1.導入
Sの友人であるKは、いつものようにSを自分の趣味に巻き込もうとしていた。
それは決してありがた迷惑であるというのではない。それどころか、もともと趣味らしい趣味も無くただなんとなく日常を過ごしていたSにとって、新しい楽しみをもたらしてくれるKは非常にありがたい友人だった。今までにも、ジャズや前衛絵画、SNSやボリス・ヴィアンなど、彼のおかげでもたらされた日々の楽しみは多かった。
とはいいつつも、もちろんSには合わない趣味もある。その最たるものがゲームだ。
今までゲーム好きなKはSに、例えば将棋、チェス、碁、オセロ、モノポリー、バックギャモン、ポーカーなどを教えてみたが、彼にはどうもその面白さが理解できないでいたのだ。
Sはなかなか記憶力もあるし、人一倍頭の回転が速いために、何の苦もなくルールや基本的な戦術は身に付けることができた。しかし、彼には相手に勝とうという意志がまるで無かったのだ。
2.対話
K「なぜ君がこれほどまで勝負事に興味を示さないかが解らないな。」
S「どうもやる気が起きないんだよ。それは性格的なものだろうね。」
K「確かに君は、生き方自体に勝負性が感じられないな。そもそも君は僕と知り合った頃から記憶力に恵まれ、明晰な頭脳を持っていた。そして君が入った高校はこの街で一番の進学校で、入学後も成績は上位だった。トップではなかったにしてもね。しかし君を知る人たちにとって以外だったのは、その後君が進学したのは東京の一流大学ではなく、この街の特にレベルも高くない国立大学だった。そして同様に君は大手の企業を選ばずに、地元の役所で公務員として働く人生を選んだ。」
S「意外かな?僕は満足してるよ。」
K「すごくおせっかいな言い方すると、僕が君ならもっと上昇志向を持った生き方をしているよ。まぁそこまで行くと人生観の違いって話になってしまうんだろうけどね。」
『二つの、
異なる物語が、
出会う。
そこで、
哲学が発生する場が生じる。
必然ではないにしても。』
S「僕にとってはゲームも受験も仕事も全て単純作業でしかないんだ。例えばこのあいだ君に教わった麻雀について考えてみる。はじめに麻雀牌が配られる。そして効率的に成立するであろう役を想定する。ここで大きな役を狙うかすぐに上がれる役を狙うかという価値判断が生じるけれど、まずはできるだけ双方に対応できるように牌を選んでいく。その過程で期待値的に方向性を定めていく。結局その繰り返しなんだよ。スリルも高揚感もない。」
K「君の麻雀はたしかにそつなく打つまぁ強い麻雀だ。大きく外すことはないけど、恐ろしく強いってわけじゃない。君の意見はもっともかもしれないけど、ゲームには読まなきゃいけない流れってのがある。解るかな?初めに牌が配られる。その組み合わせだとか、その後引く牌の種類だとかさ、もちろん相手のもだけど、そこから流れってのを見ていって、勝負にでる。それが本当の強さに必要なんだ。君にはそれがない。君の打ち方は決して悪くないんだけどね。ただ、合理性に頼りすぎてる。つまり、数を重ねれば重ねるほど期待値に沿った勝利しか得られない。」
S「流れ、か。確かに有利だとか不利だとか、そういった状況は均等に分布するわけじゃないから、そんなものも有り得るかもしれない。でも、偏りはいずれ元にもどるよ。だからさ、結局合理的にかなったやり方を淡々とやっていくしかないって考えるんだ。もちろん相手の考えてることを推理するぐらいのことはするけどね。」
K「じゃ、どうして君の選択には上昇志向が感じられないんだろうか。いや、選択っていってもゲームの話じゃなくて、進学とか就職とか、人生に関わる部分のことなんだけれど。」
S「同じことさ。進学と言ってもそこまで勉強したいことがあったわけじゃないし、就職にしたって同じさ。そんなことに気をとられるより、とりあえず失敗のないやり方を選んでおいて、他のやりたい事に頭を使いたかったんだ。例えば、君の影響ではじめた絵とかジャズとかだね。」
K「君は独自性を好む。」
S「そう。多数の人が望むものに価値を見出せない。もちろん本能と切り離された部分の話だよ。僕は自分の望むものを、自分を通して見据えて行くことに価値を見出しているんだ。自分と向きある事に意味がある。」
『自己とは一個の他者である』
K「僕は昔からそれが残念だった。君が自分の力を発揮して、上昇していく姿を見たかった。
どうして僕が君にゲームをさせようとするかわかるかい?」
S「ま、うすうすはね。ただ、勝とうする意志自体が僕の中から欠落してしまっているんだ。あまりに満足しすぎている。」
K「ひとつ知りたかったことがある。それなのに、どうして君は県内で一番の進学校を目指したんだ?あの時、君は少なからず人に勝とうとする意志があったはずだ。」
S「ああ、あれかい?あの学校が自宅から近かったからね。それだけだよ。」
K「…なるほど。」
S「僕と君とはずいぶん対称的なんだろうね。君は本当に勝負強いし、そのために必要な意志がある。」
K「僕は昔から信じていることがある。ゲームと人生は鏡の関係にあるってことだ。だから僕はありがた迷惑だって知りつつも、君に勝負を知ることで別の人生を進んで欲しかった。だけどね、いくら試しても、ゲームが君の生き方を映すだけなんだ。僕としては逆を期待してたんだけど。」
S「ゲームは人生、ってわけだね。…よくわかったよ。」
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