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夜明けの召喚(2)
3、真昼の出会い



 自分で発した「異世界」という言葉にショックを受け、半ば呆然としたままベランダから戻る。
 石畳の部屋にいた20人近いおっさんたちはすでにおらず、トスカナだけが俺を待っていた。

「お帰りなさいませ陛下。見たところ陛下はトルゴレオへの召喚でお疲れのご様子。まだ朝も早いことですしもう一度お休みになられてはいかがですか?」
「あ、ああ……。そういえば昨夜はほとんど眠れなかったんだ」

 うろたえる俺を見てそう判断したんだろう。
 トスカナがあまりに心配そうな顔をするのもそうだが、自分自身に起こったことをあまり深く考えたくない事もあってここはお言葉に甘えて二度寝させてもらうことにした。
 異世界に行ってすぐ戦闘って展開はいっぱいあるけど、二度寝するってのは初めて聞いたな。

「夜には陛下のご来訪を歓迎する舞踏会を開催いたします。準備の時間には案内に人をやらせますのでそれまでごゆっくりお休みください」
「ありがとう。……ございます」

 ふと年上の男性にぞんざいな口をきいていることに気付き慌てて口調を正す。
 トスカナが時折する肩を狭めたり手を揉んだりといった仕草がどうも彼に「小物」っぽい印象を与えているようだ。
 出会ってから今まで丁寧に接してくれているのだからなるべく失礼のないようにしたい。

「さきほどのような砕けた話し方で結構ですよ、陛下。私は今後家臣として陛下にお仕えするのですから、敬語では私が恐縮してしまいます。ところでお休みなら別の部屋をご用意いたしましょうか? ここは些か殺風景ですしょう?」

 おお、この人いい人だ! なんか敬語はうまくいきそうにないし、ここは彼の好意に甘えさせてもらうことにした。

「いや、本当に寝るだけだしここでいいよ。ただ着るものがこれしか無いんで、何か一着用意しておいてくれないか?」

「わかりました。それではまた後ほど」

 俺は退出するトスカナを見送ってさっきまで自分が寝ていたベッドに向かう。
 石畳の部屋は真ん中だけ直径2メートルほどの真円のフローリングの床になっておりその上に俺の愛用のベッドがある。

「どうやら俺を中心に周囲の物ごと"召喚"したらしいな」

 といっても向こうの世界の物はこのベッドと布団に枕、それとと今着ているパジャマだけ。
 もっと色々持ってこられればよかったのだが生憎あいにく携帯電話も親に見せられないような雑誌もすべて机に仕舞っていたのだった。

「こんなことになるならオーソドックスにベッドの下に隠しておけばよかった。……まあ、雑誌なんてあっても困るし、異世界に愛用の枕だけでも持ってこられたのは僥倖ぎょうこうかもな」

 なんて言いながらベッドに潜り込む。布団で体が温まったからだろうか、すぐに襲ってきた眠気に昨夜あれだけ頑強だった俺の意思はあっけなく降伏した。

***


……
………
 奇妙な夢をみた。夢という割に俺の意識ははっきりしていてベッドの肌触りや自分の寝相もわかる。
 夢の中は明るくも暗くも無い不思議な空間で、俺の正面に鏡の向かい合わせのように黒煙を纏ったような真っ黒な人影があった。

(誰だ?)

――しゅうじ

 体を動かすことはおろか声も出せない。
 人影はしばらくこちらを睨んでじっとしていたが、やがて何かを感じたのかフッと横を見てその空間ごと俺の意識から消えた。

(何だったんだ、今の?)

 夢うつつで今の影の事を考えるが、眠気のせいで思考が上手く働かない。
 そのまま意識が闇に落ちそうになったところで部屋の外、ドアの前に人の気配を感じた。

ギィ

(誰か来た、のか?)

 ドアを開ける音とともに気配が部屋に入ってきた。足音はまっすぐ近づき俺のベッドの側で止まる。

「これが……今朝来た新しい国王陛下? こんな若い方が……?」

(女の子……?)

 聞こえてきたのは若い声。少し高く、だが甘いそれは間違いなく女の子の声だった。
 女の子らしき気配がベッドに腰掛ける。体重を受けたマットレスのスプリングがわずかに傾いた。

「どうみても貴族でも、戦士でも無い普通の人……普通の、可哀想な人……」

 暖かい手が柔らかく優しい手つきで俺の頬をさする。異世界で初めて触れた人肌に俺は安心感を覚えた。
 さらに親指と人差し指が右頬をゆるく挟み

(あったかい…もう少しだけこのま)

「陛下、起きてください! 舞踏会の準備の時間ですよ!」

「――ッ!? 痛たた!! 痛てててて!」

 体が反射的に起き上がる。と、同時にサッと指が離れ彼女はベッドの端まで移動していた。
 思わず頬をかばうと、彼女の指で挟まれた右頬が熱さと鈍痛を訴えていた。つねられたのだ。

「何、何、何をするんだ!」
「頬をつねりました。陛下がなかなかお目覚めになられないのが悪いんですよ。」

 目の前には夢うつつで感じていた女の子がヤレヤレと肩をすくめて座っていた。
 年は16,7、同年代の美人だ。尖った耳に瞳は鮮やかな碧緑、腰まで届く白金の髪を彼女はツインテールに括り健康的な肌を肩まで露出させていた。
 メイドさんではなく騎士かなにかなのだろう。白いシャツと黒のフレアスカートの上にピカピカの胸甲と脛当てを着け腰にはサーベルを帯びている。
 向こうの世界ならコスプレか冗談にしか見えないような風体だが、彼女には抜群にその格好が似合っていた。

「えと、君がトスカナの言ってた人?」

 見惚れてしまったところを見られたのか、視線が一段と冷たくなる。
 それでも彼女は立ち上がり嫌々ながら、ぎこちなく一礼して自己紹介をしてくれた。ただし、かなりの早口で。

「お初にお目にかかります。私は内務卿のトスカナ・チハルトの娘、王立騎士団所属のリグレッタ・チハルトと申します。父からはシュージ陛下の護衛と城内のご案内を仰せつかっております」
「トスカナの娘!? あまりに似てねぇ…。それに女の子なのに騎士団だって?」
「……トスカナ様とは血縁ですが実の父娘ではありませんから。あと私はトルゴレオ王国一の魔術師でもありますので、女の身をわざわざ国王陛下に心配されるいわれはございません」

 プライドを傷つけてしまったのか、ムスッとした調子で言い返してきたリグレッタ。

(魔術師……さすが異世界。やっぱりあるんだな、魔法)

 ということは、俺が異世界に連れてこられたのも魔法なのか? まあ今の時点じゃ何もわからないか。
 リグレッタは言い終えるとまたツカツカとベッドまで歩み寄ってきて「あとこれね」と言わんばかりにベッドに着替え――カフスの着いた白いシャツにグレーのズボンを放り込んできた。
 乱暴ではないがあまりにぶっきらぼうな彼女の態度には腹が立つ。

「ドアの向こうで待機しています。時間が惜しいので、3分で着替えを終えてください」

 これは悔しい。せめて一矢報いねば。
 サッサと背を向けて出て行こうとする彼女に、俺はありったけの男の意地をつぎ込んで声をかけた。

「そんなに時間が惜しいなら魔法の杖でも振って一瞬で俺を着替えさせたらいいんじゃないか? 楽勝だろう?国一番の魔法使いならさ」

 この挑発は効いたのか、彼女は足を止めクルッとこちらを向いた。
 いつの間に抜刀したのだろうか、先ほどまで腰に指していたサーベルが今は彼女の手でまっすぐに俺に向けられている。

「……いいでしょう、ただし私の杖は切れ味抜群ですから。陛下も薄皮の一枚は覚悟していただかないと」
「ちょ、ちょっと! それ真剣! 魔法の杖じゃない!」

 予想以上の反応に慌てふためく俺。
 だがリグレッタは俺の言い分など聞かずジリッ、ジリッとサーベルの切っ先をこちらの喉元へ近づけてくる。
 生まれて初めて見た真剣と、その刃に劣らない鋭い眼差しに俺はようやく彼女に冗談が通じなかったのだと理解した。人生最大の危機が俺に迫っているのだ。

(このままじゃ殺される!)

 そう直感した俺はガバッと被っていた布団を翻し、サーベルを見据えながら両手を正面に構え――

「すぐに着替えます。お時間を取らせて本当にごめんなさい」

――日本人として最大の屈服のポーズ、土下座をベッドの上で実行した。

 それを受け一瞬呆けたリグレッタだが、すぐに意味を察したようだ。
 よろしい、と頷くと着替える間ドアを閉めて出て行ってくれた。

「……ふぅ、なんだったんだ? 今の子?」

 完封負け。それどころか刃物で脅された。こんな敗北感は久々だ。
 この後は彼女が城を案内してくれるようだけど、正直どうなるか不安でならない。

(……でも綺麗な子だったな)

 こういうのも一喜一憂と言うのだろうか。不安と若干の期待を抱きつつ、俺はいそいそとパジャマを脱ぎ始めた。


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