表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

野良怪談百物語

読経

作者: 木下秋

 Bさんはある日、とあるライブハウスに出かけた。友人がギタリストとして所属しているロックバンドの、ライブを観る為だ。


 ライブは盛況に終わり、Bさんは友人の演奏も観れて大満足だった。友人に挨拶を済ませると、興奮を胸にしたままライブハウスを後にする。


 ――しかし、その帰路の途中。Bさんは身体の異変を徐々に感じ始めた。


 耳が、聞こえにくくなっているのである。


 まるで耳に綿を突っ込んでいるかのように、音がぼやける。ネットで調べると、“突発性難聴”。ライブハウスの爆音に耳をやられて、一時的に耳を悪くしてしまったのだ。



(参ったなぁ……)



 一時間後。Bさんの住むアパートの部屋に着いても、耳は一向に良くなる気配を見せない。それどころか、周りが無音になると酷い耳鳴りがしだした。頭頂部で蝉が鳴いているかのような高周波音が、両耳を襲うのである。


 さらに、リビングの明かりを調節する為のリモコンの操作音――“ピッ”といういつもの電子音が、全く聞こえなかった。……どうやら、そうとう耳が聞こえていないらしい。


 (明日も仕事なのに……)。そんなことを思いながらも風呂に入り、寝巻きに着替える。そして寝る前に、トイレに入った。


 ――すると。



「……南無妙法蓮華経……」



 隣の部屋から、お経が聞こえ出した。


 ――しかし、Bさんは特に驚きもしない。零時過ぎ、この時間帯になると隣の部屋から、毎日聞こえてくるものだったのだ。Bさんの隣の部屋には、老婆が一人で住んでいた。彼女はこの時間帯になると、お経を唱えることを日課としていたのだ。



(あぁ、今日も唱えてら……)



 Bさんは、老婆のお経に耳を澄ませる。



(……? 待てよ……)



 ――ここでBさんは、疑問に思う。


 お経は、いつも聞いてる音そのものだった。――今自分は耳を悪くしているはずなんだから、そんな小さな音が今、自分に聞こえるはずがない……と。


 目を瞑り、音に集中した。


 静寂の中――耳鳴りによる高周波音の中に、はっきりとしたお経の響きを感じることができる。



「……南無妙法蓮華経……」



 Bさんは思った。



 あぁ、この音は耳で聞いてるんじゃないんだ……。……と。




 ――数日後。Bさんは隣に住んでいた老婆が、とっくに亡くなっていたことを知った

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ