杏子、もう泣かないで。
私は知らなかったんだ。
本当に知らなかったんだ。貴女がヒロ君を好きだったなんて……。
「大丈夫だよ。詩織。もう諦めたから」
冷たい杏子の手を私の両手の中に包んだ。
涙で濡れた指先が私の心にふれてくる。心が痛くて痛くて悲鳴をあげる。
「中学からずっと片思いだもん。今更彼女いるって言われても、ちっとも堪えないよ。あいつのことだから、また派手な子なんでしょ、きっと」
杏子はそう言って、大粒の涙を頬に零す。
校舎の裏は私達の秘密の場所。二人でお弁当食べたり、話をしたり、笑ったり。
ここで、貴女が膝を抱えて泣くなんて、考えもしなかった。
いつもここで泣いてたのは苛められっこの私……。
いつもここで慰めてくれていたのは、明るい太陽みたいな杏子。
同じクラスになって引っ込み思案で苛められてた私を、話した事も無かったのに声かけてくれて、優しくしてくれて……。
親友になってくれた。
私が暗い自分から飛び出して、普通の高校生に戻れたのは、いつも貴女がいてくれるという自信からだ。
「馬鹿だね。詩織が泣くこと無いじゃんか」
何故気付かなかったのだろう。
―――筒井博之君。中学からの腐れ縁。中学も同じ軽音楽部だったんだ。私の親友の河合詩織。
素人だから、親切に教えてあげてよ!
―――詩織ちゃんかあ。よくこの野蛮な杏子と親友やってるなあ。君、人徳ある。
―――うるさい! 頼むよ、ヒロ!アコースティックは得意だろ?
あの時の言葉の隅々に有った想いに、彼に向けられた熱い微笑みに……何故気付いてあげられなかったんだろう。
いつも傍にいたのに、私……。
「私は幸せもんだね。自分の独りよがりで失恋して泣いてるのに、貰泣きしてくれる友達がいるんだもん」
杏子、ごめんね。
ヒロ君は貴女に返してあげる。
ずっとただ学校に来ることだけが戦いだった私が、部活をはじめて、学校を楽しいと思えるようになった。
杏子と一緒なら、なんでもできる気になった……。
そして、人を好きになった……。杏子の大切な人……。
ヒロ君に付き合ってって言われたことだけで、私は幸せだよ。
好きって言われたそれだけで、もう何もいらないよ。
一人だけ、有頂天になって、幸せだって思ってた。
貴女が私が打ち明ける前に、涙を流してくれてよかった。本当に!
「ほら! 詩織が泣くことないってば! もう、馬鹿だなあ。なんか、あんたが失恋したみたいジャンか!私は、もう大丈夫だから」
大切な大切な、大切な友達。たった一人の私の親友!
貴女だけは失いたくない。何にかえても失いたくない。
杏子が私の肩を抱いてくれた。私を見て、はにかんで少し笑顔を見せた。
そう、この涙は貰泣きだよ。大好きな杏子を泣かせた私を恨んで、貴女と同じ悲しさを共有しているんだ。
顔を覆った両方の手から、涙が溢れて地面に落ちた。
さようなら、ヒロ君。
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