新しい命
時は前話から一気に飛んで3ヵ月後。
「これ以上成長しないのか?」
異端の科学者である滝城太郎は、自分の研究室で首を捻っていた。彼の目の前には、大きな培養槽があり、その中には1人の少女が浮かんでいた。彼女こそ、先日警察署の遺体から採取した髪などを元にして造られたクローン体だった。
実験はほぼ成功と言ってよく、今の所異常は見られなかった。しかし、ここに来て問題が発生した。体の成長が8歳程度でストップしてしまったのである。
「もう1週間も変化がないもんな・・・やっぱりこれ以上は無理かな?」
成長しないのならば、これ以上培養槽に浸けておく必要はない。
「引き上げるか。」
彼はなんとはなしに言ったが、ここからが一番緊張する時である。なにせあくまで今回やっている事は全て理論上の実験段階に過ぎない事なのだ。何が起こるかわからない。もしかしたら引き上げた途端分子レベルでバラバラになってしまうなどという、漫画のようなことだって起こりえるのだ。
とりあえず、手伝ってもらうために彼は妻の京子を呼んだ。1人では引き上げる事は出来るが、何か起きた時に対処できないからだ。
まず培養槽の中の培養液を抜いていく。満杯だと引き上げにくいからだ。そして半分ほどの水位になったところで、防護服を着込んだ城太郎が培養槽の中へと降りて、少女の体を慎重に引き上げる。液から引き上げる時は緊張したが、幸いにも少女の体に変化はなく、そのまま培養槽の外でタオルを持って待っていた京子へと渡す。
そして一端彼女に頼んで体を拭いて服を着せてもらう。その間に城太郎はもう1つの作業の準備に入った。それは記憶の操作である。
先日明美の遺体を京子がいじったさいに、小型の機械を使って行なっていた作業は脳にある記憶を電気信号に変換して記憶する物であった。幸い、死後時間が絶っていなかったために、軽い電気ショックを脳に送って記憶を引き出す事が出来た。もっとも、完全かはわからないが。
その記録した記憶を、今度はクローン体の方に植え付けるのである。何せ今のまま目覚めさせても一切の記憶がない状態である。何かを覚えているどころか喋ったり歩いたりする基本的なことさえ出来ない可能性があった。
そこで記憶を植え付けるのであるが、もしその記憶が死ぬ寸前の物まで完全に残っているのならば、目覚めた途端驚くに違いない。死んだと思ったら少女になっているのだから。しかも、自分の体を身勝手に複製されたと聞いたらもっと驚くだろう。もしかしたら怒るかもしれない。
「その時は、俺が全責任取らなきゃな。」
そんなことをしみじみと考えていると、京子が少女を抱きかかえてやってきた。
「準備できた?」
「ああ。後は記憶を植え付けるだけだ。その娘に変わった事は?」
「今の所何もないわ。」
「大いに結構なことだな。」
そして少女を寝かせると、彼はその頭に複数のコードが付いた盤をつける。これで準備完了だ。
「ようし、行くぞ!」
彼は機械を操作する。その隣では、京子が緊張の面持ちで作業を見守る。電源を入れ、異常がないかチェックし、ないと確認すると彼は1つのボタンに手を置いた。
「上手く行ってくれよ・・」
彼はそのボタンを押した。その瞬間、機械についているメーターの針が動き、それと同時に少女が「う!」と小さくうめき、さらに表情を険しくした。
「「!!??」」
2人とも心臓が飛び出るぐらいに驚いたが、すぐに少女が表情を戻し、静かに寝息を立て始めると、安堵の息を漏らした。
「あとはこの娘が目覚めるのを待つだけだな。」
「ええ。」
2人はその娘を家の中で空いている部屋のベッドに移動させ寝かせた。あとは先ほど城太郎が言ったとおり、目覚めるのを待つだけである。
銃弾を受け倒れ、必死に痛みに耐えながらその後自分を追ってやってきた少年にロッカーの鍵を渡した所で、いったん全ての思考が停止して頭の中が真っ暗になった。それが自分の死の瞬間だと考える暇もなかった。
ところが、突然再び激しい痛みと共に思考が動き始めた。
(え!?)
最初はかなり不鮮明な物だった。しかし時間が経つにつれて思考はより一層鮮明に、活発に動き始めた。
(どういうこと?私は死んだんじゃ・・・)
体の感覚が戻ってくる気がした。彼女は、宮野明美は恐る恐る瞼を開いた。すると視界内に白い天井が入ってきた。また、肌に触れる感覚から自分が寝かされているのもわかった。
首を傾け、辺りを窺う。最後の記憶にあった倉庫の中ではない。どこかの家の一室のようだった。
彼女は思い切って上半身を起こした。最初はこの光景も、体の感覚も冗談かと思った。しかし、今冗談ではないと確信した。全てが現実に存在する物だった。
「生きてる・・・信じられない。」
久しぶりに喋った言葉。それがより彼女に、自分は生きているという実感をもたらした。それと同時に違和感も。
(なんか、声が変な気が・・・)
なんとなく声が少し幼い感じがした。さらに、自分の手を目の前にもってくると、さらに驚きが増す。その手はどう見ても少女の手だった。
「どういうこと?」
死んだと思ったら生きていて、しかも自分の体は記憶にある物とは違う。こんな異様な状況人間そう簡単に出会うものではない。おそらくこの世界では彼女が2人目だろう。
彼女が混乱しているその時、部屋の扉が開いた。その途端彼女はそちらに顔を向けた。するとそこには30代前半ぐらいの女性が立っていた。
「あ、あなたは誰?」
明美が恐る恐る聞くと、京子は一瞬驚いたが、すぐにその表情は喜びの物になった。
「あなた!目を覚ましたわよ!!早く来て!!」
「え!?え!?」
明美にはもう何がなんだかわからなかった。そこへ、城太郎が息を切らし、走ってやってきた。
「おお!!目を覚ましたんだね!どこか痛い所はあるかね?目眩や吐き気は?その他に何か自覚症状はあるかい?」
そんないきなり矢継ぎ早に言われても、混乱している状況ではすぐに答えられるはずがなかった。
「あなた、そんないきなり沢山聞いても答えられないわよ。」
京子にたしなめられて、城太郎は冷静さを取り戻した。
「ああ、そうだった。いかんいかん。驚かしてすまない。私は黒岩城太郎。こっちは妻の京子だ。君の名前は?」
「み、宮野明美です。」
これが宮野明美が、生まれ変わった時の一部始終だった。
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