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僕の家族のコッコさん つヴぁいッ!
作:田山歴史



第十七話 僕と彼女と温泉旅行(後編)


 大きく息を吸いましょう。
 水の中で。

  
 準備運動を済ませ、僕と京子さんはプールにやってきていた。
 ちなみに京子さんはプールに入る時の儀式である、アホみたいに冷たいシャワーと、バカみたいに冷たい消毒槽(※1)で三回ほど逃亡を図っており、僕はその度に彼女を連れ戻すという、まるで水泳を嫌がる子供の保護者のようなことをやっていた。
 そんな彼女は、現在頬を膨らまして不機嫌そうな表情を浮かべていた。
「ヒレとかウロコがないから、人間は泳げねーもん」
「や、そんな意味不明なこと言わないでください。先人たちはちゃんと人間が泳ぐ方法を考えてくれてますから」
「人間の泳ぎなんかじゃ、イルカと一緒に泳げねーもん」
「イルカは優しい生き物なので人間を引っ張って泳いでくれます」
「ああ言えばこう言う」
「それはこっちのセリフなんですが」
「いーや、こっちのセリフだね。人は絶対に泳げないね」
 そう言いながらも準備運動を怠らないあたり、律儀というかなんというか。 
 でも、プールに入っている人たちは、みんな軽やかに泳いでいるんだけど、あれを見ても京子さんは『泳げない』と言い張るつもりなんだろーか?
 ……言い張るんだろうなぁ。
「さて、それはともかくとして、まずは基本からいきましょう」
「水中で目を開けるくらいならできる」
「んー、それならとりあえず25メートルを目標にしましょうか」
「……それは、公園の子供が遊ぶようなアスレチックから富士山登山にランクアップするようなもんじゃじゃないか」
 ものすごい勢いで睨まれたが、僕はもうその程度では動じない。
「はいはい、ごたくはいいからさっさと泳ぎましょうね」
「……………ちっ」
 あからさまな舌打ちはわりと人の心を傷つけるのだけれど、京子さんは容赦なくやってくれやがりました。それから渋々、あるいは恐る恐るといった感じで、プールの中に入った。
 僕はその時、なにか重要なことを見逃しているような気がした。
 ふと足元を見ると、大きな黒字で『深い』と書かれていた。どうやらプールの中に傾斜がついているらしく、僕らがいる場所が一番深く、反対方向になるほど浅くなる仕組みのようだ。
 子供も大人も楽しんで遊べるようにとの配慮らしい。
 ちなみに、京子さんの身長はものすごく低い。
「………………」
 僕は慌ててプールに飛び込んだ。
 

「殺す気だろう? 殺す気なんだろう? なぁ、坊ちゃんはあたしを殺す気満々だったりするんだろう実は。死ぬかと思ったぞ本気で死ぬかと思ったぞ。だから泳げないって言ったじゃないかこの野郎。気管に水とか入るとまじで苦しいんだぞちくしょう」
 涙目の京子さんは、僕の耳元で延々と恨み言を繰り返していた。
「あの、京子さん……」
「なんだよ? あたしの苦しみはイタメシ程度じゃ癒されないくらいに増大してるぞ」
「いや、えっと……なんて言っていいのか分かりませんけど」
 溺れる寸前の京子さんを手際よく救出した僕だったが、京子さんの怒りはすさまじく、当然許してもらえるはずもなかった。
 怒りの収まらない京子さんは、僕に罰ゲームを言い渡した。
「あの……これって罰になってるんですかね?」
「なってるだろ。まぁ、他の男ならまだしも……坊ちゃんには罰だろ?」
 僕の首にしがみつきながら、京子さんはにやりと笑う。
 京子さんが言い渡した罰ゲーム、それは『京子さんをおんぶして流れるプールを流れに逆らって三周』という、過酷なんだか過酷じゃないんだかよく分からないものだった。
 ……いや、やっぱり訂正しよう。過酷です、この罰ゲーム。
「京子さん、あんまり体を密着させないでください」
「ふーん……えろいこと考えそうだから?」
「………………」
「男の子だねェ」
 後ろを見ないでも分かる。京子さんは絶対楽しそうににやにや笑っている。
 京子さんは、屋敷にはあまりいないタイプの女の人である。気さくで姉御肌、よく笑ってよくしゃべってよく遊ぶ。
 僕みたいな少年の扱いにも、かなり慣れている。
 コッコさんや美里さんみたいな年上とは、また違うタイプなわけだ。
「ほれほれ、疾風のように走れ『ぼんぼん号』」
「やめてくれませんかその名前まじでやめてくれませんかっ」
「じゃー『むっつり号』でどうよ?」
「人をエロみたいに言わないでください」
「エロいだろ、男なんだし」
 あっさりと言って、京子さんは体をさらに密着させてきた。
「ちょっ、なにやってんですかっ!?」
「流されないようにしてるだけさ。ん? 他になんかあんの?」
 挑発的な笑いを浮かべて、京子さんは楽しそうに僕の首に腕をからめてきた。
 背中に当たる柔らかい感触とかはあえて考えない。考えたら負けだ。負け負けだ。僕は一生この人に頭が上がらないどころか、食堂で一番安いソース焼きそばに千円を払わなきゃならないような事態になってしまう。
 仕方なく、僕は溜息を吐いて最終警告をすることにした。
「京子さん」
「なんだい?」
「それ以上やったら、水の中に潜りますよ?」
「そんなことしたら今晩夜這いかけてやるからな」
 明らかに冗談では済まされない響きの声。ここで水の中に潜ったら僕の貞操が色々とまずいことになるわけだ。男だから貞操っていうのは間違っているかもしれないけれど。
 ……まぁ、とりあえず。
「分かりました。潜るのはやめますから腕の力を緩めてください」
「んー……どーしよっかなぁ?」
 京子さんはにやりと笑って、僕にしっかりとしがみついてきた。
 僕は溜息を吐いて、ほんの少しだけ呆れた。さっきから京子さんがやたら僕にしがみついてくる理由は分かりきっているのだが……強情というかなんというか。
「怖いならそう言えばいいじゃないですか」
「なんの話だい?」
「ここって流れが急だし、京子さんの身長じゃ頭も出ないでしょ?」
「……背伸びすれば頭は出る」
 京子さんはわりと低身長であることをコンプレックスにしているらしい。ただ、それを言うと絶対に殴られるのでやめておいた。
 仕方なく、僕は京子さんを背負い直した。
「京子さん」
「なんだい?」
「これが終わったら、ちゃんと泳ぐ練習しますからね」
「や、だから無理だって。あたしの骨格は強化オリハルコニウムでできてるから、骨よりは軽いけど、比重が重いから水に沈むようになってるんだって。背が伸びないのもそのせいでね」
「どこのファンタジー世界の設定ですか、それは」
「実はあたしは人類を救うために生み出されたサイボーグ戦士キョーコだったのだ」
「ずいぶんと可愛いサイボーグですねェ。……まァ、いくらなんでもサイボーグっていう発想は古いと思いますが」
「あっはっは、ここがプールの中じゃなかったら絞め落としてたところだね」
 笑いながら、京子さんは僕の首をスリーパーホールドの要領で絞めていた。どうやら落とさなければなにをやってもいいと思っているらしい。
 軽い気分で首を絞めたりすると、下手をしなくても後遺症が残ったりするので良い子は真似しないよーに。
「京子さん、ごめんなさい。謝るんで許してください。あとで焼肉奢りますから」
「焼肉程度で乙女の傷付いたハートが元に戻せると思ってるのかこの野郎。ジェネレーションギャップとか言いやがって。たった三つしか離れてねーじゃんか」
「言ってないっす。ジェネレーションギャップまでは言ってないデス……でも、二十歳になる人が『乙女』はないんぐげ」
 首に回された腕のパワーが三ランクアップ。僕の視界が真っ赤に染まり、意識はそのまま闇の向こうに落ちていく。
 意識を失う前に後ろをちょっと振り向くと、僕という船を失うことになった京子さんはめちゃめちゃ焦って、泣きそうになっていた。
 その可愛らしい姿を脳裏に焼き付けて、僕は意識を失った。
 

 変な夢を見た。
 荒唐無稽で面白おかしく、哀れで醜く、それ故に美しい。そんな夢だ。
 それは、悲しい物語で、僕はそんな物語が一番嫌いだった。大嫌いだった。
 その物語には救いがなかった。頑張って頑張って頑張り抜いて、結局は報われることがなかった。物語の主人公は最後に悲しそうに笑って、背を向けた。
 小さいけれど、どこまでも強く誇り高いその背中に手を伸ばして、そこで目が覚めた。
「ん……」
 目を開けると、僕は布団の中にいた。
 ゆっくりと体を起こす。なんだかものすごく眠ったような気がする。
 時計を見ると、夜の七時を回っていた。
「……なんか、思い切り時間を無駄にしたよーな気がする」
 欠伸をしながら起き上がる。かれこれ五時間ほど眠っていたことはともかく、僕をここまで連れてきてくれたのは誰かとか、プールで窒息したのにも関わらずきっちり浴衣を着ていたりとか、かなり疑問に思う所はあったけれど、それは多分京子さんが従業員に頼んでくれたんだろう。
 ……少なくとも、京子さんが僕の服を着替えさせたってコトはないはずだ。
 ………そう思いたい。
「で、自分の身のことも考えずに僕のことを窒息させた人はどこに……」
 探すまでもなく、京子さんは僕の目の届く場所にいた。
 涼しい風が吹き込んでくる窓際で、座椅子にもたれかかって眠っていた。
(……またあどけない寝顔がやたら可愛いし)
 ほんの少しだけ溜息を吐きながら僕は薄い掛け布団を取り出し、京子さんに掛けた。
「……………ん」
 京子さんは寝返りを打って、掛け布団にくるまった。
 穏やかで普段からは想像もできない無防備な寝顔。僕はほんの少しだけ悪戯心を出して、京子さんの頬をつついた。
 さっき首を絞められたのだから、これくらいは許されるんじゃないだろーか。
「……お疲れ様です」
 聞こえていないだろうけど、僕は京子さんに頭を下げる。
 屋敷の中である意味一番忙しい仕事に就いているのが京子さんだ。朝は早いし夜は遅い。遊んでいるヒマなんてない仕事を京子さんはやっている。疲れないはずはない。
 京子さんは気丈な人だから、疲れたとかもう辞めたいとか、そういう弱音をほとんど吐かない。社会人だからとかそういう問題じゃなくて、本当に京子さんは絶対に弱音を吐かない。弱みを見せない。
 正確には……弱いところが全然見えない。
 危うさを感じさせない強さ。柔軟な対応と素早い判断。なにをやらせても誰よりも上手くこなし、人間関係にもきちんと気を配れる。気さくで姉御肌で面倒見がよく、信頼も厚い。……まるで、完璧超人みたいだ。

 でも、京子さんは本当にそうなることを望んでいたんだろうか?

「………アホか、僕は」
 一瞬、馬鹿なことを考えた。
 とてもではないが普段の僕からは考えられないような思考。普段の僕ならば心の中で京子さんをこれ以上にないって位に絶賛した挙句、今年は給料を上げようくらいには思っていたはずだ。
 やっぱりこれはアレか。年下にしか見えない年上のおねーさんと一緒の部屋に泊まるとかいう、まるでゲームかマンガのような展開に、内心喜んでしまっているせいだろうか。
 でもそれは仕方ないよ。仕方ないのさ。男の子だもの。
「…………いかんな、これは」
 どうやら、僕の脳はいい感じに茹で上がっているらしい。このままだと狼さんになりかねないので、冷たい飲み物を買って頭でも冷やそう。
 京子さんを起こさないように財布を持って立ち上がる。
「あたし、アイスコーヒーね」
 ドアノブに手をかけたところでいきなり響いてきた声に、心臓が口から飛び出そうになった。
 恐る恐る振り向くと、京子さんは寝転がりながら、こっちを見ていた。
「……起きてたんですか?」
「起きたのさ。たった今ね」
 京子さんは欠伸をしながら起き上がり、口許を緩めた。
「変なことはしてないだろうね?」
「……しませんよ。いくらなんでも女性の寝込みを襲うほど堕ちてません」
「じゃあ、どんな女の子だったら坊ちゃんは襲いたくなるのかねぇ?」
 京子さんは実に楽しそうに笑う。
 少し考えて、僕は口許を緩める。さすがにやられっぱなしというのは性に合わない。ここらへんでちょっと反撃させてもらおう。
「僕が襲いたくなるような女性は、身長百八十五センチで体型は細身、髪はちょっとはね気味で元気が空回ってて、笑顔がやたら可愛い女性ですね」
「……………へ?」
 京子さんの顔がかなり引きつる。そこにたたみかけるように、僕は言葉を続けた。
「もしくは、身長百四十三センチで体型はふっくら、髪は綺麗なストレートでいつも気丈に振舞ってる、愚痴も文句も言わない女性です」
「……えーと」
「一応言っておきますけど、こっちもけっこーいっぱいいっぱいなんで、あんまりあからさまな挑発とかは勘弁してください」
 にっこりと笑って手を振って、僕はドアを開ける。
「ちょい待て、坊ちゃん」
「なんですか?」
「その……なんだ、あたしの方は別にどーでもいいんだが、身長百八十五センチの方は……えっと、まじなのか?」
 僕としては、今この場にいる京子さんの方が気になるわけだけど、それを言う必要は別にないだろう。
 だから、笑って答えた。
「おおむねまじですが、僕にはちょっと高嶺の花ですね。僕より頼りがいがあって、僕より腹黒くなくて、章吾さんよりもヘタレてない男性がいたらぜひ紹介してやりたいんですけど、そういう完璧超人はなかなかいなくて」
「……高嶺の花って」
 京子さんは、なんだか唖然としているようだった。
 まぁ、気持ちは分からないでもない。僕だって身長百八十五センチの彼女がどんな女性なのか知らなかったら、『大女』もしくは『仕事ができないくせに笑顔で誤魔化している人』とでも思っていただろう。
 でも、僕は彼女を知っている。その誇り高き心も、可憐な笑顔も。
 だからこそ、何ひとつ恥じることのない心で、きっぱりと断言した。
「ええ、高嶺の花です。僕には手の届かない輝かしい星のような女性だと言ってもいいくらいです。もしも彼女を不幸にしようとする人間がいたら、僕はそいつらを全員射殺してやりますよ。仕事ができないだの、クズでノロマだの、たったそれだけのつまらない理由で彼女を貶めようとする人間は全員死ねばいい。……大切なのは、そういう表面的なことじゃない」
 ものすごくひどいことを言ってると思う。自分でもそう思う。
 けれど、これは僕の本心だ。偽らざる、僕の心。曲げられない想い。
「あの子は、絶対に幸せにならないといけないと思います」
 殴られても仕方がないと思っていたけれど、京子さんは困ったように苦笑した。
「……坊ちゃんは、趣味が悪いな」
「否定はできないところですね」
「まぁ、その意見にはあたしも賛同しておくよ。確かにああいういい子は幸せにならなきゃいかんよね。……なんか、色々あったみたいだし」
 京子さんは感慨深く呟いて、苦笑しながら窓の外を見つめた。
「坊ちゃん」
「なんでしょう?」
「アイスコーヒーはやっぱりやめた。アイスココアにして。それから、飲むもん飲んだら今度はちゃんと風呂に入って、焼肉食いに行くからね」
「分かりました」
 笑顔で答えて、僕は部屋を出る。
 歩きながら財布の中身を確認。ジュースのついでにお菓子も買って、そのついでにゲームセンターでちょっとだけ遊んでいこうかと考える。
 温泉地っていうのは、客寄せのためにちょっとしたゲームがあるもんだし。
 と、ちょっとわくわくしながら歩いていると、前からえぐい性格の受付嬢が、その手に洗い立てのシーツを抱えて歩いてきた。
「あら、お客様。これからまた温泉ですか?」
「いえ、ちょっと近所のコンビニかなんかでジュースでも買ってこようかと」
「お飲み物なら、当旅館オリジナルのものがあるので、よろしかったらどうぞ」
 思わずこちらが微笑み返したくなる笑顔で言った受付嬢だったけれど、僕はさこの旅館の『オリジナル』という名の恐怖を既に知っていたりする。
 というか、その『オリジナル』というのが『乳酸菌入りコーラ』とか、『やきいもジュース』とか、『一本で一日分のカロリー飲料』とか、あからさまにやる気が感じられない飲み物ばっかりだったのは、なにかの陰謀かなんかだろうか?
 受付嬢は僕の心の中の不満などお構いなしに、営業スマイルを浮かべたまま言った。
「ああ、そういえばお客様」
「なんですか?」
「ちょっとつまらないお願い事があるのですが……」
「お願い事?」
「ええ」
 受付嬢は営業スマイルのまま、シーツから黒光りするものを取り出した。

「大変つまらないことで恐縮なのですが、死んでください」

 中国製トカレフだった(※2)。
 

 第十七話『僕と彼女と温泉旅行(後編)』END


 幕間

 柔らかな髪の乙女は、革張りのソファに腰かけながら優雅にお茶を飲んでいた。
 パイプオルガンから奏でられるのは、あるゲームの魔王のテーマ(※3)である。ただその事実一つだけで、主の趣味がいかに悪いのかがよく分かる。
「黙りなさい、礼二」
「は」
 俺はなにも言っていないが、とりあえず返事だけは返しておいた。
 この女に逆らってもいいことなど何一つない。主に俺の給料とかが極端な危機的状況になるので、俺は基本的にはこの女に逆らわないことにしている。家では腹を空かせた幼い弟と妹がいるのだ。幼くない方の妹のバイト代と俺の給料を合わせてようやく暮らしていける程度の額になる。これ以上減らされてはたまったもんじゃない。
 ちなみに甲斐性なしで母親を死なせた父親はとっくの昔に惨殺しているので問題はない。
「礼二、家族構成と財布事情で行数を稼ぐのはおやめなさい」
「は」
 行数というのがどういうものかは分からなかったが、俺は返事をしておいた。
 俺の主人たる柔らかな髪の乙女はゆっくりと立ち上がり、にっこりと笑った。
「それで、計画の方は?」
「順調です、なんの支障もありません」
「結構。そのまま進行なさい」
「は」
 俺は頭を下げたまま、主人に返答する。
 ついでに、疑問もぶつけてみた。
「主人……本当によろしいのですか?」
「礼二、私はそのまま進行なさいと言いましたよ?」
「いえ、しかし、見込みがあるとはいえたかが一人を殺すのに……あれだけの人数を動員する必要はあったのですか?」
「ふぅ」
 柔らかな髪の乙女たる主人は、あからさまにこちらを馬鹿にしている感じの、めっちゃむかつく溜息を吐きやがりました。
「礼二」
「なんでしょう?」
「そう思うなら、貴方も出撃なさい。そして、これ以上私に説明させないで。もっとありていに言うのなら……邪魔よ、今すぐここから消えなさい」
 主人の返答はそれだけだった。彼女はいつも通りに趣味であるアニメーションの観賞を始めた。その目は、まるで子供のようにキラキラしている。
「……あの、主人」
「なにかしら?」
「そうやっているとまるで『ヲタク』のように見えなくもないのですが」
「好きなように言わせておきなさい。人の趣味に口を出して『変』だと言える人間はね、結局自分の趣味に口を出されたくない人間なのよ。馬鹿にされたくないから『当然』の側についている、ただの弱い人間」
 この世の傲慢と不遜を一手に集めたような主人は、にやりと笑った。
「そんな人間が一番怖い。周囲に『殺せ』と言われれば、そいつは絶対に人を殺す」
「……極論ではないですか?」
「そうね。でも、私はアニメが好きなの。馬鹿にされれば腹を立てる程度には」
 主人はそれだけを言うと、いつも通りに七時ごろから始まるアニメに釘付けになった。こうなるとてこでも動かないのが俺の主人だ。全く、本当になんでこんなアニメ好きの女を主人に選んでしまったのか。
 ……金があればなぁ。
 溜息を吐きながら立ち上がる。生活ってのは金がないとどうしようもない。
 さてと、せいぜい給料ぶんの働きでもしてきましょうか。


 第十八話『こんにちはとありがとうとさようなら』に続く。




 注訳解説ことそして伝説へ

 ※1:細菌どころか人すらも確実に抹殺できるような冷たさを誇る水槽。プールに入る時の定例行事のようなもの。レジャー施設などにあるのはそんなでもないけれど、市民プールなどの施設は、水温がこの消毒槽並になっているので入る際には心停止しないようにきっちりと準備体操を行い、適度に日光浴をしましょう♪
 ※2:1933年旧ソ連軍で制式採用(現在はマカロフにその座を譲っている)された軍用拳銃。その後共産圏のあらゆる国でも使用される。貫通力が非常に高く銃としての性能は悪くはないが、共産圏の性か安全面は軽視されている。ちなみに、日本に入ってくるトカレフの大部分は中国製のコピー品「黒星」で、これは質的に非常に劣悪。弾丸が飛んでいる最中に横を向いてしまうような代物である。
 ちなみに、作中で使用されているものは『中国製』と言ってはいますが、これは主人公の銃器に関する知識不足のためトカレフ=中国という頭の悪い図式を描いているためです。十分にご注意を。
 ※3:お好きなラストボスのテーマを思い描いてください。作者のおすすめはスーパーファミコンの不朽の名作で御馴染み『ライブ・■・ライブ』の『ODI■』のテーマ。十六和音時代のくせに、ここまで『魔王』を表現できるミュージックは他にねぇぜと作者が勝手に思っている。他のおすすめとしてはネ●・グランゾンのテーマで御馴染みの『ダークプリズ●』、 ドラ●エ4のデ■ピサロのテーマ。
 ……最近はこれぞ魔王って感じの最強っぽい魔王がいなくなって作者は悲しいなーとか思ったり。ちなみに最近の最強っぽい魔王は日本一のソフトウェアが隠しボスに確実に出してくる超がつく魔王か、戦乙女のゲームに出てくる不死者の王くらいか(笑)


むかしむかし、あるところに女の子がいた。
彼女は小学生で、生意気な小娘で、バイトである貴族様の御屋敷でメイドをやっていたりした。
けれど、世界はそんな彼女に過酷な運命を科した。
次回、第十八話『こんにちはとありがとうとさようなら』

後悔をしても、失くしたくないものがある。






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