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口直しの恋。 作者:山本 風碧

本編

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19 義妹による口頭試問

 一人娘の携帯番号だ。簡単に教えてもらえるとは思わなかった。だが親戚となったのだから、少しだけ期待したのだが。たとえ、それが親戚だとしても、面識があまりない男であれば話は別だということだろう。振り込め詐欺も横行しているし、徹底していることは良いことだが、自分の両親ならばあっさり漏らしてしまうところなので瑞生は残念に思った。
 東京に行く予定があるので連絡を取りたいと言う瑞生に対し、加奈子の母は、

「ごめんねえ、さすがに、加奈子に聞かんで勝手に電話番号教えたらあの子怒るけんねえ」

 その一点張りだ。情報をもらうには瑞生本人の信用が全く足りない。それは自覚していた。仕方ない。と諦めかけた瑞生は、悪い印象を植え付ける前にとおとなしく引き下がる。出直すべきだと思ったのだ。だが、がっかりした空気を読み取ったのだろうか。加奈子の母は少し気の毒そうに言った。

「あ、美砂ちゃんにメールアドレス教えてもらえばいいんやないね。知っとるはずやけん。ごめんね、わたしは老眼で細かい字読めんのよ」

 電話はだめでメルアドはいいのかと頭のなかでツッコミを入れつつも

「あ、じゃあ、そうさせてもらいます」

 電話を切った瑞生は、ふと今の会話に違和感を感じた。

(……ん? あれ――ってことは)

 すぐに別の番号をタップする。相手は、すぐに出た。

「あれ、お義兄さん? ど、どうしたんですかー?」

 どこかぎこちない返答は、すでに連絡内容を察しているかのようだった。だから、瑞生は開口一番、言った。

「加奈子さんの番号、教えてくれないか? 番号、本当は変わってないんだろ?」

 電話の相手――義妹の美砂は、しばし沈黙したあと、低い声で問う。

『……お義兄さん、さあ。加奈子ちゃん、幸せに出来るの?』

 これは口頭試問が始まったと瑞生は思った。彼女は、大事な従姉妹の幸せを願っている。だとしたら、一問だって間違えられないと瑞生は腹に力を入れた。

「幸せにしたい、と思ってる」
『いつからなんですか?』
「高校の時から、ずっとそう思ってた」
『でも今頃になって? もっと早くに言ってたらよかったのに』
「言ったけど振られた。けど諦めきれなかった」

 いい大人が素面でこんな暴露話をしていると考えると、だんだん耳が熱くなってくる。だが堪える。大事なものを見失うわけには行かなかった。
 今のは正解か。不正解か。沈黙がひどく重かった。
 ふうん、そうだったんだと美砂が相槌を打ち、すぐに次の設問を飛ばす。瑞生は打ち切られずに済んだことにほっとする。

『わかりました。でも、それじゃあ、お仕事、どうするんですかぁ? あのですね、加奈子ちゃん、のんびりふんわりして見えますけど、あれでいてものすごく考えちゃう人なんで。たとえお金があってもですね、今のお義兄さんみたいな不安定な職業の男の人、アウトだと思います』

 きっぱりと言われて瑞生は苦笑いする。さすが従姉妹。思考パターンが似ているから理解しやすいのだろう。
 加奈子はフリーターと口にする時、気まずそうな顔をする。蔑むのでもなく、単に心配そうに様子をうかがうのだ。自分は無職のくせに。自分のことよりも人のことを心配するのは昔からだった。
 高校で図書委員をしていた時もそうだった。サボった委員のせいで瑞生が一人で作業をしていたら、彼女は当番でもないのにあっさり手伝い始めたのだ。ごく普通に、サボった委員を責めるわけでもなく、恩を売るわけでもなく。大変だねえと笑って黙々と手を動かした。
 きっかけはただそれだけのこと。彼女も覚えていないような些細なこと。だけど瑞生にはそれで十分だった。いびつに歪みかけた輪を、元の円に戻す柔らかさを感じた。瑞生はその心地よさに呑み込まれたのだ。

「諦めて定職につくよ。ま、歳も歳だし、潮時だと思う」

 とうとう就職か――とため息を吐く。今まで持てる時間の全てを自分のしたいことだけに注ぎ込んでこれたが、これからはそうも行かなくなるだろう。だが、多少の窮屈さも、彼女が手に入るのならば、お釣りが来るくらいだと思うのだ。

『……わかりました。口止めされてたんですけど、加奈子ちゃん、瑞生さんには知らせないでとしか言わなかったんです。裏を返せば、瑞生さんに迷惑をかけたくないってことだと思うんです。加奈子ちゃん、昔から大事な人には、絶対弱み見せたがらないから』

 わたしにも全然話してくれないし――、と美砂はそこで鼻声になった。

「加奈子ちゃん、一人で抱え込んで、今、すごく困ってると思うんで……助けてあげてください」

 その後、美砂は加奈子の抱える事情を口にした。すべてを聴き終わった時、瑞生は着の身着のままで空港へと走っていたのだった。


 *


 足音が追ってくる。わたしは怖くて仕方がなくて、JR新宿駅の改札口に飛び込むと、行き先も構わず、すぐに出発する電車を選んで駆け込み乗車をした。
 後ろを振り向くのが怖いけれど、もし、同じ電車に乗っている方がもっと怖い。わたしは勇気を振り絞って外を見る。すると血相を変え、眉間にひどいしわを寄せた拓巳が、ドアの向こうで何かを叫んでいるところだった。
 自分が振られようとしていることをようやく実感した、そんな様子だった。
 わたしは空いていた席に座ると大きくため息を吐く。隣の人が汗だくのわたしを不審がっているのがわかって、気まずさから目を閉じる。
 乗り込んだ電車は中央線だった。幸い方角は同じだから、途中で乗り換えて家に帰ろう。そう思った瞬間、わたしは青ざめた。

 え、でも、拓巳はわたしのアパート知ってる……!

 このまま家に帰ったとして、追いかけてこられた場合は逃げ場がない。というより、先回りされている可能性さえある。
 思いついた考えに震えが走る。青くなるわたしを隣の人が怪訝そうにうかがっているのがわかった。
 電車が停車する。わたしは恐ろしさから、次の駅で電車を降りる。
 駅のホームに居るのさえも怖くて、階段を駆け下りると改札を出て夜の街へと逃げ出した。
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