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鈍器系男子の運命論 作者:野谷トオル

1 一条千花の平穏な日常

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05 あなたの発言は全部空想です。

「よくわかんないけど、リビングで話したら?」

 楓の一言で、廊下にて絶望的な空気を身にまとっていた千花達は無言で動き出す。
 この中で最年少にも関わらず、最も冷静な小学校五年生の楓が意気消沈とした千花たちを取りまとめたのだ。
 どうにもならないことを悟ったので、千花はおもむろに台所に向かい五人分の飲み物を準備した。リビングの男たちは無言でソファに座っている。
 そんな様子に首を傾げながらも楓はちゃっかり真壁から土産を貰い受けている辺り、彼は大物に成長するかも知れないと千花は感じた。

「え、えっと、とりあえず自己紹介から仕切り直した方がいいですかね」

 お茶のセッティングを済ませた千花はどうにか落ち着きを取り戻していた。
 テーブルには英国王室御用達のセイロンティーが、ゆらゆらと湯気を立てて気品あふれる香りを主張していた。此処最近のお気に入りメーカーのティーカップの横には、千花の愛する洋菓子店『KAGARI』のクルミとリンゴのパウンドケーキが鎮座している。
 打ち合わせするような日は、長持ちパウンドケーキよりもその日に食べると美味しいロールケーキを買ってこいと、姑の様な感想を述べた時の千歳の表情は忘れられない。
 先程のダメージは回復したいと、どうでもいい記憶を引っ張り出す千花は末期かもしれない。
 できる限り此処から立ち去りたいのだが、空気がそうさせてくれない。しかし、そんな中でも空気を読まない明るい声が一つだけあった。

「ハイハーイ!じゃあ俺からする!はじめまして!一条楓、小学五年生でーす!!南さん以外のたんとーさん初めてみたー!」
「楓くんは、ちょっと空気読んだ方がいいと思う」
「通信簿で落ち着きがないって書かれまくってんだろ、そういうとこ反省しろ」
「姉ちゃん、なんでオレ怒られてんの?」
「大人の話だから気にしなくて大丈夫だよ」

 わんぱくでもいいから、大きく育って欲しいと心の底から感じている。こういう空気を読まないところが楓の良いところだと、千花は思っている。
 そんな中で、いい年した大人なのに空気を読むつもりのない男が硬質な声を響きわたらせる。

「はじめまして、真壁信彦と申します。できれば今すぐチカさんを俺にください」

 千花は真顔で反省してない台詞を言う目の前の男を見て、神は死んだのだと思った。

「はじめまして、そしてお帰りください」
「はじめまして、そして消えていなくなれ」
「なあ、千歳と雪路って打ち合わせでもしてんの?」

 そして両脇にスタンバイしている千歳と雪路を見ると警戒心を隠せてない狂犬を思い出して、千花はため息を吐き出した。
 心底不思議そうに二人を見つめ首を傾げる楓は、この空間唯一の癒しかもしれない。
 そのまま雪路が、「あの店の焼き菓子はパウンドケーキじゃなくクッキーが有名なんだ、覚えとけ」と手厳しい意見を言っていたのも、楓を見ているとどうでも良くなってくる。

「百井千歳です。本名は天野千歳な。今思っていることは、どうして警察を呼んではいけないのだろうという事です」
「諏訪雪路です。千花ちゃんの幼なじみです。今思ってることは、どうしてオレは警察じゃないんだろうって事です。」
「……一条千花です。できればこの空間から立ち去りたいです」
「なあ姉ちゃん、無理して乗らなくていいんじゃない?」

 真壁が来たときの騒動後に穏やかに自己紹介を行おうとする姿勢は正直可笑しいと思う。
 それでも空気をどうにかしたかったので、自己紹介から始めるほか無かったのだ。
 変態が怖いので目を合わせていないが、たぶん目の前の変態男の視線は自意識過剰でも何でもなく千花に降り注いでいるのは確かである。

「それでは自己紹介も済みましたし、簡単な引継の進捗報告をさせていただきます」
「その前に何故、地球上に存在している事から説明してもらおうか真壁君」
「千歳さんそれよりも、コイツが二酸化炭素を吐き出さないようにする為の方法を俺と相談しようよ」
「雪路、この兄ちゃんが生きてる限りはムリだとおもう」
(というか殺害計画を本人の前で企てるのはだめだと思う)

 殺伐とした空気の中、カラッとした声で答える楓の肝っ玉の強さが妙に恐ろしい。楓君ったら冷静ね。

「嗚呼、チカさん。俺はチカさんのご家族から反対されているようだが気にするな、俺は君を心の底から愛しているから大丈夫だ。いつか二人やまだ見ぬ両親にだって認められるようにがんばろうと思う」

 どうやら目の前の変態の頭の中では。千花と変態は結婚することになったらしい、身に覚えのない話に頭を抱えた。
 変態電波のストーリー構成能力は突拍子もないので、劇団電波の脚本家は降りるべきだと思う。花形役者路線で突き進めるしかないかもしれない。
 千花は痛む頭を押さえながら、進まない会話に口を挟んだ。

「千歳さんも、アナタも、仕事する事からはじめるべきじゃないんでしょうか…あと君は帰りなさい」
「なんでオレが帰るのさ!!この男がいる限りオレは帰らない!」
「いや、雪路はふつうに帰れば?用事ないじゃん」

 あと、このケーキ食べていい?とマイペースにケーキを食べ始める楓は自由だ。
 今にもハンカチを噛んで喚きそうな雪路は、地団駄を踏みながら楓に真壁の危険性を訴えている。どちらが年上か分からない行動に、千花は頭を悩ませた。
 只でさえ真壁という末恐ろしい存在がいるというのに、雪路まで加わると気の使い方が分からなくなってしまう。

「先生、聞きましたか?俺のことをアナタなんてまるで新婚のようじゃないですか、結婚式の仲人は南さんにお願いしておきます。」
「今まで変わっているとは聞いてたけど、ここまでとは正直思わなかったよ真壁君。あと千花はやらんし、そのネタ二回目」

 真顔で淡々と千歳に結婚式の話をしている変態は恐ろしい。
 先程から雪路と共に声を荒げるばかりの千歳だったのだが、今回ばかりは引き気味だった。

「大体、いつのまにこんな変態と面識持ったんだ千花!変な人に付いていくなって言っただろ?」
「道を聞かれたので答えただけです。3分もない出来事だし、変質者だってわからなかったんです」
「三分もない間によく一目惚れ出来たよな。カップめん出来るかできないかじゃん」
「最近の若い子の恋愛事情に驚きを隠せないわ…特撮なら成立しないし敵と戦えないからな?どうなってるの現代っ子」
「え?オレわかんない」

 現代っ子代表の楓もお手上げだ。というか楓は答える気がないのか、ケーキに夢中になっている。
 正直、あの三分間で少しだけ千花も恋に落ちそうになったが一瞬で醒めた上に後悔した。
 それにしても、目の前の男の執着は異常だ。
 千花と出会ってから、ここに来るまでにどんなドラマが始まっていたのだろう。
 この場にいるもの全員が気になっていたが、掘り下げれば掘り下げるほど未知なる扉を開いてしまいそうなので、誰も聞けそうになかった。

「もう少し冷静になろうな、真壁君。コイツは特別美人じゃないし、愛想も良くない。体型なんか涙が出そうな位に色気がないよ?どうやったら一目惚れできるんだい?」
「千歳さんを心から憎む日がくるなんて私、思ってませんでした」

 事実だけれどもう少しオブラートに包んで欲しい。

「千花ちゃんは世界一かわいいから問題ないよ!俺のお姫様は千花ちゃんだけだからね!!」
「うーん、姉ちゃんは姉ちゃんの良さがあると思うから気にすんなよ」

 身内の励ましが余計に千花を虚しくさせるのでやめてほしい。あと楓は否定する気がない所が、千歳との血筋を感じてしまう。

「昔から夢の中で彼女と文通してました。最近は毎日逢ってたので顔も解ります」
(明らかに思い出の捏造が強引すぎる!!)

 頭上にとんでもない鈍器を放り込まれたような衝動がリビングに走る。
 しかし、言った本人はそんな事はお構いなしに頬を赤らめ、熱い吐息を吐き出して夢見がちな瞳を空中に向けている。
 嗚呼、これはもう真壁劇場の第二幕、開演のお知らせだ。
 千花達はあきらめて一斉に紅茶に手をつけ、観劇体制に入ることにする。

「夢の中のチカさんはそれはそれは魅力的な人物だった。最初の夢こそ、暗闇の中で息苦しかった……それでも、チカさんが現れてから俺の夢は輝きに満ちていた。手紙も最初こそツレなかったけれど、時折くれた返事は優しく気遣いに溢れていて……」
「真壁君はこれから編集より作家になった方がいい。俺から南君に話しといてやっから」
「なあなあ、この辺りで一番近い病院ってドコ?このオッサン頭可笑しい」
「大学病院じゃない?どこに連れていったら治療出来るんだろうな」
「まずこれは治るんでしょうか……」

 千花達はあまりにも残酷な現実を回避するべく病院を探し出す。
 このように美しく出版社勤めのエリートにも関わらず、可哀想な思考回路をしている人物がいただなんて……千花は心の底から世間を哀れんだ。
 もっと早くに誰かが気付いてやればこの最悪の事態を回避することが出来ただろうに……誰も聞いていないにも関わらず夢の話を続ける男が千花には悲しく映った。

「だからチカさん!」
「ヒッ!!」
「アナタが俺の運命の人だ。ずっと探し続けてきた……たった一人の運命の人なんだ…」

 千花の手を強引にとり、堅い表情を最大限にゆるめて甘く穏やかなに幸せそうに、彼は微笑んだ。
 顔の造形とは大切だ、この男が美しく千花好みの顔じゃなかったら即刻警察に通報していたところを留めているのだから。
 こんなにも千花の顔を熱くさせてる。この顔はズルいと思う、どんな意味不明の電波であろうが平気かもしれないと、一瞬だけ錯覚させてしまうのだ。

 しかし、目の前の変態は夢の中に出てきた同じ名前で、同じような容姿の“千花”を好いているだけだ。
 此処にいる千花を一切見てなどない。
 だからこそたった三分間で千花を好きになれる。
 あの、たった三分間で、執着できるのだ。

「夢と現実を混同させるのは止めてください…」

 気付けば震えは止まっていて、瞳は軽蔑の眼差しを浮かべていた。

「……ち、かさん?」
「夢は夢!!現実は現実!!ここにいるのは私なんです!現実(リアル)の一条千花には一切関係ありません!!」
「……現実の千花、さん……?」
「そもそも、貴方のチカと私は違います!」

 真壁はショックを受けた表情で、千花に手を伸ばしてきた。そんな事もしてくる理由を考えても不愉快でしかなく、迷わず手を叩く。

「わかったなら、目を覚ましてください。夢を見るのは止めてください。そんな事をしているからたった三分間で、初対面の相手を運命の人等と口走れるんです!こんなことで運命の人扱いされるなんて不愉快です!」

 不愉快だ。不愉快だ。不愉快だ。
 目を見開き唇を震わせても美形だが、存在としては形無しだ。こんなくだらない事で自分のペースが乱されるなんて冗談じゃない。
 目の前の美丈夫がどのような人生を歩んできたかは、千花の知ったことではない。
 しかし、これから千歳の担当として此処に通うことになるのだ。会社の都合もあるだろうから簡単に担当者を変えることが出来ないのは理解している。
 これから何か千花のせいで障害が起こるとするのなら、千花はいつもの面倒だと言う態度を振り切って行動してみせる。
 それがこの家に住むことで決めた、千花の中のルールだった。

「私は一条千花です。天野千歳の家に住む、只の女子高生です。」
「は、い……」
「後は、大人の話があるでしょうから私は失礼いたします。」

 千花は大人のフリをして真壁に頭を下げた。彼も呆然と千花を見つめて、癖なのだろうかは分からないが、返事をするように頭を下げ返す。
 呆然と千花と真壁の様子を見ていた楓達は、千花と真壁を交互に見つめている。

「姉ちゃんこわっ」
「ち、千花、ちゃん?」
「楓は部屋で宿題しなさい。貴方は帰って」
「千花、あの……そのですね?」
「千歳さんはお仕事があるでしょう。何かあれば声をかけて下さい」

 不機嫌を隠さないまま千花は、男たちの声を振り払い自室にこもった。
 この日は真壁が帰るまで千花が呼ばれることはない。


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