぐな想いを私に抱いているように聞こえ、フィリップはそれを若干馬鹿にしているように感じられるが、現実はな……。
 あのイケメン、最後に私を殺す気満々なんですよ、ご存知?
 とか言えるわけがない。
 まぁ、ここまで来たら私にどうにかできることはないだろう。
 仕方がない。フィリップが勝つことを祈るくらいしかできない……。

 二人の戦いは、いつかの模擬戦のように、フィリップの一撃から幕を開ける。
 そして途中からあのときのように、徐々にフィリップの方が押され始め……。

「フィリップ、やはり、私の方が上だったようだ」

 とフィリスがにやりと笑った。
 ……なるほど、邪悪だ、と私は時間を戻って以来、初めてあの最期の瞬間に見た、フィリスの本性を見た。
 フィリップはしかし、そんなことは知っていた、という顔で、

「……君は最後の瞬間、手を抜いてしまう。僕はそのことをずっと昔から知っていたよ。そう……君に出会う前から」

「なにっ?」

 そう言った瞬間、フィリップは目にもとまらぬ速さで剣を返し、そしてフィリスの胸を切った。
 血しぶきが飛び、地面を汚す。
 フィリスは何が起こったのか分からない顔で、茫然としながら倒れていった。

「勝者、フィリップ! そして、これをもって古今の法に基づき、フィリップが権利者と認める!」

 審判のそんな声が響く。
 私はフィリップのもとに近づき、言う。

「フィリップ……よく勝ったわね」

 正直驚きだ。
 あの模擬戦以来、学院のとき、一度たりともフィリップはフィリスに勝てなかったのだから。
 しかしフィリップは言う。

「……まぁ、最初の一回はともかく、そのあとはわざと負け続けたからね。君が死ぬ瞬間にご高説を語っていたというから、最後の最後に油断する、そういうタイプなんだろうと思ってさ」

 つまり、学院からずっと、彼の油断を誘うべく行動し続けてきた、ということなのだろう。
 わずかながらに剣術の腕は下だ、と見せ続けて……。
 でもそれは、ここで戦うことを見越してなければする必要のない行動ではないか。
 そう思った私にフィリップは、

「どうしようもなくなったとき、フィリスがどうやって君と結婚するか、色々考えて調べたりしたからね。古今の法にも早いうちに気づいた。だからさ。ただ、僕はこの権利を行使するつもりはないから、君はフィリス以外から自由に婚約者を選ぶといい。僕の努力実って、君の好きなイケメンぞろいさ。嬉しいだろう?」

 そう言って微笑む。
 屈託のない、あの学院の屋上でよく見ていた、心落ち着く笑みだ。
 そしてそれを見て私は思う。
 ……別に、いいじゃないか。
 と。

 そう思った瞬間、私はフィリップの顔に自分の顔を近づけていた。
 距離がゼロになり、そして茫然とした表情のフィリップが目に映る。

「お父様! わたくし、この方と結婚します!」

 突然の宣言だった。
 それなのに、父上は深く頷いてくれる。
 そして、厳粛な、すべてを受け入れるような大らかな口調で、

「うむ、いいだろう。フィリップ、娘をよろしく頼む」

 国王がそう言った瞬間、周囲の人々からは健闘を称える拍手が送られた。

「……ソフィア……なぜ」

 ひどく困惑した様子のフィリップが私にそう尋ねる。
 気持ちは、よくわかる。
 しかし、答えるべき台詞は、今や私の中に明確に存在していた。
 私は微笑みながら、彼に向かって口を開く。

「なぜって、今の私にはあなたが誰よりもイケメンに見えるからよ。いいじゃない……それとも、私じゃ、いや?」

 偽らざる気持ち。
 そして、少しだけ、不安な気持ちだ。
 こんなひどく移り気な私に、彼は少しでも情を移してくれるのかと。
 けれど、私のそんな不安など、フィリップはいつもの微笑みで吹き飛ばしてくれる。

「……いいや。そんなことはないさ。しかし……こんなに格好いい貴公子たちばかりなのに君は……」

「え?」

「ソフィア、君はなんて愚かなんだ」

 そう言ったフィリップの顔は嬉しそうに微笑んでいて、きっとこの人となら、幸せな家庭を築いて行ける。
 私はそう思った。

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