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夜明けの召喚(6)
7、初夜の舞踏会



「異世界からの救世主にしてトルゴレオの新しい国主、シュージ・ナガサカ王のご入場です!」
 
 パンパカパーン! と盛大なファンファーレが衛兵によって鳴らされた。
 舞踏会の主催者といっても、王様という奴は宴の開始からではなく、ちょっと経って盛り上がってきた辺りで登場するのが普通らしい。
 俺は敷かれた赤いカーペットの上をリグレッタに教えられた(叩き込まれたとも言う)通りにかなりゆっくりと歩いて参加者たちの前に姿を現した。
 服装は真っ黒な軍服に黒地に金の刺繍の入ったマント――完全なオーダーメイドではなく、元々はトルゴレオの王子のために用意してあった衣装をお針子が突貫作業で仕立て直してくれた物らしい。
 着心地良し、見た目も良しと俺はこの格好が気に入っていたが、唯一鉄でできたこの王冠が重いのには困った。すぐずれるわ、宝石を留める爪が髪を引っ張るわ。綺麗なのだが、身につけるには不都合甚だしく一体歴史上の偉人達は何故好き好んでこんな物を頭に載せたがったのか理解に苦しむ。

「うう、しかも頭痛までしてきた……」

 これで“パーティの主役!”というなら人目を憚って気丈に振舞うところだが、来客の貴族たちはもしかしたらこれがトルゴレオ王国最後のパーティになるかもしれない、ということで俺を一目見た後は挨拶もそこそこに身内で集まって盛り上がってしまっていた。
 なんという疎外感……しかしこれはチャンス。リグレッタとトスカナも接待で忙しくさっきから姿が見えないし、ちょっと端のほうに座ってこっそり王冠を外すくらい大丈夫だろう。
 無駄に広い会場の中から空いている椅子に座りようやく人心地ついたその時――

「――こんばんは、陛下」
「ひゃぁい!?」

 会場の端でサボっているところに突然、サリーちゃんのパパみたいな――カイゼル髭と上に尖った髪型のおっさんに話しかけられて驚きの余り奇声を上げた。

「これは失礼しました。私は軍務卿のエンローム・エイブラムスと申します。」
「な、永阪修司です。こんばんは」

 急いで姿勢を正し、見苦しくないようなんとか名乗り返したがもう遅かったようだ。
 エンローム軍務卿の俺を見る胡散臭げな目つきが"救世主なんて言うから期待したけど所詮この程度の奴か"なんて彼の心の声をヒシヒシと伝えてくる。
 さらによく見たらその目線が俺ではなく、隣の席に置いておいた王冠に向いているのに気付き、俺は慌てて頭に王冠を載せなおした。

「――えと、エンロームさん俺に何か用ですか?」

 パーティは向こうで盛り上がってるし、なによりこの人とは明日の首都防衛作戦の会議で顔を付き合わせることになっているのだ。
 俺はともかく向こうに用事は無いはずだが……?

「陛下、単刀直入に申し上げます。実は私の領地の兵たちに問題が起こりまして……この後すぐに南方の領地に戻らねばならないのです」

「え……ちょ、ちょっと、領地に戻るだって? キスレヴとの戦いはどうするんですか!? 明日の会議も!?」

「残念ですが、参加できそうにありませんね」

 言葉とは裏腹に全く罪悪感が無さそうなエンローム。
 というか自国の首都防衛より重大な問題ってなにさ!?
 まさかトルゴレオ軍の実質総大将のくせにこいつは敵前逃亡をしようとしているのか?

「ご安心ください。首都には1万3千の兵達を残しますし、私も領地で兵を募って戻って参ります。といってもまあ――来週になるでしょうが」
「いや、それ4日後に間に合わねーし! そもそも1万3千でどうやって3万3千の敵に勝つんだよ!」

 思わず敬語が意識から吹き飛ぶ。
 しかしエンロームは少し鼻に皺を寄せただけで、声色を変えることは無く、

「そうおっしゃるかと思いまして……陛下のために私の代理の者をご用意いたしました。今宵ご挨拶に伺ったのは彼女を陛下にご紹介するためでして」

 そういってエンロームが一歩横へずれると、そこには豊満なボディラインをそれにフィットした青いドレスを着た女性がいた。
 背は若干俺より高い。墨を流したような黒の長髪に切れ長の蒼い目、そして何より気になるのが座っている俺のちょうど目の高さにある豊満な胸だった。
 豊満な胸だった!
 豊満n(略
 いやいやいや、いかんいかん。思考がショートしてしまった。

「えーと、失礼ですがこのむ……じゃなくて美人さんでもさすがに敵兵三万三千人を悩殺するのは無理があるんじゃないかなー ――なんて?」
「はっはっは、さすが異世界からの御客人の考えは一味違いますな。これは私の娘のティアで、わしの代理を命じてあります」
「北部青獅子騎士団所属のティア・エイブラムです。父からは作戦立案の補佐と陛下の護衛の任を受けました。よろしくお願いします」
「よ、よろしく。しかし、参謀役はともかく女性で護衛って……」

 もうすでに一人いるし。
 しかも俺にはリグレッタとこのティアという女性は相性が悪そうだ、という予感めいた直感があった。

「女といえども娘の実力に心配は不要です。なにせトルゴレオ随一の魔術師であり、武家の娘として私が幼いころから軍略を叩き込んできましたから。陛下はただ彼女の指示に従って戦を行えばよいのです」
「はぁ」

 すこし引っかかる言い方だがここは素直に頷いておく。
 それにしても王国一番の魔術師という奴は二人もいるのだろうか。どっちが本物なのか知らないが二人とも美人で俺の護衛に就くなんて……さすがはファンタジー、日常でできないことを平然とやってのける!

(あれ?)

 この国の地理と軍事力に関してはトスカナからかなり簡略に説明を受けている。
 うろおぼえでしかないが騎士団なら確か南部にも、しかもエンローム公爵の領地の近くにあったはずだ。息子ならあえて厳しくしようと手元から離すかも知れないが、魔術師とはいえ大事な娘をあえて遠くの騎士団へやるだろうか?

「エンローム公爵の領地は南部にあるんですよね? 何故ティアさんの所属が北部の騎士団なんですか?」

「そ、それは……南部の赤獅子騎士団では……あいつらでは……」

 俺は軽い世間話のつもりで質問したのだが、公爵にとってはそうではなかったようだ。
 返答に詰まっていたかと思うと、顔を真っ赤にしてうつむかせブツブツと聞き取り辛い声で呟いた。

「………赤獅子騎士団の奴らはクズでろくでなしの…………鍛錬もせず……騎士の誇り………南部の恥さらし………あまつさえ……」
「あ、あの?エンローム公爵?」
 
 なにか恨みでもあるのだろうか?
 エンロームのうつむいた顔はだんだんと赤さを増していき、ついには俺がしゃがんで無理やり視界に入っても気付かないくらい罵倒に没頭していた。
 
「え~~~っと ――どうしたらいいの?」

 何をしても反応しないエンロームに俺はお手上げしてティアに対応を求めた。
 どうやら彼女は父親の奇行になれているらしく意外にも平然としている。
 彼女は父親を見て、舞踏会の会場で踊る他の客達を見回すとこんな提案をしてくれた。

「残念ながらこの状態になった父はしばらくは元に戻りません。そうですね……折角の舞踏会ですから父が元に戻るまでの間、私と一曲踊りませんか?」
「よ、よろこんで」

 正直こんな気味の悪いおっさんとこのままいたくはない。彼女の提案に俺は一も二も無く飛びついた。

「では行きましょうか」
「は、はい」

 同意を得たティアは、舞踏会での作法通り俺の腕に腕を絡めぎゅっと体を密着させてきた。
 慣れているのだろう。そのまま、平気な様子で俺を連れて中央の踊り場に足を向ける。

(――ちょっ、やややや柔らかい! あたたたた暖かいぃぃぃ!)

 リグレッタとの予行演習で一度体験してはいたのだが、俺の腕に当たっているティアの"モノ"はリグレッタの"ソレ"と比べ物にならないくらい大きく、俺の心の準備など遥か空のかなたへ吹き飛ばした。
 しかも俺の動揺っぷりに気付いたのかティアが口元を押さえて笑っている。

「ふふふふ――クククク、見た目どおりウブなんだな、君は」
「うっ……で、でも仕方ないだろ。こんな風に……ってあれ?」

 あれ……こんな口調だったっけ?
 しかも雰囲気まで一変している。さっきまでの清楚なお嬢様の装いはどこへやら、彼女の目には獰猛で挑発的な光が映っており、その顔立ちは戦場に立つ戦士のような凛々しいもの変わっていた。
 何故、と聞こうとしたが間の悪いことにちょうどワルツの音楽が始まってしまい、俺は慌ててティアの腰に腕を回す。
 そんな風に俺が慌てている様子もまた可笑しかったらしく、ティアがまたクスクスと忍び笑いをもらしていた。

「クッ……クク……ックク、あー可笑しい!」

 踊り始めてもまだしばらくオタオタしていた俺を見て、ついにティアが噴き出した。

「……さっきまでは猫を被っていたんだな?」
「ああ、親父殿の前だったんでな。もう少し大人しくしてやろうと思っていたんだが……しかし君は本当に面白い奴だな、シュージ」
「……そりゃどうも」

 慣れないワルツを踊りながら彼女と話すのは実は結構しんどい。
 しかしステップを間違えそうになる度、リグレッタによって刻まれた脛や足の甲の青痣が痛みだして軌道修正を行ってくれていたため、なんとかティアの足を踏みつけずに済んでいた。

「ふむ、踊りの方は意外と上手いな。向こうでもこういうパーティがあったのか?」
「あるにはあるが…俺が踊ったのは今日の夕方が初めてだ」
「ということはリグレッタ辺りが君にコーチをつけたんだな。なるほど、よくしつけられている」

 躾って……リグレッタは調教師か何かなのか。
 そのまましばらく音楽に身を任せるように踊っていたが、ふと彼女が自分のことをどう考えているのか気になった。

「なあ、ティアは今度の決戦をどう考えているんだ? 来週にはエンロームさんが援軍を連れてくるとはいえ、娘を決戦前に一番危険な俺の側に置いておくなんて……なにか秘策でもあるのか?」
「いや、私は君と同じく体のいい生贄だろう。親父殿にはキスレヴ親征の際に王を見捨てた軍務卿という汚名があったからな。負け戦だろうがレオスの防衛に不参加というわけにはいかなかったのだ。そこでトスカナ殿や他の貴族の目が逸れる今夜、私を自分の代理として君に押し付けにきたんだろう」

 そんな重い事をスラスラ語るティアの無感動っぷりに俺は思わず足を滑らせそうになったが、その内容にはもう驚かなかった。最悪な状況で人間がすることといったら最悪な理由からに決まっている。
 しかし軍事の総責任者すら逃げ出すような状況から果たして本当に勝つことができるのだろうか? 今までは具体的に考えないようにしていたがさすがに不安になった。

「なあ、今度の決戦って本当にそんなに分が悪いのか?兵は向こうが3倍だけどこっちだってこの都に篭って戦えば結構有利に進むんじゃないのか?」

 基本的に篭城戦というのは出入り口が限定されているのと城壁という高所から射撃できるため防衛側に大変有利なのだ。それが一国の首都ともなれば防備は普通の街とは段違いであり、3倍程度の兵力差で負けるはずはないのだが……。

「そうだな……確かに本来なら1万3千でもレオスに篭城すれば勝てたかもしれない、だが」
「だが?」
「先日の地震で外壁や塔が所々崩れているんだ。おかげで進入口を塞ぐ兵力がぜんぜん足りない。しかもわが国はここ80年は内乱を含めても馬に乗った騎士同士の戦しか行っていない。歩兵しかいない軍隊なんてどう扱えばいいのか誰にもわからんのだ」

 中世ヨーロッパの戦争とは騎士達の戦争といっても過言ではない。勿論トルゴレオの戦ほど極端に騎兵に偏ったものではなかったが、それでも軍馬に乗った重武装の騎士による超重量、高スピードの突撃はずっと戦場の勝敗を左右していた位だ。
 俺もゲームでは騎兵に何度お世話になったことか。

「一応昔は歩兵の育成は行っていたんだがな、ティーゲル6世陛下のの"飛び道具は、卑怯である"という布告のせいで弓兵にも槍を扱わせたり、逆に槍兵に弓兵を兼ねさせよう、とかしているうちに従来の歩兵戦略というのが完全に無くなってしまったんだよ」
「前王め…………余計なことばかりしやがって」

 考えたらこの世界に来たことも含めて、ろくでもないことは全て前王とやらが発端になっている。
 その尻拭いを全て押し付けられようとしているのだ。少しくらい罵っても祟られたりはしないだろう。

「なあ、今度は私が聞いてもいいか?」
「うん?」
「なんで、こんな国のために戦おうとしてるんだ? 最初は何も知らされていないだけかと思ったが、君はある程度事情を理解しているようだ。私と違ってこの国になんの縁も無い君が、何故逃げない?」
「なんでって……」

(そういえばなんでだろう? リグレッタにもあれほど言われたのに……)

 答えに窮して考え込んでいると、ふいに今まで身を任せていた音楽が止んだ。すると周りのペア達が踊りを終えてガヤガヤと騒ぎ出し、舞踏会は再び喧騒に包まれる。
 ティアは嘆息すると返答を諦めたのか体を離し父親のところへ向かおうとした。

「――ここに来たかったから、かな? 想像とは違うし、状況も最悪みたいだけど、俺はここに居場所が欲しいんだと思う」

 俺の言葉はティアにどう届いたのだろうか?
 ティアは俺の一言がよっぽど意外だったのか、一瞬呆けたようだがすぐに――

「ああ、なるほど。その答えが君か」

――さっきの忍び笑いとも違う、年相応少女の顔で笑顔で笑ってくれた。

(うわぁ……可愛い)

 その笑顔は俺の知っているその辺の女子の愛想笑いとは違って、眩いばかりの威力を持っていた。俺は至近距離でその衝撃を受けてしまい、ティアが父親の元へ戻っていっても同じ姿勢で固まったままポーっとしていた。
 程なく舞踏会が終わった。
 トスカナに舞踏会でのことを報告した後、盛装から着替えてすぐベッドに入る。昼まで二度寝をして体内時計は半日ずれていたはずだが、俺の体はすぐに睡眠を求めてきた。
 明日は作戦会議や諸々の雑務などキスレヴとの戦争の準備があるが、俺は廊下でのムスッとしたリグレッタと舞踏会でのティアを思い出していると、明日の計画を考える間も無く眠りに落ちた。



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