挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

ブックマークする場合はログインしてください。

暖炉

作者:キュウ
3,4分で読めるミニ短編です。
お茶とかコーヒーとかと共にゆったりどうぞ。
ゆったりできるお話ではないですけどね(笑)
 ポテポテと数歩進んでそこへ行くと、メラメラ炎の灯った暖炉の前に、お気に入りのロッキングチェアでもやう小舟みたいに揺れる、おばあちゃんが居た。
 おばあちゃんは私が呼ぶと、いつだって「ハイハイ、なあに?」と優しい目で返事してくれて、いつだって優しい声色でお話ししてくれた。私の知らない物語、私の知らないヘンテコな動物、私の知らない広い世界……そんな、私の心が惹かれるようなお話を、おばあちゃんはいくつも知っていた。
 私が嬉しそうに笑いながら話しかけると、「アラアラ、よかったわねえ。おばあちゃんもね、あなたのそんな顔を見られて、とっても嬉しいよ」と微笑み、私が泣きながら話しかけると、「マアマア、そんなに泣いちゃって。こっちにいらっしゃい」とやはり微笑み、両手を差し伸べ柔らかい太ももの上に私をちょこんと座らせて、表情をわずかにも崩さずいつまでも抱きしめてくれていた。
 皺の寄った、温もった手で撫でられた、独特の感触や、不思議と心の安らぐ声音……それら全て、まるで、つい昨日のことであるように思い出される。
 ……おばあちゃんのあの顔はいつも、暖炉の炎にぼんやり照らされていた。ゆらゆら揺れる炎に、部屋の空気はぽかぽかと暖められて、赤い絨毯のちびっこい毛たちを愛撫して踊り、部屋中を巡ってふわふわした雰囲気を作っていた。
 その、どこか幻想的に思われる景色は、今、頭に思い浮かべてみると、まるで、可愛らしい絵本の一ページのようで、眺めているだけで笑みが零れてくる。
 そこまで考えて私は常に、ああ……本当に、あの頃の私が羨ましい……という点に、帰着するのだった。

 ヒュルリと冷たい風が駆けて、私の背筋をブルリと震わせた。瞬間、私はまぶたの裏に刻まれた色褪せた色の夢から、肌寒い冬の部屋へと連れ戻された。しばしの間、どうして自分がこんなところに居るのだろうなどと、ボーッとしたままの頭で考えるほどに、私は夢うつつの狭間から抜け出せないでいた。
 もうひとたび、冷たい風が吹き抜けた。それは絨毯を這って通り、私の視線をむやみに誘導した。その先には、煤の溜まった黒く冷たい暖炉と、埃をかぶったロッキングチェアが物言わず佇んでいて、私は、その前に立って、独り静かに涙した。
 ここにはもう、おばあちゃんは居ない。どこにも居ない。その陰すらも、もはや世界のどこにだって存在し得ない。
 悪夢のような「あの日」からもう何年も経つのに、未だ私はここに来て、幾度もおばあちゃんのことを思い出していた。そのたびに、埃にまみれたこの部屋は、仄かに湿り気を帯びた。
「この……冷たい暖炉の前で……」
 そう呟いたところで、お風呂の栓をポンッと抜いたように、急に激しく目頭が熱くなってしまった。
 ……小さい頃の思い出にいつまでもとらわれている。たしかにそれは改善しなければならないかもしれない。だけど、どうしても私は、おばあちゃんが亡くなる前までの日々を彷徨い求めて、おめおめと諦観に至ることを容易には許せなかった。その結果が、今の私なのだとしても私は、あの、おばあちゃんの優しい声で「いいのよ」と言われるのを、心待ちにしてやまないでいる。きっと私は、拠り所を無くして彷徨っているのだ。
 おばあちゃんへの想いが涙として溢れそうになり、私はキュッと目をつむった。
 すると、ふいに「ほら泣かないの」と、懐かしい声がどこかで響いた。身体をプカプカ浮かせるような、不思議と心地よい感覚がやって来た。それを皮切りに、どんどんと身体がぽかぽかとしてきた。
「ちょっとどうしたのっ」
 そんな声が近くでして、私はパッと目を開いた。いつの間にか暖炉に火が灯っていた。「火もつけずに、寒いのに」
 私の前で仏頂面を浮かべて仁王立ちしていたのは、母だった。
「まったくもう。そんなことじゃ、おばあちゃんに叱られるわよ」
 そう言いながら私のおでこを小突き、母は台所の方へ向かった。
 一言謝ろうとすると、「あの日」見た震えた背中が、部屋を出ようとする母の後ろ姿に重なって、私はハッとした。細いわりに頼りがいのあるその背中からは、一寸の寂しさも感じられない。
 それから、とても長いような一瞬が経過した。
 母は台所から、私を穏やかに睨んで、私の名を呼んだ。「ごはんの支度。手伝ってよ」
 私は「うん、ごめんなさい」と微笑んで、せっせと台所で母の隣に並んだ。
 そして、「おばあちゃんは叱ったりなんてしないもん」と、母のいない母に、そっと言った。
 母は「マアマア口答えなんてしちゃって。おばあちゃんはおばあちゃん。あたしはあたし。あんたはあんたよ」と小言を述べたが、私はそれを聞いてなぜだか微笑んだ。
お疲れ様でした♪
HP(→http://kyunote.blog.fc2.com/)にて
コメントや編集後記、ほかのお話のまとめも掲載しておりますので
ぜひこちらにもどうぞ

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
― 感想を書く ―

1項目の入力から送信できます。
感想を書く場合の注意事項をご確認ください。

名前:

▼良い点
▼気になる点
▼一言
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ