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鈍器系男子の運命論 作者:野谷トオル

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07 顔だけは芸術品

「だいたい千花ちゃんに、名前呼ばれたことない分際で思い上がらないでよねえ」

 下足箱で、かわいらしいヒールのローファーを取り出した紀子はジト目で雪路に抗議する。
 よくよく考えれば千花は雪路の事を名前で呼んでなかったかもしれない。
 アレとかコレとか貴方とかそういう風に、ニュアンス的なもので今まで呼んでいた気がする。雪路と出会ってから、一年も経つのに呼んだ覚えがなかった。出会いというよりは、一応は、再会と言うべきかもしれない。

「おい!!水野、人が気にしてることを言うなよ!」
「あ、やっぱり気にしてたんだあ!諏訪カワイソー」
「当たり前だろう!!てかさ、なんでさ、千花ちゃんは俺の名前呼んでくんないの!?」

 何げなしに、千花は、地味な色のスニーカーと雪路のピンク色のハイカットスニーカーを眺めながら思考を巡らせた。
 別に理由などない。
 ただ単に鬱陶しい時に、呼んでいるからそうなっていただけかもしれない。

「なんとなく?」

 大した理由じゃないよ。そう言って、千花は靴ひもを結びなおした。
 千花の手は酷く不器用だ。いつも蝶々結びがうまく出来ず、縦結びになってしまう。
 やっぱり紀子や、絵里子のようにローファーか、歩きやすいスリッポンにした方がいいかもしれない。
 靴は歩きやすい方がいい。
 しかし、スリッポンにした瞬間、千花のだらけ気味のオシャレに敏感な千歳辺りが何か言い出しそうだ。そんなことを千花は考えていると、急に体の軸がぶれた。

「千花ちゃん!千花ちゃん!何となくじゃなくってさ、俺も名前で呼んでよ!!ゆんちゃんとか、ゆきちゃんとか、ゆっきーとかとか!!」

 雪路が、やんやと騒ぎながら千花の肩を揺さぶるものだから、少しだけ腰が反ってしまう。頭も揺れて、酷く歩きにくい。
 千花は一息、深呼吸する。もはや、千花の深呼吸はため息と言った方がいい。

「……雪路君、揺さぶらないで、静かにして」

 むっと口をヘの字にして、ジト目で雪路を睨んだ。そんな千花の表情など、お構いなしに、彼は両手を口に当てて、目を潤ませている。
 君は恋する乙女か何かだろうか……

「神は俺を見捨ててなどなかった、神よ!!ありがとう!!」
「アンタ。無神論者っていってなかった?」
「諏訪きもちわるい」

 はしゃぎ回って一回転する雪路を眺めて、おめでたい男だと思った。
 そして、神という単語で、昨日出会った神が生みそこねた残念な作品を千花は思い出した。
 あそこまで残念な美形を見たのは千歳さん以来だ。千花は叔父である千歳こそ残念な美人の最終形態だと思っていたが昨日の男は千歳の比ではなかった。

「いや、神は死んだと思うんだ……」

 これは、有名な哲学者の一説だ。
 千花はそこまで深い考えは持ち合わせていないが、彼の存在を見ればきっと神も後悔の念に押しつぶされて、死んでしまうんじゃないかと思うのだ。

「千花は何で哲学的な事いってるの?」

 あきれ顔の絵里子に言われて、我に返る。
 そういう気分だったのだ。
 決して千花は、そういう特殊な病を患っているわけではない。
 どれもこれも、全部、真壁のせいだ。

「そんな事よりも、どんなアイス食べるー?」
「やっぱ、初めてのお店はバニラから攻めるべきっしょ!」
「うーん、悩むなあ。チョコレートは絶対に食べたいし……三つも食べれないから、二つまでならいいよね?」

 最近はピスタチオのアイスも気になっているので、ショコラ系の味と併せて食べたい気もする。
 もしくはさっぱりとフルーツ系でまとめてみるかと、頭を悩ませた。
 紀子に教えて貰い携帯端末でメニューを眺めれば、クッキーや生クリームのトッピングもあるらしく財布の紐がどんどんゆるんでいく感覚が手にとるように分かった。
 どれでも美味しそうで迷ってしまう。

「ちょっと!俺のこと置いてかないでよ!!あっ、アイスのメニューだ!!」
「うわっ、びっくりした」
「ごめんごめん、千花ちゃんは何のアイス食べるの?」
「千花ちゃんは、チョコとピスタチオとレモンとで、悩み中だよ!!」
「ストロベリーも食べたいんだって」
「なんで、お前等が答えるんだよ!!千花ちゃんに聞いたのに!!」

 放置されていた雪路が追いついてきたのか、後ろから千花のスマホを覗いてきた。

「千花ちゃん、悩んだら俺の分まで決めて良いからね!!残ったら俺が千花ちゃんの分食べるから!」
「えっと、それは申し訳ないかな」
「下心見え見えなんだけど……」
「うっわ、間接キス狙ってるんだあ。諏訪きもちわるい」
「ちっげーよ!親切心だから!!」

 本当だろうか……
 引き気味に雪路を見つめれば、勢いよく首を振ってきたので、おそらく彼にそういう根性はない。
 だから千花は雪路が側にいても、本当にいやがらないのかもしれない。

「千花!千花!校門の前にすっごいイケメンいるよ!俳優みたい!!でも身長も高いからモデルかな?」
「うわあ、なにあれえ、足長ーい!」

 千花は興奮気味な絵里子に促されて校門の方へ目を向ける。
 そこには、先程思い浮かべたばかりの見た目だけは神の最高傑作がそこに佇んでいた。

 どうして此処にあの人がいる?

 来るのなんか一ヶ月に2、3回位だろうと踏んでいた。
 千花にとって大誤算の上に学校にいること、それ事態が理解不能だった。
 流石、電波回路をゆんゆん回しているだけある。一般人の千花には考えつかない行動を起こしてきた。

「なんかの撮影?でも俳優とかモデルなんかウチの卒業生にいた?」
「なんかこっち超見てるね、諏訪が目立つからじゃない?千花ちゃんから離れてよ」
「は?俺のせいじゃなくない?確かに派手だけど、ご近所にはとけ込んでるし!!」
「とけ込んでないし、ご近所で話題の変な子だよ」
「マジかよ!!そうなの?俺、ご近所で話題になっちゃうくらいに変な子なの千花ちゃ…千花ちゃん?……おい、アレ……アイツじゃねえの?」
「神は死んだ」
「千花はなんでさっきから哲学者気取りなの?目覚めたの?」

 まともな対処方法を考えたいのに、千花の頭の中は「なぜ?」のオンパレードで、リピート再生数でいうとトップだ。

「千花さん!!」

 なんか声に出して呼び出しちゃってるよ。逃げられない状況ができあがってるよ。
 千花はここまでくると頭を抱えるしかない。

「アイツ、何堂々と千花ちゃんの名前呼んじゃってるわけ?」
「ねえ、千花の名前呼んでるよ?」
「千花なんてありふれた名前だよ」
「俺らの中の千花なんて俺の千花ちゃんだけだよ……」
「むしろ周りは無反応だし、私の千花ちゃんしかいないよ」
「アイツ、すげえ笑顔だ。見た目は結構クール系なのにな」
「しかもちょっと顔赤いね、恋する乙女の顔してる」
「うわあ……心底、あなたに恋してますって顔してる。俺と同じ表情だ、最悪」
「うっわ……心の底からお慕いしておりますって言ってもオカシくないね、紀子と一緒だ」
「なんでこういう時だけ、連携してくるの!?」

 いつもは男女なのにキャットファイトと言うしかない言い合いを繰り広げている二人は、冷静に千花と目の前の男を分析している。(その上、ついでだと言わんばかりに好意を伝えてくる。)
 実はこの二人仲がいいんじゃないのかな……そんなことを考えながら更に千花は頭を抱え出す。
 そんな中、大爆笑を起こしているのは絵里子だ。
 今回ばかりは輝かんばかりの絵里子の笑顔に、グーパンチを千花は決めてしまいそうだ。

「ち、千花!!アハハ、あっあきらめて、っへ返事してあげなさいよォ!アヒャヒャっ例のォ担当編集じゃないの?」
「絵里子笑いすぎ!!例の担当編集だとしても、私に用事ないからね!?」
「電波の考えなんて俺たちに考えつかないし……つうか、マジで何しに来たんだよ」
「千花ちゃん、電波って結構タフに出来てるんだと思うよ?」

 皆、一様に電波、電波と言っているが…まあ、電波には代わりはない。
 揃いも揃って、千花にその電波との交流を進めるのはやめて欲しい。
 昨日の今日で、どうして千花が電波の対応に勤しむ必要があるのだろうか?意味がわからないし、電波は担当作家である千歳と交流を図るべきだ。
 正直言ってあの一時は千花にとって不快としか言いようがなかった。
 なにより校門にいらっしゃる電波の注目度で、次の日には千花は学校で噂されることは間違いない。
 そんな日常のスパイス必要なかったし、一人であの電波に立ち向かう勇気はないのである。
 千花は、右側にある雪路のウキウキパッションピンク色パーカーの袖口を握った。そろりと、慎重な面持ちで雪路を見上げた。

「……一緒に行ってくれないかな?」

 昨日の惨劇を見ていた雪路なら、この千花の冷や汗の理由を分かってくれるはずだ。声を震わせながら、都合良く雪路に懇願した。

「ーーッ!!いくいく超ついていく!千花ちゃんなら後ろに危ないお兄さんいても付いていく!!」

 別にそんなに、ハイなテンションで付いてきて欲しいと願った覚えはない。

「今まさに危ないお兄さんの所行くんだけど……」
「諏訪、きもっちわるい」

 絵里子と紀子はさすがにハシャぎすぎている雪路にドン引きし、千花を彼から隠した。
 千花も雪路のハシャぎ様に、身の危険を感じて掴んでいた手を即座に離した。

「なんで千花ちゃん手離したの!?危ないよ!?」
「危ないのはおまえだよ」
「なんだよ、水野!!お前なら分かるだろ!?あの俺をゴミ虫のような目で見てくる気位の高い千花様が俺を頼ってくれたんだよ!?ハシャぐしかなかろう!?」
「ハシャぐしかないっていうかハシャがない奴はモグリだよ。だけど、千花ちゃんは紀子には優しいし」
「こんの裏切り者ォ!!」
「あのさ…一体なんのモグリなの…」

 恐る恐る千花は二人に問いただした。

「「千花ちゃんを後ろから抱きしめ隊」」

 やっぱり二人とも仲良いんじゃないの?千花はそう思わずにいられなかった。




「千花さんっ……」

 必死な表情の割に少し安堵したかのように千花の名前を呼び、慌ただしく美丈夫は駆け寄ってきた。
 公衆の面前で俳優やモデルと見紛う程の男に、声をかけられている少女が千花という普通の女であったので、周囲の嫉妬の視線が千花に突き刺さっている。
 現在、大変、居心地が悪い。

「あの、真壁さん……今日は一体なにを……」
「オウオウ、千花ちゃんに何のご用ですかコラ!イケメンだからってストーカーは許されねえんだかんな!」
「千花ちゃんを傷つけやがった貴様がそのツラ晒して良いと思ってんじゃねーぞ!こらあ!やんのかぁ!」

 何処から玩具サングラスを取り出したのかは千花には解らない。
 派手な形をした二人が、長身の男に絡む姿は滑稽にしか映らない。いくら頭のねじがいくらか吹っ飛んでいる電波の前であろうとも、これはみっともないと思った。

「スイマセン、この二人ちょっとバカなんです」
「あ、ああ…何となく解る」

 一緒に行ってくれと頼んだけれど、悪絡みしろとまで言った覚えはない。
 少しだけおバカな二人は絵里子に任せ、千花は目の前の神の失敗作と向かい合った。

「あの、なんのご用ですか?千歳サンなら家に居ますが…」
「……貴女に一条千花に会いに来たんだ」

 真っ直ぐ目を見つめられて、少しだけ怯みそうになった。
 こうして真っ当な表情をしていれば美しい男であることは間違いなく、圧倒的な迫力も感じる。
 ”一条千花”に会いに来たなんて、よくそのような事がいえたものだ。
 疑わしげに真壁をにらんだが、千花の心中を察したのか彼は苦笑いを浮かべた。

「……私に会いに来たとしても学校で待ち伏せするなんて迷惑です。」
「それは、すまなかった……」
「お仕事はどうしたんですか?」
「今日は昼までだったんだ。先生の家に行くと先生がキレるし……家の前で待ってたら怪しいだろうし……」
「学校の前の方が確実に怪しいと思います。」
「それもそうかもしれないな……」

 どうすれば、君に会えるか分からなかったんだ。
 悲しそうに言葉を呟く、真壁の心境など千花には理解出来なかった。

 そこまでして本当に何をしに来たんだ。

 どんどん千花の表情は歪んでいく、それに呼応して真壁の表情は悲しそうに崩れていく。
 悲しいのは千花の方だ。
 真壁は千花ではない千花を見ていて恋をしているだなんて幻想を持ってきた。
 最初から受け入れて勘違いなどしては居なかったが、自分をみられていなかったという点が千花の心を傷つけたのだ。
 生まれて初めて、異性から受けた告白は酷く残酷なものだったのだ。
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