夏休みの日記
一学期の終業式、僕は近藤先生から夏休みの宿題をいくつも出されました。
ドリルは毎日2ページ。
朝顔の観察日記。
自由研究。
そして、日記。
日記は毎日、先生が閲覧できるようにwebにあげなくてはいけません。
でも、僕が元気に夏休みを過ごしているかちゃんと先生は見守ってくれます。
すぐにお返事ももらえます。
僕のクラスの担任の先生は、去年大学を出たばかりのキレイな若い女の先生です。
他のクラスの子たちから、とてもうらやましがられていています。
隣のクラスは、いつもジャージで声の大きな男の先生です。
たまに怒っているような声が聞こえるたびに、近藤先生で良かったなって思います。
隣の隣のクラスは、おばあちゃん先生です。
銀色の細いフレームの眼鏡をしていて、普段は優しいけれど、悪いことをするとギラリと睨んできて少しこわいです。
近藤先生は、いつもキレイな色のカーディガンを着て、近くに行くとふんわりといい匂いがします。
全然怒ることもなくて、悪いことをするとちょっと困った顔をするだけです。
近藤先生があんまり怒らないから、僕らのクラスがうるさくなると、隣のクラスか隣の隣のクラスから男の先生かおばあちゃん先生が来ることもあります。
「静かにしなさい!」
そう言って僕らを起こります。
そして近藤先生にも怒るのです。
「どうしてちゃんと静かにさせることができないんですか!?」
そうすると、近藤先生はいつも下を向いて涙をガマンしているように見えます。
僕は近藤先生のことが大好きです。
僕は近藤先生からの日記のお返事が楽しみです。
だから、毎日さぼらずに日記を書こうと思いました。
夏休みの日記
7月21日
今日から夏休み。明日からはおじいちゃんおばあちゃんの家に遊びに行きます。とても楽しみです。
<先生からの一言>
世の中にはおじいさん、おばあさんがいない子もいます。そんな子たちに自慢するのは差別になるので書かないようにしましょう。
7月22日
いなかのお家はとても広くて、まわりには田んぼや畑がたくさんありました。明日は朝からカブトムシをとりにつれて行ってもらいます。とても楽しみです。
<先生からの一言>
いなかという言葉は、住む場所によって人を差別する言葉なので使わないようにしましょう。
7月23日
虫とりに行きました。カブトムシとクワガタがとれたので、たたかわせました。カブトムシをおうえんしたけど、クワガタが勝ちました。楽しかったです。
<先生からの一言>
たたかいを楽しむのは、せんそうのある国の人はどう思うでしょうか。先生は、たたかいはよくないことと思います。
7月24日
夏祭りにつれて行ってもらいました。神社ではおはやしが聞こえました。わたがしがおいしかったです。
<先生からの一言>
しゅうきょうのことは、人によっては聞いたりすると相手にいやな思いをさせてしまいます。だから書かないようにしましょう。
7月25日
市民プールにつれていってもらいました。たくさん泳ぎました。とてもつかれました。
<先生からの一言>
市民プールという言葉は、市民じゃない人にとって差別になります。だから使わないようにしましょう。
7月26日
となりの家に赤ちゃんが生まれました。小さくてかわいかったです。
<先生からの一言>
子どもがほしくても持てない人もいます。そういう人にとって、赤ちゃんが生まれた話はとてもつらい話になるので書かないようにしましょう。
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なんだかうまく日記を書けなくなってしまい、そのまま日記を書かないままに夏休みは終わってしまいました。
でも、近藤先生なら怒らないはずだから。
多分。
僕は不安だったけれど、無理やりそう思いました。
二学期の初めの日。
教室の中に入ると、みんなどこか浮かない顔をしていました。
いつもならにぎやかな教室がシーンとしています。
ホームルームの鐘の鳴る音が聞こえ、しばらくしてガラガラと音を立てて教室のドアが開きました。
「みなさん、おはようございます」
ニコニコした近藤先生が入ってきました。
二学期が始まりました。
あれから僕らのクラスはとても静かです。
授業中も、誰かがしゃべるかなと思って周囲を見渡したけど、誰もしゃべりません。
僕も、何かしゃべろうと思うたびに夏休みの日記を思い出してうまくしゃべれなくなります。
僕のクラスはとてもいいクラスです。
先生の言うことをみんな静かに聞きます。
おしゃべりだってしません。
おしゃべりすると、言ってはいけない言葉を言ってしまうかもしれないからです。
みんな、誰も傷つけないとてもいいクラスです。