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ツンデレ子猫の幸せな一日
作:ヨネ@ハイテンション


 
 薄暗がりな空から、ほんの少し朝日が差し込む時間。
 普通ならこれから目覚める時間だと言うのに、この街はこれからやっと眠りにつこうとする。
 そんな街とは反対に、今まさに目を覚まして、街を悠々と闊歩する存在が一人、いや一匹。
 ツンと尻尾を空に向けてつきたて、軽やかな足取りで、この小汚い街を我が物顔で道の真ん中を突き進む。
 綺麗な銀色の毛並みに、耳の先だけが黒くなっているその物体。

 猫である。子猫である。

 あどけない表情の中にただならぬ気品、とは言うものの血統書などあるわけも無く、ただここらをうろつく野良子猫なのである。
 そいつは、ふと何も無いところで立ち止まると、空を見上げて『ニャー』と声を上げた。
 朝日に向かって、『おはよう』とでも言っているのかもしれないし、それともただの気まぐれなのかもしれない、実際のところそれはその猫本人以外にはわからない事なのだ。
 もしかすると、宇宙へ向けてのメッセージだったり? などと考えるのはあまりに想像の翼を羽ばたかせ過ぎと言えよう。
 子猫は暫くの間、座って空などを見ていたが、それもすぐに飽きてしまい、またテクテクと歩き出す。
「ミャー」
 ふと道の脇に捨てられているビニール袋に目がいく。
 風に触れてフワリフワリと揺れる様が、子猫の中に眠っていた何かに火をつけた。
「ミギャー」
 力強く前足でコンクリートを蹴りつけると、実際の身体のサイズからは想像もつかないような跳躍を見せ、勇猛果敢にビニール袋に飛び掛る。
 しかし、その危険を察知したのか、はたまたただの風のいたずらか、ビニール袋はひらりと子猫の攻撃をかわして見せる。
「ニャ?」
 こいつやるな・・・・・・。そんな風に子猫が思ったかどうかは勿論わからない。
 お前こそやるな・・・・・・。確実にビニール袋はそんな事を思ってはいないだろう。
 間髪置かず、子猫は次の攻撃を繰り出す。
 ビニール袋を助けてくれる風は今回吹くことも無く、見事に子猫はビニール袋を前足で捕まえ、爪で引っかく事に成功するのだ。
 まぁ、さらに力を入れて引っかこうとして、ビニール袋に逃げられてしまうのはご愛嬌と言っておこう。
 そんな事を約37回繰り返すと、どうにもこうにも子猫はくたびれてしまう。
 くたびれてしまうとどうなるのかと言うと、お腹が空いてしまうのである。
「ミィー」
 子猫は寂しそうな声を上げた。
 お腹が空くと、とっても寂しいのだ。
 一人ぼっちなんかよりも、空腹は寂しいのだ。
 子猫は空腹を引きずりながらも、それを感じさせないように歩き出す。
 周りに対して弱みを見せる事は、子猫の性分にあわないのだ。

 そして、とある一軒の店の前で歩みを止める。
 そしてきぜんとした声でこう鳴くのだ。
「ミャーミャーミャーミャー」
 ひとしきり鳴いたあとは、ピシッと背筋を伸ばし、尻尾を優雅に立て、座って待つ。
 待つこと約30秒。
 その店の奥から一人の女性が顔を出す。
 いや、正確に言えば、女性の格好をした男性と表現すべきなのだが。
 女性の格好をしていても、広い肩幅とがっしりとした胸板、そしてうっすらと生え出してきている髭が、あまりにも痛々しい。
「あらあら、猫ちゃん今日もきてくれたのねぇ。待っててね、すぐ美味しいご飯持ってきてあげるからぁ〜」
 けだるく野太い声で、そう言うと彼女は(まぁ実際には彼なわけなのだが、あえて彼女と呼ぶ事にする)は、店の奥にまた引っ込んでいった。
 子猫は正直お腹が空いて待ちきれない気持ちでいっぱいだったのだが、ここは一発なめられてはいけないと、直立不動で凛々しい姿を崩しはしないでいた。
 そして待つこと3分間。
「はぁ〜い、お待たせ猫ちゃん」
 彼女はそう言うと、キャットフードの缶詰を一個、子猫の前に置いた。
「ご飯だけじゃ喉渇いちゃうでしょ〜。はぁい、ミルクもあるわよ〜」
 そう言ってお皿にミルクを注いでおいてくれた。
「うふふふ、私のオッパイからミルクがでればいいんだけどねぇ。なぁんてねぇ」
 胸の辺りを押さえながら、ゲフゲフと笑う彼女は、なんて言うか、何とも言いたくない感じだ。
「ニャー」
 ありがとう。多分そういう意味でいいのだと思う。
 子猫は一鳴きすると、あとは一心不乱にキャットフードの缶詰に顔を突っ込んだ。
「あらあら、凄くお腹すいてたのねぇ。あせらなくてもまだまだあるからゆっくりお食べ」
 彼女はそう言いながら子猫の頭を撫でようとしたが、子猫の見事なフットワークで回避されてしまう。
 もう一回! と彼女は再チャレンジを試みるのだが、それもまた軽やかなフットワークにより回避される。一心不乱に食事をしているように見えても、周囲への警戒は怠らない、これは可愛げがないのではなく、野良として生きるうえでの防衛本能のなす業なのかもしれない。
「あらま、触られるのが嫌な猫ちゃんなのかしらねぇ。まぁ私だってこんな商売してるけどさぁ。触られたくないお客もいるわけだし。猫ちゃんはオカマちゃんが嫌いでちゅかー?」
 問いかけに、子猫はまるで無関心だ。
「つれないわねぇ。食事くらいで簡単になびくと思わないでよ! って事なのかしらね。ふふふ、そう考えると、猫ちゃんも私たちも似たもの同士なのかもしれないわね」
 彼女は勝手に納得して、勝手に満足げな笑みを浮かべた。
「さぁて、私はまだお店の片づけがあるから、さっさと終わらせてくるわねぇ。猫ちゃん良かったら片づけが終わるまで待っててねぇん」
 彼女は子猫にウィンクをして見せたが、子猫は彼女の方を見ることも無く、視線はひたすらキャットフードに向けられていた。
 そして食事を続けること5分。
「ミャー」
 満足な声を上げると、猫はさっさとこの場を立ち去る。
 そりゃそうだ、待っててなんていう約束をこの猫が守る義理などどこにも無いのだから。
 それ以前に、子猫は人間の言葉なんてわかりはしない。
 むしろ、用を済ませたのだから、この場所はすでに用無しなのだ。

 子猫はお腹いっぱいになったので、とても眠くなってきた。
 いや、夜は確かにちゃんと眠ったはずなのに、それでもやっぱり眠くなってしまう。
 眠い時には寝る。
 これはとても正しい事だと、猫はきっと思っているだろう。
 だから、寝ることの出来る場所を探そうと、あちらこちらを歩き回ってみたものの、道路には早朝のゴミ回収車がうるさい音を立てて走り回っていて、子猫の眠りを妨げようとする。
 それに、さっきのように飲み屋関連で働いていた女性や、女性の格好をした男性が、まとわりついてうざったくかまおうとしてくるので、それにも辟易していた。
 子猫は誰にも干渉されず、静かな場所で眠りにつきたいのだ。
 できれば、日当たりも良く、寝心地の良いクッションがあれば最適だ。
 道路の脇を歩きながら、そんな場所を探してみるのだけれど、あるのはゴミ、ゴミ、それにむらがるカラス、カラス。
 ゴミに近づいた子猫に向けて、カラスは『カァーー』と威嚇の声を上げる。
 その声に、ビクッと背中の毛を逆立だせそうになってしまうが、そこは我慢の子。
 そんなもの、私に関係ないわと、あえて歩みを止めようとはしない。
 しかし、そんな子猫の動きが、カラスには縄張りを荒らす侵入者に見えたのだろう、さらに大きな声で威嚇をかけると、まわりのカラスを巻き込んで、子猫に襲い掛かった。
 空から飛来する大きくて黒い物体。
 子猫は避けようとするのだが、さっきのオカマバーのママが頭を撫でてくるのをかわすようには上手く行かない、いく訳がない。
 こうなったら子猫の取る行動は一つである。
 三十六計逃げるに如かず、形勢が不利になったら、一目散で逃げる。
 これこそ中国の兵法にも伝わる奥義である。
 勿論この猫は中国に行った事もなければ、兵法を学んだこともない。
 けれど、野性の本能は生まれた時からそれを知っているのだ。
 子猫は走った。後ろを振り返ることもせず走った。
 走っている場所がどこなのか、自分の足元がどこにあるのか、そんな事すらも頭に無く走った。
 そうしているうちに、子猫は大通りの、車が絶え間なく行き交う道路に飛び出してしまう。
 大きなトラックが子猫の身体を突き飛ばす――かにみえたのだが、子猫の身体は車高りも低く、実際は車は子猫の身体の上を通り過ぎただけだった。
 と、安心したのもつかの間、ここは道路のど真ん中、危険はあっちもこっちもそっちもありまくりなのだ。
 子猫は途方にくれた。
 道を戻ろうにも車がいっぱいだ、進もうにも車がいっぱいだ。
 ならばどうすればいい?

 結論。
 何も考えずに、いつものように悠々自適に道路の真ん中を歩き出した。

 突然の子猫の道路横断に、平和な朝にパニックが展開される。
 キキキィーーー
 けたたましいブレーキ音をたてるトラック。
 そのトラックを避けようとしてガードレールにぶつかる乗用車。
 急停車したトラックに、玉突き状態で2台3台と連続して車が突っ込んでくる。
 ハンドルをきりそこね、横断歩道に突っ込んでしまった車も数台、その巻き添えを食らった人間も数人。
 まるでハリウッド映画のカーアクションシーンのような状況が今目の前で繰り広げられているのである。
 しかして、子猫はそんな事はまるでお構い無しに、テクテク、テクテクと自分のペースで道路を横断していく。
 まぁ、うるさいなぁ、なんてことは思ったかもしれない。
 けれど、あれれ、事故で大変だなぁ、みんな怪我とか大丈夫かなぁ、などとは絶対に思ってはいないだろう。
 一台の車がゴミ捨て場に突っ込み、そのままガソリンに火がつき炎上した。
 ゴミにたかっていたカラスは、突然の出来事に空に飛び上がる暇も無く、ゴミもろとも一緒に燃え上がった。
 子猫はそれにも気がついていなかったし、興味も無かった。
 いま子猫に興味がある事は、ただ向こう側の道路に行くことだし、それ以前に一番の興味は良いお昼寝場所を見つけることなのだから。
 数秒後、大パニックと引き換えに、子猫は見事に道路の反対側にたどり着く事に成功する。
 子猫は、あまりの騒がしさにふと後ろを振り返った。
 燃えさかる車、泣き喚く人間とカラス。
 散乱するガラスの破片に、車の部品。
「ミャーミャー」
 うるさいなぁ、静かにしてくれよ、朝だよ朝! ホントにデリカシーが無いんだから!
 そうとも聞こえなくもない鳴き声を上げると、子猫はさっさと五月蝿い場所を後にした。
 
 子猫はとても眠かった。
 もうどこでもいいから妥協して眠ってしまいたかった。
 子猫は公園のような場所までなんとか眠い目を引きずりながらたどり着くと、適当なところに腰を下ろし、もうこのまま寝てしまおうと思った。
「あら、猫さん、こんな所でお昼寝ですか? いえいえ、朝だから朝寝ですか?」
 目を閉じて眠ろうとしているところに、邪魔が入る。
「ウニャー」
 子猫は、威嚇するように鳴こうとしたのだが、眠くて声にあまり力がはいらない。
「猫さん猫さん、もしよろしかったら、私の膝の上で眠りませんか? そうしませんか?」
 猫に向かって話しかけているのは、年のころ二十歳そこそこに見える女性だった。
 ケバケバしいメイクの女性が闊歩するこの街には、少し浮いた感じのする女性。
 けれどこんな時間に、こんな街の、こんな公園で、こんな子猫に話しかけている女性だ。きっと変わった女性に違いない。
 子猫は勿論彼女の問いかけに答えなかったし、それ以前に彼女の問いかけの意味も理解出来る訳も無かった。
「お返事無いようですけれど、返事がないのはオッケーのしるしとポジティブに考えてしまいますよ」
 そう言うや否や、彼女は子猫を抱きかかえて、自分の膝の上に乗せてしまう。
 子猫はジタバタと抵抗しようと試みるのだけれど、もうすでにいつ眠ってしまってもおかしくない睡魔に犯されている状態では、どうにもこうにも無駄なあがきなのである。
「ふふふ、あんがい大人しい猫さんなんですねぇ。私は別にこの後することもありませんから、猫さんと一緒にここでお昼寝ならぬ、お朝寝しちゃいましょう」
 彼女は意味のわからない事を言いながら、子猫の背中を軽く撫でた。
 そうすると2秒もたたないうちに、子猫は眠りの世界へと落ちていった。

 温かい膝の上、心臓の鼓動が聞こえる。
 なんだろう、このリズム。
 なんだろう、この匂い。
 なぜだか、少し安心する。
 なんだか、とっても暖かい。
 
 数時間がたち、子猫は目を覚ました。
 子猫の眠りに連動でもしているかのように、彼女も目を覚ます。
「あらあら、同じタイミングで目が覚めちゃいましたね。きっと私たち気が合うんですよ」
 眠そうな瞼を擦りながら、彼女は優しく子猫の頭を撫でた。
 子猫は避けることなく、頭を撫でてもらった。
 自然と喉がゴロゴロと鳴った。
「そうだ猫さん。もし良かったら、私のお家にきませんか? たいしたところではないけれど、美味しいご飯と、あったかい毛布くらいはありますよ?」
 喉を二本の指で優しく触りながら、彼女は子猫に問いかける。
「ニャア、ニャア」
 子猫は気持ちがよくって、思わず声が出てしまう。
「それは、オッケーの返事と受け取ってよろしいですね。それでは行きますよ。私のお家にレッツゴーですよ」
 彼女は子猫を胸に抱きかかえた。
 彼女の胸の中はとってもやわらかくて、とっても暖かかった。
 ああ、これはさっきの膝の上といい、この胸の中といい、眠るのにはとても良い場所かもしれない。
 それにこの女は、エサをくれるやつとは違い、自分の好きな良い匂いがするし、ドクンドクンという音は、なんだかホンワカホンワカとさせてくれる。
 人間も悪くないのかもしれない。
 子猫はそう思ったのかもしれない。
「行きましょう、行きましょう。私のお家に行きましょう〜。あっ、そっか。もう私と猫さんのお家ですよね」

 彼女はコホンと咳払いを一つして、子猫の耳元で小さく囁いた。
「私たちのお家に行きましょうね」
「ミャー」
 
 その日から子猫は、暖かくて、やわらかくて、いい匂いがして、しかもエサには困らない、すばらしい寝床を手に入れたのでした。
 
 そのかわりに、事故による重軽傷者25人、さらに火災も起こしちゃったけどね。
 
 けれどそれは子猫には、全く関係ないお話なのでした。


 おしまい☆


友達にお題をだしてもらって書いてみました。
たしかツンデレ猫
新宿2丁目
オカマバーのママ
そんなお題だったような。
それでいて猫はファンタジーとかSFで逃げないで普通にかいてね!
って言われました。
SF大好きなのに・・・・・・
もりあがりもなにもない、ほんわかした小説になりましたが
良ければ感想などよろしくお願いいたします。













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