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鈍器系男子の運命論 作者:野谷トオル

1 一条千花の平穏な日常

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02 一条千花と愉快な仲間達

***


「うわ、ギリギリ」

 賑やかな教室の前まで来れば、自然と自分が下から数えた方が、早い時間に登校したことを理解する。
 いつもなら朝練終わりの、焦って教室に駆け込む同級生たちを心の中で優雅に出迎えているはずだ。
 しかし今日の千花はスポーツバックを背負った屈強な運動部に、巻き込まれながら教室になだれ込んだ。
 ため息を吐いてから、嬉しそうに手を振ってくれている友人たちに下手くそな笑顔を向けてみる。

「おはよう二人共」
「千花ちゃんおはよう!今日遅かったね」
「ちょっと心配したよ」
「千歳さんと少し揉めたから」
「いい加減、千歳さんは千花ちゃん離れすべきだよね」

 可愛い顔立ちでドライな表情をつくりだした紀子(きこ)に、苦笑いしかできない。
 隣で千花と同じ表情を浮かべた絵里子も、なんとも言えない気持ちになったのだろう。
 甘い砂糖菓子のような雰囲気を持った少女、水野(みずの)紀子(きこ)は中学時代に出会った友人だ。
 長い髪をゆるく巻いて制服のスカートを、短く着こなした女子高生らしい容姿。
 しかし、天真爛漫な雰囲気に似つかわしくない表情を、時折見せる友人に、千花は振り回されてばかりである。

 紀子と同じく制服のスカートを規定より短くし、さっぱりとした雰囲気の女子、桐生(きりゅう)絵里子(えりこ)は、高校からの付き合いだ。
 快活でありながら、どこか千花と似た価値観を持つ絵里子に、いつだって安心感を与えてくれる。
 そんな垢抜けた二人とは対照的に、千花は、模範生のような格好だった。
 典型的な地味女の千花と、派手でどちらかと言えばギャル系の紀子、クラスの中心的な人物で活発な絵里子が、千花と仲が良くしてくれることが、不思議でならなかった。
 放課後は叔父や弟の世話に、追われている千花に対して、理解も示してくれるので、とても有り難い存在なのだ。
 どうしても女子というのは、集団内で異質を、見つけると排除したがる。
 性格も生活も他よりも、少しだけめんどくさい千花にとって彼女たちとの距離間は心地よい。
 いつも通りの彼女たちを眺めながら、深呼吸をすると安堵の気持ちが現れる。

「それにしても間に合ってよかった…」
「今日は何で揉めたの?相変わらず、しぶとく起きなかったの?」
「いやいや、朝食のスープをインスタントにしてブーイングされたんじゃないか?」
「あ!洗濯物干しながら相手してたら、行く時に、寂しい!!ってぎりぎりまで通せんぼされたんじゃぁないのお?」
「いや、玄関で二度寝のコールしてくれえ、なんて頼まれて、引きはがすのに、手こずったのかもよ」
「今日はちょっと違うかな……」

 毎朝、繰り返される攻防のレパートリーも決して多いわけではないが、ここまで的確に予想されると、千花は何も言えなかった。

「千花が見捨てたら、千歳さん生きていけなさそう」
「いや、その辺の女の人引っかけるんじゃないかな。私は、そこまで料理うまい訳じゃないから」

 今朝もそれで揉めた訳だし……

「そういう千花ちゃんの完璧じゃないところが、紀子好き」
「微妙な気持ちだけど、ありがとね、きっちゃん」

 紀子は紀子なりに誉めているのだろうけれど、少しだけ胸に刺さる。
 どんなに地味な女であろうと家庭的な一面があれば、一気にステイタスは跳ね上がる。しかし、千花は家庭的と言うには不完全だ。
 最近、よく見かける絶望的に料理が出来ない女、メシマズ女ほどではないが、手放しで美味しいと言えるほどではない。

「まぁ料理に関しては、いつか上手くなるんじゃないの?」
「いや、ポテンシャルがまず低いから無理じゃないかな」
「千花ちゃんは、自分を低く見すぎだよう」
「そんなことないよ。二人や千歳さんが買いかぶってるだけ」

 ふつう、平凡、モブ、それが、千花の取り巻く言葉だ。
 環境に関しては普通とは言い難い。
 それでも千花自身は普通、もしくは普通以下と言っても良い。
 千歳は、可愛い可愛いと手放しで千花を褒めてくるし、あの人は出来た娘だと電話口で褒める。
 身内贔屓くらいでしか千花は、良くできた女にはなれない。
 狭い囲いでしか、千花は特別になれないことを、十分に理解しているのだ。

「それで、なんで今日遅くなったの?」
「うん、それがね……」
「ほらほら、みんなあ!チャイムなってるから席についてー!!」

 お決まりな先生の言葉を聞いて、千花は反射的に話を止めた。
 まじめな千花の様子に二人は可笑しそうに微笑んで、口パクで「あとで」と言った。
 千花はなぜか少しだけ、気恥ずかしい気持ちになるのだった。




「それで新しい人が今日来るんだ。しかも、それ伝えられたの今朝なら遅刻しないだけマシだね」
「いきなり過ぎるよね…南さんも千歳さんも絶対に許さない」
「千花ちゃん、超怨念こもってるじゃん」

 学生のみんなが常々待ちに待っている昼休みに千花は今朝の出来事をこぼした。
 絵里子も紀子もお昼を食べながら、熱心に話をきいてくれていたので心底、スッキリした。
 恨み言の一つや二つもコボしたくなるのは仕方ないだろう。とにかく、今日の放課後は忙しくなると息を巻いていた。

「まあ、とりあえず弁当食べな」
「そうそう。腹が減っては戦は出来ぬ、だよ千花ちゃん!」
「うん……」

 話していて手つかずだったお弁当に視線を移して、千花は箸を持ち直した。
 今日は、アスパラのベーコン巻きが綺麗に巻けていると小さな喜びを発見していると、ルンルンと今にも鳴り出しそうなほど軽快な足音が聞こえてきた。

「このあからさまなスキップの音は…もしかして…」
「え、なんで音だけで把握できるの?まあ、わからんでもないけど」
「さすが、千花ちゃんだね!」
「紀子は千花を肯定しすぎでしょ!!」
「ちぃーかぁちゃーん!」

 千花達が座っている席からほど近い廊下側から、ご機嫌な声色で自分の名前が聞こえてくるなんて千花は考えたくなかった。
 舌っ足らずな甘い声は、母性本能を呼び起こそうとしているのだろうか?そんな陳腐な小細工、千花の前では無意味だ。
 聞こえた瞬間、千花は顔をゆがませることしかできない。
 ひきつった笑顔で絵里子が、千花を見つめ、目映い輝きを放つ方向を指さした。 

「ほら、千花。手ぐらい振ってあげなさいよ」
「…いやだよ、調子に乗ったらどうすんの」
「ちーかーちゃあん!どうしたの?気づいてるんでしょぉ!?ちかちゃーん!」

 絵里子に言われ、少し横目で廊下の窓を見てみる、しかし視界に映った時点で元気が吸い取られる気がしたので、コンマ0秒で視界から離した。
 千花のため息を聞きながら、胡乱な瞳で紀子は左側から迫り来る、ウキウキパッションピンク男を眺めていた。

「腐っても幼なじみなんだよねえ?」
「親同士は幼なじみだけど…小さいときに2、3回会っただけで、幼なじみなんて私は認めない」
「ここまで言われて、懐いてるアイツすげぇな」
「真性のドMとしか思えなーい」

 紀子達に罵られているとも知らずに、彼はえびす顔でこちらに向かって手を振ってくる。
 おそらく、罵られていると知っても彼は幸せそうに架空の尻尾を目一杯振りながら駆けてくるのだろう。彼はそういう男だ。

 ウキウキパッションピンク男こと、諏訪(すわ)雪路(ゆきじ)は、千花達の隣のクラスに在籍している男子生徒だ。
 比較的、緩い校風のお陰で明るい髪色に染めあげられた髪は、太陽の光に照らされ悠然と輝いている。
 沢山のピアスは当たり前。
 さらには男子が身につけるには、可愛すぎるピンク色のパーカーには水玉。
 機能性ゼロに違いないテディベア型リュックを背負い、ズボンの上からスカートを装備する超絶フェミニン男子。
 そんな格好が似合ってしまうスタイルと、甘いマスクは一度微笑めば、良い香りが漂ってきそうと評される。良い香りといってもお菓子の甘い香りだろう。
 いつも彼を見る度、目がチカチカして仕方がない。

「千花ちゃーん!今日、クッキー作ってきたんだー!食べて食べて!俺の愛と真心がたーっぷり詰まってるから!千花ちゃんのお嫁さんにして!」
「ほら、嫁がいってるよ千花……」
「どっちかと言えば旦那さんが良かったかな」
「性別変えるだけで、雪路を否定してあげない千花ちゃんって、優しいね」

 紀子の哀れむ声が耳にいたい。
 雪路も悪い男ではない。ただ底抜けにお馬鹿なだけなのだ。
 大声で名前を呼ばれているせいか、教室にいるの生徒達がこちらに注目しており、慣れない注目に千花は顔をひきつらせた。
 この男が関わるとロクな事がない。
 クッキーのにおいだろうか?噂通りの甘い香りが千花の鼻孔を刺激した。
 これ以上騒がせるわけにもいかないので、ゆっくりと雪路のいる方向を見れば、蛍光色にあふれた男がバッチリいた。

「あっ!千花ちゃん気づいた!?もう、千花ちゃんは照れ屋だから無視してたんでしょ?雪路知ってるゾ☆」
「ごめん、無理。」
「秒速で飛んでくる否定の言葉に、ちょっとテンションあがってくる俺すごくない?」
「変態としか思えないよ、諏訪」
「犯罪者ってみんなスーパーポジティブらしいね、気をつけてね千花ちゃん」

 彼女の助言は助言でなかった事を心底祈りたい。
 自称幼なじみの諏訪雪路の懐き具合には辟易するほど、精神を磨耗する気がする。
 自分とは対局の位置にいる男がなぜしつこく側に居ようとするのか、千花の理解の範疇を越えている。
 相変わらず見慣れない輝きが瞳を占領してこようとするので、目線をそらしながら雪路に対応することにした。

「えっと、なんで来たの?」
「さっきも言ったでしょ?もう千花ちゃんのうっかりさん☆クッキー作ってきたんだ!デザートによかったら食べてよ」
「へえ……って、すごい」
「うわっ、芸が細かーい!よくこんなん作るね」

 絵里子の言葉に頷き、雪路が差し出してきたオシャレなタッパーの中身を注意深く見れば色とりどりのクッキーが並んでいた。
 クマを形どりアーモンドやドライフルーツを抱えたものから始まり、ピンクや緑を上手く使いながらバラの花をかたどったものまで種類は豊富だ。もちろんスタンダードなプレーンクッキー、チョコチップも取りそろえている。
 女子がバレンタインのみ張り切って作ってくるクッキーとは、比べものにならないほど、美しく、手作りとは思えない。
 流石、乙女部と名高い手芸部……芸が細かいの一言につきる。

「千花ちゃんの為に作ったんだ!好きなの食べて」
「おいしそうだけど、まだお弁当食べてないから……」
「確かにおいしそう。でも、なんで諏訪は当たり前みたいに千花ちゃんの隣に座るの?」

 千花になま暖かい体温を伝えてくる右側の人物を、見ながら紀子は目の前にいた、絵里子に真顔で問いかけた。
 そっと視線を熱の固まりにズラして見れば、彼は悪びれる風もなく、千花と目を合わせ、照れたようにハニカんだ。
 なんだか気持ちが悪いな、と他人事のように目をそらした。

「俺と千花ちゃんと俺の空白の期間をできるだけ、今から埋めたくて」

 千花は横を見ずにあからさまに顔をしかめ、頭を抱えた。
 恋に恋する乙女のような表情は正直不快でしかない。
 時折、この男の発言は千花の想像の範疇を越えてくるのでまともに取り合う気が起きなくなってしまった。
 空白の期間って、そんな壮大な言い方をしなくていいと思う。幼い頃に母親同士が会う時に少し遊んだだけだ。回数も両手で足りるほどにしかない。
 高校の入学式で再会してから、この調子で千花は反応に困るしかなかった。

「千花ちゃん、こういうすぐ勘違いしちゃう系男子には気をつけた方がいいよ?」
「うん……勘違いって言っても良いのかな」

 千花の左隣を陣取っている紀子は、上目遣いで甘え、注意してくれた。
 しかし、女子である千花に、胸まで押しつける必要性は果たしてあるのだろうか?千花は、時折親友がわからない。
 苦い表情のままの千花に絵里子は口パクで「ドンマイ」と言ってくれたが、どうにもならない。

「勘違いじゃなくて、これごり押しって言うんじゃない?」
「俺はまだ千花ちゃんへの気持ちを、10%も出してないんだけど」
「重いな」

 100%の愛情を出すと彼はいったい何をするつもりなのか、千花は雪路が恐ろしくなった。
 両手に構ってチャンを携え、困惑気味の千花を眺めながら絵里子は苦笑いを浮かべ、浮かれている男を指さした。

「諏訪の今年度の目標は、千花と急接近することなんだって」
「あの……それは、物理的な意味なの?」
「うん。あっ!また、目があったね。これって運命かな?」

 お前はラノベの不思議系ヒロインか…
 無意味な程なまでに、穏やかな笑顔を浮かべて来た男を見ると、千花の表情は自然とひきつる。

「なんか、ムカつくから目潰ししちゃえ!ていっ」
「ウサギッ!?」
「ちょ、きっちゃん!!」
「手首のスナップがいい感じだったね」

 目にも留まらぬ早さで紀子は、標的を二つの指で狙撃した。
 あまりにも鮮やかな指捌きに、絵里子も感嘆の声を漏らすがそういう問題じゃない。
 攻撃力が限界突破した紀子自慢のウサギさんネイルの、餌食になった男は、目を押さえ壁に頭を打ちつけて痛みに悶絶している。
 いつだって二人の喧嘩には、当人の癖に傍観を決め込む千花だったが、あまりにも紀子が、凶悪な攻撃を行ったので声を上げてしまった。

 かわいい顔してエゲツナいよ、お姉さん。

 紀子のネイルは、ネイルチップの上に、ラインストーンだけではなく、明らかに規格外のフィギアまで付けてある。

 普段は家事や、千歳と楓の世話をしている千花には、ネイルなんて夢のまた夢だ。
 だからこそ、いつも彼女には、器用だね、かわいい、と誉めそやしていた。
 しかし、次回からシンプルにした方がいいと、積極的に進言したい。

「あのさ……さすがに、目をねらうのはダメだよきっちゃん」
「だって諏訪うざいんだもん!」
「それでもダメだから。ほら、危ないでしょう?」

 何故、千花は同じ年齢の友人を、幼子のように諭しているのだろう。
 明らかに、諏訪のせいで千花ちゃんに怒られた!!と紀子の顔に堂々と書いてあり、釈然としない様子で頬を膨らませていた。

「大丈夫だよ、急所は外してあげたから」
「目の時点で、十分急所だよ!?」
「むう……千花ちゃんがいうなら仕方ないなあ。ッチ、悪かったな諏訪」
「流石ですよ紀子さん!謝る気ゼロじゃないっすか!!」
「絵里ちゃんもチャカさないの!ちょっと大丈夫!?」
「え、なんでうさぎ?うさぎが見えるんだけど……」

 男前すぎる上から目線の謝罪に、絵里子は腹を抱えて笑っている。この友人のツボが千花には、時折わからない。
 しかし、当の被害者は目を押さえ、千花の心配の声や紀子の謝罪を聞いているかすら怪しい。
 先ほどからブツブツと「ウサギ?爪にウサギ?」と、譫言のようにつぶやいている。
 彼は本当に大丈夫なのだろうかと、争いの原因である千花は本格的に、心配になってきた。

「とりあえず、保健室いった方がいいとおもうよ」

 雪路に軽く声をかけてから、千花は再び弁当の中身を箸でつまんだ。
 うん、今日もご飯はおいしい。午後からも頑張ろう。
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