きつ☆らぶっ(3/4)PDFで表示縦書き表示RDF


貴方は私を忘れたの‥‥?
きつ☆らぶっ
作:夏川 梓



〜ふぉっくす;02〜




 圭は目が離せなかった。
 前に立つ少女――『秦 ちかる』から。

 ――――チリン。

 胸の中で渦を巻く、

 ―――あの少女を見ると。
 ―――あの鈴の音を聞くと。
 ―――あの赤い首輪を見ると。

 ひどく懐かしいという気持ち。

 それは一体何なのか。
 それは一体何故なのか。


 圭自身にも分からない。



       ◇



 ちかるはゆっくりと教室全体に視線を巡らし、唐突にその動きを止めた。
 その場所は窓際から二列目、後ろから三番目の席。そこに座っているのは、鴛野 圭、その人だった。
 目があった瞬間、二人は対照的な表情をした。

 圭は明らかなとまどい。
 ちかるは嬉しそうな笑み。
 その笑みは先ほどまでのような淡い微笑みでなない。一瞬でそれと分かるような満面の笑み。

 その笑みが何を表すのか圭が推し量ろうとした時には、ちかるは駆け出していた。

「え‥‥‥?」
「圭様っ!!」

 ちかるは人間にあるまじき跳躍を見せた。

 ――――そして。

「逢いたかった!逢いたかったです!ずっと‥‥ずっとずっと貴方に‥‥圭様に逢いたかった!!」

 圭の胸の中にすっぽりと納まり、頬をその胸に、首に、顔に擦り付けていた。
 その突飛な行動には圭だけでなくクラス全員が固まった。唯一動いているのが、未だに頬を擦り付けているちかるだけ。
 と――――。

「―――‥‥‥鴛野」

 地の底から響くような声。
 恐る恐る視線を巡らせば、地獄からはい上がって来た幽鬼が如くのクラスメートの男子。

「っ!!」

 本能的に危険を感じた圭はちかるをぶら下げたまま走り、教室を飛び出していた。

「―――ユルスマジっ!」
「―――鴛野ヲヤレっ!!」

 後ろからは幽鬼と化した男子。

「圭様ぁ〜」

 首元には甘えるちかる。

「誰か‥‥誰か助けてくれぇっっ!!」

 圭の叫びは無情の如く、消えていった。



       ◇



 男子が居なくなった教室では取り残された女子達は、圭とちかるの関係についてありとあらゆる憶測を交わしていた。

 曰く、幼なじみ。
 曰く、元彼女。
 曰く、現彼女。
 曰く、愛人。
 曰く、――――そんなプレイ。

 至極真っ当そうなものから、トンデモなものまで、皆、好奇心丸出しで騒いでいた。

「何よアレ‥‥!」

 ――――伊織を除いては。

 顔中に不満不服を浮かべて圭とちかる、男子が出ていった扉を見て、もとい睨みつけていた。
 その形相は鬼ですら敵わないようなもので。
 しかし、そんな伊織に話し掛ける者が一人いた。

「い、伊織‥‥どう、したの?」
「どうもこうもないわよっ!いきなり圭に抱き着いたりして!‥‥アレ何なのよ、法子っ!?」

 人を“アレ”呼ばわりするのはどうかと思いながらもそのことは口にださずに、法子も伊織と同じように扉に視線をやった。

「幼なじみ、とか‥‥」
「それは私達!」
「‥‥友達?」
「上に同じっ!!」

 無茶苦茶な、と思いながらも法子はいくつかの例をあげたが、ことごとく切り捨てられていく。
 そして―――。

「あ〜もう!なんかイライラするっ!!行くわよ、法子っ!!」
「え、えっ?ぇえっ!!?」

 何処にと訴える法子を問答無用で引きずりながら、前で未だに茫然としている担任の前を伊織は通りすぎ、廊下に出た。
 それでも担任は反応しない。

 廊下からは法子の悲鳴。
 教室からは女子の話し声。
 何処からかは男子の叫び声。

 ちかるの行動から始まった騒動はまだ落ち着きそうになかった。



       ◇



 何処までも広がる青い空。
 その空を彩る桜の花びら。
 そして―――。

「‥‥し‥‥ぬ‥‥‥!」

 このシチュエーションには相応しくない程に息を乱し、倒れている圭。
 その顔は真っ青で、あと一押しでもあれば本当に死んでしまうのではないかと思わせる程だった。
 そんな事態が数分間続いて、ようやく圭は落ち着きを取り戻せた。
 視線を巡らし、この場所――屋上に自分達以外がいないことを再度確認してから、圭はフェンスの向こう側を眺めている少女――ちかるに視線をやった。

「‥‥‥――――すね」
「え?」

 何か聞こえたように思ったのだが、ちかるは振り向き何でもありませんと首を振った。
 それよりも、と。

「お久しぶりです、圭様」

 圭は戸惑った。
 先程からそうだ。このちかるという少女はまるで圭に昔、逢っていて再会したとでもいうように話し掛けるのだ。
 圭としてはこの少女と逢ったことなどない、はずだ。
 はずなのだが。
 記憶が酷く曖昧で何か大切なことを忘れているような感覚と、ほんの少しきっかけがあればぱっと思い出しそうな感覚が揃って胸の中に居座り、何とも言えない気持ち悪さがわだかまっていた。

「‥‥‥覚えて、いらっしゃいませんか?」

 黙っている圭にちかるは問い掛ける。

「‥‥‥ごめん」
「まぁ、仕方ないです。この姿でお会いしたことはないので」

 意味が分からず不審げな表情をする圭。
 そんな圭にちかるは次の瞬間に爆弾発言を放り込んだ。




「私は十年前の冬の日に貴方に助けられた―――“狐”です」




















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