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口直しの恋。 作者:山本 風碧

本編

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7 旬のトマトを二箱

 結局、わたしは二次会を体調不良を理由に欠席した。持ってきたプレゼントだけ渡すと、みさちゃんは「しょうがないなあ、今度埋め合わせしてね」と笑って許してくれたけど、本当の理由を思うと申し訳なくてしょうがなかった。でも上原くんと話をすると考えるだけで、胃がぐるぐるとおかしくねじれるような気分だったのは本当だ。出席しても笑顔で祝ってあげられないことはわかりきっていたから、悪い判断ではなかったと思っている。

 そんな風に上原くんから逃げたわたしだったけど、名前どころか家まで知られている相手から逃げるなんて、よく考えると無理だった。
 わたしが悟ったのは、結婚式から三日後の水曜日、買い物に出た先での事だった。
 高校が同じである彼とは、行動範囲がかぶってもおかしくはない。
 だけど、市外に住んでいる彼は電車通学、市内のわたしは自転車通学だった。だから、まさかこんな田舎の――しかも小さなスーパーで出会うなんて思いもしなかった。



「油断した格好だなあ」

 言い訳する前に指摘されてしまって、わたしはぐっと手を握りしめた。

 はいはい、そうです、そうです。油断してましたよ。だって、誰かに会うなんて予想してませんでしたから!

 わたしは近所のスーパーだからと、自転車の乗りやすさを優先させたジーンズと、色あせたTシャツで出てきてしまっていた。髪は帽子をかぶるためにひっつめてある。化粧も日焼け止めと色付きのリップクリームのみ。しかも足元もサンダルという徹底した休日スタイル。だって、こんな田舎で張り切っておしゃれをすると確実に浮いてしまうのだ。

 平日の昼間のスーパーにいる人なんて、ほとんどわたしと同じような格好をしている。スーツを着てパンプスをはいた人なんて、駅で博多行きに乗る人しかいないんじゃないかって思うのだ。

 わたしは特売品のトマトの箱を抱えたまま項垂れそうになった。

 箱のなかにはトマトが一ダース。さすが旬だけあって、真っ赤に熟れて皮はパンパンに張っている。みずみずしくて美味しそうで、母に頼まれもしないのに手にとっていた。他にも新鮮な野菜や果物を見るたびに予定外の買い物が増えて、自転車の籠の容量と相談した。どれを諦めようかと迷っていたところに現れたのがこの男、上原瑞生だった。

 上原くんはラフではあったけれど、わたしほど気が抜けていない格好だった。青のオックスフォードシャツにヴィンテージジーンズ。足元が革靴なので、カジュアルなのにかっちりして見える。思ったよりおしゃれで、なによりわたし好みのシンプルで品の良い格好だった。

 だけど、騙されてはいけない。中身はあの上原瑞生。

「な、何か用、上原くん」

 引きつった顔で問うと、

「いや、ストーカーしてただけ」

 と、ぎょっとするような答えが返ってきた。

「はあ!???」

 ドン引きしたわたしが顔をひきつらせると、上原くんは、苦笑いをした。

「ほんと冗談通じないな」

 そうしてわたしの手からトマトを奪う。

「母ちゃんに買い物頼まれたんだよ」

「なんで、だってあなたのうちって、この辺じゃないよね?」

「トマト買ってきてって。この辺りのスーパーの特売品網羅してんだよあの人」

「そ、そう……あ、でもそのトマトはわたしのだから」

 一応一番綺麗なのを厳選して手にとったのだ。奪われては困る。

「重そうだから持ってやってるだけだって。入らないだろ。なんなの、そのカートの中のお菓子の山」

「………」

 わたしは赤くなってうつむいた。これもできれば知り合いには見られたくなかった。カートのかごの中には、スナック菓子、チョコレート菓子、クッキー類、飴など何日分だという駄菓子が入っていた。

 父も母も仕事を持っているため、日中は一人で暇をもてあますのだ。話し相手が居なければ口さみしくもなる。お茶請けが必要だった。

「あんたの場合ダイエット関係なさそうだけど、菓子ばっかり食ってたら病気になると思う」

 真面目な顔で諭されて、わたしはかっとなる。

「ストックだよ! 一日で食べるわけ無いでしょ!」

「ストック? にしても多い。これ何日で食べるの」

「……」

 失業認定日までの日数を数えかけて、わたしは押し黙る。だって、そんなことまで言う義理はないよね。
 だが、上原くんは鋭い質問を投げかけてきた。

「そういや、あんた、東京に行ったんじゃなかったっけ。東京の女子大。で、その後あっちで就職だろ」

 なんで知ってるのこの人。胡乱な目で見上げるけれど、この間のような反応に困る返答(あんたが好きとかいう)が恐いので、敢えて問わない。

「…………行ってました」

「つまりこの間の結婚式のために帰ってきてたんだろ。東京に戻らないの? 仕事は?」

 そこまで聞かれたら答えないわけにはいかなかった。この調子だと根掘り葉掘り訊かれるにきまってる。ごまかすのも面倒になったわたしは答える。

「失業中だよ。だからダラダラしてる」

 間抜けな経緯を話すのがいやでそれだけ言った。そんなこと聞かされてもきっと気まずいだろうなあと思いながら反応を待っていると、上原くんは慰めも言わずに「ふうん」とだけ相槌を打った。そしてトマトを持ったままレジに向かってしまう。

「だからそれわたしの!」

「あ、そうだった」

 なにか思い悩んだような様子の上原くんは、トマトをもう一箱抱えると、そのままレジに並んだ。そして二箱のトマトを自分のお金で購入すると、わたしの会計を待って言った。

「じゃあ、今から海に行こう」

「は?」

 脈絡がなさすぎて意味がわからなかった。

「暇なんだろ。俺もだ」

 呆然としている間に、精算後のスナック菓子が手際よくエコバックに詰め込まれていく。

「え、でもなんで暇」

 問いかけて、思い出した。そういえば結婚式のとき、フリーターとかなんとか言ってたっけ。だから平日の昼間にこんなところをウロウロ出来るのか。

「って、ちょっと、それわたしの荷物! 返して!」

 エコバックとトマト一箱を攫われて、わたしは小走りで上原くんについていく。

「帰りにこの荷物送ってやるからさ。どうせこんな大量な荷物、自転車に載せられなくて困ってたんだろ。トマト潰れるもんな」

 自分のペースで話を進める上原くんをわたしは遮る。

「いや、そんなの困るって、わたし恋人いるって言ったよね?」

「うん。だから、恋人のいる女に悪さはしません。同窓生として行きましょう」

 上原くんはきっぱりと紳士然に言う。自動ドアが開く。外に出ると夏の日差しが彼の頭に白いリングを作った。彼はスタスタと大股で歩いて、ついには、彼の車だろうか――白いミニバンの前で立ち止まった。そして手元のトマトを見下ろしてにやっと笑った。

「海沿いに道の駅があるんだけど……トマトさ、これ十二個で五百円だけど、実は三百円で買えるんだ。ま、形は悪いんだけど、味は絶品。とうもろこしとか、今なら一山五百円。ゆでて焼いたらめちゃくちゃ美味しい」

「…………五百円?」

 聞いたとたん、こんがり焼けた醤油の匂いを嗅いだ気がした。

「あとミルクジェラートの美味しい店とか。びっくりするだろ、こんな田舎にあるんだよ、行列のできる専門店」

「…………」

 ジェラートと聞くと、アスファルトから立ち上る猛烈な熱が気になりだす。体にまとわりついていた冷房の名残が剥がれ落ちるのがわかると、ごくり、と乾いた喉が鳴った。

 そのとき、ポケットの中のスマホが震える。久々の振動に恐る恐る目をやって、わたしはぎくりと顔をこわばらせた。

 素早く目を通す。手に握りしめたスマホの通知は、約半月ぶりの拓巳からのメール。

『なんで連絡してこないの? 就職活動、どうなってる? 連絡待ってる。忙しいから、夜に…――』

 通知欄に表示された文字列を見ただけで、手から始まった震えが全身に伝わっていく。

 今更何なの。半月も放っておいて、一体何なの。

 わたしから連絡くるのをただ待ってた? 心配もせずに? で、就職活動って、結局それ? みっともないわたしじゃなくなったころを見計らったってこと?

 青い顔をしたわたしの前で、上原くんが勧誘を続ける。

「あとは……魚が安くて美味い店があるんだけど……?」

「……ヒラメある?」

 わたしが問うと、上原くんは怪訝そうに顔をしかめた。

「まあ、たぶん」

「なら、行く」

 悪い男に騙されているかもしれない。そんな気はしたけれど、今は一人になりたくなかった。渡りに船と、わたしはヒラメにつられたふりをして思わず彼の誘いに乗っかってしまっていた。 
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