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連星(1)
28、夜星達の流儀


「なぁ、お前達は大変だな。2頭でこんな鉄の塊を延々何十キロも引かされてるってのに、お互い愚痴も言えないんだから」
「ヒヒィ~~ン!」
「……自分の意見を聞いて貰えないのは俺も一緒だけどな」

 俺が話しかけているのは馬車を曳く二頭の馬。もちろん気が変になったわけじゃない。
 なにせ馬車の外、御者台に座って馬車を操るのは想像以上に暇なのだ。馬車は直接馬に乗るほどスピードは出せないが、それでも歩くよりずっと早く道を進むため手綱は手放せない。だが、手綱を握るといってももう数時間は一本道だし、かといってそれほど器用でもないため居眠り運転もできやしない。
 永遠と思える退屈の中、俺は正気を保つために仕方なく馬に話しかけているわけだが、

『……凄い! これは金細工で有名なケイア工房の指輪! こっちは……亡きベーン伯爵夫人の真珠のネックレス! どれも一級品ばかりだわ!』
『あ。レッタちゃん、私その指輪欲しい』
『アンキシェッタ、それは私が先に目をつけていた物だ。だが……その手鏡と交換なら考えてもいいぞ』

 なんて黄色い会話が後ろの馬車から聞こえてきた。

「恨めしい……」

 人の気も知らないで、はしゃいでいる三人がとてつもなく恨めしい。
 事の発端はハマミの街を出発してすぐ、彼女達が馬車の中の財宝を見つけた直後に起こった。

***

「これは……」
「わぁ……」
「ほぅ……」
「どうだ、すごいだろ」

 馬車の中の、あまりの財の量に圧倒される三人娘。
 三人とも大貴族を実家に持つお嬢様なので、家全体ならスラクラを超える財力を持つものの、これほどの財宝を目の当たりにしたのは初めてだったようだ。
 目論見どおりに幌を開けた瞬間、感極まったようにため息を吐き、フラフラと蛍光灯に誘われる蛾のように財宝に引き寄せられていく三人。

「で、俺達はクリクスまで大体丸一日この馬車で旅をするわけだが……みんな聞いてる?」
「………………」
「………………」
「ええ~、聞いてますよ~。……あ。あのティアラ――」

 今までは荷物を背負って歩く徒歩の旅だったので、馬車に乗れるというのはかなり嬉しい。
 交通手段の変化に従って馬の世話や馬車の運転等の仕事が増えるので、俺は出発前にそれぞれの役割を相談したかったのだが……ティアもリグレッタも俺の事を丸っきり無視して馬車に乗り込んで財宝の品定めを始めていた。
 唯一、返事をくれたアンキシェッタも目線を決して馬車から離そうとしない。

「あの、気に入ったのがあるなら幾つかあげるからさ、まず御車台に座る順番を決めておかないと出発できないんだけど……」
「………………」

 俺の真摯な願いにも関わらず、今度こそ誰も返事をしなくなった。
 見れば最後の良心と戦っていたアンキシェッタも、いつのまにか馬車の中で二人に加わって銀のティアラを様々な角度から眺めている。

「相談前に見せたのは失敗だったな……」

 というかそもそもあげるとは言ってない。勝手に持ってかれるのは予想していたが、こうまでのめり込まれるのは予想外だった。
 だが、このまま出発しないわけにも行かない。
 俺は馬車に入ると今度は大声で、財宝を品定めする3人の注意を強引に引くことにした。

「御者の! 順番を! 決めたいんだけどっ!」
「え、……ああ。そうですね。シュージ陛下から決めてください」

 俺は幌の外の馬が驚くほど大声を出したのだが、相変わらず反応は薄い。
 返事をしたのはリグレッタだけだが、ティアとアンも一瞬だけ目線をこちらに向けたので、一応話は聞く気はあるようだ。

「じゃあ、俺が一番でいいよ。どうせしばらくは三人ともここから離れないんだろ?」
「お優しい陛下。理解があって助かります。じゃあ2番も陛下で」
「なるほど、そこで俺を持ってくるか……って、は!?」
「では3番もシュージだな」
「私は~4番もシュージ様に頑張っていただきたいです。……ティアちゃん、そこの髪留めを見たいんだけど」

 思わずノリツッコミをキメてしまった。
 みんなの意見を総合すると……1番俺、2番俺、3番俺、4番俺!?

「ちょっとまてお前ら! 全然公平じゃないだろ!」

 クリクスまで丸一日御車台に座っていろっていうのか?
 財宝には興味は無いけど、俺だって少しは馬車の中で休憩したい。
 
「何を言っているんですか。一人一票、ちゃんと順番に決めていったではないですか。これ以上無いほど公平です」

 ヤレヤレといった感じで肩を竦めるリグレッタ。
 しかも言いたいことだけ言うと馬車の奥の作業に戻ってしまったので、俺の反論を聞く気は全くないようだ。

「順番ってそういう意味じゃないだろ……。なあアン? ずっと馬車の中に居ても気が滅入るんじゃないか? 少しは御車台に出たほうが……」
「あ、シュージ様。そのかんざし踏まないでください」

 アンはお宝の確保に必死で取り付く島も無い。
 俺は最後の望みを賭けてティアに視線を送る。
 ティアは最初は鬱陶しそうにしていたが、やがて俺の熱意に負けたようだ。
 少し溜息を吐くととその長い黒髪を指でクルクルと弄びながら、

「ふむ……まあ、確かにこんな高価な品まで貰っておいて御者までさせてしまうのは理屈が通らないな。人間には飴と鞭が必要だと言うことをあいつらはわかっていない」
「それは人間に使う理屈じゃないよ…………」
「というわけで、何かこの埋め合わせを考えておいてやる。ご褒美のためにキリキリ働け」
「結局、一日御者は確定か!?」
「その労働の苦難に関しては大変遺憾に思っている。だが、そもそも我々にこんな物を見せてお預けなど――レッタ! こっそり手を伸ばしても無駄だ! このペンダントはやらんと言ったはずだぞ。…………全く、油断も隙も無いな!」

 ティアが財宝から目を逸らした途端、ティアの左に居たリグレッタが容赦無くティアが傍に置いていたペンダントに手を伸ばしてきた。
 どうやら3人はただ仲良く向かい合って輪になっていたわけではなかったらしい。自分の領土を最大限に広げつつ、他の二人を視界に入れ監視できるポジションを取っていたら自然とそうなったのだ。

「……ここは戦場なのか?」
「当たり前だ。女にとって服と宝石のあるところはどこも戦場…………ん? まだいたのかシュージ? お前がこの馬車を動かさなくては、いつまで経ってもクリクスに着かないじゃないか」
「………………」

***

 とまあこんな感じで馬車を追い出されたのだ。
 だがそんな苦労もいよいよ終わる。
 馬車に揺られること10時間以上、夕暮れに染まる視界の向こうにようやく赤獅子騎士団の本拠地――山の上に建つクリクス城が見えてきた。

「おい、アン、ティア、リグレッタ! クリクスが見えたぞっ、いい加減に出て来~い!」

 馬車を停め、後ろに回りこんで幌の中の三人に声をかける。
 なんだか夕食前にゲームを止めない子供を叱るお母さんみたいな気分だ。
 三人はさすがに半日も飲まず食わずでのめり込んだだけあって、ようやく満足したらしい。ヨロヨロと覚束おぼつかない足取りで馬車から出てきた。

「で、みんな好きな物は選べたのか?」

 3人の中で唯一、疲れた様子を見せずピンピンしているリグレッタに声をかける。そういえばこいつが長旅で疲れた様子というのは見たことが無いな。
 俺は女の子が半日もかけてどういう物を選んだのか気になったのだが

「ええ、とりあえず公平に3等分することができました。後の取引は交渉次第ですね」
「さんとう……ぶん?」

 それはあれか? つまりあれだけの量の財宝を自分達で全部持っていくということか?
 俺に何も残さず? いや、馬車と馬くらいは残してくれそうだが、それだって運転と世話を俺にやらせるためだ。彼女たちの中では俺も自分の財産の内に入っているのだろう。

「一応、思い出して欲しいんだが、あれは俺が貰った物でだな」
「いえいえ、勿論わかっております陛下。最初のお約束通り、我々がいただくのは数点だけですよ」

 リグレッタはうっとりと、戦利品である大きなエメラルドの入った指輪を撫でながらこう言った。

「そんな所だけ聞いてたのか……」
「ただ陛下一人でこれだけの宝物を管理するのは大変でしょう? そこで我々が陛下の財産の保全と価値の算定を行う財産管理人として3人で責任を持ってあの素晴らしい品々をお預かりしておこう、ということでして」
「財産…………管理人?」

 聞きなれない単語だ。そのせいか、なんだか怪しい感じがする。
 そしてまるでセールスマンのように感情の無い笑顔とやや早口な喋りで説明を始めるリグレッタ。なんとなく商売の話をする時、彼女の喋り方はトスカナを思い出させた。

「ええ。ですから今後、宝物は我々が管理をしますが、どこにあってもあれらは間違いなく陛下の財産なのですよ」
「そう……なの? 確かに持ち歩くわけにはいかないし、正確な数も価値も判らないから預かってもらえるのは助かるかも」
「その通り。保管場所が我々の胸元だったり鏡台だったりするだけで、陛下が困るようなことは何一つとしてありませんよ」

 ……それって管理じゃなくてジャイアニズムで言う『永遠に借りておくぜ』って奴なんじゃ……と、思ったがどっち道自分では使いようは無いのは事実。
 反論しても仕様が無いので、ここは大人しく彼女達に従っておこう。

「……それよりクリクスだ。なんだか城の周りがさわがしいんだけど?」
「そうですね……確かにサガわしの彫像は良い物でした。あれなら王城の客間にも……」
「いや、もうお宝の話はいいって」

 というかサガ鷲ってなんだ? 佐賀に住んでる鷲か?
 馬車を停めて気づいたのだが、さっきから俺たちの正面のクリクスの方から何度もパンパンッ!と銃声が聞こえている。よくみれば城の周辺では数千人の兵士が慌しく動いていて……ん?

「ちょ、ほ、包囲! クリクスが包囲されてる! 戦争、始まってる!」
「包囲ですって!?」

 まだ宝物についてブツブツ言っていたが、包囲と聞くやハッと弾かれたように叫ぶリグレッタ。一応職務は忘れていなかったみたいだ。
 囲んでいる兵士が掲げている旗には剣を咥えたライオン――ティアの実家であるエイブラムス家の家紋――が描かれている。アダスの話ではエンローム公爵は兵の準備が終わっていないので予定通り到着しても2,3日は余裕があったはずなのだが。

「いくら陛下の意見でもべにホーイの腕輪だけは渡せません! あれは我が家の家宝にする予定で……」
「ええい! お前じゃ役に立たん! ティア、アン、大変だ!」

 未だに心が黄金郷ばしゃから帰っていなかったリグレッタを置いておき、後ろの二人を振り返る。
 二人の内、アンキシェッタはまだ"え、ホーイせき?"とかほざいていたが、ティアだけは戦場を見据えていた。

「落ち着けシュージ。見たところ敵の数は一万程度、包囲の輪もかなり浅い。おそらくこの戦いは小手調べといったところだろう」
「小手調べ……」
「問題はこのままでは我々が城に入れないという所だが……ふむ。ここからだと敵の指揮所の天幕テントが近いな……」
「ここまで来て合流できないなんて……どうしよう、この地方じゃ他に味方はいないし、強行突破もできないぞ?」

 ここまで来て一旦北部に戻るのか?
 でも今から北部で兵を集めてもクリクスが落ちるまでには戻れないだろうし、何より南部で兵力を減らしてしまってはレオスの奪還が困難になってしまう。

「……いや、そう悲観することは無いぞシュージ。私にいい考えがある。上手くいけば今日限りで南部の内乱に収拾をつけられるかもしれん。……それよりも、だ」
「マジか! すごいじゃないか! で、それよりも……何?」

 さすがは武人の家系! 俺はこの時本気でティアの存在を神に感謝した。
 しかし気になるのは最後の"それよりも"なんて言葉だ。国の命運を左右する作戦より重要とはよほどのことだろう。
 ティアはかなり真剣な目つきで辺りを見回すと、長い髪をかき上げやたら婀娜あだっぽい仕草で俺の目をじぃっと見つめている。
 俺は生唾を飲み込んでティアの次の言葉を待った。

「…………話がある」
「な、何?」
「大事な話だ」

 ……右目がチリチリする。特に視線恐怖症というわけじゃないが、他人にジッと見つめられると自分の心を直接探られるような感じがする。
 仕返しに俺がティアの顔を見返すとティアの目は潤み始め、瞳の色が普段の氷のような青から深い海のような青色に変化した。
 ゆっくりと、獲物を追い詰めるような速さで俺の方へ近づいてくる。

(ティアは何かを……期待してる?)

「……………………」
「……………………」
「…………チッ、忌々しい奴め」
「え?」

 突如、せまっていたはずのティアが遠ざかった。
 ティアは先ほどまでの婀娜あだっぽい雰囲気は消え失せ、腕を組んで俺を睨んでいる。しかもなんか恐ろしくガラの悪い悪態までついていた。
 一体何があったんだ?

「……シュージ王、報告だ」

 後ろから聞こえたのは覚えのある渋い声。

「ア、アダス!?」

 俺の背後にいたのは恐ろしく無表情な男――青獅子騎士団のスパイであるアダスだ。
 アダスは以前見たチュニックとズボンの一般市民の装いではなく、厚手の服の上に鉄のヘルメットと胴体、腕、脛に鎧を着けたトルゴレオの兵士の格好をしていた。

「アダス……お前、まさかタイミングを計っていたんじゃないだろうな?」

 厳しい調子で詰問をするティア。

「……俺はそれほど暇ではない。お前たちが馬車でハマミを発ったという報告を受けたのでそろそろ来る頃だろうと思っただけだ」

 良かった。さっきのシーンは見られなかったようだ。何も無かったけど、他人に見られるには気恥ずかしいシーンに違いない。
 俺がまじまじとアダスの格好を見ていると、アダスはそれを疑問と受け取ったようで、

「……今は反乱軍側の兵としてエンローム候側に潜入している。これはそこで支給されたものだ」
「反乱軍側って…………よく潜入できたな」

 普通、大きな軍隊というのはこういうスパイを警戒して身分の怪しい奴はなかなか入れてもらえない筈なんだが、どうやらアダスはどうやってかその警戒を潜り抜けてエンローム侯爵の軍に潜入したらしい。
 さすがはアダス。俺の世界ではMI6とかCIAなんて伝説的な諜報組織があるが、青獅子騎士団ならそいつらとも互角に渡り合えるんじゃなかろうか?

「……それよりティア・エイブラムス、何か策があると言っていたな」
「ん? ……ああ、忘れていた。まあ、立ち話もなんだし何か食べながら話さないか? 何せ丸一日食うものも食わずにここまで来たからな。腹が減った」
「財宝のせいで食事を忘れていただけじゃないか……」

 まるで食事も取らずに急いできたかのような口振りだが、もちろんそんなことは無い。三人とも、食事の時間も惜しんで財宝を取り合っていたのだ。

「まあいいか、なんか取ってくるよ」

 俺は気分を切り替えると、みんなのために馬車の荷物から何か簡単に食べられる物を探してやることにした。
 締め切ってはいないがそれでもやや暗い馬車の中、財宝の脇にある引越しダンボールほどの大きな帆布の袋を開く。
 袋の中には白やら青やら、綺麗に畳まれた色取り取りの女性物の肌着が――
 いやいやいや! これは違う!
 急いで袋を閉じた。ちらっと見ただけだが意外に小さい物なんだな……。
 気を取り直して隣の袋を開くと、一番上にチーズとレーズンを使ったカステラのような菓子が乗っている。

「生菓子があったか」

 名前はわからんが、保存食ではなさそうなのすぐに食べてしまおう。
 皿無しでそのまま食べられるよう、紙の包みごとナイフで切り分けてから、馬車の外で待つ4人に持っていった。
とりあえず改稿終了です。思ったほど大幅な改稿にはならなかった……。
これからも細々とではありますが更新と微修正を頑張っていきたいと思います。
お待たせしてすみませんでした。
追伸:先日のミスについて責任をとって切腹する際に介錯してくれる方を探していたら、高校時代の知り合いで剣道の全国大会で2回も優勝している奴とばったり出くわしました。聞けば居合いもやっていて家に真剣も白襦袢もあるとか。神様、準備万端過ぎです。


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