ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
暗黒星雲(2)
35、暗黒星雲(朝)

 俺がクリクスに入城した次の日、日が昇ると同時にアダスが部屋にやってきた。

「……シュージ王、報告がある」
「…………うぅん? ……もう朝?」

 昨日は遅くまでティアと話したし、怪我のこともあるので朝はゆっくりさせておいて欲しい。

「……そうはいかん。城の防衛に関わる一大事だ。むしろ朝まで待ったのを最大の譲歩だと思って欲しい」
「あー、あー、わかったよ……今起きる……」

 珍しくアダスが積極的に訴えてくるので、俺は仕方なく布団をめくる。
 ふわぁ、と大きなあくびをし、身を起こしてようやく話を聞く体勢を整えた。
 アダスは溜息を吐くと一枚の丸められた羊皮紙を俺に渡した。

「……まずはこれを見ろ」
「……何これ? この城の絵?」

 渡された紙を広げるとそこには外から見たクリクス城の絵が描いてあった。
 城壁の様々な部分には注釈があり、城の下部には山の中に掘られた蟻の巣のような通路が記されている。

「……この城は木々に囲まれた山の上に建てられ、一つしかない城門を分厚く高い城壁と高所という立地で守っている。城は4階建てのつくりで、防衛のために各所には伝声管や先狭銃眼など最新の設備が用いられている。ただし、外への攻撃力とは裏腹に城内においては廊下は狭く曲がり角が多いため銃での応戦には向かない」
「はぁ。……で、城の防衛情報がそんなに大事なことなのか?」

 アダスが言ったことは全部この巻物の注釈に書かれていることらしい。
 一言一句間違えずに復唱できる所がアダスらしいといえばそうだが、だとしてもわざわざ朝っぱらに起こされる意味のあることには思えなかった。

「……問題は、これが元々我々が持っていた物ではなく、昨日私が敵の司令官ウェイバーから摺り盗った物だということだ」
「…………は?」

 どうやらまだ、俺の頭が働いてないらしい。

「はっ……ははっ。嫌だなぁアダス。知らなかったよ、お前でも冗談を言うなんて……」
「……昨日ティアと私で確認した。城内の情報は無いようだが、城壁に関する情報はほぼ完璧に、隠し通路にいたっては17個ある内の14がその指令書に記されていた」
「ってうわぁあああ!! やっぱり本当まじなのかっ!?」

――なんてこった

 もう一度目を擦り、改めて渡された巻物を見る。
 巻物には確かに細かい注釈の入った城の構図と、右下に昨日兵士達が掲げていたエイブラムス家の紋章が描かれていた。
 ただでさえ大きな兵力差があるのに、その上防衛の情報まで漏れているとは……。

「……城壁の弱点については私が報告しておいた。そちらは現状のままでもどうにかできるが、隠し通路については新たにバリケードを築くか、防衛部隊を割く必要がある」

 うわぁ……レオスの初陣といい、なんで俺が味方する方はいつも無茶苦茶不利なんだ。

「……同情はする。だが、今回ばかりはお前が選んだ道だ」

 アダスは相変わらず本当に同情しているのかわからない無表情っぷりだが、言っていることはその通りだ。
 今回は自分から望んで南部の赤獅子騎士団を救おうと言い出したのだし、そこに危険があるのも分かっていた。
 ……まあ、これほどの物とは思わなかったけど。

「しかし、まさか隠し通路が逆に足を引っ張るなんてな」

 左手で巻物を開きながら右手でがしがしと頭を掻く。
 まだ目覚めきらない頭がもどかしい。

「……私は用事があるのでそろそろ失礼するが……何か必要なものはあるか?」

 怪我であまり動けない俺を気遣ったアダスの言葉。
 やはり一応ではあるが、人並みに優しさはあるらしい。

「とりあえず、こんな裏情報みたいな奴じゃなくて、ちゃんとした城の見取り図を持ってきてくれないか。後は、そうだな……」

 巻物には敵にバレて単なる通路となった元・隠し通路である14の線と、細部に渡って弱点お書き込まれた高い城壁と小さな窓の建物。
 こんな城なら、守るより攻める方が楽なんじゃないか――いや、待てよ。
 突如、脳裏に三千世界の向こうからイメージが銃弾のように飛来する。

「あ、ああ!」
「……どうした?」
「これだ! 蟻の巣(・・・)だ! だからウェイバーは泣いていたんだ!!」
「………………はぁ?」

 他人からすれば気でも触れたかの様な意味不明の論理にウェイバーは押し黙る。
 その間にもイメージは構築され、バラバラだったパズルのピースが噛み合っていく。
 この巻物と、状況と、この世界に来てから得た知識が結びつき、昨夜まで妄想でしか無かった物がいよいよ現実の物として形を成し始めた。

「――アダス、一つだけ探してきて欲しい物がある」

 俺はある物の名前をアダスに告げた。

「……了解した。どんな用途か知らないが……お前には何か考えがあるようだな」
「うん。よろしく頼むよ。なんてたってこの作戦がうまくいけば、俺達は無傷で勝利できるかもしれないからな」


***

 アダスが出て行ってから2時間後。
 アダスに注文した品を手に入れた俺は、暇そうにしている赤毛の双子を捕まえて、思いついた実験を手伝わせることにした。
 それにしても、他の騎士団員が戦の準備で猛烈に忙しそうにしているのに、何故こいつらはジョッキを持って食料庫に向かっていたのだろうか?

「俺達ぁ食料庫の酒の品質管理で忙しいんだぜぇ? なぁぁにが始まるってんだぁぁ!?」
「わざわざ団長の俺っっっ様達に焚き火なんて作らせやがってよぉ! 戦いの狼煙って奴かぁ、オウサマよぉ?」
「いや、ちょっとした確認だよ。でも俺の思う通りなら、これで敵を一網打尽にできるかもしれないんだ」

 相変わらず口の悪い双子を適当にいなしつつ、辺りを見回す。
 俺と双子がいるのは城門から入ってすぐの広場だ。
 戦時なら城門から突入して来た敵を迎撃するための部隊を置くためのスペースなのだが、少なくとも今は部隊も往来も無い単なる広場に過ぎない。
 目の前にあるのは双子が作った数本の薪を組んだ焚き火。勿論、ただ暖を取るために作ってもらったわけではない。
 俺は薪に火が燃え移り、焚き火が十分に整ったことを確認すると懐から秘密兵器を取り出した。

「あぁん? ソレ(・・)がお前の秘密兵器なのか?」
「珍しくもねぇ。一体どうするってんだ?」
「まあまあ、見ててくれよ」

 双子が首を同じ方向に傾げる。
 物珍しいからではない。むしろ彼らにとってはあまりにありふれた品だと言える。
 それでも俺にとって全く扱い慣れない物だったので、どうしても一度使い方を確認しておく必要があった。
 紙の包みに入ったソレを包みごと火に放り込む。
 ソレは予想通り、ボフンッという音ともに黒煙を吐き出してすぐに炎に飲み込まれた。
 しばらく、経過を見守る。

「よしっ! 想定通りだ。これなら十分使える」

 結果に満足し、焚き火を消すために置いておいたバケツを持ち上げる。
 だが、バケツを傾ける直前に赤い毛がモジャモジャに生えた太い腕に遮られた。果たしてその腕はロトンかラスティか。俺には区別できなかったが、どうやら二人は同じ事を言いたいようだった。

「ちょ、待ぁぁて!! これだけか!? もうしまいなのか?」
「え? そうだけど……見てなかったのか?」
「違ぇよ!! なぁぁぁんなんだよ!? ただ火に入れて燃やしただけか? あれで敵がどうなるってんだ?」
「そぉぉぉだぜぇぇ!! アレがあぁぁんな風に燃えるなんてぇのは俺っ様でも知ってるぞ。聞けば一発の事なのに、薪を集めたり、わざわざ火を興したりした俺っ様達の涙ぐましい労働は無駄足だったんじゃねーか!!」

 赤毛のおっさん二人が同じ顔と声でブーブーとまくしたてる。どうやら単なる雑用に使われたのに腹を立てているらしい。とはいっても、俺はどんな風に燃えるかなんて知らなかったんだし、実験はどうしても必要だったんだがなぁ。

「ま、無駄かどうかはもう少し経てばわかるさ。それよりすぐにこの城の人間全員に出撃の準備をさせてくれ。守備兵も、留守番も、全員出撃だ」
「あぁぁぁん、全員だぁ!? オウサマよぉぉ、それじゃあ俺っ様の城が空っ欠になっちまうじゃねーか! 俺っ様の物をみすみすウェイバーにくれてやる気かぁ?」
「おぉいぃ、ロォォォトォォン! 勝手に俺っ様の物を自分の物みたいに主張してんじゃねーよ! たとえ兄弟でも俺っ様の物は永遠に俺っ様のもんだ。てめぇは一生副団長とかいうチマイ仕事でもしてろ!」
「なんだと!? ラスティてめぇ、今すぐ名誉の殉職で俺が団長職を引き継いでやってもいいんだぜ!? てめぇがでかい尻をこの城に落ち着けられるのは俺っ様の慈悲のおかげなんだからな」

 俺からすればどっちでもいいんだが、赤ゴリラ二頭は勝手に史上最も醜い兄弟喧嘩に突入しそうになる。
 仕方なく二人を収めるため次の爆弾を放ってやることにした。

「いや、悪いけどしばらくこの城はウェイバーの物になる。そのために全員引き払うんだ」
「「ああっ!?」」
「いいから、二人共。今すぐに全員に命令を出してくれ。俺達はまだバレていない隠し通路を使ってこっそり外で陣を敷く。そしてこの――」

 俺は懐を広げ、先程使った紙の包みの残りを双子に渡した。

「――を手当たり次第にかき集めるんだ。いいか、十分な準備ができるまでは戦闘は避けたい。城はともかく、陣に近づく敵の斥候は決して帰さないようにしてくれ」

 包みを受け取った双子は意味がわからず、頭をかきながらお互いを見合う。
 その内心はともかく、双子の容姿と仕草は間違いなくゴリラのそれに見えた。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。